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■□対話スレ8□■

1 :考える名無しさん:2010/04/14(水) 06:05:55 O
言論の対話によって真理に至る事を目的とするスレです。

--中島義道的対話の基本原理―
・1対1であること。
・人間関係が対等であること。
・相手に身分などでのレッテルを貼り、またそれに縛られないこと。
・相手の語る言葉の背後ではなく、言葉そのものを問題にすること。
・自分の人生の実感や体験を消去してではなく、むしろそれを引きずり、聞き、判断すること。
・いかなる相手の質問も疑問も禁じてはならないこと。
・いかなる相手の質問にも答えようと努力すること。
・相手との対立を避けるのではなく、むしろ対立を積極的に見つけること。
・相手との違いを大切にし、それを発展させること。
・社会通念や常識にとどまる事を避け、つねに新しい了解にむかっていくこと。
・自分や相手の意見が変わる可能性に対して、つねに開かれていること。
・それぞれの対話は独立である。相手への先入観を棄てること。

過去スレ
1の章 http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1171103991/
2の章 http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1178367859/
3の章 http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1207997984/
4の章 http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1213269864/
5の章 http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1229308992/l50
6の章 http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1243473298/
7の章 http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1249081984/

ミラー変換 http://www.geocities.jp/mirrorhenkan/

2 :ニート:2010/04/14(水) 06:53:46 O
言論の対話によってと言う段階でもう違うと思う。


対話する事が真実なんだよ。対話して得られる真理なんて頭でっかちの妄想じゃないのか?

3 :ニート:2010/04/14(水) 06:56:31 O
妄言と訂正します。

4 :ニート:2010/04/14(水) 07:04:00 O
世俗の問題は解決しては駄目。


世俗以上の問題を抱えないと駄目だ。

5 :ニート:2010/04/14(水) 13:50:24 O
態度の問題なのだ。態度が磨かれない限りはそれは偽物の哲学である。

偽物である限りは人を結び付けは出来ない。

6 :考える名無しさん:2010/04/14(水) 18:25:24 O
なるほど一理ある。
ではどのような態度(或は志向性)によって対話は実りあるものになるだろうか


7 :ニート:2010/04/14(水) 19:19:30 O
自分で完結していりゃ善いんだよ。


自分で完結して居ればその人は謎に出会って居ると思うよ。

8 :ニート:2010/04/14(水) 21:26:13 O
チャットモンチーの雰囲気ってがきっぽいよね。


あれは大人に舐められると思うよ。大人を満悦させるああいう生き方は。

9 :考える名無しさん:2010/04/14(水) 21:27:08 0
ド演歌を歌えばいいんじゃないかな

10 :考える名無しさん:2010/04/14(水) 21:33:51 O
演歌は汚らしくて嫌だな。

11 :考える名無しさん:2010/04/14(水) 22:01:24 0
test

12 :ニート:2010/04/15(木) 17:07:57 O
浜崎の歌でもさあれは結婚式で聞く物じゃないよ。


独りで観照する物だと俺は思うのね。ちなみに俺は余計な振り付けは余り好きになれない。

13 :ニート:2010/04/15(木) 17:09:43 O
音楽を感じるんだよ。言葉を聴いたらダメだよ。そこには俗情しかないから。

14 :考える名無しさん:2010/04/15(木) 17:58:52 0
ニート君好調だな もっとやれ

15 :ニート:2010/04/16(金) 01:43:06 O
親が死ぬと言う事は不思議だと思うよ。自分を生かせた存在が亡くなるて事は自分が


生きる世俗的な理由が亡くなる事でもあると思うんだよね。

16 :考える名無しさん:2010/04/16(金) 14:41:43 0
>>15
ニートにとって親の死とは世間からの抹殺を意味するようにも一見見えがちだが、
そもそも働かずに家にこもりがちになる人間には鬱や統合失調症等の病人が多く
しかるべき手続きさえとれば保護や年金で生きて行く道も用意されているのである
だから何も親が高齢だからと言って気に病む必要はない。

17 :考える名無しさん:2010/04/16(金) 16:52:18 0
人間1人なんてどうにでも生きて行けるのさ

18 :ニート:2010/04/16(金) 20:24:34 O
私は人に働くと言う言葉を許したくないの。


働かない限りは克服出来ないといけない課題がこちらにあるとされてしまうからね。

19 :ニート:2010/04/16(金) 22:08:21 O
やっぱり小室哲哉のサウンドには世界があると思う。

どこか主張があるんじゃないかな。不安を感じる。内的世界を感じるんだよ。

20 :ニート:2010/04/17(土) 02:37:26 O
何かが足りないんだよ社会には。


人が根本的に反省出来ると言う機会がないんだよね。

21 :ニート:2010/04/17(土) 02:38:51 O
根本的に反省しない人間は人間なのか?


アニマルじゃないのかね?

22 :ニート:2010/04/17(土) 02:59:58 O
無職である限り一生社会人の様な思い上がった生き方は出来ない。

23 :考える名無しさん:2010/04/17(土) 05:47:40 O
7:ニート 04/14(水) 19:19 O
自分で完結していりゃ善いんだよ。


自分で完結して居ればその人は謎に出会って居ると思うよ。


確かに謎に出会ってるが
対話する意味がないではないか
対話スレッドであるかぎり「それってどういうこと?」というツッコミが入るしそれに答える義務がある


24 :考える名無しさん:2010/04/17(土) 06:12:33 O
社会人は常に自己の未熟さを思い知らされ反省させられるが
ニートは反省するチャンスに乏しい。
反省する代わりに世間や家族のせいにし
増長していく場合も多いと思われる
しかし最後の最後では反省することになるだろうから
どんな境遇にあろうと人は生き方を反省するのだ


25 :ニート:2010/04/17(土) 07:20:02 O
違うな。社会人が反省するのは飽くまで都合が良い事だけだよ。社会人は独りに為って無限に畏い存在に出会った事がないから


単に自分の成功に都合が良いだけの反省を事実であると思って居る。

26 :ニート:2010/04/17(土) 07:22:22 O
社会人は反省するチャンスに乏しい。


自分の精神に縁がない事ばかりにかまけて生きて居るからだ。

27 :ニート:2010/04/17(土) 07:24:34 O
働くとは単にみんなと生きる事ではない。


独りで人生の事実に立ち会う事だよ。

28 :ニート:2010/04/17(土) 07:26:00 O
みんなと生きて居ては絶対に働けない。


精神はかけがえのきかない存在だから。

29 :考える名無しさん:2010/04/17(土) 08:11:01 O
君はみんなと生きていないというが、実際はみんなの労働の成果を食いつぶして生きている訳で、「ごく潰し」という真の姿から目を背けているのではないか?


30 :考える名無しさん:2010/04/17(土) 08:14:57 O
ニートの言う「恐ろしい存在」とは社会的な義務を果たさず自己中心的に生きている己に対する罪悪感の投影なのではなかろうか


31 :哲学王:2010/04/17(土) 08:28:46 O
次の話題は「神は死んだ?」だ。
中級以上のものは不完全性定理、量子理論、仏教、ウィトゲンシュタインなどを踏まえてこの問いに答えてみよ


32 :考える名無しさん:2010/04/17(土) 08:37:14 0
>>31
期待して待ってるよ

33 :考える名無しさん:2010/04/17(土) 14:35:35 0
虐げられた人々のルサンチマンと、弱者の傷のなめあいにしかならない信仰は奴隷の所有物であるから、
完全な神とはかけ離れているため、神は失われた、という見方と、
神のイメージが各人でバラバラなので統一された姿が存在しないため神は死んだという見方の二つがある。
以上はニーチェのツァラトゥストラによる弁明だ。
その後グリムが、神の非存在を証明したため、神は死んだ事になっているが、
神は完全だから復活するかもしれない。

34 :ニート:2010/04/17(土) 16:30:20 O
ちなみに私は穀潰しとは理性が働かない人間だと思う。

説明は出来ない事である。

35 :ニート:2010/04/17(土) 18:28:20 O
こう考えたらどうか?俗世間は汚い状態に人間を置いて居る。


ご飯を食べて感謝する所かそれを食べて屈辱を感じさせられる所に俗世間は人間を置いて居ると考えて見てはどうかね?

36 :ニート:2010/04/17(土) 18:31:13 O
つまり俗世間は人間に汚い飯を食わせて居る。


悪い事をして居るのだよ。

37 :考える名無しさん:2010/04/17(土) 18:33:22 0
ニート君は自由だなあ 頑張れニート君

38 :ニート:2010/04/17(土) 18:44:58 O
おれたちはニートじゃねえ! ニーツだ。覚えとけ!

39 :考える名無しさん:2010/04/17(土) 18:49:19 0
団結したのか

40 :考える名無しさん:2010/04/17(土) 18:49:40 O
軽度池沼団の電車運行妨害

41 :考える名無しさん:2010/04/17(土) 20:24:36 O
可愛くて性格の良い女の子が二十五過ぎて独身だと心配だ。

42 :ニート:2010/04/17(土) 20:42:57 O
俺達はニーチェの弟ニーツだ。つまり哲学者の弟になる。ナチュラルな存在だ

43 :ニート:2010/04/18(日) 00:09:20 O
君とさんに分けて呼ぶのも嫌だ。そこにはやはり働くのである社会にとって都合のきく何物かが

44 :考える名無しさん:2010/04/18(日) 00:11:57 O
男子生徒を君とわざわざ呼ぶ事には何かが働いて居る社会に都合良い事が

45 :ニート:2010/04/18(日) 00:38:59 O
なんだかんだ云いつつ俺の母親も来年の定年まで仕事をしたんだよな。


二十歳から六十まで言うと長いなあ。子供の頃は仕事の愚痴や呪いで家が地獄だったけどさ。

46 :考える名無しさん:2010/04/18(日) 05:31:53 O
子供が働かなかったら家庭も地獄だろうよ


47 :考える名無しさん:2010/04/18(日) 07:06:35 O
子供は遊ぶ存在だ。

48 :考える名無しさん:2010/04/18(日) 08:18:21 0
これからは親の年金で暮らして行くつもりなのか

49 :考える名無しさん:2010/04/18(日) 09:21:24 O
相続税か? 相続税だッ!

50 :ニート:2010/04/18(日) 10:31:05 O
金で人間が暮らせるわけないだろ馬鹿が。

51 :考える名無しさん:2010/04/18(日) 10:34:21 O
悟空がフリーザの気持ちを考えた事は立派だったけどさあの後フリーザに殺される筈だった存在には悟空は

敵だわなあ。

52 :ニート:2010/04/18(日) 10:37:02 O
大衆の甘さには虫ずが走るぜ。

53 :考える名無しさん:2010/04/18(日) 11:12:48 O
色々葉っぱとか植えろよ

54 :考える名無しさん:2010/04/18(日) 11:17:49 O
そんなん技術にまかせたら善いじゃんよ。

55 :考える名無しさん:2010/04/18(日) 17:28:43 O
ニートはニートスレッドへ

56 :考える名無しさん:2010/04/18(日) 17:52:46 0
対話と並行しつつニートさんの演説も進行する形でここはひとつ

57 :ニート:2010/04/18(日) 18:23:00 O
善を求める仕事を人類はしてないんだよ。


共同の利益やそれに類する個人の欲求が人生の要求だと勘違いしてるんだよ。人間は実はたった独りで生きないといけない存在だと思うよ。

58 :ニート:2010/04/18(日) 18:24:39 O
善とはたった独りでそれに向き合う価値なんだ。


たった独りに為れないと善も理解する事は出来ないよ。

59 :ニート:2010/04/18(日) 18:27:40 O
宇宙の中でたった独りこの感覚を養い給え。


自分の言葉で語り自分だけにしか本当には了解されない様な生き方をする事に真実がある。

60 :ニート:2010/04/18(日) 18:31:05 O
文は形を見る事が大切だよ。

形が生きてる本を読み給え。

61 :ニート:2010/04/18(日) 18:33:54 O
俗世の付き合いは人を差別する。


差別関係なんだよ。だからこちらも差別させて貰う。

62 :考える名無しさん:2010/04/18(日) 18:42:02 O
2ちゃんねるも世俗であるし、家庭も世俗である。社会から背を向ければ世俗を脱却出来るとは勘違いも甚だしい。
世俗とはそもそも自分自身の中にあるのである
社会にいようが家庭にいようが内なる世俗に胡座をかいて生きているニートのような人間こそもっとも俗人なのである


63 :考える名無しさん:2010/04/18(日) 18:46:59 O
世俗を脱却したというならばどのような場所にいても差別をしないで生きてみよ
それが出来ないのは俗人だからである


64 :考える名無しさん:2010/04/18(日) 18:50:39 0
特権階級に近づくほど差別から遠ざかるよね
ニートは特権階級と言えるだろうか
現時点では特権階級ではないし差別対象にならざるを得ない
だからこそニート君は差別意識があるんじゃないか
差別でしか人と接する事が出来ないというのは不幸であるから、
ぜひ脱ニートをして堂々と生きて欲しい。

65 :ニート:2010/04/18(日) 18:59:58 O
差別をしないと人間は決して働けないのだ。


差別をしない人間は働いて居ない。

66 :ニート:2010/04/18(日) 19:02:32 O
差別をしないと言う事は自分の内なる世俗を見据えない事なのだ。


深化出来ないと言う事なのである。

67 :ニート:2010/04/18(日) 19:10:14 O
大人に慣れないと言う事は傷付けられる事です。


人間の絆を社会は問題としませんからね。

68 :考える名無しさん:2010/04/18(日) 21:49:40 P
>>62・63・64
お前のような真性のかまってちゃん乞食は
このような神聖な場所に来てはダメですよ?(プ

ま、せいぜい金にもの言わせてSMクラブの女王様にでもローソク垂らされながら
アヘアヘと随喜の涙流す位しか救いねーんじゃねーのwお前のようなゴミ(きんもー☆


ま、あっさり消えちゃってー☆

69 :考える名無しさん:2010/04/19(月) 02:37:38 0
まず、中島義道という奴が真理に至っていなであろう件。






70 :考える名無しさん:2010/04/19(月) 04:38:10 O
社会的価値がゴミでもいい。
しかしニートが相手にされないのはその言論に社会的な価値も文学的価値も哲学的価値もないからである。
社会に対する愚痴嫉妬ルサンチマンを垂れ流すばかりではいつまで立っても差別される立場でしかない。
いや俺は社会を越えた超人だというならいまここで既存の社会を変革させるような言論をぶってみよ。


71 :ニート:2010/04/19(月) 04:56:10 O
それはお前がする事で私には関係ない。

72 :考える名無しさん:2010/04/19(月) 05:26:50 O
じゃあここから出て行きなさい。
ここは独り言を言うスレではないからな


73 :考える名無しさん:2010/04/19(月) 05:30:07 O
ニートでも哲学者にはなれると思っているとしたら心得違いもいいとこだ。哲学者とは古来より気力、知力、社会性ともにずば抜けた超人のみに許される生き方なのである


74 :考える名無しさん:2010/04/19(月) 05:39:59 O
多くの人間は社会(機能集団)にいながらにして人間的絆(家族)も大事にしている。
社会で働く事はあくまで手段でしかないのだよ
もっとも手段が目的化しているという批判は昔から、それは結局の所個人の問題であるし
政治の問題でもある
日本国憲法は人間の絆を大事にする社会の構築を否定している訳ではないし、民主党も建前は「人間の為の政治」と言っているのだしな


75 :考える名無しさん:2010/04/19(月) 05:54:22 O
ニートは社会的インフラにただ乗りしている
ニートが当たり前のように使用しているネットもパソコンも2ちゃんねるもコンビニも社会人が作っているのである。

76 :考える名無しさん:2010/04/19(月) 05:57:34 O
というよりニートも実際は社会に生きている社会人なのに社会人である事を無視しているだけなのである。
ニートは社会人なのであり社会人としての義務や責任も負っているのである。


77 :ニート:2010/04/19(月) 06:24:53 O
だからニートは働いて居ないと言っては行けないのだよ。


金を稼いで居ないと言わないといけない。

78 :ニート:2010/04/19(月) 06:28:17 O
生活保護を利用する際でも働けないからでは理由にならない。


金を稼ぐ事が出来ないと言えば善い。

79 :ニート:2010/04/19(月) 06:30:55 O
働けないと言うと俗人に引導を渡す事になるから注意しましょうf^_^; ♪

80 :考える名無しさん:2010/04/19(月) 06:36:25 O
社会人のうち多くの人も好きな事をやっているうちに金がついてくるだけで金を稼ぐ為に仕事をしている訳ではないのである。社会人=金の亡者というのは俗人らしい偏見なのである


81 :ニート:2010/04/19(月) 06:43:53 O
じゃあ稼がないで生活して見ろ。


どれだけ金の亡者かわかるからさ(笑)

82 :ニート:2010/04/19(月) 07:24:25 O
俗人は働いてないよ。金を稼いでるだけ

83 :考える名無しさん:2010/04/19(月) 09:40:01 O
社会人は徳があるのであえて稼ごうとせずとも勝手にお金が付いてくるのである。


84 :ニート:2010/04/19(月) 15:18:58 O
徳は魂の労働をしなければそなわらない。

85 :考える名無しさん:2010/04/19(月) 16:09:46 0
魂の労働って何?ググってみたけどイマイチよくわからん

86 :´矢豆パン:2010/04/19(月) 16:43:56 0
>>70
講義料の金額によるだっしゅ^^

87 :´矢豆パン:2010/04/19(月) 16:48:08 0
松・竹・梅
と色々取り揃えておりますので
ご利用の際はお声をかけてくださいだっしゅ^^
毎度だっしゅ^^

88 :考える名無しさん:2010/04/19(月) 21:00:24 O
自宅に篭って2ちゃんねるで息巻いているのが「魂の労働」かね
随分低次元な魂ですな


89 :考える名無しさん:2010/04/19(月) 21:23:12 O
しかしこのスレッドの知的偏差値って極端に下がったな。
もう少しマシな奴いないのかね

90 :´矢豆パン:2010/04/19(月) 21:43:20 0
な〜んだ、講義料も払えない乞食か

ツマンネから
sageときますだっしゅ^^


91 :考える名無しさん:2010/04/19(月) 22:07:08 P
ニートと乞食の戦いと聞いてw

92 :考える名無しさん:2010/04/20(火) 11:02:53 0
>>89
昔はふんだんに引用をちりばめて哲学書の解説したり激論したりしてたみたいだけど
ボキャブラリーのある人が消えたからね
あと2ちゃんに書いてもしょうがないってのもあるかもしれんし
まあそのうち誰かがいついてなんか書くんじゃない

93 :考える名無しさん:2010/04/21(水) 07:32:41 0
考えなしに独り言を書き散らすのは簡単なんだけどそれじゃ対話じゃないんだよ
対話とは、互いに向き合い概念を共有すること

94 :考える名無しさん:2010/04/21(水) 15:39:18 0
余分な予備知識を必要としなくても議題はあるし、丁寧に語り合う事で実感を共有し思考を深める事が出来る。
ただテクストを読んで抽象的に考えるだけでは得られないものが対話には秘められているんだよ。
対話こそが個人の思想を鍛えてくれる。

95 :考える名無しさん:2010/04/22(木) 07:08:15 0
ニート君もたくさんのお題をだしてくれたけどそれはそれとして
>>31の「神は死んだ?」についてどうかな?

96 :考える名無しさん:2010/04/22(木) 12:13:03 0
神とは愛のことなので、愛あるところに神はあり、したがって死ぬことはない。
神は死んだ訳ではないのだ。

愛から遠ざかろうとすることは不幸である。
そして、愛そのものであるキリストの死は、復活という希望の光によって、「永遠」に教えが存続することの証明である。
死の後には、復活がある。

「神は死んだ」と語ったニーチェも神の愛を受けて生涯をまっとうした。

97 :考える名無しさん:2010/04/22(木) 13:58:40 O
神は愛だと言っておいて直後にそれをキリストと結び付ける詭弁を犯している。
人間には足がある
馬にも足がある
故に馬は人間であるという論理と同じである


98 :考える名無しさん:2010/04/22(木) 14:34:30 0
キリストも、愛で満たされた大いなる永遠の神の肉体の一部なのである
だから矛盾はしていない
神を知り、キリストを知る事が生命の復活「救済」への鍵なのだ
それは仏教における悟りと似た所がある
神は永遠に命を育み、小さな我々を満たしてくれるものだ


99 :考える名無しさん:2010/04/22(木) 14:48:39 O
>>98
少なくとも君の論理は神の存在を前提としているので信仰告白ではあっても神の存在証明ではない。


100 :考える名無しさん:2010/04/22(木) 15:53:30 0
神は少なくとも98の中では生きている
信徒たちが語り合い、神についてのイメージを共有する事が信仰の要だ。
神の存在を疑う事が信仰の始まりでもある。

101 :考える名無しさん:2010/04/22(木) 17:20:25 0
神の存在証明はカントがなしたものを見ると四種類ある。
目的論的証明
本体論的証明
宇宙論的証明
道徳論的証明
がそれだ。
神が死んだというのなら、この四つを否定しなければならない。
まず一つ目の目的論的証明だが、
この世界は壮大な秩序と精巧な原理で動いている。この設計をなしえるのは神のみだ、というものだ。
これに反論せよ。

102 :考える名無しさん:2010/04/22(木) 17:31:19 0
>>101
それってニュートンの神の存在証明と同じかな?

この世界は壮大な秩序と精巧な原理で動いている。
この設計をなすのは人間には無理だ。よって神がやっている?
馬鹿な!
動植物はちゃんと壮大な秩序と精巧な原理で食物連鎖をしている。
人間だけが反逆者で秩序をメチャクチャにしてるだけだ。
人間だけがバカでアホな秩序破壊をしてるけで、
その他はあたりまえに壮大な秩序と精巧な原理で動いている。
つまり人間は自身等の馬鹿さ加減に気づきもしないし反省もしないで君臨してるので
当たり前のハズの壮大な秩序と精巧な原理をとんでもない超自然的パワーだと勘違いしてるだけ。

103 :考える名無しさん:2010/04/22(木) 17:56:27 0
動植物にとって神が存在しうるかどうかは動植物とシンクロできる言語を持たない限り証明できない。
人間だけが信じている迷信ということか。
天気が予想でき、病気を治す事が可能になった現代では、神の居場所がないと言えるかもしれない。
それでは、神の子と呼ばれる天皇は否定されるべき存在なのか?
キリストやブッダは否定されるべき存在か?
大きな問題が残る。

104 :考える名無しさん:2010/04/22(木) 17:59:39 O
そもそもこの宇宙が壮大な秩序と精巧な原理で動いているというのが証明されていない。
いやそれどころかゲーデルの不確定性原理によると一寸先は闇であり、未来は原理的に予測出来ないという結論になっているのである。


105 :考える名無しさん:2010/04/22(木) 18:17:26 0
壮大な秩序に原理がある事が証明できなければ神の存在は証明できないのだろうか。
例えばアリの群れの行動には一定の秩序があり、集合知と呼ばれているが、
集合知はなぜ働くのか?
集合知というものの存在は確認されている。
では蟻塚などのコロニーで形成される集団的生命体の行動のもつ法則性をどう説明するのか?
集合知は神の見えざる手ではないのか?


106 :考える名無しさん:2010/04/22(木) 18:39:34 0
>>103
まあすべて支配する全知全能の唯一神はいないということです。ユダヤ教的な。

イエスキリスト・ブッダ。天皇は始まりがどこかわからない…ので?。
彼らは壮大な秩序と精巧な原理に到達した、又は近づいた連中だったんだよ。他にもいるだろうがね・・・。
これは否定されるべき存在ではない。肯定されるべきでもない。
喩えるなら、人々が人生を階段を一段一段登ってるのに、彼らはエスカレーターを使えるようになった。
人々にはそれがわからないから、キリストやブッダはそのエスカレーターに乗れる方法を教えたんだろうね。
その乗る方法が有効かどうかはわからんが、つまり壮大な秩序と精巧な原理になるべく逆らわないで
最期にはそれに乗っかって流れに任せるだけで事が進んで生きてるっていう境地だと思うよ。
キリストもブッダもエスカレーターに乗る方法に無理難題を押しつけた。戒律など以下略・・・
つまり結果的に『『『『『『無理』』』』』』なんです。
方法があって実践して、天国に行けたり解脱できたら誰も苦労しねえよ!なんです。
だから、彼らはとても「いいひと」だったんです。「私はこうやったんだ。」みたいのが
伝説で「キリストが仏陀がこうこうしたからこうなれるのだ。」というような希望みたいに変わって
しまったのでしょう。

>>104
証明されています。『壮大な秩序と精巧な原理』が人間が驚嘆して名づけたものだからです。
人間から見れば、壮大な秩序と精巧な原理なんですね。
ゲーデルの不確定性原理による一寸先は闇も、また、人間ども中心の見方でチマチマしたことを
顕微鏡で見てるようなものですな。


107 :考える名無しさん:2010/04/23(金) 07:12:33 O
神の見えざる手なんぞ働かないからアメリカは崩壊したんだろう


108 :考える名無しさん:2010/04/23(金) 11:21:28 0
アメリカから中国やインドに富が移っただけで人間全体の豊かさは変わりがなく循環している
トラブルが起きたら自浄作用が働くだろう、集合知は神と同義なのだ。

この問題には決着がつかないだろう。意見をよせあうに止めておいた方がいいようだ。

では本体的証明、つまり最大の存在者としての神が証明されうるというデカルトの主張を、
覆し論破する事が出来るだろうか?

109 :考える名無しさん:2010/04/23(金) 19:29:25 0
>>106
それなら神は存在する事になるな。

>>107
アメリカから資本が流出するのも市場原理に従っているということだろう
神の見えざる手だ。

110 :考える名無しさん:2010/04/23(金) 21:02:27 O
ほう。すると神は「神のみえざる手」など信じない唯物論の中国へ資本を流入させているということになるな。


111 :考える名無しさん:2010/04/23(金) 21:06:27 O
「最大の存在者として神が存在されうる」というのはまず根拠がないし、そもそも証明でもなんでもなく、個人的な願望や期待でしかないだろよ


112 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2010/04/23(金) 22:51:51 P
>>111
最大の存在者として、神を想定するって言うのは、無限の観念の存在から、それに対応する
存在があり、それを神と名付ける、そこで排除されるのが、懐疑を吹き込む矮小な悪霊
という存在である、したがって、神は信仰の対象としてのものではなく、別の何かによって
代理可能なものである、というのが、Wikipediaを読んだ限りでの、デカルトさんの証明
だと思ったけど。パスカルがそんなん神じゃねーって批判したとかw。神については
素人でも何でも言えるからね。その方が面白いし。

113 :考える名無しさん:2010/04/23(金) 23:10:48 0
馬鹿だなw

最大ってなんだよ?
最大というのは・・なにか(例えば虫けらとか)と較べて大きいという相対的存在だが
そんなチンケなもんだったのか神ってw

114 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2010/04/23(金) 23:15:32 P
>>113
最大としてしか想定できない神がデカルトの神の証明の限界ではあるな。
大きさ自体にこだわってるのはおかしい。内容のことです。
唯一者としての自分および神については色んな人が色々言ってるんだろうが。

115 :考える名無しさん:2010/04/24(土) 00:37:40 O
言語ゲームと宗教について考えてみよう
西洋文明とは唯一者としての神がおわすという原理に基づく文明であったと言えると思う。
あらゆる文明がそうであるように原理(=ルール)を疑う事=文明の崩壊を意味し、当然タブーであった。
コペルニクスやダーウィンなどは際どいルール違反を犯したので危うく火あぶりであった訳である
それは江戸時代の日本で「将軍はウンコだ」と言うようなものである
「将軍はウンコだ」と言う発言を許したら幕藩体制という現実(勿論あらゆる社会がそうであるように一つの仮想現実だが)が崩壊してしまう
故に江戸町奉行はその者を打ち首獄門に嫌でもしなくてはならないようなものである
それがその時代のセオリーだからである。
もっとも黒船襲来や科学革命によって時代のセオリーが崩壊してしまうことはある。
そうなるとまた新しい言語ゲームを構築し直さなくてはならなくなり
近代に置けるデカルトやカント、明治維新のイデオローグは時代の要請によって神学をこさえざるを得なかったのである
勿論、これらの枠組みも現代では崩壊している。
ニーチェも或はマルクスなども新たな神学(言語ゲーム)を構築しようとした訳であるが「絶対的な理論は絶対にない」というゲーデルの証明通り、不完全に終わった訳である。ナーガルジュナに言わせれば空ということになる。(続く)


116 :考える名無しさん:2010/04/24(土) 00:39:21 O
(続き)
さて、ニーチェの超人思想を絶対的に信仰した集団(例ナチス)とマルクスの唯物論を絶対的に信仰した集団(ソ連)
予定調和の神を絶対的に信仰した集団(米英)
国家神道を絶対的に信仰した集団(日本)などが
(ある意味では)その理論の完全性を証明する為に戦争を起こした訳だが
ゲーデルの不完全性定理がもっとよく知られていれば、絶対はないのだから戦争する必要はなかったのかもしれない。
皮肉にもまさに現実によってそれらの理論の絶対性が否定されてゲーデルの正しさが証明された訳である
では神なき時代の神学
不完全性定理以後の神学はいかなるものであるべきか
それぞれがそれぞれのよって立つ論理の不完全性を自覚し、言語ゲームを楽しむというスタンスに立つというのが一つの解答ではないだろうか
つまりその人の世界に「神」が居てもいいし、「輪廻転生」や「天国地獄」などがあってもいい。
勿論、居なくてもいい
言語ゲームなのだから、どのようなルールを持っても基本的に自由なので
そこでは「神は居ないんだよ」という反論もナンセンスになる。
つまり言語ゲームとして割り切ってやってる限りに置いてはどんな荒唐無稽な世界観を持っていてもOKだし、荒唐無稽であればあるほど楽しい面もある。
自分は火星人で故郷の火星に植民都市を建設して地球から独立するという設定でゲームを生きる人があっても、それは自由な訳である。


117 :考える名無しさん:2010/04/24(土) 14:37:16 0
なんだか話が込み入って来たな。誰か一連の流れを簡潔に要約してくれ

118 :考える名無しさん:2010/04/24(土) 18:51:53 0
>>115>>116がなかなか興味深い事を言っているな。
言語ゲームの中の一つのオブジェクトとしての神の存在性は相対的なゆえに自明ということになる。

では宇宙論的証明とはなにか。
宇宙に物体があって運動しているという事には原因と結果があり、その出自が神であるというものだ。
もしくは無限の宇宙の超越性が神という事になる。
宇宙は有限なのか無限なのか。物事の原因とはすなわち神になりうるのか。
アリストテレスのこの証明には根拠があるのだろうか。

119 :考える名無しさん:2010/04/24(土) 21:06:30 0
アホクサ

120 :考える名無しさん:2010/04/24(土) 21:25:33 0
〜一行煽りは思考停止の証である〜

121 :考える名無しさん:2010/04/24(土) 21:35:19 0
理論的に反論できないから煽るんだろ
ボキャ貧の可哀想な奴なんだよ

122 :考える名無しさん:2010/04/24(土) 22:08:00 0
ボケナス

123 :考える名無しさん:2010/04/24(土) 22:23:53 0
さあ反論したまへ
神というテーマは誰でも語れるテーマだ

124 :考える名無しさん:2010/04/25(日) 04:41:22 O
反論もなにも君は自分の意見を述べてないから反論しようもないが
アリストテレスの意見に反論するならば第一原因としての神は不確定性原理によって既に否定されている
明日何が起こるかはいくら過去を推測してもわからない。
例えば私が今2ちゃんねるに書き込んだのもアリストテレスの理論ならば過去に原因があると言う事になるが実際は過去が現在の行動に影響してそうなった訳ではない
私には2ちゃんねるに書き込むか風呂に入るかという選択肢があったが
私がどちらを選ぶかは過去を推測してもわからない
第一原因とも関係していない。
それは過去ではなく、むしろ未来によって規定される訳である
今日私は休日になるが
もし今日が仕事ならば私は風呂に入って飯を食べて仕事に行っただろう
しかし休みなのでのんきに2ちゃんねるをしている。
今日ピクニックに行く予定ならば遠出の準備をしているだろう
彼女とデートならば車を洗車するだろう
このように現在は第一原因としての過去の神の一撃に規定される訳ではなく未来によって規定される。
もし第一原因や不動の動者というのがあるとしたらそれは過去にある訳ではなく未来にあるのだし
神がいるとしたら過去ではなく未来に生じるのである。


125 :考える名無しさん:2010/04/25(日) 13:40:22 0
>>124
しかし因果律によると原因なしには結果は生まれない。
未来の予定も原因があるから立てられるのである。
予定を立てようが立てまいが、未来への時間の流れは原因に依存していて偶然性の入り込む余地はない。
とすれば、どんな意志でも避けようのないな未来への移行には神の意志が介在しているのではないかという見方も出来る。


126 :考える名無しさん:2010/04/25(日) 14:07:04 O
そうではない。
未来があって現在があるのだ。
もっといってしまえば
この世界を作ったのは未来人なのだよ
君も本来は未来人で、一種のタイムマシンでこの世に遊びに来ているのに過ぎないのだよ
スイスでビッグバンの人工合成に成功したというニュースが先日あったが
ビッグバンを起こしたのがそもそも未来の超高度文明なのだ。
よく自然界には超高度な秩序が存在すると科学者は驚嘆するが、当たり前で未来の超高度技術によって創造されたものだからだ。


127 :考える名無しさん:2010/04/25(日) 14:12:04 0
>>126
未来のほうが技術力が高いのはどうしてなの

128 :考える名無しさん:2010/04/25(日) 14:21:07 0
>>126
貴方はファンタジーとかSFものの読み過ぎなんじゃないだろうか? 夢はあるようにも思えるが。
未来が先にあって現在や過去がそれに付随するのみであるなら、株やギャンブルで損をする人はいなくなるだろう?

また誰もが決まりきった未来に向かうために生きているとしたら、そこに幸福はあるのだろうか。
人生自体がルーチン化してしまって何の変化もない日常を効率重視でこなすだけだとしたら、なんとつまらない事だろう。
まず土台となる過去があって、現在がそれに続き無限の可能性をはらんだ未来にどう転んで行くかわからないからこそ人生は楽しい。
未来は青焼きした予想図でしか計りようがないからこそ未知のものへの期待が強まるのだろう。
そうしてワクワクしながら生活する事は一つの喜びである。
そうは思わないだろうか?


129 :考える名無しさん:2010/04/25(日) 14:34:16 O
未来は過去の延長線上にある訳ではないし、決まり切ったものでもない
未来は複数あるし、世界も複数あるのである。
天台仏教で十界互具、一念三千とも言われているのが比較的真実に近い世界を表現しているだろう。
究極的な世界である「仏界」やイエスが言った「神の国」が各人の「可能性として」ある事は確かだが、殆ど永遠という時間を「地獄界」で過ごす人物もいるだろうし「畜生界」で過ごす人間もいる。


130 :考える名無しさん:2010/04/25(日) 14:58:30 0
時間というものが一本の線で出来ているという解釈は時間の空間化だ。
松尾芭蕉も月日を擬人化して空間として看做した。
ハイデガーはこの時間の空間化に異議をとなえ、「時は自熟する」と言った。

どうなんだろうか。移ろい行く時間とはどのように解釈したらよいものなのだろうか。
未来とは、過去とはどのようなものなのか。

131 :考える名無しさん:2010/04/25(日) 15:12:43 O
その前にハイデガーの時間は自熟するという考えに説明をお願いしたい。

単に時間は相対的だという事かな?

例えば洗濯物が乾く時間というのはまさに植物が熟成していくが如く条件によって伸縮自在に変化するがそういうこと言っているのかな



132 :考える名無しさん:2010/04/25(日) 15:13:20 0
>>130
>移ろい行く時間とはどのように解釈したらよいものなのだろうか

馬鹿かw

「移ろい行く」のは事物であって時間じゃない
事物の変化、運動が先で
時間が事物を変化させ運動させてるわけじゃないってことぉ〜♪

おまいは視点の根本がズレてるのよ

133 :考える名無しさん:2010/04/25(日) 15:38:13 0
>>131
ハイデガーの「時は自熟する」はハイデガー独自の概念で、
例えば過去投げられたボールが現在放物線を描くように飛び未来のどこかに着地するような、
空間性をもった時間の概念を排除して、
物質が絶え間なく活動しては朽ち、折り重なって地層を形作るための受け皿として形を変えずに熟して行く時間の事を指している
と言えばわかりやすいだろうか?

「存在と時間」を一読する事をおすすめします。

134 :考える名無しさん:2010/04/25(日) 15:56:09 O
存在と時間は何度か読んだが、原文を読んだからといって彼がいう自熟する時間が何を意味しているかわかるとも限らないので対話の中で理解したい。
貴方の解釈でいいのでもう少し具体的に自熟する時間を説明してくれ


135 :考える名無しさん:2010/04/25(日) 15:58:34 0
>>126
未来人という万能なキーワードで物理法則を語ってしまえば簡単なものだ
そういえば家畜人ヤプーも未来人の話だったな。
未来からタイムトラベルして来た未来帝国の女王がシモベを狩りに現代にやって来て
あとはヌルヌルテカテカのドグラマグラという話だった。
猟奇的な彼女の主人公も、未来人がUFOで現代人を調査しにくると夢見がちな台詞をもらしていた。

光速を超えれば過去に行けるというが、まだ技術が発達していないらしい。
人類最速の乗り物は「ロケットスレッド」という乗り物らしい。
時速10330キロ。音速の10倍らしいが、
これに乗った人は乗り物内の内圧で失明してしまったとか。
光速を超える乗り物に人が乗るには問題が多そうだ。



136 :考える名無しさん:2010/04/25(日) 16:11:08 0
ハイデガーの時熟についてわかりやすい説明があったので引用しておきます。

通常の時間概念は、「ひも」や「川の流れ」のようにイメージされており、実体的なものとして客観化されている。
しかし、現象学的に捉え直してみるなら、時間は実体的なものとして存在するわけではない。時間は事物として存在するのではなく、
自分自身の実存に関わりつつ、おのずから生成される(時熟する)のであり、生における重大な意味の結節点がその展開の基軸をなしている。
だからこそ、先駆的決意性によって「根源的な時間性」が開示されるのであり、本来的実存こそ根源的時間性のモデルとなるのである。
では、その根源的時間性とはどのようなものであろうか。

例えば過去という実体的な時間があるのではなく、「自分が何であったか」という表象があるのだと考えねばならない。
それは、自分がこれまでどういう存在であったのかについての自己了解を示しており、この「自分が何であったか」を引き受けることによって、
これから何を為すべきかが浮かび上がってくることになる。未来とは、「自分が何であり得るか」という可能性の表象だと考えればよいのだ。
そして、自分が何であったかを了解しつつ、新たな可能性をめがけて生きようとすること、それが「いま」(現在)を生成しているというのである。
「いま、ここ」には諸事物や諸事象が様々な意味として現れ、自己と世界の意味連関が生成されている。時間性が人間の関心を引き起こし、
その関心に応じて世界の意味が現れているのだ。

このようなハイデガーの実存論的時間論においては、「過去/現在/未来」といった通常の時間概念は廃棄され、
「過去 → 既在」、「現在 → 現在(現成化)」、「未来 → 到来」と呼び換えられることになる。
「到来」とは、自分が何であり得るかという可能性の表象であり、自分の最も固有な存在(本来的なあり方)の可能性を示している。
一方、「既在」は自分が何であったかという表象であり、自分の「責めあり」としての存在を深く了解し、引き受ける可能性があることを示している。
また、「現在(現成化)」は自己と世界の意味連関が生成される現場であり、人間の「現」が諸事物を配視的、配慮的に「出会わせる」こと、
自己を了解しつつ新たな可能性をめがけて「いま、ここ」に存在することを示しているのだ。

137 :考える名無しさん:2010/04/25(日) 17:42:53 0
いまここって仏教だよね
その人が意識するしないに関わらず、神の視界に入って恩恵を受けているって事かな

138 :考える名無しさん:2010/04/25(日) 21:22:31 O
議論が白熱しているところ申し訳ないが
もう少し実用的な問題を哲学してみよう。
インターネットについてだ。
かつてプラトンは自然や超自然について考える学問を哲学と読んだが
現代では自然に変わって人工物が我々を取り巻く環境に取って変わった。
我々が当たり前に使っている電子レンジやパソコンもその使い方はわかってもその本質がわかる人間は少ない。
実際、哲学者の今道友信氏は《エコ・エチカ》という新しい哲学を提唱している。
古代人にとっての自然と同様現、代人にとっては人工物こそが主体を圧倒する脅威となっているのである。
これを端的に描いたのが映画《MATRIX》であろう。我々の生活の必需品になっている機械の存在を意識に上らせその正体を暴いて行く必要がある。
アリストテレスが現代に蘇ったら必ずや動物学などの変わりに機械学を書き現すであろう。
手始めに《ネット》《パソコン》《プリウス》《i-pad》などを哲学してみよう。


139 :考える名無しさん:2010/04/25(日) 22:21:24 0
>>138
インターネットの真実とは何だろう。
ネット上ではいわゆる「通説」や「正史」だけでなく、「珍説」「極論」や偏見や無知からくる偏った情報、
単なる思い込み、伝言ゲームなどで真実から遠ざかってしまったいわゆる「劣化コピー」など価値がわからないような色んな情報がある。
そのなかで、普遍的な考えを維持し、リテラシーを保つにはどうしたらいいのだろう。

グーグルでワード検索すればどんな問いにも一応の答えが見いだせる。
それが楽なために、自分で思索し真実の回答を求める事をせずに楽に回答をえようと、
劣化コピーに過ぎない情報を読むだけで思考停止してしまう人が増えている。
本を読まず、情報源をネットだけに求める層が急増している。
しかしそこで劣化コピーの情報を目にするはずだから、どこかで矯正しないと偏った回答に至る事になる。
その矯正はどこに求めれば良いのか。
考えるとはどのような事か、基本的な所から問い直すべきだ。

140 :考える名無しさん:2010/04/25(日) 22:48:02 O
ネットは悪い、劣化コピーだと批判する人間は既存メディアで飯を食っている人間が多く、必ずしもネットの情報が劣化コピーとも言えない面はあると思う。
ウィキペディアなども非常に便利で詳しい情報も載っているし実際は勉強になる。


141 :考える名無しさん:2010/04/25(日) 23:02:43 0
タダで得られる情報は所詮すべてを語ってはくれない。
本のページをめくるのがおっくうでどうしても情報源をパソコンから得たいならジャポニカなどの百科事典のソフトなりを使えばいいと思う。
ウィキペディアの情報が信頼に足るとそこばかり見ていると考えが偏ってくる。
図書館で得られる知識も必要だし、信頼出来る関係を築いた人と直接語り合って得られる情報も大事だ。
それらを練り合わせて、思考を重ね論理的、合理的に情報をふるいにかけ答えを見いだして行くべきだ。

142 :考える名無しさん:2010/04/26(月) 00:16:44 O
当たり前だが本で得られる情報が確かだとは言えないのだし
ネットで得られる情報が不確かだとも言えない。
信頼に足りると思っている友人が嘘を言ってる場合もあるだろうし
たまたま出会った人間が貴重な情報を提供している場合もある。
少なくともネットが不確かで本は確かというのが偏見であり
偏った見方をより一層助長する事は間違いない。
また沢山の情報を得たからといって真実に近付くということもない。
むしろ多様な情報に翻弄されるだけということもある


143 :考える名無しさん:2010/04/26(月) 06:08:24 O
実は学術論文などでもネットで公開しているものが多く、資本主義的な売れセンバイアスがかかっていないと言う点も見逃せないし、人件費がかからないから安くしかも早く情報交換が出来るメリットもある。


144 :考える名無しさん:2010/04/26(月) 06:12:32 O
百科事典は最新知識を得るのに不向き。
ウィキはその日その日に更新がある。
例えば《上戸あや》の現状についてちょっと調べて見ようというときはウィキが便利だろう


145 :考える名無しさん:2010/04/26(月) 15:45:15 0
まあアイドルの最新情報やニュースはテレビよりネットの方が速いからケースバイケースで使い分ければいいだろうと思う。
それに比して深く内省をするには図書館はうってつけの場所だ。

速くてタダだからと便利に思ってネットにハマリ過ぎない方がいいだろう。
ネットの劣化コピー情報の洪水に押し流されて情報の中毒になり人間としての品格を失ってしまった典型が2ちゃんのV速民だ。
2ちゃんねるをやっている人は二元論に陥りやすい。
いいか悪いか、白か黒かの二項対立でものを考え過大評価するか狂ったように叩くかの両極端になるのだ。
それではいけない。

情報は思考力と人間性を高める手助けとしてあるべきだ。
情報を取捨選択し、必要なだけにそぎ落としたらそれについて創造の限界まで推論してみる、
結論を出す前にいくつかの結果が出る可能性と蓋然性を鑑みる。
常に目的を明確にした合理的な思考を心がける。
一つ一つ見ればそれぞれは簡単な事だが、これらをひっくるめてバランスを保つ事が大事だ。
それが人間性や品格につながる。

146 :考える名無しさん:2010/04/26(月) 18:07:25 0
ネットに何かを書く人口はそれほど多くない。だからネットの情報は世論ではない。
だからいかにも定説のように書いてある事柄についても、過信や妄信は危険である。
短絡的な迷信の可能性がないかどうか何度も検証する必要がある。
特に感情論に押し流され極論を垂れ流して愚かな扇動をしているのがウヨクとサヨクだ。
極論の応酬で無駄に派手派手しい出来レースをしているだけでは真実にはたどり着ける訳がない。
公平性や中道を心において発言するべきだろう。

147 :考える名無しさん:2010/04/26(月) 19:06:13 O
同意出来る部分もあるが、図書館が人間性を向上させるというのは疑問である。
図書館に置いてあるような本の著者が人類のスタンダードの思想の持ち主とは言えないからである。有名な哲学者や思想家といっても世間一般レベルの視点ではおかしな人も多いし、実際に狂人も多い。
もし図書館でニーチェやショーペンハウエルなどの思想家の著作に囲まれて「俺は人格が磨かれた」などと自惚れている人間がいたら最も危険である。
このような人は間違いなく常人よりは狂人に近いだろうからである。


148 :考える名無しさん:2010/04/27(火) 12:53:32 0
人格というものは人との出会いによって初めて有限性から飛び出し、他者と混じりあって研磨されるものだ。
人に出会って、一番印象に残るのは人格である。人と出会う事によって人格に変化がもたらされるのだ。

