《マルティン・ハイデガー Martin Heidegger 3》
- 1 :考える名無しさん:2008/07/21(月) 06:55:39 O
- 『存在と時間』の既刊部分の性格により、永く実存哲学の祖とされてきたマルティン・ハイデガー。
1980年代、日本では木田元により、『存在と時間』が未完成品であり、未発表の後半部分にこそあの著作の真のモチーフがある、とする説が我々の目を開かせた。
木田の仕事に引き続き、、日本で刊行開始されたハイデガー全集。これにより、生前の著作、講義、草稿は次々に刊行。巻数も増え、ハイデガーの全貌を掴むための素材は今や整いつつある。
ナチとの関わり、多くの20世紀思想家たちが蒙ったその影響力、謎めいた思索(企投における被投性という転回、聴従的帰属性…)、現代日本の知識人宮台真司、福田和也、等々への影響もある。
今、ハイデガーについて何を語り得るか。
- 27 :考える名無しさん:2008/08/16(土) 15:53:51 0
- >>26
大雑把に言えば、正解。
- 28 :考える名無しさん:2008/08/16(土) 16:02:52 0
- >>27
ありがとうございます。
あと、ハイデガーに影響されたエロゲー作家なんてなかなかいないと思うんですが、
その影響を受けたとおもわれる小説家とかはいるんでしょうか?
よろしければ、作家名や作品名を教えてください。
- 29 :考える名無しさん:2008/08/16(土) 16:09:47 0
- 筒井康隆
- 30 :考える名無しさん:2008/08/16(土) 16:10:41 0
- モーリス・ブランショ
ジョルジュ・バタイユ
- 31 :考える名無しさん:2008/08/16(土) 20:41:46 0
- >>22
>>23〜>>25みたいのはとりあえず典型的な駄文だから、真に受けないように。
ヘタすリャ中学生レベルでもわかるような話を精一杯気取った書き方で書くと
こうなってしまうという見本。
ハイデガーならいろいろと工夫をこらした解説本が出てるから、まずは
amazonなんかの書評を頼りに自分に合いそうなものを選んでみるといいよ。
- 32 :考える名無しさん:2008/08/16(土) 21:03:19 O
- 22レスさんのエロゲーム中のヒロイン凌辱趣味ってのは、いわゆる<供犧>の論理だと思いますね。バタイユの文章で、スペインの闘牛士を扱っるのがありますが、スペイン市民が勇敢な闘牛士が猛牛に敗れ、串刺しにされ、内臓を垂らしながら死んでゆく姿に熱狂するのは
何故か、バタイユは独自な論理で分析する。つまり、<供犧>の現前なわけで、バタイユからみればそれは一目瞭然である。
エロゲーマーさんの熱狂ぶりもそれと類似なものだと思いますね。ただ、ゲームだから、実際に闘牛士の血が流れるのと違い、ゲーム内のキャラクターの死、止まりである。
ところで、この感覚はさてハイデガー的なのかどうか、となると、実はハイデガーには、『ヒューマニズムに関する書簡』の中で、ヒューマニズムを論ずるならば、ヒューマニティに、つまり人間性に、人をして驚愕させる、という側面もある、
人をして驚愕させるものが人間性にはある、それもヒューマニズムに包括させるべきである、もしそうでなければ、それは人間性にたいする過小評価にしかならない、といったことを述べている。つまり、人間性のなかには、驚愕させるものがハナから包括されているのだ、
それを認められるか否かが自分の言うような有からみられたヒューマニズムと、または理性的動物という人間定義から生ずるヒューマニズムの分かれ目である、とハイデガーは述べている。
そこが特に重要であり、ハイデガー思想というのは、渡部二郎の言うような、「公共的」な事柄に絶えず直結していくわけではない。もっと恐ろしいものだし、また深度を孕んでいる。渡部が上レスに引用されたようなそんな文章を書いていたとは不勉強で知らなかったが、
私からみると渡部二郎はハイデガー思想を矮小化しているように見える。
ちなみに、先の『ヒューマニズムに関する書簡』のハイデガーの言説は以下の通りである。
