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神様っているの?いるべきなの?

1 :考える名無しさん:2010/01/11(月) 15:22:25 0
論理性からの言及は
近代哲学による中世神学の批判的検討から見て不毛だから
便宜的、実益的な必要性の面から教えてくれ


2 :考える名無しさん:2010/01/11(月) 15:53:19 0
>>1
糞スレ立てんなカス。
逝ってよし。

3 :考える名無しさん:2010/01/11(月) 16:57:49 0
これはまた古式床しい2chの>>2だな
久しぶりに見た

4 :考える名無しさん:2010/01/11(月) 22:05:11 0
>>2のはただの糞レス。放置してよし。


そもそも神には二種類ある。一つは宗教的神でもう一方は非宗教的神。
この先使う「存在」と言う言葉が「客観的に存在する」と言う存在論的な定義での言葉とする。
前者に関しては存在しないことが証明できる。一方後者は存在の是非は証明できない(俺は
どっちにせよいないと思ってるけど。)

5 :考える名無しさん:2010/01/11(月) 22:07:56 0
日本人は無宗教というとんでもない勘違い
日本人には仏教なんぞより神道をもっと知って欲しいね

今はその神道的考えを放棄しかけてしまってる、本当にヤバい時期なんだよね
誰もが自分以外の周囲のあらゆる存在への感謝を自ら放棄してしまってる
天皇がいなくなるとか、そんな事よりももっとヤバいのに、誰も気にも留めていない
教典すらないのに、日本を古来から絶え間なく形作ってきた思想を今のバカな連中は自分から捨て去ろうとしてる
その根源にあるのは自然崇拝ね
人も自然の一部であり、作物が育つのも獲物が狩れるのも、自分達が生きていけるのは全ては自然のお陰

だから人は自然の中に神を見出してそれらに感謝した
そしてそのうちに、自分達を助けてくれる存在には全て神が宿ると考えた
日本人の謙虚さってのはここから来てるんだな

大袈裟抜きで、神道の源流は人間が理想とする究極の宗教像だと思う

6 :その他の登場人物:2010/01/11(月) 22:25:21 0
現象学的には、地上に存在しているのは意味としての人間の生活世界だけである。一方、科学的には地球人は飽きもせず太陽の周りをぐるぐる回り続けている。
従って、二つの歯車に引き裂かれ、挽き潰されてしまった「~」には、もはや存在する場所が無いわけです。もちろん、存在していても一向にかまいませんし、今更その存在を無闇に否定するつもりもありませんが。

7 :考える名無しさん:2010/01/11(月) 22:31:08 0
>>1>>4
糞スレ立ててんじゃねーよカス。
逝ってよし。

8 :ε=┏(*゚▽゚)┛:2010/01/11(月) 23:06:05 O
居ますYO 但し悪((笑))

9 :考える名無しさん:2010/01/11(月) 23:17:22 O
ニーチェは狂ったよ

10 :考える名無しさん:2010/01/11(月) 23:19:49 0
神の定義なんて宗教によって全然違うのに
こういう適当に神を語っちゃうバカがでるから
日本ではもっと宗教教育をするべきだな

11 :考える名無しさん:2010/01/12(火) 00:30:28 0
神は死んだ板でやれよ〜☆

12 :考える名無しさん:2010/01/12(火) 01:37:27 0
>>7
>>4です。>>1ではありません。
そこまで自作自演に仕立て上げたいのですか?