書かれた本も一つの他者性を持っていると言ってよいだろう。
本との出会いによって私から剥離した人格が言葉の宇宙に浮遊し、あらゆるエレメントと衝突をし、叩かれ、削られる。
大事に一つ一つの言葉をそらんじながら何度も読む楽しみは、いつになっても心を豊かにしてくれる。

ニーチェやショーペンハウエルが狂人、変人だったとしても彼らの書物は芸術だ。
大いに耽溺するべき読み物であると言えるだろう。
そして、その読後感を誰かと語り合えたらそれは幸せな事だ。

149 :考える名無しさん:2010/04/27(火) 13:02:32 0
個人の人格もそれぞれさまざまな未完成の芸術作品だ。

150 :考える名無しさん:2010/04/27(火) 19:11:44 0
図書館の雰囲気って好きだな。静謐であたたかな感じがして。

今は無料でだれでも利用できるけど、昔は学者とか貴族等一部の層しか利用をお許されていなかったようだ。
昔は本が高級品だった。

151 :考える名無しさん:2010/04/28(水) 09:29:58 0
情報はいくらでも流通しているが、偏見に陥らない事が大事だ。

日本では海外の哲学書の優れた翻訳が少ないため、文章が難解でとっつきにくく、
哲学といえば説教とかお題目と思われるフシもある。
だが実際哲学に接してみると生活の中で実感する事を説明している非常に身近な学問だ。
哲学とは限定された理性の枠をひとつひとつ外し純粋な真理を導き出して行く叡智の結晶なのだ。

なんにでもまず自分の目で確かめてみる事が必要だ。

152 :考える名無しさん:2010/04/28(水) 16:53:17 0
インターネットと哲学=実用性のある議題ということだけど、哲学自体実用性があるのか不明

153 :考える名無しさん:2010/04/28(水) 23:44:27 O
うむ

154 :考える名無しさん:2010/04/29(木) 15:08:10 0
もう少し具体的に。

155 :考える名無しさん:2010/04/30(金) 09:13:15 0
物事を信用しようとせずに疑ってばかりいると不幸になる。哲学とは疑う事だ。
幸せとは一部の人の不幸という犠牲によって相対的に成り立っているから、
哲学をするという事は他の人々を幸せにするという効果があるのだ。
もちろん哲学をする当人の知的好奇心をみたしてくれもする。

156 :考える名無しさん:2010/04/30(金) 18:11:31 0
>>151
個々の情報がはらむ偏見に気づき自己欺瞞からの脱却を目指すのが哲学だ。
一般的な基本原理の枠組みに満ちる偏見と矛盾を懐疑し洗い出し、普遍的な真理へと到達する。

願望や不安や先入観に影響されて無意識のうちに望ましくない枠組みを作り、その中で閉塞状態になることがある。
自己正当化のために偏見をもち正義のつもりが自己欺瞞につながってしまうことはよくある。
なぜそういう方へ導かれてしまったのかを帰納的に辿り、客観視し誤りに気づく事が大事だ。
推論して得られた気づきこそが身にしみる最高の幸せなのである。

157 :考える名無しさん:2010/05/01(土) 14:12:41 0
この前図書館で借りたクリティカルシンキングの本にも似たようなことが書いてあったな
そういうのは当然理性的な人間でないと出来ないんだろうな
俺は本能的で感情的で神経質で完璧主義で、たぶん強迫神経症だから
願望、価値観、不安のせいで何もかもが歪んだ解釈、憶測になってしまってるような気がして
何を信じればいいのか、現実が何なのか分からなくなった

158 :考える名無しさん:2010/05/01(土) 14:49:36 0
>>157
精神系の本ばかり読んでいると頭でっかちになって疑心暗鬼になってしまったりする。
そういう場合には実践哲学の門をたたいてみるといいだろう。

脳科学では脳機能の生理的なメカニズムが解き明かされ、そこから心を読み取る試みもなされている。
そこで脳状態をゆるやかに操作するために記憶力を促進したり、想起の仕方を向上させる訓練すれば、
その人の人生自体が激変する事はまちがいないだろう。
これらはカント的な人間学の応用という事になるが、その人間学には自分の性格を知る事も含まれているから、
いま貴方は実践哲学を始めるためのスタートラインに立っているわけだ。

159 :考える名無しさん:2010/05/01(土) 14:55:35 0
これは対話? 複数の人が書き込んでいるの?
どれも文体が似ているのでよくわからない・・・

160 :考える名無しさん:2010/05/01(土) 15:09:24 0
うむ、
名無しばかりで識別がしづらいといってコテハンを名乗ったりすると荒らしが寄ってくる。
たぶん複数の人が入り交じって会話をしている形になっているから、
かっちりとした対話という形にはなっておらず寄せ書きに近いが、
何となくの流れでこのスタイルに落ち着いて来た。
希望があるならどうぞ言っていただきたい。

161 :考える名無しさん:2010/05/01(土) 15:13:09 0
いや。読む気がしないので、別に希望もありません。

162 :考える名無しさん:2010/05/01(土) 15:23:08 0
一つの議題を数人でやわらかくうけとめて、一緒に考え、回答を寄せあう対話をすると、心がほぐれる。
心の中でほつれていた問題が対話によって、クリアになり、ゆるやかに解消される。
悩みの相談等も受け付けているから、いつでも書きたくなったらどうぞ。

163 :考える名無しさん:2010/05/01(土) 16:01:33 0
ここは哲板の中では比較的まともなスレだと思うよ。

164 :考える名無しさん:2010/05/01(土) 18:25:31 0
>>160
静かなスレだったのにコテハンが居着いてから荒れ出す事はよくある。
コテハンは必要以上に自己主張をしたり馴れ合いたがったり意味不明な事を一人ごちたりして独特の空気を作る。
匿名の世界の中で半分顔が見えて浮いた存在になるから叩くのには好都合だ。
できれば名乗らない方がスレのためにはいい。

>>157
クリティカルシンキングは仏教的な思考停止とは対極にある。
仏教では一切を疑わずにあるがまま受け入れ、無我の境地に立って物事に向き合う姿勢が救いになる。
教学を批判的、客観的に分析する宗教学者の視点はクリティカルだね。
仏教が人々に何をもたらすかを科学的に検証するとか。
この場合信仰心は取り払って考えなければならない。


165 :飛べないカラス:2010/05/01(土) 18:30:56 0
いや、ふたりしかいないスレでなら名無しで論争している分にはいいかもしれないが
それをあとから他のひとが読むのは大変ですよ。

166 :考える名無しさん:2010/05/01(土) 18:38:02 0
>>165
そうか、書き込む本人には自分と他者の区別がついているが
あとから読む人には区別がつきにくいというのはあるかも知れないな。
特に最近はネットでは無個性で透明な「文体の破壊」が流行っているからますます区別がつきにくい。
どうしたものか。
書く側の自己満足的なスレでいいのだろうか。読み手優先であるべきか。
コテハンを付けるのはあまり気が進まないのだが。


167 :飛べないカラス:2010/05/01(土) 18:41:00 0
ハンドル付けると荒れる。やはり佃煮さんならそう思うかもしれないですね。

168 :考える名無しさん:2010/05/01(土) 18:43:11 0
レスアンカーもついてない言いっぱなしも多いし何がなんだかよくわからんよ

169 :考える名無しさん:2010/05/01(土) 18:48:04 0
飛べないカラスは荒らし

170 :考える名無しさん:2010/05/01(土) 19:04:15 0
>>165
何のためにそこまでスレを読み込むの?
>>167
意味不明


171 :考える名無しさん:2010/05/01(土) 20:07:00 0
なんか自治っぽい話になって来てるね
荒らしコテが毎日一日中板を巡回しているせいで自治スレも潰れてローカルルールは踏みつぶされたし
スレも荒れるか過疎るかどっちかになった。

172 :考える名無しさん:2010/05/01(土) 20:48:16 0
エートルオートル一派の荒らしが佃煮さんになりすましてやりたい放題やってたからなぁ。
佃煮さんが自演してるとか無理矢理いいがかりをつけたりして、酷いと思って見てた。
そりゃ本人も呆れてスレを捨てる訳だよ。固定は不条理な目にあって大変そう。
議論の質を向上させるためにコテを名のったとしても、仇になってしまうこともある。

固定と言っても匿名なのは名無しと同じなので発言に責任はない。
そもそも2ちゃんねるの匿名性の中では、真面目な対話は出来ないのかもしれない。
実は対話でこそ論理的思考が鍛えられるんだけど。

173 :考える名無しさん:2010/05/01(土) 21:32:57 0
まあ紆余曲折あるのは仕方ないしマターリいこうよ。
急いでレスする必要もないし。

昨日NHKで、臨床心理士のクライアントとの精神対話術なんてのがやってた。
対話には、聞く姿勢と、大きく受け止めて肯定する力が大事だってやってたよ。
クライアントが心の傷ついた人たちだから、心を癒す対話がもとめられるんだそうだ。

批判的思考とは別の次元だよね。
でも、相手の発信する情報を整理して問題を見つけ出し解決策を求める部分は共通してる。

174 :考える名無しさん:2010/05/01(土) 21:49:27 0
>>169
何が荒らしか定義することは不可能。
この人は建設的なレスをする事もあるし、一概に荒しとは言えないかもよ?
ただこの板もID導入されるといいね。申請しても相手にされないだろうけど。

175 :考える名無しさん:2010/05/01(土) 23:43:29 0
バランスの取れた人生がよさげ
真ん中にいればどこにでも方向転換できるし

176 :考える名無しさん:2010/05/02(日) 14:37:38 0
仏教の中道だね。
苦楽どちらにも傾くこと無く、対立する諸概念から自由であり続ける事を重んじる。
自然な立場がいい。
中道を保っていれば、いかに生きるべきかという道も自ずと開いてくる。

ショックな事があったりして感情的になると、意見が極端になりやすい。
問題が起きた時は感情にとらわれず根源のの諸要素を冷静に辿る事が大事だ。


177 :考える名無しさん:2010/05/02(日) 22:18:13 0
バランスを取るには長い人生経験が必要になるだろう。
若いうちはバランス取れなくてもいいはず。

178 :飛べないカラス:2010/05/03(月) 15:36:47 0
YouTube - 【ネットの匿名性】 勝間 vs ひろゆき 1/3
http://www.youtube.com/watch?v=gqduJqJuQUs
YouTube - 【若者への起業促進?】 勝間 vs ひろゆき 2/3
http://www.youtube.com/watch?v=kyxMpFuInSk
YouTube - 【国民幸福度】 勝間 vs ひろゆき 3/3
http://www.youtube.com/watch?v=uwlKyWP1n2g

噛みあってねーw

179 :考える名無しさん:2010/05/03(月) 18:19:01 0
>>177
中庸というのは何を基準にしたらいいかも定かではないからな。
なんでもバランスバランスとこだわるあまりに原理主義に陥ってしまう場合もある。
単なる凡庸さ、平凡さのような中途半端なものでもない。
病から遠ざかる事がその基準と言えるかもしれない。
陰陽のバランスのとれた食生活のあり方として、マクロビオティックがある。
偏りをなくして身体を中庸に保つための食を目指している。
マクロビオティックも病から遠ざかるためのものだ。

>>178
ひろゆきの話し方はいかにも2ちゃんねる代表らしい話し方だ。
2ちゃんねるは理解や共感よりも反論が主体の掲示板だからな。
ミクシィやツイッターは共感が主体のコミュニティだが。
勝間さんにも指摘されているな。
本人は気分が悪くならないんだろうか?
(ホリエモンとは仲良さそうに談笑しているのを見たことがある。)




180 :考える名無しさん:2010/05/03(月) 19:08:41 0
>>173で紹介された他臨床心理士の行う心のケアとしての精神対話と>>178のひろゆきの夫婦喧嘩的な弁論術は対照的だ。
2ちゃんねるは悪意で成り立ってるから心を病んだ人にはいい影響を与えないというけど、実際は病んだ人であふれ返ってる。
どういうことなの?

181 :考える名無しさん:2010/05/03(月) 19:14:47 0
誰もが自分の思考枠を完全には把握できてないという悲しい現実なのよね

182 :考える名無しさん:2010/05/03(月) 19:56:41 0
何それ?

183 :考える名無しさん:2010/05/03(月) 20:35:24 0
善意の奇形。権威付けられた洗脳

184 :考える名無しさん:2010/05/03(月) 20:39:08 0
日本人は対話能力が低い

185 :考える名無しさん:2010/05/03(月) 23:11:50 0
日本人は対話能力が低い・・だと?








  人を語るのに代名詞を使うのは止せ

  そういう雑な思考が間違いの始まりだってことに気付け田吾作w












186 :考える名無しさん:2010/05/04(火) 11:00:35 0
>>181
孤独から立ち直って対話をすることによって思考の枠がはずれて心が解放される。
そうして思考の可能性を広げる事が出来る。
いくつかの思考パターンを身につけ、それを物差しにして情報の処理を行う事が出来れば、新たな発見も多く、
一つの問題に立ち止まって苦悩する事も減るだろう。そうして幸福感もえることが出来るようになる。

>>185
代名詞などはつかってないのだが。
そもそも、意見を持っていない日本人が多い。
日本人は意見が否定されると人格まで否定されたように感じる人が多い。
また、議論で劣勢になると相手の人格攻撃を始める人も多い。

異なって当然の互いの意見には優劣等存在しない。また意見に人格は反映されるものではない。
対話や議論はおのおのの異なった意見をもちよって引き比べ、
それをどう展開させたら真理に近づくか論理的に検討するものだ。


187 :考える名無しさん:2010/05/04(火) 17:19:33 0
>>180
目の前の人を不愉快にさせようと、しつこく煽って反応を伺う人とか、
ちょっとでも気に食わないレスを書いた人を在日扱いしたりする人
要するに2ちゃんねるは鬱屈した下衆のたまり場
逆に言えば、行き場のないマイノリティでも2ちゃんねるなら受け入れるから変な人であふれる。
基本的に相手を見下せれば何でもいい人たちだから、まともに対話議論しようなどとは思わない
たまに議論になってもすぐ罵りあいになる。

188 :考える名無しさん:2010/05/04(火) 17:53:49 0
2ちゃんねるの学問板って、教養を広くもってるインテリよりは狭く深くの知識で凝り固まったマニアが多くて、
そういう人が色んな分野を総合的に語り合う対話の場に出ると、お互いの話への理解が不行き届きなまま噛み合なくてギクシャクしそう。
だからファンスレか話題をしぼったスレに人が偏るんだと思う。

189 :考える名無しさん:2010/05/05(水) 14:22:57 0
>2ちゃんねるの学問板って、

哲学板の人って非日常的な単語とか哲学者の名前を乱発、羅列して自己陶酔に浸るタイプが多い。
そこらへんが独りよがりな解釈をしてわかった風を装うインテリもどきのオタクの限界。
わかりやすい説明が出来ないために、話が噛み合ないまま煽りに走ったり独白に終ったりする。
それじゃ空虚な言葉遊びだよ。
真理を追究する哲学には救いがあるけど目的のない言葉遊びには救いがない。これは大違い。
単なる好奇心まかせのお遊びではなくて、苦悩から人を救う哲学こそ実用性があるんだよ。


190 :考える名無しさん:2010/05/05(水) 14:30:42 0
>苦悩から人を救う哲学こそ実用性があるんだよ。


哲学に実用性・・・? 


( ゜Д゜)ポカーン




191 :考える名無しさん:2010/05/05(水) 14:54:04 0
>>190
哲学に実用性なんかなくていいと思ってるの?
じゃあ、哲学はただのゲームなの?
それとも論理的思考の中毒になってるから哲学をするの?
哲学は現実逃避の手段なの?

192 :考える名無しさん:2010/05/05(水) 15:19:34 0
>>191
「考えること」(その内容についてはいろいろ意見が分かれるとしても)が哲学でしょう。
その「考えること」の結果が実用的であるかどうかは、関係ないと思います。
哲学は商学とか工学のような「実学」ではありません。




193 :考える名無しさん:2010/05/05(水) 15:28:17 0
>>191
AKB48のファンサービスを見たまえ。
http://picroda.jphip.com/akb48/jphip17586.jpg

これこそが神国日本のあるべき姿なのです。
哲学にはこのような真似ができません。



194 :考える名無しさん:2010/05/05(水) 15:29:40 0
>>192
ただ考えるためだけの哲学では、学問自体が閉塞状態になってしまうだろう。
形而上的な難問を解くだけでそこに目的がないのではあまりに退屈だ。

哲学によくある「自己の存在理由」とか「生きる意味」なんていう分野は直接人生の糧になる。
自殺したい人と生きる意味について語り合って自殺から救う事もできるだろう。
また、医療の現場ではカントやベンサムの倫理が応用されている。
哲学は実際に人を救う事が出来る。


195 :考える名無しさん:2010/05/05(水) 15:33:09 0
>>194
哲学をそういうふうに捉えるのは貴方の自由だけれども・・・

ではでは^^


196 :考える名無しさん:2010/05/05(水) 16:08:16 0
哲学は僕にとっては芸術的なところが強い。
確かに「考えること」の結果が実用的であるかどうかは、
あまり関係ないような気がする。

197 :考える名無しさん:2010/05/05(水) 16:29:57 0
虚学か実学かで言ったら哲学は虚学に入るのかもしれない。
たしかに医学や法学に比べて就職に有利な学問でない事は確かだ。
(専門性を高めても、大学の研究職くらいしか受け入れ先がない。)

生活に実用的な知識こそ有用だという立場をプラグマティズムという。
形而上的な思弁を排除してとことん実証することに重きを置き、真理の実用性を主張した。
創造的な思考や問題解決能力を磨くトレーニングとしての哲学という見方も一つあるだろう。

>>196
芸術的な思考とはすなわち創造的な思考のうちに入るだろう。
いわゆる芸術的な思考・・・
柔軟で型にはまらず、次々にアイデアを出し、あらゆる角度から問題を丁寧に検証できる態度は大事だ。
こういう思考を磨くために、中学校や高校の段階で哲学を学ばせるべきじゃないだろうか。


198 :考える名無しさん:2010/05/05(水) 23:23:38 P
人間はほっとくと実用的に常識的にと言ってるうちに
思考が固定化していく。そのどて腹に蹴りをいれるのが哲学だろ

199 :だわな。:2010/05/05(水) 23:51:18 0


364 :飛べないカラス:2010/03/26(金) 18:49:07 0
                 人i 
                ノ:;;,ヒ=-;、
               (~´;;;;;;;゙'‐;;;)
              ,i`(;;;゙'―---‐'ヾ
              ヽ;;';ー--―-、'';;;;;゙)
                /           ヽ
.               / "-=・=-∵-=・=}
              |   l    )○(  |
          /⌒.\. ヽ: il´トェェェイli. / /⌒\        ヘッヘッヘッ
         /  ノつ\.ヽ:!l |,r-r-|!  //⊂  \
     o0○ノ  /  3  \ (::::⌒ヽ::)/ とノ\ ヽ○0o
     (    /、_ノ\   Y `(_、_)   /  \´  )゚
      \_)    `ヽ   : : : *   : : : |    (_ノ
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       `┻━┻                 ┻━┻




200 :考える名無しさん:2010/05/06(木) 17:10:22 0
学問全般でいうと、日本でも戦前までは教養主義が貫かれていて、ものの役にはたたずとも教養を備えている事がもてはやされていた。
だから苦学生や貧乏な教授なんてのも多かった。
だけど、石原慎太郎や三島由紀夫が、知的エリートでありながら物質的なステータスが抜けている層を糾弾した。
要するに、貧乏人が勉強等しても貧困を深めるばかりだからみっともないだろうという事だ。
これに世論が傾いて、今では高等な学問は豊かな人たちのものだという認識が強まって行った。

日本の教養主義はこうして衰退して行った経緯がある。
現在までも、就職の役に立たない勉強は疎まれる傾向がある。
哲学は就職の役に立たない学問の筆頭だ。

だからといってただの言葉遊びで片付けられてはいけないが。

201 :考える名無しさん:2010/05/06(木) 18:34:38 0
>>198
哲学は、個人の思考の癖を取り除いてくれるだろうか?
さまざまな他者の内面を探求したりしてその思考様式を知って自分と引き比べれば、自分の認知の歪みをおおざっぱには把握できる。
思考が歪んだまま固定化している部分にきづき、柔軟な思考に切り替えて行けるといいだろうと思うが自力ではできるのだろうか。
心理療法ではこういうトレーニングはすでにあるが、哲学は同じ役割をはたしてくれるだろうか?

202 :考える名無しさん:2010/05/07(金) 16:18:26 0
対話で有名なソクラテスは哲学をしたばっかりに権力者からにらまれ、結局死罪になってしまった。
哲学が役に立つばかりか、人を不幸にする事もある。
本来なら、哲学は精神のあり方を問い直し人を幸福に導いてくれるはずなのだが。

203 :考える名無しさん:2010/05/07(金) 19:57:14 0
哲学に限らない
何事にも功罪両面があり
哲学が手段にあればそれもやむなし
どうということもない

204 :考える名無しさん:2010/05/08(土) 16:43:01 0
>>202
ソクラテスはただ漫然と生きるよりも「よく生きる事」を重んじて、常識を疑い、罪に問われた。
死刑になった時、亡命という不正を行う事なく、またわずかな賄賂で脱獄も可能だったのにそれもせず、
哲学のために殉死した。
普通一般で考えれば死刑囚の生活はどん底だが、ソクラテスにとっては投獄生活は清い日々だったのかもしれない。
哲学を貫く事が幸せならば、ソクラテスは幸せだったのだ。

205 :考える名無しさん:2010/05/08(土) 17:10:28 0
>>203
労働は生活のための手段だけど、哲学は何のための手段なの?

206 :考える名無しさん:2010/05/09(日) 00:18:05 0
>>205
アホかw

目的のための手段に決まってるだろ
こう答えると次におまえは「目的って何?」と来るよな?考えもせずにw
でもそれを教えてしまうとおまえの脳は思考停止状態をこの先も抜け出すことができない

だから教えてヤンネw
自分で考えてみ

207 :考える名無しさん:2010/05/09(日) 01:14:08 0
そもそも哲学が何なのか良く解らない。
10日ほど前に哲学の存在を知って哲学板に来てみたけど
やっている事は、哲学を知る前と同じ論考。

哲学って何だ?
歴史の授業みたいに、偉人の名前や経歴を覚える事なのか?
科学みたいに物事に疑問を持つ事なのか?

初心者の僕にはさっぱりです(-_-)

208 :考える名無しさん:2010/05/09(日) 16:21:05 0
>>158
>そこで脳状態をゆるやかに操作するために記憶力を促進したり、想起の仕方を向上させる訓練すれば
その訓練の具体的な内容、やり方を教えてください

209 :考える名無しさん:2010/05/09(日) 16:54:53 0
>>206>>207
ある個人にとっての真理が別の人にとっては単なるゴミ情報だったりすることもあるから、
やはり哲学の目的も自分で考えなければならないんだろう。
だから以下の事は個人的意見として提示するのみに止めておく。

哲学とは、人間の様々な行為や思考に目的を与えるものだろう。
行為をスマートに遂行するための手段は実践的な科学的知識で、具体的な行動の大元となる抽象的な目的を問うのが哲学だ。
目的を定めるためにさまざまな価値を比べて自分にふさわしいものを選り分けて行く。そこに自我がうきぼりになる。
哲学とは、行為の目的を問うとともに「私」とはなにか、を定義する学問でもある。


210 :考える名無しさん:2010/05/09(日) 17:50:19 0
>>208

ためしてガッテン
記憶脳を刺激する!最新科学ワザ
http://cgi4.nhk.or.jp/gatten/archive/program.cgi?p_id=P20091028

イメージ思考が記憶力アップの鍵になるとのこと。

ちなみにこの番組のパーソナリティ、小野アナは東大文学部卒で離婚歴あり。「男はつらいよ」のファン。これ豆ね。

211 :考える名無しさん:2010/05/09(日) 18:28:26 0
>>209

倫理かよ。

212 :考える名無しさん:2010/05/10(月) 04:35:14 0
>>209
「真理」の価値は人夫々だから自分で考えろって事は
「哲学=その人にとっての真理」で
「哲学の目的=その人にとっての真理の目的」てこと?

そして、真理って何だ?
沢山あるものなのか?
沢山あるとすれば真理を否定した真理も出てくる?
あからさまに間違った事が、僕にとっての真理でもありなのか?
そもそも「哲学=その人にとっての真理」は正しいのか?
ますます解らなくなってきた…。

でも、答えてくれてありがとう(-_-)

213 :考える名無しさん:2010/05/10(月) 16:37:01 0
>>211
倫理は哲学と最も近い。
人間の行動が何からも独立して自由であるためには、その行動に理性のともなった目的が必要だと言った哲学者もいる。
そして、その理性とは、人によって違った形のものではなくて一つの定型をなしている。
それが倫理や道徳と呼ばれるものだろう。
人間の尊厳に配慮し、利他的で誠実であること。それが倫理の大まかな形だ。


214 :考える名無しさん:2010/05/10(月) 17:21:06 0
>>212
仏教のお坊さんはチョウチョのひらめきや水の音から真理を悟ったという。
彼らは万物を支配する根本原理を象徴したものとしてそういった諸現象の断片を見、気づきを得た。
だからある者にとっては真理でも、それが他の人にとっては些末な現象に過ぎない事もあるだろう。
これは相対的な、小さな真理だ。

そうではなく、誰にとっても唯一の絶対的真理というのはあるのだろうか。
逆にもし真理というものがこの世になかったら、世の中は嘘や誤謬だらけになってしまう。社会は成り立たない。
だから人は努力して万人にとっての真理らしいものを求めて止まないのだろう。
ある条件のもとでは絶対的に正しいと言える事柄があることから、絶対的な真理は条件付きであると言える。

215 :考える名無しさん:2010/05/10(月) 20:31:00 0
>>213
>倫理は哲学と最も近い

逆だろそれw

倫理は、人に制約を与え続ける事を前提に成立するもので
哲学は逆に、人に限りない自由をもたらそうとする

両者は真逆の位置にあるが、、

216 :考える名無しさん:2010/05/11(火) 16:30:45 0
>>215
>逆だろそれw
逆ではない。
倫理学は道徳哲学とも言って、哲学の一分野だ。
哲学は全ての学問の祖となる学問だから、「どの学問とは対立する」という事はない。
倫理は物事の善悪を問い、心得を生み出す学問だ。
哲学も倫理的な思索をする学問だが、善を追いかけ、幸せに生きる事を求めた古代ギリシャの哲学と違い、
ニヒリズムの哲学は倫理とは真逆の方向に人を促し、思索する事によって不幸や破滅に導く。
だから、ニヒリズムだけは倫理と質が異なると言えるだろう。

217 :考える名無しさん:2010/05/11(火) 18:17:25 0
>>214
プラトンはソクラテスから思想を受け継いで、ソクラテスが「知の世界」と呼んだものについて、
最高の理性としての絶対的な善のイデアを真理であるとして、これに隷属する事を押し進めた。
そして、イデアを知る事が徳を得る事だとして、学校(アカメデイア)を設立した。

善のイデアを絶対的真理という事も出来るだろう。

218 :考える名無しさん:2010/05/11(火) 20:45:31 0
では哲学の本源に戻って、善のイディアとやらを明らかにしてみよ


219 :メフェイストフェレス:2010/05/11(火) 21:02:11 0
法学もやった哲学も医学も、余計な事に神学まで究めた。
しかし、一体全体わしは少しでも賢くなったであろうか。
おお、精霊よ! 出でよ、そして我が問いに答えよ。
宇宙とは、人間とは一体、何なのだ





220 :ファウスト:2010/05/11(火) 21:05:01 0
おっと、異様な空気に包まれて自分の名前まで忘れてしまっとった。
さぁ、宇宙の精霊よ。どうか我が問いに答えよ!!


221 :考える名無しさん:2010/05/11(火) 23:12:31 0
>>216
>哲学も倫理的な思索をする学問だが

馬鹿かおまいw

思索するのに理理的である必要が何処にあるよw
思考・思索はあらゆる先入観・固定観念・規制を離れ
自由に行なうところにその本領がある



222 :考える名無しさん:2010/05/12(水) 17:20:45 0
>>218
善のイデアとは、善と言われて思い浮かぶあの「永遠の絶対的な善の原型」のことだ。
すべての善の由来となるモノを善のイデアと呼ぶ。
しかし善のイデアには矛盾がある。
そもそも知識や真実を超えたものであるはずなのに、学ぶべき最大のもので、知の大前提なのだ。
プラトンはこれを解消しようとして、二種類のイデアがあると説明した。
原因として働くイデアと、知識の対象としてのイデアだ。

223 :考える名無しさん:2010/05/12(水) 17:36:56 0
>>221
>思索するのに理理的である必要が何処にあるよw

思索がさまざまな条件から自由であるためには、その思索が理性から成っている事が必要だ。
理性が人間の認識や判断を動物としての宿命や物理的なしがらみから自由にし、人間に尊厳を与える。
そして、この理性は万人の間で共通のものである必要がある。
この最大の理性を倫理や道徳と呼ぶのだ。
だから哲学的な思索に理性は必要だ。
道徳を離れた思索は破滅へと人を導く。

レヴィ=ストロースの「野生の思考」も弁証法的な理性に貫かれている。

224 :考える名無しさん:2010/05/12(水) 17:53:37 0
>>219>>220
ゲーテの格言に「人間はつねに迷っている。迷っている間はつねに何かを求めている」というのがある。

一つの問いの答えは、いつだって万全の解決を意味している訳ではなくて、ときに人に迷いを与える。
人間とは、迷い、次々に問い続けなければならない宿命を背負った生き物なのだ。
そういう人間のあるべき姿がファウストには描かれている。

225 :考える名無しさん:2010/05/12(水) 23:13:27 0
>>223
>思索がさまざまな条件から自由であるためには、その思索が理性から成っている事が必要だ

自分が理性を欠いたカキコしてるのに気付いてないなおまえw
いいか、自由に思索したければ「単に自由に思索」すればいい
おまえの言う理性など時と場合でコロコロ変わる屁みたいなもん


>理性が〜人間に尊厳を与える

理性だの人間の尊厳だの万人の間で共通の理性だのタワゴト言うのやめろw
おまえって抽象的な誤魔化し言葉にコロッと騙されるクチだなw
良く考えもせず他人の言った事を鵜呑みにするからそうなる

眠いので結論だが、ひとが理性という語を用いる時、その本質は利性(利益性)を指す
決して物理の理、理屈の理などにあらず
事故の行動原理を一つでいいから分析してみよ

それが判らなければ哲学などやるオツムじゃないってこと
さっさと寝ろ!

226 :事故の行動原理→自己の行動原理w :2010/05/12(水) 23:41:06 0
>>225


227 :考える名無しさん:2010/05/13(木) 16:20:06 0
>>225
動物的な欲望に翻弄されたまま行動するのが自由だと考えたり、
その場の空気に流されて考えなしに行動する事が自由だと考えるのは誤りだ。

理性に支えられた行動原理こそが自由だと言えるのだ。
それは他者の尊厳を尊重し、内省しながら利益にとらわれず行動する事だ。
この協約があって初めて人間は自由に行動できる。

匿名で人をこき下ろし否定するのが自由だと思ったら大間違いで、
それは2ちゃんねるの流儀に従っているだけだ。特に考えもなく行動してるという事だ。
気分の赴くまま人の意見をこき下ろすのが自由だと思って議論の場を壊すのは自由とは遠い。
議論にはお互いの立場が対等であるという信頼関係がなければならず、
信頼関係を築くという条件の中で自由に発言する事が出来る。それ以外は言いっぱなしだ。

理性に裏打ちされた自由な空気が整って初めて哲学が出来る。

一つの意見がタワゴトだというなら、その根拠をしめすべきだ。
根拠がなければ、その言いがかりがタワゴトだという事になる。


228 :考える名無しさん:2010/05/13(木) 16:22:24 0
>>225


            __
          イ´   `ヽ
        / /  ̄ ̄ ̄ \ 
       /_/      ∞   \
      [________ ]
        ,ゞi" ̄ フ‐! ̄~~|-ゞ,    高尚な文系は人間の生活、生と死を哲学するんです。
       ヾi `ー‐'、 ,ゝ--、' 〉;r'    地頭がいいんです。    
       `,|  / "ii" ヽ  |ノ
        't ←―→ )/イ
          ヽ、  _,/ λ、
       _,,ノ|、  ̄//// \、
   _,,..r''''"   | \`'/  /    ̄`''ー
      |  /\  /


229 :考える名無しさん:2010/05/13(木) 20:36:13 0
>>227
>利益にとらわれず行動する事だ

アホかw

利益を目指さない行動がこの世に一つでも存在するというなら
一つでいいから具体例を挙げてみ?



230 :考える名無しさん:2010/05/14(金) 16:44:28 0
>>229

>利益を目指さない行動がこの世に一つでも存在するというなら
>一つでいいから具体例を挙げてみ?

「利他行動」は人間だけでなく動物だってするものだが知らないのか?
無知をさらしてアホバカ言ってるだけでは議論にもならないぞ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/利他的行動
↑これを読むがいい。
理性とは、利他的な欲求が洗練されたものだ。
他者に共感し、お互いを尊重し、集団の利益のために身を投じる姿勢で物事を判断する事が、
哲学をする上で重要な事だ。
貴方に見られるような狭い了見と無知による排他性は理性で克服されなければならない。
その基本が出来て初めて自由について考えられるのだ。

231 :考える名無しさん:2010/05/14(金) 20:33:11 0
>>230
おまえ知能が低いうえ誤魔化しの常習犯のようだが









   寝言言ってないで

   「人間の利益を目指さない行動」の具体例を一つ挙げてみ?












232 :考える名無しさん:2010/05/15(土) 03:26:05 0
自殺。

233 :考える名無しさん:2010/05/15(土) 09:11:19 0
>>231って頭おかしい人ぽいね

234 :考える名無しさん:2010/05/15(土) 10:26:59 0
そうでもない。
純粋な利他的行動なんて、現実にはありそうもない。
捨身飼虎というお話が、仏教のお経にあるけど、それは「お話」だね。


235 :考える名無しさん:2010/05/15(土) 10:51:18 0
さらに言えば、捨身飼虎のような行為は、仏教的には尊い行為なわけだから、
悟りの境地に近づくという意味で、自分のためにもなっていることになる。
利他であり、かつ、自利でもある。
これを「自利利他円満」といいます。


236 :考える名無しさん:2010/05/15(土) 11:25:20 0
>>234
>純粋な利他的行動なんて、現実にはありそうもない。


人間が生き残っていること自体が人間の利益性なんだよ
いかなる利益性にも左右されない理性などは幻想なんだよわかる?

237 :考える名無しさん:2010/05/15(土) 11:31:53 0
231君はそんなにヒステリックになるな。

利他と自利に関してだが、仏教で「情けは人のためならず」と言うようにそれは
表裏一体の関係にあるのだ。
利他に励む事が結局自分の利益にも成るのであるし、自分の利益を目指そうとすると結局他人の利益の為に働く
自分を発見する。ヘーゲルも『精神現象学』の中でこの弁証法について言及している。





238 :考える名無しさん:2010/05/15(土) 14:33:52 0
人間も一個の動物であり、自己保存の本能に従って行動するロボットのようなものだ。
自分の遺伝子の保存のために一見自己犠牲とも思われるような行動をとったりする。
それらはあらかじめ遺伝子にプログラムされた行動なのだが、人間には理性のかけらがある、
だからそれらに後付けで行動理由をとって付け、自由意志からそうしたかのように解釈する事もある。

人間の行動が自由であるためには行動原理が理性によって自律されていなければならないと言ったのはカントだが、
遺伝子と行動のプログラムを見ると、その自由が純粋に自由なのかどうかは、定かではないのだ。

>>231
寄付は自由意志からの利他的行動だろう。

>>235
利益の在処を行動から探し出そうとすればどんな自己犠牲的な行動からも探し出せるだろう。
それによって尊い行動を平凡な行動と読み取る事も自由だ。その判断の基準と成るのが宗教だ。


239 :考える名無しさん:2010/05/15(土) 16:19:30 0
>人間には理性のかけらがある

君が言う理性とはどういう能力で、何故それが人間に備わっていると言えるのか
根拠を提示しなくてはならない。
さもないとただの作文。


240 :考える名無しさん:2010/05/15(土) 16:32:38 0
>>239
理性とは、対象を把握して本質を問う能力の事だ。
人間は類人猿と違って前脳皮質と視床下部が発達している。
この部位は他者との共感や利他的な行為を司り、人間社会はこれにより発展して来た。
この理性によって深い洞察をし、対象に共感して利他的に行動し所属する集団に貢献する。
そうして集団を維持しつつ自己増殖の本能を発展させもするのだ。

241 :考える名無しさん:2010/05/15(土) 22:18:51 0
>>237
>利他に励む事が結局自分の利益にも成る

ではすぐに下記の私の住所宛てに100万円入りの書留を送りなさい!
足りない時はありったけの金額でよろしい。
100万円は私の利(利他)で間違いないから、もしお前の言う事が
正しければやがてはおまえの利益となって返って来るはず。
躊躇せずただちに送金しなさい!


送金先:伊藤洋一
住 所:岩手県花巻市下小舟渡118−1


242 :考える名無しさん:2010/05/15(土) 22:22:33 0
>>238
>寄付は自由意志からの利他的行動だろう

寄付行為ほど自己満足(自己の利益)を目指す行動は他にない
利他を装おうのも大概にしとけコラw

243 :考える名無しさん:2010/05/16(日) 15:26:44 0
>>242
寄付が自身の利益を目指す行動だと思う根拠がないとただの言いがかりになるぞ?
根拠を示したまえよ。ヒステリックに挑発ばかりしていないで。
とにかく、哲学的に自由に考えるとは理性に根ざした愛好である必要があるんだよ。

244 :考える名無しさん:2010/05/16(日) 16:48:02 0
>>243
馬鹿かおまいw

人の行動はすべて「自己の欲求」に由来する
そんな事も知らんのか?

pまえ根拠もなくケチばかり付けてるが
違う例があるなら1つでいいから示してみよ田吾作w


245 :考える名無しさん:2010/05/16(日) 17:36:18 0
>241
覚せい剤の中毒者やアル中患者に100万円を渡すことは「利他」とは言えないのではないか?
その場合、むしろ財産を差し押さえ、精神病院に収容する事が「利他」と言う事だってあるだろう。



246 :考える名無しさん:2010/05/16(日) 17:40:07 0
241は件の自殺者虐殺協議会さんじゃないかと思うけどね。
低俗な欲望に囚われていると、思考が歪む例である。





247 :考える名無しさん:2010/05/16(日) 18:43:53 0
自殺推進協議会ね そういやいたなw すぐ消えちゃったけど

248 :考える名無しさん:2010/05/17(月) 07:30:51 0
>>245-247
それは「他者の利益」じゃなくて「お前の利益」じゃん
結局おまえは自分の利益を他者に押し付けるエゴ野郎だってことを自白したわけよw


敗北宣言をヤメ、サッサと
「自己の欲求」に由来せぬ行動の事例をあげよ田吾作w


249 :考える名無しさん:2010/05/17(月) 09:23:45 0
おかしな人を精神病院に収容するには、多大な労力や費用もかかる。
下手すると100万円以上かかるかもしれない。
それを赤の他人がやるとしたらそれは利他以外のなにものでもない。
仏の慈悲の心には不動明王の怒りの鉄拳みたいなものもあるのだ。

ところで、248(自殺者推進協議会?)のように、非理性的にただひたすら他者を罵倒するような
タイプの主張をする論者が生まれた原因についてだが
『お前が若者を語るな!』(角川ワンテーマ文庫)の著者である後藤和知氏によると、その発祥は宮台眞治に代表される90年代の言論空間に由来するという。
そういえば248が多用している「田吾作」と言うキーワード自体、かつて宮台氏が特殊な意味をもたせて使用していた言葉であった。

 宮台真司や岡田としおのやり方、つまり仮想敵や仮想下層民をそのたびごとに作り上げて、
 それを蔑みつつ自分の立場のハイレベルさを示すと言う方法論には一つの負の側面がある。
 それはかれらのやり方を上辺だけで真似た、強がり・ハッタリだけの、プチ宮台、プチ岡田を
 量産してしまった事である(上書から引用)

宮台や岡田のような評論家はすでに過去の人になってしまったが、彼らが撒いた種はネットの言論空間などに生き残り、未だに不毛な議論を呼び起こしているようである。
我々は90年代の負の遺産からいい加減決別するべきであろう。

250 :考える名無しさん:2010/05/17(月) 10:25:35 0
>>243
>寄付が自身の利益を目指す行動だと思う根拠がないとただの言いがかりになるぞ?
>根拠を示したまえよ。ヒステリックに挑発ばかりしていないで。

逆でしょう。
>>238さんが、自己の利益を目指さない行為の例として寄付を挙げたのだから、
まず238さんがその根拠を示さなければならない。
示せないなら、238の発言を撤回すればいい。
まぁ、示せないでしょうね…


251 :司会者:2010/05/17(月) 16:00:42 0
「ケーキ、入刀!」

252 :考える名無しさん:2010/05/17(月) 16:53:22 0
>>244
自己の欲求と道徳が合致した行動を、理性からの自由な行動という。
寄付は道徳に合致した自由意志からの行動だ。
寄付は見返りを求めずに他者に施しをしているから、これを利他的行動という。
親の子供への無償の愛情も利他的行動だ。
無償の行為はわりと人間によく見られる行動だ。
人間が共感と理性で自身をコントロールしているということだろう。

自己の欲求から行動する事のすべてが利己的行動だと言いたいなら根拠を示したまえ。
理性と自由意志の関係も説明してもらいたい。



253 :考える名無しさん:2010/05/17(月) 16:54:26 0
>>250
内容のない煽りはやめなさい。
>>242が自分の意見の根拠を示さず挑発ばかりしていて議論にならず話が一方的になっている。
意見を言う時は言いたい放題いうのではなく理論的に論拠を述べるべきだ。
>>242は節度もなく相手を罵倒する事が自由な哲学だとでも思っているようだ。
とんだ勘違いをしている。

254 :考える名無しさん:2010/05/17(月) 17:06:52 0
こういうこともある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/互恵的利他主義
あとで利益が見込めると判断した上での利他的行動だ。
それを互恵的利他主義という。
これが実現した社会は、誰もが損をせず、誰もが得をする社会になる。

255 :考える名無しさん:2010/05/17(月) 17:32:45 0
242は自己の利益と言っていたのを次第に自己の欲求と言い換えるようになっており
利他行動は自己の欲求に基づくんだ!と主張しているが、だとすると自分で自分の主張の誤りと
認めたことになる。

とはいえ、余計な煽りや低劣な人格批判さえなければ、242の主張も常識を疑う一種の哲学思考と認めてもよいのだが
議論における姿勢が議論以前の段階なので単なる荒らし行為になって終わる。


256 :考える名無しさん:2010/05/17(月) 20:04:58 0
>>252
>寄付は見返りを求めずに他者に施しをしている
>親の子供への無償の愛情も利他的行動だ

どうやら真性のようだなオマイw

「寄付は見返りを求めていない」なんてタワゴト・・生まれて初めて聞いたが
一体どこからそんな支離滅裂な結論を引っ張って来たんだオマイw

いいか、寄付はそれが「他者の求めが何であるか」に合致していない場合、
つまり「相手がそれを望んでいなかった」場合におても
「わたしは自己の所有物を他人に与えることができた」と勝手に思い込むことで
自らに大いなる自尊心がもたされ、お金で買えない自己満足・愉悦に浸ることが
できるわけだが、それを見返りと言わず何と呼ぶ気よオマイw

この自己満足を満たす行為の一体どこが「見返りを求めず」なんだよw
「無償の愛情」とか笑わすなコラw

金で他人の感謝や尊敬を買う行為に近い訳だが
違うというなら、見返りを求ない寄付行為の事例を示してみ?
なんだったらオマイの実例でもいいぞw

また「親の子供への無償の愛情」んぼ具体例も書いてみ?
さぞかしそうした事例に溢れた暮らしをオマイはしてるんだろうからサw

257 :考える名無しさん:2010/05/17(月) 20:13:17 0
自己が満足し、他者が満足し、誰も困る人はいない。
他人が満足し、自分が不足するのであれば、不幸な人間がこの世に一人生まれてしまう。
よって、他人に与える事で自分も幸福になることは幸福な世をつくる為に正しいのである。


258 :考える名無しさん:2010/05/17(月) 20:19:42 0
>>257
ボケかましてんじゃネ〜よw

259 :考える名無しさん:2010/05/17(月) 23:17:07 0
>>257
>自己が満足し、他者が満足し、誰も困る人はいない

救命ボ−トが1隻、一人しか乗れず
もう一人がつかまると転覆し一人も助かりません。

さてそのボートを使う日がやって来ました。
貴方ともう一人、さぁどうしますか?
2人で仲良く死にますか? それとも1人だけでも生かす道を選びますか?

260 :考える名無しさん:2010/05/17(月) 23:40:24 0
>259
極限状況の中で二人が生き残るために合理的な選択をするだろう。
一方がボート乗りの達人ならばボートを使って助けを呼んでもらうとかね。
また、一方が水泳の達人で一方が女子供ならば、女子供を優先し、自らは浮き袋かなにかにつかまって
泳いで助けを探すかもしれない。
一見「合理的」に見える、お互いに個人的利益の追求の為に殺し合うと言う選択もあるが、助からない上に、バトルで生き残らなくてはならないと言う
ゲーム理論の囚人のジレンマの如く、かえって生存率をさらに下げてしまう可能性もある。




261 :考える名無しさん:2010/05/17(月) 23:56:33 0
というか、いくら日本が先進国になっても、こういう「自分だけよければいい」という貧弱な思想の持ち主ばかりだと思うと悲しくなるな。
発想が仏教の六道でいうと餓鬼地獄そのものなんだよな。

262 :考える名無しさん:2010/05/18(火) 00:01:04 0
260の例で言うと、より高貴な人間を目指すならば、ボートをさっと譲って、自分は海の中に飛び込んで
自力で岸に上がるという、ゴルゴ13や椿三十郎並みの超人になるべく日々己を鍛えて置くというのが
正しい回答なんだよ。


263 :考える名無しさん:2010/05/18(火) 00:09:48 0
ちなみに、慈善行為なんて糞だとのたまう人間は、実際は不幸な人間なんだよな
不幸な意識に囚われているので、他者に施す精神的余裕がないのである。



264 :考える名無しさん:2010/05/18(火) 17:24:07 0
>>256
奉仕活動は貧しい国の国民に物資を調達するためのもので、
貧しい国のスラム街に住んでる人間はどうやって助けを求めていいかも知らないまま物資を受け取りながら生活している。

寄付行為にひとかけらの自己満足があっても別に偽善になるわけではないだろう。
寄付した人に自尊心の満足がもたらされたからと言って、ボランティアスタッフが寄付をした人に対価を払ったわけでもない。
寄付した側の人間の満足は見返りとはいわないだろう。
もしたとえ寄付が偽善であっても、ただこうして2ちゃんねるなどでくだらない馬鹿話をしているよりは有意義だ。
やらない偽善よりやる偽善という訳だ。

>また「親の子供への無償の愛情」んぼ具体例も書いてみ?
無償の愛はプラトン哲学の要で、特に親子愛に限った事ではない。
「全ての人間は、存在するという事において、神の無償の愛を受け取っている」という見方もある。
そして、信仰のある所に善があり、信仰の行き届かない所に悪が栄えるという。

逆に聞きたいのだが、貴方は子供の頃親にしてもらった事に対価を払っているのか?
そうだとでも言いたげな意見だな。


265 :考える名無しさん:2010/05/18(火) 17:32:20 0
アメリカではよくビッグネームのアーティストがポンと100万ドルの寄付をしたりするが、
もし彼らが利己主義で、単なる気分や道楽で寄付をしたのだとしても、やはり行為自体は慈善的なのだ。

利己主義が悪だとまではいわないが、せめて功利主義や利他主義の人間の言い分を理解した上で行動するべきだ。
それが共同体の中で生きる人間の本分ではないだろうか?