《それとも、その思索は、「ヒューマニズム」に対する公然たる抵抗を通して、次のことへの切っ掛けとなりうるかもしれない衝撃を敢行することを試みるべきであるのか、すなわちそのこととは、人間ラシイ人間<homo humamus>の人間性<Humanitas>とその人間性の
根拠づけとに関して先ず一度は愕然とする、ということである。》(創文社版ハイデガー全集9巻道標437頁)
- 33 :考える名無しさん:2008/08/16(土) 21:19:52 0
- ふ〜む。けっこうナチな匂いも漂う言説ですね。
- 34 :考える名無しさん:2008/08/16(土) 21:34:52 O
- 最終的には<ナチ的なるもの>というのは、ありとあらゆるものを支配・対象化してしまう、それにより己を権力化してしまう、すなわち有を有るもの化する欲望と、すなわち有の忘却と不可分離なもので、それもハイデガーはナチ加担後にかなり内省してますよね。
また、先の『ヒューマニズムに関する書簡』はナチ加担後、1946年に書かれており、既に1930年代後半『哲学への寄与』からナチ分析は為されていたが、ナチにおける有の理解がどのようなものかを考えてから、更に拡大し、出してきている。すなわち惑星的歴運として。
- 35 :考える名無しさん:2008/08/16(土) 21:52:40 0
- 例えば、
男がきれいな女をモノにしたいという根源的な欲望=有るもの。
レイプ=有るもの化=有の忘却。
ということでしょうか?
- 36 :考える名無しさん:2008/08/16(土) 22:35:04 O
- >例えば、男がきれいな女をモノにしたいという根源的な欲望=有るもの。
>レイプ=有るもの化=有の忘却。
>ということでしょうか?
<きれいな女をモノにする>という場合、身体を拘束する、モノ(フェティッシュ)化する、また、反対にマゾ的に<俺>の側が<モノにされたい>という場合、
いずれの場合でも、自分か<モノ化>を媒介した上で、ある種のエクスタシーに到達しなければならない、訳ですよね。重要なのはその、いわゆる忘我の極致にあって、<モノ化>はそのための階梯みたいなものではないか。重要なのは<モノ化>ではなく、
いわゆる脱-存Ex-sistanzにある。身体の一部への偏執も、やはりエクスタシーをめがけていくでしょう。
仮にそうでない、エクスタシーに及ばないフェティシズムがあるとして、しかしそれでも、その人間なりの世界企投、有の理解に則って、そうなっているのは間違いないでしょう。それは有の忘却とは言えない。何故ならそのような人間なりに、何が己の本来性か
、考えているのかもしれない、その結果、犯罪に陥るとしてもね。むしろ、そのような性癖をもつ人間を、異常者として片付ける人間がいるとしたら、其の方がむしろ、有の忘却、だと言うのではないか。て気がしますね。
- 37 :考える名無しさん:2008/08/16(土) 22:59:30 0
- なるほど。丁寧なお答えをありがとうございます。とても勉強になります。
おっしゃられている「忘我の極致」と「己の本来性」との関係性がとても重要なような気がします。
- 38 :考える名無しさん:2008/08/17(日) 13:22:42 O
- フェティシズムがエクスタシー(忘我の極点)をめがけていくか、またはめがけないか、の差異でしょうね。めがける、ということは、フェティシズムに句読点というか、段落が打たれるのと同じだし、それが、極点がないとしたら、いわゆる散文的になり、
フェティシズムは持続的になる。
いずれにしても、フェティッシュへの偏執があることを人が自覚し、めがける、その時点で本来性の問いにその人なりに踏み込んでいる、ことになるでしょう。ただ、フェティシズムに止まらず、より、<あり得たもの>を希求し、己の時を経歴を、遡行してゆく可能性も
残りますよね。それが<本来性の問い>の意味であると思うし。
- 39 :考える名無しさん:2008/08/18(月) 23:59:09 0
- >>23-25
ホントに駄文だ。
- 40 :考える名無しさん:2008/08/19(火) 20:59:27 0
- >>39
おい。これは渡邊二郎の本の引用だぜ。
なぜ駄文か?
