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独立価値と従属価値2

1 :考える名無しさん:2010/01/31(日) 07:31:32 0
独立価値とは、他の価値に貢献することを理由とせずに成り立つと当人によりみなされる価値(内在的価値に似ているがより狭い定義)
例: 自身の利益と生命、国家、天皇、神、信仰、忠誠心、さらには理屈抜きで大事に思える自分の子供など

従属価値とは、他の価値に貢献することを理由として成り立つと当人によりみなされる価値(道具的価値とほぼ同義)
例: 節制、勇気、勤勉、努力、知力、金銭、財産、さらには老後や世間体のために自身に貢献することを期待する対象としての子供など

独立価値は、それが当人にとって他の価値に貢献することを理由とせずに価値があるとみなされる。
従属価値は、それが当人にとって他の価値に貢献することを理由に価値があるとみなされる。

これらは人によって異なるが、自身の利益と生命は各人にとって最初の独立価値であると思われる。
自身の利益と生命という最初の独立価値のほかに、
どのような独立価値を持てるかが
その人の人生の充実度を決めるといってもよいのではないだろうか?

過去スレ
独立価値と従属価値
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1261130810/

2 :1:2010/01/31(日) 08:02:15 0
内在的価値と独立価値の違いについて、
内在的価値は、「性質」なのではないかというのが前スレで指摘されてたけど
こういうことは、言えないだろうか?

内在的価値では、そのものが持つ性質に価値を見いだしている。つまり、そのもの自体ではなく性質に価値があると考えている
独立価値では、そのもの自体に価値を見いだしている。つまり、そのものの性質がどうあれ、そのもの自体に価値があると考える

たとえば、内在的価値の場合、同じ性質を持つ2つのものについて、一方が内在的価値を持つなら、他方も持つだろう
独立価値の場合、同じ性質を持つ2つのものについて、一方が独立価値を持っていても、他方が持つとは限らない

3 :考える名無しさん:2010/01/31(日) 11:21:42 0
語感的には、内在的価値のほうが自体価値に思えるけどな。
そのもの自体に(性質でなく)価値が内在してると。



4 :Res Killer:2010/01/31(日) 12:12:18 0
独価には上位価値が存在するということを
暗黙の事実であるがごとく話している奴に一矢報いたい。
→独立価値の上位価値は考えても良いがそんなものは存在しない

精神的利益こそ唯一の独価だと言ってるあほがいる。
→では精神的価値とは何か?という問いが依然残るではないか。

5 :Res Killer:2010/01/31(日) 12:43:04 0
↑訂正
→では精神的利益とは何か?という問いが依然残るではないか。

6 :考える名無しさん:2010/01/31(日) 12:56:03 0
「A」の性質が他の価値に貢献することを理由とせずに価値があるとみなされる場合は独価?


7 :Res Killer:2010/01/31(日) 13:43:52 0
性質は独価でも従価でもない。
肉体の概念だからだ。
対して独、従価は精神の概念なんだ。

8 :考える名無しさん:2010/01/31(日) 17:31:48 O
>>6
「Aの性質」以外の他者によりみなされるなら独価でいいんじゃないかな。

9 :笑ゑくじら ◆WMm5BQV/ao :2010/01/31(日) 21:21:21 O
>>4
問いは残ってもその方が合理的に理解できるのは事実でしょう

そういうものを想定すれば独立(的)価値と従属(的)価値の変化は合理的に理解できる
その精神的利益とやらに従って変化させられてるとね

そもそも合理性を理由に上位価値なるものを仮定した場合
新たな問いが生まれたところでそれは反論にならないでしょう
物理を合理的に考えた場合、ある力を統合する力があるという帰結になれば
不明確だからと言う理由でその力が存在しないことにはならないっしょ

10 :1:2010/01/31(日) 21:34:19 P
独立価値の上位価値を想定しても、さらにその上位価値が存在するのは
自明なんだから、結局無意味。

さらに、上位価値が不明確だから独立価値なのではなくて、
むしろ、上位価値があろうがなかろうが、独立価値はそれ自体で成り立つんだよ。
そこを誤解すると見誤るよ。

11 :笑ゑくじら ◆WMm5BQV/ao :2010/01/31(日) 21:45:30 O
ううん
独立価値は変化し上位価値は変化しない
その違いが想定できる

12 :1:2010/01/31(日) 21:49:51 P
だから、上位価値が明らかに存在する独立価値というものもある。
環状連鎖の中に存在する独立価値などはそう。
さらに、環状連鎖の存在を考えれば、上位価値という言い方自体不適当。


13 :考える名無しさん:2010/01/31(日) 21:50:46 0
>>10
ようするには、人類は人類だけでは上位価値を生み出せないってことだね。
それが探求されてきた結果として、独立価値は論理による再評価を受けることが
挙げられるんだが、こうした独立価値はそれ自体では二義的な要素なんだよ。
なんのために上位価値するのか?、なぜ独立価値ではないのか?
その先に認識を超えた虚構がないと、全く意味がはっきりしない。

何の理性や知性もなく認識的に上位価値が誤認する人はいない。
それは自身の人生や命運のためであったり不確定な要素を原因とする。
その最終的な上位価値的虚構のために人生で導き出した回答が独立価値といえる。
そういう最終的な目的は上位地価値ではなくそれ自体が独立的な価値なんだよ。

14 :考える名無しさん:2010/01/31(日) 21:52:11 0
>>11
でも変化するのは独立価値の中身でしょ?
上位価値は上位にいるから中身の変化なんてありえないわけで。

15 :1:2010/01/31(日) 21:54:21 P
上位価値なんていうものは、存在することが証明されてない。
まず、存在することを証明してからでないと、話をしようがない。


16 :1:2010/01/31(日) 21:55:45 P
メタ価値のことを言ってるなら、上位価値ではなくメタ価値というべきでしょう。
ちゃんとした既存の定義の定まった言葉があるのだから。


17 :考える名無しさん:2010/01/31(日) 22:00:29 0
私は「最高価値」というものについて長年考えているものなんだか・・・。
独立価値と最高価値の違いを教えてほしい。

《最高価値》の定義
全て価値から影響されることなく、すべての価値を影響を与える最高位に存在する価値>最高価値

18 :笑ゑくじら ◆WMm5BQV/ao :2010/01/31(日) 22:09:53 O
>>12
環状連鎖なんて空想上のお遊びでしょ
独立→従属という関係性がなくなる、つまりそれは独立価値ではない

>>14
中身という表現で言わんとすることがよー分からないけど概ね自分の考えに正しいと思う

>>15
違うね。相手が証明をしてくれた方が反証しやすいというだけだろう

>>13
別に虚構としなくても生理的原理という想定もあり得ると思うが
であれば意味も必要ないっしょ

動機として虚構を求めるというのは分かるけどね

19 :笑ゑくじら ◆WMm5BQV/ao :2010/01/31(日) 22:20:05 O
>>16
んーあなたは既存の表現を求めることで語義を明確化しようとしているというより
「メタ」であることを言い訳に議論を回避しようとしているように見えるけど違うかな?

