【なぜ】サディズム・マゾヒズムの心理 3
- 100 :咀嚼途上者:2007/09/29(土) 08:08:51
-
女性の性は、破瓜の痛みに始まり、出産の痛みで完結する。
これが、動物性としての女性の物語だ。
ここに、S・ナクトは女性マゾヒズムの問題をおいた。
これは、破瓜の痛みから快感への通路を経て、出産経過の痛みから
最終的に出産の快感を得るという古典的な図式だが
ある程度の普遍性がないともいいきれない。
女性マゾヒズム 男性マゾヒズム 女性サディズム 男性サディズム
それぞれにそれぞれの物語がある。
これらを通底するものと、通底できない断線。
川に溺れていて川の全体を見通すことはできない。
- 101 :咀嚼途上者:2007/09/29(土) 08:25:07
- プロ氏はまた別のところでは
自己実現としてのS ということをちらっと言った。
マズロー的に言えば、
マゾヒズムは帰属欲求や承認欲求を満たすことはできても
自己実現欲求は満たせない。
どのくらいの試練に耐えたかは、Sの承認・評価に依るのであって
創造的な自己実現とはいえない。
(成長動機はある適度満たされるかもしれないが)
ではなぜ、Sに自己実現的な要素が成り立つかと言えば
そこに「個」があるからだ。
自己実現は、他者の評価を求めない自立的な欲求だ。
帰属意識や自尊欲求だけでは、満足は得られない。
それをサディズムを結びつけた時、
プロ氏はSには個があることを認めたことになる。
別に、だからSがエライといってるわけでも何でもない。
そこには断線があるということだ。
- 102 :咀嚼途上者:2007/09/29(土) 09:02:26
- 普通の意味できちんと個を持った男性マゾヒストも知っている。
彼は女王から「あんたはサディストだ」と言われたこともあるそうだ。
しかし、やはり彼はマゾヒストだ。
これは、フロイトの総量の説明でようやくはっきりした。
>78(C)段階まで発展してしまった者は、Sや自虐を内包しつつも
まさに「もう帰れない」のかもしれない。
- 103 :咀嚼途上者:2007/09/29(土) 10:14:42
-
SはSの部分で孤独だ。
MはMの部分で弱く依存的で不安定だ。
これは、生育歴と関係している。
この関係づけを発見し最初に整理したのもフロイトだ。
マゾヒズムに関し多くの心理学者・精神分析家のなかで
フロイトがもっとも真剣に対峙し考え抜いたと俺には思える。
- 104 :咀嚼途上者:2007/09/29(土) 23:36:29
- ラカンがマルキ・ド・サドに関する論考を書いているとどこかで読んだが、
翻訳はでてるのだろうか?
- 105 :没個性化されたレス↓:2007/09/29(土) 23:39:24
- どこかにでてるよ
- 106 :没個性化されたレス↓:2007/09/30(日) 00:11:32
- >105 kwsk
- 107 :咀嚼途上者:2007/09/30(日) 09:06:37
- >106 これのようだ。
http://www32.atwiki.jp/lacan/pages/12.html
マルキ・ド・サドの自由と道徳の矛盾に関してカントの道徳論を絡めた論考がされてる。
3−4は特に面白いが、残念ながら5−7はまだ作成中で8−11が先に試訳されている。
しかしここで語られている道徳とサディズム(というかマルキ・ト・サド)の問題は
非キリスト教の日本に済む我々にとって必須で切実な文脈とは感じられないが、
とはいえ、大変面白い部分が所々ある。
このスレッドで道徳(格率)とサディズムの問題にまで話が及ぶかどうかはわからないが。
- 108 : ◆lyQX4Xta0M :2007/10/02(火) 04:54:32
- test
- 109 :咀嚼途上者:2007/10/07(日) 09:18:25
- SMは鬱を未然に転化して、防御・予防している。という側面がある。
しかし性欲を減退させたロールプレイやただのファッション的SMで予防効果は期待できない。
- 110 :ゆう:2007/10/08(月) 04:20:38
- 流れを無下にしてしまいそうだが
失礼を承知で意見を仰ぎたい。
過去のいじめや虐待経験なんかから
その経験を反芻(もしくは克服)したいという前提からの被虐欲求はマソヒズムと言えるのだろうか。
また オスカーワイルドなどの退廃主義者に見られる破滅希求(自分を破滅させる者だからこそを愛してしまう傾向)はマソヒズムと捕えていいものだろうか。
どちらも、蹴り落とされた経験もしくは状態からの自己の尊厳回復という自己目的の意味合いのものかと思うのだが
ただそれと片付けていいものか迷いがある。
よければ意見をお聞きしたい。
- 111 :咀嚼途上者:2007/10/09(火) 22:12:51
- >>110
マゾヒスト女性に、レイプ経験者や父親からの性的虐待経験者がいるのはたしかだが、
その逆(そのような経験者が必ずマゾヒズムを得るかどうか)はわからない。
いま読んでる最中のフロイト「マゾヒズムの経済論的問題」に次のような一説がある。
『マゾヒズム的な拷問は、空想されたものにせよ、実行されたものにせよ、