わけわからん文章こそ駄文だ。
>>32 >>33
>>36
- 41 :考える名無しさん:2008/08/19(火) 21:15:52 0
- 渡邊二郎って言ってる事は分かりやすいんだけど
どこまでがハイデガーの言ってる事でどこまでが自分で
整理や解釈した事かが分からない文章書くのがね…
内容をねじ曲げるよりも陳腐なまでに内容をそぎ落として
しまうのもハイデガー読みにおいては問題だろうし
- 42 :考える名無しさん:2008/08/19(火) 22:25:23 0
- 渡邊二郎か。
勤勉だし尊重すべきだが、
なぜか絶望的なまでに退屈な文章しか書けない人だよな。
- 43 :考える名無しさん:2008/08/21(木) 00:54:18 0
- 文才がないんだよ、とりあえず。
- 44 :考えるな無しさん:2008/08/23(土) 11:31:06 0
- 『存在と時間』の既刊部分の性格により、永く実存哲学の祖とされてきたマルティン・ハイデガー。
1980年代、日本では木田元により、『存在と時間』が未完成品であり、未発表の後半部分にこそあの著作の真のモチーフがある、とする説が我々の目を開かせた。
木田の仕事に引き続き、、日本で刊行開始されたハイデガー全集。これにより、生前の著作、講義、草稿は次々に刊行。巻数も増え、ハイデガーの全貌を掴むための素材は今や整いつつある。
ナチとの関わり、多くの20世紀思想家たちが蒙ったその影響力、謎めいた思索(企投における被投性という転回、聴従的帰属性…)、現代日本の知識人宮台真司、福田和也、等々への影響もある。
今、ハイデガーについて何を語り得るか。
- 45 :考えるな無しさん:2008/08/23(土) 11:32:20 0
- 『存在と時間』の既刊部分の性格により、永く実存哲学の祖とされてきたマルティン・ハイデガー。
1980年代、日本では木田元により、『存在と時間』が未完成品であり、未発表の後半部分にこそあの著作の真のモチーフがある、とする説が我々の目を開かせた。
木田の仕事に引き続き、、日本で刊行開始されたハイデガー全集。これにより、生前の著作、講義、草稿は次々に刊行。巻数も増え、ハイデガーの全貌を掴むための素材は今や整いつつある。
ナチとの関わり、多くの20世紀思想家たちが蒙ったその影響力、謎めいた思索(企投における被投性という転回、聴従的帰属性…)、現代日本の知識人宮台真司、福田和也、等々への影響もある。
今、ハイデガーについて何を語り得るか。
- 46 :薀蓄砕純一:2008/08/23(土) 11:50:49 0
- 糖質純一 今日も一人
- 47 :考える名無しさん:2008/08/23(土) 12:29:28 0
- >>44-45
このスレ一番の駄文だなw
- 48 :考える名無しさん:2008/08/23(土) 22:57:11 0
- 渡邊二郎って自分の結論が出ていても周りが気づかない、
もしくは周りの結論はまだ出ていないにもかかわらず自分なりの
結論を導き出そうとはしなかった?
言い方が悪いな、時間の経過にかかわらず終わった感のあることを
後から持ち出す、そういう感じではなかった?
- 49 :考える名無しさん:2008/08/27(水) 21:20:12 O
- 創文社の全集、次に出る巻とかはまだ未発表か。
- 50 :考える名無しさん:2008/08/28(木) 02:03:10 0
- 木田元「存在と時間」の構築、企画モノみたいなタイトルなんで
内容にあまり期待せずに読んでみたら
意外と言ったら偉そうだが、タメになった。
やっぱ原語の意味合いが分かると腑に落ちて理解できることがあるね。
特に重要な概念は原語のニュアンス理解が大切だなと思ったわ。
- 51 :考える名無しさん:2008/08/28(木) 11:39:06 O
- ↑50レスはまさにスレッド本文(80年代に日本では木田元が…云々)を地でゆく読者みたいだね。ハイデガー読み始めに木田の恩恵を受けた人は、俺もそうだし多いんじゃないかな。
- 52 :考える名無しさん:2008/08/28(木) 15:00:06 O
- スカイ・クロラを観た。
もろに『存在と時間』の香りを感じた。
- 53 :考える名無しさん:2008/08/28(木) 15:50:44 O
- ほう。どの辺りに『存在と時間』の影響が?