>>1を読む限り人生の充実度を語っているようだけど
その「メタ価値」故に人生の充実度は独立価値だけでは語れない、ともなればスレの主題と深く関わるし
そもそも独充価値論に固執して人生を充実させる方法から目を背けるなら本末転倒だろう

20 :1:2010/01/31(日) 22:46:11 P
環状連鎖は、空想じゃないでしょ。
独立価値を持つ自身が他の何かのための従属価値になることは一般的に見られる。
さらに、複雑な連鎖の網が構成されるのも、前スレで検証ずみ。

>人生の充実度は独立価値だけでは語れない

そんなのは当たり前のこと。言うまでもないことでしょう?
それから、独立価値価値論に固執などしていない。
ただ、独立価値の存在は誰にも否定できない。それが、前スレで客観的に証明された。
それだけのこと。
そして、そこから、いろんな議論をする余地がまだあるっていうだけ。

21 :笑ゑくじら ◆WMm5BQV/ao :2010/01/31(日) 23:05:01 O
どういう検証なのかは知らないが
複雑な連鎖の網がなぜ環状となるんだ?それだけでも論理的飛躍か説明不足に見えるが
そもそもその場合において独立→従属という関係性が崩れるでしょ

言うまでもないことと言われても>>1にはそう書いてあるような気がするんだけど…
固執してないならよかったよ。下衆の勘繰りだった、すまない

どういう証明かは知らないけどさ。字面と定義、現実が剥離してる場合ってあるでしょ?
例えば理性によって説明するときは独立価値を意識的か否かで語るのに
そうでない時は独立→従属という関係性を素朴に信じている、というような場面を何度か見たが

22 :1:2010/02/01(月) 07:24:16 0
独立→従属という関係性は別に崩れない。

独立A→従属A
     独立B→従属B
          独立A

こんな感じだ。

子供の例で考えればわかりやすい。
多くの場合、子供には従属価値と独立価値が共存してると考えられる。
それは、まさに上記の図に当てはめると

自分  子供   自分
独立A→従属A
      独立B→従属B
            独立A


こうなる。


23 :考える名無しさん:2010/02/01(月) 08:46:42 0
価値には段階があるよね。
人類史的に見ればアニミズム的なものやシャーマニズム的なものが
段々一神教的(多神教でもボンヤリと中心はある)になって科学的になっていく。
個人史的に見れば自他未分的な所から自我が生まれ、乳児の生理的欲求から
成長して文化的に高尚なものを求めていくという。
そういうのは組み込めないのかな。

24 :考える名無しさん:2010/02/01(月) 08:58:31 0
自我=メタ価値だろうね。
五感、感情、欲望。
その時々で、それらにフィットしたものを大切にする=独立価値。
>>22みたいに、お互いがお互いのことを必要としていると認識すれば
その重要度はなお増す。

25 :考える名無しさん:2010/02/01(月) 09:12:20 0
必用とされる関係といっても結局、主人と奴隷、主と従の関係だよな。
そういう関係だと、差別する側は差別される人達が存在しないと関係が成り立たないとか、
支配する側は支配される側がいないと成立しない、暴力を振るう方は暴力を受ける側の存在が必用・・・などから自由になれない。
主人と奴隷の関係以外に関係って作れないものかな。

26 :1:2010/02/01(月) 09:34:06 0
独立価値と従属価値だって、別に作ったわけじゃないからな。
そういうものが存在することを見つけただけで。
価値体系を勝手に作り出すのは無理。


27 :考える名無しさん:2010/02/01(月) 10:04:08 0
>>25
お互いがお互いに対して主であり従であり
って関係をイメージしていたけど。
恋人関係なんか、わりとそういうパターンになりがちじゃないか?

あ、でも主と従に徹することで安定する関係もあるな。
「私がいなくなるとこの人はダメになる」という一心で
DV男と別れられない女とか。
奴隷が奴隷に甘んじるのは、奴隷も主人を必要としているからと
そこにプライド(=メタ価値)を見出しているから
だとしたらそれはそれで安定した関係と言えるかもしれない。

28 :1:2010/02/01(月) 11:31:07 0
自分の利益・命以外の独立価値は、何らかの「特異化」によって発生するんだよ。
そして、病的な「特異化」と健康な「特異化」がある。
その病的とか健康とかを識別するのがメタ価値でしょう。




29 :考える名無しさん:2010/02/01(月) 11:45:07 0
いや。その「特異化」を発生させるのがメタ価値。
病的か健康かなんて、見方によっていくらでも変わるよ。
それを識別するのは、客観的に見る他人か
あるいは本人がどれくらい自覚的かによるんではないの。

というか、「自分の利益・命」すなわち「自分」を独立価値とするなら
それを成り立たせている自身の願望や感情などのメタ価値も当然独立価値の一部であって。
それだけわざわざ「メタ価値」と切り離す意味がわからない。
何か肝心なところに目をつぶろうというような気がする。

30 :1:2010/02/01(月) 11:53:17 0
>>29
特異化を発生させるのは、メタ価値だけじゃないよ。
むしろ、それは哲学に興味を持つような人でしか起きない。
ほとんどは、普段の生活の繰り返しの中で特異化が発生する。まさに、DVの共依存の例とかね。

独立価値は特異な価値なんだよ。メタ価値のように正しさとか理想とかを追うものじゃない。

31 :考える名無しさん:2010/02/01(月) 12:07:37 0
メタ価値の内容を曖昧にしたまま議論(?)してるからね〜
自分の中じゃメタ価値=五感、感情、欲望すなわち自我であって
正しさや理想を追うがゆえに、正反対の方向へもまた行っちゃう。
そしてそれは哲学に興味あるなく関係なく
自我のある人=ほぼすべての人 に起こりうる。

32 :1:2010/02/01(月) 12:13:49 0
メタ価値は正しさとか理想を追うものでしょ。
そして、誰にでもメタ価値は必ず存在するわけではない。それを証明するのは無理。
それに対して、独立価値は誰にでも必ず存在することが客観的に証明できる。

メタ価値は具体的な価値として具現化する前の価値だよ。
それは、必ずしもすべての人が持つ訳じゃない。独立価値のように必ず存在するということを証明できない。



33 :考える名無しさん:2010/02/01(月) 13:31:47 0
健康的というのは持続可能性があるって事だろうな。
病的なのものとは破滅的なもの。
ドイツのナチスのように過剰に健康志向なのは病的で破滅的と言える。
柔軟性があり、全体のバランスと持続可能性が考えられたものが健康的と言えるだろう。

34 :考える名無しさん:2010/02/01(月) 13:58:57 0
>>32
様々な感情があるから様々な欲求が生まれ
その感情や欲求に従って、世の中の様々な存在物の中から
特定の物だけを「価値のあるもの」として選びとっているわけでしょう。
独立価値が誰にでも必ずあるなら、その価値基準も必ず誰にでもある。
その価値基準をメタ価値と呼んでいるんではないの?
三大欲求やその他物欲とか支配欲とか、自立心とか自尊心とか依存心とか探究心とか好奇心とか
喜怒哀楽とか孤独とか不安とか恐怖とか安心感とか充足感とか達成感とか
攻撃性とか排他性とかいったあらゆる性質の強弱とか

これらに価値を置いて、というか行動の指針になっているのが一般的だと思う。
これらがメタ価値ではないの?

35 :1:2010/02/01(月) 14:12:47 0
独立価値に価値基準はないよ。
自分の命・利益に価値があると見なすための価値基準は存在する?