サディズムの残虐な拷問のような陰惨な印象を残すものではない。
マゾヒズム的な空想の顕示的な内容においては、罪責感が表現されることがあるが、
この場合に暗黙に想定されているのは、
空想の主体はなんらかの罪を犯しているのであり(罪の性格は不確定なままである)、
さまざまな苦痛と拷問の手続きによって、それを贖(あがな)わなければならないことである』
論文ではこのあと『幼児期の自慰との関係が潜んでいる』とされているが
いじめ、虐待経験から、それをむしろ自分のせいだと思いこんだ場合も
意識的には無意識的にか、内向した罪責感が生じることはおおいにあると想像できる。
そこから、マゾヒズムに至る道筋にはいくつかの仮説が考えられる。
(1)「言い間違いをしたものがおなじ言い間違いをわざと重ねる、という説をどこかのサイトで読んだ。
(なんという機制なのか思い出せないが)
これに似たような、不作為になされた自己体験を、こんどは作為的に行うことで
主体的な行為にすり替えて、傷をごまかす、というような機制。
(2)あるいは、フロイトが書いているように、体験を自分の過ちとして罪責感を持っている場合、
それを責められ、苦痛を与えられ、その儀式を通して罪を贖い浄化を得ようとする衝動。
(3)苦痛な体験を快感に転化することで、過去の傷を変質させようとする衝動。
など。(これらのうちのどれが正解か、あるいは別の正解があるのか、今の俺にまだ判断する力量はない)
- 112 :咀嚼途上者:2007/10/09(火) 22:22:08
- ワイルドについてはよく知らない。
ググって見るかぎりあまりマゾヒズムとの関係はないようにみえる。
ただ、同性愛者のネコであればそこにマゾヒズム的要素は見いだせる可能性はある。
破滅希求というのは、どういうものを指すのかもいまいちわからないが、
たとえば、戦後の自己破滅型と言われた作家達(太宰や安吾や田中英光や)に関しては
時代の世相というものとの関係が大きい気がする。
破滅型というのは、実際には通俗的な道徳や世相に対する抵抗・抗議的な衝動ではないのだろうか。
ワイルドという作家がそれとおなじかどうかは、読んでないのでわからない。
(基本的に、どうもジッドにしろジュネにしろ同性愛系作家はあまり性に合わない。美学に傾きすぎているような印象)
以上、俺の現時点での考え。
(フロイトの「マゾヒズムの経済論的問題」には道徳的マゾヒズムという概念が登場してるが
まだ、読んでる最中なので)
- 113 :咀嚼途上者:2007/10/09(火) 22:27:56
- >110の質問に関して他の意見や考えが出てくるかもしれないから一度ageておく
- 114 :没個性化されたレス↓:2007/10/12(金) 18:42:00
- >>咀嚼途上者さん
レスが遅くなってしまってすみません。
ご紹介頂いた論文、是非手に入れたいと思い本屋へ赴いたのですが
マイナー(?)すぎたのか置いてありませんでした…。残念です。
通販の方が良さそうですね。
サディストの中にあるのは自虐。
SM表裏一体論に違和感を感じていたので、なるほど、と納得しました。
これで矛盾が解決しました。
- 115 :305:2007/10/12(金) 18:58:35
- 名前を忘れました。305です。
根拠も何もない意見ですが…
レイプ経験を経てMになる、というのは、単に
自らのM性を抑制していた・無自覚であった女性が、レイプによって引き金を引かれMになった
ということではないでしょうか。
種がなければ花は開かないように思えるのですが…。
- 116 :咀嚼途上者:2007/10/13(土) 00:40:33
- >>114 そういえば、俺も3軒目のかなり大きな本屋でやっと見つけたんだった。
(ちくま学芸文庫のコーナーで見つけられず店員に訊いたらそこにちゃんと並んでたw)
通販なら http://www.7andy.jp/books/detail?accd=19769860
http://www.amazon.co.jp/%E8%87%AA%E6%88%91%E8%AB%96%E9%9B%86-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E5%AD%A6%E8%8A%B8%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%A0%E3%83%B3%E3%83%88-%E3%83%95%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%88/dp/4480082492
あたり。(どちらも下の方に「エロス論集」も載っていて、それをクリックすると「エロス論集」紹介ページにもいける)
サディズムとマゾヒズムは行為面において「対称的」ではあるが「裏表」で片づけるべきではない。
裏表論者は、だいたいにおいてマゾヒズム(フロイトが「道徳的マゾヒズム」となづけた部分)に集中していて
サディズムは「裏表」で簡単に済ませたいだけじゃはないのか、と密かに疑っている。