- 54 :考える名無しさん:2008/08/28(木) 16:34:56 0
- 俺にはバタイユっぽかった
バタイユ自体が『存在と時間』っぽいが
- 55 :考える名無しさん:2008/08/28(木) 17:12:14 O
- >>53
ダスマンから、死に至る存在の自覚を通じて、本来的実存を取り戻す感じだ。
『存在と時間』っぽいて言っても、あくまで既刊部な。
- 56 :考える名無しさん:2008/08/29(金) 20:11:17 O
- 今更実存主義とか下らなさすぎるわ
- 57 :考える名無しさん:2008/08/30(土) 01:43:11 O
- ≧56:考える名無しさん2008/08/29(金) 20:11:17 O今更実存主義とか下らなさすぎるわ
ええ。なのでスレッド冒頭に、“永く実存哲学の祖とされてきたマルティン・ハイデガー”と入れ、木田元を引用しながら評価の変遷を強調したわけですけどね。そのような評価ではハイデガーは語り尽くせないであろう、という意味で。
- 58 :考えるな無しさん:2008/08/31(日) 03:33:41 0
- 『存在と時間』の既刊部分の性格により、永く実存哲学の祖とされてきたマルティン・ハイデガー。
1980年代、日本では木田元により、『存在と時間』が未完成品であり、未発表の後半部分にこそあの著作の真のモチーフがある、とする説が我々の目を開かせた。
木田の仕事に引き続き、、日本で刊行開始されたハイデガー全集。これにより、生前の著作、講義、草稿は次々に刊行。巻数も増え、ハイデガーの全貌を掴むための素材は今や整いつつある。
ナチとの関わり、多くの20世紀思想家たちが蒙ったその影響力、謎めいた思索(企投における被投性という転回、聴従的帰属性…)、現代日本の知識人宮台真司、福田和也、等々への影響もある。
今、ハイデガーについて何を語り得るか。
- 59 :考える名無しさん:2008/08/31(日) 03:34:37 0
- 『存在と時間』の既刊部分の性格により、永く実存哲学の祖とされてきたマルティン・ハイデガー。
1980年代、日本では木田元により、『存在と時間』が未完成品であり、未発表の後半部分にこそあの著作の真のモチーフがある、とする説が我々の目を開かせた。
木田の仕事に引き続き、、日本で刊行開始されたハイデガー全集。これにより、生前の著作、講義、草稿は次々に刊行。巻数も増え、ハイデガーの全貌を掴むための素材は今や整いつつある。
ナチとの関わり、多くの20世紀思想家たちが蒙ったその影響力、謎めいた思索(企投における被投性という転回、聴従的帰属性…)、現代日本の知識人宮台真司、福田和也、等々への影響もある。
今、ハイデガーについて何を語り得るか。
- 60 :考える名無しさん:2008/08/31(日) 10:46:24 O
- 何やらスレッド本文を無意味に?何度も貼りつける人がいるけど、少しは他に、疑問やら意見やらも書いてほしいよな。スペース、勿体ないよ。
そういや数年前、ヤスパースとハイデガーの出逢いからハイデガーによるナチ加担や第二次大戦を挟んでヤスパースの死までの二人の交流をドキュメント化した番組がNHK教育で2週にわたり放映されていたが、番組では誠実真摯なヤスパースに片や熱狂的なナチ礼賛、
戦後も沈黙を守り、ナチ批判を避けるハイデガー、というふうに、ヤスパース寄りの視線で終始進行し、あれは不満だった。実際はハイデガーは様々な著作でナチ批判をやっており、しかも相当な拡がりと深度でやっている。ナチスというものが歴史に登場した必然性をも
ハイデガーの場合、みているため、とにかく批判すればよい、とにかく免罪符を見せればよい、という立場とは一味も二味も違っている。そういった辺りを見ないハイデガー批判が番組では採用されていた。かえすがえす惜しいと思う。
ヤスパースだが、早くから互いに友情を感じ、盟友として、ヤスパースの死まで文通していた割りにはハイデガー思想をさほど理解もできず、そのまま死んでしまった。ヤスパースの初期の主著『世界観の心理学』が出版された際、ハイデガーは鋭く読み解き、