13 :考える名無しさん:2010/01/12(火) 17:29:28 0
>>7
>>1です。>>4ではありません。
言ってることだいぶ違うと思うけどな・・・

俺は、「神」っていうのはにんげんの論理性のみでは答えを出せない諸倫理命題に対して
至極合理的な解法を導き出すことができる外部存在であるという点で、その存在(を信じること)は
有益だと思うんだ。
もちろん>>10が言うように神ってものの捉え方はさまざまあるわけだけど、
ギリシャ神話みたいな至極利己的で恣意的なアミニズムを例外ととれば、
神って言うのは、人間のあらゆる営み・集団を超越した外部存在であるし、
諸々の宗教において人間の恣意の及ばないところから人間の倫理観を
規定してるっていうとこは共通してる。

それから、普遍的に存在するか否かを云々する人は、
アンセルムスの神の存在証明と、カントによるその批判を見るとわかるように
不毛だから。>>1でも書いてるように実利的実益的な面での検討をタノム。
それなら従来の「神はいるか」みたいなスレとは違うからいいだろ?

14 :考える名無しさん:2010/01/12(火) 18:22:12 0
>>13

何が知りたいのかよくわからん。
論理性は排除して実利的実益的な面で神ががいた方がいい理由?

こういうのは本気の信仰者に失礼だよ。
論理的だろうが実利的だろうが実益的だろうが、ご利益ばっか求めてる感がある。
本気の信仰者にしたら、まるで神様を人間が利用してるみたいじゃん。

無理して挙げればきりがない。
神様は金になる。神様は心の安心を少し与えてくれる。
何が起きても、戦争も平和も幸も不幸も神様のご計画通りということにしてくれる。
高慢を打ち砕いて謙虚にしてくれる。たとえ神様に反抗して自分が神の座に着いたつもりでも
後で罰を与えて引きずり下ろしてくれる。
悪者には罰を与えてくれる。善人には祝福を与えてくれる。(ただし世俗的幸福は除く)
神様による宇宙の星々の運行の規則正しさを教えてくれる。
この世のあらゆる理不尽な不幸にも何らかの理由付けをしてくれる。
神様の倫理規定は法律とは違って、「法律を犯さなきゃいいんだろ?」じゃなくて
「この法が守れたなら、それ以上の倫理を守ろう」というものにしてくれる。


だがしかし、「神の信じ方」を知らない者が多い・・・。

15 :考える名無しさん:2010/01/12(火) 19:26:10 0
>>14
とある宗教者が神を神聖冒すべからざるものだとしてその議論に対して怒るとしたら
そもそも論理的だろうとなかろうと神の存在に疑問を持つことに対して、ではないかな?

ってより、とある特定の神の存在を認める人間が
「神は人間にあだなす悪だ」とか「論理的に神がいるとおかしい」とか言ってる連中に
そんなに目くじら立てて否定すんなよって言うときには彼らのロジック、
すなわち神というある人間にとって神聖不可侵の存在も検討のもとにおくってことは認めなきゃ

ありていに言えば、>>14、お前の言ってることが通るなら、神様はいるかなんていう問いも立たないし
誰かと神についての共通認識を得ることは不可能だ。
さらに加えるなら、「無理してあげればきりがない」以下はいらんだろ

16 :考える名無しさん:2010/01/12(火) 19:51:10 0
>>13
>にんげんの論理性のみでは答えを出せない諸倫理命題に対して
>至極合理的な解法を導き出すことができる外部存在

>人間の恣意の及ばないところから人間の倫理観を規定してる

これを神の御利益だと言いたいのなら、神だけではなく
統合失調症や麻薬中毒の妄想、共産主義や全体主義のイデオロギーとかも
すべて該当すると思う

17 :考える名無しさん:2010/01/12(火) 20:12:27 0
宗教嫌いな人を見つけたら、こう言ってみよう。

「この世の中に「唯一絶対なる存在(神)」が存在するだって?そんなのあるわけない。」
「「人生かくあるべし」とか「精神のレベルを上げる」とか、下らねえ。腹が減ったら食べる。眠かったら寝る。それでいいじゃん 」
「この世に正義とか悪とか、そんなものねえんだよ」
「秘法とか修行と称してなんだかわけのわからん事をして何になるというんだ?あいつらバカだね。神秘体験なんてヤクでラリってるのと同じだ」