266 :考える名無しさん:2010/05/18(火) 22:08:07 0
アホクサ

267 :考える名無しさん:2010/05/19(水) 15:01:20 0
>>264
>無償の愛はプラトン哲学の要で、特に親子愛に限った事ではない。

プラトンの愛は「エロス」です。
「無償の愛」の代表的なものとされる「アガペー」は、キリスト教の神の愛。
それは神の愛なので、あくまでも信仰の対象であり、信仰者の「理想」としてのみ存在する。
「理想」なのだから、「具体例を挙げて」という問いに対しては、「ない」と答えざるを得ないでしょう。
現実的には、人間はエゴイズムから完全に抜け出すことはできないのだから。


268 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2010/05/19(水) 16:08:06 0
愛には無償の側面があるのは否定できないと思う。並列的に解きほぐしてみれば、さまざまな思考が同時になされている
であろう。助けたいという気持に偽りはないのであり、それが偽りであると言うならば、何故全ての愛の行為が止むことが
ないのか。全て自己のみのためにする行動など、他者にとっては何の意味もないのであって、他者について考える
ことが、愛につながる。憎しみの気持も、当然生まれるときはあるだろうが、それは原因があってのことである。
原因のない憎しみは存在しないだろう。
偽善が何故偽善と呼ばれるか考えると、他者に施した愛の横に自分がそのことを認識していたい、つまり、愛の行方
を確認したいという気持が、存在して、そのことは自我の拡大であって、全くの第三者から見れば、愛の行為は
自分に向けられていないと言うことから、第三者をおびやかす権力の行使と映るからであろう。
こんがらがっている思考の評価をする際には、後々の本人の感想をインタビューすることが、必要なことであるように
思われる。

269 :考える名無しさん:2010/05/19(水) 17:23:46 0
>>267
利他的行動の一例として無償の愛を挙げたのだけれど。
アガペーとエロスでは全く違う。
アガペーは永遠な見返りを求めない愛なのに対して、
エロスは利己的な情欲からの愛だ。
アガペーは神だけの愛ではなく、家族や師弟関係でも見られる愛だろう。
要するに打算のない愛の事だ。

哲学をするには、欺瞞や打算から解放され愛に満ちた、自由で理性的な姿勢が必要だ。
誰もそれを否定する事はないだろう。

エゴイスムは哲学的思考に負荷を与える。エゴが発する苦難を乗り越えて真理へと到達するのだ。

270 :考える名無しさん:2010/05/19(水) 17:35:18 0
>>268
愛には無我からの愛という宗教的な愛もある。

一方、異性間の恋愛にはかならず自我からの欲求が加わる。
恋愛が成功するために、駆け引きのための計算やテクニックも必要だ。
それらは偽善的で卑しいものなのだろうか?
恋愛において自我を捨て去るとそれは恋愛ではなくなってしまうのではないだろうか?
エゴイズムが表出する場面でも、人間の美しい姿が垣間みれる瞬間はあるだろう。
だがエゴが愛との葛藤で強くなりすぎると、その感情は憎悪に変化する。それは破壊を導くだろう。
人間からエゴは取り払えないとしても、恋愛のさまざまな場面でわき上がる小さな不安の芽を丁寧に摘み取る事が大切だ。

271 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2010/05/19(水) 17:45:25 0
>>270
恋愛に自我が関係するのは、自我が脳のエロチックな部分を満たしたいという欲望から起こっているときだろう。
初恋などは、つまり恋の始まりなどは、脳の発達が呼び寄せると言っていいと思う。
しかし、恋が始まりであり、やがて夫婦関係という関係に発展していって、それを維持するためには、他人を
利するこころ、いや、少なくともそういう状況に対する肯定が、必要不可欠であろう。
>>268でも指摘したように、脳の働きが人間の思考の正体であるとすれば、それは一つの思考にとどまることはなく、
いくつかの思考が絡まり合って、同時に対象へと向かうのが普通であると考える。
エゴは、気づかないから取り払えないのであって、取り払うという努力を続けていれば、脳のそういう働き
ということは、確かにそういう働きをしているであろう。結果を重視してはならない。過程を信じることだ。

なお、>>270冒頭の、無我という語は、よく分からないので、教えていただきたいと思う次第です。

272 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 10:58:25 0

>無償の愛

何度教えてやったら解かるんだオマイラw

ひとの行動に「動機の無いもの」などない
そしてひとの動機の100%は自己の満足(自己の利益)に由来する

線路に落ちた人を助ける行為も、その動機をさぐると
もしそうしなければ自己の勇気の無さを心に刻み、死ぬまでそれを
抱えて生きねばならぬという自己嫌悪にさいなまれない為なのよ

人の一日はそうした自己利益のための行動で溢れかえってる訳だが
その結果自らの命を落とそうが怪我一つしまいがそんな事は関係がない

もしとっさに行動したのであって「利益を考えてそうしたのではない」とすれば
それはもはや単なる過去の習慣に反射的に従っただけであり、道端にお金が
落ちてたから無意識に拾い上げてしまったのに似て特筆するべきこととも思えない

273 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 11:44:29 0
>>269
269=264だとすれば、プラトンの話はどうなりましたか?

それから、 具体例は挙げられないという点については同意ですか?

>アガペーは神だけの愛ではなく、家族や師弟関係でも見られる愛だろう。
>要するに打算のない愛の事だ。

267で書いたように、それは「理想」であって、実際には人間はその理想を完全に実現することはできない。
人間は神ではないのだから、いくら神の無償の愛を理想としても、無償の愛をそのまま行うことはできない。
だから、無償の愛の具体例を挙げることはできない。
この点については、同意ですか? 不同意ですか?
(こういう形で確認しないと対話になりにくそうな人のようなので・・・)

>愛には無我からの愛という宗教的な愛もある。

「無我からの愛」も「無償の愛」と同じことです。
完全に「無我」になったら、それは人間ではない。エゴがあるから人間なんですね。

繰り返せば、人間はエゴイズムから完全に抜け出すことはできない。
何故そこを強調するかといえば、そのことを認識することが、大事な出発点になると思うからです。
そしてこの認識がなければ、危険だと思います。
これは言い換えれば、人間は神ではないということであり、宗教的に言えば、そこから「罪」の意識が生じます。
一般的に言えば、このことを認識することは、人間の限界を認識することであり、そこから、他の生命に対する謙虚さが生じます。

宗教的な「祈り」というものも、このような人間の限界の認識から生じます。
「無償の愛」「無我からの愛」をなし得ないから、祈らざるを得ないのです。


274 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 11:49:36 0
>>272
>線路に落ちた人を助ける行為も、その動機をさぐると
>もしそうしなければ自己の勇気の無さを心に刻み、死ぬまでそれを
>抱えて生きねばならぬという自己嫌悪にさいなまれない為なのよ

単純すぎると思います。
人の行為の動機は、もっといろんな思いが(極めて意識的なものから、半ば無意識的なものまで多種多様な思いが)
複雑に絡み合っていると思います。


275 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2010/05/20(木) 12:43:33 P
>>272
>そしてひとの動機の100%は自己の満足(自己の利益)に由来する
人は動機のみによって行動するのではないと思うが。
成り行きもあるだろうし、動機が100%自己満足に由来するからといって、
その先の未来が全て自己満足で満たされることにはならない。
由来によって人の行動を評価するのには賛成できない。
無償の行動が存在するかどうかを考える際にも、由来のみを見て、
その先を見ないという近視眼的な考えは視野狭窄であると思う。

276 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 13:36:50 0
>>274
>多種多様、複雑

馬鹿だなオマイw

そういう抽象かつ曖昧な語でなんか解かったつもりでいるから
哲学できないんだよおまえはw

>>275
>成り行きもあるだろうし

ホントにボケた解釈だなw
そういうのを視野狭窄というんだよw

277 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2010/05/20(木) 15:21:34 P
>>276
ボケてるってのはどこがどうなってると解釈したのでしょうか。
成り行きって言うのは、可能な事態を付け加えた物で、ある。
あなたの思想にそぐわない言明に対して、否定的に反応を返しただけに
思えるが。哲学では自己満足というのは、あまりにもレベルの低い話しだな。

278 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 15:51:11 0
>>275
>人は動機のみによって行動するのではないと思う

アホかw

行動の原因を動機と呼ぶことまで教えなきゃなんないのかコラ
どんな行動も「目的があってのこと」なんだが
それ以上イミフなカキコを続ける気なら

  動機のない行動の具体例を挙げてみ?

おまえ自身のでいいんだぞ、今日のでいい。

279 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 15:57:50 0
>>277
>哲学では自己満足というのは、あまりにもレベルの低い話し

ひとの満足が何かは哲学の普遍的テーマだがそんなことも知らんのかw
レベルが低いとか高いとか木の上に上ったような次元の低い話コイてないで
もすこし地に足の付いたハナシしてみ?

280 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2010/05/20(木) 16:03:27 P
>>278
なんでおこってんの?
息を吸うとか、タバコを吸うとかあるじゃない。
だいたい動機なんてあやふやなもんなんだよ。

281 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 16:38:42 0
>>280
>動機のない行動の具体例を挙げてみ?
>息を吸うとか、タバコを吸うとか

本物だなオマイW

息を「吸いたい」から吸ってるのであって
もしオマイが「吸いたいという動機、欲求なしに吸ってる」と信じてるなら
息を止めてみよ、5分以内に答が出るからW


282 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2010/05/20(木) 16:50:48 P
>>281サン
問題の所在が分かったよ。
要するにあなたは、自分の行動についての観察を行っているから、内照てきに、逐次
自分の行動を観察して、それを報告できると言いたいんでしょう。
ぼくは、他者の行動をまず念頭に置くので、その動機が知り得ないというところから、
、自分の行動についても、他者に対する視点を基準において、無意識的な行動について
それを当てはめてしまっている所に問題がある。
要するに、自己意識の所在がどこにあるか、という、哲学的な問題なわけだ。
ということで、ぼくは結論づけたけど。勉強になった、どうもありがとうね。

283 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 17:00:44 0
>>273
「中世のキリスト教神父たちが、アガペーを語るのにプラトン哲学を援用した」ということだから、
プラトンと無償の愛が完全に無縁とは限らないんじゃないか?
(あいにくプラトンは響宴しか読んでいないのでエロスだけを語ったのかアガペーも語ったのかは知らない。)

それで、無償の愛や自己犠牲が存在する実例を家族や師弟関係と挙げたんだが、
なぜそれでも頑固に否定するのだ?
家族や指定の間でも確かにエゴが葛藤する事はあっても、基本は打算なく与える愛で成り立っている。
そういう、肉体的な愛情と対照的な、魂からの愛を広くアガペーと言うんだろう?
だから、不同意だ。

そもそもの文脈は哲学での自由な思考とはどのようなものであるかという話だったのだが、
話が膨らみすぎてしまったようだな。

例えば、そうした魂からの愛を携える事は哲学にどのような影響を及ぼすか?
また、自由といって善を排した野卑で利己的な思考では哲学はなりたつのか?
貴方はどう思う?



284 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 17:09:16 0
>>271>>273
無我について

無我というのははるか高みにある神の領域ではなく、
毎日の心がけと訓練で手に入れる事が出来る心のありようだ。
要するに「我が我が」と主張したがる心を抑えて執着をなくすことだ。
頼りにならないものに執着して苦しむ事から解放される。

欲を抑え、利己主義的な考えを改めよう、世の全体の流れにしなやかになびいて行こうという心がけだ。



285 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2010/05/20(木) 17:18:09 P
>>284
>>271です。
西洋哲学ばかり学んでいると、そういう視点が欠けてきます。
知恵みたいなものでしょうね。

286 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 17:18:48 0
チャットのように盛り上がっている所を中断してしまったようだが、

>>278は、人間の行動に動機があればそれは全て利己的なものだという短絡に陥っている。
実はそうではない。

行動の動機について、それが利己的な欲求であるか利他的なものであるか、
あとから分析してみれば判定が付くが、その時は無我夢中であったという事がよくあるだろう。
この間線路に落ちた女性をホームに入って来た列車が飲み込もうとした時、
とっさに助けに入った男性がいた。
あれは、わざわざ余計な事をして怪我をしたり命を落としたりする危険よりも、
赤の他人の女性の命を救う事を優先しての行動だろう。
日本人は割と知らない他人同士でも助け合う民族だと言われている。





287 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 18:34:50 0
ある行動の動機に利己や利他と二極で解釈出来るものでしょうか。
利己と利他の二つを含んだ場合もあれば、そんなものはなかったりするものではないでしょうか。
女性を助けた男性は自分の「欲望(欲求、正義、愛などなど当てはまりそうな言葉なら何でもいいです)」に従って行動しただけではないでしょうか。もしそこで女性を助けなければその男性は何らかの罪悪を感じてその夜はぐっすりと寝られなかったかもしれません。
つまり自らの安眠や満足の為の行動だったかもしれません。
もしその女性が地獄のような人生を歩んでいたならばどうでしょうか。
このように解釈は無限です。
本人にしか分からないかもしれないですし、本人は何も分かってないかもしれません。


288 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 19:01:44 0
人間は皆哲学者(考える人)ですね。
答えや真理と言われる物事よりも、理性や良心を伴った思考や実践が何より大切だと思います。


289 :考える名無しさん:2010/05/20(木) 21:32:30 0
>>287
>ある行動の動機に利己や利他と二極で解釈出来るものでしょうか

いや、行動の動機は利己の一極だ、二極で解釈するなど不可能
だいいち利他って「誰の視点」よw?

290 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 06:13:05 0
例えば、のら犬がどぶにはまっておぼれているのを見て、助けたとする。
これは利己的な行為であろうか。


291 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 07:06:23 0
動機が利他ということは本当にありえないのであろうか。
功利主義哲学などを鵜呑みにしないためにも根本的な哲学が必要であろう。

ためしに、純粋な利他を目指した行動をこれから私は取ってみようと思う。

まず、近所の雀に餌を上げてこよう。

餌をあげなくても別に私が困るわけではない。また、餌をあげたからと言って取り立てて名誉心が満足されるわけではないと思う。


292 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 07:21:39 0
結論から言うと利他的な行動はある。
雀にえさをあげても別にうれしくもなんともないからである。
しかし雀はさもうれしそうに米粒をついばんでいたからである。



293 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 07:42:44 0
馬鹿だなw

雀に餌を上げたいのはおまえ自身であって俺や他の者じゃない
その証拠に俺や他の者はお前のその行為によってなんの満足も不満もない
おまえだけが雀にえさをあげることで

   「私は雀の喜ぶ餌をあげれたという満足」

を得たのよ
おまえ雀の嬉しそうなついばみが見られて良かったな
それはおまえの満足なのよw


294 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 07:53:58 0
>293
それは間違いである。
私は「雀のうれしそうなついばみ」を見るために餌をあげたのではなく、
あくまで「雀の為に」餌をあげたからである。その証拠に雀が餌を食べていても別に私自身悲しくも無いがうれしくは無い。
ただ、雀にとっては食が得られて、雀の利益にはなっているだろう。





295 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 07:58:10 0
>その証拠に俺や他の者はお前のその行為によってなんの満足も不満もない

これも間違いで、私自身気が付かなかったが、雀に餌をやると言う行為を代表してやることで、このスレに書き込んでいた
論者に間接的に貴重なデータの提供と言う利益を与えている事になる。



296 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 08:03:57 0
結論として「純粋に利他的な行為は確かにあるが、その行為を為した人は特に嬉しくも悲しくも無い。」
と言う事に成る。
もし、この後雀が恩返しに訪ねてきたとして、つづらをプレゼントしますとかいって、私が億万長者になったとしても
これは予想せざる結果なので、雀へのサービスが利己的な行為だったとは言えない。
しかし、それを聞きつけた隣のおばあさんが、二匹目の鰌とばかりに雀の財宝を得るために態々雀に恩を売ったとしたら、これは明らかに利己的な行為であろう。




297 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2010/05/21(金) 09:13:17 P
利己的に見えるのは、「利」という論理空間を、「自」と「他」の二つの世界に分けているからだろう。
「他」という論理が、自我の中に内包されているため、究極的に全てが「自」に見えてしまう。
もし、「自」という論理空間を排除することが出来れば、例えば、全てが「自」であり、「他」という物が存在しない世界
であれば、つまりそれゆえ「自」という意味が存在しない世界――世界にただ一人だけ生き残ったとか、その場合、
利「己」は利「他」である。そんな極端なことを考えなくても、「自」のなかの「他」の意思、を考えれば、利「己」は、
自分を思う他人のためにもなり、利「他」にもなる。自分を助けることが、他人の利益にもなるのである。

298 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 13:54:27 0
>>283
>家族や指定の間でも確かにエゴが葛藤する事はあっても、基本は打算なく与える愛で成り立っている。
>そういう、肉体的な愛情と対照的な、魂からの愛を広くアガペーと言うんだろう?

いえいえ。全然違います。
アガペーとそれ以外の愛の違いは、アガペーは、無差別の愛だということです。
「父(神)は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださる。」
それがアガペー。
それと比べれば、特定の人への愛である家族愛は、自己愛の延長であると言えます。
自分の家族と他の全ての他人とを全く同じように愛することができるか・・・
それはほとんど不可能に近いことですね。
アガペー、そしてキリスト教の理想である隣人愛というのは、そういうものなんです。

>例えば、そうした魂からの愛を携える事は哲学にどのような影響を及ぼすか?
>また、自由といって善を排した野卑で利己的な思考では哲学はなりたつのか?
>貴方はどう思う?

自由な思考というのは、とらわれのない思考でしょう。
特に、常識や既成概念にとらわれないように心がけることがだいじですね。

>>284
>欲を抑え、利己主義的な考えを改めよう、世の全体の流れにしなやかになびいて行こうという心がけだ。

そういうふうに、「心がけ」として書くのなら、とくに問題ないと思います。

プラトンのイデアも、現実世界には存在しない「理想型」として存在します。
現実世界にある個々のものは、どれも不完全ながら、イデアを目指し、イデアに近づこうと「心がけ」ている。
そのようにプラトンは考えました。

299 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 16:55:58 0
http://www.miyadai.com/index.php?itemid=905

300 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 17:24:50 0
>>298
日本は無宗教だが、それでも他者への深い共感や同情心はある。
その感情は隣人愛やアガペーと似ているのではないだろうか?

この間、線路に落ちた女性をホームに入って来た列車が飲み込もうとした時、
若い男性がとっさに飛び込んで助けたというニュースがあったが、
彼の動機を探ってみても瞬間的に「助けなきゃ」と思って飛び出したとしか言わない。

彼の行動は自己犠牲的で、アガペーに近い感情からとられていたとは言えないだろうか。

>特に、常識や既成概念にとらわれないように心がけることがだいじですね。

常識や既成概念だけではなく、動物的な欲望や感情、世間体などからも思考は支配されやすい。
それらから完全に自由になり自分を律することが哲学の目的だが、
今何かにとらわれているという気づきをどうやって得るかが難しい。
多くのものを望みすぎないで自問自答する事が鍵となるだろうか。



301 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 17:37:51 0
>>293
もしあなたが徹底的に利己主義的であって、そこに自由を求める時、自由な競争により勝敗が分かれることを予想するだろう。
そして、自分が敗者になったときの保険として、福祉を整えようとするかもしれない。
殺人が起こって自分が狙われないために、倫理に照らした法を整えるかもしれない。
自由を求める時、その完全な形とは案外功利主義や利他主義が唱える社会と似たようなものなのかもしれない。

利己的で悪いという事はないが、そこに賢さが加わるなら、罪を犯したときの報復を恐れて良心的に行動する事が求められるだろう。
そこにもやはり善悪が存在するのだ。善悪の基準や法を守ってこその自由なのだよ。

302 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 23:01:56 0
>>292
>しかし雀はさもうれしそうに米粒をついばんでいたからである

オマイどうして雀が嬉しいと解かったんだ?雀でもないのにw
それっておまえの想像じゃん

「雀はお腹が空いており米粒を欲しがってる筈」というオマイの想像つ〜か
そうあって欲しいという願望のもたらした想像に過ぎないじゃんw
「オマイにそうした願望があった」からこそ雀が嬉しそうについばんでた・・と映ったのよ
でなきゃ雀学者でもないおまえが一雀の嬉しい悲しいの絶対的判定が出来る訳ないじゃんw

ドまぬけにもほどがあるぞタコw

303 :考える名無しさん:2010/05/21(金) 23:09:01 0
>>294
>あくまで「雀の為に」餌をあげた

アホかw

雀「の為に」・・「の為に」と思ったのはオマイ自身じゃんよ
おまえの自己欲求に基づいた(自己欲求解消の為の)行為だってことに気付やw


304 :考える名無しさん:2010/05/22(土) 00:14:13 0
オワタ

305 :考える名無しさん:2010/05/22(土) 00:39:09 0
>>303
君はチュンチュンの気持ちもわからんのか?
誠に残念なことだが、しかしこれから私が話すことを聞けば
その認識は変わらざるを得ないだろう

私は出勤途中、毎日のようにチュンチュンにあいさつしているが
彼らは私のそれに応じ「チュン♪」と鳴く
最近はむしろ、向こうからあいさつしてくることのほうが多いがな
もっとも私の擬声技術が江戸屋子猫のそれなみであるからこそ、そのような非人間との高度なコミュニケートが可能であると言える
もう30年になるが、それもこれまでの特訓の成果があったというものである

このように私はチュンチュンの深い気持ちがわかるのだ
重要なことは、これは決して私がチュンチュンの気持ちになった"つもりになっている"のではないということである
それは跳ね、飛び、歌う
彼らは私のことを"友"と呼ぶ
今年から職場環境が変わり、最近とても辛いのだが
そんな時でも、「辛いだろうけどがんばってね、チュン♪」と私を励ますのだ

306 :考える名無しさん:2010/05/22(土) 00:42:18 0
(^_^;)

307 :考える名無しさん:2010/05/22(土) 06:36:40 0
>オマイどうして雀が嬉しいと解かったんだ?雀でもないのにw
>それっておまえの想像じゃん

ほう。するとどうしてオマイは私には(魚・・じゃなかった)雀の楽しみがわからないと
断言できるんだい?君は私でもないのにw
それっておまえの想像じゃん

308 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2010/05/22(土) 07:27:56 P
>>305
あなたのなさっている言語ゲームはとても心温まる感じを受けて好きです。チュンチュンとかかわいい!

309 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2010/05/22(土) 07:37:55 P
>>302-303
あなたのなさっている言語ゲームは、あまり楽しそうではありません。もっと変化
を求めるべきではないでしょうか。硬直した感じを受けます。なにか深い傷でも
負ってらっしゃるような。こんな事言うわたしは何様なんでしょうね。一哲学徒、
一人間であります。

310 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2010/05/22(土) 08:16:51 P
>>309
しかしこうやって一と限定してしまうのは、わたしの頭の硬いところかも知れません。
自我とは幻想であり、個人とは情報の扱い手という意味であれば、個人の定義も
人様ざまであるからであります。自分の特殊性と、人間の普遍性にたいする深い洞察
があってこそ、より深いゲームを営むことが可能になるのでしょう。自分の理解と
自分の定義は飲みこみ合う蛇のように、二足歩行のように、互いを深め合うのでしょう。
そこに他者が現れれば、一体他者とはどこに現れるのでしょうか。わたしと他者の位置関係は、
どのように決まってくるのでしょうか。

311 :考える名無しさん:2010/05/22(土) 12:34:21 0
>>300
>彼の行動は自己犠牲的で、アガペーに近い感情からとられていたとは言えないだろうか。

「無償の愛」も「無我からの愛」もアガペーも、心の内側の事柄だから、
人の行為を外側から見て、それがアガペーに近いとか近くないとか言うことはできません。

例えば線路に落ちたのが女性ではなく男性だったら助けようとしたか、その人が嫌いなタイプの人だったらどうか、
などなど・・・。それは誰にもわからないでしょう。
だからその行為を外側から見て、それが思い選ばぬ無差別の愛に近いかどうかを言うことはできません。

>常識や既成概念だけではなく、動物的な欲望や感情、世間体などからも思考は支配されやすい。
>それらから完全に自由になり自分を律することが哲学の目的だが、

我欲から完全に自由になることはできません。
だから、「無欲」を説かずに「少欲」を説く仏教の考え方は、その点で首尾一貫しています。

「動物的な欲望」についても、例えば食欲についていえば、人は生きるために他の生き物を殺して食べなければならない。
人間には、そういう絶対的な限界があります。
仏教には不殺生戒という戒律がありますが、そういう戒律は、他の生き物を殺さざるを得ないという人間の限界、
そして人間の罪深さを自覚させる意味をもつとも言われています。

我欲から自由になることが困難である理由について、鈴木大拙は、
我執の始まりが「手の届かぬところにある」からであると書いています。(鈴木大拙『無心ということ』)
http://www.plinst.jp/musouan/suzuki09.html
の、「―無心と心意識との関係ー」の項

「この我執なるものの奥にはわれらの自覚しないところの種々雑多の念が働いている。この念の始まりは無始である。
これを仏教では、無始劫来の無明という。我執の根はこの無明から生えているのである。そうしてこの無明は
なかなか手の届かぬところにある。無始というから手の届かぬところにあるのも不思議ではなかろう。」


312 :考える名無しさん:2010/05/22(土) 16:03:02 0
「助けるべき相手を間違えないでくれ」
これは化物語というライトノベルの中で
人を恨んだ罰を受けようとしている人まで
死を顧みず助けようとした主人公に向かっての場面なんだけど

助けない方がいい相手、見捨てた方がいい人
というのは存在するのでしょうか

313 :考える名無しさん:2010/05/22(土) 17:06:04 0
>>311
>例えば線路に落ちたのが女性ではなく男性だったら助けようとしたか、その人が嫌いなタイプの人だったらどうか、

それはちょっと穿った見方じゃないか?
無意識に突き動かされて救出に飛び出した男性は、反射的に行動に出たんであって、
線路に落ちた人の容貌をのんびりと確かめて品定めする暇なんかなかっただろう。
そもそも今死のうとしている人の容貌を吟味するような人でなしが自己犠牲も厭わない救出をするわけないだろう?
この行動の由来が隣人愛でなくしてなんだろうと思うが。

奇跡のような美しい救出劇を貶すような事を書く人にはアガペーはあり得ないものなのかもしれない。
だけど隣人愛もアガペーも人間に備わっている感情だ。

>我欲から完全に自由になることはできません。
>だから、「無欲」を説かずに「少欲」を説く仏教の考え方は、その点で首尾一貫しています。

完全には自由になれないのかもしれない。欲があるから生命力が沸いてくるのだから。
では哲学をする際のより自由な観点とはなんだろうかと思う。
仏教の小欲を心に留めて思考すればいいという事なのだろうか?



314 :考える名無しさん:2010/05/22(土) 17:27:26 0
>>312

例えば海等で溺れた人を助けようとしたら無我夢中でしがみつかれ、結局自分も溺れてしまうということもありがちだ。
だから、救出するにはリスクが伴う事を確認した上で行動するべきだ。

また他の例として、脱獄囚が自分の家に駆け込んで来てかくまってくれと言って来た場合、
助けると自分も犯罪に巻き込まれてしまうということもある。

なかなか救えない状況というのはあるかもしれないが、
それでも、救出する側に打算が入ってはいけないと言いたい。
それが正義というものではないだろうか?

315 :考える名無しさん:2010/05/22(土) 22:26:31 0
>>307
>どうしてオマイは私には(魚・・じゃなかった)雀の楽しみがわからないと
>断言できるんだい?

そうすると「米粒をあげて別にうれしくもなんともない」と言ったのは真っ赤な嘘だったんだなw
雀の楽しみがわかるおまえとしては漫然と米粒をあげるなど不可能な状態であり
雀の楽しみをわかった上であげたって訳だw

この嘘つき野郎。

316 :考える名無しさん:2010/05/22(土) 22:54:55 0
ヨコヤリですが307はウソつきさんですね。

317 :考える名無しさん:2010/05/23(日) 07:46:23 0
雀が楽しみが解ることと、自分の楽しみがイコールだと言う論理は明らかな嘘や飛躍があるだろうよ。

この嘘つき野郎。



318 :考える名無しさん:2010/05/23(日) 10:55:15 0
>>317
>雀が楽しみが解ることと

「その瞬間の具体的雀の楽しみが何か?」なんて誰も解からないだろw
実際は、交尾したい’と強く願ってメスを捜してた雀に対し米粒投げ
結果として、交尾したいという大きな喜びを失なわせただけかもしれない

もしどの瞬間においても自分は雀さんのその瞬間の楽しみが解かると
言い張るなら、今おまえの近くの「どの場所に居る、どの雀めの、どの行動」が
具体的「どの楽しみ」を抱いているのか書いてみ?
出鱈目な想像カキコはいらないから「実際に雀を見つけてから書けw」



319 :考える名無しさん:2010/05/23(日) 11:00:37 0
>>317
>雀が楽しみが解ることと、自分の楽しみがイコール

ほかにもいっぱいやる事があrしそうなもんだが、それをさておき
雀の楽しみの方を優先実行するってことはだナw
オマイが雀の楽しみを同時に自己の楽しみとしている以外に
その行動を採った説明がつかんのよw

それともオマイ、自分のしたくない事を好んでするのが趣味かw?



320 :考える名無しさん:2010/05/23(日) 15:49:32 0
食べる事は命をつなぐとともに快楽でもあるから、
米粒を見た雀がそれに駆け寄る時、喜んでいるのは間違いない。それは想像ではないだろ。
雀が喜ぶと分かり切っている状況でなんの作為もなく餌をあげようと思う事だってあるだろ。
たとえば、自分が金もな飢えている時に雀に餌をあげるという場合だってある。
利他的行動とはそういうものだ。
自分にも喜びがあって他者にも喜びを分け与えようとするのは功利主義という。


321 :考える名無しさん:2010/05/23(日) 20:19:10 0
>>320
>米粒を見た雀がそれに駆け寄る時、喜んでいるのは間違いない

馬鹿かオマイw

異性にフラれたり会社を首になったり不幸なときもケッコウある訳だが、そんな時でも
オマイのその小さな脳味噌は運ばれて来た食い物に喜んで駆け寄るって訳だw
ま、そんなオマイは人類とは認めがたい、、よって今日から類人猿と呼ばせてもらうw




322 :考える名無しさん:2010/05/24(月) 17:06:29 0
>>321
どういう屁理屈なんだ?
摂食障害にでもならない限り、人間にだって食欲はあるだろ?
人間だって雀だっておいしそうな食事が出されれば目を輝かせる。
例外はあって何か事件があって胸が一杯なときは食べなくても満足な状態なんだろうが、
少なくとも餌に駆け寄る雀は確実に餌がまかれた事に喜んでいるだろ?
雀が喜んでいない証拠でもあるんなら出してみればいい。

貴方はくだらない屁理屈をこねて人格攻撃をしたいだけなんじゃないのか?
食欲が細る場合がある事と利他的行動と何の関係があるか説明してみろよ。

323 :考える名無しさん:2010/05/24(月) 20:34:51 0
>>322
>利他的行動

おまえ頭悪すぎw

いいか、利が「何か」はその置かれた状況で変わる
当事者たる本人以外にそれを知る者はいないのよ
それを事前に特定できるのは占い師と嘘つきだけだw

違うというなら1つでいいから他者の絶対的「利」をあげてごらん?

食物が摂食障害の例を挙げずとも絶対的「利」足りえないのは
米粒イコール必ずしも雀の利足り得ないのはおまえが気がついたとおりだ
結果として嬉しがってるように感じられる事があるとしてもそれは
結果としてそうだったのであって常にそうとは限らないから断定はできない

まさかおまえ結果論”命”のトンデモ野郎じゃないよな?
犬だって歩けば棒に当たるんだぞw

324 :考える名無しさん:2010/05/25(火) 16:42:54 0
>>323
>結果として嬉しがってるように感じられる事があるとしてもそれは
>結果としてそうだったのであって常にそうとは限らないから断定はできない

そういうのを屁理屈って言うんだよ。
まるで雀に餌をあげても殆ど喜ぶ可能性がないとでも言いたげじゃないか。
それで、雀に餌を投げて雀が逃げて行く可能性はどれくらいあると思ってるんだ?w
雀が好む食べ物が何かまで疑い出したら利他的行動自体があり得ないものになるだろ。

雀は米粒を主食にしている。これは一般的事実だ。だから米粒が雀の利。
それを疑うには、疑うにたる理由が必要だが、その理由を挙げてみろよ。
やみくもに何でも疑えば哲学になると思ったら大間違いだぞ?

雀にとって米粒が主食である事実を疑う具体的理由を挙げろ。




325 :考える名無しさん:2010/05/25(火) 21:26:24 0
>>324
>雀に餌を投げて雀が逃げて行く可能性はどれくらいあると思ってるんだ?w

俺んちの庭には
毎日雀が来る、そして雀は俺が餌を投げるたびに
逃げて行ってしまう、、、おまえにそっくりだw
雀にとっては

         身の安全 > 食い物        ・・ってわけだ

単細胞のおまえの脳によれば、雀はいついかなる時も

         えさ > 死


と考えてる、、っつ〜か信じたいようだが、事実誤認もはなはだし〜w

おまえはね、「逃げ癖(負け癖)がついてる」のよ
人間の話を正面から答えきれず雀の話に逃げて
事実より想像の世界に逃げ、事実よりも「おまえの信じたい一般論」
という妄想で議論使用しているw

もうそんな子供騙しはヤメて人間世界の事実に目を向けないか?
では最初の質問に答えるチャンスをもういちどやろう
答えよ、
        
     他人の絶対的「利」を1例でいいからあげてごらん?

それ以外のおまえのタワゴトはもう聞き飽きたw


326 :議論使用している → 議論しようとしている :2010/05/25(火) 21:28:15 0
 

327 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2010/05/26(水) 10:03:08 P
ヨコヤリですまんが、他人を助けるという意識でした行動は、その人に取っての意味でも、
客観的(他者的)意味でも、利他的行動といっていいんじゃないだろうか。
なぜなら、他人を助けるという行動、例えばおばあさんの荷物を持ってあげる、とか
は、まず、他人が困っているという想像をした上で、それを改善しようという意図を
もってしたことだから、原理的にそれは他者の利益を考えてした行動ということになる。
おそらくあなたが問題にしているのは、その後で自分の心の中に残る気持の所在だろう。
他者は去る。自分のその時の気持は、自分がよいことをした、という利己的行動(自分が気持ちいい)
であったんだ、という気持であって、利他的行動をしたということは、雲の彼方に消え去ってしまう。
他者の気持ちを考えているのは一時のことだけだ。その空漠さにあなたは耐えられないか、
問題を見つけてしまうのだろうと思うが。自分と他者はつながっていないと言うことを言いたいんじゃないですか。
わたしはそう考える。

328 :考える名無しさん:2010/05/26(水) 10:52:56 0
>>325
うちではパンやフードをあげると途端に鳥が集まってくるぞ。
貴方のうちで起こる事はなんでも絶対的真理なのか?他所の家の状況はどれくらい見たのか?
餌をやったのに雀が逃げるなんてただの例外だろう。パンや米をやれば鳥は寄ってくる。
野鳥の好むえさのリストだ。えさは大体冬場にしかあげないものだ。
だから貴方がばらまいてるのが餌じゃないか、季節違いか、嘘をついているかだ。
例外をあげつらって人の意見を揶揄するのは普通は幼稚で恥ずかしい事なんだが。

議論する際に好き放題嘘を付ついているのでは、まともに議論が進まない。
また何かひと言いう度に人格攻撃をしていても話の腰がおれる。

他者にとって利益となる私や貴方の行動を利他的行動と言うから、実例はいくらでもある。
別の例を使って話しても同じ展開になるだけだろうから雀の例で十分だ。
前日も聞いた通り、雀にとって米粒が主食である事実を疑う具体的理由を挙げろ。
http://www.yano-el.co.jp/coro/play/tukuru/tori.html
リンク先には、スズメの好むえさとして米粒があげられているからな。

話はこっちの質問に答えてからだ、
こちらの質問にひとつも答えないくせにあれこれと要求ばかりするな。


329 :考える名無しさん:2010/05/26(水) 11:11:13 0
>>328
>他者は去る。自分のその時の気持は、自分がよいことをした、という利己的行動(自分が気持ちいい)
>であったんだ、という気持であって、利他的行動をしたということは、雲の彼方に消え去ってしまう。

困っている他人を助けて、あとで「良いことをした」と感じるのが利己的な感情なのか?
じゃあ、悪い事をしたと罪悪感にかられれば利他的行動の価値を高めるとでもいうのか?
それはないだろう。

自分のした事がいいことか悪い事か判断するのは社会に生きる人間なら普通の感覚だろう。
他人が喜ぶ所を見て、自分も喜んだ時点で利他的行動が帳消しになって利己的行動になる訳でもないし。
名誉があとから付いてくるかどうか気にしないで他人の利益を優先する行動が利他的なんだ。
そういった行動こそが理性的で人間らしい姿だと何度も言っている。

利他的行動にわずかでも利己心を探し出して利己的だと云々するのは行き過ぎというものだ。



330 :考える名無しさん:2010/05/26(水) 12:31:21 0
>>328
>他者にとって利益となる私や貴方の行動を利他的行動と言うから、実例はいくらでもある。

あなたの書き方の悪いところは、「利他」と言い切ってしまうところ。
そこは誰が見てもおかしいだろうと思う。
だって、100%「利他」の行動なんて、ないでしょう?

じゃあその行動にどれぐらい「利他」の要素が含まれているのかと考えてみても、それもわからない。
何%含まれているなんて、測ることはできないからね。

だから、『利他的な要素が含まれていると思われる行動』と言えばよろしいw
そうすれば、これほどの反発はないだろう。


331 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2010/05/26(水) 12:32:13 P
>>329
普通の感覚、とおっしゃったので、普の意味を調べると、日光が広がる様、であり、
普通とは通常という意味だった。つまり、日光のように疑われることなく通用している
ということだろう。これは勉強したことを書いておきたかったので、別に無視してくださって
構わない。すみません。

人間は自分の正しいと思っていることを正しいと思ってし、悪いと思うことは、
悪いと思ってしないか、止む終えずするかである、とぼくも思います。しかし、
自分が正しいと思ってしたことが他人にとって害悪をもたらす結果となった、ということは
しばしばあるでしょう。そのことが通常的に現れるのが、他人の教育、そしてここで問題となるだろう
利害関係の調整でしょう。他人に与えることには責任が伴う。したがって、利他的なことは利己的なことと
関係せざるを得ない。南無阿弥陀仏のアミダとは、釈迦のことであると、鈴木大拙の本に書いてあった
のですが、釈迦は修行の末にいくつかの願をたて、その中で一番重要であるのが、
衆生が悟りを開かねば、自分も最高の悟りを取るまい、と言ったことだとかいてありました。
つまり、他者を救うためにあるのが悟りであって、そうでない悟りなど要らないということだと
思います。ここから敷衍して考えられるのが、自己と他者は密接に絡み合っていて(人間の場合)、
完全に利他的な行動、完全に利己的な行動というものも、存在しないのではないかということです。
その言葉の使用に関して、信念がおありならば何も言いませんが、わたしはそういう風に思う。

332 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2010/05/26(水) 13:14:13 P
他者と自己が結ばれるのは、責任感を通じてではないでしょうか。これは、わたしの言い方で、
それを愛と呼んだり、罪と呼んだりする人もあるでしょうが。責任感は、文字通り感じですので、
人によって、範囲や、形や、内容がさまざまでしょう。ですが、言えることを探してみますと、
責任感の強い人が利他的行動を取りやすく、責任感の弱い人が利他的行動を取りにくい
と言う面があるのではないでしょうか。また、責任感が強くても、勇気が出ない人というのも
存在するでしょう。

333 :考える名無しさん:2010/05/26(水) 13:22:54 0
>>332
「責任感」? 何を言いたいのか、よくわからないなw

利他的行動を取りやすいのは、自己中心的でない人だね。
単純なことだ。
ポイントは自己の在り方にある。
自己中心的であれば、利他的行動を取ったつもりでも、実はそれが自己満足であったりするわけだから。

次に、自己中心性を脱するにはどうするか、ということになる。
これは「修行」の内容になってしまうので、哲学板には相応しくないかもね。


334 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2010/05/26(水) 14:06:37 P
>>333
自己中心的な人になるのは、自己に対する自負が大きいから他者の言うことをあまりきかないか、
理解できないから、という二つのタイプを考えます。たとえ自己中心的な人であっても、
自己の中心を他者の中心に重ね合わせてみれば、そこには共感が生まれ、利他的行動を起こす心性が
生まれるのではないでしょうか。また、社会の中心(世論的な、でしょうか)に自己の中心を合わせてみれば、
リーダーシップを発揮する人も多いのではないでしょうか。
またそういう人は、自己中心的にものを考えない人、社会の中心から外れてしまった人、
などの心が、関心が、どこにあるかを考えるのが苦手でしょうね。

335 :考える名無しさん:2010/05/26(水) 14:48:32 0
>>334
>たとえ自己中心的な人であっても、
>自己の中心を他者の中心に重ね合わせてみれば、そこには共感が生まれ、利他的行動を起こす心性が
>生まれるのではないでしょうか。また、社会の中心(世論的な、でしょうか)に自己の中心を合わせてみれば、
>リーダーシップを発揮する人も多いのではないでしょうか。

うーん・・・
それができる人を、「自己中心的な人」とは言わないでしょうね。普通はw



336 :考える名無しさん:2010/05/27(木) 14:49:56 0
>>330
>だって、100%「利他」の行動なんて、ないでしょう?

なんで0か100かで物事を判断しようとするんだ?極端だろう。
0か100かの極論で話を進めようとする2ちゃんねらーが多いが。

>>329でも言った通り、
利他的行動にわずかでも利己心を探し出して利己的だと云々するのは理論の行き過ぎというものだ。
仕事で疲れて電車で座りたいけどちょうど乗り合わせた妊婦に席を譲って、喜ぶ顔をみて満足したとして、それは利他的行動と言えるだろう?
譲った時点で利他的だ、譲った本人があとでなにを思おうと利他的じゃないか。
そうではなく、妊婦の喜ぶ顔を見て満足せず罪悪感でも感じれば利他100%になるとでもいうのか?
それ以外は全部利己的行動だとでもいうのか?その発想がさもしいじゃないか。
常識で考えて「人間の行動の全てが利己的行動だ」という方がおかしいだろう。

一個体で生活のすべてをまかないきれない人間は、集団で暮らす事を覚え、その中で利他的行動を獲得したんだ。
集団の中で協力関係を作る事で、自身の弱点を補い得意分野での能力を生かせるように進化して来た。
利他的行動は前頭葉が発達した人類に当たっては必須の行動なんだよ。

337 :考える名無しさん:2010/05/27(木) 15:19:22 0
座ると電車の揺れで気持ちの悪くなる妊婦や
運動のために少しでも立っていようと心掛ける老人に対し
席に座るよう促す行為は強要に近く押し付けがましいといえる


338 :考える名無しさん:2010/05/27(木) 15:22:06 0
悪意が無いからというのは押し付ける側の言い訳に過ぎず
相手の為だというなら相手の望みを先に把握してからにするんだな
譲ったから利他というのはあまりにも短絡、自己中心というほかない

339 :考える名無しさん:2010/05/27(木) 21:00:13 0
親切、思いやり、良かれと思ってしたこと、、
それって「おまえ」が勝手に良かれと思い込んだいわば自己都合なのよ
利他という名の「自己都合の押し付け」には辟易させられる

とんでもない親切の押し売りをしてしまったのに、「私は(相手の利を)知らなかった」
で済ませようとする自己本位な姿勢、、誰の為の親切だったかはもう明らかだろw

340 :考える名無しさん:2010/05/27(木) 21:44:29 0
いえてる。

341 :考える名無しさん:2010/05/27(木) 22:26:16 0
しょせん利己のための利他なんだよね。

342 :考える名無しさん:2010/05/28(金) 17:02:59 0
>>337>>338
相手の身体体調をおもんぱかってとった行動なのだから、
席を譲るのが自己中心的行動だというのは言い過ぎだろう。利他的行動だ。
席を譲られて座りたくなければ親切に感謝しつつ辞退すればいいだけだ。

>>339
他人の親切心を愚弄するほどこころが貧しい人間にはまず道徳や宗教が必要だ。
親切心を被害的に受け取るぐらいだから、被害妄想もあるのかもしれない。
被害妄想が深刻になると精神病になる。
そうなるとカウンセリングが必要だ。

343 :考える名無しさん:2010/05/28(金) 17:04:58 0
人間の行動が100%利己的だというのは誰の影響なんだ?
利己的行動というものがあるんだから、その反対の利他的行動も当然ある。

利他的行動をする事によって他人が幸せになり、それによって周囲の人間までもを幸せにしようと、
そういう純粋な思いでなされた行動は、結果がどうあれ客観的に利他的行動だと言える。

相手の利益になるように行動してもし相手が満足しない場合でも、その行為自体は自己満足ではなく利他的行動だ。
相手が満足した時に自分も喜び、満足しなかったときは行いを恥じるのが利他的な人間だ。
他者に必要とされる瞬間ほど人間を幸福にするものはない。だからどんどん利他的に振る舞うべきだ。

利己的になりむやみと奪い合ってもエネルギーは無駄に消費され共倒れになるだけだが、
利他的行動により共生、協調する事でより幸せは倍加し豊かになれる。
もちろん競争が必要な場面もあるが、基本は共生である。

344 :考える名無しさん:2010/05/30(日) 18:30:44 0
席を譲る行為がエゴイズムから来てるとかいうのは人間不信か何かだろう。
人間不信に陥ると、自己愛と外的な抑圧の板挟みになり、苦痛を強いられる。

席を譲った結果がどうあろうが、自分以外の人の利益を目指した行動は純粋に利他的だ。

利他的であるとは偽善なのか?そうではない。
人を愛する気持ちが少しでもある人は、利他性がある。
だから殆どの人は利他性があるといっていい。



345 :考える名無しさん:2010/05/30(日) 21:11:30 0
>339
良かれと思ってしたことと実際に相手の利が一致する事もあるだろうし
相手の利をはかってやるときに良かれと思ってはならないと言う法も別にない。
ゆえに君の理論は破綻している。





346 :考える名無しさん:2010/05/30(日) 21:18:05 0
第1不完全性定理

自然数論を含む帰納的に記述できる公理系が、ω無矛盾であれば、証明も反証もできない命題が存在する。

第2不完全性定理

自然数論を含む帰納的に記述できる公理系が、無矛盾であれば、自身の無矛盾性を証明できない。


上記はゲーデルの不完全性定理であるが、まさにゲーデルの証明した通り、例えば「利他行動はない」と言う理論では証明できないような
言明がなされるし、「利他行動はある」と言う理論を正当化することが出来ないような言明が提出される訳である。
この議論の泥沼そのものが、ゲーデルの正しさを証明している。
ある理論を絶対に正しいと言い張る論者は、ゲーデルの不完全性定理を反駁してから言えと言う話である。



347 :考える名無しさん:2010/05/31(月) 17:30:15 0
>>346
不完全性定理はよく知らないが。
例えば利他的行動、利己的行動の例でいくと、
賢い利己主義であろうとするなら、徹底的に利他的な行動にでるべきだ、
なぜなら社会からの恩恵を最大限に受けるには利他的行動が必要だからだ。
利己的行動は利他的行動を内包する。

・・・というような論理になるようだ。

生き残りたい、豊かになりたいと願うとき、他者を排除すると報復され、尊重するといたわられる。
だから、利己的であるならば、まず他者の尊厳を第一に考えるべきある。
道徳を遵守すればするほど、利己主義者はいい思いをすることになる。
利己的な目的があろうとなかろうと、福祉や道徳に照らした行動は全て利他的だ。

その一方で、戦争はなぜあるのだろうか?