独立価値の定義は、他の価値に貢献することを理由とせずに成り立つ価値だよ。
これ以上でもこれ以下でもない。

独立価値は、特異化(刷り込みのようなもの)によって発生する。この刷り込みは
メタ価値に従って意識的に起こす人もいるだろうし、日常生活の繰り返しによって発生させる人もいる。
後者の方が圧倒的に多いだろうけど。
この特異化(刷り込み)によって、自分の利益・命というこれまた特異な価値に対抗しうる価値が発生するわけ。

36 :1:2010/02/01(月) 14:15:39 0
自分の利益・命は何かの基準に従って価値があるとみなされてるわけじゃない。
ただ無条件に価値があると当人にみなされてるんだよ。
そして、それが独立価値の特徴なわけ。


37 :考える名無しさん:2010/02/01(月) 15:37:22 0
独立価値を無理に崇高化してないか?

38 :1:2010/02/01(月) 16:13:16 0
崇高化とかはしてないよ。
独立価値は絶対的なものではないし、必ずしも正しいものでもない。


39 :考える名無しさん:2010/02/01(月) 16:25:21 0
>>35
独立価値に価値基準がないなら
なぜ等しくこの世に存在しているAとBのうち
Aが独立価値でBが違うのか
あるいは、なぜ自分と他人の独立価値が違ってくるのかって話。
価値基準はあるんだよ。
その基準を意識しているかどうかだけで。

刷り込みで起こるのは、メタ価値への働きかけ。
意識していない価値基準が発動しているから、それに特別の価値を感じるようになる。
冬季五輪選手で、摂食障害を克服したって人がいたけど
「勝つために」に従属している「食事制限」だったはずが
独立価値にすり替わってしまい、選手生命が危ぶまれるまで行ってしまった。
おそらくは、それをやりとげようという意識が強いあまり
達成感や充実感や・・・あとなんだろ?そういったメタ価値と「食事制限」が
ダイレクトに結び付いたからと推察する。
ほとんどの依存症も同様。買い物依存症やアイドルなんかの追っかけやなんかも
行動によって引き起こされるメタ価値を享受したいだけであって
物やアイドルの価値なんか、もはやどうでもいい。
それが選ばれたのは、たまたまメタ価値と結び付くような刷り込みがあっただけだから。

40 :考える名無しさん:2010/02/01(月) 16:27:32 0
>>36
穿った見方をしてしまうと
自分の命に価値があると自分で信じきれないから
独立価値が必要なんじゃないか
それによって自分の命に付加価値をつけているんじゃないだろうかと。

ついでに「利益」は「命」を成り立たせるための従属価値だと思う。
でも「自分(の命)」が独立価値になるなら、上記のメタ価値もやっぱり「利益」に含まれる従属価値
または全部コミで「自分」という独立価値だと思う。繰り返しだけど。
例えば、人類愛・生命至上主義の人だって
「自分を価値あると見なすなら、他人も自分同様の価値があると見なさなければ」
「他人の命が無条件に保証されるならば、自分の命も保証される」
という、「自分(の命・利益)」が原点になっていると思うから。

41 :1:2010/02/01(月) 16:36:18 0
独立価値は自分で選ぶだけじゃない。
文化や環境、伝統、両親の育て方、外側からも刷り込まれるんだよ。
だから、基準はないと言ってるわけ。

42 :1:2010/02/01(月) 16:49:10 P
自身の利益・命と信仰を独立価値として持つ人と
自身の利益・命と人類の繁栄を独立価値として持つ人と
自身の利益・命と日本の繁栄を独立価値として持つ人では
派生して生じる従属価値が全く異なる。

これらが異なる人々の間で議論しても、議論が
まったくかみ合わないのは、それぞれが持つ価値体系が全く異なるから。

43 :考える名無しさん:2010/02/01(月) 17:06:59 0
>>39
依存症は思想にも存在するよね。
最初は正義感で思想に関わるんだろうけど、次第に人は言葉に酔い、思想に酔ってしまう。
文学的で美しい言葉の快感に陶酔していく。
思想的な言葉に陶酔していく中で、気分が盛り上がって自分を失っていく。
死の危険が見えなくなるくらい麻薬にはまってるようなものだね。

44 :考える名無しさん:2010/02/01(月) 17:11:43 0
>>41-42
いやいやそれらの刷り込みによって各々の感情や性質といった価値基準ができ
それらの価値基準に従って、価値の有無を決めていると。
独立価値が違うのは、その対象に投影している各々の価値基準が違うせいだし
(投影するにふさわしい対象かどうか決める時点で、また刷り込みが入ることがある
前レスで言った刷り込みはこれ)
例えば同じ「日本の繁栄」を独立価値として持っていてすら
方法論の違い=大切にするという、その仕方に違いが出るのもそのため。

45 :1:2010/02/01(月) 17:26:46 P
いずれしても、他の価値に貢献することを理由としない価値、つまり独立価値は存在せざるを得ない。

そして、大半の人にとっての最初の独立価値である自身の利益と命。
なぜ自身の利益と命が最初の独立価値であるのか?
それは、本能に組み込まれてるから。そういう意味では基準はないとは言えないけどね。

>>44
同じ独立価値を共有してる場合でも、方法論の違い、従属価値の違いが生じるわけだけど
これは議論になるんだよ。
独立価値を共有していない場合には、議論にすらならない。

46 :考える名無しさん:2010/02/01(月) 17:45:22 0
>>43
そうそう。一時期2chとか見ててすごくそう思ったよ。
もはや題材なんかどうでもよくて、意識してない不満や情動を発散したい
「なりたい自分」をバーチャル体験したいっていうような欲求だけが伝わってくるような。
自分は「思想は体質だ」と思ってるから
その思想を選ぶ・選ばざるを得ない人に共通の内在的価値はやはりあると思うけど
それがその先違ってくるのは、やはりその他のメタ価値の分布具合や強弱の違い
いわば価値基準の形の違いの表れなんだろうなと。

>>45
>独立価値を共有していない場合には、議論にすらならない。
うん。「これに価値があります。理由はありません」で終わっちゃうからねw
でもそれじゃ、何にも見えてこないよ。
まあ共有している場合だって「これ価値あるよねー」「ねー」で終わっちゃうから
どのみち議論はできないと思う。
違う価値体系を理解したいっていう「欲求」がなけりゃさ。

47 :1:2010/02/01(月) 18:03:21 P
>>46
独立価値を共有してても、従属価値やそれを実現する方法論が違うことがあるんだよ。
その場合には議論になる。

独立価値を共有してない場合は、議論そのものが成り立たない。相手の独立価値を
独立価値として議論で理解することができないから。相手の独立価値をどうにか自分の従属価値として
認める方法を見つけるのが精一杯。でも、その場合でも、それ以外の従属価値の体系が大きくことなるから
議論することは難しい。

48 :1:2010/02/01(月) 18:11:29 P
独立価値というのは、自身の利益・命と同格なわけだから、持つにはそれ相応の覚悟が
背後にあるはず。それを持たせるのは、特異な何かとしか言いようがない。理想への希求だけではなかなか独立価値は持てないよ。
理想主義者がその足下で利己主義者であったりすることはよくあるわけで。