(とはいえ、羊氏の>42は、>37よりはるかに面白い捉え方だと思っているが)
アドラー自身はきちんと「権力への意志」という事でサディズムに関しても言っていたはずだ。
(それにしても、西欧の心理学にニーチェの与えた影響の大きさ。
フロイトの「エス」も元をたどればニーチェだと「自我論」の注釈にあった)
自虐はナルシズムと関係する。だからといって、マゾもサドもナルシズムをはさんだ裏表、と片づけては
それぞれの構造差がまったく見えてこないし、フロイトはもちろんそんな単純な片づけかたをしなかった。
(ナルシズムの問題は『エロス論集』−「ナルシシズム入門」まで まだたどり着いてないので保留)
- 117 :咀嚼途上者:2007/10/13(土) 00:58:05
- >>115
レイプ経験者がみなMになるわけではないから、そういう気もする。
他者の欲望の「部分(対象)」になる。というのがレイプとMの共通点といえば共通点だが。
マゾヒズムの場合は、先に自分自身のマゾ的ファンタジーが先行しているのが大きな違い。
もうひとつ、明示的であれ暗黙的であれ、同意の有無は大きい。
(ファンタジーの中では「無理矢理」もあるだろうがもちろん実際のそういう経験とはまったく違うだろう。
ファンタジーの「無理矢理」は羞恥の乗り越えを相手にゆだねるに過ぎない)
ただ、そうでない場合(予めM種をもたない女子が、その経験を引き金にMになった場合)があると仮定すると
>111に加えて
(4)疑似レイプ的な行為の回数を増やすことで、
最初の、悲劇的な体験を「 何十分の一(ワン・オブ・ゼム)に減らし、
薄めようとする「経済論的」衝動が働く。
という仮説も追加しておきたい。
- 118 :咀嚼途上者:2007/10/13(土) 01:10:08
- ファンタジーとしての被レイプ願望は、引っ込み思案と性欲の合体ではないだろうか。
- 119 :咀嚼途上者:2007/10/13(土) 01:19:19
- もういちど>115
Mの種を持っている女性の場合、
無自覚に(あるいは、人によっては意識的に)
そういう状況に自分の身を置きやすくする、ということがあるかもしれない。
(これは、被レイプ経験者全体のことを言っているのではない)
- 120 :咀嚼途上者:2007/10/13(土) 18:08:43
- 羊氏の>42に関連して。
そういえばえす氏が前スレで面白いことを書いていた。
----------------------------------------------------
<前スレ621 投稿者 えす氏>
『S女もM女も、結局は『自分(女性)より強い男性(父性)に〜』って前提があって成り立つのかな?
単に主従的関係と言っても、行為中は一時的なシュミレーションな訳で、
その場合『下克上』の快感もありうると。』
-----------------------------------------------------
自分(女性)より強い男性(父性)という劣等感コンプレックスがS・M女の前提にある、
というのは>42に通じるところがある。(えす氏の言い方の方が倫理的抑圧を含まずクールだが)
>42をふまえれば、
男性S/Mにも女性(母性)は崇高(崇高であるだろう)という前提があって成り立つのかもしれない。
男Sの場合は、そこを崩す快感、または、崇高ではないという怒り(失望)
(どちらにしてもその無様さを確認して安心したいという願望)
男Mの場合は、崇高さへの帰属、あるいは失望からの回復としてのS女崇拝
(まぁMの場合は男であれ女であれ最終的には自己完結的なのだが)
- 121 :咀嚼途上者:2007/10/19(金) 07:58:11
- >111(1)は 『自我論』(ちくま学芸文庫)「快感原則の彼岸」でフロイトは
「反復強迫」と呼んでいる。
「快感原則の彼岸」でフロイトは外傷神経症を分析している。
PTSDなどというと比較的新しい概念に思いがちだが
戦争で負け知らずというイメージだったアメリカ社会が
ベトナムで初めて心的外傷を真剣に取り上げはじめたというに過ぎないのであって
ヨーロッパではとっくの昔に心的外傷(トラウマ)神経症、戦争神経症・災害神経症として
研究されていたという事だ。
俺はどうもアメリカ心理学が信用できない。薄っぺらい。
- 122 :咀嚼途上者:2007/10/19(金) 08:17:29
- アメリカ心理学は、中身より
個人の心の傷に対する手当てをきちんと行おうとうする社会的雰囲気に分厚さを感じる。
- 123 :没個性化されたレス↓:2007/10/27(土) 00:44:35
- 日本の有名な緊縛師
ttp://ranbu.32ch.com/cgi/gallery/view37.cgi
ttp://ranbu.32ch.com/cgi/gallery/movie.html
(下のほう)
ttp://ura.tanteifile.com/otona/2005/12/13_01/index.html
- 124 :没個性化されたレス↓:2007/10/27(土) 12:59:27
- こういう自分の倒錯欲求を職業にしてるのは昇華というの?