もし上の考え方に対して、「うんうん、その通りだ」と言う人がいたら、その人は無宗教ではない。
立派な仏教徒である。彼らは自分を無宗教だと思っているが、それは「宗教に入る」というアクションを
していないからそう思っているだけで、実際にはじわじわと仏教に染まっていたのだ。
特に「唯一絶対のものはない」が仏教の根本理念である。あとのことはそこから導き出されるものだ。
だから、これを信じていれば仏教徒だと言っていいだろう。

あるいはこんな話はどうだろう。
「宗教バカは規則とか戒律を絶対視して、どんなことがあっても守ろうとするからダメなんだ。
 世の中に合わせて柔軟にやらなくてはいけないのに」
「宗教ってテロとか起こすし、違う宗教同士で戦争ばかり起こすし、ロクなもんじゃない。
 宗教が政治にまで深く入り込んでいるからいかんのだよな」
「宗教をやっている奴らは自分たちが絶対に正しいと信じ込んでいて、俺たちが何を言っても
 「サタンの言うことには聞く耳を持たない。地獄に落ちろ」と言う。地獄に落ちるのはそっちの方だ」
「休みになるとどこかの老人ホームや福祉施設なんかに行って、ボランティアをして、「いいことをした」
 と優越感に浸っている。そこまでは勝手にすればいいけど、それを俺たちに自慢するな!はっきり言って偽善者だね」

このような発言をしたのは他でもない、イエスである。

18 :考える名無しさん:2010/01/12(火) 20:39:54 0
>>17
普通の人は大概教わりもせずにそう言うわけだから
神も仏もいらんということだわな

19 :考える名無しさん:2010/01/13(水) 16:54:20 0
>>16
全体主義はともかく共産主義は全体主義やチェチェ思想みないなのと癒着するから
倫理観の絶対的根拠になってるようにみえるだけでそのものにはそういう性格はないだろうし
ヤク・トーシツに至っては少なくとも社会レベルまで視点を広げれば
「合理的な解法」には程遠いだろ

>>18
現代の「普通の人」は中世のヤソ・回教神学を下地として発展した
社会制度やら科学体系やらのもとで生活してるからだろうよ。

昔に神が居たおかげが少なからずあるといってもいま神がいるべきということにはならないけど
でも>>18みたいな「教わりもせずにそう言う」っていう意識は
自我を増大(平たく言えば増長だわな)させることになりかねない
その増長はたとえば全能妄想とか他人の価値観・倫理観への過干渉とか問題が出てくる
とすればやっぱり倫理的決定をおこなう外部主体を持つか、
あるいはいっそ空の概念を極めて無我に解脱するか、やっぱり宗教はいると思う

20 :考える名無しさん:2010/01/13(水) 18:31:59 0
>>19
>倫理観の絶対的根拠になってるようにみえるだけでそのものにはそういう性格はない
>少なくとも社会レベルまで視点を広げれば「合理的な解法」には程遠い
これらは(現代人の視点を前提すれば)神にも該当する
神を端的に「外部主体(外部存在)」とするなら、それが善なる神と呼ぶべきものなのか
ただの妄想なのかを区別する根拠は、こちら側の個々人にはないということだ

>「教わりもせずにそう言う」っていう意識は
これは>>17に対する誤読もいいところだ
「大概教わりもせずにそう言う」というのは単なる事実の叙述だ
普通の人が「俺は教わった覚えなどない」と意識して言っているという意味ではない
実際、そんなことわざわざ意識しないわけだ

21 :考える名無しさん:2010/01/13(水) 18:33:31 0
おっと間違い
× これは>>17に対する誤読もいいところだ
○ これは>>18に対する誤読もいいところだ