その特異な何かが発生するのは日常生活の繰り返しによる刷り込み、
しかも負荷の高い状況であることが多いと思う。あるいは、子供の頃に刷り込みが行われるか。


49 :Res Killer:2010/02/01(月) 23:59:03 0
>>9
合理的に理解できる,と言うことにも私は反対だ。
なぜなら独価を精神的利益という一つの言葉に言い換えているだけだからだ。
言い換えることは合理的に理解することとは違う。つまり私には君の論が
 偶然とは例えば何か?
 例えばたまたまである。
の議論と同じように聞こえるんだ
>>11 例を挙げてくれ.ただし精神価値群の中から。
>>13
1.人類が人類だけで生み出せるものの方が少ないと思う。
 その点で君は当たり前の事を言っているのだ
2.>独立価値は論理による再評価を受ける
 その時点でそれは独立価値ではない。これは再評価に挑めないことを
 意味するのではない。その努力は無駄なのだ。再評価できないのだ。
3.虚構? なにが? 精神は虚構では無い。諸物を生み出すことができる。
>>14
精神において独価に上位価値など存在しない。
だからその論はテーマとは違うのだ。
>>17
それは内価でも独価でもない。より一般化された概念だ。
つまりこういうことだ
内価→肉体価値群に於ける
独価→精神価値群に於ける
最高価値→任意の価値群に於ける

50 :Res Killer:2010/02/02(火) 00:01:21 0
>>18
一段 独従の関係はなくならない。
三段 1と私は君の論を疑っている。疑っている者が証明を要求することは
   当然の事だろう。私の論の証明? 何度も言ってるだろ。
   定義から明らか (証明終)
>>19
 しかし同意語が大量生産されて議論が迷走するのでは問題だ。
>>16は言っているのではないか。

下段、それはどうだろうか。
人生を充実させる方法について議論したければ
別にその趣旨の板を作ればいいだろう。
目的は人生を充実させることだが、テーマはあくまで独従価値論なのだ。
それに固執することはなにもおかしいことではない。
>>21
崩れて無いから。或る価値が独価でも従価でもある場合があるという
前スレの議論を君が見ていないなら無理も無いが。
>>23 既に組み込まれている。(刷り込み、独立化、移ろい)
>>24 一時の感情だけが独価ではない

51 :Res Killer:2010/02/02(火) 00:02:50 0
>>25 テーマと無関係
>>29
1.メタ価値なんて存在しない。精神は精神自らによって変化する。
2.感情は価値ではない。喩えるなら感情→function,価値→object.
 感情は価値にしたがって行動するための道具なんだ
>>32 とりあえずメタ価値の定義って何なんだ?
>>33 テーマと無関係
>>34 独価に価値基準は存在しない。独価はそれ自身で価値なんだ。
>>37 どこらへんが?
>>39
>なぜ等しくこの世に存在しているAとBのうち Aが独立価値でBが違うのか
A:主,B;従が明らかだから
>なぜ自分と他人の独立価値が違ってくるのか
同じで有らしめる原因がどこにも無いから。

>>44
独立化は感情により起こるってこと?
その過程を詳しく言ってくれないか。

52 :1:2010/02/02(火) 13:26:07 0
結局、求められてるのは、自身の利益と命という特異な価値の解明なんだよ。
自身の利益と命は絶対であるようで絶対でない。そこで、>>1のように自身の利益と命を
他の価値と同じように同列に分類できるのではないか?

自身の利益と命という特異な価値に対抗できるのは、これも特異な価値でしかない。
価値体系の中に独立価値が存在するのは定義から明らかであって、自身の利益・命という特異な価値が
独立価値に該当するのもほぼ間違いない。

そして、絶対と思われる自身の利益と命でさえ、他の価値の従属価値になることがあり得る。
このメカニズムは何なのか? 独立価値の特異さにこそ、このメカニズムの秘密が隠されてるように思う。

53 :考える名無しさん:2010/02/03(水) 10:33:52 0
>>47
「伝統と人権」の議論を思い出すなあ。
あの時は「自分は理由なく伝統が大事だと思う。あなたは理由なく人権が必要。
これは価値観の違いだから理解しあうことなく終わりましょう」って感じだったね。
最終的に「伝統と人権」どちらかを独立価値に置くのは、そりゃ価値観の違いだけどさ。
それに至る価値体系(≒方法論)はどうなのか。
そして「伝統と人権」ははたして対立して理解し合えないものなのか。同じことの裏表、例えば「命を守るため」の方法論の違いなんじゃないのか。
そういったことを詰めずに、同じか違うかで終わっていれば、それは独立価値の違いにとどまらず
方法論に違いが出た時点で、もう理解し合えず終わってしまうんじゃないか。
思想的なグループ、特にそれこそ従属価値から独立価値を極めていったあげくどんどん先鋭的になった思想的グループによくありがちだけど
先鋭的になればなるほど内ゲバで容易に空中分解しやすいなんてのは、まさにそのパターンだと思う。
方法論の違い、同じ独立価値の方向を向いていてもとりあえずとどまる到達目標の違いなんかに
耐えられなくなるみたいな。
1つの価値が持つ従属価値は1つではないし、1つの価値が持つ上位価値も1つではない(性格や場合によるだろうけど)以上
独立価値の違いも方法論の違いも、実は補完の関係でお互い必要なものじゃないのか
とか思うんだけど(あとはパーセンテージ、バランスの問題)

54 :考える名無しさん:2010/02/03(水) 10:34:37 0
>>48>>52
覚悟ねえ。
確かに下3行は重要な要素だと思う。日常の行動パターン・メタ価値部分の価値観が、非日常だと増幅されて現れがちだと思うから。
それを承知したうえで、けど最終的に実際の行動を決めるのは多くの場合、その時気分がどちらに揺れたかという「ノリ」みたいなもんだと思う。
その「ノリ」を覚悟というなら覚悟だけど。
「自身の利益・命と同格」というか、「自身の利益」か「自身の命」かで、決断の一瞬どちらに揺れたかという。

あともう1つ違うパターンとしては戦時中みたいに、制度になってしまえば
その他の独立価値は独立価値として持ったまま、制度の内包する別の価値観に殉じるのが当然になるという場合。
「お国のために」という価値観に独立価値を従属させないまま(例えば「この独立価値がこの国で守られるために」というように。そうした方が死に前向きになれると思うけどあえてそうごまかさず)
「独立価値は独立価値のまま、別の価値観に殉じます。仕方ないから」というね。
小林よしのりが言うように「嫌なら抵抗すればいいじゃないか」=「抵抗しないならその独立価値なんかそんなに重要でもないんだろ」
てのは簡単すぎる。抵抗するリスク(自身の利益)とかを考えてとかももちろんあるだろうけど
それよりも、例えば何かやりたいことがあったんだけど、事故や病気で死ななきゃならなくなった、無念だ
というような、運命(という価値)に対する諦念。自分の価値体系とはまた別なところで認めている、その別な価値体系の意義。
こういう独立価値の存在の仕方もあると思う。

55 :考える名無しさん:2010/02/03(水) 10:38:51 0
>>51
>感情は価値ではない。喩えるなら感情→function,価値→object.
>感情は価値にしたがって行動するための道具なんだ

本来は。でもそう言いきれなくなっていると思う。
「楽しければいいのさ」とか「癒しがほしい」とか「感動をありがとう」とか
感情それ自体が価値あるものとして目的化してしまっている気がする。
恐怖(その後の解放感?)を味わうのを目的とするお化け屋敷やジェットコースターみたいなもん。