- 125 :咀嚼:2007/12/19(水) 02:49:16
- [昇華](wiki)
「社会的に実現不可能な目標・葛藤や満たす事が出来ない欲求から、
別のより高度で社会に認められる目標に目を向け、その実現によって自己実現を図ろうとすること。
例えば、満たされない性的欲求や攻撃欲求を芸術という形で表現することは、昇華と言える。」
↑で重要なのは「満たされない欲求」という部分だろう。
マルキ・ド・サドが刑務所送りになったのは街で拾った乞食女性を鞭で打った、という程度で
彼が自分の小説で描いたような事をもし実際に行えば、単なる刑務所送りではすまなかっただろう。
彼の小説は「満たされない願望」が昇華された結果といえる。
縄師は何か満たされていないだろうか。職業化する、プロになるというのは
昇華の概念にとって一次的な問題ではないように思う。
(需要と供給があれば風俗関連の技術も職業になる。ソープ嬢のローションテクニックのように)。
昇華では「欲求の抑圧」の方が重要なポイントだと思われる。
wikiでは「劣等感コンプレックス」などを念頭において非性的な表現をしているが
フロイトははっきり「性的欲動」の抑圧が無意識に潜り込んで、
脱性化された形で再び表層に顕れることを昇華と呼んでいる。
もちろん「抑圧」のあるなしが大きなポイントになっている。
>124 そういったことを参考に自分で答えを出してくれ。
- 126 :咀嚼:2007/12/19(水) 02:50:04
- ところで、縛りとはなんだろうか。
しめ縄にたとえた者もいる。日本の縄の面白いところは外国風の手錠や鎖と違って
あの複雑な縛りは、被縛者の協力(無抵抗)がなければ成立できないことだろう。
被縛者は、肉体を縛られることによって、外界のなにから結界を張られるのか。
自ら縛りに協力する(身を任す)ことによって、世間的な常識や正常さからの切断を望むのではないか。
しめ縄というアナロジーを使えば、それは超自我への結界を張る(張られる)ということかもしれない。
- 127 :咀嚼:2007/12/19(水) 03:46:15
- >125 訂正する。
フロイトにもういちど当たったところ「抑圧」は自我理想によるものであり、
昇華は、性的欲動が非性的な目標へ「逸脱」すること、となっている。
後日あらためて、原文を引いてきちんと訂正させてもらう。┏○
- 128 :没個性化されたレス↓:2007/12/19(水) 22:01:28
- リストカッターがリストカットするのと一緒だろ
- 129 :咀嚼:2008/01/03(木) 18:41:08
- 明けましておめでとう (とこんなスレで言ってみるテスト)
以下『昇華』についてのフロイト原文引用(『エロス論』ちくま文庫中山元 編・訳)
「潜在期においても小児の性的な興奮は存在しているが、
エネルギーの全部あるいは大部分が性的な用途から逸らされ、他の目的に向けられる。
性的な衝迫力を性的な目標から逸らし、それを別の目的に向けるプロセスは昇華と呼ぶに値する。
この昇華によってすべての文化的な営みのための大きな力が確保されるというのは、
文化史家の一致したした意見である。
われわれはさらに、個人の成長においても同じプロセスが作動していることを付け加えたい。
このプロセスが始まるのは、幼児期の性の潜在期であると考えられる。」
(性理論三編 より)
ところで、このあと翻訳者は、誤解を招くような註をつけており、俺もそれに惑わされた。
『*昇華とは、性欲動の倒錯的な要素が禁圧され、それが性と関わりのない分野、
特に文化的なものの想像に利用されることである。フロイトの文化理論では、
文化的なものを想像するためのエネルギーは性的な欲望を抑圧することによって生まれることになる。」
↑
これは後のフロイトの文をも参照すると正確な註とはいいきれないように思える。
- 130 :咀嚼:2008/01/03(木) 18:41:50
- フロイトは同論文の後半でもういちど昇華について述べている。
「“昇華”というプロセスによって、素質が異常であった場合の第3の(*1.性的目標倒錯 2.抑圧)帰結…
複数の性の源泉から生じた過剰な興奮が、
他の領域に『流れ出したり』(括弧は引用者)『利用される』ことがあり、
それ自体は危険な素質であるにもかかわらず、心的な能力が著しく向上するばあいがある。