22 :考える名無しさん:2010/01/14(木) 17:40:08 0
「倫理観の絶対的根拠になってるようにみえるだけでそのものにはそういう性格はない 」ってのは、
共産主義が単なる社会構造のアイデアの一つであるに過ぎないのにその構造的特徴から全体主義のような
自己目的化されたロジック(こいつらはこういう性格の面から見れば確かに神・宗教のロジックと同じではある)
と癒着してそう見えるって話だ。
「少なくとも・・・」のほうだが、ヤク・トーシツの妄想はそれ自体が自己目的化した
倫理規定のためのロジックとして利用されてない点で神じゃねーよ。お前の言う現代人の視点ってのがどんなものか知らんが、
無宗教の視点から見て「合理的な解法」になってないっていうんならそりゃそうだろ。無神論では宗教が合理的ではないとして否定するんだからな。
しかしな、少なくともある宗教がぜんていとして存在する社会においては「合法的な解法」だろ。
トーシツに限って言えば自己目的化っていうロジックがある場合も仮定できるのは確かだが、
そのロジックが社会(つまり複数の主体に構成されている集合的主体・個人に対応する意味での社会)に適応されえないって点で違うって言える。
ま、個人救済って点ではらりぱっぱして倫理命題に解法を導けない問題を解消するってのもアリかも知らんし、
全体主義やそれと結びついた共産主義が宗教の代わりをするのもアリだとは思う。
でも社会主義国家も消滅してヤクも規制された現代、合法的(ここでは例外として違法にならないって意味でつかってる)
に倫理問題にたいする解法としては宗教は重要だっていう意味もあったんだけどね

「教わりもせずにそう言う」→神なんていらない
っていう>>18の論理を取り上げたのであって、一般にどうとかを直接的に言及してるわけではないぞ
でも実際に>>18という一個人がそういう結論に達して、
その認識が増長を招きかねないということを言ったんだ

23 :考える名無しさん:2010/01/14(木) 20:43:31 0
>でも>>18みたいな「教わりもせずにそう言う」っていう意識は
>自我を増大(平たく言えば増長だわな)させることになりかねない
>その増長はたとえば全能妄想とか他人の価値観・倫理観への過干渉とか問題が出てくる

昔の、素朴に神仏を崇拝していた村落共同体の時代の人の方が
他人の価値観・倫理観への過干渉は多かったと思うよ。
特定の宗教を信仰するがゆえの選民意識のような全能妄想が生じる場合もあるし。

>たとえば全能妄想とか他人の価値観・倫理観への過干渉とか
の解決に、神を信じるから、あるいは信じないからなんて関係ない。
社会生活や人間関係の中で、どれだけもまれて自我を再構築し続けるか
っていう実際的なことに尽きるでしょう。

24 :考える名無しさん:2010/01/18(月) 00:25:26 0
>>23
確かに封建時代の人間を見ればそうも考えられる。
でも>>23が村落共同体と呼んでいる封建的集団がその構成員の価値観を
常識推論的に規定してしまうようなタイプの過干渉の本質は
神仏に対する信仰心というよりむしろ、単にその共同体の封建的性格
すなわち慣習を守るべき絶対的善としてそれから逸脱する構成員に干渉しているという構造
なのではないだろうか。

それから選民思想ってのが全能妄想につながる例は少ないな
バラモン教なんかはそもそも人種・血統差別が本質だからそうではないし
むしろ宗教云々よりも優越を希求する心は人間の性質であると言わざるを得ない
ナチスドイツみたいな例もあるし。

それから、「自我を再構築」っていうのはよくわからん。
自覚的であれってこと?

25 :考える名無しさん:2010/01/20(水) 23:32:40 0
神というのはつまるところ、単なるエネルギーだから、意思は無い。
それとあくまで神々が住んでるのはあの世であってこの世には居ない。
あの世からこの世に出てくるエネルギー、つまり時間の矢はあの世→この世なわけだ。

26 :考える名無しさん:2010/01/21(木) 07:19:25 0
>>25
その「エネルギー」ってのは比喩?
ちょっと余りに独特な言い回しが多いからもう少し平易にタノム

27 :考える名無しさん:2010/01/21(木) 07:39:41 0
>>13
>ギリシャ神話みたいな至極利己的で恣意的なアミニズムを例外ととれば、
>神って言うのは、人間のあらゆる営み・集団を超越した外部存在であるし、

えっ?
日本の神も全部除外?
そんな、それこそ「恣意的」な議論して何か意味があるの?
それともユダヤ・キリスト教の話だけしたいの?