だから独立化は感情により起こる。
本来は確かに感情=道具。例えば
→空腹感→対処→満足感 とか →不安感→対処→安心感 というように
あるネガティブな感情(=おおもとは生命に危険のある状態を察知した時に起こる感情)を打ち消すために
行動し、その行動が正しければ(=生命に危険のある状態を脱すれば)ポジティブな感情が起こる。
つまり感情は、その行動=対処方法に価値があるかないかを決める道具である。

しかしその行動に価値があるのは、ポジティブな感情を得られるから。
とすれば、その感情自体に価値を感じているということにもなる。
行き過ぎれば、ローマの貴族のように「満足感を得るために吐きながらでも食う」になる。
結果としての感情が、それを得るためという原因になる→自己目的化する

また例えば「→不安感」のその→のおおもとがわからなければ、価値体系から対処方法を導き出せない。
しかし安心感は得たい。という時、おそらく人は色々なことを試す。
で、その中でたまたま安心感を与えられたものを見つけたとしたらどうなるか。
不安感の原因が分からないなら、なぜそれが安心感を与えてくれるのかも本人にはわからない。
それが自分のどこに、どう働きかけているためなのかがわからないのだから。
だからとりあえずそれを、唯一の手段として執着する。
若い人=未知のことばかりで、外部を受け止める時のネガティブ感情に対処する価値体系が
まだそんなにできあがっていなくて
という人は、日々その繰り返しのようなものだと思う。
そのものが持つ内在的価値の一部が、自分が真に欲している感情を体感させてくれたから独立化。
「理由はない、上位の価値はない」という「独立価値」のほとんどはこのパターンじゃないかと推測。

56 :考える名無しさん:2010/02/03(水) 10:57:07 0
もっと言えば
価値あるものだけ見て、それに理由が見つけられないのは当然。
価値ないと思うもの、マイナスの価値があると思うものも一緒に見れば
そこに何らかの価値基準はあるし
価値あるものに求めている、自分の欲求もある程度はわかると思う。
けどその欲求を見ることは、そこまで行ってない自分を見ることでもあるから
見ないままにしておきたい
そういう思いが独立価値を生むパターンをあるのではないかとも推測。

57 :1:2010/02/03(水) 14:13:25 0
自身の利益・命と2つ挙げてるのは、「自身」という価値をわかりやすくするためだから。
国家の利益・命脈、人類全体の利益・命脈というところを、国家や人類全体といえるのは、混同しにくいから。
「自身」だけでは混同しやすいので、自身の利益・命といってるだけで、独立価値としての「自身」と考えてもらって良いよ。
独立価値としての「国家」、「人類」、「自身の子供」と同じようにね。

58 :1:2010/02/03(水) 14:21:20 0
自身以外に独立価値がないと思う人もいるだろうね。
でも、自身を何かの犠牲にしたり、何かのためだけに生きたり
まあ、いろいろあるんだよ。価値観の特異化というか。
この特異化が起きてない人は、生まれたときの価値観をそのまま今も持ってる。
つまり、独立価値は自身だけだろうね。

59 :1:2010/02/03(水) 14:27:46 0
自身というのは特異な価値なんだよ。
生命としては自身は絶対的な価値であるはずだけど
知能を持つ人間にとっては、滅び行くものに絶対的な価値は置けないんだよ。
その葛藤の解決策が自身以外にもこの特異な価値を分散するということなんだと思う。

60 :考える名無しさん:2010/02/03(水) 15:36:59 0
ということは
その自身以外の特異な価値は
自身の命に価値を置くところから来るもの
つまり自身の命が成り立つのに必要な、自身の命に従属する利益の一部である

というのが自分の主張。
「生きがい」とか、まさにそれを表した言葉でしょう。
ちなみに>>57
命も利益(含メタ価値)もひっくるめて独立価値としての「自身」とするなら
自身が価値あるものとして価値体系に組み込んだものは
すべて自分の従属価値。独立価値というのは最上位従属価値。
と同時に、自身に対して独立にもなりうる、相互作用。
何かを「必要とする」=従属価値として見る のと
何かに「必要とされている」=独立価値として見る のは
自意識の働き、メタ価値による価値基準

というのが自分の考え。

61 :1:2010/02/03(水) 15:45:26 0
すべて一緒にするのは、意味のない考えだよ。
自殺するのも自分の幸福のためとかさ。


62 :1:2010/02/03(水) 17:08:02 0
いずれにしても、この世の中で生き抜くには、価値の「特異化」の発生は避けられないよ。
すべてを予定調和で生きていけないからね。
予定調和を崩されるから、「断絶」が起きるんだよ。それが価値の特異化として、
自身以外の独立価値を生む。

すべてを自身で管理することが、逆にこの世界への適合を阻むんだよ。

63 :考える名無しさん:2010/02/03(水) 17:15:34 0
>>1
>これらは人によって異なるが、自身の利益と生命は各人にとって最初の独立価値であると思われる。
>自身の利益と生命という最初の独立価値のほかに、
>どのような独立価値を持てるかが
>その人の人生の充実度を決めるといってもよいのではないだろうか?

まぁ、そうだね。
当たり前のことだと思う。

一切衆生悉有仏性。
全てのものには仏性が宿っており、
一切のものが独立価値をもっている。

なので、
仏教を学ぶのがよいw

ところで、「独立価値と従属価値」って、カントの「目的の国」のパクリなのかな?w
目的の国・・・「理性的存在者はすべて、そのおのおのが自己自身と他のすべての者とを
決して単に手段として扱わず、常に同時に目的それ自身として扱うべし」(カント)


64 :1:2010/02/03(水) 17:34:29 0
>>63
>目的の国・・・「理性的存在者はすべて、そのおのおのが自己自身と他のすべての者とを
>決して単に手段として扱わず、常に同時に目的それ自身として扱うべし」(カント)

これは、無理だよ。だから、パクリじゃないよ。
こんな大それた理想を追うことを意図してるわけじゃなくて
価値体系のしくみを明確にすることで、偽善を廃し、真の利己・利他とは何かを追求したいというのが趣旨かな。


65 :考える名無しさん:2010/02/03(水) 17:42:57 0
>>64
>価値体系のしくみを明確にすることで、偽善を廃し、真の利己・利他とは何かを追求したいというのが趣旨かな。

ん・・・価値体系ねぇ。
まず、「価値」っていうのは、存在そのものに付着しているようなもの(実在)ではなくて、
それぞれの主体が「価値評価」することによって初めて生まれるものだと思うよ。
つまり、存在そのものは、無価値でも有価値でもない。
(このことは「意味」と似ている。主体が「意味づけ」することによって初めて「意味」が生まれる。)

そこをはっきり抑えておかないと、考えが混乱してくると思う。
だから、「価値体系」として考えるんじゃなくて、
それぞれの主体の「価値評価」の仕方として考えたほうがいいだろうね。


66 :1:2010/02/03(水) 17:51:57 0
>>65
価値は独立価値が存在しないと発生しないんだよ。
1つでも独立価値を想定すれば、後は従属価値(つまり道具的価値)がほぼ自動的に連鎖することになる。

独立価値の現れ方を論じるのは非常に難しいと思う。
逆に従属価値(道具的価値)の現れ方については、人によって違いがあるにせよ、
議論するのはそれほど難しくない。というより、非常に明確で簡単になると思う。

67 :考える名無しさん:2010/02/03(水) 17:55:41 0
>>66
君は人の話を聞かない人だねw  会話になってないぞ。
じゃあね。


68 :1:2010/02/03(水) 17:58:46 0
>>67
価値の評価の仕方というのは、道具的価値であればそれほど悩まないでしょう?
その道具的価値の対象となる価値の連鎖を遡った最終点をどこに置くかというのが
結局問題になるのでは?