芸術活動の源泉の一つはここにある。」
たとえば、ミケランジェロが女性の裸身を描くのにも、男性の裸体を参照したこと
あるいは、サドの小説など、
必ずしも、性的欲望を無意識領域へ潜り込ませて『症状』を引き起こす『抑圧』というより
性欲の他領域への『流れ込み』『利用』を昇華としているフロイトの概念は
転化という言い方をしてもいい捉え方で、必ずしも抑圧によるものとは考えていないように思える。
まぁ、このスレを訪れる人間にはあまり興味がわかない部分かもしれないが、
たとえば、実行することで犯罪となるようなS行為などを、映画や絵や小説に
転化して昇華することもアリだという話。
- 131 :咀嚼:2008/01/03(木) 21:04:02
- 今年は
1. 愛とサディズム・マゾヒズム 2 .性の対立
二つの観点から見直してみたい。
(もちろんドン亀ペースで)
前スレを自力コピペで(サルベージの仕方をしらないので)
とりあえず●なしでも読めるようにしてみた。
(不要と判断したレスは独断で削除)
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/8840/1190846605/l50
やり直せば、もうちょっと見やすくできるだろうが、根気が尽きた…w
(datのサルベージ法について知識のある人がいればご教示を求む。
今までこの板で頼み事をして返ってきたことは一度もないので期待はしてないがww)
- 132 :咀嚼 【性の対立】【女性】:2008/01/13(日) 10:13:01
- 思春期の少女が不良に惹かれる というパターンは
親・学校・メディアなどから注入された超自我が関わっている。
不良の存在は、
別の基準、反(脱)超自我(自我監視への抵抗・あるいは解放)という幻想を与える。
同じく優等生・運動能力の高い者・芸術家などに惹かれるパターンも、
能力の高い性的他者、あるいは常識はずれ・感性主体・コスモポリタン的な自由、といった幻想を受けとることで
親・教師、通俗的な社会メディアなどが刷り込んでくる倫理・規範(超自我)から
(部分的)解放を得たい という欲求に基づいている。
- 133 :咀嚼 【性の対立】【女性】:2008/01/13(日) 10:15:56
- 子生み・子育てによって「生命連鎖の一部」となり社会システムと結びついた親からの自立。それは
「親以外の性交可能な個体」とのむすびつき欲求 を得るために必要な成長過程といえる。
- 134 :咀嚼 【性の対立】【女性】:2008/01/13(日) 10:27:52
-
与えられた超自我 とは異なるマージナルな世界を象徴する他者(という幻想)
に惹かれるというのは、思春期という発達過程にすぎない。
(たとえば、この「過程」を「すべて」と思い早婚する女性が早々に離婚したりすることが多いのは
自立のためのスプリングボードに過ぎなかった「過程」のための幻想から必然的に醒めるからだろう)
- 135 :咀嚼 【性の対立】【女性】:2008/01/13(日) 10:29:46
-
そういった「反・超自我」というポジション
(不良や、常識を壊す存在としての芸術家)を外部から与える存在。
そのような存在と同系列の色彩をSMに「発見」する場合もありえる。
SMが反倫理・脱倫理という幻想を重要視するからだ。
- 136 :咀嚼 【性の対立】【女性】:2008/01/13(日) 10:41:07
-
思春期を過ぎても依然として、不良(っぽい男)・能力の高い男
そしてSMに惹かれる女性は
自分に刷り込まれた(あるいは侵入してきた)
超自我との折り合いがつかない部分が、残存し続けている という可能性が高い。
- 137 :咀嚼 【性の対立】:2008/01/13(日) 10:55:11
-
男性は
女性性(母性)からの分離(性的対立)という、女性にない過程を辿ることで「男性になる」
女性は最初から女性であるから
母親からの分離に性的対立とは別の心理過程が必要となる。
マージナルな対象への憧れはその別の心理過程のひとつではないだろうか.
女の子の方が男の子より成長が早いのは
母親から性的分離という過程(葛藤)が省略されているからだろう)
- 138 :.:2008/01/14(月) 15:30:58
- .