28 :考える名無しさん:2010/01/21(木) 07:50:09 0
>>27
ギリシャ神話を除外したのは
ギリシャ神話の起こりが
ギリシャ人達が自分の家系の正当性を主張するためのものであり、
個人の恣意によって大いに改変されうる可塑的なものだからって事。
神道は少なくとも現代は恣意的に改変される事の許されないものだから
その神は「外部存在」であるといってもいいんじゃない?

それにそもそも恣意的なアミニズムと世界宗教的な一神教は、到底同じものとはいえないよ

29 :考える名無しさん:2010/01/21(木) 08:17:55 0
>>28
だから神の定義なんて宗教によって違うでしょ?
このスレのタイトルの「神様」ってどの神の話?ってことになるわけ

その神道観も神道のごく一部しか見ていない視点だし
そんなに、それこそ「恣意的」な議論をして何か意味あるの?
大体キリスト教の内部でも、神のとらえかたなんて結構分かれてる

30 :考える名無しさん:2010/01/21(木) 08:24:47 0
>>24
>すなわち慣習を守るべき絶対的善としてそれから逸脱する構成員に干渉しているという構造
>なのではないだろうか。

>バラモン教なんかはそもそも人種・血統差別が本質だからそうではないし

そういう本質を正当化するために神仏が利用された、信仰がそれを補強したんじゃないかな。
神の本質みたいなもんは、どんな宗教や教派も同じなんだろうけど
それを運用する側は神ならぬ身だから
環境に合わせて、つまり自分たちに合わせて利用するために
どうしても都合よく解釈・変化させてしまう。
そしてその解釈・変化した部分こそが絶対だと信じてしまい、固定化しようとする。

自我の再構築って、変化し続けるみたいな意味で。

31 :考える名無しさん:2010/01/21(木) 18:45:11 0
>>29
そら表現方法が全然違うから、異なる神の概念の間に有意な共通点がお前に見えてないだけだろ。
えーと、たとえるなら、「女は○○だからダメだ」って言ってる人に
「女をひと括りにするな」って言ってるようなものかな
確かにそういう言説は可能だけど、ある程度人間が枠組みを与えなくては物事を考える事は不可能
世の中におおよそ神と呼ばれうるような全ての概念を余すことなく知り理解しておかなくては
神に関する議論は不可能、なんてのは虚無だ。

>>30
手段の目的化といおうか、神格化といおうか・・・
最初は純粋に手段としてあったのかもしれない。
少なくともモーセは倫理的慣習を守る方便として神託という形式をとったとも大いに考えられる。
でも、中世以降のヨーロッパの封建的秩序を守るための倫理的慣習の根拠が
明らかに教会権力が強力に宣伝する「神様」という概念であるのに対し
日本の”村落共同体”の持つ絶対的な慣習の根拠は神仏ではなくて慣習そのものでしょう。

>環境に合わせて、つまり自分たちに合わせて利用するために
>どうしても都合よく解釈・変化させてしまう。
>そしてその解釈・変化した部分こそが絶対だと信じてしまい、固定化しようとする
確かにその通りで、憲法のように人間を支配するために(おそらく)人間に作られた
っていう性格が有るけど、宗教に関しては作ったのが(一応設定上は)人間の作為の及ばない主体
ってことにしてるから、そうそう改変できない。だからとりあえずは絶対的な倫理の根拠になりうる

32 :考える名無しさん:2010/01/21(木) 23:17:41 0
ジョン・レノンじゃないが、国境も神様もいないと想像してみよう。
そうすることで、始めて見えること(地平)もある。