348 :考える名無しさん:2010/06/01(火) 09:37:07 0
ゲーデルの不完全性定理のエッセンスは絶対に正しい意見など存在しないと言うものである。
つまり「利他的行動などない」と言う意見の反論を見据える事でむしろ真実に近づくと言う事であろう。
これはヘーゲルの弁証法と言う発想と近縁関係があるのではないかと思われる。
ある意見の反論の反論の反論の反論・・・がなされることによって、次第に真実と言うものが見えてくるということである。
絶対に正しい意見はないのであるから、永遠の反論が続く訳で、この反論の運動を弁証法と言うわけである。






349 :考える名無しさん:2010/06/01(火) 09:39:54 0
もっとも、利他だ利己だと言う自分の意見へのこだわりと言うのは
弁証法的な議論ではないわけだ。
これは全く不毛の議論で、利他だ、利己だと言いながらお互いの理論が破綻した地平が
高いレベルの真実の世界なのだ。
黒でもなく白でもなく灰色の世界である。


350 ::2010/06/01(火) 10:36:40 0
ゲーデルさんにとっては「正しい意見など存在しない」というのが絶対なんですよ
対になる主張もヒト同士の対話なら出るわけなので、
誰かさんにとっては「正しい意見は存在する」という主張も無視できんのですよ。
対になる主張というのは、直近で出た利己利他論と同じなのでイメージしやすいですかね。

大事なのは「その人にとって」絶対の主張があるということですよ。
そしてそれら全ての主張をひっくるめて「真理」というわけですよ。
これによりあらゆる二元的な論争が消滅するわけですな。
利己利他論は、どっちも「その人にとっては正しい」んですな。

なぜ対になる主張が出るかも大事なので考えてみてくださいね。

351 :考える名無しさん:2010/06/01(火) 11:05:34 0
ではそのような事を踏まえて、次の議論に移ろう。

どのようにしたら戦争は無くなるであろうか。


352 :考える名無しさん:2010/06/01(火) 11:29:18 0
一昨日の産経新聞に岡本という元外交官(外交評論家?)がこんな意見を述べていた。

論旨を述べると、現代の日本は共産主義的思想に毒されている。
経済成長を達成するためには民間活力を刺激する事が重要で、その為には、格差社会を認めるべきである。
すなわち、高額所得者を税制などあらゆる面で優遇しなくてはならない。
格差こそが競争を生み、成長を達成するものであるというものである。

ところで、産経新聞が悪魔の思想家の如く言うカールマルクス氏はどのように考えていたのであろうか
カールマルクスはある意味で卓越した政治学者でもあった。
すなわち、戦争の原因は「格差」にあるというのである。
これはアリストテレスなども同様の分析をしている。
(彼は「いかなる場合でも人は平等を求めて内乱を起こす」と言う言葉を残している)
すなわち、国家間、或いは国会内の階級間の「格差」こそが戦争の根本的な原因であると言うのである。
そのように考えれば確かに第二次世界大戦はアングロサクソン世界支配への反逆と言う一面があった。
(近年のタイでの内乱も都市層と農村層の経済格差が原因となった階級闘争という側面があった。)
すなわち行き過ぎた格差こそが政治的不安を呼び、現象としての軍事的衝突の大きな原因であると言える。
特に前述のような外交官と言う大きな枠組みで物事を見るべき職についているものが単なる企業利益の代弁者のような考えを持っているのは問題であろうと思われる。






353 :考える名無しさん:2010/06/01(火) 11:51:17 0
×国会内
○国家内


354 :考える名無しさん:2010/06/01(火) 14:20:32 0
ヨーロッパは、
アリストテレスの言うことを真に受けてヨーロッパ中世を作り出し、
マルクスの言うことを真に受けて共産主義国家を作り出したとも言えるがな

355 :考える名無しさん:2010/06/01(火) 16:18:20 0
インターネット社会を全て叩き潰したいんだけど
どうすればいいですか?

356 :考える名無しさん:2010/06/01(火) 18:00:17 0
正しい意見など絶対に存在しないという意見も絶対に正しくはないから、
一つの意見がどの程度正しいのか、どのへんに矛盾を抱えているか、という見方をするのが適当だろう。
利他的行動が存在する、またはしない主張にはどの程度の真理が含まれているか。
そういう視点で対話になるならその対話は建設的なものになるだろう。

357 :考える名無しさん:2010/06/01(火) 18:22:34 0
>>351
力と力が完全にかみあって均衡を保つ状態というのは本来なら不自然な状態で、
隣接した場合必ず不均衡から衝突を起こし争いが生まれるというのが一般的な戦争の原理だ。
力の不均衡をなくすためには抑止力を配備するか、イデオロギーや宗教間での対話が必要だ。

>>355
インターネットをなくしたい理由とは?

358 :考える名無しさん:2010/06/02(水) 17:56:39 0
>>352
>すなわち、国家間、或いは国会内の階級間の「格差」こそが戦争の根本的な原因であると言うのである。

世界中の戦争を一国で担っているアメリカの軍隊はどうなっているのか。
アメリカ兵になると、大学の学費を無料にしてもらえたり、生活資金を支援するなどの保障をしてもらえる。
だから貧困層がぞくぞくと志願するようだ。富裕層は絶対に志願兵にならない。
アメリカ社会がスウェーデン並みに格差のない社会だったら、保障をエサにしてアメリカ兵は募れない。
格差が戦争を生んでいるというのは一理あるかもしれない。

一般的な戦争の原因というのは不明なままだが、
昔はイデオロギーの違いが戦争を生んでいたのに対し、今はビジネスで乾いた戦争をするようになった。

359 :考える名無しさん:2010/06/03(木) 14:47:44 0
ベトナム戦争から帰還した米軍兵士の大半は、殺戮という極限状態の中で精神を病み廃人になってしまったのだそうだ。
その事態を反省した米軍では、数十年かけてマシンで兵士の心を制御する試みを研究して来た。
頭蓋に埋め込んだチップに電波を送ると、今戦場にいる兵士の感情、つまり焦りや恐怖心をコントロールして消してしまうのだ。
兵士の身体を鍛えるために増強剤も大量に使う。徹底して愛国心を植え付ける。
こうしてハイテク兵士が増産されていく。

ゲームのメタルギアソリッド4の世界観は戦争の未来像を的確に表しているのかもしれない。
http://www.konami.jp/mgs4/jp/top.html
ナノマシンで遺伝子操作されID登録された兵士たちの無表情な終わりのない戦い。
そこに希望はあるのだろうか。

360 :考える名無しさん:2010/06/06(日) 21:35:29 0
>>342
>相手の身体体調をおもんぱかってとった行動

アホかw

「相手をおもんぱかって」結婚に反対をする・・とか
「相手をおもんぱかって」離婚に反対をする・・とか
「相手をおもんぱかって」将来の進路に反対をする・・とか
「相手をおもんぱかって」退職に反対する・・とか

結局、「相手をおもんぱかって」じゃなく
「自分の考えをおもんぱかって」の行動、言動だってことに気付けやタコw

361 :考える名無しさん:2010/06/06(日) 21:41:04 0
>>344
>自分以外の人の利益を目指した行動は純粋に利他的だ

おまえ、2ちゃんに出入りするのヤメて職探しにいそしめ!それおまえのためだ」

さぁ俺は「おまえの利益をおもんぱかった」わけだが利他的だよな? だろ?

362 :考える名無しさん:2010/06/06(日) 21:44:06 0
>>345
>良かれと思ってしたことと実際に相手の利が一致する事もあるだろうし

つまりおまえの言い分は
良かれと思ってしたことが「相手の利と一致しない」事もある・・てことな訳だが
その意見に意見に賛成だ(大笑)

363 :考える名無しさん:2010/06/06(日) 21:48:21 0
返事はしなくていいから職探しにいそしむんだなタコw
ぜってぇ〜返事すんな
そのヒマに履歴書、書く方がずっと生産的だ・・利他的の人よりの意見だぞw

364 :考える名無しさん:2010/06/07(月) 02:49:40 O
>>362
相手の利と一致することもあるよね
それでいいならいいじゃん
なんでそんな当たり前の事引っ張るのかね
早く職探ししろよ


365 :ニート:2010/06/07(月) 03:29:26 O
真理は直観で得るのだよ。

対話しか出来ない猿に真理が掴める訳ないだろうに。

366 :考える名無しさん:2010/06/07(月) 07:44:40 0
>>362>>363
2ちゃんねるに書く事が無職の証明になるという空想話にのっからないと話がはじまらないとはややこしいな。
じゃあまず2ちゃんねるに書くという事が無職の証明になる事を説明してみてくれないか、無職君。
また働かずに利益を得る事も十分可能な社会にわれわれは住んでいるとは思わないか?
2ちゃんねるに書き込む事は無償の奉仕だと思うだろう?そしてそれが対話になれば利益を共有できる。
私達は利他的な人間だよ。

367 :考える名無しさん:2010/06/07(月) 07:47:41 0
レスアンカーを間違えた
>>366>>361宛だ。ラブレターに近い書き込みだね。

368 :考える名無しさん:2010/06/07(月) 08:27:50 0
>>365
>真理は直観で得るのだよ。
猿のように直感する前に積み重ねた経験もあるだろう。
無意識にとった行動もあれば論理を欲求してとった行動もあるはずだ。
それらの総合が真理を生み出すのではないか?

論理のロゴスと直感のパトス、どっちもあるよ。
という真理を論理的な対話によって今君が得たんだね。乙。


369 :考える名無しさん:2010/06/07(月) 09:09:43 0
>>360
ただでさえこの過疎板で、スルーされるリスクを背負いつつ煽りのテクニック披露という芸をしてみせたということは、
非常に犠牲を伴う行為で尊い。利他的だ。
私の意見を食い物にしイジリ倒してストレス解消したいうことになれば利己的だ。どっちもある。
この意見が正しいのかどうかは>>350の通りだ。

370 :考える名無しさん:2010/06/07(月) 09:44:09 0
>>349
自分の意見へのこだわりが感情的にぶつかりあってむしりあいの戦争になれば、
その後条約が交わされるだろう。
勝った方黒のルールを負けた方白に押し付ける。これで完了だ。これは不毛か。
アメリカに侵略された日本の黒いルールに染まった世界から今何が紡ぎ出されるのか。
灰色の世界になるにはどのような方法がとられるべきなのか。


371 :考える名無しさん:2010/06/07(月) 10:48:19 0
>>348
男性は反論を好み、女性は共感を好む。
反論によってしか真理を得られないとしたら弁証法はいかにも男性的で、女性にとってはとっつきにくい。
男性的な言説つまり反論ばかりの水掛け論だが、そんなものにどっぷり浸からずに真理に至るにはどうしたら?
そもそも客観的真理とは、知る事のできないものとも言う。どんなものなのか。





372 :考える名無しさん:2010/06/07(月) 11:42:44 0
全てを仮説に戻しての検証が必要なのか?
利他的行動が正しい確率を予想すると、対になる仮説も合わせ見ると50%になるな。
中途半端に賭けるなら答えるのを止めたい。それが正しい選択だ。
私がもし神なら賭けてもいい。しかしそんな不遜な考えも持ちたくない。
そんな所だろうな。
相対主義だ。



373 :考える名無しさん:2010/06/07(月) 11:45:30 0
正しい意見など絶対に存在しないという意見も絶対に正しくはないから、
一つの意見がどの程度正しいのか、どのへんに矛盾を抱えているか、という見方をするのが適当だろう。
利他的行動が存在する、またはしない主張にはどの程度の真理が含まれているか。
そういう視点で対話になるならその対話は建設的なものになるだろう。

↑答え相対主義。

374 :考える名無しさん:2010/06/07(月) 11:49:46 0
>>364
話を仕切りたい人はコテ付けてください。
たのんますよ。

375 :考える名無しさん:2010/06/07(月) 12:25:42 0
>>335
「自己中心的で利他的な人」という矛盾にもし可能性が残されているとしたら?

目の前で起こっているいじめや過労死を黙認する人などの心の葛藤をイメージしてみよう。

命は大切だけど瀕死の人を助けるのは骨が折れる。

わりとよくある葛藤だ。


376 :考える名無しさん:2010/06/07(月) 17:03:51 0
ん?なんかここ人来てるのか?


377 :考える名無しさん:2010/06/07(月) 18:23:20 0

神は実際に感じる事は出来ないけど、『神のようなもの』は感じる事が出来る。素晴らしい音楽や風景を見たり聴いたりした時に感じられる。

民主主義社会の結論は、それ以外にない。

だが、民主主義以外の社会には、別の結論がある。

それを求めるようになるには、民主主義社会の成熟が必要だろう。

私はそれを待っているだけの存在だ。

378 :考える名無しさん:2010/06/07(月) 20:44:48 0
死ぬまで待ってろ

379 :考える名無しさん:2010/06/07(月) 22:59:49 0
絶対に正しいとは限らないというのは、絶対に正しい意見が根底になければそうは言えませんが…
ネットで学んだ知識をそのまんま書き写しすぎかと…アホか…

380 :考える名無しさん:2010/06/07(月) 23:13:13 0
しかもこれ

「正しい意見など絶対に存在しないという意見も絶対に正しくはない」
ということは、「正しい意見など絶対に存在しない」という事実を認めたことになるよ?

381 :考える名無しさん:2010/06/07(月) 23:17:27 0
その論の言葉じりの矛盾を付いただけ、その論自体の事実性を否定したことにはならない
よって「正しい意見など絶対に存在しない」という事実は破綻しない

382 :考える名無しさん:2010/06/07(月) 23:18:50 0
訂正
×事実
○論

383 :考える名無しさん:2010/06/07(月) 23:20:21 0
ついただけ「で」

384 :ニート:2010/06/08(火) 00:17:55 O
いや〜男や女言うのは浅薄だよ。真理に到るにはそんな通念取り払えないと駄目だと思うな私は。

385 :無職者自殺推進協議会:2010/06/08(火) 00:48:19 0
わたしは完全なる利他的で国家的視点における配慮(ゾルゲ)から
自殺したいという願望のある就業見込みのない無職者が
その観念を行動に移してくれるように願う。

386 :ニート:2010/06/08(火) 00:55:10 O
国家が悪である事を人間は見抜くべきだと思う。


そのためには自身の利益に囚われて居てはいけない。

387 :哲学王:2010/06/08(火) 13:32:04 O
次の議題は「この世界は実在するか」だ。
ではスタート

388 :考える名無しさん:2010/06/08(火) 14:13:23 O
>>380
そもそもゲーデルは不完全性定理で「絶対の正しさなど絶対にない」というような「自己言的パラドックス」からいかなる言説も逃れられないということを証明したのであり
「不完全性定理も不完全だ!」という批判はかえって不完全性定理の正しさを証明したようなものじゃないか?


389 :考える名無しさん:2010/06/08(火) 18:28:29 0
ゲーデルじゃなくてへーゲルじゃないの?はぁ…

自己言的逆説はあくまで自己言的表面上で矛盾するだけであって、その理論自体に矛盾が生じたことにはならない
逆説がある言葉じりにも必ず弁明の余地がある
例 失敗は成功のもと

つかそもそも弁証法は、自己言及によるパラドックスを提唱したものではないんだけど…
どうせネットで得た知識なんだろうけどおもいっきり君なにか勘違いしてるよ…はぁ…

390 :考える名無しさん:2010/06/08(火) 18:39:26 0
世界の存在は結局我々人間の脳内に反映されたものでしかないから故に、この世が実在する真偽が明白ではない

人の脳を主体にするならば、認識上この世界は視覚を通して存在する
だがこれは個々によって認識に誤差があるために、個々に限定される
よって世界とは個々の認識上存在するものであって、個々によって様々な「世界」が存在する

391 :考える名無しさん:2010/06/08(火) 18:49:26 0
結論
ある一つの世界Aが存在する
という世界を一つに限定することは不可能である

392 :考える名無しさん:2010/06/08(火) 19:23:14 O
>つかそもそも弁証法は、自己言及によるパラドックスを提唱したものではないんだけど…
どうせネットで得た知識なんだろうけどおもいっきり君なにか勘違いしてるよ…はぁ…


オイオイ、ゲーデルとヘーゲルの区別も付かない奴が偉そうに言うな恥ずかしい。
>そもそも‥
そもそも弁証法の話ではない。
>ネットで得た〜
「自己言及」乙。


393 :考える名無しさん:2010/06/08(火) 19:57:55 0
いや、こっちとしては弁証法の否定の否定を話してるつもりなんだけど、そこで自己言及によるパラドックスは見当外れかと…
ヘーゲルの弁証法的に否定したのに何でまた話戻ってゲーデルの話に戻っちゃうの?
ゲーデルは知らなかったけど、こっちはヘーゲルの弁証法を言ってるのかと思ったよ
上辺っつらの知識とはこのことだね…
ただ「不完全性定理」って言いたかっただけなの…

弁証法の話してるのにゲーデル出てくるなんて見当違いもいいとこだよ
人がかきごおりのシロップの話してんのに、かきごおりの氷の話する奴があるかよきめぇwww

394 :考える名無しさん:2010/06/08(火) 20:02:34 0
その不完全性定理とやらそのまんまを弁証法的に否定してんのに、
一度否定されたゲーデル範疇で弁明する意味がわからねぇwwwwwwうぇwwwwww

395 :考える名無しさん:2010/06/08(火) 20:07:23 0
B弁証法的なパラドックス
A自己言及によるパラドックス

この二つの種類分けはわかった
でもこっちはAをBで否定してんのに、またBでAに反論する意味がわかりません

396 :考える名無しさん:2010/06/08(火) 20:16:54 0
絶対にそうとは限らないとも限らない
という逆説自体を
「絶対にそうとは限らないということを認めたことになる」と、弁証法的に矛盾を導き出したにも関わらず、それをまたAの範疇内で、反論する意味がわからない
逆説否定自体を否定されたそばから、また逆説を重ねるなんてお前さんはアホですかい?

397 :考える名無しさん:2010/06/08(火) 21:16:26 0
盛り上がってるな

398 :考える名無しさん:2010/06/08(火) 22:44:31 O
いいことだ。
ソクラテスなどもこんな自由な雰囲気で恋愛とは何か、国家とは、正義とは、善とは何かなど
様々なことを語り合ったのであろう。


399 :考える名無しさん:2010/06/08(火) 22:49:59 O
ソクラテスやプラトン、アリストテレスなどが活躍した頃は哲学にも様々なテーマがあった。
存在とは何か
世界の始まりは?
人類は何から生じた
地球の大きさはどの位かなど興味をそそるテーマが沢山あった
しかし今では明確な解答が与えられたテーマも多い。
現代に置いて哲学には何がわかって何が今だ取り組むべき問題として残されているのか
この点を明確にしておきたいものである


400 :考える名無しさん:2010/06/08(火) 22:58:31 O
ソクラテスは実は自分としか語ってないんだぜ?

401 :考える名無しさん:2010/06/08(火) 23:03:24 0
じゃあさぁこれマジで明確にしたいんだけどさぁ
何のために仕事する?
一応年齢明かしてお答いただきたいです
その方がより説得力持てますんで
ちなみに私は今17歳のニーターですが、哲学的に思考することが好きです
自由奔放な哲学を目指して考察することを心構えとしております

402 :考える名無しさん:2010/06/08(火) 23:05:12 0
哲学とは自分語りをするものでしょう
そういった心意気があるからこそ、哲学することができます

403 :考える名無しさん:2010/06/08(火) 23:06:30 0
自分を見つめることができなければ、世界を見つめることはできません

404 :ニート:2010/06/08(火) 23:09:12 O
違うよ自分じゃなくて魂ですよ。

405 :考える名無しさん:2010/06/08(火) 23:15:09 0
なるほど…
自分という存在を超越することで真理を導くことができるということですね?
それが哲学の原点であり、真理である
哲学とは実に奥深い学問です

406 :ニート:2010/06/08(火) 23:19:47 O
いや違う。哲学とは書き様です。

407 :考える名無しさん:2010/06/08(火) 23:21:46 0
何故そう言えるのですか?

408 :ニート:2010/06/08(火) 23:23:04 O
何故は賢しらです。

409 :考える名無しさん:2010/06/08(火) 23:24:18 0
存在を本質とする学問が、何故あたかも妄想小説と言わんばかりの書き様と言えるのでしょうか?
私にはそう捉えられて仕方がありません

410 :考える名無しさん:2010/06/08(火) 23:25:52 0
>>408
私にはそこまでのものを悟る能力はありません
是非説明していただきたい

411 :考える名無しさん:2010/06/08(火) 23:36:23 0
リアルに突っ込ませていただきます
賢しら
と仰る貴方が何故此処にいるのですか?
此処は哲学を語る場であります
語ることのなにが愚かなのですか?


412 :考える名無しさん:2010/06/09(水) 00:03:09 0
馬鹿だなオマイラw

哲学は利益の追求よ
返って来るものが大きければ意味を増すし
そうでなければ廃れる

現在の哲学の廃れは
真理だの見つめるだのおよそ利に縁遠く
核心を離れて周辺をうろつく空論、タワゴトに終始してるところにある

終わってるというより始まってないのよ哲学はw

413 :考える名無しさん:2010/06/09(水) 00:07:14 0
たしかに。。。

414 :考える名無しさん:2010/06/09(水) 00:15:58 0
また「ソクラテスは真理の追究と言う利益追求をしているのだ」「いや利益を度外視しなくては真理は見えてこない」の第二ラウンドが始まった・・・。






415 :考える名無しさん:2010/06/09(水) 01:21:50 i
>>412

氏の哲学に対する理解に、情けなく感じます。イキロw

416 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2010/06/09(水) 07:17:03 0
>>412
利益といっても、色々な種類のものがあるだろう。中にはお互いを否定し合うような利益もあるだろう。
全てを見据えた上で、最上の幸福を求めるのがあなたの哲学か。なんとなく権力への思考が見えるような気がして
あまりいい感じがしないのだが。謙虚さも徳であるが、全ての真理に通じるというのは、哲学という学問の目指すところでは
あっても、個人の思想としては、危険きわまりない。危険と言うことに関しても通じているのが哲学者であるべきでは
ないかと思うのだが。責任を負うことは思索の基本的端緒であるように思うが。無責任な思考は、どこにも行けはしない
というのは、自分で切り開いていくことが哲学には必要だからだ。他人のおこぼれをもらって、高みに立っても、
それは空しい。

417 :考える名無しさん:2010/06/09(水) 08:19:20 0
まぁ、最近ニーチェでもかじった中二病だろう。


418 :考える名無しさん:2010/06/09(水) 16:31:48 0
>>396
「絶対にAとは限らない」
という文は絶対にAであるときも、そうでないときもあるという主張でありこれは全ての場合を含む
「絶対にそうとは限らないとも限らない」
という文は全ての場合を含む否定できない主張に対して
「そうとも限らない」と主張する文であるため、この文は誤りである
よってこの2文は相容れない

またゲーデルの第2不完全性定理は全く正しいが
自己言及のパラドックスは存在しないただの虚構である

419 :考える名無しさん:2010/06/09(水) 16:34:01 0
「クレタ人は嘘つきである」………(*)がいかなる意味においてもパラドックスでないことを証明する

T)「全てのクレタ人は嘘をつくことがあるが必ず嘘をつくわけではない」と同値な場合
(この解釈は有名なパラドックスの回避方法であるが、)

発言者が真実を述べることも真実でないことをのべることもあることに注意して、
発言者が真実を述べたとき
(*)は矛盾しない

発言者が真実でないことを述べたとき、
(*)は「クレタ人はいかなる時も嘘をつかない」と同値であるが、これは矛盾

よってT)のとき、発言は真実

U)「全てのクレタ人はいかなる時も嘘をつく」と同値な場合
(この場合もパラドックスでないというのがオリジナルである)

発言者が真実を述べたとき、前提に矛盾する

発言者が真実でないことを述べたとき
つまり「あるクレタ人は真実を言うことがある」とき
(この同値な言い換えが最重要ポイント!
なぜかこれを理解できない人がいる)

なんら真実でない発言をしたことにに矛盾しない

よってU)のとき、発言は真実でない

以上より、
「全てのクレタ人は嘘をつくことがあるが必ず嘘をつくわけではない」と同値な場合、発言は真実
「全てのクレタ人はいかなる時も嘘をつく」と同値な場合、発言は真実でない

420 :考える名無しさん:2010/06/09(水) 16:40:58 0
あー第一文は
「クレタ人は嘘つきである」とクレタ人は言った………(*)ね

421 :考える名無しさん:2010/06/09(水) 19:54:29 0
>>418
「絶対にそうとは限らない」
の「そうとは」とは、「そうあるべきとは限らない」と同義し、対象を限定しない一文ではない
従って、
「絶対にそう(あるべき)とは限らないともそう(あるべき)とは限らない」
は、「絶対にAとは限らないとも限らない」
に同義するものであり、何等不条理ではない

422 :考える名無しさん:2010/06/09(水) 20:00:55 0
新設!哲学コミュニティ!!

http://www.geocities.jp/sl_hitosikiri/Chihiro/top.html

423 :考える名無しさん:2010/06/09(水) 20:03:46 0
Aという論に対して、そうあるべきとは限らないとも限らないと、B、C、D、の、要素を考えられる余地があるということを指すのであって、「絶対にAとは限らない」もまた、B、C、D、の要素を考えられる余地がある一文である

424 :考える名無しさん:2010/06/09(水) 20:18:46 0
>>414-417

>哲学

哲学の目的を言ってごらん?
そうすれば哲学が手段に過ぎないことが判るから

あくまで真理の追究が哲学の目的だというなら
では「何の為に」真理を追究しようとしてるのか答えてみ?
いまさらだが人の行為に動機の無いものなど無いんだぞ

単なる道具を美化し高みに押し上げることで
(哲学に関わってるつもりの)オマイラの価値まで上がるわけじゃないんだぞ田吾作w



425 :考える名無しさん:2010/06/09(水) 20:33:03 0
>>424
自分で言えよアホ

426 :考える名無しさん:2010/06/09(水) 20:44:56 0
>>425
とっくに言ったろ哲学の目的は利だって
もう忘れちまったのか認知症野郎w


427 :考える名無しさん:2010/06/09(水) 20:48:17 0
無意識に行為することも理由付けにできるが…

428 :考える名無しさん:2010/06/09(水) 20:48:49 0
>>426
じゃあ聞くな

429 :考える名無しさん:2010/06/09(水) 20:51:29 0
>>428
やっと認めたか哲学の目的は利だって
判ればよろしい判ればw

430 :考える名無しさん:2010/06/09(水) 20:52:34 0
人間という動物は何かを考えることができるから人間というのであって、その本質に哲学が象徴的である
だから哲学とは人間ならではのあるべき姿を語るものであって、利を求めることが本質ではない

431 :考える名無しさん:2010/06/09(水) 20:54:19 0
>>429
お前は単純すぎるんだよ
お勉強でもやってろ

432 :考える名無しさん:2010/06/09(水) 20:57:34 0
哲学が商売儲けのためにあるわけないだろう…
馬鹿かこいつ…

433 :考える名無しさん:2010/06/09(水) 21:00:24 0
あくまで利とは二次的な結果に過ぎず、
人はその二次的なもののために物事を哲学するわけではない

434 :考える名無しさん:2010/06/09(水) 21:17:12 0
>>432
すげえ奇抜だよな

435 :考える名無しさん:2010/06/09(水) 23:05:58 0
>単なる道具を美化し高みに押し上げることで
>(哲学に関わってるつもりの)オマイラの価値まで上がるわけじゃないんだぞ田吾作w

前にも書いたけど、この「田吾作」って決め台詞はかつて宮台真司が使ったものなんだよね。
相手に一方的なレッテルを貼って、それをひたすら攻撃すると言うのも彼の常習的な方法。
これははっきり言って悪いディベートの代表例である。



436 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 00:58:34 0
強引な決めつけと被害妄想の押しつけね。ねらーにはありがちなディベート

437 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 01:17:11 0
例えば・・。
あらゆる生命には「力への意志」というものが備わっている。
これがニーチェの根本思想であろう。
より美しきもの、より強きもの、より善いものになろうという意志である。
哲学をしたり、宗教をやったり、学問をしたり、お金を稼いだり、芸術を楽しむ中にも
根本に「力への意志」があり、あらゆるものは、この自己超越の願望に付属する手段のようなものである。
非常に解りやすく言えばこういう思想であろう。
まぁ、別にそれだけのはなしで、威張って言うことでもない。

>(哲学に関わってるつもりの)オマイラの価値まで上がるわけじゃないんだぞ田吾作w

哲学にかかわっているつもりで自分の価値まで上がったつもりになっている田吾作とはまさにお前の事だろうと思う。
そういうわけでお前の事を田吾作と呼ぶ事にする。
要するにこの田吾作は、「全ての行動の動機は自己の利の拡充である」と言う哲学に乗っかって、自分の価値をあげようと試みているのである。
と言うのも、この田吾作にもし意見に同意すると「やっと理解できたか馬鹿どもwww」と言うような挑発を繰り返すからである。
そして、「こういった発言をしているのは実は啓蒙の為なんだよ」といういい訳も容易しているわけである。
要するに、こういう輩は、自己顕示のために哲学を利用しているわけである。
ニーチェの言う力の意志というのは、こういう低次元の虚栄を満たすような人間から脱却するような思想である。
この田吾作にとっては確かに哲学は「手段」だが、それは虚栄を満たす「手段」でしか無いのである。
しかし本当はこういうくだらない人間性を超克するための手段が哲学なのである。
そういう意味で哲学とは手段であるというならば、その通りだろう。












438 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 01:18:21 0
哲学の目的が利だってこと誰も否定できないんですね。
どなたか論客はいらっしゃらないんでしょうか?

439 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 01:20:01 0
>>437
負け犬の遠吠えカコワルイっす(笑)

440 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 01:28:07 0
議論をするときの一番の基本は多義的な名詞を定義すること
利とはなにか具体的に定義しないと議論自体始まらない

441 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 01:29:21 0
何故、我々がここで議論をするのか。
それは虚栄のためでもないし、哲学を誇るためでもない。
言うなればより高次元の知恵を得るためである。
それを「利のため」と言っても間違いではなかろう。
そしてそのような利を求める事は悪でもなかろう。
むしろ、多くの人間が、自分の人生を豊かに、幸福にするために、哲学をし、真理を求めればよい。
それは万民の幸せであろう。
その意味では大いに利を求めてよいのである。
ここで>>429の田吾作のように倒錯した議論を展開する必要は全く無いのである。


442 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 01:38:44 0
>>437
負け犬の遠吠えカコワルイっす(笑)

もしこの発言が例の田吾作のものだとすると
まさに哲学を自尊心を満足させるための道具として使っていることがわかる。
ここで下らん議論を展開し、勝った勝ったと喜ぶために哲学を利用している訳である。
それぐらい自尊心が低いのである。
この田吾作は知恵を求めているのではなく、無意味な優越感に浸ることを求めているのである。










443 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 01:43:50 0
この田吾作を我々の戒めとしよう。
虚しい優越感に浸るための議論からは速やかに脱却し
大いなる知恵を得る為の手段として哲学をしよう。




444 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 02:03:25 0
>>441
まぁこの2chで「人生を豊かにするため」っつっても説得力に欠けるが
「そうあるべき」ってのは結局一人一人の価値観から免れない思想だからな
カントの哲学はきれいごとだ!と言う奴もいないことはないだろう

445 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 02:16:36 0
つか人生の幸福を求めることが、ここで語ることにはならないだろうw
哲学とは、語ることに意義があるのではなく、考えることに意義がある

446 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 07:05:02 O
アリストテレスは哲学の目的は幸福な生き方を知ること言っていたと思うぞ
ニーチェだっていかにして人生を肯定し、幸福に生きる事が出来るかと言うことを考え、永劫回帰という事を言ったのだしな

447 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 07:09:15 O
さらに言えばお釈迦さまも苦悩から脱却し、幸福な人生を送るにはいかにすれぱいいかということを哲学の根本テーマに置いたのである


448 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 07:28:38 0
だよな?普通
そう考えるのが自然だってのに、哲学が商売儲けの為にあるものだとか言い出す奴の気がしれんわぁ…
まぁ語ることで幸福が得られると思ってるズレた奴もちょっと神経疑っちゃうけど 

449 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 07:38:44 0
人生は旅の途中
人は何かを追い求める意欲があるから故に人間としての存在価値と幸福を改めて再確認できる

450 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 08:44:16 0
>「人生を豊かにするため」っつっても説得力に欠けるが
>「そうあるべき」ってのは結局一人一人の価値観から免れない思想だからな

人生って「誰の」よ?少なくとも「人類の」じゃないよな?
今日餓死する者が何万人いようがオマイは2ちゃんでクダ巻いてるだけの存在だからなw
ま、それがオマイにとっての豊かさだということだけは良く解かったが、、、

そうある「べき」・・なんて言う資格だれも持ってないだろドアホw
なにが「べき」だよこの押し付け野郎、他人の言の鵜呑みも大概にしとけ
だいたいオマイ「豊か」の意味が解かってないだろw
「誰にとって」の豊か・・かも。

451 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 08:59:29 0
>人生は旅の途中
>人は何かを追い求める意欲があるから故に人間としての存在価値と幸福を改めて再確認できる

来生たかお・・かオマイw

旅にも人生にも途中なんてない
その日その日が人生であり旅なのよ
遠くのどこかに在るんじゃなくて目の前にある

途中のわけないだろw

そのひとの人間としての存在価値と幸福を決めるのはおまえじゃない
本人以外に価値という相対的評価を下せる者などいないって
オマイはオマイの分を決めれるだけなのよ他者の価値や幸福に口出しスンナw

なんか哲学をひとを縛る道具と勘違いしてるなオマイw


452 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 09:53:46 0
グダ巻いてるだけの人間の集まる2chだから説得力に欠けると言っているのだが…?
馬鹿とは話にならんな
そうあるべきという哲学は必ず個々に信念として内在されるものである
哲学するのに資格なんているの?

その今の時間は永遠と旅の途中であり終わらないと言っているのだが?
やはり馬鹿とは話にならない
哲学板より初心者板にでも言って香具師でも目指したらどうかと思う

哲学なんだから絶対評価になって当然だろう
さらに、それらもまた、お前視点の絶対的見解と言えてしまうが?

453 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 10:03:56 0
>>452
馬鹿かw

絶対評価を「誰が」下せるんだよ?
オマイじゃないのは確かだがw

そもそも何のために「絶対評価」が要るんだ?
この世は主観しか存在しておらず
絶対的評価、客観的評価などしょせん主観のバリエーションに過ぎないんだが、、

試しに誰がそれを絶対と言えるのか書いてみ?
そうすれば絶対なんておまえの頭の勝手に作り出した妄想だってことすぐ解かるからw


454 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 10:15:27 0
主観があるから故に客観が成り立つのであって
客観がこの世に存在しなければ主観は有り得ない
客観という尺度があるから主観という尺度がある

正しい意見がなければ正しくない意見は存在しない
評価とは人がするものであって神がするものではない

455 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 10:17:25 0
>>453
それでなにかの確実性が増すのか?
お前は自分の論を述べればいいのであって、議論を泥沼化して、お前は人に対して胸を張って自分の論を言えるように
なる必要も無いと考えるから、クダまいているのはお前なんだよ。

456 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 12:11:12 0
答えの無いとこみると、絶対評価を下せる者など
誰もいないってことがやっとわかったようだなw

あと・・客観がこの世に存在しなければ主観は有り得ない・・なんて
タワゴト言うのヤメトケ
だってオマイ客観が「誰の視点」だか答えられないジャンw
それってとりもなおさず客観が主観の一視点に過ぎない点に
オマイが気付いたってことなのよ

いくら頭の悪いおまえでもソレぐらい解かるよなw

457 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 12:31:40 0
>>456
例えば鳴る音楽は主観なのか、客観なのか。人間の解釈を入れつつも、それ自体として鳴っている音は、
人間の動物的本能、つまり主観でも客観でも無い意味を持っている。主観と客観の両方に働きかける
自然、という存在とは言えないだろうか。

458 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 14:27:20 0
>>456
世の中に反映されるものが客観だが?
客観とは主観を媒介とし成り立つものであり、それが社会存在の論理である
この世が主観だけしか存在しないということは、個体がバラバラだと言うことであり、社会は成り立たなくなる
社会とは主観を媒介とした共通性がなければ成り立たない

特別にお前にも分かりやすいように説明すると
この世が主観しか存在しないということになると、「通念」「協力」「平和」
といったものも存在しなくなるよ?
ちなみに、誤解しないで欲しいのは、客観性というのは「真偽」を物語るものではないことを念頭に

459 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 14:34:15 0
この世に客観という多くの認識があるからこそ、少数的主観が存在する

電車の中では静かにするという大多数が認知しているマナー(客観)があるから、その中で一人がマナー違反(主観)をすると、非難を受ける
これが社会の成り立ちだよ


460 :飛べないカラス:2010/06/10(木) 17:46:42 0
思慮するゾンビ
http://www.nicovideo.jp/watch/sm10955256

哲学的ミク作品
期待の死人さんです。

461 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 21:25:13 0
「全ては主観である」「絶対など無い」などというのは現代哲学の常識であって、
いまさら偉そうに力説されても困るだろよ。
もう21世紀なのだから、20世紀に終わった議論を蒸し返すのはやめて、その先の議論をしなさい。




462 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 22:30:49 0
>>461
だからその先の話をしてるのにオマエがついて来れないだけじゃんw

いいか哲学は利をゲットするための手段(思考ツール)だと言っている
利が得られればその哲学は正しく、逆なら哲学じゃない

463 :考える名無しさん:2010/06/10(木) 23:01:15 0
目からウロコ

464 :考える名無しさん:2010/06/11(金) 00:30:02 0
>>462
利を得たというのはあくまで二次的な結果でしかないよ

利を得るための道具としか考えていない哲学こそ哲学ではない
利を求めているだけでは真理を明らかにすることはまずできないだろう
お前は学校が儲かるために、良い成績をとろうとするのか?
将来の自分のために良い成績をとろうとするんだろうが…ホント馬鹿だなお前…
学校が儲かるためのルーツな訳がねーだろアホw

これとっても分かりやすい例示

465 :考える名無しさん:2010/06/11(金) 09:31:31 O
相対性理論とか重力の理論など利とはまったく無関係だよ
ただし、人間が利益を追求する過程でその理論を利用する事はあるだろうし、それが「真理」であれば、利益も生じるだろう
哲学は利をゲットする為の手段だと思っている人間に取っては哲学は利をゲットする手段になる
しかしそれを「絶対的真理」として他者に押し付けようとするとき軋轢が生じるのだろう
そう、君のように


466 :考える名無しさん:2010/06/11(金) 09:47:00 0
人間は価値がない存在ですか?
みんな、自分のことばっかりで醜い生物だと思います。
よく人のために働け、社会のために尽くせと肯定されるのは、
同じ共同体のほかの構成員の人々から非難の目を浴びないためだけだと思います。
つまり江戸時代の村の連帯責任みたいなものです。

いつか人は適応進化により、滅びか違う種へと進化します。
人間があまり好きではありません、これはおかしいでしょうか。

467 :考える名無しさん:2010/06/11(金) 09:57:22 0
全ては主観であるということは、人それぞれ違う世界を見ているってことだろ?
これは現在社会における自我の肥大化によって精神性の個体差がものすごくかけ離れている赤らね
でも各々の主観の中で共通する認識が客観へと変わる。
そうだな。客観が複合した主観の中から生み出される。

その哲学や思想、考え方が絶対真理であるとは証明できないはずだ。
なぜなら人それぞれ、環境も感じ方も、遺伝子的にも根本の装置に違いがあるから。
ニーチェの永劫回避などどうやって証明できるんだ?
正しいと認識するだけでそれは真理ではないだろ。

俺も自分の人生をよりよく変化していくための道具だと思っている。哲学は
だから他人にその哲学を押し付けるわけにはいかない。

468 :考える名無しさん:2010/06/11(金) 20:26:55 0
>>464
低脳w

利とは利益の短縮語
利益とはすべての恩恵をいい抽象的にいうと「満足」を指す

オマイみたいな抽象概念に疎い田吾作に満足と言っても死ぬまでピンと来るまい
そこで満足をもたらす具体的な利(利益)という語を用いて噛み砕いてやったまで

しかしここまで教えてやってもオマイみたいな無教養者には何ひとつ理解できまいw
だいたいオマイは出入りする板を間違ってる
メンヘル板か人生相談にでも行くんだな、ワハハw

469 :ニート:2010/06/11(金) 20:52:43 O
池田さんにしても中島にしても頭脳に偏して居ると俺は思うな。少し文章が固い。

470 :佃煮マニア:2010/06/11(金) 22:17:14 0
低脳汚物ニートw

471 :考える名無しさん:2010/06/12(土) 08:47:18 0
>>468
だからその満足感を得るためには必ず「欲」というものが発端になければ元も子も、満足そのものができないだろうが…
馬鹿と中身のないアホみたいな会話しててもちっとも面白くない
しかもまだ利益というものが所詮相対的に得られた結果に過ぎないという二次性をこの後に及んで未だ理解できていないという…馬鹿だなこいつ…
恩恵はあくまで個人の体験談であり、自分にとっての利益など、自己満足に過ぎない
利益とは、客観的位置づけにおいて、初めてわかるものである

なにが利益とは満足を意味するだよ…
満足感に浸ることが利益って…哲学をオナニーの道具とでも思ってんのかよこいつ…
やはりお前は此処で哲学語るよりも、慣れ合いしている最中にいきなり喧嘩売ってしょうもない口喧嘩の闘争日々を送っていた方が、
よっぽど性にあってると思う…


472 :考える名無しさん:2010/06/12(土) 09:12:20 0
恩恵とは満足を意味するって…はぁ…
ただの自己顕示欲オナニーと、真理を求める欲望とは次元が違うよ

473 :考える名無しさん:2010/06/12(土) 19:44:54 O
まぁ田吾作は確かに利にも次元があることを意図的に無視しているよな
ていうかお前も病人じゃあるまいし‥はぁ‥はぁ言ってるなよ
自分の発言に自身がある人間はそういう虚飾をしねーぞ


474 :考える名無しさん:2010/06/12(土) 20:44:41 O
法律について考えようか
法学部では原則的に憲法とは国家に対する命令であると教えている
しかし実際は会社法などもあり法人や個人も法に縛られている。
則ち刑法や民法は法律を破ったものは法によって捕まえなさいという国家に対する命令でもある訳だ。
則ち法の射程範囲は国家内の全存在に及ぶ
則ち法体系への直接間接の影響力を持つものを権力と呼ぶ
権力が善き権力であれば善き国家が生まれ
悪しき権力であれば悪しき国家が生まれる
悪しき権力を打倒することは善い事になり
善き権力を打倒することは悪しき事になる
さてその権力が善いか悪いかはどう判断するのであろうか
総選挙も近づいて来た事なので根本的な政治哲学を展開してみよう

田吾作と釈迦
田吾作は自分の利益を考えている
釈迦は全宇宙の利益を考えている
田吾作が権力を握れば全人類は餓死する
釈迦が権力を握れば全人類が繁栄する
「そりゃオウムの思想だよ。一体どうやって釈迦とヒトラーを区別するんだよ。ヒトラーが権力を独占するリスクを考えれば権力の多元化が望ましい」
「それにもし釈迦ならば存在そのものが究極の権力であり、ヒトラーですら帰依するだろうよ」
結論、釈迦は存在するだけで権力であり
一人の仏が生まれれば結果的に全員が悟りを開き
理想的な民主政治が生まれる。
結論、黙って座禅せよ


475 :考える名無しさん:2010/06/12(土) 21:02:45 O
座禅とは何ですか?
心を落ち着かせる事であります
心が落ち着くとどうなりますか?
智恵が得られます
例えばイライラしているとき数学の問題を解こうとしても集中できないでしょう
心が静まれば色んなアイディアが沸いて来ます
政治とか哲学のように日常を超えた一般的な問題についても解答が得られます。
しかし、座禅してるときはよくても日常で役に立ちますか?
座禅をしてリラックスするとその心理状態は記憶され、いつでも再現出来ます。勿論、ある程度の訓練は必要です。
一休さんがトンチンカンチンとやるようなものです。
何故、禅僧に一休とか利休が多いのは利に捕われたり、心に落ち着きがないと善いアイディアが湧かないからです
ムカッと来たら一休さんのようにトンチンカンチンやればいいのです
するとチーンといいアイディアが湧いて来ます。
ムカッと来たらその先は地獄であることを知者は知っているのです
深い深い座禅をした経験が一度でもあると
その記憶が呼び覚まされ、平常心が取り戻せやすくなります。
平常心で日々の生活に望めば他者との軋轢もなく
楽しく喜びに溢れた人生が送れるでしょう
心に余裕があると他人の事も考えられるからです


476 :考える名無しさん:2010/06/12(土) 21:35:33 0
>>473
呆れに越した有り様を感情表現したまでですが?
論理的に通用しない相手に論理的に教えられるほどの技術はありませんので
だから「感情的」に、目線の位置を変えたまでだよ

477 :考える名無しさん:2010/06/12(土) 21:45:29 0
座禅は単純に寝ているときに近い状態(レム睡眠)に入る為のものだよ
寝ている間は頭が整理される時間帯だからね
無意識になることによって気持ちをリセットさせる
そこまで複雑なものではないよ

478 :考える名無しさん:2010/06/12(土) 22:07:03 O
夢って実は凄い現象で、もし個人が夜見てる夢を現代のテクノロジーでハリウッドが再現すると映画『アバター』の如く何百億円かかる訳ですよ。
それを脳という一台のコンピュータで監督や脚本、役者を含めて一瞬でやってしまう訳です。
起きてる時よりも下手すると寝てる時の方が脳は活性化しているかもしれない。
百人以上のスタッフが一年かけてやるような作業を自分一人でやっている訳だからね


479 :考える名無しさん:2010/06/12(土) 22:12:06 0
おままごとはたのしいですかそうですか
ざぜんはきもちいいですかそうですか

480 :考える名無しさん:2010/06/12(土) 22:49:53 0
>>471
>自分にとっての利益など、自己満足に過ぎない







   なぁ田吾作、オマイ自分以外の者の満足を知ったような口をきくが

   他の誰かの満足を一つでもいいから知ってたらその具体的事例を挙げてみ?