69 :考える名無しさん:2010/02/03(水) 18:07:02 0
>>68
>その道具的価値の対象となる価値の連鎖を遡った最終点をどこに置くかというのが
>結局問題になるのでは?

いや。「最終点」があるかどうかも問題だね。
例えばキリスト教徒なら「最終点」に「神」があるだろう。
それがキリスト教的な「価値の評価の仕方」なんだよ。

さっき書いた「一切衆生悉有仏性」は、仏教的な「価値の評価の仕方」。
他にも、いろんな「価値の評価の仕方」があるわけですよ。

(じゃ、これで本当におしまい。)

70 :1:2010/02/03(水) 18:09:37 P
>>69
最終点はありますよ。ないと価値は発生しないから。
それは前スレで決着してる。

71 :考える名無しさん:2010/02/03(水) 18:18:53 0
>>61
幸福というか
死なないで苦しみ続けるのと、死んで苦しみが終わるのと
どちらがメリット?ていう思考回路の結果だろう
つまり「命」と「利益(メリット)」をはかりにかけて「利益(メリット)」を取ったんだろう
という。
言い換えれば「命」に付随する価値より、その「利益」に付随する価値の方が大きかった。
思想的依存症っぽい人たちの2chでの言動なんかに
すごくそれを感じたよ。

個人的には、例えば「自分の子供」とか「仕事」みたいに
ほんとにパーソナルで緊密な関係性を持つものに特別な価値を感じるっていうのはよくわかる。
苦労すればするだけ、自分で認識していなかったメタ価値がどんどん増えて
緊密な関係性がより増すから。
(しかしそれだって「真の利他」にはなりえないと思う。
自分との関係が深いゆえに特別な価値を持つなら尚更自己と他は分離不可能になるし
そもそも「苦労したから愛着を感じる」というのが自己愛の一種でもあるし)
しかし「国家」や「人類」(や「天皇」や「伝統」や)という、個人的な歴史と結び付いているとは思えない
漠然とした概念が「独立価値」になるというのが、どうもよくわからないんだよ。
ただ「大事だと思う」とかならわかる。個人的な歴史と結び付いているならそれもわかる(親が総理大臣で間近で苦労を見ていたとか、国際貢献を何年もしたことがあるとか)。
けどそうじゃない、たかだかネットの刷り込みじゃないか?と疑わしいところで
「独立価値であり自身の命より上位である」と簡単に信じて、そう信じたい欲求が自分のどこから来るのか考えなくていい
というのは、すごくあぶなっかしく感じてしまう。
なんかヒロイズムとか、そういうのによって自己肯定されたいとかさ
そういうメタ価値レベルの欲求に乗っちゃうのが簡単になるような感じ。

72 :1:2010/02/03(水) 18:25:38 P
まず、自分以外の独立価値が発生するには
負荷の高い状況が必要なんだと思う。
負荷の高い状況での、予定調和のくずれ。これが、価値の特異化を引き起こす。


73 :1:2010/02/03(水) 18:41:14 P
>>71
所属する集団に価値を置くというのは、ある意味本能だと思うよ。
自身に価値を置くのと同じで。
でも、どの集団に独立価値を置くかで、派生する従属価値の体系はまったく異なるものになる。

74 :考える名無しさん:2010/02/03(水) 18:49:21 0
というかね。
「自分の子供」も「仕事」もそれぞれに独立した価値(まさに「独立価値」w)
というふうに、複数の異なる価値体系を持っているのもよくあると思うけど。
「仕事とあたしどっちが大事なの!?」「どっちも大事で比べられないよ」
てやつだねw

75 :考える名無しさん:2010/02/03(水) 19:01:45 0
>>72
全体主義の刷り込みが成功するのはそういうことなんだろうね。
社会に高まっている不安や恐怖をさらに煽って、独立価値を発生させる。

76 :考える名無しさん:2010/02/03(水) 19:07:41 0
>>73
所属する集団に価値を置くというのと、それを独立価値であると思う
というのは、まったく別だという認識だったんだけど違うの?
ただ「自分にとってわりと上位の方に価値がある」というならよくわかるよ。
最上位従属価値=独立価値 というのなら。

77 :1:2010/02/03(水) 19:17:26 P
>>75
ナチスとかはそうかもね。
良い悪いを問わず、独立価値は発生するから。

>>76
>>1の例を見て。
他の価値に貢献することを理由とせずに成り立つなら独立価値。



78 :考える名無しさん:2010/02/03(水) 21:55:31 0
勁草書房 システムの社会理論 宮台真司初期思考集成 宮台真司・著/堀内進之介・著/大河原麻衣・著 3,990 A5 2月中旬 ISBN9784326602261
『権力の予期理論』以前、宮台真司の初期論考を集成。システム論の思考とその展開。初期理論を新しく検討するインタビューとともに。


79 :考える名無しさん:2010/02/04(木) 13:42:10 0
>>77
むしろ「自分」という独立価値に何よりも貢献している価値だと思えるんだけど。
「他の価値に貢献することを理由とせずに成り立つ独立価値」って
何ものとも関係を持たず何にも影響を及ぼさずただそこにあって
明日撤去されても誰も気づかず何も変わらない石ころの、表出しなかった内在的価値
というようなものじゃないか?

80 :1:2010/02/04(木) 18:23:57 0
>>79
独立価値が他の価値と無関係ということはないよ。価値体系、価値の連鎖の中に組み込まれてる。

独立価値が必ず価値の連鎖の中に存在することは明らかなわけで、
それがどういう形で存在するか、それぞれが考えることで自分の価値体系をより明確
に把握出来ると思う。


81 :考える名無しさん:2010/02/05(金) 10:34:17 0
>>80
何を言ってるのか、自分でもわからなくなってきただろ。
他の価値に貢献しない価値なんて、ないよ。

82 :1:2010/02/05(金) 11:57:29 0
>>81
どこかにそれがないと、価値体系自体が発生しないんだよ。
それは前スレで証明されてる。
偽善の裏に利己主義を隠すテクニックは、この価値体系では通用しない。

83 :考える名無しさん:2010/02/05(金) 20:08:30 0
単なる還元主義にも見えるけど、恐らくパラダイム論的なものが主題なのかな?て思った
その場合、独立価値と従属価値ってのはいわゆるピラミッド型の体系なんだろうけどそれに限定する必要なくない
ようするに価値体系に信仰性のものが中心としてどうしてもできてしまうような構造が言いたいのであれば
中心はべつに体系の還元先じゃなくても良くない?それぞれの価値の関係や展開が中心を生むっていう構造でも言えるし
むしろそっちのほうがよく説明できるでしょ。

84 :1:2010/02/05(金) 20:54:21 0
独立価値は1つとは限らない。だから、独立価値は中心でもなければ、ピラミッドの頂点でもない。
それに、環状の連鎖もありえる。
価値間の関係、複数の価値にまたがる独立価値が存在する可能性はある。