33 :考える名無しさん:2010/01/22(金) 17:07:42 0
>>32
虚無主義か。それとも世界革命論か。

34 :考える名無しさん:2010/01/22(金) 21:28:10 0
国境も神様も存在していい

35 :考える名無しさん:2010/01/25(月) 18:36:13 0
>>32
人生哲学乙

36 :考える名無しさん:2010/01/26(火) 08:32:07 0
>日本の”村落共同体”の持つ絶対的な慣習の根拠は神仏ではなくて
>慣習そのものでしょう。

一神教による絶対的倫理ではなく、多神教による関係性重視の表れかなあ。
日本の神仏は、上から規範を与えるものじゃなくて、身の回りの物に宿るもの。
だからすべてを大切にしましょうみたいな。で大切にする方法が慣習とか。

>だからとりあえずは絶対的な倫理の根拠になりうる
ただしそれは、自分らの欲望の鏡みたいなものなんだよね。
自分らの気候風土生活に合わせて変えたものなんだから。
つまり自分らの望むものを、神の名において権威付けしているだけにすぎないとも言える。

37 :考える名無しさん:2010/02/02(火) 19:08:17 0
>>36
確かにそういう事はある。
でも中世から近世日本の”村落共同体”で、
自己の(というより神というものを自分達の中に構築した祖先たちの)便宜・欲望のための慣習の
いわば「神化」があるであろうことは容易に想定できるけど、
セム人の宗教圏の人間みたいに、生活規範に関わる話の中でしょっちゅう口の端に神様の名前が上るのは
考えにくい気がする・・・。

38 :考える名無しさん:2010/02/19(金) 13:42:25 0
>>32
国境も神様もいないと想像して思考実験をすると・・・

勝ち組は、さらに勝ちやすくなり、金持ちはさらに金持ちになり
負け組みは、這い上がれず、貧乏人はさらに貧乏になり
辺境では、紛争が絶え間なく起きて人々が撃ち殺され
都市部でも犯罪が増え、飢え死ぬ人が増え、自殺が増え・・・

神様の救いや神様を信じる人の施しも無い世界で生きる事になる・・・・

39 :考える名無しさん:2010/02/19(金) 20:24:46 0
>>1
「いると思えばいますし、いないと思えばいません」
(映画「降霊」での神主役の哀川翔のセリフより)

40 :考える名無しさん:2010/02/20(土) 04:03:04 0
>>1
スレタイのセンスが無いな。
「神様とは何か、何であるべきか」

41 ::2010/02/25(木) 00:38:49 0
神様はいてもいいと思う。
 ただ創造主や唯一絶対神はいないと思う。見たことも感じたことも無いし。

 でも、そんな人でも困った時「神様助けて」と思ってしまう事はあるだろう。
 多分、その神様は「自分だけの神様」なのだと思う。
 要するに、実は「一人に一つの神様」なのではないだろうか。
 こう考えると、自分から見たら唯一の絶対神でもあるし、第三者的に見たら「多神教」でもある。
 両方が並立できている。加えて、古今東西よくある「人が神になるプロセス」も簡単に説明できる。
 自分と神しかいなかったら、その垣根はちょっとした勘違いですぐ跨げるだろうから。
 
また、多くの人が創造主や普遍的な唯一絶対神がいると勘違いする理由も比較的容易に説明できる。
 個人が自分で感じるその存在は「実は皆同じ」だと吹き込まれて、しかも罪悪感も全部引き受けてくれると宣伝されたら、
 まあころりといくのは仕方ないでしょう。身に覚えのある人は特に。
 大義名分にもなるしね。共同体の支柱として、「最低限共通のものさし(価値観)」は必要だし。人間面倒臭がりだから。

 「神様」はとても便利で精神衛生上かなり有効なツールではある。

 ただ、あくまで個人にとっては、個人の範疇しか適用されない存在だと思う。
 しかし、その存在は他者には絶対に否定できない存在でもある。
 ここら辺が「信仰の自由」なんだと思うけどなぁ。