おのれの満足すら知らぬおまえが他人の満足を知った事などありえない話だが
ま、オマイの寝ぼけバナシ聞いてやっから、書いてみ?
笑わないからw

481 :考える名無しさん:2010/06/12(土) 23:19:12 O
自分の利益というのは文脈から判断すると自己完結した利益の事を言っているんでしょ?
例えば、腹が減ったので飯を食うとか。
腹を空かせている人がいたのでオニギリをあげたというのは自分も満足しているが他人も満足させている。


482 :考える名無しさん:2010/06/12(土) 23:54:19 0
>>480
仕事欲とか知識欲とかいう言い方知らないの?
謎を解き明かそうとする真理追求たる人間ならではの欲望があったからこそ、これまで哲学は進展続けたんだろうが…
それが満足を意味する常識的なニュアンスなんだけど…
まぁ満足っつってもお前の考えているような低級思想とは訳が違うがな

とりあえず都合の良いとこだけ反論して後はお粗末に終わらすのはよろしくないかと…
また、ちょっとお前文章曖昧すぎるっていうか言葉足らず過ぎてなに言いたいのか不明瞭な点があるから、そこの所明確に表現したほうが良いよ
まず哲学板でやっていくには自分の文章から見直していかないとな
それからある程度の読解力ぐらいは身につけて

人に偉そうに説教する前に、まずそういったところから直して
自分だけが正しいとかいう了見狭い回答はやめてね
みていて恥ずかしいから

483 :考える名無しさん:2010/06/13(日) 00:00:57 0
相対的に反映されないと「利益」とは言わないよ
おにぎりをあげたことで満足したって言うのはあくまで自分で自分誉めてるだけの絶対評価じゃん?
自分のメリットを考えると、持っているおにぎり人にあげるってむしろ損していると思うけど…
満足度に相対的な評価を用いるのは語義的にも不適当かと…

484 :考える名無しさん:2010/06/13(日) 00:33:00 O
オニギリを欲しがっている人にオニギリを与える事が利益として相対的に反映されないとは言えないと思う。
オニギリをあげた人は物理的な損得とは別次元の精神的満足を得ているとも言えるし
オニギリを食べて餓死を免れた人も生存の確保という満足を得ている。
それがたとえ偽善であろうとも彼は少なくとも動物レベルの満足からは脱皮していると言える


485 :考える名無しさん:2010/06/13(日) 00:57:03 0
精神が物質を基盤にしている以上物理性から完全に乖離はできないがキリストなり仏陀なりがなぜすげーって思うのかって言うと極限まで精神を物理性から解放する実験に成功してるビックリ人間だから。

486 :考える名無しさん:2010/06/13(日) 01:07:25 0
まぁ例えば雪山で遭難したときに、一人よりも複数人居た方が絶対に助かる率高いと思うけど
一時の損から逃れようとするのもまた、相対的に自分が損してしまうという矛盾を生むことになりかねない

うんまぁ、まず、精神的な満足度そのものに利益が反映されるわけではないね…
相手の満足がきっかけで、見返りができるというオマケがついてきて初めて利益として反映されるんだよ


487 :考える名無しさん:2010/06/13(日) 04:26:37 O
中島にセンスがないのは身体を動かした事がないからだと思うな。

488 :考える名無しさん:2010/06/13(日) 08:38:44 0

>馬鹿かマイラw

カロリーの過剰摂取で死に瀕してるデブが「腹が減った」からといって
いちいちおにぎりあげてたら殺人罪だぞドアホw

もう解かったと思うがそういう「一般論」がなんの根拠にもならないからこそ
「オマイの具体的事例」を挙げろと言ってるんだが、
オマイのその日本を代表するスポンジ脳には何ひとつ理解できなかったみたいだなw
もっかいチャンスやっから他者にとっての利益について

 一つでいいから具体的事例を挙げてみ?

具体的って解かるか?
「いつ何処で誰がどうしたのか」・・ってことだ
一般論は穴だらけで論拠にならない

世話が焼けるな田吾作の相手はw

489 :考える名無しさん:2010/06/13(日) 14:56:23 O
「オニギリを食べて餓死を免れた人」と書いてあるのに成人病のデブだったらと仮定するのはおかしいだろ
つか馬鹿の一つ覚えみたいにいつまでも程度の低い話題を蒸し返すのやめれ


490 :考える名無しさん:2010/06/13(日) 15:07:50 0
>>481
>>484

ホントにアホだなオマイw

オニギリあげたのがデブかヤセかなんて規定してないじゃんw
そしてカロリー取り過ぎで殺されたか餓死を免れたのかなんて
結果論に過ぎない・・最初から解かってたワケじゃないジャンよw

オマイは自分の都合のいいように事実を捻じ曲げたり付け足したりして
現実を湯がけようとしている

現実世界はあらゆる可能性をはらんでおり、一般論なんかで
規定できないのよ
ソレができるのはオマイみたいな事実捏造、後出しジャンケン野郎だけw

491 :現実を湯がけようと→現実を歪めようと :2010/06/13(日) 15:09:11 0
>>490


492 :考える名無しさん:2010/06/13(日) 15:11:56 0










   ゴニョゴニョ言ってないで

   サッサと他者の利益の実例、挙げてみタコw








いつまでも逃げてんじゃね〜ぞこの低脳野郎

493 :考える名無しさん:2010/06/13(日) 21:23:50 0
>>488
その具体的な一般事例をあげたんだが…
より分かりやすい内容が具体的と言える文章
今この状況でなんで「いつどこで」
なんて小学生の一分間スピーチかのような追求を試みる必要性があるの?
論点を未だ読みとれていない馬鹿とはやはり話にならない

一般論がなんで根拠にならないの?どこが穴だらけなの?説明してください

こいつ…
結局最終的に「この世界が存在するとは限らない」
とでも言い出すんじゃないだろうな…

494 :考える名無しさん:2010/06/13(日) 21:27:28 0
観念を観念的に語るのが哲学するにおいての前提なのに、この子…やっぱり馬鹿だよ…

495 :考える名無しさん:2010/06/13(日) 21:48:53 0
>>493
ヨコヤリですがあなたの答えは自分で書いてらっしゃるように一般論ですが
その方は一般論ではなく具体例(事実)を求めておられるようですが。
また一般論が事実に則さない点も明快に書かれてらっしゃいますよ。

>>488
>具体的って解かるか?
>「いつ何処で誰がどうしたのか」・・ってことだ
>一般論は穴だらけで論拠にならない


>>490
>オニギリあげたのがデブかヤセかなんて規定してないじゃんw
>そしてカロリー取り過ぎで殺されたか餓死を免れたのかなんて
>結果論に過ぎない・・最初から解かってたワケじゃないジャンよw

>オマイは自分の都合のいいように事実を捻じ曲げたり付け足したりして
>現実を湯がけようとしている

>現実世界はあらゆる可能性をはらんでおり、一般論なんかで
>規定できない



496 :考える名無しさん:2010/06/13(日) 21:52:31 0
そだね

497 :考える名無しさん:2010/06/13(日) 22:42:32 0
現実から離れて妄想するのが哲学だと勘違いしてるのが一匹いるな。

498 :考える名無しさん:2010/06/13(日) 22:57:00 0
>>495
一般論たる「事実」なんですが…

根拠に明確性が備わっていないから一般論が穴だらけであるという論を指摘しているんだけど…
一般論の話しているのになんでおにぎりの話がでてくるの…

499 :考える名無しさん:2010/06/13(日) 23:19:47 0
>>498
アホw

500 :考える名無しさん:2010/06/14(月) 00:00:06 0
>>499
いや彼がなにを言いたいのかはわかりますよ
でも事実ではなく「真実」の方かと…
適切な語義を選択していただきたいです…

501 :考える名無しさん:2010/06/14(月) 00:13:47 0
もうデブ云々の話は筋違いもいいとこ
そもそも哲学とは観念論であり、この世界の本質を追求するものであって、観念そのものを「現実」の物差しで否定するものじゃないのに、現実性に帯びていないとか的外れたこと言い出すし…
まず真理が現実的でないといけないと思ってる時点で話にならない…

502 :考える名無しさん:2010/06/14(月) 00:17:24 0
あらゆる可能性ってどういう可能性?例えば?

503 :考える名無しさん:2010/06/14(月) 00:18:32 0
もうそろそろ馬鹿の論法にあわせるのも疲れてきちゃったよ…

504 :考える名無しさん:2010/06/14(月) 00:24:18 O
お前も五十歩百歩だよ


505 :考える名無しさん:2010/06/14(月) 01:02:46 0
会話に参加できない高見の見物者分際でよくそんな偉そうに人評価できたもんだね


506 :ニート:2010/06/15(火) 07:56:44 O
観念でしか物を見ない人間は絶対に実在は掴めないです。


だから中島の本はとても退屈です。

507 :考える名無しさん:2010/06/15(火) 09:23:25 O
お前のレスもな

508 :考える名無しさん:2010/06/15(火) 09:24:03 0
全ては観念を見抜くことに真理があるんだろうが…
大物ぶってるわりに自己顕示欲かいま見えちゃってキモイっす

509 :考える名無しさん:2010/06/15(火) 09:26:58 0
>>507
そういうねぇ…
ただ煽りたいざかりの厨房レスは無意味だし見ていて気持ちが悪いだけだからいらないですよー
無駄にレス埋まるだけですからねー

510 :考える名無しさん:2010/06/15(火) 09:28:07 0
観念でしかものをみれないって…
じゃあ観念以外でなにをみれるっていうんだよ…

511 :考える名無しさん:2010/06/16(水) 06:41:43 O
愛。

512 :考える名無しさん:2010/06/16(水) 19:25:17 0
時間がアプリオリって相対性理論から明らかな間違いだよな
カントってアホだろ

513 :考える名無しさん:2010/06/16(水) 21:00:03 0
相対性理論は理論であって原理じゃないことはわかってるよね。

514 :考える名無しさん:2010/06/16(水) 21:09:13 0
じゃあ科学は間違ってると?

515 :考える名無しさん:2010/06/16(水) 21:27:09 0
カント先生の論は時間・空間をアプリオリと仮定して理論を展開している。
それと同様にアインシュタインも光の速度が変わらないと仮定して論を展開しているにすぎない。相対性理論がすべての物理スケールを貫く法則という検証はできてない。そもそも無限の検証などできない。
そもそも仮定なしに話すことなどできない。明日もりんごが木から地面に落ちると信じているが明日空に飛んでいく可能性を誰も否定できない。
そこで何を仮定するか、俗に言えば何を信じるかが対話の上でお互いの共通理解の土台として必要になる。
そのとき時間・空間のアプリオリを前提に話すことはわれわれ人間の生活レベルでは十分であるし、話がわかりやすくなるってもんだ。
だからカントをあほだなんていわないでくれよ

516 :考える名無しさん:2010/06/17(木) 00:00:12 0
アホか…
そりゃ特別相対性理論の場合だろうがw
一般相対性理論は実験を重ねた上での原理だよ

相対性理論はなにもああいうパラドックスとか時空間とかいうやつだけじゃねぇよ…


517 :考える名無しさん:2010/06/18(金) 02:10:53 0
相対性理論って、楽しいときは時間が短くて退屈なときは時間が長いというやつだよな

518 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2010/06/18(金) 09:29:03 P
同じ事を考えている人には共感するし、自分の考えと全く違った考えを持つ人にはいらだちを覚える。「私の言いたいことは、
そうではないのに。」この不毛さを克服するには、自己の考えと他人の考えの両方を比べて、どこが違うのか、じっくりと考えてみるという、
七面倒な作業が要る。時間の無駄遣いのように最初は思えるが、自分の考えが普遍的に理解されるという勘違いを
克服した人間には、人が輝いて現れるという、報償がある。

519 :考える名無しさん:2010/06/18(金) 11:12:42 0
>>518
単に
同じ事を考えている人に共感したり、
自分の考えと全く違った考えを持つ人にいらだちを覚えないようにしたらいい。

520 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2010/06/18(金) 11:16:10 P
>>519
それは、思考の停止ということか?

521 :考える名無しさん:2010/06/18(金) 15:43:35 O
カントは時間や空間は主観の形式であると考えたのだと思うのだけど
相対性理論と矛盾するのか?むしろ近い考え方かとも思うのだけど


522 :考える名無しさん:2010/06/18(金) 22:32:35 P
>>518
ちょっと宗教的すぎる言葉だな。
科学は現象を誰でもわかるように言い換えるもんで哲学もその一分野なんだからもう少し万人がわかるけれんみのない言葉がほしい。

523 :考える名無しさん:2010/06/19(土) 01:53:54 O
暑い日が続きます
腐ったものなど食べぬよう
お気をつけ下さい。

Snake


524 :ニート:2010/06/19(土) 07:05:21 O
中島にないのは詩だよ。言葉じゃない。

525 :考える名無しさん:2010/06/19(土) 17:26:38 0
>>520
違う。感情の停止

526 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2010/06/19(土) 18:22:03 P
>>525
感情って制御したらまた別の感情がわいてくるような気がするがな。
俺が統失だからか?
そもそも他人の思考に対して感情がわいたのに、それを止められたとして、後で
思い出して色んな思いをするんじゃないか?

527 :考える名無しさん:2010/06/19(土) 20:03:24 0
後でどんな思いをしようがどうでもいいだろ
目的はいい思いをすることじゃなくて真理の追求なんだよ
別に自分と違う考えだからと言って苛立つ必要も無ければ、同じ考えだからといって共感する必要もない

真理の追求のためには会話の快楽は捨てなきゃいけない
真理の追求なんてどうでもいいって人はどこにでもいて、そういう人は基本的に会話の快楽を優先する
そういう人は自分や相手や他人やみんなのために平気で嘘をつくから、いらだつのはそこだと思う
自分に対しても快楽その他に流されないように常に監視しておく必要がある


528 :佃煮マニア:2010/06/19(土) 20:50:33 0
重い負荷がかかった状態で生き、見聞きした事の総体が真理となるんでしょうかね。

529 :ニート:2010/06/19(土) 21:16:20 O
何で総体となるの?それは言挙げじゃないの?

530 :考える名無しさん:2010/06/19(土) 21:29:36 0
言挙げってよくない態度なの?

531 :Absalom ◆owNN8RDlXo :2010/06/19(土) 21:32:12 P
>>518を書き直します。

コミュニケーションについて

情報のやりとりはコミュニケーションの一つの形だ。それは平穏に行われる。人と人との関係は、喧嘩になることもあれば、
友好的で穏やかな気持ちの、気分の共有をしていることもある。情報の選択の際には関係に応じた引き出しを開ける。
有効なコミュニケーションとは、情報が伝わることをさす。感情のコミュニケーションとは、自分の考えていることが伝わる
事ではない。自分の脳内物質の分泌という現象がもたらす「あるもの」-喜怒哀楽という感情-が、コントロールできない、
と言う事実と、その感情の種類が伝わることである。だから感情は、消し去ればいいという物ではなく、コミュニケーション
の種類を決める、大事な鍵として自己と対話者の両方が気を配って尊重すべき物なのである。

532 :考える名無しさん:2010/06/19(土) 21:33:53 0
民主主義社会で真理といったら多数決で決まる。
そうすると真理の本質は多数の横暴ともいえるわけだが
だとすると真理なんてクソクラエでしょ?

533 :考える名無しさん:2010/06/19(土) 23:39:39 0
51人がおまえら死ねと言うと50人は死ななくてはならない社会そのどこが真理なんだ?

534 :考える名無しさん:2010/06/20(日) 02:48:17 O
ゲーデルの不完全性定理以降この世に絶対的で完全なものはないのだから民主主義も絶対じゃないし資本主義も社会主義も絶対じゃないことになる。


535 :考える名無しさん:2010/06/20(日) 03:40:33 0
それ言ったらおしまいなんだよな。ズルイ。創世記でも読んで頭の中を入れ替えよう!

536 :考える名無しさん:2010/06/20(日) 08:55:44 O
逆に言えば全ての権威が相対化されるということで自由と言う事だよ
絶対的に正しい意見ってないのだから
何にも縛られず自由に発想が出来るはずだ
例えば「琴光喜は極悪人だ」という意見も絶対ではなく
常に反論の予知があることになる


537 :考える名無しさん:2010/06/20(日) 09:39:31 O
虚しくない?

538 :考える名無しさん:2010/06/20(日) 09:53:34 0
宇宙の根源的虚しさから出発するのが現代哲学である。



539 :考える名無しさん:2010/06/20(日) 09:58:29 0
この世が相対的であり絶対など有り得ないことは
身近な事柄のすべてが相対的事例で溢れかえっており
絶対の事例およびそうした理論・論証が一度たりとも為されたことが無いので明らかだ

そうすると理論的に無い事の明らかな絶対や絶対基準などを論じる事に意味はなく
どの相対が価値的かより多くの恩恵をもたらすかと考える以外に思考の矛先を向けようが無い
もう少しいうとその際の主体は「誰か?」・・がより重要なあるいは最優先のテーマとなる

540 :考える名無しさん:2010/06/20(日) 10:27:53 O
だからこの哲学者の本は読むに価しない。

541 :519:2010/06/20(日) 15:06:30 0
>>531
学習した感情については意識的に制御出来る
多くの感情には理由があり、その理由を自覚して取り除けばよい
なぜ怒りを覚えたとか、どうして悲しいのかということを説明して明確にすることも感情を取り除く方法の一つだ
感情の由来を話し合う事すらできない関係や、
政治的理由によって探り合いながら話さなければいけない関係では、哲学的対話は不可能と思う
あと自分の感情についての解決を相手に頼ってはいけない


542 :考える名無しさん:2010/06/20(日) 15:12:45 P
>>539
じゃあ絶対に相対的だね

543 :ニート:2010/06/20(日) 23:37:22 O
相対的な事なんて人生にはないよ。空理にかまけるからそう成る。

544 :ニート:2010/06/21(月) 09:51:34 O
ベルクソンの哲学は詩だよね。


中島とは話しが違うわ。

545 :ニート:2010/06/21(月) 10:07:56 O
いややはりあれは哲学だね。

ベルクソンですら純粋持続と言う名の言挙げをして居るから。

546 :考える名無しさん:2010/06/21(月) 13:57:21 0
>>543のニートのように、全く根拠を示さない発言と言うのは論理として成り立たない。
今後、対話者は「太陽は地球より大きい。なぜならば〜〜」と理由を示して欲しい。
もし主張が荒唐無稽なものであっても、ちゃんと理由を示していれば、仮説として成立するので、議論に発展性が生まれる。
単なる世間話と学術的議論の違いはここにあるので、最低限のルールとして守っていきましょう。








547 :ニート:2010/06/21(月) 14:34:14 O
学術?屁理屈論議だろ。

548 :佃煮マニア:2010/06/21(月) 16:14:30 0
主観は多様であるが故に統一され得ない。どんなに論拠を示してもしょせん2ちゃんねるの呟きに過ぎない。
そのまま対話は進行するのです。

549 :考える名無しさん:2010/06/22(火) 12:28:04 0
白ける事言うな。

550 :ニート:2010/06/22(火) 12:40:45 O
主観なんて言葉自体が変だよ。


そんなの学者しか使ってない言葉だよ。

551 :考える名無しさん:2010/06/22(火) 16:29:14 0
>>550
哲学書や論理学なんかを勉強してると、「主観」「客観」「論理的」なんて言葉を安易に使えなくなってしまうのは、なんだか分かる気がする。
使ってる人を見るとこっちが赤面してしまうよね。

でも世間ではまことしやかに「主観」「客観」「論理」なんて言葉が闊歩していることも事実・・・。
まあ頻繁に使いたがる人間からすれば便利なご都合主義的言葉なんだろうね。

552 :考える名無しさん:2010/06/22(火) 17:12:44 0
言葉尻捉えて必死だな

553 :考える名無しさん:2010/06/22(火) 17:29:14 0
せめて使うなら、所有者を明確にして謙遜しなが使うべき。
「私の主観」「私の客観」「私の論理」と・・・

例えば>>552みたく
ただ相手を言い負かして気持ちイイ状態になる事に尽力し空回りすることを議論って呼ぶなら
それはそれで2chらしいといえるが、どう思うよ、>>552

554 :考える名無しさん:2010/06/22(火) 17:37:26 0
一人は「主観」は学者しか使っていない言葉だと言い、もう一人はバカな世間一般人だけが使っていると言う。
もう一人は所有者を限定するべきだと言う。
そもそも主観とは、自分一人だけの考えという意味だから予め所有者は限定されている。
哲学書でも一般書でもよく目にする語だ。
>>548は日本語として明確に意味を示しているし、難癖をつけるのも無理があるだろ。
言葉尻ではなく本分の意味ないように大しての意見はないのか?

555 :考える名無しさん:2010/06/22(火) 19:27:14 0
>>554
これまでの行いが悪い。
自分の論を書き殴っておいて、それに対する意見を悉く偏執的に廃絶。

当の本人は、他の意見などおかまいなしに自論は鉄壁であると自己陶酔し気持ちよくなっている。
部外者からすれば、始めは彼がさも大切そうにかかえ転がし丸めた物体を棒で突っついてやるも、その偏執ぶりに半ば呆れ顔。
突っついてしまった点前、惰性で突っつき続けてやってはいるが正直どうでもよくなっている。
そして、まるで糞ころがしでも見るかのような眼差しで見下している。
さらに糞ころがしは「お前の糞をみせてみろ!」と勝手なことを言う。
部外者は言う「そんなものは世紀の大哲学者ローランド・フリケット氏に習いとっくに弾き飛ばしちゃったよ。」
それはそうだ。それは夜に上気する頭で書き連ねた恋文のごとく甘酸っぱく青臭い夏の日の思い出。
いつまでも後生大事にまるめ転がすような代物ではないのだから。
部外者は糞ころがしを見つめながら「かつて俺にもそんな甘酸っぱい時代があったなぁ!」と感情移入し甘酸っぱい顔をさせられることになる。

まあ、いいじゃん充分気持ち良くもなれたでしょ。
ただ相手の意見を望むなら自分のことだけでなく読み手の気持ちにもなってもらわなきゃ空回りつかれて自己満足して終るよ。

556 :考える名無しさん:2010/06/22(火) 20:37:51 0
普通、数学の問題を解いているとき、「このやり方違うよ?」と指摘されても
別に怒る人はいないだろう。
しかし、日常生活で、自分のやり方を無下に否定されると人は怒る。
何故だろうか?
2chのレスでも反論されると9割方喧嘩腰になる。
ソシュールという言語学者は言語に客観的な意味は無いと考えた。
つまり、「お前は馬鹿だ」と言っても、「貴方は素晴らしい」と言う意味が生じる場合もあるし
「貴方は素晴らしいね」と言っても、「お前は馬鹿だ」といっているに等しい意味として解釈される場合があるからである。
実際、「右側通行はいけませんよ」と言われて、感謝する場合もあるし、受け手が怒り狂ってしまう場合もある。
何がそれを決めるのであろうか。
そして何に注意すれば、生産的で有益な対話というのが生じるのであろうか



557 :考える名無しさん:2010/06/22(火) 20:48:40 0
例えば、野村勝也が現役時代長嶋に、「ささやき戦法」を使ったが、楽天家の長嶋には
まったく通用せず、全部受け流されてしまったと言うことがあると言う。
すなわち、物凄い悪意や相手の心理を混乱させようと言う意図で発された言葉でも、受け手によっては
それを無効化してしまうことも出来るということになる。
長嶋と普通の選手では何が違うのであろうか。
考えられる事として、長嶋はまず、「ヒットを打つことしか考えていない」と言う事があると思う。
ヒットを打ってチームが優勝し、気持ちよく胴上げされる事しか考えていない人にとって、「ささやき戦法」は「単なる雑音」にしか感じられないのかもしれない。
同様に「真理を知る事」のみが関心の的の人には、誰かが悪意ある反論をしたとしても雑音にしか聞こえない可能性がある。
逆に、「知識をひけらかしたい人」には、「ささやき戦術」や「煽り」は効果があるだろう。
知識をひけらかしてご満悦したいのに、そうさせてくれないので腹が立つわけである。
真理を知りたい人には「無知な状態」が腹立たしいので、もし、相手が悪意で「こんな事も知らないのかー」と言っても
「一つ知らない事を教えてくれてありがとう」になる。







558 :ニート:2010/06/22(火) 20:57:24 O
中島さんの言葉は虚しい。

読んで居ても人生の意味を感じさせてくれない。

559 :考える名無しさん:2010/06/22(火) 20:59:26 0
「より有能な大工」になりたい人は親方に怒鳴られも、「一つカンナのかけ方がうまくなった」と思い
感謝するだろう。
しかし「有能な大工だ」と思っている人に「カンナのかけ方が荒いよ」と注意した場合、その大工は怒り狂うだろう。
また「俺は無能な大工だ」と思っている人に「カンナのかけ方が荒いよ」と指摘した場合、その人は意気消沈し、次の日職場をやめるかもしれない。
「より有能な大工になりたい」と思っている人と「俺は無能な大工だ」と思っている人では、「謙虚」と言うカテゴリーではくくれない明確な違いがある。
ここが重要である。
長嶋やイチローは「いやぁ、まだまだですよ。全然理想のバッティングは出来てません。理想の30%くらいです」とインタビューなどで言うかもしれないが
これは自分を「無能なバッター」と評価していると言うことではない。
どちらも一見、謙虚に見えるが両者の考えは質的に違うわけである。あくまで「自分は4割打てるはずだ」と思っているが故の発言であり、むしろ自信の裏返しですらあるのである。





560 :考える名無しさん:2010/06/22(火) 21:03:08 0
>>559
大丈夫か?

561 :考える名無しさん:2010/06/22(火) 21:10:34 0
多くの人間は劣等感や不安を抱えて生きているのが常であり、全うな発言ややさしい発言の裏に
相手を弱くしようと言う意図が働いている場合があると思う。
(ニーチェの言う弱者の隣人愛である)
「あんまり無理しないでね。たまには休みなよ」とかいう発言でも、裏には「余りがんばられると自分の立場がないだろコラボケカス」と言う
邪悪な意識が混在している場合も結構ある。
我々の日常生活はこういった一種の「ささやき戦法」に満ちていると言える側面がある。
「よーし一流のビジネスマンに成るぞ」と期待に胸を膨らませて入社した新入社員が1年後、どんよりとした顔で仕事をし、溌剌とした顔で入社してくる
後輩の足を引っ張るような人間になっていると言うケースはまま、あるだろう。
こういった「ささやき戦法と言う地雷原」を抜けて自分の夢を達成すると言うのはかなり高度な技術が必要な面があるといえる。




562 :考える名無しさん:2010/06/22(火) 21:18:02 0
>>561
他の者が自分と同じだろうと考えてるところがお前の間違いの始まり
他人のことに口出しすんのヤメて自分のことに専念しとけw

563 :考える名無しさん:2010/06/22(火) 21:20:44 0
「有能な大工になりたい」と思ってる人は、
「はい、大丈夫です。心配してくれてありがとう!」と答えるはず。

「親方!ちゃんとチ●コ洗ってます?画面越しにイカの香りが棚引いているんですが!」
加えて上記のように返すと
有能な親方は「そうかいっちょトルコでもいってくるぜぃ!」と答え
無能な親方は「縁起かついでスルメ製のパンツはいてんでぃ!バカヤロウ!」って怒る。

564 :ニート:2010/06/22(火) 21:35:46 O
中島氏は真理を語ってる振りをしてるだけなんだよ。

その実なんの理もこの人の言葉には俺は感じない。

565 :考える名無しさん:2010/06/22(火) 21:49:54 0
中島てだれ?

566 :考える名無しさん:2010/06/22(火) 22:28:30 0
考察の過程が吹っ飛んでしまったが
結論から言うと、有能さとは自分の役割を明確に把握し、求められる行動を正確に実行する能力と定義することが出来る。
すなわち、この能力がある人間であれば、例えば医者から軍人に転身しようと、軍人から医者に転身しようと成功すると言うことになる。
ではこの能力の源泉とは何か?一言で言うと、言語ゲームに対する習熟の度合いと言える。
有能さとは言い換えると言語(を運用する)能力である。
言語能力を分析すると、読み、書き、話す力である。
こういった能力を100パーセント開放するにはどうすればいいのであろうか。
例えば、ここに、コーヒーカップがある。
もし、百パーセントじゃなくても30%程度(普通人の能力が10パーセントだとしよう)の言語能力(読み取り)がある人間であれば、それがUCCのコーヒーカップである事を認識し
神戸で製造され、セブンイレブンで売られている事に気が付くだろう。それだけの情報が備わっている。
しかし、多くの人間はそれを読み取る事は出来ない。
そんなの関係ないだろと思うかもしれないが、有能な軍人は、敵の姿をチラッと見て、それがアメリカ軍なのかソ連軍なのか、中国軍なのかを瞬時に把握するだろう。
有能な医者ならば、患者を診察する場合、そこから無数の情報を読み取る。
しかし無能な軍人は、敵の姿を見ても、敵だと認識することすらできないし、無能な医者は明らかな病人がいても病気であること自体に気がつかないだろう。


567 :考える名無しさん:2010/06/22(火) 22:29:34 0
さて、人は有能な軍人でもあり、なおかつ有能な医者でもあるということが可能であろうか。
レオナルドダビンチと言う男がいる。彼は画家であり、文筆家であり、学者であり、発明家であった。
彼のような人間を尊敬を込めて「超人」と言う。
人間は、例えば24時間医者であると言うことは出来ない。医者であり、父であり、納税者であり、政治家であり、武道家であるような事が求められることの連続が
いわば我々の日常生活である。であるがゆえに超人でない我々にとって日常とはある意味、失敗の連続である。
それゆえ、我々は完璧な存在として「神」を想定したのかもしれない。しかし、神がいたとしても、自分の間抜けさとは無関係なわけである。
神は偉大だとしても、イコール自分の間抜けさがそれによってどうかなるわけではない。
神の偉大さと自分の無能有能は無関係なのである。すなわち、我々は神を崇めても仕方が無いわけであって、少しでも神に近づくしかないわけである。


568 :ニート:2010/06/22(火) 22:33:56 O
いや有能さとは身体を動かす能力だ。


言語に囚われる事ではない。

569 :ニート:2010/06/22(火) 22:40:36 O
言語とは観念であって実在ではない。


そんな空想に生きても意味がない。

570 :考える名無しさん:2010/06/22(火) 22:45:57 0
Uccのコーヒーカップへの認識と自己に対する認識は同程度である。
認識力がその程度なのだからそれはコーヒーカップだろうが自己存在であろうが同じなのである。
Uccのカップを正確に認識できる人間は自己に対する認識も正確であろうと思われる。
自分が何であるかを明確に知っているのであれば失敗は少ないであろう。
しかし、普通は、自己への洞察も偏見と憶測に満ちている。
自分自身を完全に把握できるのであれば、あらゆる事象も正確に把握する事が出来るだろうし、逆も同じである。

東洋には、成功を求めると失敗する。賢くなろうとすると馬鹿に成る。健康を求めると病気になる。
と言った逆説的な命題がよく見られる。
何らかの価値を追求するとありのままの物事からズレが生じるからであろうと思われる。
例えば、uccのコーヒーカップの存在そのものが見えなくなるのは、多くは、コーヒーカップの機能しか見えていないからである。
この場合、コーヒーカップのデザインに対する注意は欠落する。もちろん製造年月や製造場所などどうでもいいので、それらの情報はたとえ存在していても
存在しないと同様となってしまう。
目の前に地雷が置いてあってもデートに急いでいる人間にとってはそれは全くの死角であろう。
また、地雷に注意していれば、デートに遅れてしまうだろう。
しかし、超人であるためには、地雷に注意しつつ、デートにも行く事が出来るようでなくてはならないわけである。
超人ならば、例えば医者でありながら、患者が自分を暗殺しようとしているアメリカ軍のスパイであることを瞬時に見抜くことが出来なくてはならない。







571 :考える名無しさん:2010/06/22(火) 22:51:45 0
>>568
たとえばその「有能さ」に、ある社会の中での他者との情報伝達速度という要素も加えるならば、
必然、言語に囚われざるを得ないところも多く出てきそうだよ。
饅頭Aを1時間100個つくる職人がいても、饅頭Bを作らせるための情報伝達に30分かかってはその有能さも台無しになるかもしれない。
もちろん社会において非言語的な部分は多々あることも確かだけれど。

572 :考える名無しさん:2010/06/22(火) 22:57:44 0
有能=饅頭かよw  情けネ^^;

573 :考える名無しさん:2010/06/22(火) 22:58:45 0
これはあたかも武道の達人が、和やかにお茶を飲みながらも、「なにやつ!!」とかいって
手裏剣を投げるようなものである。
彼は、客にお茶を振舞う主人でありながら、尚且つ武道家でもあるのである。
前述の医者であれば医者である事を脱構築しなくては、同時に一流の軍人にはなれない。
黒澤明の映画に『赤ひげ』というのがある。赤ひげは武士なのか医者なのかはっきりしないが
医者としても武士としてもまさに「一流」なのである。







574 :ニート:2010/06/22(火) 23:13:15 O
所詮言語である事を知らない人間は決して有能とはいえない。

575 :考える名無しさん:2010/06/22(火) 23:33:55 0
>>566
有能さ=
 @「自分の役割を明確に把握」→A:言語による伝達で学ぶ・B:お手本を元に視覚的に学ぶ
 A「求められる行動を正確に実行する能力」→A:正確に遂行するための運動能力・B:経験的な訓練

 >>574はこう考えているのかも。一理あると思う。

576 :考える名無しさん:2010/06/22(火) 23:45:37 0
何故、一流の武士が一流の医者になれるのか考えてみよう。
武士と言うのを突き詰めていくと、そこには高度な倫理がある。
すなわち、国を守り、民百姓を助けると言う倫理である。
一言で言えば「義」ともいえるだろう。
すなわち、仁や義という観点からすると、武士も医者も役割が違うだけで手段になってしまうわけである。
武士が義を追求していくと、医術に突き当たるということはあるだろう。
実際、武士とは様々な治療術を心得ていた訳で、武士の道を突き詰めていけば医術に通じていく場合もある訳である。
実際、封建時代の医者とはそのルーツは武士だったりする。
軍人も医者も「人を守る、救う」と言う意味では根は同じであり、医術を極めていくと、国家防衛まで関係していく場合もあるだろう。
例えば、医者が「この負傷者たちを救うにはどうすればいいだろう」と突き詰めて考えれば「戦争をやめるしかない」という結論にたどりつく訳である。
すると医術の中に「政治」というものが顔を出すわけである。
すると政治も医術も同じものの違う側面ということになる。
すなわち、現象に囚われず根源を追求していくならば、医者とか軍人といった職業を超越した「超人」が出来るわけである。
結論としては人が超人になるためには「現象に囚われず根源を追求すること」である。



577 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 00:09:17 0
武士には当時医療を学ぶための機関と教育も用意されていたわけで・・・
農民は田畑を耕し学を必要としなかった。文字の読み書きも出来なかった者がほとんど。
もちろん農という学は重宝するが、それは経験的日々の訓練で学んでいったと考える。

それは生きる環境に大きく左右されることであって・・・万能人(ここでいう超人)を当てはめてよいものか。
自分は経験論的にしか考えられないから、いささかついていけなくなっています。

ごめんなさい。イデアや形而上学的なものにアレルギーがあります。持病です。さようなら。

578 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 00:48:18 0
農民が読み書きできたら体制がひっくり返っちゃうわけで、読み書きの能力がこの世界を支配する力であるからこそ
それは被支配者から取り上げられたと考えられていいでしょう。
多分、日本人が英語が出来ないのも、そういった教育を態々しているからだが、江戸時代の支配の論理と同じだと思うよ。
支配者の言語である英語を理解できちゃったら、支配者が考えている事が被支配者にばれちゃうじゃん。
現代の日本人も江戸時代の農民も支配者の言語ゲームに参加する事を意図的に禁じられているわけです。







579 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 01:37:39 0
>>578
>多分、日本人が英語が出来ないのも、そういった教育を態々しているからだが、江戸時代の支配の論理と同じだと思うよ。
>支配者の言語である英語を理解できちゃったら、支配者が考えている事が被支配者にばれちゃうじゃん。
>現代の日本人も江戸時代の農民も支配者の言語ゲームに参加する事を意図的に禁じられているわけです。


時代錯誤・・・



580 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 01:51:54 0
>>578
たしかに農民が智恵をつけたら身分の高い者にとってはめんどくさいだけですね。
日本人が英語ができないと言われる要因は、「使う機会が少ないから」ということも上げられないかな?
もうひとつは脳内での日本語→英語への変換時にかかるロスタイムだろうけど、聞く分には訓練次第で問題なくなるそうです。

一つ疑問があります。
すべての人間はこと感情をイメージするにあたって、頭のなかではじめに文字をイメージするのでしょうか?
ある音楽家は言います「それはまずメロディーだ!」と、
ある画家は言います「それはまず色だ!」と、
そして違うある者は「それはまず匂いだ!」と・・・
わたしは色をイメージし、それから言葉を組み立てます。(画家ではないですが)

これとは別の話ですが
こと運動力学系の或る物理勉強者は、人間の動きを単純な力学模型に置き換えて他人の作業を観察し、
その人間の行動を先読みしたり、行動を模写したりしているそうです。

そこで疑問が浮かびます。これらの人間は「最初に言語ありき」で動いているのでしょうかと?
なにかを認識・理解するにあたっては非言語的な部分の能力も無視できないのではないかと考えさせられる次第です。

581 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 01:53:04 0
ああ、寺子屋なんてものも流行ったそうですが。

582 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 02:05:19 0
>>580
>日本人が英語ができないと言われる要因は、「使う機会が少ないから」ということも上げられないかな?

必要に迫られていない人、本当に必要だと感じていない人は、なかなか話せるようにならない。
私は米軍基地のある街に住んでいるが、英語を話せる人の割合は非常に高い。


583 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 05:39:00 0
みんな 重力こそが神の源だと思ったことは無いか?


584 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 08:39:55 O
580
物理学者が人間の行動を観察しようと思う時、既に「人間の行動を観察する」という言語ゲームに取り込まれていると思います。
またニート氏が「身体だ」と言ってますが、実際は彼も特定の言語ゲームの中で身体を認識しています
もちろん言語とは手段であり非言語的な方法で世界と関わる事はできます
優劣を言えばイメージによる伝達の方が言語より高度です
ただ言語は抽象性が低いからこそ有用なコミュニケーションツールとして使われる訳で
法律、経済、社会のあらゆる事が言語で記述されています。
そもそも言語が無ければ自分が誰だか解らない訳です。
(私が田中一郎である根拠は私は田中一郎である言語にしかないからです
私は田中一郎だと思う時、私は田中一郎だし
社会的にも田中一郎として存在します
言語が無ければ田中一郎と山中二郎さんを区別することは困難です
昨日「赤い服」を着ており今日青い服を着ている人を田中一郎さんと認識するのは田中一郎さんという言葉があるからです
素粒子レベルでは田中一郎さんを構成している要素は全く入れ代わっているかもしれませんが
にもかかわらず田中一郎さんとして認識するのは田中一郎さんという言葉によります)
人間と動物すら区別が曖昧になるでしょう
部長も課長もないし、そもそも勤務規定がないので複雑な集団生活は営めません
また逆に物凄い高い言語能力があればジャン・ジャック・ルソーの如く社会の革命すら可能になります。
身分差別の根拠を批判し、その不合理性を論証すれば多くの人間が同調し
社会がひっくり返る事もある訳です。
言語能力か高ければ裁判で無罪を主張しそれを勝ち取る事も出来るでしょう
例えば琴光喜の言語能力が高ければ賭博法が存在することの非合理性を論証し、世間の評価をひっくり返すことも可能であるかもしれません
しかし高度な法律世界を認識する能力がないとそもそも何故自分が罪に問われているかすら理解出来ない訳です


585 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 08:45:29 P
猿でもカバでも、つばめですら個体識別ぐらいしてるがね。

586 :ニート:2010/06/23(水) 08:58:51 O
もっともらしいが何も語られてないのが中島の哲学。

587 :ニート:2010/06/23(水) 09:03:17 O
物理は体験だよ。言葉じゃない。

588 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 09:19:21 0
逆に言えば、言語能力が無ければその人の体験や思考はアニマル並みだということになる。
ツバメが万有引力を認識したり相対性理論を発表したりと言うことは寡聞にして聞かない。


589 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 09:30:08 0
一方で、言語能力がその人の体験を規定するがゆえに、禅などでは、無の境地によって、体験を脱構築したり
します。
豊臣秀吉は豊臣秀吉であるがゆえに豊臣秀吉が織り成す言語空間に支配されているともいえます。



590 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 09:42:12 0
豊臣秀吉が朝鮮出兵にこだわったのは豊臣秀吉であるがゆえのセオリー的な必然であったともいえます。
豊臣秀吉である事をやめればいいのですが、言語ゲームの超達人でなくてはそれは難しいでしょう。
「つゆと落ちつゆと消えにしわが身かな・・」と言う辞世の句は豊臣秀吉の人生が言語ゲームに過ぎなかったということを
悟った句ともいえますが、一旦確立された言語ゲームを脱構築することの難しさを示しているともいえると思います。
そして時代は徳川幕藩体制という言語ゲームに突入していく事になります。



591 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 10:00:53 0
556と関連して、豊臣秀吉が徳川家康辺りに「朝鮮出兵はやめるべきでござりまする」と言われたら
烈火のごとく怒りだして、戦争になるだろう。
豊臣秀吉が朝鮮出兵をやめるとしたら、軍人としての自我構造を脱構築しなくてはならない。
秀吉が本当にアジアの帝王になりたかったとしたら、アジア人民の幸せを念頭において行動することが必要になる。
そうでなくてはアジア人民にとっては彼はただの侵略者である。
もし「秀吉がアジア全体を繁栄させたい!!!」とか思っていれば、朝鮮出兵はやめられるであろう。
そのとき初めて朝鮮王なども自発的に服従したかもしれない。
秀吉が秀吉の脱構築に成功していれば、その後の日本は東洋のローマ帝国になっていた可能性もある。
現在の日本も同様である。戦後75年の思考や経験を脱構築し、新たな自我を創造すれば、別の将来も見えてくるだろう。








592 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 10:17:20 0
豊臣秀吉は戦国の日本に平和をもたらした英雄でもある。
ただ、総無事令の発想はアジア侵略の大儀に結びついていた可能性もあるし
この発想は第二次世界大戦時の軍部にも持ち越された。
天皇の下の平和である。
アメリカも同様で、彼らは一種の豊臣秀吉であった。
イラク戦争やフセイン処刑は九戸政実討伐に近い発想で行われたともいえよう。
理念を具体化するためにもっとも難しいのはその理念を提唱する人間の自己禁欲である。
豊臣秀吉も平和を掲げていた。しかし、自分が世界一の侵略者になってしまった。



593 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 10:32:14 0
>>584
貴方が言語先行型の人間であるということは分かりました。
そういうタイプの人もいるのだと少し見識が広がった気がします。

以前に「一つの疑問」としてあげました以下の件についてもう少し踏み込んで言及いたします。

 <一つ疑問>
 すべての人間はこと感情をイメージするにあたって、頭のなかではじめに文字をイメージするのでしょうか?
 ある音楽家は言います「それはまずメロディーだ!」と、
 ある画家は言います「それはまず色だ!」と、
 そして違うある者は「それはまず匂いだ!」と・・・
 わたしは色をイメージし、それから言葉を組み立てます。(画家ではないですが)

わたしの場合は「色」ですが、その色というのは赤黄緑青紫といったようなはっきりとした色ではありません。
もっと漠然とした色であり、その色が私の感情そのものです。まずその色(感情)ありきなのです。
ただし他者に伝えるための感情の「表現」としてのみ身振り素振りや言語化を行っていくといった具合です。
それゆえに言語というものは、わたしにとって第2次のステップの段階であるのだと考えています。

もちろん言語というものに不完全性を感じておりその色(感情)を完全に表現できるわけではありません。
適当な言葉を見繕って無理やりに自分自身に妥協納得させている感も否めないからだと言っておきます。



申し訳ないですが豊臣秀吉論については賛同しかねます。

594 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 10:46:51 0
ある意見に賛同しかねる場合。「賛同しかねます」ではその理由がわからないわけです。
周りもわからないし、多分貴方もわからない。
なので貴方が言語先行型であろうがなかろうが、言語能力というのはやはり必要なのです。
素晴らしいメロディが浮かんでも、楽譜に記述しなくては作品になりません。
アインシュタインは土手で寝転がって相対性理論の着想を練っていたそうですが、素晴らしいインスピレーションがあっても
それを数式で記述する能力が無ければ、「単にぼんやりと妄想していただけ」ということになってしまいます。
ちなみに、言語が2次的であるという意見に関しては私もそう思います。
モーツァルトの交響曲は、もしかするとモーツァルトの中ではもっと偉大な音楽であったかもしれませんが、
言語の限界で、今に残っているような後世になっているのかもしれません。
ダビンチのモナリザも表現がイメージに追いつかないからこそ、何度も描き直したんだろうし
永遠の未完成作品なのだと思います。



595 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 10:48:42 0
×後世○構成

596 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 10:56:01 0
例えば、建築家の場合を考えて見ましょう。
まず、イメージとして完成された建築物が浮かびます。
しかし、建築する段階になれば、文字や絵でその建築を表現し、尚且つ
その建築の必要性などをスポンサーに了解してもらう必要があります。
手下の大工さんにも、「君は壁のこの部分をこのように作って欲しい、材質はこれにして欲しいと」
説明しなくてはなりません。
頭の中で、「これは凄い、凄い、凄い」とアイディアに酔いしれているだけではただの妄想で終わってしまいます。
言語は不完全であるがゆえに、なおいっそう説明能力に磨きをかけないと、「完成したらイメージと全く違っていた」
ということにも成りかねないわけです。



597 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 10:57:45 0
>>594
2次的であるということは言語先行型ではないということかもしれませんね。


ちょっと出かけます。

598 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 13:29:28 O
ちょっと話は変わるが哲学の主要な分野に幸福論がある。
例えば「幸福観察学会」の会長である漫画家の水木茂さんは「私の天国や幸福のイメージは働かずして楽をして、うまいもの食って女にモテて、何もしなくても金が入って‥」と言っている。
しかし建前なのか何なのか世間一般の人にニートは最高ですよねというと必ずしも同意は得られない訳である
またニートっていいよなぁとか言っている本人が逆説的にニートを差別している訳である。
水木茂的な幸福論の観点からすると全地球上の人類をニートにすることが究極の社会革命じゃないかとも思うのだが
「それじゃあ誰も働かなくなり医療も福祉も防衛も破綻するよ」と反論されてしまう訳である
しかし皆がニートになってゴロゴロしていれば少なくとも防衛費はいらない訳である
全世界の防衛費を福祉に回せば全世界の飢餓が救われるかもしれない
戦争が好きな人はサッカーや将棋でもすればいい訳である。
水木さんはアシスタントを雇って漫画を書かせる事で晩年は夢の幸福を手に入れた訳だが
水木さんになれなかった人もいる訳だ。
例えばベーシックインカムであるがこれも反対論が根強い。
誰が反対しているかというと実は労働者が反対している。
労働者は労働に価値を置いているので労働が否定されると社会的地位の低下を招いてしまうという問題があると思う。
「いやぁニートになりたいもんだねぇ」とか言いながら、ニートを差別し、労働者である自分を肯定している訳である。
共産主義とは労働者による労働者の為の社会なのであり、労働が否定されると体制の根拠が崩壊しまう。
労働者の権利とは労働する権利であり
労働党はニートを守る党ではないし
ニートに職を!と言ってニートを労働者に変えようという党な訳である
水木さんは「どうも共産党の幸福論とは私の思う幸福とは違うんですよね」と正直な事を言っている。共産党の価値観からすると水木さん的な幸福の追求は共産体制の癌細胞なのである。


599 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 13:47:58 O
共産党的な幸福論からすると晩年になっても徹夜して漫画を書き続け得た報酬は、公平にアシスタントやスタッフとその家族で山分けするというものでなくてはならない。
すると水木さんはいつまでたっても水木さんの幸福論を実現することは出来なくなる。
基本働く事はよいことだというプロテスタンティズム的な価値観が共産主義思想の中にもある訳である。
しかし、アシスタントの立場からすると共産主義思想の方がいいと思うかもしれないし
ニートからすれば共産思想自体が敵だろう
「共産」してないからね。言わば「共怠け思想」である。
彼らは共産主義社会ではむしろ銃殺だろう
ニートは共産主義社会でも資本主義社会でも否定される訳であるが
水木幸福論が人類の普遍的な願望であったとしたら、共産主義社会や資本主義社会では原理的に人類は幸福になれないという矛盾をはらんでいる


600 :ニート:2010/06/23(水) 14:02:14 O
働く事が幸福ですよ?怠ける事は不幸です。

601 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 14:13:40 O
>>ニート
だったら君は不幸だということになるよ


602 :ニート:2010/06/23(水) 14:26:31 O
そう言葉に縛られた君は不幸と言う事に成るわな(笑)

603 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 14:34:20 O
岡野教授は「全人類に地球人手当を配れ」と言っているのだが果たして手当を配ったら貧困が救われるのか
アフリカの内乱を見るとその手当が民族紛争の原資にならないかとも思う。


604 :ニート:2010/06/23(水) 14:47:14 O
言葉の戯れは永遠に虚しいだけですよ?