長文の批評を書いてヤスパースに献呈している。一方、数年後にハイデガーの主著『有と時』が出版された際、ヤスパースは訳が分からず、ほったらかしていたらしい。そのまま、ハイデガーによるナチス加担の時代になり、二人は疎遠になり、文通以外で関わることは
なかった。それでも第二次大戦後、教授職を剥奪されていたハイデガーが再び大学に戻れるよう工面したり、出来得るかぎり援助した件も記録として残っている。しかし、ヤスパースが晩年の『哲学的回想』で語る通り、ヤスパースの中にはハイデガーの謎めいた部分、
畏怖ともいえる不気味さが終生消えることなく残った。盟友ヤスパースにさえ思想を理解されなかったハイデガーの悲劇を痛感してしまう。
- 61 :考える名無しさん:2008/08/31(日) 17:18:45 0
- ハイデガーなんて「哲学」とは呼べないね。
よくても「人生哲学」「エッセー」「人生論」。
否定はしないが、大学で哲学研究するとかの対象
にはならないね。
- 62 :考える名無しさん:2008/08/31(日) 20:03:46 O
- ハイデガーは数少ない「真正面から向き合う」哲学者だ
- 63 :考える名無しさん:2008/08/31(日) 20:07:00 O
- ≧61:考える名無しさんsage2008/08/31(日) 17:18:45 0
>ハイデガーなんて「哲学」とは呼べないね。よくても「人生哲学」「エッセー」「人生論」。否定はしないが、大学で哲学研究するとかの対象にはならないね。
まあまあ。あなたは一度くらいはまともに著作に目を通したのかな?(笑)「哲学研究の対象にはならない」と言っても、フォーラムに行くと、色んな大学に相当な研究者は現実にいるみたいだぞ。
尤も、ハイデガー本人からして、自分の思索というのを<哲学>と称する気はなかったようだしね。むしろ<哲学>よりもよりラディカル、根本的な思索である、と言いたげ。同時代に広く流布していた思潮には失望を隠さなかった。
原佑と渡部二郎がトートナウベルクまで訪れた際も、「ドイツで今、注目されている哲学はありますか?」という質問にたいして、「何もない」ときっぱり断言した、という対話が中公パックス『存在と時間』の冒頭に記されている。
死まで、同時代の他の哲学にたいしてハイデガーの方から賛辞を送ることはなかったのではないかね。<哲学>という領域自体がハイデガーにとって、有の忘却の一形態として問題とされていった経緯があるわけで、「貴方の仕事は哲学ではない」と伝えたところで、
無言で見つめ返すだけだろう。
むしろ、じゃあ、ハイデガーの仕事とは、<哲学>でないとすれば何だったか、それ自体が一個の残された問いとなる、そう捉えるのが妥当だろう。
- 64 :考える名無しさん:2008/08/31(日) 22:06:48 0
- やに下がったご高説はブログの裏にでも書いとけばいんじゃね?
- 65 :考える名無しさん:2008/08/31(日) 22:22:21 O
- 64:考える名無しさんsage2008/08/31(日) 22:06:48 0
やに下がったご高説はブログの裏にでも書いとけばいんじゃね?
↑あなたにはハイデガーは難しいから、無理しないでもっと易しい話が出来るスレッドに書き込みした方が楽しく2ch.出来ますよ。
- 66 :考える名無しさん:2008/09/02(火) 11:33:14 0
- 「ハイデガー研究」は哲学科じゃなくて
ドイツ文学科あたりでやるべきだろう。
- 67 :考える名無しさん:2008/09/02(火) 11:35:03 0
- >>66
それはありえない。
哲学概念の理解とは別。
分析哲学を英文科でやるのがナンセンスなのと一緒。
- 68 :考える名無しさん:2008/09/02(火) 18:58:40 O
- >>63
確かバタイユをほめまくってなかった?