 「一神教」でもあり、「多神教」でもあるから、結局宗教の根源は「超多神教」なのではないだろうか。
 そうじゃなかったら、何かの道具の部分があるんだろうなぁ・・・。 
 

42 :尺八小僧:2010/02/25(木) 03:55:19 0
神様は人の心の中に居ると僕は思います!
なので信じている人には居るし信じてない人には居ない
という事だと思います!
僕は信じてるのでよく夢に出てきます^^
参考にしてくれると嬉しいです〜

43 :考える名無しさん:2010/02/26(金) 17:11:32 0
そういや、汎神論っていまどうなの?

44 :考える名無しさん:2010/02/26(金) 21:49:54 0
神は不可侵、絶対、真理と言い換えられる。
後はその存在を信じるかどうかだ。

45 :考える名無しさん:2010/02/27(土) 08:52:45 0
神とは自然法則のことだよ

46 :考える名無しさん:2010/02/27(土) 09:30:53 0
自然法則とは神のことだよw

47 :考える名無しさん:2010/02/27(土) 11:02:36 0
てことは、神の怒りとか神の意志とか言いだす奴は
もうそれだけで信用しなくていいな。
1に1を足すと2になるよ、1を引くと0になるよ
どっちがいい?ってだけ聞いて、どっちでもいいのが神なんだから。

48 :考える名無しさん:2010/02/28(日) 01:48:45 0
信仰心が神にあると思うね

自分はどの神を信じるか
何も信じれなくなると神以外を選ぶ他ないね

49 :考える名無しさん:2010/02/28(日) 11:33:39 0
神は死の恐怖から生まれます
終了

50 :考える名無しさん:2010/03/01(月) 08:01:47 0
私の個人的な意見ですので、参考にしてください。
私の理解
 神 → 絶対の存在 → 物理法則 → 自然
 私はこれで納得したので、「神様がいる」というよりは「神はある」という立場です。

命題1 「神様はいるのか?」
 私は見たことがないので、判断を保留します。立場としては、懐疑派でしょうか?
 あとは、サッカーの神=ペレ(だったかな?)とか考えるのも悪くない、と思います。

命題2 「神様はいるべきか?」
 これは完全に個人の判断だと思いますので、
 あなたが「いるべきだ」と思えば「必要」でしょうし、
 あなたが「いなくてよい」と思えば「不必要」となるでしょう。

私の現在
 私はオリジナルの神を考えました。別に布教しようとは思ってないのですが、
 シンボルとして、邪神モッコスをあてはめています。
 だって、その方が楽しいと思いませんか?


51 :考える名無しさん:2010/03/03(水) 16:06:28 0
なんか>>43のあとからすごい勢いで汎神論者が湧いてきててワロタww

52 :考える名無しさん:2010/03/03(水) 17:20:30 0
その存在が、自分を神だとは思っていないとは思うが、
我々から見たいわゆる神っていうのは存在すると思う。
じゃないとだれが宇宙作ったの?ってことになる。

53 :考える名無しさん:2010/03/03(水) 19:17:58 0
>>43>>45
ショーペンハウアーの言を借りれば
「神とは世界であるといったところで面倒な類義語を増やしただけだ」
つまり神の存在を把握したことにはならんしこのスレの主題である神の有用性という面からは
まったく意味のない発言。

あとのレスは文章の体をなしていないのでスルーで。

54 :考える名無しさん:2010/03/03(水) 19:28:04 0
神は死んだとニーチェが断言してから百年以上経ったのに、
まだ神頼みのチキン野郎ばかりがうろうろしているw

55 :考える名無しさん:2010/03/03(水) 19:51:55 0
>>54
だからニーチェの精神は崩壊したのだよ。

人間には、神にすがらないと心の平衡を保てない時が来るのだよ。


56 :考える名無しさん:2010/03/03(水) 19:58:18 0
>>55
心の平衡至上主義ですか?