605 :ニート:2010/06/23(水) 14:52:35 O
中島の哲学は物理学者と同等じゃないよ?


言葉の屁理屈ですよあれは。あれを真理と呼べるのは誰も哲学等に関心を示さないからだと私は思います。

606 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 15:16:41 0
豊臣秀吉の朝鮮出兵が国内の総無事令の発想で行われていたものだとすれば
豊臣秀吉のイメージの中では世界をもっと素晴らしいものに変えたい、自分の手下をもっと豊かにしたい。
或いは暴政に苦しむアジアの人々を救いたいという発想すらあったかもしれない!!!
しかしそれを配下の武将にちゃんと説明する能力が無ければ、意味がわからないので周りも反発するだけであろうし
秀吉自身も出兵している意味がわからなくなってしまった面もあるだろうと思う。
しかし、多くの人間は現代でも、自分のやっている行為の意味がわかっていない。
私が今2チャンネルに書き込んでいるのも思考の整理のために書いているわけだが
煽られたりしているうちに、あおり返したりし始め、いつのまにか秀吉の朝鮮出兵みたいなことになってしまうことになりかねないわけである。
そういうことにならないように、常に目的を意識しておく必要がある。

次に言語の不完全性について分析していきたいと思う。

具体的なものとして法律を考えてみよう。
第二次世界大戦では軍部は憲法上の天皇大権の規定を運用して自分たちの勢力を拡大して言った。
現在でも官僚は法律を隠れ蓑に「合法的な犯罪」を繰り返していたりする。
明らかにそれが犯罪でも、法律上は合法ですという事がありえる訳である。

607 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 15:22:06 0
>605
中島さんの哲学を批判するのであれば、何故それが屁理屈と言えるのかを
ちゃんと論証しなくてはならない。
何故中島さんの哲学が駄目なのかちゃんと論証できればむしろその「呪縛」も解けるであろう。



608 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 15:28:15 0
言語とは人間にとって究極の武器であると言える。
原爆ですらその基礎理論の部分は言語によって記述されているのである。
言語は最強の兵器であるがだからこそ防衛も重要になる。
自分が持っているだけでなく、相手も持っているわけだからね。
もし中島氏の哲学がアヘンのようなもので、人々を駄目にしてしまうとしたら
それは言語的軍事兵器であり、軍用ウイルス、大陸弾道弾でもある訳で、こちらも言語的パトリオットミサイルで迎撃していく必要もある。





609 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 17:20:40 0
あと、ある思想を言語によって相対化するのも一つの方法だが、イメージを使う方法もある。
例えば「ある思想家が嫌いで2ちゃんも手に付かない!」という人がいたとしたら
イメージの中でその「思想家」と「ウンコ」を結びつけて頭の中で一緒に認識すればいい。
すると対象の重要度が「ウンコ」のレベルまで低下するので気にならなくなるのである。
人間の脳は記憶と記憶をつなぎ合わせて物事を認識する特性があるので、これを応用すれば取ればそういうことも可能なのである。
(人前に上がらない方法として観客をカボチャだと思いなさいというのもこれである)
個人的な体験で言うと、昔、ダンテの『神曲』という小説にはまっていた時があり、ある女性がベアトリーチェに見えて仕方がなかったと言う事がある。
脳のレベルで言うと、その女性にベアトリーチェの記憶を貼り付けてしまった事で、脳がその女性を天使ベアトリーチェと認識してしまったわけである。
もちろん、意識のレベルでは人間であることは当たり前なのであるが、無意識の次元でベアトリーチェだと思っている訳だ。
小説とか映画でも「感動した記憶」と言うのは無意識の中に残っており、何かの合図によって関連付けられてしまうということはある訳である。
例えば、ユングの分析では、ドイツ人がヒトラーに熱狂したのはドイツ神話のヴォーダンの記憶が民族の無意識に眠っていた事と関係していると分析している。


610 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 19:13:49 0
高知市議「私も経験ある」力士の賭博容認?発言
6月23日9時58分配信 読売新聞

 高知市議会の21日の個人質問で、島崎利幸市議(自民みらいの会)
が大相撲の野球賭博疑惑についての報道に関し、
「力士がおいちょかぶ(賭け事)やったって、それほど大騒ぎして取り上げることはない」
と述べ、力士の賭け事を認めるともとれる発言をしていたことが分かった。

この議員もちゃんとした理由を述べていないんだよね。
相撲取りはギャンブルくらいするものだ、だからギャンブルはしていい
と言う論理なんだよ。
論理として成立していないので、感情的に同調するか反発するかのどちらかしかない。

私はギャンブル自体は一種の頭の体操であろうし娯楽であろうと思う。
もし、相撲取りがギャンブルを一切してはならないとしたらそれは力士の幸福追求権の否定に繋がると思う。
では、何が問題なのか。
@違法なギャンブルをしたから悪い A胴元が暴力団だから悪い Bギャンブルがそもそも悪い と言う論理である。
ギャンブルが何であれ絶対的な悪だとしたら、違法だろうが合法だろうがそれは悪なのである。
すると、パチンコをしている人は琴光喜を批判できないわけである。
「胴元が暴力団だから悪い」と言う論理だとしたら、むしろ胴元をしていた暴力団が悪いと言う話になってしまうだろう。
琴光喜は暴力団に騙され、脅された善良?な市民であり、被害者ではないかと言う話になるだろう。






611 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 19:26:46 0
暴力団が、琴光喜を違法なギャンブルだからばれたら困るだろうから1億円よこせといって
脅したと言う話だが、これはもう賭博法を逆手にとって飯の種にしている訳である。
すると賭博法自体が「公序良俗を脅かす」原因になっているともいえる。
また、賭博法はギャンブルで身を持ち崩す人が出ないために必要なのだという論理にかんしては
だったらパチンコや競馬で実際に身を持ち崩している人が多くいることはどうなんだと言う話だし
もしサラリーマン同士で1000万円を掛け合ったような場合は民法上の心裡留保の規定を援用すればそれですむ話だと思う。



612 :考える名無しさん:2010/06/23(水) 19:32:46 0
ところで、最近相撲の関係者が続々捕まっているのには政治的理由もあるのではないか
恐らく、相撲界は政界とも密接なつながりがあり、何か騒動があっても、自民党の政治家に頼んで握りつぶして
来たというような事もあったのかもしれない。
今は政権交代で後ろ盾を失い、丁度よいスケープゴートにされている可能性もあるかもしれない。





613 :考える名無しさん:2010/06/24(木) 00:54:09 0
大体、サッカーはtotoをやっている訳だし、野球賭博そのものが悪ならば
サッカー賭博だって悪な訳だ。
つまり野球賭博が悪なのは、私営ギャンブルを国が認めていないからと言う理由のみである。
つまり、国の都合で琴光喜は罪に問われているということになり、倫理的な罪を問うのはかなり難しいのではないかと思う。
と言う事で私は琴光喜の無罪を主張する。




614 :考える名無しさん:2010/06/25(金) 00:20:48 0
対策として考えられる方法としては
1)組織的なギャンブルに対して
@全面的国営化
A免許制度の徹底
B一切フリー
C全面禁止

2)個人的なギャンブルに対して
@全面禁止
A100万円以上の金が絡む場合は国に届出を出す
B一切自由

などが考えられる。

1)B2)Bの組み合わせの場合(組織的ギャンブル個人的ギャンブルの全面解放の場合)
潜在的に国民総博徒となる。(ギャンブル国民文化説)
考えられる事としてはギャンブル絡みの紛争が多発することが考えられる。
全面自己責任なので国は胴元の保護も個人の保護もしない。
琴光喜のケースでは琴光喜がギャンブルに関わったことで罪に問われることは無いが、元力士が300万円払う義務も無い。
しかしこの場合、(ギャンブルが違法ではないので)ギャンブルをしたことで誰かが脅迫されるということは無くなる。
社会的に考えられることとしては完全市場経済の下でギャンブル産業というのが成長する。
市場の自浄作用で悪質な賭け場が淘汰され、ヤクザはビジネスマンに生まれ変わる。



615 :考える名無しさん:2010/06/25(金) 00:52:50 0
ギャンブル産業化とその後の対策

ギャンブルが全面的に合法化されると、端的に言えば「日本全土がラスベガス化する」ということである。
ではギャンブルを合法化したネバダ州のケースを考えてみよう。
ネバダ州では1931年にギャンブルが合法化されたが、それによって、さしたる税収も無いネバダ州は
ギャンブルの街として急激に成長する。最大の都市がラスベガスである。
ラスベガスのカジノや周辺のホテルは初期においては経営主体がマフィアであるケースがかなりあったようである。
(その意味ではマフィアの最大の資金源にもなっていた訳である)
しかし1960年以後、当局が取り締まりを強め、さらに90年代、カジノ運営の権利を厳格化することでマフィアはカジノ経営から全面的に撤退する。
経営主体は合法的な企業に変わり、世界の大富豪が資金を投資するようになると規模が拡大し、
ショービジネスや観光産業が大きく成長する。

以上、ネバマ州ラスベガスの経験を踏まえると、ギャンブル産業の全面自由化と共に、カジノ経営に関する法律的な整備が必要になるだろう。



616 :考える名無しさん:2010/06/25(金) 01:01:24 0
日本における問題点。

結局、現状ではギャンブル産業は賭博法を隠れ蓑にした官僚の貯金箱になっているのではないだろうか
民間でのギャンブルが全面禁止されるということは、ギャンブルをしたければ、国営ギャンブルをするしかないわけである。
(パチンコなど一部例外はあるが)
琴光喜の逮捕などは一種の見せしめ的効果も踏まえているのではないか?
ギャンブルをしたければお上の管理の下でどうぞと言う訳だ。


617 :ニート:2010/06/25(金) 01:16:25 O
小林薫のような犯罪者って良く考えたら強いと思う。

あんな犯罪を犯す事で世の中の人間ほとんどを敵にまわす訳だから。

618 :考える名無しさん:2010/06/25(金) 16:36:06 0
わざと>>555を体現している様に見えるのは気のせいか?

だいたい湯だった思考で書き連ねられたものに対し、どのような対話が望めるのだろうか?
燃え上がるパトスを一心に放出し自身で結論まで出してしまっているものに対して、他者が介入する余地はあるのだろうか?

その点を鑑みるにニート氏はある意味偉大だ・・・

619 :佃煮マニア:2010/06/25(金) 18:01:42 0
何だか>>555さんの話がぜんぜん見えないですね。
好きに書けて気持ちよかっただろと言いたいんでしょうか?まったく自己言及としか言いようないです。
揚げ足とられた上に好き放題荒唐無稽な論説を述べられみると、もうこのスレも終ってるな〜と思いますね。
昔私が対話していた対話スレ5までは割と理性的な議論対話が続いてましたが。

620 :考える名無しさん:2010/06/25(金) 18:14:41 0
>>619
なるほど、同じ穴の狢であった・・・。

621 :考える名無しさん:2010/06/25(金) 18:44:14 0
>>620
おまえバカだろ

622 :考える名無しさん:2010/06/25(金) 20:51:05 O
いいからギャンブルについて早く反論しろよ
あらゆる思想の進歩とは反論から始まるのだからな


623 :考える名無しさん:2010/06/25(金) 22:20:57 0
本当に哲学板なのか?
哲学者と言うのは最高の知性、最高の見識、最高の教養を備えた人類のスーパーエリートのはず。


624 :考える名無しさん:2010/06/25(金) 23:44:57 0
608 名前:考える名無しさん :2010/06/23(水) 08:19:43 0
 ___                           ____
  ゙=c_  \          (⌒ ⌒ヽ         /_っ='
      ̄ く:::\      (´⌒  ⌒ ⌒ヾ    /:::>'
.        \::::\   (´   )  ⌒::: .) /::::/
          \ `ソ /<二>、<二>\/ ̄/  
            \/    ( ◎ )    \/
              ヽ.   \_|_/   /    これが哲学の
          /⌒.\. ヽ: il´トェェェイli. / /⌒\  真の姿なんじゃよ?
         /  ノつ\.ヽ!l |,r-r-|!  //⊂  \
     o0○ノ  /  3  \ (::::⌒ヽ:::)/ とノ\ ヽ○0o
     (    /、_ノ\   Y `(_、_)   /  \´  )゚
      \_)    `ヽ   : : : *   : : : |    (_ノ
              人___ノ、___ノ




625 :ニート:2010/06/26(土) 00:44:41 O
中島氏の著者は何となく自分でも納得出来て居ない様な頼りなさがあるんだよ。

どこかで幸福に対しても懐疑的でしかあれない弱さがあるんだよ。この人はやっぱり言葉や観念にとらわれ

過ぎな気が俺はする。

626 :ニート:2010/06/26(土) 01:05:19 O
この人はもしかして哲学を言い訳にして居るのかも知れない。


この人がそんなに哲学が好きだとは私にはどうも思えないんだ。

627 :考える名無しさん:2010/06/26(土) 07:40:49 O
中島の本を読まなきゃいいんじゃないか?
それで解決だろ


628 :考える名無しさん:2010/06/26(土) 07:44:30 O
さっきニュースで日本を見捨てて海外へ移住する企業家が増えているというニュースがやっていた
財界による法人税減税キャンペーンの一種だろうか?


629 :考える名無しさん:2010/06/26(土) 13:00:51 0
今始まった煽りでもないし、「消費税増税は仕方ない(のかなあ)」という世論を作り上げるための世論操作ですが何か?

630 :考える名無しさん:2010/06/27(日) 14:44:28 O
何でも自己愛で括るんじゃなくてさ自己愛を越えた価値を示してくれるのが哲学じゃないと。


自己愛しか認めないのは卑屈じゃないのかと。

631 :やみつき:2010/06/27(日) 16:14:01 O
無駄な事業とかがなくなるまでは消費税上げるの禁止ね

632 :考える名無しさん:2010/06/27(日) 17:45:00 0
では無駄じゃない事業とは何ぞや

633 :考える名無しさん:2010/06/27(日) 18:14:52 0
http://www.jnep.jp/kako/jp211.htm
http://www.youtube.com/watch?v=AeT7bAGh-No
http://research.news.livedoor.com/r/47554
http://news.livedoor.com/article/detail/4824605/

634 :やみつき:2010/06/27(日) 18:17:45 O
無駄でない事業は多数決で国民が過半数以上よしとしたものだけ。あとは全部取りやめで。あとは仕分けてくれ。これは不可能事ではない。しかし人間の性までを改革することは難しい

635 :考える名無しさん:2010/06/27(日) 18:31:41 0
そもそもネットだけでゴチャゴチャ言ってるヤツは政治家の相手にされていないという現実を受け入れてから
国民の半数以上などという様態をあげてくれたまえ!!!

636 :考える名無しさん:2010/06/27(日) 18:41:14 O
国民の過半数が「国家心中」を選んだら国家心中するのか!哲学に対する冒涜だ


637 :考える名無しさん:2010/06/27(日) 18:45:28 0
落ち着けよw

638 :佃煮マニア:2010/06/27(日) 19:16:58 0
公の事に関して言いたい事があれば2ちゃんねるなんかに書かないで、なんでも
https://www.kantei.go.jp/jp/forms/goiken_ssl.html
↑ここに書いて送ればいいんですよ。
しっかりした文章で書けばけっこう取り上げてもらえますよ。


639 :考える名無しさん:2010/06/27(日) 19:51:30 0
全うな事を書けば書くほど公安にマークされる危険もある。


640 :やみつき:2010/06/27(日) 22:07:51 O
何を言ってる。例えばの話だwwいいかね政治家はすべての構造上不利益不備を正す義務がある。増税はそうしなくてもいいくらい無駄を省けたらどうする?先ず無駄を省け。そうでないとおかしい。おかしいのだ

641 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 00:46:14 0
誰か無駄を省くのが悪いなどといったか?
仕分けの基準を問題にしているのだろう。


642 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 01:05:49 O
俺は大森しょう蔵の哲学も解らん。何か空理の様に見えて来る。

643 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 17:34:51 0
難しいなぁ、相撲の問題。
相撲界の問題と賭博の問題、そしてヤクザの問題は分けて考えたほうがいいかもしれんね。
これは現代日本社会の構造を考える意味で意義のあることだと思うんですよね。
相撲界はもちろん、相撲界を叩いているマスコミも含めてね。
琴光喜問題の背後には時津風部屋のリンチ事件があったわけだしね。
また、政治的には、民主党の事業仕分け、行政改革の流れの中で考えなくてはならない面もあるだろう。
相撲界は公益法人であり、特権が付与される代わりに、社会に対する特別な義務を負うべきであると言う考えの前提で、批判にさらされているのだろうと思う。
「プロレス」や「K-1」と比較すれば分かるが、明らかに相撲は優遇されていると思う。
それは「相撲は日本の国技であり、守るべき伝統文化である」と言う考えの下に特権が付与されているわけである。
特権とはまずは、事業の独占権であろう。例えば、「新日本プロレス」が公益法人を名乗りたいと思っても、国(文化庁)の許可が下りないわけである。
一方で、プロレスラーが賭博をしたところで、ここまで社会的な問題にはなるまい。(実際アントニオ猪木など拳銃所持疑惑などがあったはずである?)


644 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 17:45:01 0
国技潰しですよ。
皇室もカウントダウン中。
タイの王室が先かな。

645 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 17:59:06 0
つまり、公益法人である相撲団体や職員には特権を付与する代わりに、一定レベルの倫理は守ってもらわなくては成らない。
そういう考えがある訳ですね。
また、国には、相撲協会の監督責任もあることになる。
恐らく、相撲協会は自民党の政治家や文化庁の官僚などの天下り先でもあったのではないかと思う。
「相撲界の腐敗」が黙認されてきたのはそういう影響もあるのではないかと思う。
しかし、この天下りの構造がそもそも相撲界の腐敗の原因ではないのか?
もちろん、天下りを正当化する理論として、省庁のOBが財団法人の役員になることで、監督指導が行き届くと言う効果が期待されているのかもしれない。
しかし役人の心理として、後に天下りするつもりの団体を厳しく監査することが出来るだろうか。
つまり、解決策としては、問題を起こした法人の監督責任をする省庁の役人の処分をすればいいのである。
そうすれば、役人も必死で仕事をするであろう。
しかし問題は役人をコントロールする責任がある政治家も半分天下り先の役員や官僚とグルになっているであろうと思われることである。
つまり原因を追究していくと政治の問題になり、政治の問題を追及していくと国政選挙の問題になると言うことである。
結論からすると、現在の相撲界の腐敗は、歴代の文化庁長官が相撲界の腐敗問題を黙認してきた事に起因するといえる。
で、歴代文化庁長官を見ると、学者、博物館の官庁、文部官僚などが多い。
果たして、彼らに強面の相撲取り出身の理事などを敵に回して相撲界の改革などがそもそも出来るような面子であろうか。
武蔵川理事長に凄まれたら「ヒーッ」といって小便を漏らしかねない面もある。
そして究極の監督責任は内閣総理大臣にあるわけである。
最近であれば、小泉、安部、麻生、鳩山、そして管総理である。











646 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 18:08:45 0
>644
一連の相撲界への批判の隠された目的が「国技つぶし」であるとしたら、
それは誰が意図し、何のためにやっているのか。
そこまで分析する必要があるだろう。
一方で、「国技だから」と言う事で、全てが肯定されると言うのはちょっとおかしな話でもある。
一つの説として、最近言われているのが、所謂、ロックフェラーやロスチャイルドと言われるような、数百年続く大資本家による
陰謀論と言うのがある。
しかし、フリーメーソンの陰謀論とか言っても、そもそもわが国の天皇陛下や家臣たちも、殆どが彼らのグループの一味であるし、昔からの付き合いがある仲間でもあるのである。
もちろん、天皇家やその家臣が完全に彼らと一体化しているとは言えないし、うわべだけ仲良くしているだけで、実は反対的勢力と言う可能性はある。
その辺はちょっとよく分からない。
ただ、この問題は、確かに戦前から続く、わが国の国家体制の問題とも大きく関連しているので、注意深く考えていく事が必要だろう。







647 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 18:08:56 0
>>645
>そして究極の監督責任は内閣総理大臣にあるわけである。
>最近であれば、小泉、安部、麻生、鳩山、そして管総理である。

なんだかなぁ・・・そういう発想は・・・
それなら、究極の責任は神様にあると言ったほうが哲学的だよw




648 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 18:18:54 0
ちなみに、ロックフェラー家の総帥はそろそろ代替わりがされるであろうし、その方針が現在までの方向性から
転換が行われないとは必ずしもいえないと思う。
ただ、ちょっとSFチックな話になるが、某家の総帥であれば、既に一般には公開されていない世界最先端医療で、この先300年くらい生き続けることも
可能であるかもしれないので注意が必要ではあろう。
さて、所謂フリーメーソンの目的と言うのは単純に言うと、世界統一政府の創造であるといわれている。その手段として、マネーによる支配を徹底する事である。
世界の大資本家からすれば、大相撲とK-1であれば、どちらが操りやすいであろうか。
当然、資本の原理で動いている民間企業であるK-1であろう。
株を公開している場合だったら、株を半分以上買い占めればいいのだし、そうでなくても寄付や融資などの名目で簡単にコントロールかのうであろう。
しかし、国家の保護を受けている大相撲ではそう簡単にはいかないはずである。
すると、陰謀論の観点からすると、マスコミを動かして、相撲協会の公益法人の認可を、日本人の手で取り消させて、相撲を市場経済の中に放り出すことが狙いともいえるかもしれない。
こうなると今まで偉そうにしてきた相撲協会の幹部も、国の保護が受けられないので、資本提供をしてくれるスポンサーを探さなくては成らない。
このようにして、日本の国技である相撲も手中に入れることが出来る。
このような筋書きも一応は考えられる。





649 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 18:23:31 0
>>648
>このような筋書きも一応は考えられる。

まぁ考えるのは自由だがw




650 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 18:25:14 0
>647
究極の責任を神様に転嫁してしまうと、全ての人間の営みが無責任になってしまうのである。
それがフィクションであろうと無かろうと、政治的な問題に対しては、やはり行政上の責任者の責任を追求しなくてはならない。
さもないと「なんでもあり」になってしまいます。



651 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 18:26:31 0
ロックフェラーとかフリーメイソンとか洗脳され過ぎ

652 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 18:33:56 0
>>650
>究極の責任を神様に転嫁してしまうと、全ての人間の営みが無責任になってしまうのである。

なりません。勉強不足ですね。
神の意思と人間の自由の問題は、キリスト教哲学における中心的問題です。
ドストエフスキーの「大審問官」も、神と人間の自由の問題を扱っている。


653 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 18:39:29 0
野党の政治家が「大相撲問題は行政上の問題である。」と国会で批判するのは民主主義的には「正しい」。
非常に健全であるが、それが余り聞かれないのは、大相撲を長年監督してきたのは現在の最大野党である自民党だからであろう。
国民新党やみんなの党なども、半分は自民党から枝分かれしてきたような議員が多数であり、声を大きくして批判が出来ないと言う問題点もあろう。
なので、本当は、政治家には全く政治と関わりが無かったド素人勢力の批判というのが非常に必要な面はある。
良くも悪くも、「ホリエモン」だの「ワタミ」だの新興企業家が対抗勢力になる可能性はゼロではないが
彼らの多くも、実際は、同じ狢の穴にもぐりたい連中でもあったということは認識しておく必要はあるだろう。
何より、最大の批判勢力であった民主党が現在与党になっているので、このようにためらい無く行政改革を実現している面もあるわけだし、その点は評価したい。
ある面では鳩山さんなど祖父の代からのしがらみを自己破壊し、血みどろになって改革しようとした面はある、ある程度評価は出来るのかもしれない。
管政権でも、相撲改革に容赦は無いようである。
さて、これは大きくは行政改革に繋がる相撲界の体質問題についての分析であった。
しかし、それと賭博問題とはまた、話が違ってくるはずである。
次に、賭博問題を分析してみよう。その上で、総合的な結論を出す必要がある。



654 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 18:45:09 0

この独白的な人は、スズメに餌をあげることは利他的行動である チュンチュン とか言ってた人かなw



655 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 18:45:49 0
>651
それは全く逆である。
ロックフェラーやフリーメーソンとは実在する組織であるし、架空の人物でもないので
ちゃんと調べれば文章や映像を通して彼らの考えや行動などを知る事が出来るはずである。
ただ、私も、全知全能の神ではないので、全てを直覚している訳ではなく、手に入れられる資料などから
一応の仮説を立てているだけである。
それすらしないというのが洗脳なのである。




656 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 18:58:06 0
>652
例えば君が郵便局に行って、小包を出したら、荷物が届かなかったと。
そして文句を言ったら、「いやー、神様がそうされたんですから、私どもに文句を言うのは筋違いですよ」で通るのなら
あなた自身も納得しないだろうし、全ての経済活動は崩壊するだろう。
神様がそうされたかどうかはさておき、郵便局には原因を追究し、業務を改善する義務がある。
「いや、それをするかどうかも神の意志しだいですよー」では何も進まない。
もちろん、信仰は「自由」であるし、「はがきが届かなかったのは神の意志だからしかたないや」とするのもいいんだけれど
少なくとも、資本主義社会の論理では、それは認められない。
契約に基づいて行動する義務があるし、履行されない場合は強制力を持って履行させる権利がある。
(それがいいかわるいか別にしてね)
少なくとも神様は君のつかいっぱしりになって「はがき」を届けてくれないと思うからね。


657 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 19:06:39 0
>>656
話が無茶苦茶だなw

話の発端は、君の「責任は内閣総理大臣にある」という発想。
神の話は、そういう『誰のせいだ?』という発想に対して書いたことだよ。
つまり、私が言いたかったのは、『誰のせいだ?』という君の発想は、つまらないということw

ところで、神の意思と人間の自由の問題については、調べましたか?w


658 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 19:12:03 0
人間の自由についてのお薦め参考文献

シェリング『人間的自由の本質』
カント『道徳形而上学原論』

659 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 21:21:32 0
(連投規制により遅レス失礼)
詰まるつまらないではなくて、国家行政の責任者は各省庁の担当の大臣、究極的には内閣総理大臣にあります。
それだけの権限があるからですね。こりゃ当たり前の事です。個人の「発想」とは関係が無いと思いますよ。
シェリングやカントの哲学についてですが、彼らは神の実在を前提に議論を展開していますが
そもそも神が実在するのかと言う問題提起に明確な答えは出してはいないのです
いや、彼らが生きていた時代には神の実在と言うのは当たり前のことで、それをあえて問題とすることも無かったのです。
中世や近代の枠組みの中では彼らの哲学には意味がありましたが、少なくともそれは現代人を納得させるような哲学とは言えません。

さて、相撲賭博問題を論じるに当たっては4つのポイントがある。
@相撲界の倫理の問題
A国内政治或いは国際政治との関連
B賭博の是非
Cマフィア問題
これらが複雑に入り組んでいるので一般には分かりずらい訳である。

660 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 21:49:10 0
以前書いた解決策(ギャンブル全面合法化)ではBとCに対しては有効だが
@やAはまた別の対応が必要であろうと思う。
相撲界の倫理問題には「八百長問題」というのもある。
そしてそれらを野放しになっていたのも、相撲の世界を支配する倫理が曖昧であることと関係がある。
相撲が一種のプロレスだとすると「ブックがあって何か悪いんですか?ただのスポーツではなく能や歌舞伎と同じ一種のショーでもあるんですよ」という論理も成立するからである。
さらに輪をかけて問題なのは、「勝ち星を金銭でやり取りしている可能性がある」ということだろう。
特別調査委員会がここまで踏み込んで調査するかどうかは疑問であるが、相撲が純粋なスポーツなのかショーなのか格闘技なのかということも
明確にしておかなくては、「倫理規定」を作る事も不可能であろう。
これは「現代相撲はどうあるべきか問題」とも関わってくる。
「いや、現代相撲などというのは存在せず、相撲はあくまでも伝統芸能」という意見もありうるであろう。





661 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 21:57:56 0
或いは、相撲取りは全員特別公務員ということにして、衣食住を保障し、給料は一律同じということにしたらどうであろう。
出世するごとに金や権力が手に入るシステムにすると、「勝ち星を買っても大関になれば採算が取れる」といった経済的合理性が
相撲の世界に入り込んでしまうのは避けられない。
そもそも江戸時代の力士は何人ぶちとか石高を与えられ、半公務員のような存在であったともいえる。
純粋に相撲の技や精神を養成し、その事によって公益をもたらすというのでればそれでいいはずである。
懸賞金のようなシステムがそもそも一種の「賭け事」なのであるし、賭け事を禁止するならば懸賞金制度も禁止しなくては成らないだろう






662 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 22:02:41 0
>>659
>シェリングやカントの哲学についてですが、彼らは神の実在を前提に議論を展開していますが
>そもそも神が実在するのかと言う問題提起に明確な答えは出してはいないのです
>いや、彼らが生きていた時代には神の実在と言うのは当たり前のことで、それをあえて問題とすることも無かったのです。

「神の実在を前提に議論」なんてしていない。全くの誤解ですね・・・
哲学板に書き込むなら、もう少し哲学を勉強したほうが良いよ。

カントは、神の存在について二律背反が生じる事を明らかにした人。(『純粋理性批判』)
これは哲学史の基本ですね・・・







663 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 22:20:14 0
>>659
>彼らが生きていた時代には神の実在と言うのは当たり前のことで、それをあえて問題とすることも無かったのです。

無知にもほどがあるぞw

664 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 22:20:56 0
カントは純粋理性批判で神の存在証明がアンチノミーに陥ることを証明したとされますが
その後の著作である実践理性批判や判断力批判では、神は道徳上の要請であり、論理的に証明は出来ないが実在するというような主張をしています。
(私も彼の思想を全て把握しているわけではありませんが)
少なくともカントの「神は実在する」という観点から論じられた哲学は現代ではそのまま受け取ることは出来ないと思います。


665 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 22:26:35 0
もちろん、カントを現代的に再解釈して理解すれば、カントは読めないことはないし、
それなりに示唆に富む事を主張してはいる。
ただ、何かの命題について検討しているときに「カント読め」では反論にならないということです。
カントでも前期、中期、後期では意味するところが変わってくるし、現代の哲学者が再構成したカントも存在する訳ですからね。
ま、貴方がカント哲学の観点から大相撲問題を論じたり、政治の問題を論じるのは自由です。
そのかわり何故カントさんの意見が正しいと思うのか、ちゃんと根拠を示して反論して頂かないと議論にならないのです。





666 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 22:31:53 0
>>664
おそらく貴方は、「認識」と「信仰」との違いについて、考えたことがないだろう。
カントはそれを「理論理性」と「実践理性」として書いているわけで、
「要請」というのは、「実践理性」の問題。

カントは人間の「認識」能力の限界を明らかにしようとしたんですね。
神は、人間の「認識」から閉め出された。
それによって、現代の学問が基礎付けられたわけですよ。


667 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 22:42:19 0
>>665
>ただ、何かの命題について検討しているときに「カント読め」では反論にならないということです。

また無茶苦茶なことを・・・

これが貴方の意見

>シェリングやカントの哲学についてですが、彼らは神の実在を前提に議論を展開していますが
>そもそも神が実在するのかと言う問題提起に明確な答えは出してはいないのです
>いや、彼らが生きていた時代には神の実在と言うのは当たり前のことで、それをあえて問題とすることも無かったのです。

これが全くの誤解だということを説明してるんですよ・・・
哲学板なんだから、哲学史について無茶苦茶な書き込みをほっとくのはまずいでしょう・・・



668 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 22:42:21 0
そもそもカントの道徳形而上学原論と大相撲の監督責任をどう結び付けているわけ?
カントは全ての国民は内閣総理大臣の責任を問うては成らないといってるのかね



669 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 22:44:43 0
別の話に移るなら、前言を撤回してからにするのが筋でしょう。
話を逸らさないで。



670 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 22:47:19 0
ここは哲学板ではあるが、哲学史板ではないがね。
それにカントの哲学はカントさんがああいってるこういっているではなく
「自分の頭で考えなさい」といってるのだと思うよ。
カントがああいったこういったではなく、今まさにここでカント哲学(汝の悟性を使用せよ)を実践するべきなのだ。








671 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 22:50:45 0
>>670
ここは対話スレですね。

対話の基本は、自分の誤りを誤りとして認めることができることだと私は思いますよ・・・
それができない人に「対話」は無理じゃないかな・・・


672 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 22:59:54 0
カント哲学について論じていたわけではないですが
どうしてもカント哲学について論じたいというならば、いいでしょう。
話題を「カント哲学の本質」或いは「カントの現代的意義」とでもしましょう。
こっちの方が大勢の人が参加しやすいかもしれないですからね。



673 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 23:05:20 0
>>672
>どうしてもカント哲学について論じたいというならば、いいでしょう。

そうじゃないだろww
君が前言撤回すれば、カントはそれでおしまいw

674 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 23:27:34 0
カントやシエリングの哲学が神の実在について問題にしていないというのが一種の「暴論」であることは認めます。
彼らは思いっきり、神について語ってるからね。


675 :考える名無しさん:2010/06/28(月) 23:57:26 O
しかし哲学するというのは本当に面白い。
これ以上の娯楽というのは無いのではないかと思う。
皆さんももっと哲学を楽しむべきだ


676 :考える名無しさん:2010/06/29(火) 20:01:40 0
カントなんてカスだろw
カントがおまえに何をもたらしたか書いてみ?


677 :考える名無しさん:2010/06/29(火) 21:36:16 0
>これ以上の娯楽というのは無いのではないか

パチンコと哲学を較べられてもなぁw

678 :考える名無しさん:2010/06/29(火) 22:46:21 0
>>676
女子高生のカントはつのがらいということも知らないのかな?ww

679 :考える名無しさん:2010/06/29(火) 23:48:31 0
随分低次元だな。
ワールドカップレベルの議論をしてみろ。


680 :考える名無しさん:2010/06/30(水) 12:10:26 0
そんなもん見てねえ!>ワールドカップ

681 :考える名無しさん:2010/06/30(水) 22:08:03 O
次は未成年の権利及び少年法について考えて行きたいと思います。
少年法というのは未成年に特権を与える法律だと思います。
特権が与えられる代わりに権利の制限もある訳ですね。
ただ直観的に思うのは同じ人間であるにも関わらず裁判権や選挙権が奪われているのはおかしいと思うんですね
これはね。黒人差別や女性差別と同じ差別だと思うんですよ
こういった差別思想によって少年は数々の苦汁を舐めていると思うのですね


682 :考える名無しさん:2010/06/30(水) 22:58:13 0
私は選挙権は出生の瞬間から付与されてもいいと思う。
また、少年法の改正議論は少年犯罪の厳罰化を意図して為される場合多いが
そうではなく「少年」が幸福な人生を自らの手で切り開き手に入れるために改正が必要だと思っているのである。
例えば、学校のイジメ問題などがあるが、もし、少年たちが法律上も自由に生きる権利と行動に伴う責任が認められれば
私は、学校のイジメ問題などは、当事者自身の手で解決できる問題であろうと思う。
もし、隣人の嫌がらせなどにおいて、勉強する権利が侵害されたとした場合、同級生を訴えればいいだけだからである。
リンチ事件のようなことが起こった場合も、被害者の少年が訴えれば、加害者は刑事責任を問われるわけである。
思うに、不良同士の抗争事件なども、少年が様々な権利を奪われているために、言論によって権利を主張する事が出来ない事と関係していると思われる。




683 :考える名無しさん:2010/06/30(水) 23:54:34 O
デルギアス

684 :考える名無しさん:2010/07/01(木) 08:11:30 0
>>682
>学校のイジメ問題、隣人の嫌がらせて、勉強する権利が侵害されたとした場合

馬鹿だなw

そんな事は今の法律でも訴えられるし責任を問えるのよ
問題の根本は「今目の前に在る法」を活用しようとしない泣き寝入り体質の
腐った国民性にある

685 :考える名無しさん:2010/07/01(木) 08:36:00 0
>684
ネットで裁判記録を見ると「原告小学生」というのも結構あって
小学生でも裁判に訴える事は出来るシステムになっているようだね。
だったら話は簡単で、学校教育や家庭教育で人権やシステムについて教えればいい訳である。





686 :考える名無しさん:2010/07/01(木) 08:55:45 0
>問題の根本は「今目の前に在る法」を活用しようとしない泣き寝入り体質の
>腐った国民性にある

私個人としては、プロティスタンティズム的、或いはイエーリング的な権利闘争を煽るような思想は余り好きではない。
むしろ、子供たちには言語ゲーム的な考え方を教えたらいいんじゃないかと思うんだよね。
言語ゲームの一貫として、君たちには裁判所や政治を動かかす権利すらあるんだよと教えてあげたい。
前者の思想だと、アメリカのように親子や兄弟、隣人で、法律闘争をしまくる殺伐とした世界が予見されるんだよね。







687 :考える名無しさん:2010/07/01(木) 09:03:14 0
裁判権は現状でも一応ぎりぎり保障されているとはいえ、子供に選挙権が無いのは問題だと思う。
子供のときから政治という言語ゲームに参加する事が出来る権利があるとしたら
子供らはこぞって空手やサッカーを習うように、論理というものを真剣に学ぶようになるだろう。




688 :デルギアス:2010/07/01(木) 09:07:50 0
>>683の「デルギアス」というのは私の書き込みなのだが
実は昨夜、、夢の中で「デルギアス」と呼ばれ
何の事だろうと思って起きてから調べたら正体不明の言葉なので、一つ私のハンドルネームにしておこうと思う。



689 :考える名無しさん:2010/07/01(木) 09:15:01 0
気軽にハンドルネーム付けない方がいいよ。
コテハンだと見るや否やターゲットにして念入りに観察した挙げ句陰湿な嫌がらせとかストーカーする異常者が多いから。

690 :考える名無しさん:2010/07/01(木) 09:18:46 0
そうだね。では名無しに戻る。


691 :考える名無しさん:2010/07/01(木) 09:28:44 0
>>686
>権利闘争を煽るような思想は余り好きではない

「権利の行使」を闘争に歪曲してしまうおまえみたいなヤツが
まさに泣き寝入り体質でありイジメ容認、放置、間接殺人の幇助だと言ってるんだが、、

そんな大人に囲まれ方向付けられ自由を封殺された日本の子供は気の毒というほかない

692 :考える名無しさん:2010/07/01(木) 09:41:20 0
>691
近代法学の祖イェーリングは「法の生命は闘争である」と言っている。
つまり権利の行使を一つの闘争と考える思想は特別な考え方ではなく、
むしろ近代法律学の中では一般的な考え方なのである。
同様に、論理の行使を闘争と考える人間も居て、君などの書き込みを見てもこういった思想の呪縛があるのではないかなと思う。


693 :考える名無しさん:2010/07/01(木) 09:54:20 0
>>691の考えだと、イェーリングのような法学者こそが
泣き寝入り体質、イジメ容認、放置、間接殺人の元凶だということになる。
彼の有名な言葉に、「法の目的は平和、手段は闘争」というものがあるが
こういったレトリックはヒトラーも使った訳である。
少なくともヒトラーも平和の為に周辺諸国に戦争を仕掛け、民族虐殺を企てたのであろう。
思うに、手段が闘争だと結果も闘争にしかならないのではないかと思う。





694 :考える名無しさん:2010/07/01(木) 10:03:51 0
何故、子供の人権が奪われるのか。その理由として子供はまだ未成熟であり義務を果たしていないからというものがある。
しかし、これは社会体制にとって都合の良いシステムを維持するための一種の詭弁なのではないかと思う。
例えば、インドやアフリカには飢えた子供たちが無数にいると言うが、彼らに政治参加の権利を与えれば
こういった問題はかなり解決すると思う。
インドやアフリカは日本のように少子化ではなく、人口に占める「子供」の数は圧倒的に多い訳で、彼らに政治参加の権利を与えてしまえば
超強力な政治勢力が誕生してしまう。「貧乏子沢山」と言うからね。
子供にまっとう人権が保障されてしまうと、貧困層と富裕層では政治的なパワーが逆転してしまうわけである。



695 :考える名無しさん:2010/07/01(木) 11:41:27 0
>イェーリング…「法の目的は平和、手段は闘争」

イェーリングてどんだけ馬鹿なんだよw

人類の目的は平和そして「法はその手段」に過ぎない…だろがw
手段に過ぎぬ法を主体に祭り上げ目的の上位に位置づけるなんぞは
本末転倒のきわみ

頭悪過ぎだぞそのイェーなんとか野郎はw

696 :考える名無しさん:2010/07/01(木) 13:10:14 0
>>694
20年くらい前に4〜6歳の3人が新生児を殺したって事件もあったよ。

親戚だか知り合いだかが新生児連れで家に遊びに来てて、赤ちゃんが
寝ちゃったので別室に寝かしておいたのを発見した3人が勝手に外に
連れ出して、坂を転がり落としたりして遊んでるうちに泣き出したから、
泣き止ませようと包丁を持ち出してブスブス刺してたら泣き止んだので
放置。その後、発見されたけどすでに死亡。子供たちに事情を聞いたら
あっけらかんと「赤ちゃんと遊んでたら泣き出したから刺した。泣き止んだ
から赤ちゃん大丈夫だよね?」と言ったとか。

本当のことは誰も本人達に言えず、マスコミの取材にも笑顔で答えていた
(もちろんモザイクあり)。もちろん刑事でも民事でも責任は問えず。

697 :考える名無しさん:2010/07/01(木) 14:15:29 O
いい意見だと思います。
確かに「幼児は善悪の判断が付かない」という側面もあるし
そもそも「赤ちゃん」などは見境無しに物を投げたり壊したり食ったりする訳です。
彼らに法律上の責任を問えるかというと難しい面はあるでしょう
上の例だと人を殺すのが悪い事であると言う事を自覚していないようだからね
(ただ一概に幼児は馬鹿だとも言えない訳で
極端な例だが生後18ヶ月で『ニューヨークタイムズ』を読んで理解した幼児の記録もある。)
大体この年齢くらいから、人は本格的に言語世界に参入して行く訳で
取り分け幼児には自由と責任の概念をよく教育して置く必要があると思う。
しかし、問題児童というのはどうしても生じてしまう。
例えば『ドラえもん』に出て来る「ジャイアン」である。
彼は「ノビタ」の幸福追求権をかなり犯しているのだが罪の意識が無い。「ノビタ」はドラえもんに頼るのではなく、裁判所にジャイアンの拘束を訴えればいい訳である
小学生にして国を動かす男ノビタである。
それだけの権限を与えれば一生懸命、日本国憲法を勉強するだろう
(なんと頼もしい小学生であろうか)
権限がないから「ママー」とか「ドラえもんー!」とか言う情けない話になってしまう訳である。
という訳で法改正がされれば幼児の権利意識もかなり向上するのではないかと思う。


698 :考える名無しさん:2010/07/01(木) 17:10:34 0
ちょっと調べたのですが、別に少年から告訴権が剥奪されている訳ではなく
意思能力があると認められれば10歳の少年でも告訴が認められているようです。
すると、現状の法的枠組みの中でも、のび太が検察官に告発状を書いて告訴を求めればジャイアンを法廷に引き出す
事ができるということに成ります。
とても勉強になりますね。
すると、学校裏サイトの問題などでも、被害を受けた当人が検察に告訴状を出せばそれで解決ということになるかと思います。





699 :考える名無しさん:2010/07/01(木) 18:07:02 0
権利を行使し損ねてるうちにイジメ殺されていくんだよね。

700 :佃煮マニア:2010/07/01(木) 18:12:36 0
いじめって依存関係だから告発したらしたでまたドロドログチャグチャありそうで怖いですね。

701 :考える名無しさん:2010/07/01(木) 18:18:07 0
>>699
イジメの被害というのは解釈問題でもあるわけで
前述のささやき戦法が通じなかった長嶋茂雄の例でも分かるとおり、
気にしなきゃ存在しないのと一緒と言う面もある。
しかし、もし実害があった場合は、検察に告訴状を書けばいいわけだから
その能力と認識さえあれば、ヤクザや不良の5人や6人は眼光のみで吹っ飛んでいくだろう。
この位の芸当が出来る小学生はもはやボクシングのチャンピオンや拳法の達人以上の権力の使い手だからである。
少なくとも元ボクシングの世界チャンピオンで恐喝で捕まった渡辺二郎や亀田よりこの小学生の方が強い。


702 :佃煮マニア:2010/07/01(木) 18:21:09 0
そこまで物事がドライに運ぶものかな。

703 :考える名無しさん:2010/07/01(木) 18:26:02 0
>>700
実際に告発しなくても、告発する能力があると言うだけで十分「護身」になっている。
ボクシングや空手のチャンピオンが実際に相手を殴らなくても、その風圧だけでチンピラを圧倒するようにである。
無意識の次元で、「よくわからんけど、こいつを相手にしたら大変な事になる」と、子供たちは動物的直感で理解するだろうし
達人小学生も「その気になればこいつら全員刑務所に送る事もできるな」と思えば既に勝負はついているので、蚊に刺される程度も気にならないだろう。


704 :考える名無しさん:2010/07/01(木) 18:46:43 0
結局、認識していないものは存在しないのと一緒で
あらゆる小学生は、その気になれば機動隊や自衛隊をも擁する「国家」と言う権力を
使う事が出来るのである。それはもはやリアルデビルマンであり、リアル空条丈太郎であり、リアル筋肉マンなのだが
自分がそうであることを知らない限りは惨めな「ノビ太」な訳である。
言語ゲームの達人小学生なら手も触れずして三日で暴走族を壊滅させる事も出来てしまう。
これは大人と子供で違いがあるわけではなく、大人でも知識がなければ絶望し、自ら命を絶つようなケースもある。
というのも「法律」と言う言語空間にアクセスできるものだけがこの力を行使することが出来るからである。



705 :考える名無しさん:2010/07/01(木) 18:50:00 0
もし、管直人が言語ゲームの超使い手ならば、米軍を日本から追っ払って、世界政府を建立する
ことだって出来るだろう。
その能力がないから「すいません。官僚様は政策のプロフェッショナルであり、私から見れば神様です」ということになって
しまうわけである。


706 :考える名無しさん:2010/07/01(木) 19:03:21 0
ソープは売春じゃないパチンコは賭博じゃない自衛隊は軍隊じゃない

707 :考える名無しさん:2010/07/01(木) 21:13:09 0
だれかこの妄想特急を止めてやれ。

708 :考える名無しさん:2010/07/01(木) 21:25:17 O
簡単です。
もし相手の主張が妄想に聞こえるならば「貴方の意見は論理的でないよ。何故なら〜」と根拠を上げて反論すればいい訳です。


709 :考える名無しさん:2010/07/01(木) 22:37:21 0
>>708
>ボクシングや空手のチャンピオンが実際に相手を殴らなくても、その風圧だけでチンピラを圧倒するようにである。
>無意識の次元で、「よくわからんけど、こいつを相手にしたら大変な事になる」と、子供たちは動物的直感で理解するだろうし
>達人小学生も「その気になればこいつら全員刑務所に送る事もできるな」と思えば既に勝負はついているので、蚊に刺される程度も気にならないだろう。

@風圧
A子供たちの動物的直感での理解
B達人小学生

もうちょっと詳しくお願いします。いったいどういった魔法なのですか?