- 139 :咀嚼 (自分用メモ):2008/01/14(月) 15:33:53
- “虚構の世界における 男と攻撃性” 原 忠彦 思索社
「米国社会の特徴として論ぜられる…(マーガレット・)ミード「男性と女性」…
女子は、その生き物としての経験から、容易にかつ確実に自己の社会の他の同性と同一化させ、その役割を身に付ける。
しかも,彼女が体得しなければならない役割は、幼児に密接な関係にあった自分の母親からそれを受け継ぐことになる。
したがって女性の一生は、役割収得の面で非常に安定したものになるわけである。
- 140 :咀嚼 (自分用メモ):2008/01/14(月) 15:51:22
-
「男性は、その性に与えられる役割の収得を、
幼児に最も密接な関係にあった母親から自己を切り離すことによってのみ獲得することができる。
しかも彼は妊娠出産といったような自己の性に関する確実な認識の手段をもたない。
それゆえに彼は,一生のある時期に、自分が男性であることを意識的に断言し、定義する必要にかられる。
そして、それは、女性が実行することを許されないようなある種の行為を行う権利と能力を男性に与えることによって獲得されることになるといわれる。
これが有名なミードの「男女の差は文化的に男性が手によって作られる」という論の根拠である。
- 141 :咀嚼 :2008/01/14(月) 16:41:22
- マーガレット・ミードという人は文化人類学者で心理学とは別の観察から
性的役割の収得という概念を導き出しているようだが、
現在では、アメリカでも日本でも>>139で書かれているほど
女性の役割が安定している、とはいえないように思う。
ただ、母親との性の同一性から、女性性というものを受け継ぐことで
男性のように母親と異なる性的分離、という葛藤を経ない、というのが一般的だろう。
(同性愛の問題はここでは置いておく)
いずれにせよ、母親という胎〜乳〜幼児にとって最も重要な他者との性的一致、不一致に
性の対立の起源を求める、という括り方だけを盗れば、ここでは十分だ。
- 142 :咀嚼 :2008/01/14(月) 18:53:35
-
SMを性的対立・闘争の観点からみかえせば
つねに対立・闘争の不安がつきまとっている。
サディストの執拗な反復は、そこに由来する。
悦びは痛みを与えること自体から来るのではなく
痛みを与えても受容・服従することを確認することで
不安が瞬間的に払拭されることから悦びが生じる。
- 143 :咀嚼 :2008/01/14(月) 18:55:54
- ただし、上記は、SMからフェティシズムを抜いた部分について、だ。
サディズムとSMは異なる。 SMには種々の要素が複合されているからだ。
- 144 :.:2008/01/16(水) 05:37:25
- .
- 145 :咀嚼 【SMとサディズム・マゾヒズム】:2008/01/16(水) 05:47:37
-
サディズム・マゾヒズムとSMとのもっとも根本的な違い。
吉本隆明は人間の幻想領域を
自己幻想(個) 対幻想(性別関係・家族) 共同幻想(社会・国家・法など)に分けた。
SMは対幻想の領域。
サディズム・マゾヒズムは自己幻想の領域。
- 146 :没個性化されたレス↓:2008/01/18(金) 22:53:54
- >>140ちょっとちょっと、M・ミードの説は嘘八百だったって数年前にわかったの知らないのかなー?
あれは、現地の聞き取り相手のクソガキ(女)が冗談で言った子とだよ。
既に公に発表されているが?