それを究極的に真理とか真実とか事実かを追求する(筈の)哲学板で、
堂々と主張されるのはどうか?と思いますけどね。

57 :考える名無しさん:2010/03/03(水) 20:03:20 0
>>56
それも一つの真理だろう・・・しかし・・・・

すべては、バランスの上に成り立っているのだよ。
神は、死んでもいるし、生きてもいるのだよ。
なぜならば、誰もそれを確かめたものがいないのだから。


58 :57:2010/03/03(水) 20:13:47 0
俺がニーチェを超えた訳では無い・・・・

時代がニーチェを超えたのだ・・・・

これは、量子論時代の必然なのだよ・・・


59 :考える名無しさん:2010/03/04(木) 14:25:47 0
>>54
神は死んだってそういう意味じゃないだろwwwにわか乙wwww

60 :考える名無しさん:2010/03/04(木) 23:38:02 0

別に神様を信じてもいいと思う。
しかしそれによって救われるとかそうじゃいとかは別だと思う(この場合救われるというものの定義は定かじゃないけど)。

クリスチャンの言葉に「神は乗り越えられる試練しか課さない」というけど、あれは絶対嘘だね

だって、絶対的な絶望はあるわけだし。
それで死ぬ人もいるんだし。



61 :考える名無しさん:2010/03/05(金) 09:29:28 0
人生哲学厨のすくつになっちまった!

62 :考える名無しさん:2010/03/05(金) 10:33:08 0
キリスト教徒の俺が宗教に懐疑的になったのは
牧師が「イエスの復活を信じられないものはキリスト教徒ではない」
といったような説教をしたときからだ。
この時、宗教が持つ詭弁に気がつき、目が覚めた気がした。
また、その前に遠藤周作の本を読んだことが大きかったとも思う。

今振り返って思うに、宗教とは、
弱い人間が生き方を乞い、
また、悪いことが起きた時にそれを
責任転嫁するために作られたものである。

つまり神とは、人間が作り出した幻想に過ぎない。

63 :考える名無しさん:2010/03/05(金) 12:13:28 O
あるキリスト教徒は、
「蟻が象を理解できないように、人間も神を認識できない」
と言っていた。

64 :考える名無しさん:2010/03/05(金) 15:25:38 0
>>63
でもそんな理解できない相手の言いつけは守るんだよね
相手が何考えてるかわかんないのに
ご苦労なこった

65 :考える名無しさん:2010/03/05(金) 16:06:24 0
神様がいると言う事と・・・

宗教組織による、民衆の支配あるいは、欲望の抑圧、煩悩の軽減、生活習慣への介入などは、別の問題。
だって、宗教組織は、人間が運営しているんだもん♪

66 :考える名無しさん:2010/03/06(土) 08:10:48 0
大昔の人が神とあがめたのは
宇宙人だったてことで、もうそろそろ決着付けたくないか?

キリスト誕生の時に現れた赤い星だって
どう考えたってUFOだろ。

67 :考える名無しさん:2010/03/06(土) 15:07:22 0
どう考えたって彗星だろ。

68 :考える名無しさん:2010/03/06(土) 22:00:28 0
>>67
彗星は馬小屋の上で止まらんだろ。

69 :考える名無しさん:2010/03/09(火) 08:42:38 0
【IT】ウイルスよけや電子絵馬、IT世界も「神頼み」流行[08/26]
http://news2.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1030341360/

70 :考える名無しさん:2010/03/09(火) 09:39:56 0
ゆーっくり動いてたら
誕生の間くらいは馬小屋の上にいるだろ

71 :考える名無しさん:2010/03/10(水) 09:25:37 0
>>70
そんなスピードでどうやって3人の博士を馬小屋まで導いたんだよ。

72 :考える名無しさん:2010/04/20(火) 13:12:45 0
神って情報のことですよ。

http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/415/1200503239/
書き込みよろしく


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