いずれにしても、はっきりしてるのは価値の連鎖のどこかに独立価値が存在するってこと。
これは、独立価値の定義から明らかであり、独立価値の有無自体の議論はすでに無意味だと思う。
独立価値があることを前提として、それがどのような形なのかを考えないと。



85 :考える名無しさん:2010/02/06(土) 10:33:04 0
>>80
>独立価値が他の価値と無関係ということはないよ。価値体系、価値の連鎖の中に組み込まれてる。

けど「上位の価値に貢献しない」「それがないと価値体系が発生しない」というんでしょう。
そこで「いや「自分」という独立価値に貢献しているじゃないか」
「価値体系を発生させているのは「自分」じゃないか」と。

>それがどういう形で存在するか、それぞれが考えることで自分の価値体系をより明確
>に把握出来ると思う。

本来はすべて平等(?)に存在していて、関係性によって動いているもののうち
ある物に価値を見出すのは「自分」
ある物に価値を見出さなかったり、時には「害悪」というマイナスの価値を見出すのも「自分」
自分の価値体系を把握するなら、自分が価値の有無を何によって判断しているのか
=それによって自分の何を満たされたいと思っているのか
を考えた方が早いし、ごまかしがないと思う。

ちなみに
>偽善の裏に利己主義を隠すテクニックは、この価値体系では通用しない。
って、価値の峻別をする時点で利己主義からは逃れられないし
その利己主義から目をそらすテクニックとしての価値体系なら
それこそが偽善だともいえるよ。

86 :考える名無しさん:2010/02/06(土) 17:38:40 0
自分のみが独立価値とは言えないからね。

87 :考える名無しさん:2010/02/06(土) 22:57:54 0
哲学で利己主義という言葉を使う時には2つの文脈がある事に注意した方がいい。

一つは、自己の利害のみを規準にして社会的なものを無視する文脈。
主に批判的な意味で使われる利己主義。

もう一つの利己主義の文脈は、人間の道徳や公共意識は利己心から生まれていると説明する倫理学的立場だ。

この2つの違いを意識しながら議論すると、議論が徒に混乱しないのではないか。

88 :考える名無しさん:2010/02/07(日) 02:06:17 0
でも、最終的に独立価値論は人類最後の希望だと思う。

89 :教祖:2010/02/07(日) 03:06:40 0
 

90 :飛べないカラス:2010/02/10(水) 21:25:30 0
人工知能を作るときどういう価値観にしたらいいのかな。マズローの欲求みたいに段階的にセット
するのがいいかな。

91 :Res Killer:2010/02/14(日) 12:12:51 0
>>53
1.独価にいたる価値体系は存在しない。
2.相互理解は従属価値のレベルで為せば問題ない。
3.過激派は重要な従価の存在を否定したグループでは。
>>54
1.ノリは違う意味だろ。
2.その別の価値観こそ独価だ。
3.抵抗するリスクこそ独価だ。
>>55
少なくとも、>>29は偽。自分が独価のとき、感情は明らかに
従価であり、感情が独価のとき自分は従価であるから。
>>29は両が同時に独価たり得るとする
>>56
その論は現実と合わない。刻々と状況が変わる自然界において、
一つの価値しか見ることができないのは即、死だからだ。
価値を求めているのではなく
求められているということもあると思う。

92 :Res Killer:2010/02/14(日) 12:14:05 0
>>60
上段 それを精神が認知するとは限らない。よってまちがい。

>自身が価値あるものとして価値体系に組み込んだものは
>すべて自分の従属価値。
飛躍。自分以外でも、精神が認めれば独価だ

>独立価値というのは最上位従属価値。
独価は従価ではない。>>1より明らか。よって間違い。

>何かを「必要とする」=従属価値として見る のと
>何かに「必要とされている」=独立価値として見る のは
>自意識の働き、メタ価値による価値基準
否。自意識やメタ価値こそ独価の働きなのだ。
>>65
違うな。万の価値が淘汰されて一つの価値体系ができるんだ。
価値体系が無ければ生命は存在できないからだ。
これこそダーウィニズムの成果だ。
>>69
最終点はある。何故を繰り返せば答えられない何故に
必ずたどり着くのと一緒

93 :Res Killer:2010/02/14(日) 12:15:30 0
>>71
1.利、命に付随する価値って何、両者は独価なのに。
2.関係性を精神が認識するとは限らない。
3.>分離不可能 飛躍
4.>「苦労したから愛着を感じる」というのが自己愛の一種
  飛躍
5.極右や博愛主義者に聞いてみろよ、国人類天皇伝統は明らかに独価だ。
6.危ないとかそういう問題じゃない。
  そういう人がいるということが重要なんだ。
>>81
あるよ。>>1参照
>>85
1.自分が上位価値であることをを認識するとは限らない
2.どの価値体系が早いかどうかはテーマと無関係。
3.逃れられるし。国家のために価値差別は
  明らかに利己主義ではない。
>>90
価値観は自分で変えられるようにしてやらなきゃだめ。

94 :考える名無しさん:2010/02/14(日) 23:56:48 0
見にくいよ

95 :飛べないカラス:2010/02/18(木) 10:11:54 0
自分で変えられるってどんな基準で変えるの?

96 :考える名無しさん:2010/02/18(木) 18:46:49 i
メタ価値はまだ実現してない価値だよ。
つまり、まだ自分の価値になっていない。


97 :Res Killer:2010/02/18(木) 22:24:47 0
状況は常に変化する。だから価値観も変わり続けなければ
対応できないということ>>95

98 :考える名無しさん:2010/02/19(金) 12:55:49 O
食べ物の価値を知る(空腹から推論される)。命の価値はそこから推論(何故空腹が辛いようになっているのか)される。

それ以上原因が見つからない価値(ここで言う独立価値)に、そうでない価値が従属する(命が大事だから食べ物は大事)という理屈は間違え。

99 :Res Killer:2010/02/21(日) 14:40:27 0
>食べ物の価値を知る(空腹から推論される)。命の価値はそこから推論(何故空腹が辛いようになっているのか)される。
ここがダウトだな。私達は空腹じゃなくても食べなくちゃいけない。

100 :考える名無しさん:2010/03/03(水) 14:45:09 0
>>350
すんません。違いが分かりません。
>>281には、独立価値の例が宗教性として書かれているけど?

>>352
その2つはそんなにきっぱり分けられないよ。
宗教は人間の営みを円滑にさせるために作られたものであり
人間の営みは宗教によって規定される。
「宗教」を社会(や科学技術や伝統や民主主義)に、「人間」を個人にしても可。
方法が違うだけで内実は変わらない。
自分を管理するために、自分が作ったもの。自と他の調和(=社会の存続)のために。

>>353
うん。貧しい庶民は「自我」なんてもんを持ったら生きにくいだけだったからね。
科学が導入され、生活水準が上がって豊かになれば現在のようになるのは、ある意味自然の流れ。

天変地異を神の怒りと納得していた昔の人と
科学でわからないこともある、できないこともあると納得している現代の人とどこが違うの?
伝統だから仕方がないと納得していた昔の人と
多数決だから仕方がないと納得している現代の人とどこが違うの?
伝統も民意も、生活様式によって変わり続けてきたじゃないの。

>>91-93
それらの答えは、もう何度も書いてきたことの繰り返しになる。
自分にとって大切な存在っていうのは、自分にとってメリットのある存在。
自分とまったく関係ない、あるいはこの世から消えてくれって存在を
自分を超える存在、独立価値として位置づける人間はいるのかってことだ。