- 147 :咀嚼:2008/01/19(土) 07:55:24
- >>146 それはミードの人類学の説の話。その程度のことはググって知ってる。
「性の対立」という「概念」を検討するうえではまったく関係がない。
「性の対立」は実際の男女の有り様(日本の)を自分の頭で考えてみることだ。
誰が正しい、とか、間違ってる、なんてのは党派的な思考だ。
大事なことは自分の頭で考えることだ。
- 148 :咀嚼:2008/01/19(土) 08:10:08
- 大島清は生殖生理学なる分野を標榜している人だが、
「性がここまでわかってきた」でこう書いている。
「(性的)逸脱は多彩である。しかし逸脱するのは、たいてい男だ。
さまざまな原因が考えられるが、@ペニス勃起幻想
A母親という異性に育てられるために「性の自己認識」に問題を起こしやすい。
B子育て機能をもたないため充実感に欠ける。
C時間が短く、パターンも単純なオーガズム
といったあたりに、逸脱の理由がありそうだ。
男は、女が女であるよりも、ずっと不確実にしか男らしくないといえる。
それは生命の始まりの性分化のときからそうだし、生まれ落ちてからもそうだ。
男は、しょせん女性という基本型を変異改造したものに過ぎない。
性逸脱しやすいのもとうぜんといえる。」
このAでもいいのだ。
ものを自分で考えるヒントはどこから得てきても抽象化・概念化するレベルでは関係ない。
このスレは学会で自説を発表して一定のステイタスを得たいといった類の処世・打算とは無縁だ。
たんに、ホントのことが知りたい。というのが「基本」。
- 149 :咀嚼:2008/01/19(土) 08:20:41
- 「性の対立」という概念で面白いのは、
本質を「女」と見ていることだ。
ここから、
前スレでの「男のサディズムは母親への復讐」というテーゼを
もうすこし拡げて考えてみる視野を得られる可能性がある。
また、フロイトの「ペニス」幻想「エディプス・コンプレックス」という
父親(男)主体の発達段階の考え方とすりあわせてみると、
サディズム・マゾヒズムに対して新しい照明が得られる可能性がある。
(この辺り、思考中。但「ゆっくり」w)
もちろん、何かその辺りについて
>>146に考えがあるのなら、謹んで聞かせて頂く。
- 150 :咀嚼 【性の対立】:2008/01/19(土) 11:43:32
- フロイトの去勢コンプレックスを「性の対立」から考えてみる一例。
母性=女という自然性(なぜなら、赤子は他の性を知らないのだから)から
男児は女性に自分と同じペニスがついていると勝手に思いこんでいる。
ある時(個々によってきっかけは違うだろう)女性にペニスがないという事を知った場合、
それを俄かに自分の母親へ当てはめることはできず、
その女性は、たまたま、なんらかの理由でペニスを失った(去勢された)と思うことで
自分を納得させようとする。
つまり、ペニスを持たない女性を、なんらかの理由で罰を受けて、去勢されたと解釈する。
しかし、これはホントだろうか?
自分の経験を振り返ってみると、たしかに、女性器というものに気味の悪さを感じたことは確かだが。
- 151 :咀嚼 【性の対立】:2008/01/19(土) 11:48:09
- その女性は、たまたま、なんらかの理由でペニスを失った(去勢された)と思うことで
自分を納得させようとする。
↓
つまり、ペニスを持たない女性を、なんらかの理由で罰を受けて、去勢されたと解釈する。
ここの部分に飛躍があるような希ガス。
必ずしもすべての男児がそのような解釈をするとは限らないだろう。
ただ、「不気味な印象」を保持し続けるだけ、
あるいは女性器というのは、なにか病気によってペニスがなくなった、という解釈もありうるだろう。
そういった印象は、女性への性的臆病さを生むのではないだろうか。
- 152 :没個性化されたレス↓:2008/01/19(土) 14:43:22
- >>150 お宅様は息子をお持ちの母親ですか?
男の子というのは、2〜3歳になるとお風呂で母親に聞いてきます。
お母さんにはちんちんがないの?と。
多くの母親はこう答えます。
あなたは父さんと同じ男の子だからちんちんがあるんだよ。
お母さんは女だから無いんだよ。
>ペニスを持たない女性を、なんらかの理由で罰を受けて、去勢されたと解釈する。
世間を知らない子供が、なぜ罰を受けて去勢という思考になるのでしょうか?
その思考の前に女と男の違いを見て、聞いて知っているんですよ?
>女性への性的臆病さを
これは一部の女性恐怖症(怖い母親に心から甘えられない)の男だけが持つ感情でしょう?