710 :考える名無しさん:2010/07/01(木) 22:42:20 0
なんかメンドクサイやつばかりだな〜

711 :考える名無しさん:2010/07/01(木) 23:02:51 0
>709
そこですか。
例えば、(この前負けちゃったけど)氷の皇帝と言われた全盛期の頃の格闘家ヒョードル
を見ると、オーラみたいなものを感じませんでしたか?
日常でも、なんだか分からんけど風格やオーラを感じて、つい敬語で話してしまう人とか
道を譲ってしまう人とかいるでしょう。
意識ではその原因が分からないけれど、無意識ではなんとなく相手との力関係を理解してしまっているわけです。
Aの動物的直感というのもこういった能力ですね。
Bの達人小学生と言うのも、見かけは一見小学生だが、訓練や才能によって、
中身が知的訓練を受けた経験豊富な30男や武道の達人のような分別や判断力を持ったモンスター級の小学生の事です。






712 :考える名無しさん:2010/07/02(金) 00:12:26 0
なるほど、なんだかドラゴンボール的ですね。

私の友人にもそのオーラと言うヤツが見えるのがいて、去年の夏マルチ商法に引っかかっていました。
彼の彼女もその類で、動物的直感で人の好き嫌いを決め、見ただけで血液型まで分かるらしいです。
Bはマンガで見たことあります。「見かけは子供、頭脳は大人」が売り文句です。

こういう未知の宇宙ピラミドパワー的な物の存在を信じている方ってどのくらい居るのでしょうか?
スメルジャコフなんかがこの類の人物として有名ですね。

713 :考える名無しさん:2010/07/02(金) 03:11:56 0
>712
・・別に、神秘的なことを言っているわけじゃないんだよ?
ドラゴンボールとかマルチ商法だのと言う批判はまったく的外れでしょう。


714 :考える名無しさん:2010/07/02(金) 04:24:50 0
A:オーラなるものについて、ちょっと解からない。
これは万国万人共通の理解では無いようですが・・・。
選ばれた人間のみぞ感じ見ることのできる摩訶不思議な異能力なのでしょうか?
それとも先入観や環境に流されやすい人にだけ見える特有の現象?

B:動物的直感は信用に値するものですか?先入観ということはない?

C:人間の脳の成長過程という点を考慮すると達人小学生と言う奴にリアリティが感じられない。極めて特殊な脳の早老症?

※ドラゴンボール:少年誌的という意味

715 :考える名無しさん:2010/07/02(金) 07:17:48 0
哲学のスレを探していますが
どなたかご存じの方いらっしゃいませんでしょうか?

716 :考える名無しさん:2010/07/02(金) 16:29:18 0
>714
A.そんなに深刻に考える必要はないです。
オーラというのは、普通にわれわれが日常で感じる、威風とか威厳のことです。
特にオカルト的意味はないです。
B.たとえば森をさまよっていたら、荒れ狂った巨大なクマが現れたとしましょう。
  多くの人間は本能的に恐怖を感じるでしょう。
  しかしそれは先入観であるといえば先入観です。遺伝子とか脳細胞のレベルで猛獣に対する恐怖が染み付いているだけです。
  理性的に考えれば、「ただのケダモノ」であり、「万物の霊長」である人間様が恐れるに足りるものではなく
  冷静に近づいて、コメカミに銃弾を撃ち込めば勝てるかもしれません。
  さて先入観に従うべきでしょう理性に従うべきでしょうか。難しいですね。
  多くの凡人は本能に従って逃げたほうが助かるかもしれません。信用できるともいえますし、信用できないともいえます。
c. そんなに特異な能力ではないと思います。
  ただ、IQでいえば200くらいは必要でしょう。


717 :考える名無しさん:2010/07/02(金) 16:43:25 0
私は少年法を否定する立場から論陣を張っているので、相対する側はできれば少年法を肯定する立場から批判をしてほしいんですね。
そして、論敵の論理を批判するだけでなく(これも大事ですが)自分の論理を構築し、観客に納得させて欲しい。
もちろん、私は相手の論理を打ち砕きに行く。
最強の盾と最強の矛の弁証法ではないですが、相手の容赦ない攻撃(反論)を想定することで、かえって、堅固な城壁(理論)が建設されていくわけです。
このようにして論理能力を高度化していくと、日常生活でも仕事でも大変役に立つはずです。
もちろん、「哲学力」も高度化するでしょう。
せっかく貴重な時間を費やしているのだから、この空間を有意義に使いましょう。







718 :考える名無しさん:2010/07/02(金) 20:33:39 0
>>716
A´:威風・威厳ならば・・・
先入観や環境に流されやすい人にだけ見える特有の現象。つまり社会的なものですね。

B´:先入観と認めるならば、それ(貴方のいう動物的本能)は経験的なものですね。
遺伝子レベルで猛獣に対する恐怖が染み付いているわけがありません。

C´:IQについて過信しすぎです。ゆえに、その達人小学生など虚構に過ぎない。

719 :考える名無しさん:2010/07/02(金) 22:31:48 0
A.社会的なものというか心理的なものでしょうね。

B.>遺伝子レベルで猛獣に対する恐怖が染み付いているわけがありません。
例えばサルには蛇を怖がる本能があります。
これは後天的なものではなく先天的なものです。
特定の脳細胞が蛇を見ると恐怖を感じる指令を出すように怖がるように分化したのです。
※資料参照

C.IQテストで200点れば達人小学生であると言っているのではなく
私が想定する虚構の達人小学生ならIQが200あってもおかしくないというニュアンスで
理解していただければいいと思う。

※参考資料
 人間がヘビに敏感に反応するのは経験ではなく、本能的なものである
可能性が高いことを、名古屋大の川合伸幸准教授らのグループが、
サルを使った実験で解明し、米科学誌「ジャーナル・オブ・コンパラティブ・
サイコロジー」(電子版)に19日発表した。
 人間は多くの動物の中でもヘビに対して特殊な反応をすることが、
これまで実験などで明らかにされている。川合准教授らは、これがサルにも
共通する現象かどうかを、一度もヘビを見たことのないニホンザル3頭を
使って実験した。
 9枚の写真の中から1枚だけ違う写真をサルに選ばせて、スピードを比較。
その結果、花の写真8枚の中にあるヘビの写真1枚を選ばせた場合は
平均1・16秒かかったが、ヘビの写真を8枚にして花の写真を選ばせると
1・89秒かかり、ヘビを認識するスピードの方が速かった。
 川合准教授は「高い木の上で暮らすサルにとって、ヘビは最大の天敵。
このためヘビを素早く察知する視覚経路が進化の過程で発達し、
人間にも受け継がれていると考えられる」と話している。

720 :考える名無しさん:2010/07/02(金) 22:44:23 0
明大の研究グループのレポートを参考に論じると、結局、猛獣を怖がる本能があるからこそ
我々は生き残ってきたといえる。
ダーウィンの進化論的に言えば(私は必ずしも賛成ではないが)そういう本能を遺伝的に持っている個体が
より環境の中で生き残りやすく子孫を残してきたという事になるだろう。
その意味では、この本能は生存に役立っているわけである。
しかしながら、この本能のせいで、別に害にならないような蛇でも、いや蛇でなくてもそのイミテーションであっても
人間は怖がってしまうわけである。
孫子のような兵法家などはこういう人間の本能を利用して戦争に勝てと言っているわけで
本能は強みであると同時に弱点でもあるのである。
(理性が発達した人間は、たとえ本能で恐怖を感じていたとしても、毒のある蛇と毒のない蛇、或いは蛇に見える模型と本物の蛇を見分ける事が出来る。
あ、これは害のない蛇だなと納得すれば恐怖心はおさまるわけである)





721 :考える名無しさん:2010/07/02(金) 23:05:51 0
>>719
A´´:同じです。すこし譲って社会心理学的と言っておきましょう。

B´´:ヘビに限定されるわけですね。
それからいつのまにか摩り替えられていましたね。「動物的本能」ではなく「動物的直感」でした。

C´´:結局虚構なのですね。

722 :考える名無しさん:2010/07/02(金) 23:15:39 0
A.そうですか。
B.動物的直感と動物的本能は同じだと思いますよ。
  また、蛇は猛獣の中に含まれるでしょう。当然、蛇を怖がる本能があるとしたら
 その他の猛獣を怖がる本能があることは十分ありえるし、そもそも「猛獣への恐怖は本能ではなく経験である」と言う
 論旨を覆すのには十分であろうと思います。 
C 元々虚構の話ですが、虚構が具体化されれば事実になります。
 ただ、潜在的には10歳くらいで司法試験に受かる能力がある子供が居てもおかしくないと思いますし、
 その意味では虚構ではあるが「検察を利用できる小学生」は現実的に存在しててもおかしくないといえるでしょう。


723 :考える名無しさん:2010/07/02(金) 23:32:59 0
この論議はいわば「ノビ太が腕力を振るうことなくしてジャイアンを黙らせる事は出来るのか」と言う思考実験です。
現状の制度の範囲内でも法に触れることなしにノビ太がジャイアンを黙らせることはできる。
国家権力を使えばいいのである。と言う論理である。
反論をするのであればこの論旨を覆えすような主張でなくては有効な反論とは成りがたいであろう。
反論するときは、相手の根本的主張が何であるかと言う事をちゃんと抑えておかないと議論として成り立たないわけです。




724 :考える名無しさん:2010/07/02(金) 23:53:31 0
>>722
A´´´:それでは「オーラのようなもの(威風・威厳)」については社会心理学的なものであって、虚構であると言って良いですね。

B´´´:貴方は「本能」と「直感」を同一視しているので、他者との理解に差異が生じています。
そもそも直感というやつは経験的な部分が多くを占めています。
また「猛獣への恐怖本能」についてもヘビについてしか示せていませんし、その研究は信用して良いものかもいささか不安です。

C´´´:「学問上の知識」と「経験からなる智恵」を混同してはいけません。よって達人小学生など永遠なる虚構です。

725 :考える名無しさん:2010/07/02(金) 23:54:29 0
もうすこし有効な反論の例としては
「ノビ太が検察に告訴状を出し、検察が告訴を認め、ジャイアンを公訴したとする。
しかし、少年法によってジャイアンは守られており、簡単な注意、警告を受けるか、鑑別所に数ヶ月入ってすぐにシャバに
出てくるから解決にならない」などというものでしょう。
しかし私は「裁判所からの注意や勧告は十分抑止力になる。万が一ならないのであれば、少年法が公序良俗の保持に悪影響になっているので、
実刑判決が出せるように改正するべきであろう。」
というような反論をするであろう。
すると「いや、ジャイアンは将来本職になるから実刑判決が出てもハクが付くだけ。ノビ太は報復の恐怖に駆られてすごさねば成らなくなり
事態は悪化するだろう」などという反論も考えられる。
これに対して、「ジャイアンが本職になるとは考え難いが、もし、仮にジャイアンが本職になったとしたら、暴対法の規制力が働くので、ノビ太に対して報復するのは難しくなるであろう」
などと反論する事が出来る。




726 :考える名無しさん:2010/07/03(土) 00:03:22 0
>724
>>A、B、C
まず、虚構だから駄目というのはかなりお粗末な反論である。
前述の孫子のように、「兵は危道なり」(兵法の本質と虚構を操る道である)といっている軍学者もいるように
仮に虚構の存在であっても現実に巨大な影響力を振るうことが出来るからである。
また、達人小学生など絶対に虚構だ、ありえないというが、小学生の将棋の達人もいるし、数学オリンピックで優勝するような数学の達人も居る。
別に法律や弁論術の達人が居てもおかしくないだろう。






727 :考える名無しさん:2010/07/03(土) 00:17:59 0
>>726
ここは哲学板です。
虚構を礼賛し、あたかも現実のものとして考え弁じることを詭弁といいます。
虚構は虚構に過ぎません。少なくともここでは礼賛すべきではありません。
(孫子の例などは、実に無駄な、むしろ無くても良い行だと考えます。)

将棋の達人、数学オリンピックでの優勝などは「学問上の知識」が多くを占めています。
「経験的な智恵」とは別物です。

728 :考える名無しさん:2010/07/03(土) 00:33:36 0
>>727
ここは哲学板だから虚構は反則だという奇妙な論理がそもそも詭弁であろうし
貴方は仏教哲学を知らないのであろうか?
色即是空、空即是色(あらゆる現象は虚構であり、虚構こそが一切の現実なのである)
老荘思想、陰陽道などもそうであるが、そもそも西洋思想に対する東洋思想の優位性があるとしたら実に対して虚の論理を展開したところにある。
将棋の達人は無数の場数を踏んでいるであろうし、弁論の達人も学問だけでは達人にはなれないでしょう。
水泳の達人も実際に泳いでいないのにテキストだけで達人にはなれないだろうと思います。
小学生だろうが大人だろうがそれは同じです。




729 :考える名無しさん:2010/07/03(土) 00:44:57 0
当たり前ですが、ノビ太がジャイアンを訴えたとしたら、それは一つの経験な訳です。
私は経験の価値を否定しているわけでもなんでもなく、むしろ、小学生に社会経験をさせろといっている面もあるのですね。
ただし、知識ゼロで経験しなさいといっても大した経験は出来ないわけで、(経験自体が知識によって成立する言語的体験である側面もあるからである)
初等教育で裁判を受ける権利について噛み砕いて教える必要があるし、もっと具体的に裁判の起こし方や訴状の書き方を教えればいいと思うのである。勿論、体験学習も導入すればいいであろう。


730 :考える名無しさん:2010/07/03(土) 00:52:44 O
ただ問題は今度はジャイアンが腕力ではなく言語能力で近隣を支配する悪徳弁護士になっちゃったりする可能性である。
その辺は裁判所の良識に期待したい。苦笑


731 :考える名無しさん:2010/07/03(土) 01:12:15 0
>>728
反則だとは言っておりません。虚構は虚構であると申し述べているのです。
言い換えるならば、貴方にそれが虚構であることを理解させるために尽力しているわけです。
虚構を前提として論理を組み立てますと、往々にして楽天論になります。

仏教哲学については詳しくは知りません。
ここにはそれについて浅からぬ見識を持った方々が多くおられますので、その方におまかせします。
予測としては、貴方の謬見を指摘されるのではないかと思われます。

加えて・・・
オリンピック水泳で金をねらえるの達人小学生を想像できますか?
それと同じことです。達人小学生など虚構です。

Bについては意見ないようですがよろしいのですか?

732 :考える名無しさん:2010/07/03(土) 11:38:05 0
>728
(そもそもが小学生は金メダルを狙えるかと言う話ではないのだが)
水泳の岩崎恭子は小学生の頃から将来を嘱望され、様々な記録を塗り替える天才スイマーであり、14歳の時にはバルセロナオリンピックで
金メダルを取りました。
タイガーウッズは小学生の時にはすでにプロ顔負けの天才ゴルファーだったし、
将棋の羽生善治は小学五年生で既にアマ5段であった。
達人小学生はただの「虚構」ではなく、実際に存在してもいるのである。

Bに関して貴方の反論は少し稚拙ゆえ、私が自分で反論すると
「たとえ猛獣に恐怖を感じる本能があったとしても、ジャイアンがノビ太に恐怖を感じるとは限らないではないか」
と言うべきでしょう。
確かにジャイアンは怖いもの知らずなので、本能的恐怖も経験的恐怖も感じない可能性がある。
しかし「母ちゃん」に対する恐怖はあるようなので、この場合「ジャイアンの母ちゃんに内容証明を送りつける」と言う方法もあるであろう。








733 :考える名無しさん:2010/07/03(土) 13:08:04 0
少し脱線するが、人間の恐怖心と遺伝子の関係について少し語っておこう。
藤田保健衛生大学の宮川剛教授の研究によると、マウスの遺伝情報を操作し、
特定マウスにある遺伝子を植えつけると、今まで高いところを怖がらなかったのに
突然、高所に強い不安を感じたり、暗闇を怖がらなかったマウスが暗闇を怖がり始めたりするという
実験結果が得られたという。つまり、恐怖の感情と遺伝子とは関連があるということである。
マウスと人間の遺伝情報はかなりの部分一致しており、研究によると日本人の97パーセントは恐怖遺伝子を持っているという
ことなのである(アメリカ人は77パーセント)
すなわち、日本人は遺伝的に怖がりでもあるという事がいえると思う。


734 :考える名無しさん:2010/07/03(土) 13:24:39 0
もし、オーラなどと言うものは心理現象であって存在しないのだと言う意見に対してだが
ある現象に対してオーラや威厳、迫力を感じる遺伝子があるとし、日本人の多くがこの遺伝子のキャリアだとすると、
多くの日本人にとって、オーラは実在しなくとも存在してしまうということなのである。
もしかするとそのオーラはアメリカ人には感じ取れないものかもしれない。
ヒトラーが政権を取ったのも、或いは、ドイツ民族に固有の遺伝子に働きかけるような、抑揚や物腰で演説をしたということと関係があるのかもしれない。
もちろん、ヒトラーは分子遺伝学など知らない訳だが、天才なので独自に民族の心に訴えかける弁論の技術を編み出してしまったわけである。
当時のドイツ人は「いやぁ、ヒトラー総統にはえもいえぬオーラのようなものがあったんだよ」というかもしれないが
そのオーラなるものはドイツ民族以外には分からないものだったのかもしれない。
その意味で虚構だが、ドイツ人にとっては現実だったわけである。
ユングのような心理学の専門家やハイデガーのような知的エリートも、「ひ、ヒトラー総統は神です!!!」と少なくとも戦時中は言っていたわけだからね。


735 :考える名無しさん:2010/07/03(土) 13:28:03 0
勿論、お釈迦さまのような哲学の超天才であれば
遺伝子や本能、集合的無意識の奴隷になっているユングやハイデガー氏に対しても
「そんなものは空であり、虚構なのですよ。しかしながら、虚構によって君たちは熱狂しているのです」
仏教の高度哲理を説いて彼らの目を覚ましてやることも可能であったかもしれないが。


736 :考える名無しさん:2010/07/03(土) 14:06:22 0
閑話休題
ところで、遺伝子操作の技術が高度化し、一般化させるようになると
少々猫権的に問題だが、ペットの恐怖遺伝子を捜査し、車のエンジン音に恐怖を感じるように操作をすると
猫の交通事故というのはかなり減るように思う。
将来は、去勢手術以上に、一般的になるかもしれない。


737 :考える名無しさん:2010/07/03(土) 17:05:58 0
>>732
C´´´´:まず14歳というのは一般的に中学生です。
そして少なくとも第二次成長期(特に思春期スパート)を経ているわけです。

「脳と身体の成長」+それに伴う経験的学習が無ければ、到底「達人」に至れないものもあると水泳の例を指し示した次第です。(Cの内容です)
「小学生にしてはよく出来る」が「達人小学生」だとするならば何も言えませんが。


B´´´:貴方は「本能」と「直感」を同一視しているので、他者との理解に差異が生じています。
そもそも直感というやつは経験的な部分が多くを占めています。
また「猛獣への恐怖本能」についてもヘビについてしか示せていませんし、その研究は信用して良いものかもいささか不安です。
(↑めんどいのでコピペしました、あしからず・・・手数ですが経過を再読することをお奨め致します。)


D:とりあえず「虚構」の意味を調べておきました。
1 事実ではないことを事実らしくつくり上げること。つくりごと。
2 文芸作品などで、作者の想像力によって、人物・出来事・場面などを現実であるかのように組み立てること。フィクション。仮構。

738 :考える名無しさん:2010/07/03(土) 17:36:39 0
>>733-736
「恐怖遺伝子」=「恐怖を学習する遺伝子」ではありませんか?

かなり意味合いが変わって来ますのでくれぐれも気をつけて使用してください。

739 :考える名無しさん:2010/07/03(土) 17:52:21 0
>737
私の文章全体を読めば「達人少年」(或いは小学生)とは「子供でありながら、社会全体のシステムを理解し、それを縦横に扱える者」
という意味合いで使っていることが分かると思います。
だから別に「天才少年」でも「スーパー小学生」でもいいわけ。達人と言う言葉にこだわる必要性はそこにはないわけです。
なので、文脈を無視して、達人という概念を分析し、それが小学生と言う概念と矛盾するとしても
私の主張に対する反論にはならないのです。




740 :短パン:2010/07/03(土) 18:30:38 P
なんつーか
べらbねらべらべらべらべらべらべらと

くっそやかましいスレッドだなぁ。
おぃ佃煮。
哲学が対話なんだろ?

だったらそれ通してシネや。(よりにもよって短パンアホこき中のニーチェすれ)

あすこに書いて、なにかどうにかなるって思っていたのならば、
やはり、貴様の思慮は浅すぎん打よwwww

ということです。
・・・すまんというか
ほんとの一部に
(ありがとう)という文節すら昇ってはいるんですが・・・・

んまぁ。
いわねーよな、短パン的に。


ま、
それでもアリガトウだったよ?
また来い。佃煮

741 :短パン:2010/07/03(土) 18:41:09 P
哲学は対話。
・・・・・んんんみゃぱpwww
どう考えても、それだけはありえないんだが。

その主張を眺めてみたい気持ちでもある、というかさ。
そういう事なんだとおもうんだ。
解りなさいな?
そろそろな。><

742 :考える名無しさん:2010/07/03(土) 19:16:11 0
>>739
C5:ならば「達人小学生」改め「セクシー花子」にしておきます。
そして貴方が反論にはならないと言っている部分は毛頭承知の上で、あくまで副次的なものです。

子供のうちに到達できる領分と出来ない領分があり、
「脳と身体の成長」+それに伴う経験的学習が多分にボトルネックとなり得る事を示唆してあります。(>>737)

B´´´についてはどうですか?
Dはもう良いですよね?

743 :考える名無しさん:2010/07/03(土) 19:51:04 0
基本的に、こちら側の立論を打ち崩すような反論がない場合は、再反論はしません。
こちら側の立論が生き残っているとみなしますので、明確な反論が出ない場合はそのまま私の意見が通る事になります。
それは反対の立場でも同様です。
例えばDの「虚構の意味を調べました」では、これは反論とはいえないわけですね。
それに関しては「そうですか」で終わってしまう訳です。

>子供のうちに到達できる領分と出来ない領分があり、
>「脳と身体の成長」+それに伴う経験的学習が多分にボトルネックとなり得る事を示唆してあります。

現代の脳科学によると、人類の脳機能は6〜7歳で9割、小学校高学年(10〜12歳)でほぼ完成すると考えられているようです。
私自身の経験でも、幼稚園児のとき既に、保育師の先生と、生命の発生は偶然か、必然かで議論をしていた覚えがあります。
十分抽象的な問題を考える能力はあると思います。
経験学習に関しても、学校で模擬裁判などを体験すればいいであろうし、家庭教育も影響してくると思います。
また「子供裁判所」のような子供同士の紛争を解決する特別な機関を作ってもいいかと思います。









744 :考える名無しさん:2010/07/03(土) 20:10:13 0
心の仕組みドットコムはいい書き込みをしていた

745 :考える名無しさん:2010/07/03(土) 20:34:03 0
北朝鮮生まれだからなドットは (^^; 「イイ」カキコミ ッテ ナンダ?

746 :考える名無しさん:2010/07/03(土) 21:07:55 0
理論封殺されるとすぐ雲隠れしてこそこそ逃げ廻るヒトですよね(笑)

747 :佃煮マニア:2010/07/05(月) 22:04:49 0
>>740
短パンさんお久しぶりです。

748 :考える名無しさん:2010/07/06(火) 22:17:50 0
理想の世界と言うのはどういう世界であろうか。
ちょっと考えてみよう。
まず、理想の世界では、人々は競争をしない。もちろん戦争などない。
お互いに仲良く、お互いの価値を認め合い、気持ちよくすごせる世界である。
そのような世界を作るためにはどうすればいいのであろうか。
第一に、人々がlaber(苦役)から開放され、楽しんで仕事をし、生活が出来るようでなくては成らない。
そのためには、苦痛を伴う仕事は機械が代行するようになればいいであろう。
今でも、工事現場などではショベルカーなどが活躍している。
勿論、手で穴掘りをしたいという人はそれをしてもいいが、あくまで趣味でやればいい。穴を掘る自由もそこでは尊重される。
しかし奴隷労働は完全に壊滅しなくてはならない。
理想の世界では@奴隷労働が無い事 A人々の経済的不安がないこと B戦争の禁止、競争を煽る事の禁止 
これらの原則が守られている必要がある。



749 :考える名無しさん:2010/07/06(火) 22:28:34 0
例えば、人間の欲求の中には、最高の権力者になり、ハーレムを作り、巨大な宮殿に住みたいなどというものもあるだろう。
これに関しては、早急に映画マトリックスのようなバーチャルリアリティ技術を確立する必要がある。
そういう欲求があれば、脳にプラグを差し込むと一瞬で経験できるようにするのである。
すなわち、全ての人間が「皇帝のような境遇」をものすごいリアリティで経験できるのである。
となると、余り物欲と言うものにこだわらないような人間が出てくるのではなかろうか。
さらに、「医療技術の進歩」も求められる。絶世の美女になりたいと思ったり、アスリートの体が欲しいと思えば、映画アバターのように
すぐにその身体が用意されるわけである。
「天才頭脳」も望めば提供される。
これらの技術は少なくとも300年以内には実現しそうである。
とりあえず、人類はこの領域に向けて努力をしてみたらどうだろうか。




750 :短パン:2010/07/07(水) 05:15:24 P
>>747
あぁ久しぶり。佃煮。。。。
ところで短パンは何度でも同じ事を言うしかないんだけど、
哲学に対話なんて一番ありえへんのだよ。
っつか、
佃煮。
おまえ聞いてんのか?
今日耳日曜とかいったら
ぶっとばすからな!W

751 :考える名無しさん:2010/07/07(水) 07:49:06 0
>理想の世界では、人々は競争をしない。もちろん戦争などない。
>お互いに仲良く、お互いの価値を認め合い、気持ちよくすごせる世界である

マスメディアや世間によって脳に深く刷り込まれた論理矛盾に満ち溢れた理想論w
完全に脳がヤラれてる。
いったいどれ位、考えることを中断すればこのような出鱈目に気付かなくなってしまうんだろかw

752 :考える名無しさん:2010/07/07(水) 08:50:32 0
>751
そこで話を終わりにしないで、ちゃんと根拠を示してみなさい。
世間話と哲学的な対話の違いはそこにあるのだ。


753 :考える名無しさん:2010/07/07(水) 20:11:59 0
>>752
タワケ者w !!

ツベコベ抜かしてないで、

人々は競争をしない・・が「何故に理想」なのか持論の根拠言うてみ?
そすれば単におまえはソレが好きというツマラン嗜好の話に過ぎないのが分かるからw
正論の掘り起こしもできず代案も浮かばないくせに鵜呑み精神だけは旺盛な自分に気付けコラw

戦争などない ←こういうのを結果論という
戦争は有るとか無いという静物の世界じゃない
するのかしないかという行動のつまり「選択」の世界なのよ、わかるか?

もう少し教えとくと戦争はそれ自体目的じゃなく何かのための手段だってこと
つまり戦争の無いことが目的にはならないわけでそれを平和という語に置き換えてもおんなじ
戦争が無いことが人や国家の目的ではなく「私や私たち」の利益を目指すのが最上位の目的なのよ

その実現のための「戦争以外の」代案なくして、手段たる戦争を否定したってただの野次馬、
無責任な批判居士に過ぎないわけよw

754 :考える名無しさん:2010/07/07(水) 20:22:58 0
なるほど。

755 :佃煮マニア:2010/07/07(水) 20:49:05 0
>>750
私も、初めて哲板に来て板で一番中二病っぽい話をしているのがここだったので何となく居着いただけなんで、
その時はソクラテスもニーチェも知りませんでしたよ。
なんでも対話で互いに「なぜ?」と問いをぶつけあう事で真実の境地にいたるとか。
そういうのは短パンさんは好きじゃないのかな?

756 :考える名無しさん:2010/07/07(水) 20:57:02 0
>>753
では、答えよう。
まず、「理想論」に関してだが、「それが好きだから、その状態が好ましいから」で全く問題がない。
それは手段ではなく最終的な目的の話なので、それが手段として妥当性があるかどうかという批判は筋違いです。

>戦争などない←こういうのを結果論という

これに関しても、そもそも「結果論」を述べているわけです。
「戦争が無く競争もない社会」とは結果論であり、目的の話なのです。
これも見当違いの批判ということになります。


また、「平和」を実現するための「戦争以外の代案」も示してあります。
もし、人々の富や欲望の追求が原因で戦争が起きるとしたら、3D技術で富や欲望をかなえてしまえばよい。
或いは国家と言うものを解体してしまえばよい。というものです。








757 :酔) ◆TANPanX3xc :2010/07/07(水) 21:21:57 0
>>755
えぁと佃煮?^^;
短パンが対話形式で誰かと会話を成立出来そうだとか
ホントにそう思うのかW

っていうか、ありえないよ。^^;


>好きじゃないのかな?
というか、スキ嫌いの話じゃないような気がする。
・・・・なんていうのか。

物語を作る側っていうか。
そういう文字の作り方でしか自分を表現できない
いわゆる
そういう意味では

 か た わ 

758 :酔) ◆TANPanX3xc :2010/07/07(水) 21:32:07 0
>なんでも対話で互いに「なぜ?」と問いをぶつけあう事で真実の境地にいたるとか。
・・・そういう事、ニーセも言っていた。
そういうのを討論だって言うらしいんだけど、
・・・ううん。
言葉って、
文字って
それでは武器でしかないのか?
って話から始める事になるんだけど

付き合うか?
佃煮。。。。

759 :短パン:2010/07/07(水) 22:18:54 P
佃煮「っていうか短パンは私と付き合ってくれるの?」
短「はぃ?」
佃煮「だから」
短「・・・・ううううう、そうくる」
佃煮「そうくる」
短「んんんんん、少し考えさせて?」
佃煮「無理、即答しろ!」
短「いやぁぁぁあああああWWWWWWWW」

760 :酔) ◆TANPanX3xc :2010/07/07(水) 22:33:24 0
というかある意味短パンは誰かを口説いているのでしょうか^^;

っつか
佃煮が男か女か知らんっつーのにW
どーゆーチャレンジャーぶりなんだろうかW」


まぁいいけど。
いやよくねーだろWWWWWWWWWWWWWWWWWWWW

761 :考える名無しさん:2010/07/07(水) 22:47:01 0
基本的に、競争や戦争というものは、好ましくないけれど、ある種の必要悪として存在するといったものであろうと思う。
敵が攻めてきたから、しょうがないから戦う、競争で負けるとホームレスになるからなんとか競争で勝たねばならないという
しかし、人間の本来的な欲求からすると、競争や戦争は、無きゃ無いほうがよいものである。
だったら、その根本原因を無くしてしまえばいい訳である。









762 :考える名無しさん:2010/07/08(木) 00:29:26 O
総選挙も近いので、日本の政治の仕組みについておさらいして置こう。
まず近代政治とは国民の意志とその承認によって行われるという原則がある。
国民が望む政治の理想と根本原理を示したのが憲法である。
政治家は憲法の理念を実現するのが仕事である
その為には1)法律を理解し、作成する能力
2)政治、経済、そして各専門分野の深い知識が必要である
どんなに弁舌巧みでもこの能力が無ければ政治家として能力を発揮することは難しい。
またいかに能力があっても社会をよくしようというという志がないと国民の利益にはならないので
3)高潔な志
があれば必要かつ十分である。
この三つを兼ね備えた人物を選べば理想的な政治は行われるであろう


763 :考える名無しさん:2010/07/08(木) 09:17:50 0
>>756
わははw

「おまえが競争嫌い」で「俺が競争好き」、また「別の者が競争に別の感覚」を持ってること
は人それぞれの自由であるから「おまえの競争嫌い」を俺や他の者の理想と祭り上げられても大迷惑w
そんなもの世界を貫く理想でも何でもない

次に結果と目的はぜんぜん違う

「結果こそが人類や世界の目的である」というセリフは、誰もがその結果に満足し受け容れていてこそ
言える話、そうでない結果を目の前にしてこの結果こそがおまえらの目的なんだと押し付けるのは糞w
おまえのカキコはキムジョンイルを思い出させる

>人々の富や欲望の追求が原因で戦争が起きるとしたら

「・・としたら」じゃないんだよこのアキメクラw
生き物はその持つ欲望に向かうことが本分であって、いまだかつてそれ以外の人の行動を見た事がない

>3D技術で富や欲望をかなえてしまえばよい

死ぬまで言ってろw

> 或いは国家と言うものを解体してしまえばよい

例えば、集中豪雨をもたらす雨は空から降ってくる、だったら「空を失くせばいい」というのは幼稚園w
空に代わってそこに何を置くのか言わないと泣き言、タワゴトでしかなく代案には成り得ない
そんな話は独り便所でつぶやけコラw

764 :考える名無しさん:2010/07/09(金) 00:14:37 0
>763
君が、個人的な信念と思考を切り離す事が出来る人間のであれば、「戦争や競争が無い社会を作るにはどうすればいいか」
と考える事は容易。
知的な議論にはそういう能力が求められる。一方で、感情的な議論は、信念と思考を分離させられないので、感情的非難が飛び交う。
君は後者である。
また、私が書いた議論のてびきを読む能力があれば、「理想の世界は競争や戦争がない社会」という私の立論に対して
「理想の世界は競争や戦争に満ち溢れた世界」と言うアンチテーゼを立てて、議論に興じる事が出来るであろう。
私は、議論と言うのは将棋やチェスのような知的なゲームだと考えている。
将棋やチェスで、いかに相手を罵倒したところで戦局が有利になることは全く無いし、ゲームも始まらないので、相手にこいつ・・キチガイか?と思われるだけである。
というわけで、当たり前だが、議論の前提として人間として、最低限の礼儀は守るべきであろう。
そういうことで新ルールとして、無駄にwを多用するものや、煽り、無用に攻撃的な文章を書くもののレスは一切無視させていただく。(いわゆるあぼ〜ん設定の使用も含む)
サッカーにも駄目なプレイヤーにはイエローカードやレッドカードが出るわけで、楽しく、有意義な議論をするためには、こういったルールも必要であろうと思うからである。









765 :考える名無しさん:2010/07/09(金) 00:18:35 0
まず、議論をする人間は、ジャッジ(審判)の存在を意識しなくてはならない。
ジャッジ無きサッカーやジャッジ無き相撲は考えられないだろう。
ジャッジの存在は、ゲームをゲームとして成立させるために必要不可欠なのである。
ではそういうことを踏まえて議論していこう。


766 :考える名無しさん:2010/07/09(金) 00:25:48 0
これは非常に大事な事だと思う。
私は今まで、哲学系の掲示板にいくつか参加した事があるが
掲示板での議論には公衆の目が意識されにくいという条件があるためか
はじめは理知的に議論をしていても、必ず、最後には非難の応酬で終わる。
皆さんもいろんなところでそういう状況を目撃しているだろう。
なぜかというと、それは審判無きサッカーであり、審判無き相撲であるからである。
それが結局乱闘や喧嘩で終わるのは想像に難くないであろう。
対話を知的なゲームとして成立させるためには、明確なルールやジャッジメントの存在がどうしても必要なのである。





767 :考える名無しさん:2010/07/09(金) 20:15:53 0
>>764
>「戦争や競争が無い社会を作るにはどうすればいいか」

ほんとに頭が悪いんだなオマイw

戦争や競争が無い社会・・は目的にはならないんだよ
それらは「出来ればその方が望ましい」程度のものであって
結局ひとの目的とするところは自己の幸せ以外に無い

もし違うというなら自己の命や自己の幸せ捨てても
戦争や競争が無い社会を作るのが理想である・・と書いてみ?

なお議論の材料も知恵も無いオマイとのお遊びはこのレスをもって終了とする
思考停止のオマイに学習やまともな議論を望んだ俺がアホだったw

768 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 08:48:22 0
このひと正しいですね。

769 :考える名無しさん:2010/07/12(月) 01:25:03 0
>>764
完璧に論破されましまたね、反論の余地もなく(笑)


770 :考える名無しさん:2010/07/13(火) 18:29:57 0
勝ち逃げw

771 :佃煮マニア:2010/07/13(火) 19:40:30 0
さあさあ、ここはロンパールームではなく対話スレッドですよ。
互いの意見をすりあわせて新たな地平を見いだしましょう。

772 :考える名無しさん:2010/07/13(火) 20:48:40 0
>>771
>互いの意見をすりあわせて新たな地平を見いだしましょう

自己の「意見を言う」のと相手にあわせ「意見をすりあわせる」のはどこがどう違うんでしょうか?
相手によって自己の意見を変えなさいと命じるのはいかがなものか??
相手が誰であれ自己意見というものは変わらないというか変えてはならないと考えるのが普通と思うがにゃw

773 :佃煮マニア:2010/07/13(火) 21:03:02 0
>>772
まず自分が言いたい事をワーワー言うんですよ。
はっきり立場を明確にして言い切ると、「でもそれは○○じゃない?」とあちこちから反応が返ってきます。
そこで意固地に自分の意見を押し通すんじゃなくて、まず立ち止まって反応に答えようとする姿勢が大事です。
ひとつひとつの反応に丁寧に答えて行くと、自分の最初の意見があらゆる角度からのツッコミに堪えられる意見に練り上げられる訳です。
そうやって、すりあわせによってタフな思考を作り上げて行くんですよ。

774 :考える名無しさん:2010/07/13(火) 21:31:29 0
>>773
それって単なる迎合じゃん
そうやって烏合の衆の一人になるのが「意見をすりあわせ」とは情けないw


775 :考える名無しさん:2010/07/13(火) 21:36:42 0
自己の意見を述べるのに同調はいらない
逆に同調こそ自己の妨げ
他人に合わせる事は妥協、自己の歪曲を許すことにほかならない

自立したひとりの人間の姿とは程遠いつ〜か遠ざかってるw

776 :考える名無しさん:2010/07/13(火) 23:24:14 O
個の自立が大事、自己主張が大事というが
自己主張が強く、個人主義が徹底していたフランスはワールドカップでも敗退したよね
サッカーをする前に内紛が起きて組織が崩壊するようでは困ると思う


777 :考える名無しさん:2010/07/13(火) 23:31:39 0
たしかフランスはワールドカップで2度ほど優勝してるだろ
個の自立、自己主張が大事なのは当たり前だろ北朝鮮じゃないんだからw
そもそも個の障害となるよ〜な組織なんてイラネっつの!

778 :考える名無しさん:2010/07/13(火) 23:33:31 O
自己は他から絶対に自由であるとしたら、他人もまた絶対の自由を持った存在な訳で
使い古された言い方であるが個の自立とは他人の自由を認める事であり、他人の意見を尊重する事ではないかと思うんですよ
それは妥協とは違うと思う。


779 :考える名無しさん:2010/07/13(火) 23:35:05 O
だから何で当たり前なんだよ
当たり前を疑うのが哲学でしょ


780 :考える名無しさん:2010/07/13(火) 23:37:42 0
しょせん他人の心に介入なんかできないし変えることもできない
尊重なんぞで変える事の出来ない他人の心を
やれ認めるだの尊重だのおこまし〜っつの!

781 :考える名無しさん:2010/07/13(火) 23:43:01 O
心は変える事出来るよ
例えば本を読んで感動したりすると読む前と読んだ後では心は微妙に変わっているでしょう
朝起きた瞬間とその日の夜でも変わっているでしょう
また変わってなきゃ成長がない。
それと個の話がどう関係するのかわからんけどね


782 :考える名無しさん:2010/07/14(水) 00:09:21 O
例えば今朝Aという意見を持っていてそれを主張したが夕方にBという意見になったとしたらそれは自己主張と矛盾はしないんじゃない?
Aという意見を表明したら無数の反論が来たと
意見が間違っていた事に気が付いてBという意見を主張したとして
それは妥協じゃなくて賢明なんじゃないか
もし、様々な知識に触れて、自分の意見が間違っていることを知っていてももAという意見を主張したとする
それは単なる頑迷ではないか
自分の間違いに気が付いたら即座に意見を訂正することはそれが個の自立だのなんだのに背いていたとしても正しいのではないのか


783 :考える名無しさん:2010/07/14(水) 00:14:13 O
自分の意見を主張するのが大事だとしたら
その理由は自分の意見を隠すよりも自分の間違いに気が付く可能性が高まるからではないだろうか


784 :考える名無しさん:2010/07/14(水) 00:34:32 O
君の意見もわかるんだよ
確かに何でも「ハイハイお説ごもっとも」では主体性がゼロである
それこそ「個の自立」と言って自分の意見を押し付けるタイプに奴隷のように使われるだろう
しかしだからといってこのタイプの人間に自分がなるのもどうだろうか
「あらゆる人間は自由を尊ぶ」という定理が正しければ
それは他者の自由を侵害していることになる
自由の侵害を認める事は自分の自由も犯されることになる
則ち、自分が自由に生きたければ他人の自由も認めなくてはならない
自分の自由を尊重するならば他人の自由も尊重しなくてはならない
それが法というもので
それを破るものは「ならずもの」だろう
自分の自由だけを主張するものは「ならずもの」と言える
他人の迷惑を省みず騒音を上げて走りまくる暴走族みたいなものだ


785 :考える名無しさん:2010/07/14(水) 07:37:46 0
>心は変える事出来るよ
>例えば本を読んで感動したりすると読む前と読んだ後では心は微妙に変わっているでしょう

アホかw

心の変化は誰かによって変えられたのではなく
心の持ち主の選択によってのみ起きる
試しにオレの心を変えてみ?