- 69 :考える名無しさん:2008/09/03(水) 00:46:50 0
- 人間は有限な時間を生きている、とか、自分が望んだわけ
でもないのにこの世界に投げ出されている、とかの感想を
"哲学概念"と言っていいのかという問題もあるかと思うん
ですが、加藤さん。
まあ、「存在を問う」とかの言葉に惹き付けられる
人が多いのも問題なんでしょうけど。
さあ、次は天気です。市川さん、お願いします。
- 70 :考える名無しさん:2008/09/03(水) 13:48:03 0
- ハイデッガーはあと50年もすれば、忘れ去れているよ。
- 71 :考える名無しさん:2008/09/03(水) 16:55:47 0
- ろくにハイデガーの著作も読まずハイデガーを詩人扱いって
ハイデガー本人からすれば別の意味で苦笑するしかないだろうね
キチンと哲学史的文脈を踏まえた質の高い解説本が少ないのも
原因だろうけどこれはニーチェあたりでも同じ状況なんだろうなぁ
日本語で読める解説本ならジャン・グレーシュの翻訳のが今のところ
一番オススメだからひとまずこれ読んでからアレコレ文句言ってよ
- 72 :考える名無しさん:2008/09/07(日) 15:53:19 O
- デリダの『哲学の余白』に収録されている講演記録に、『differance』というのがある。これは最初に訳したのが高橋充昭で、『理想』1984年11月号に掲載されている。
この講演は例によって難解なものだが、しかし、ハイデガーやフロイト、レヴィナス、ニーチェらをデリダがどう読み込んだか、が解り、そこが興味深いところがある。
一言でいえば、デリダによるハイデガーやフロイト読みとは、徹底した脱中心化、人間を探究すり場合に、特定の経験なり、解逅なり、にインパクトを認め、そこからそれを中心化していくことを外してゆく読み方だと言える。
フロイトの読み方にしてもそこは徹底されている。
《無意識とは、周知のように、隠れた、内にひそんだ、潜在的な<自己への現前性>であるのではない。無意識は差延する―これはたしかに、無意識は諸差異から織り上げられていること、そしてまた、無意識は代理者たち、受託者たちを送り出し、派遣することを意味する。
しかし、委任者がどこかに「現実に存在し」、現前し、「彼自身」であるチャンスとか、いわんや彼が意識をもつようになるチャンスなどは、そこには一つもないのである。》
《現前性のあらゆる可能な様態との対比において根底的なこの他性の特色は、<事がすんでから>、<遅れ馳せに>という解消不可能な諸効果のうちに認められる。》
《「無意識」という他性を相手にするとき、われわれは変容した現在〔現前者〕たち―過ぎ去った現在あるいは来たるべき現在―の諸地平にかかわっているのではない。そうではなく、かつて決して現在であった〔現前した〕ことのない、そして今後決して現在である
〔現前する〕ことがないだろうような「過去」にかかわっているのであり、したがってそのような「過去」の「将来」〔a-venir(来たるべきもの)〕は決して現前性の形式における現出〔production(産出)〕ないし再現〔出〕ではないだろう。
それゆえ痕跡という概念は、過去把持の概念、かつて現在であったものが過去になることの概念と同じ規準で計ることはできない。人は痕跡を―したがって差延を―現在〔現前者〕から出発して、すなわち現前者の現前性から出発して考えることはできない。》
- 73 :考える名無しさん:2008/09/07(日) 16:23:14 0
- >>71
まずはおまえがドイツ語を読めるようになw
- 74 :考える名無しさん:2008/09/07(日) 16:57:58 O
- (72の続き)
このように、無意識の発見とは、<現前したことのない-また現前することのない-痕跡>という意味を徹底的に担わせられてしまうのである。その読み方のモチーフは、何らかの意味の中心が人間にたいして付加されることから何としても、脱するべきというのが
恐らくモチーフではなかろうか、とも思える。でなければここまでフロイトを骨抜きにし、換骨奪胎を施すべき根拠はなかろう。