101 :考える名無しさん:2010/03/03(水) 17:01:01 0
>>356
>その移り変わりにどういう意味があるのかを考えてるんだよ。
>そうした移り変わりには何の意味もないと思いたいんだろうけど。

意味って、結果に対する各々の解釈でしょ?
変化っていうのは
「望んだ結果と同時に、望ましくない結果ももれなくプレゼント」だから
どの結果に意味を見るか、どう解釈するかの違いじゃない?
それを繰り返して進化してきた人間の営み、存在自体に意味はあるかっつったら
それ自体に別に意味はないと思う。

>それはたぶん無理だよ。宗教は2000年来、どの社会にも存在したものだし
>それがなくなれば、社会的にかなり大きな影響が発生するはず。

社会形態は変わっても、社会の本質的意味・存在理由は変わらないと思う。
人間や生物の本質が変わらないように。

宗教の存在で言えば
日本の「仏」=先祖崇拝はなくならないと思うって私は書いたんだけどね。
キリスト教やイスラム教も、たぶんなくならないんじゃないかな。

もう1つ、なくなるにしても、それが急激じゃなければ社会は安定したまま変化していくと思うよ。

102 :考える名無しさん:2010/03/03(水) 17:07:30 0
>>101
じゃあ「自身が納得する基準で管理されている」と考える人々が大多数を占める
自己自身が独立価値となる「自己崇拝教」的社会は到来しないと?

古くから存在する世界の根本を「自身が管理していない」と考える人々が多数派の
世界がこれからも存続し続けると?

103 :笑ゑクジラ ◆WMm5BQV/ao :2010/03/03(水) 17:43:05 O
>>22
意味が…分からな過ぎる…

同列においてどういう関係性があるんだ?
子どもと自分の差異もよく分からない、自分と他者ということ?

104 :考える名無しさん:2010/03/03(水) 17:44:34 0
前にも書いたけど

天変地異を神の怒りと納得していた昔の人と
科学でわからないこともある、できないこともあると納得している現代の人とどこが違うの?

伝統だから仕方がないと納得していた昔の人と
多数決だから仕方がないと納得している現代の人とどこが違うの?

昔の人も、自身が納得する基準で管理されていると思っていた
今の人も、世界の根本を自身で管理していない・できないと考えている
と言えないかい?

「自己崇拝教」をエゴイズムと結び付けるなら
それは個人の社会性の問題とも言った。

105 :考える名無しさん:2010/03/03(水) 17:49:48 0
>>104
>多数決だから仕方がないと納得している現代の人とどこが違うの?
だから民主主義も現代の宗教の一形態なんだよ。

106 :考える名無しさん:2010/03/03(水) 17:51:52 0
うん。だから
宗教がなくなっても、別なものを宗教として社会は続いていくでしょう
って言ったんだけどね。
俗物性だけじゃ社会の中で人間頭打ちになるから。
どっかで「みんなのため」ってとこに還元される部分がないと。

107 :考える名無しさん:2010/03/03(水) 17:52:36 0
サイエンスとデモクラシーが現代最大の宗教なんだろうね。
ある宗教が批判派や異端派を産み出すことが歴史が証明している。
それゆえ科学と民主主義は共に、その弊害を指摘されたり批判されたりもするわけで。


108 :笑ゑクジラ ◆WMm5BQV/ao :2010/03/03(水) 17:54:09 O
何処が違うかと言えば
現実性と現実性から生じる有用性

心理的圧力の強弱かな

109 :考える名無しさん:2010/03/03(水) 17:55:37 0
科学が宗教と違うのは科学が信仰と理性を一致させた成果であり
民主主義が宗教と違うのは民主主義が多数と理性を一致させた成果であることだね。

110 :Res Killer:2010/03/03(水) 18:27:49 0
>>100 狂信者はその条件を満たす
>>104~ テーマとの関連が見えない。

111 :考える名無しさん:2010/03/03(水) 20:50:15 0
>>100
狂信者って、自分にとってどうでもいいものだと思いながらそれを信仰しているの??
他人にとってはどうでもいいものだけど、自分にとって大事だから信仰しているってイメージだけど。

>>104>>102へのレスだよ。

112 :Nas Killer:2010/03/03(水) 22:16:11 0
自殺者の半分は 生活困窮者じゃ無いよ


生活絶望者だよ



113 :Nas Killer:2010/03/03(水) 22:18:47 0
犯罪者の半分は悪人では無いよ


生活困惑状態精神の人だよ



114 :考える名無しさん:2010/03/03(水) 22:28:02 0
>>112 上手いこと言うねぇ

人生は生活とそれ以外(思想、哲学と言っても良い)でバランスされるもので、これは人間の宿命なんだねぇ
しかし自己愛とか虚栄心とかから、どうしても生活の方が優先されちまうんで、
うまいこと生活出来ない奴は絶望しちまうんだろうねぇ

115 :考える名無しさん:2010/03/04(木) 22:43:25 0
個人の価値付けというのは実はそれほど自覚的なものでは無い
だから独立した価値であるかどうかと当人がそう見なすかどうかはあまり関係が無い

116 :考える名無しさん:2010/03/04(木) 23:04:21 0
むしろその人間の行動を観察している他人の方が、
その人間の価値観について客観的な評価を下せるかもしれない

117 :考える名無しさん:2010/03/04(木) 23:14:48 0
例えば普段金が自己の命よりも大事だと思ってる人がいたとして、
この人がカバンいっぱいに大金を持っているときに火事だか地震だかに襲われて、
金を捨てなければ逃げきれずに死ぬ状況に会ったとする。
この時問題になるのは、実際に金を捨てるかどうかだ。
もし金を捨てて生き延びた場合、当人が再び命より金が大事だと主張したとしても、
私はその人が金より自己の命の方により高い価値付けを行っていると思うだろう。

118 :考える名無しさん:2010/03/04(木) 23:35:42 0
個人の自己の価値に対する認識は自分自身に対する心理的なブラフかもしれない
もしそのようなブラフもここで言う価値に含めてしまうならば、
価値の問題は哲学ではなく心理学的な問題という事になる

119 :考える名無しさん:2010/03/05(金) 07:21:05 0
どのような価値を持つかは心理学の問題でも
その価値からどのような価値体系が構築され
それがどのような思想に結びつくかは、哲学の問題でしょう。

120 :考える名無しさん:2010/03/05(金) 12:10:57 0
そうですね。でもここでの議論の多くはある人が実際にどのような価値があるというような前提を必要としたものに見えますよ。
純粋に体系だけを考察することは不可能であるか難しいのではないでしょうか。

121 :考える名無しさん:2010/04/06(火) 18:17:26 P
真に価値あるものには、その理由が存在しない。
これは、人類がついにたどり着いた最も重要な哲学的真理だろう。



122 :考える名無しさん:2010/04/07(水) 01:45:51 0
価値を決めるのに、人は往々にして神を必要とする。生命に何故価値があるのか?
神が創ったから…。何故知に価値があるのか?知の最果てに見る姿もまた神である。
神を否定するとき、人々はそれまで自分を支えて来た価値の一切を失う事になる。これがニヒリズムである。
そうして、ニヒリズムの中で、価値に理由が無い事を知る。価値を支える保証が無い事を知る。

自分にとってどうであるか、それが価値であり、それ以外には無い。

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