な、できないだろw

786 :考える名無しさん:2010/07/14(水) 12:02:47 0
しかしそういう選択をするきっかけとしての影響を与えることは出来る。
誰かによって変えられた心の変化とはそういうことだと思う。

787 :考える名無しさん:2010/07/14(水) 13:05:41 0
>>785
人間の内在なんて一生変わる事がないんだよ
自分でも他人でも変えるのは無理

788 :考える名無しさん:2010/07/14(水) 13:40:44 0
それは決定論

789 :考える名無しさん:2010/07/14(水) 22:01:10 0
>>786
なんべん言えば分かるんだ、変化は当人の選択によってのみ起き得る
選択の意味が解からないようだなおまえw

790 :考える名無しさん:2010/07/14(水) 22:10:58 O
>心の持ち主の選択によってのみ起きる
試しにオレの心を変えてみ?


映画を見て感動した人は感動を選択した訳ではないよ
感動させられたのです
またサブリミナル効果のように選択の余地無しに
無意識の次元に働きかけて相手の心を変える技術もある


791 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 00:02:01 0
>>789
>なんべん言えば分かるんだ、変化は当人の選択によってのみ起き得る
>選択の意味が解からないようだなおまえw

だから、そういう選択をする理由になりうるといこと。お前こそ俺の言ってる意味が解ってない

792 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 00:13:26 O
例えばパンよりご飯が好きで毎日食べているという「選択」は自分の意思ではなく、習慣従った訳であり、別の習慣が植え付けられていたら別の選択をしていたはずだ
つまり、一見自由に見える選択もあらかじめ操作されたものである可能性がある
パンを食べるメリットとデメリットを分析し次にご飯を食べるメリットとデメリットを分析し
その上で比較衡量しご飯を食べる事を選んだ人だけが自由意思での選択と言える
そもそも日本人が戦後パンを好んで食べるようになったのもGHQの指導によるもので
朝パンを食べるという現代日本人の習慣も実は他人に心を書き換えられた結果なのだ
戦後流行ったアメリカ映画の洗脳でパンを食べるのはかっこいいと思わされているからである
つまり日々の選択も心が操作された結果なのである


793 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 08:19:52 0
>>790
>映画を見て感動した人は感動を選択した訳ではないよ
>感動させられたのです
>またサブリミナル効果のように選択の余地無しに
>無意識の次元に働きかけて相手の心を変える技術もある

わははw

では、おまえの感動した映画を挙げてみ?
余地無しに心を変えられたそのサブリミナル効果の例もナw



     ↓




794 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 08:33:32 0
>>793
ここは屁理屈並べるだけ意気地なしの集まってるスレです。
だから論理もハチャメチャ具体例なんか見当違いばかりですよ。
見てて御覧なさい。

795 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 15:23:22 O
>>793
心が変えられたと分かっているようであればそれはサブリミナル効果ではないよ
また、君の意見はもし誰かに殴られたとしても見方によっては「いや、殴られたのではなく殴らせたのだ。」と言ってるような話しで、映画を見ても感動させられたのではなく
感動したのだとも言える訳だし
どっちも真実でしょう
黒沢明が居なければ黒沢映画に感動するということは出来ないし
見ている本人が居なければ感動という現象自体が存在しないからね
しかしやはり黒沢明から見れば、映画によって聴衆を感動させたと言う事にもなると思うがね


796 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 15:36:57 0
>>788
決定論じゃなくて精神医学が臨床データからだした答えだよ

797 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 15:41:11 O
臨床データと言っても一種の帰納法な訳で完全じゃないよ


798 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 15:43:50 0
何千例もの臨床データが客観的事実じゃないなら一体何が事実なんだよ?
常識考えろよ

799 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 16:11:56 0
>>793
おいおいwwwwwwwwwwwwwwwww
まだわかんねぇのかよwwwwwwwwwwwwwwwwwww
いいか?

ミスターベルトコンベヤーの理系BOYがいくら無理したところで
草鰻に突っ込んだ指の香りを堪能すると言う
高尚な文系の崇高な習慣の神髄は理解できんのだよwww
マラを硬くする訓練に勤しみながら大人しく「知の欺瞞」でも読んで
自己満足してなってこったwww


800 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 16:15:05 0
>>795

わはははw

いいからおまえの感動した映画の具体例を挙げてみろよ
またサブリミナル効果のように選択の余地無しに
無意識の次元に働きかけて相手の心を変えられたその具体例を挙げてみ?

でっちあげだった・・と白状してもいいんだぞw
その場合ゴメンナサイと添えるのを忘れるな田吾作

801 :佃煮マニア:2010/07/15(木) 16:26:48 0
>>800
アメリカでの事。
ある映画の上映時間中にコカコーラのサブリミナルを数回入れたら、
入れなかった時より1.5倍、コカコーラの売り上げが上がっていたのは、
余りにも有名な話ですよ?

今も日本のCM業界はサブリミナル効果を活用しています。

広告というものは意外に誰も気に留めない、忘れてしまうものなので、
ニャンまげで有名な佐野研二郎のように「どうしても見てしまう仕掛け」に長けた人が企画を練ります。
広告を見る前と見た後では確実に意識が変わっていますよね?
ある商品に関して未知の状態が既知になり、それに対する欲望が煽られる訳だから。

802 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 16:39:26 0
>>801
>余りにも有名な話

オレが女にモテるというのはあまりに有名な話だが信じるかw







    いいからおまえの遭遇した事実を語れ

    有名な話だから・・は論証にならないんだってw









803 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 16:41:51 0
わたしも801さんの遭遇した事実を知りたいです。

804 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 17:09:48 O
「俺が遭遇した事実」を語っても「お前が遭遇した事実」じゃないので「ワハハ」で逃げられちゃうじゃん
しかし「映画」という抽象命題であれば君も映画くらい見た事があろうから君の経験の中で理解が可能でしょう
具体的な現物を持って来なければ理解出来ないというのは猿並の知性の持ち主であることの告白じゃないかね


805 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 17:21:48 0
>>804
>「俺が遭遇した事実」を語っても「お前が遭遇した事実」じゃない

どんだけ馬鹿なんだよオマイw

もうオマイも気付いてるとおり
映画を観たら感動するなんてオマイの作り話なんだよ
「嘘じゃない確かな事実だ」というならまずオマイの事例を示せばいいじゃんw



806 :佃煮マニア:2010/07/15(木) 17:33:05 0
>>805
まあ冷静になりましょう。wを多用して煽る必要はありません。

映画のようなドラマの脚本のストーリーはパターンが36通りしかないと言われています。
36通りしかない中でいかに新鮮な仕立てをするかで感動の度合いが決定されるのでは?
ドラマが人を奮い立たせ、聴衆の熱視線がストーリーの完結を欲望するので、
双方向的に感情のやりとりがあり、感動があるのではないでしょうか?

807 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 17:35:19 O
>>805
いや私は映画を見て感動したよ
サッカーワールドカップの日本戦でも感動した


808 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 17:54:48 O
日本人はサッカー協会に心が操られているよね
あんなの「作られた感動」だよ
スポーツを金儲けの道具にするなんて怪しからんね
人の心は操られやすいから注意が必要だね


809 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 18:04:49 0
操られていようといまいと、サッカーマジで面白かったし感動させられたよ。
シラケるより盛り上がったほうが盛り上がる。

810 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 19:59:41 0
>>807
>いや私は映画を見て感動したよ

どの映画のどこに感動したんだ?具体的に挙げてごらん?
ついでに最近見た5本、あるいは10本でもいいがそのうち何作感動したんだ?


811 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 20:41:41 O
名作もあるし駄作もあるだろうけど、それが君の主張と関係あるの?
人は映画を見ても絶対に感動しないと言う主張なら、それが一本でもいいんじゃないか?
聖書を読んで感動し私はヤクザから足を洗いましたと言う人も実際いるしね(そういうblogもある)


812 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 21:30:25 0
>>811
>名作もあるし駄作もあるだろう

映画を観ると必ず感動するとは言えない・・というオマイ意見に同意だw


813 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 21:33:33 O
じゃ議論は貴方の負けですね

出直して来い!!



814 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 22:03:49 0
>>813

苦笑w

映画を観ると感動する・・というのがおまえの立場だったろw
それが

映画を観ると必ず感動するとは言えない・・に変わってしまってw
ボケんのもいい加減にしとけタコw

815 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 22:14:00 0
>>813
だれがみても100%、あなたの負けに見えます。

816 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 22:30:53 0
813にとって哲学は勝ち負けなんですよね。
臆病犬の100キロ遠くからの遠吠えてとこでしょうか。
恥ずかしいかぎりですね。

817 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 22:59:07 0
>814
詭弁もいい加減にしなさい。

君はそもそも「人の心は他者の影響を受けない」と持論を展開したのだ。
だったら影響を受けた事例を一つ挙げたら十分だろう。

もっとも私はもう少し高次元の展開を期待していたのである。
結局、映画もサッカーも電気信号が点滅したり、素粒子の分布に過ぎないわけで、
結局のところ感動しているのは私の心でしかないのだ。とかね。

まぁ、哲学段位でいうと、君はまだまだ茶帯くらいだ。

今後の精進を期待する。






818 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 23:05:58 0
もうちょっと哲学風味でお願いしますよみなさん〜

819 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 23:07:26 0

勝ち負けに執着する人間には勝ち負けで分からせてやる必要があるのだ。

天狗の鼻っ柱を折ってやるのも、良識ある哲学者の務めなのである。



820 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 23:18:05 0

現代の哲学の姿を見れば、哲学自体が負けなのである。

821 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 23:20:15 0
日本人はサッカー協会に心が操られているよね
あんなの「作られた感動」だよ
スポーツを金儲けの道具にするなんて怪しからんね
人の心は操られやすいから注意が必要だね


822 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 23:20:23 0
>>820
その心は?


823 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 23:44:10 0
負の哲学

824 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 23:47:36 0
         \::::\ ヽ;;';ー--―-、'';;;;;゙) /::::/
           \ `ソ/          ヽ/ ̄/
.             \/ "-=・=-∵-=・=} /
               |   l    )○(  |
               |  ヽ "ー=〓=-.'`|  やってんまね〜?
               |    \___/
.              ノ     `-ァヘV
    ,-――、_   ノ    ,,,@,,,  ノ、  _,r―-、
   (        ⌒   ヾ、.::;;;;;;::.ノ  ⌒      )
    \         ヽ ミシミッ  ノ      /
      \::::\ ヽ;;';ー--―-、'';;;;;゙) /::::/
        \ `ソ/          ヽ/ ̄/
.          \/ "-=・=-∵-=・=} /
            |   l    )○(  |
            |  ヽ "ー=〓=-.'`|  だってんかね〜?
            |    \___/ .    


825 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 23:51:00 0
勝敗の哲学
勝ち負けの哲学
価値づけの哲学
勝ち続けの哲学
価値続けの哲学

価値続けの哲学の価値カチカチ…ッ

826 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 23:53:01 0
ミスターベルトコンベヤーの理系BOYがいくら無理したところで
草鰻に突っ込んだ指の香りを堪能すると言う
高尚な文系の崇高な習慣の神髄は理解できんのだよwww
マラを硬くする訓練に勤しみながら大人しく「知の欺瞞」でも読んで
自己満足してなってこったwww


827 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 23:57:28 0
価値に火をつけろ〜っっッ!燃やせ〜!水をかけろ〜!踏みつぶせ〜っッ!土をならせ〜!種をまけぇ〜!水をやれ〜!木を育てぇ〜っッ、燃やせぇ〜〜ぇ〜っッっ!

828 :考える名無しさん:2010/07/15(木) 23:58:42 0

谷垣必死だなwww

829 :考える名無しさん:2010/07/16(金) 00:13:40 0
はっはっは、鏡に映った俺!鏡に映ったおまえぇ〜をぅ!鏡に映った俺ぇがっッ、発したニュアンスと違った映し方で映していると感じる感じが映っているぅっッ!ワォっッ!!

830 :考える名無しさん:2010/07/16(金) 00:20:57 0
自称、文系

831 :考える名無しさん:2010/07/16(金) 00:29:21 0
分離しておりません

統合症状。

I LOVE 登校少女 and 投稿少女。アンド熟女

832 :考える名無しさん:2010/07/16(金) 00:31:39 0
this is エンタテイメント。YOU know?

833 :考える名無しさん:2010/07/16(金) 00:35:13 0


YOU knowwwwwwwww??!!!w

834 :考える名無しさん:2010/07/16(金) 01:24:43 0

谷垣必死だなwww




835 :考える名無しさん:2010/07/16(金) 01:44:23 0
なんだよ〜この酷い流れは・・・言い負けたからって荒らすなよ・・・


836 :考える名無しさん:2010/07/16(金) 01:48:26 0
谷垣君がはしゃいどるようじゃな?
だが党内の若手は今度の勝ちにかえって困惑しておるんじゃよ

837 :考える名無しさん:2010/07/16(金) 17:11:14 0
高尚な文系の最高峰である哲学研究者は
苧疾呼玖差亥苧饅湖にむしゃぶりつきながら
生と死をプシュワカハンニ哲学するのだよ?
いい年して若い女の苧鰻壺にむしゃぶりつくことこそ、哲学の真髄じゃよ?

       ,r;;;;ミミミミミミヽ,,_ 
      ,i':r"    + `ミ;;, 
      彡        ミ;;;i
      ヾi -=・=-'、-=・=- 〉;r'    
      `,|  / "ii" ヽ  |ノ    
       't ←―→ )/イ   若い女はつのがらいじゃろろ?
         ヽ、  _,/ λ、  
       /    ___ ゙ ,:-'´ 丶
     /´ ヽ` ̄        ー-゙:.、
    i          - 、         `ヽ_
    l:    、.:         ヽ       ゙i"
      !    i ; n  .:c.:   ',    _..ハ
     |    ハ/ {   _,..-ァノ 、r‐、>ー ヽ
    |   ト./  ` ̄__,.:=彡  :.ヾ、ニ二 /


838 :考える名無しさん:2010/07/16(金) 21:33:24 0
>>817
>君はそもそも「人の心は他者の影響を受けない」と持論を展開したのだ

わっはっはwww 物忘れの激しくなった若年性のオマイに出発点のレスを再掲しといてやる
                       ↓
 --------------------------------------------------------------------------------
  785 名前: 考える名無しさん [sage] 投稿日: 2010/07/14(水) 07:37:46 0
  >心は変える事出来るよ
  >例えば本を読んで感動したりすると読む前と読んだ後では心は微妙に変わっているでしょう

  アホかw

  心の変化は誰かによって変えられたのではなく
  心の持ち主の選択によってのみ起きる
  試しにオレの心を変えてみ?

  な、できないだろw
 --------------------------------------------------------------------------------
                       ↑
難しい話だったようなので少し教えといてやるナ

いいか、人はパブロフの犬と違い、外部の刺激に機械的に反応するなんてバカはしたがらない
刻々変化する弱肉強食世界で決まった反応しかできない者は食いっぱぐれイジメられ殺されるってこと
ではどのようなメカニズムで動くかというと・・思考つまり自己に最大の利益をもたらす行為を選択し
それに沿った行動をとることでかろうじて主体性と自立を保ってるわけ

だから外部の影響をそのまま受け取るなんて事はせず、咀嚼し反芻して、つまり自己との関係を測り
自らの思考結果である選択を行動の出発点とするようできてるのよ
ま、嘘まで持ち出して言い負かそうというオマイには難しいハナシだが半島ではナニを教わって来たんだw?

839 :考える名無しさん:2010/07/16(金) 23:49:33 0
>>838
おいおいwwwwwwwwwwwwwwwwwww
いいかげんに気付いたらどうなんだよ谷垣さんwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

840 :考える名無しさん:2010/07/16(金) 23:51:25 0
>>838
お前はそもそも杜玖椀も堵愚慧螺もわかっていないだろうがwwwwww

低学歴すぎるんだよwwwwwwwwwwwwwwww

これでもまだ気付かんのか?あ?

841 :考える名無しさん:2010/07/17(土) 00:41:35 0
漢字検定はここですか?

842 :考える名無しさん:2010/07/17(土) 22:06:45 0
>>838
終わったなこのスレ。あんたの勝ち。

843 :考える名無しさん:2010/07/17(土) 22:26:01 0
ま、まだまだ終らんよ!

844 :考える名無しさん:2010/07/17(土) 23:58:29 0
オワットルw

845 :佃煮マニア:2010/07/18(日) 00:26:07 0
その後の人生を決定づける原体験というものを誰も幼少の頃もち、その後は原体験を軸にして物事を考えるようになります。
原体験というものは下意識に刻み込まれ、死ぬまで消せません。それが人間の個別性を裏付けるものでもあるんです。
変わるようでいて人の心というものは変わらないのですよ、
例えば映画を見たとき感動して心の表層は表情を変えても、深層は変わらないままです。

846 :考える名無しさん:2010/07/18(日) 04:16:52 0
>>838
貴方は相当な低学歴である・・・という見立てが成立します。
それに気付かない>>842も同等・・・ということになります。

「外部の影響をそのまま受け取るなんて事はせず(以下略」
から
「心の持ち主の選択によってのみ起きる」
という結論にいたる

ということは・・・つまり貴方は、
「zがx(外部の影響)のみの関数ではない」
から
「zがy(心の持ち主の選択)によってのみ起きる」
を結論しているわけです。

しかし、一般にy自体も「xとその他諸々の変数の関数」なのではないですか?
なにしろ外部の影響を「咀嚼し反芻して」いるのですから。
したがってzはxの影響を受ける、つまり変数xによって変化しうるわけです。
当然のことですが・・・。

(それ以前に、そもそも、もしyがxと独立だとしても、
「zがxのみの関数ではない」からは
「zがy(心の持ち主の選択)によってのみ起きる」は導けないのですが。)

低学歴な貴方は、そんな基礎中の基礎もおわかりになっていなかった・・・ということになります。

847 :考える名無しさん:2010/07/18(日) 04:26:06 0
もう一度、確認しておきましょう。いいですか。
人間の脳が「物質」であることには、誰も異論がありません。
しかし、脳内には物質以外の「何か」がある(筈)と考える人が居ます。
・・それは願望思考・自己欺瞞という「観念論的誤謬」です。
人間の脳を構成する千億個の神経細胞は軸索を伸ばし、突端から
分泌する神経伝達物質で、他の神経細胞に情報を伝えるだけです。
勿論、脳内には核分裂のような原子核反応もありません。
分子生物学と生理学の対象分野「分子レベルの現象」が全てです。
要するに、宮台も大澤真幸も、オウム真理教にショック受けてるんです。
しかし、オウムとか、AKBの食い込み汚れパンツにショックなんて受けてどうすんの。
舞台の上で「今(オシッコが)出た」と言って、
舞台をやりながらオシッコをしてしまうことだってざら・・・ということです。
大澤なんて、顔が林家ぺーに酷似しています。
以上が「超・大統一理論」=量子論と相対性理論の統一後に残存し得る
『唯一の最終真理(思想)』の輪郭です。全宗教全観念論は徒労です。

 本日は就寝させて戴きます。


848 :考える名無しさん:2010/07/18(日) 04:31:11 0
高尚な文系が苧疾呼玖嵯亥苧鰻湖にむしゃぶりつきながら
プシュワカハンニ哲学に邁進するのは勝手ですが、
多変数関数について無知であるのはいたしかたなかった・・・と申せましょう。

849 :考える名無しさん:2010/07/18(日) 09:55:22 0
>>846
オマイのバカは本物だなパブロフw

死ぬまで外部に依存してろ、この条件反射の単細胞野郎w
毎度毎度外部に踊らされる事を選択してしまってる自分・・
じつはそれが自己の選択だってことに気付きもせず

不幸は外部の仕業であっておのれの責任ではない、また
好い事があってもそれは単なる成り行きに過ぎぬゆえ
ジタバタせずただただ2ちゃんに入り浸って無為を貪るのが吉♪

これがオマイの人生観だが、、、、

                  わはははは(*^_^*)℃




850 :考える名無しさん:2010/07/18(日) 11:43:36 0
>>849
あんたの勝ち。

851 :考える名無しさん:2010/07/18(日) 13:38:07 0
自演で勝敗を分けたかのように振る舞うのはやめろ

852 :考える名無しさん:2010/07/18(日) 14:39:50 0
> 死ぬまで外部に依存してろ、この条件反射の単細胞野郎w
> 毎度毎度外部に踊らされる事を選択してしまってる自分・・
> じつはそれが自己の選択だってことに気付きもせず

低脳の極致だな。
出力fは一般にf(x,y,・・・) であるから 当然xの影響も無視できないというに過ぎない。
それを「毎度毎度外部に踊らされる事を選択してしまってる自分・・」などと曲解して、
騒ぎ立てている。
「毎度毎度外部に踊らされる事を選択してしまってる自分・・」というのは、
つまり f(y(x)) ということで、誰もそんな主張はしていないんだが。

まあ、こんな当たり前のこともわからない馬鹿が本当にいるとは信じ難いから、
わざと曲解により導き出したおかしな結論を強調して、相手を論破したふうを装うという、
それこそ2chにありがちな態度をとったに過ぎんのだろうw



853 :考える名無しさん:2010/07/18(日) 14:48:13 0


> 850 :考える名無しさん:2010/07/18(日) 11:43:36 0
> >>849
> あんたの勝ち。

低脳はやることがいちいち拙い(笑)




854 :考える名無しさん:2010/07/18(日) 16:01:18 0
>>852
本物のイカレポンチだなオマイw

外部の刺激なんぞ無視したら終わりだっつの
ま、オマイみたいな単細胞は影響もろ被りで
パブロフの犬を演じるわけだが、、

     わははははw !!




855 :考える名無しさん:2010/07/18(日) 17:53:30 0
低学歴は「一般に 〜 と記述できる」ということと、
特殊な例の区別がつかない。
まあ、似非学問ではえてしてこの手の粗雑な論理もどきによって議論もどきが進行しがちなわけだが。

856 :考える名無しさん:2010/07/18(日) 18:00:44 0
いまどき珍しい心身二元論教信者なのかな?
脳を含む肉体は外部からの入力に対して
咀嚼だの反芻だのとうていできない速度での反応も数限りなくしている。
そんな常識もしらない「生と死を哲学する(笑)高尚な文系」らしい反応だね。
これが脊髄反射でなく
> 自らの思考結果である選択を行動の出発点とする
ものだというんだから、全く憐れな低脳ぶりだ。

857 :考える名無しさん:2010/07/18(日) 18:03:35 0

> 外部の刺激なんぞ無視したら終わりだっつの

まあ内容のみならず、この口調からしてお里が知れるわな。
知能指数の低い集団の中で育ってきたという姿が
自ずと露呈してしまっておる。


858 :ぴゃぴゃ〜ポール君!:2010/07/18(日) 18:09:46 0
思考つまり自己に最大の利益をもたらす行為を選択し
それに沿った行動をとり
外部の影響をそのまま受け取るなんて事はせず、咀嚼し反芻して、
自己との関係を測り
自らの思考結果である選択をした結果が、

↓以下のような輝かしいパブロフの犬の吼え声なんじゃろ?(笑)




わっはっはwww


                  わはははは(*^_^*)℃


     わははははw !!




859 :考える名無しさん:2010/07/18(日) 18:22:29 0
人間の脳が「物質」であることには、誰も異論がありません。
しかし、脳内には物質以外の「何か」がある(筈)と考える人が居ます。
・・それは願望思考・自己欺瞞という「観念論的誤謬」です。
人間の脳を構成する千億個の神経細胞は軸索を伸ばし、突端から
分泌する神経伝達物質で、他の神経細胞に情報を伝えるだけです。
勿論、脳内には核分裂のような原子核反応もありません。
分子生物学と生理学の対象分野「分子レベルの現象」が全てです。
「この宇宙」で人間の脳だけが「特殊な物質」であるとする科学的根拠は
全くありません。人間の脳も地球上における「物質の進化」の一過程に
すぎず、人間の脳が造り出す『意識』も何ら「特別」ではありません。
『意識』は『クオリア』を持つ動物全部に生成する現象です。
「何を思うか何を意志するか」は、あらかじめ物理・化学法則により
決定されております。自由(意志)感は文字通り『感じ』にすぎません。
量子論の「不確定性」は意識には何の関係もない「単なる観測問題」です。
以上が「超・大統一理論」=量子論と相対性理論の統一後に残存し得る
『唯一の最終真理(思想)』の輪郭です。全宗教全観念論は徒労です。


860 :抄録 ◆xOLbFG9QNU :2010/07/18(日) 18:46:28 0
わはは氏は重要なことに気付いていると思う。
「感覚と脳と行為」は、「入力と関数と出力」の関係とは違う。
煽らずにやれば相当面白いはず。
余裕があれば俺も参加したいぐらいだ。

861 :考える名無しさん:2010/07/18(日) 18:48:39 0
なんか低学歴の変態おやじが連投して荒らしてるんだけど

862 :考える名無しさん:2010/07/19(月) 01:15:21 0
>>856
>咀嚼だの反芻だのとうていできない速度での反応も数限りなくしている

オマイの単細胞ぶりにはオイラ卒倒しそうだぜw

いいか、例えば「交差点を通過する際は以後必ず安全確認を行なうべし」・・と
脳が将来にわたる選択を下した場合、選ばれた行動はいちいち咀嚼反芻を必要としなくなる
そのような一括選択は例外の見当たらない場合にのみ取り入れられるが

パブロフの場合、例外に頭が及ばないことからやたら条件反射が増す
その結果はもう解かるナ?
そう、オマイのような悲惨な人生となるワケよw



863 :考える名無しさん:2010/07/19(月) 07:22:30 O
ワハハは事実(〜ある)と信念(〜べき)を混同して語ってるんだよな



864 :考える名無しさん:2010/07/19(月) 08:03:11 O
>>862の文章も論理として成りたってないものね
要するに私は今まで主体性がなく悲惨な人生を送ってましたが
この通り、主体を重んじる哲学を聞きかじってからは
人の話が聞けなくなり、嫌われるようになりましたと全身で主張してるんだろうな


865 :考える名無しさん:2010/07/19(月) 14:46:04 O
大体、話が途中からパブロフ批判にすりかわってるしな。


866 :浅田スレよりコピペ:2010/07/19(月) 15:30:52 0
6:考える名無しさん ::2010/07/18(日) 15:10:49 0
今どき心身2元論を信じている低脳がいたということが驚異だな。

> だから外部の影響をそのまま受け取るなんて事はせず、咀嚼し反芻して、つまり自己との関係を測り
> 自らの思考結果である選択を行動の出発点とするようできてるのよ

脳を含む肉体は、外部からの入力に対して咀嚼などする間もない反応も数限りなくしているわけだが。
ましてや反芻(笑)。
嘲笑の対象としてもお粗末過ぎる低脳ぶりだ。

867 :考える名無しさん:2010/07/19(月) 20:31:00 0
>>863-866

おまいらってサ、

事実の検証もゼロw
ロジカルな論理反駁もゼロw
ただただ否定語と非難の嵐で見苦しいぞコラw


868 :考える名無しさん:2010/07/21(水) 00:21:03 0
>>867

おまいってサ、

批判してる文章と事実の検証もゼロw
それに対するロジカルな論理反駁もゼロw
ただただ否定語と非難の嵐で見苦しいぞコラwだなんて、取り敢えず俺の書き込みを全力で賞賛してみやがれ!

お前に出来るかな?



869 :飛べないカラス:2010/07/21(水) 02:30:24 0
>>845
> 人間の個別性

変わらないのは同意ですが一卵性双生児を見ると体験よりも受精卵生成時に決定された個性が
大きいと思います。

870 :考える名無しさん:2010/07/22(木) 00:59:19 0
谷垣さんなにやってんですかがんばってくださいよw 谷垣さん!

871 :考える名無しさん:2010/07/22(木) 03:05:09 0
>>870

おまいってサ、

批判してる文章と事実の検証もゼロw
それに対するロジカルな論理反駁もゼロw
ただただ否定語と非難の嵐で見苦しいぞコラwだなんて、取り敢えず俺の書き込みを全力で賞賛してみやがれ!

お前に出来るかな?



872 :考える名無しさん:2010/07/22(木) 03:08:31 0

> 外部の刺激なんぞ無視したら終わりだっつの

まあ内容のみならず、この口調からしてお里が知れるわな。
知能指数の低い集団の中で育ってきたという姿が
自ずと露呈してしまっておる。



873 :考える名無しさん:2010/07/22(木) 09:48:58 0
>>872
> 外部の刺激なんぞ無視したら終わりだっつの

  がははははw

ど〜〜〜〜〜〜〜〜やら
自分が
無視という知的行動のとれない単細胞生物だってことに
気付いてしまってるよ〜〜〜〜〜〜〜だな

不幸なヤツw



874 :考える名無しさん:2010/07/22(木) 15:21:20 0
↑まあ内容のみならず、この口調からしてお里が知れるわな。

あいも変わらず
知能指数の低い集団の中で育ってきたという姿が
露呈してしまっておる。


875 :考える名無しさん:2010/07/22(木) 18:14:36 0
>>870
エズットコち^゚)^゚)゚。プ。フぢプププシュプシュシュプシュシュプシュっぷぷらプシュプシュだお!
ほほほ、ほーっほ、ほホプシュプシュアーッ!! ーっ、ホアアーッ!! ホアーッ!! っ、ホアほほ、ほーっ
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ぷぷらだほーっほほーっぷープゲラレンチョピピーッ!!


876 :考える名無しさん:2010/07/22(木) 20:10:36 0
一人凄いヤツがいる

877 :考える名無しさん:2010/07/22(木) 20:32:46 0
>>871

おまいってサ、

批判してる文章と事実の検証もゼロwの文章の検証がゼロw
それに対するロジカルな論理反駁がゼロw
取り敢えず俺の書き込みを全力で賞賛してみやがれ!だなんて、俺に出来るわけがない。てゆうかやりたくもない。だから出来ない。出来るようになるかもしれない。出来るようになりたい!後はお前次第だな。

お前に出来るかな?

の返信相手となる完璧な文章だ

878 :(泥酔)tanpan:2010/07/22(木) 21:17:41 0
・・・・・なんていうかさ。
「アホみたい」としか思えないんですよ。
ロジカル?
wwww
笑っちゃうよね?
ロジカルだってwwwwwwwwwwwwww

なんていうか2ch初心者っていうか、
例えば真摯に此処に投影こいても
結局の所
なしのつぶて
とでもいうか・・・・^^;

キリッっとやんのも勝手と言えば勝手。
だけど、

んんん。俺で良ければ闘う対象になってあげてもいいよ?
やる?

879 :短パン:2010/07/22(木) 21:29:43 P
>>877
・・・少し前から読んではいたけど、
そうだな。
お前の理論はカンペキだよ。
・・・その、あまりものカンペキさに、レス付けにくいwって思ったほどのカンペキさ
だった。

タナトスじゃないのかw
エロスw
しかも、言う言うw
スゲーな。

って思いながら見ていた。

・・・うん。
あんたと闘ったら、多分短パンは玉砕!
wwwでも、闘ってみたい気持ちもあるよ。
やるか?


880 :短パン:2010/07/22(木) 21:46:02 P
基本的に哲学は対話から何かを得る。
という流れでは、組み立てられない。
これは、というか、これでは会話術であり、まさしく対話術に他ならないんだわ。
「では、哲学とは、クールでありさえすればいいのか!」
・・・違うでしょ?
むしろ、股間がHOTHOTw
排他的と言えば、それまでだけど、
脈々と流れている、このシンパシーを信じるならば
「シンパシーw」
哲学も、そう
0-悪いものでもない。


881 :短パン:2010/07/22(木) 22:20:53 P
きほーーーーーーーーーー
テイクわんテイク2
あーあー聞こえますか?
「聞こえているw」
OK
スクランブルです。
民間機全て排しています。
「いくぞ」
どうぞ。ていく1

ロシア機がまだ来るのかよ・・・・

882 :短パン:2010/07/22(木) 22:32:18 P
ごおおおおおおおおおおおおお

にーせ「うほ☆これがF-15w]
というか、おまえレーダー主なんだからしっかり仕事しねーと、リアルでしぬんだぞ!



883 :短パン:2010/07/22(木) 23:10:38 P
やつ等は甘くない。。。
撃ってくるんだ・・・・・・

884 :考える名無しさん:2010/07/22(木) 23:15:52 0
お前はセックスをしたいようだが俺はオナニーしていたいのだ
俺はセックスを夢見ながらシコシコをするのだ。没頭する快感がたまらない。
俺は露出狂だ。見てまた興奮するのだ。
そしてまたシコシコをコスるのだ!パフパフを夢見て…
ゼロは熱い!虚しさとの戦いは熱い!

885 :短パン:2010/07/22(木) 23:17:44 P
ピコーンピコーン
にーせ「照会中HIT!」
短「w」
にーせ「ロシア機でしょか、フランカーかな_」
短「そいつはやばいw」

886 :考える名無しさん:2010/07/22(木) 23:24:02 0
俺はナサからやって来たアメリカ人だ

887 :考える名無しさん:2010/07/22(木) 23:26:59 0
すまん。うち間違えた。

俺はナスからやって来たキューカンバーだ!

888 :短パン:2010/07/22(木) 23:32:57 P
にーせ「全機6っすねw」
短「うちの搭載ミサイルは?」
にーせ「AIM-9が4、AIM-120が2.ギリギリw」
全部当てろって話かよw
にーせ「まぁ、そうだねw」

889 :短パン:2010/07/22(木) 23:54:35 P
というか。
国防のこの大事な場面で
なして短パンF−15乗って
孤軍奮闘なんかって、
思うわ。

納得いかない・
ミサイル6発しか持たされてねーし
納得いかんわ

890 :(泥酔)tanpan:2010/07/23(金) 00:23:21 0
閻魔「マシンガン使えば・w」

891 :考える名無しさん:2010/07/23(金) 00:32:21 0
谷垣さんなにやってんですかがんばってくださいよw 谷垣さん!


892 :考える名無しさん:2010/07/23(金) 00:43:59 0
>>862
>いいか、例えば「交差点を通過する際は以後必ず安全確認を行なうべし」・・と
>脳が将来にわたる選択を下した場合、選ばれた行動はいちいち咀嚼反芻を必要としなくなる
>そのような一括選択は例外の見当たらない場合にのみ取り入れられるが

本当に低能だなwww
ここまでの馬鹿は滅多におめにかかれないだろうな
おまえが考える脳の働きって
まさに小学生レヴェルのものでしかないんだな
だからそんな見当違いな反応しかできないんだよ


893 :(泥酔)tanpan:2010/07/23(金) 07:02:02 0
HAYAしん「おはようございます☆ってかなにやってんすかW」
短「はやWWWWWWWWWWW」
はや「驚きすぎですWところでロシア機は」
短「キミは何を積んできたんだ?」
はや「ぬーくりあ」
にーせ「原爆かよWWWWWWWWWWWWW」
短「極端だなW」

894 :(泥酔)tanpan:2010/07/23(金) 07:12:07 0
HAYAしん「だってロシアってホントしつっこいじゃないですか。」
短「んまぁ、異論は無いけどW」
HAYAしん「だから落としてやろうかと」
短「WWWWどこにだよW」
HAYAしん「もすくわ」
短「やめれWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWW」

895 :(泥酔)tanpan:2010/07/23(金) 07:25:56 0
にーせ「大体日本にはひかくさんげんそくがあるからぬーくりあは保有できないんだW」
短「見かけ上はなW」
にーせ「なぬW」
HAYAしん「っつか、個人的に作っちゃったんだ。意外と簡単だったよW」
短「だよね〜^^;」

896 :(泥酔)tanpan:2010/07/23(金) 07:33:44 0
にーせ「プルトニュウムを何処から入手したのかって問いたくなるがW」
短「んま、物語なんでそこいらへんは、よしなに☆」
HAYAしん「よしなに☆」


897 :考える名無しさん:2010/07/23(金) 07:36:50 0
入院日記のスレってここですか?

898 :(泥酔)tanpan:2010/07/23(金) 08:25:01 0
劣化ウランでもいいな。。。

899 :wwwwwwwwww:2010/07/23(金) 20:25:01 0
>>862
誰がお前に答えろと書いた
>>884もそうだが数字が読めないのか?w

で、お前って図星突かれるほど連投回数が増えるから解り易いなW


900 :考える名無しさん:2010/07/23(金) 20:50:11 0
>>899
なぁ、パブロフw
ここは自由の国、言論も自由だ
そんな国で答えろだの答えるなだのどんだけアホなんだよオマイw !!


901 :考える名無しさん:2010/07/23(金) 20:51:38 0
すかさず馬鹿がひっかかとるやないけ

これだからこの板はwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

902 :考える名無しさん:2010/07/23(金) 20:59:34 0
がおにえろといた
もそうだががめないのか?w

で、おってかれるほどがえるからりいなW



903 :↑ 脊髄反射ヤロー わははw :2010/07/23(金) 21:06:05 0
 

904 :考える名無しさん:2010/07/23(金) 21:10:42 0
>>900-903
やはり君の解釈は浅いようだね。
真と偽との本質的対立への信仰から脱却すれば、
「砧歩」や「饅袴」という語が従来持っていたネガティヴな意味も失われるのだ。



905 :ヤロー わははw :2010/07/23(金) 21:14:38 0
パロw
ここはのもだ
そんなでえろだのえなのんけホんよマイw !!



906 :元祖運知思想提唱者:2010/07/23(金) 21:19:39 0
いちいち連投しないとレスも返せないのか低能w

>>573
まず人並みの文章読解力から身につけやがれこのド近眼ww

>>574
>>546みたいな事ホザいた事棚に上げて何言ってんだ?と。
つまりお前は手前の書いたレスの責任すら取れない訳だwww


907 :考える名無しさん:2010/07/23(金) 22:08:37 0
責任とれるヤツかっこイイ
責任とらないは逃げてる
生起人の責任からは逃げられない
起こりえた全てが起こる
起こらなかった全ての起こりえた全てとともに
責任逃れからは逃れられない
責任をおう者がおわれる者に勝るか
逃れる者の勝ち逃げか


908 :考える名無しさん:2010/07/23(金) 23:37:17 O
「自由の国」だから自由だと言う発想が自由でないし
行為が環境に規定されていることになる


909 :考える名無しさん:2010/07/24(土) 00:18:39 0
自由の国だからこそ自由なのだ
自由だからこそ自由の国なのだ
自由だからこそそうでなくてもいいのだ
自由だからこそそうでもいいのだ
自由だからどうでもいいのだ
どうでもよくなくてもいいのだ
よくなくてもいいのだ
よくなくてもいいのだ
よくなくてもいいのだ
よくてもいいのだ
よくない
いい
よくなくてもよくない
いい
決定。
自由。
自由じゃない。
自由。

決定は自由を否定。自由は自由に決定する。

910 :考える名無しさん:2010/07/24(土) 00:36:58 0



             (;;;U;;)   <しかしの青体はガガと震えだしたようじゃな?





911 :考える名無しさん:2010/07/24(土) 00:48:24 0

 「ホモセクシュアルの筋肉隆々のマッチョ」に何度か「言い寄られた」経験
があり、それが「トラウマ」になっているのかもしれませんが、少なくとも
「男女の生殖細胞がお互いの個体を呼び合うという普通の恋愛」に比べると、
「私には(資質的に)あり得ない世界」なので、「ホモ野郎ども地獄に堕ちろ」
的な表現をしてしまい、それが「世間一般的」には「少数者(ホモセクシャルの人々)
の「人権侵害」だと申し立てる方がいらっしゃるなら、彼らには同意できません。

 「気持ち悪い」という自分の感情を「理屈で言いくるめる領域」は、「肉体的接触」
の領域ではあり得ない・・と思います。

 私は「男のマッチョと汗臭さと(それに伴う)ある種の無神経さ」には耐える努力を
する必要性は感じません。
 新宿2丁目で色白マッチョのパーナーを見つけて、どこかで宜しくやれば良いだけのことで、
人間のセクシュアリティとかジェンダーとかの社会制度的問題と、「個別のこと(要は性的満足」
とは全く関係ない事だと思う・・ということを申し上げたいだけのことです。



912 :考える名無しさん:2010/07/24(土) 00:55:17 0
しょーだからなんてらねえっつーの。どのヘだよww
しかもだのだのってしょーもないヘナコだろwwwwww
もないヘナだらっつーの。どコだよww
しかだのだのしょー

チコだろwwwww
>>484に答えろヘタレ。w



913 :(泥酔)tanpan:2010/07/24(土) 07:19:30 0
う〜ん・・・・
自由の国って言ったら
普通
アメリカ
だよね〜^^;
というか
誰か、アメリカからもの書いてねー?
松井とイチローによろしく☆

あと
野茂はどうしたw

914 :(泥酔)tanpan:2010/07/24(土) 07:22:22 0
うほ
よく見たら誰か「のも」って言っているw

仲間かよw

915 :(泥酔)tanpan:2010/07/24(土) 07:30:05 0
?「ことろでロシア機はどうしたよw」
短「あぁ、あれね。」
?「どうしたw」
短「翼を左右に振ってくれた」
?「・・・・そうか。」
短「とっくに帰還していて、今は酒飲んでます。」
?「ご苦労w」
短「うぃ。」

916 :考える名無しさん:2010/07/24(土) 21:33:52 0
「敵機来襲!!」
「どこだっ?!」
「ロシアですっっ!」
「防衛準備!!急げぇ!!」
「水爆ですっっ!!」
水爆:「ちゅどぉーぉぉぉぉぉんっっ!!バフーーっっ!!」

…こうして我が国は壊滅した。

917 :考える名無しさん:2010/07/24(土) 22:23:38 0
>>912
君の言う彼がさす意味は人間のなかの彼という固有の存在であり私にはわからない部分を含むであろうと思われる彼だ。
彼と自分とのつながりを考えてみてはどうか?
考えてもみれば考えているのは彼とのつながりについてだ
つながりとのつながりをつなげてみてはどうか?
私に関していえば彼とのつながりはあなただ。
簡単に切れる仲だな
つながっていないと言えばそれまでだ
我々につながりはない
しかしやはり私に関していえばつながっている部分を意識せざるをえない
私とあなたを含む彼の部分だ
彼とのつながりだ

彼「君は君じゃない。私だ。私はあなただ。僕だ。僕は誰ですか?僕はお前です。私たちだ。私たちじゃない。私だ。」



918 :考える名無しさん:2010/07/25(日) 14:06:02 0
アホクサ

919 :考える名無しさん:2010/07/27(火) 18:26:38 0
陰部へのの刺激なんぞ無視したら終わりだっつの


920 :考える名無しさん:2010/07/27(火) 21:22:00 0
陰部を刺激してその快感を丸裸にしてやろうぜ

921 :考える名無しさん:2010/07/27(火) 21:24:25 0
?「この恥晒しw」

922 :考える名無しさん:2010/07/27(火) 21:31:42 0
私は露出狂だ!
トレンチコートが着たいのだ!

923 :考える名無しさん:2010/07/27(火) 21:34:53 0
無視したら終わり


アホクサw


924 :考える名無しさん:2010/07/27(火) 21:38:01 0
どうしようもないほど低レベル化してるな、このスレ
昔は良スレだったのに劣化したもんだ

925 :考える名無しさん:2010/07/27(火) 22:05:13 0
アホの臭いは癖になる
アホの虚しさに熱くなる
アホにあきる
くたびれる
優先格付け優先
アホに付き合ってる暇はない
退屈
夢中熱中募集中
アホにならなくたっていいじゃない
退屈だっていいじゃない
そんなに暇じゃないし
夢中熱中惰性淡々希望無為無意識に
アホの臭いを嗅ぐ

926 :考える名無しさん:2010/07/28(水) 00:00:18 0
       ヽ、,jトttツf( ノ       ,ィZ三三二ニ== 、、
      \、,,)r゙''"''ー弋辷_,,.ィ ,. --{シイィ彡彡三三三ミ丶、
   =、..,,,ニ;ヲ_     ヾ彡r'',イィ三ミ>'"´ __,,  ̄`丶ミミミミヽ
    ``ミミ,   i'⌒!   ミミ/シ彡シ'´ _ ,ニ_二 三‐`、 `ヾミミミヽ
   = -三t   f゙'ー'l  .  ,'ilif'彡' ,' _,..-ュ ̄ fニ三三ミヽヾミミミヽ
     ,シ彡、 lト  l!  ,:ミ''jlリイ彡! :,ィ彡'"´ :.  :. .:'   `゙' ヾミミミミ',
     / ^'''7  ├''ヾ l{i{l{lノリ ,'fi´    _, i  :. ';=―一   ',ミミミミ!
    /    l   ト、 \{lilili/{  ' ,.-‐'"´,:,!  ' 、ー-‐ '     Nlハ⊥
     〃ミ ,r''f!  l! ヽ. |lilifリハ  .: '、 _,.ノ,'   ,. }、     tf{´i, l|
   ノ ,   ,イ,: l! , ,j! ., .  Wリ小! .:     ,ゝ^ ::  ヽ     `!) Vl
    / ィ,/ :'     ':. l ヽゞ干ミ} :    /  _J_ 丶     }'´ / ここは史上まれに見る陰湿な左翼板です!
   / :: ,ll         ゙': ゙i,'、Yヾ :.   l  /ィ三三シ'^     / ノ
  /  /ll         '゙ ! ヾ.f'、:.:.    '´ '"~"'      /l'´
    /' ヽ.          リ   ヽ._):.:.、          ,. ' l
   /  ヽ        /     トi、ヾ:.. 、     _,. - '   |
   /  r'゙i!     .,_, /    /^ヾ!、丶 ` ¨""´         |
  /.     l!       イ    /ヽ   丶、  `¨¨´       ト、
  /   ,:ィ!        ト、 /::::::::::丶、  `丶、  丶    | rゝ、


927 :考える名無しさん:2010/07/28(水) 05:06:42 0
陰部へのの刺激なんぞ無視したら終わりだっつの


928 :短パン:2010/07/28(水) 22:26:56 P
タッチダウン!

きほーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーw

管制塔「あーあー何かありましたか?」


なんもねーよ。
いつもの通りだ、
オーバー☆

929 :短パン:2010/07/28(水) 22:34:17 P
記者団「ところで、今回の国境の件について一言!」
「なんもない。というかなんもなかった。」
記者団「ありがとう御座いますところで」
はぁ?

930 :考える名無しさん:2010/07/28(水) 23:59:01 0
練馬と編集者と女じゃ

931 :考える名無しさん:2010/07/29(木) 00:00:57 0
プロダクションと下請け会社の圧倒的格差でもある

932 :考える名無しさん:2010/07/30(金) 22:30:46 0
ブルジョアジー
客と売り手売り手と客
買ってくださいお客さま

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