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なぜ平和は絶対価値なのか

1 :考える名無しさん:2009/08/14(金) 20:38:37 0
右翼も左翼も自民も共産も、みんな平和は好き。
なぜ?

2 :考える名無しさん:2009/08/14(金) 21:05:21 0
>>1
枢軸国はそのようにコントロールされている

3 :考える名無しさん:2009/08/14(金) 21:32:38 0
私たちの立場であるとなると、平和でなくても良くなる。
劣勢だったので平和が可能になっただけであって、少しでも戦う意志があると平和ではない。
少しでも戦う意志があって戦うのを休んでいると休戦状態だ。
戦う意志があれば、休戦状態は占領権が多くなってくると、平和ということでなくなる。

平和に見えるけど、蜃気楼を見たのであって、幻か実際のものか判らない。

4 :考える名無しさん:2009/08/14(金) 21:41:52 0
実践の問題性
あらゆる政治思想がそうであったように、平和主義の実践そのものが成功したとしてもそれが必ずしも人類の幸福が達成されるとは限らず、したがって平和主義が結果として倫理的に善いとは限らない。また平和主義の実践である平和運動や非暴力運動は相手側の「間違い」

を正すために自らが苦痛を受けることを相手または傍観者に見せ付けることで成立しているが、これは意図においては特定の思想を強制する行為であり、倫理的な問題がある。

個人的な思想の政治思想化
平和主義は個人またはきわめて少人数の集団において実践可能なものであり、これを政治思想とすることの難しさにしばしば自覚的でない。これは個人の善の延長上に社会全体の善が必ずしもあるわけではないことと対比できる。

平和の絶対視
平和の価値が絶対視してその上に思考することは決して理性的なことではない。なぜならばその平和の価値が歴史的にすでに万人に受け入れられた価値だと認められていないからである。

ニーバーは強制があれば平和は存在しないが、過剰な強制で平和が存立しているような国では平和はマイナスに作用しうると述べており、「墓場の平和」に陥ることを危険視している。

戦争原因の無理解
平和主義者は戦争の原因について深く理解していない場合が見られる。戦争はその形態や主体によって様相が異なる複雑な政治現象であり、

その原因は近代的な国家間の国益に関わる問題だけでなく、国内的な紛争である内戦においては宗教や民族、歴史などが重層的に組み合わさる。

これらの政治的、経済的、社会的、民族的、歴史的な問題についての無知が平和主義の楽観主義的な啓蒙思想の源泉のひとつとなっている。

例えばニクラウス・クザーヌスがキリスト教と異教徒との和解を訴えた時、彼には紛争やその原因となっている教義的・感情的な対立についての知識を持っていなかった。また近代において社会科学の発達とともに紛争理論も研究されたが、

この理論が実行可能でかつ有効であるとは限らず、事実現在においても多くの紛争が防げずに発生している。

5 :考える名無しさん:2009/08/14(金) 22:17:53 0
政治の中で平和が絶対価値を持つのは
戦争への嫌悪があるから。
ゆえに、"なぜ平和が好きなのか"という問いは"なぜ戦争が嫌いなのか"という
問いへとスライドさせて考えることができる。

6 :考える名無しさん:2009/08/14(金) 22:28:24 0
>>5
別におまえさんの考える趣味のじゃまをするわけじゃないが、
そんなこと、戦争やってるとこに行けばあるていど理解できる問題。
かれらは平和が好きで戦争が嫌いなのに戦争やってるらしいからね。

7 :考える名無しさん:2009/08/14(金) 22:36:31 0
この弱小人攫い北朝鮮どもがー

8 :考える名無しさん:2009/08/15(土) 18:12:01 0
>>6
>>平和が好きで戦争が嫌いなのに戦争やってる

平和が好きで、戦争が嫌いなのに戦争をやる場合は
その戦争をすることによって
将来の戦争を回避することが望めるため。

将来的な平和のために、現在の平和を壊すといった
行為とそれに類似した行動はいたるところに見られる。

そうった行為が見られる国では、平和が絶対価値を持っているとは
いえないと思う。








それはつまり、

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