一方ハイデガーの読み方としてはどうか。デリダはハイデガーにおける有の大文字性を遠ざける。それをひたすらに遠ざける、という手法については解らぬことはない。しかし、例えば先のフロイトとの関連で読まれるべき有もまたハイデガーにはある。
そこでは曖昧化や、有の忘却の忘却(窮迫)はあり得ないし、想起こそが最有力なテーマとなるべきである。しかし、デリダには窮迫に対抗するべき思考はない。やはりどこまでも脱-中心化にとどまるのである。
デリダは有の忘却やそこからの想起がハイデガーにおいて、何ら具体的ではないことを以て、有の痕跡の痕跡として現前者を定めることを主張する。ここにはフロイトの読み方と同じ逆説的な転倒がある。また、フロイトの読み方と同じ不毛性がある。
ハイデガーが深化させた、時性を基礎においた方法は、まるで無視されて、あたかも虚構の物語でしかなきかのような容貌を担わせられてしまう。これはハイデガー読解としてはいたずらな脱-構築以上のものたりえているか、疑問である。
- 75 :考える名無しさん:2008/09/07(日) 18:17:27 O
- (74の続き)
デリダは高橋の翻訳した『La differdnce』において、有論的差異について以下のように述べている。
《したがって、差延の思想によって問題視されているのは、存在が現前性ないしは存在者性に限定づけられている〔la determination de l'etre en presence ou en etantite.(存在が現前性ないしは存在者性と規定されている)〕という、まさにこのことである。
このような問いは、どこかで存在と存在者との差異が開かれるのでなければ、現われえないし、理解されえもしない。第一の帰結、それは、差延は存在しない、ということである。差延は現前的-存在者ではない―たとえ人々がその現前的-存在者をどんなに卓越したもの、
無比のもの、原理的なもの、ないし超越的なものとみなしたいとしても差延は何者をも支配せず、何ものにも君臨せず、どこにおいてもいかなる権力をもふるいはしない。差延はいかなる大文字によってもおのれを告知しない。ただに差延の王国といったものが存在しない
のみではない、差延はあらゆる王国の覆滅を誘発するのである。》
《たしかに差延は、それ自身の或る局面において、存在なしいは存在論的差異の歴運的かつエポック的な展開〔deploiement〕にほかならない。differdnce〔差延〕のaはこの展開の運動をしるししている。
それにもかかわらず、存在の意味もしくは真理についてのこの思考、差延を限定して〔determinatinn(規定して)〕このように存在的-存在論的差異にしてしまうこと、存在の問いの地平で思考されたこの差異、これはまだいぜんとして、差延の内-形而上学的効果
ではないだろうか。》
《存在は、それが存在者のなかに身をひそめることによってしか、決して「意味」をもたなかったし、決して思考されたり言われたりもしなかったのづあってみれば、差延は或るきわめて奇妙な仕方で存在論的差異よりも、ないし存在の真理よりも「老齢」で(ある)。
ほかならぬこの年齢のゆえに、人は差延を痕跡の戯れと呼びうる。》
- 76 :考える名無しさん:2008/09/07(日) 18:30:35 O
- (75の続き)
ここにはデリダ特有な差延の哲学にハイデガーを置き直す特異な試みが為されている。有論的差異はそこで、差延をめぐるデリダ特有な否定神学的な色彩を施され、ひたすらな否定的にのみ有ることにされてゆくのである。
あたかもハイデガー的なプラトニズム批判の意匠を自身に施されたかのように、有論的差異は否定神学化されてゆくしかなくなる。また、有の位相にしたところで、痕跡としてしか、すなわち将来的に、また過去にも、決して現前せざるものでしかありえなくなる。
そこでは、かつて『根拠の本質について』(1930年)で詳細に分析されたような、<原-像をめがけ時熟する世界>といったリアルな実像範疇はなきに等しい。デリダが記すそれらはハイデガー的な展開とはまるで異なるものである。あたかもハイデガーはそう読まれるしか
なきかのように、ハイデガー的な展開をハイデガー自身へ向けているかのように、それはハイデガーを脱-構築する。
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