一部の男の事例のみで判断したら、心理を見誤いますよ。
- 153 :咀嚼 【性の対立】:2008/01/19(土) 15:08:22
- >>152
ここは「サディズム・マゾヒズム」がなぜ発生するか、その内実はなんなのか、を考えてるスレ。
そして、その「なぜ」を解くためにいろいろな「仮説」を考えている。
サディズム・マゾヒズムを得る男子はそのような母親との会話がなかったのかもしれない。
仮にあったとして、そのことを、「子供」がどう「受け止めたか」は別の話だろう。
そして、>150はフロイトの仮説を、性の対立という観点から見直してみた「仮説」
俺自身が、フロイトの「去勢コンプレックス」や「エディプスコンプレックス」は
すぐには飲み込めない考えだと感じている。
しかし、それを「性の対立」=母親という性からの分離によって男性というジェンダーを得る
という視点から砕いていけば、多少は自分にも引き寄せられるかもしれない、という事。
>一部の男の事例のみで判断したら、心理を見誤いますよ。
すべての男に共通する心理を考えているわけではない。スレタイを読み直してください。
- 154 :没個性化されたレス↓:2008/01/19(土) 15:15:50
- >>153 なら仮説だってw
- 155 :咀嚼 【性の対立】:2008/01/19(土) 15:16:03
- 〔仮説〕 (いちいちつけるのはめんどくさいから今後はつけないがw)
女性器への関心を性的関心として受け入れられない場合、
性的な関心は、直接的な性交渉から逸らされる。
これが、ある種の性的嗜好異常に結びつく、という「可能性」
サディスムの場合、それは、女性器への嫌悪感を克服するための
儀式である「可能性」。
- 156 :没個性化されたレス↓:2008/01/19(土) 15:17:07
- >すべての男に共通する
違います。
サディズム・マゾヒズムを得る男子の中の一部という意味です。
- 157 :咀嚼 【性の対立】:2008/01/19(土) 15:18:47
- >>154
最初の一行
→「フロイトの去勢コンプレックスを「性の対立」から考えてみる一例。」
- 158 :咀嚼 【性の対立】:2008/01/19(土) 15:27:11
- >>156
我々はすべてのサディストをひとりひとり検証するわけにいかない。
ひょっとしたら、サディストにいくつかの分類が必要になってくるかもしれない。
サド・マゾヒスト という範疇も俺はまだ捨ててない。
たとえ個々の事例にすぎないとしても手がかりが必要なのだよ。
- 159 :没個性化されたレス↓:2008/01/19(土) 15:31:06
- >>157 既にこの時点で一部です。
- 160 :咀嚼 【性の対立】:2008/01/19(土) 15:35:23
- >159 >158
サディズム全体を説明できる原理を持っているのなら傾聴する。 以上。
- 161 :没個性化されたレス↓:2008/01/19(土) 16:05:09
- あるにはあるが、私の説ではないので書けません。
- 162 :没個性化されたレス↓:2008/01/19(土) 16:24:39
- とりあえず、
<サディズム・マゾヒズム>
サディズム sadism というのは、
フランスの貴族であったサドに由来するもので、異性の相手を
虐げることによって性的快感を得ることである。
マゾヒズム(masochismのドイツ語読み) というのは、
異性の相手から身体的・精神的な苦痛を受けることによって
性的満足を得ることで、オーストリアの作家ザッヘル・マゾッホの
描く人物がその典型的なものであるとし、精神病学者エビングが
命名したものだとされている。
まではOKかな?
- 163 :咀嚼 :2008/01/19(土) 17:09:48
- >>161
自説である必要はない。人の説なら誰の説かを書いて、紹介すればいい。
自分の中で消化できてるのなら自分の言葉に置き換えて語ればよい。
(すくなくとも俺はそうしてる。次にフーコーの説を紹介する予定だ。
ここは議論の場ではない。なにがホントかを探り、考える場。そのヒントを求める場。
そのよすがとなるなら、誰それの説として書き込み、疑問がでた時に
それに対する答えがその人物の説の中にあるのなら紹介すればいいし、
なければ、自分で推測を書けばいい。あるいは沈黙すればよい)
>>162 >>1
それと、いちいち人の相づちを求める必要はない。
(別におしゃべりがしたい訳じゃない。それがここの流儀だ。)
- 164 :咀嚼 :2008/01/19(土) 17:16:49
- ついでだが>>1に書いた通り、仮コテで充分だが、
複数レスを書き込む場合は一応コテ推奨ではある。(文脈が辿りやすくなる)
- 165 :没個性化されたレス↓:2008/01/19(土) 18:10:31
- 確か、コリン・ウィルソン(w)だったと思うが
サディズムは性行為への理由付けに過ぎないみたいな事を書いてた
子供の頃に、親父の本棚にあった本で学んだ知識だw
ゴールに性行為があると考えて、普通は通常の愛情表現のプロセスでゴールに届く。
しかし、何らかの理由で通常の愛情表現が苦手な人が、サディズムやマゾヒズムに走るのではないかと
ここで元実験屋の発想だが、SM好きと、そうじゃない人の性体験を比較して見ると面白いと思ってた
おそらくSM好きは、体験数が少なかったり、初体験が遅かったりする結果が出るのでは無いかと
通りすがりの、SM好きな童貞の意見です
- 166 :咀嚼 :2008/01/19(土) 18:36:09
- >165
ここで、いろいろなことを考えてるとアンケートを取りたくなることが本当に多い。
残念ながら、あまりにも参加人数がすくなすぎて、
充分な母数は得られそうもないがw
(そのため、あちこちのブログを見て回ったり、コメントやメルの交換をしたりして、
ある程度のデータを蓄積するようにはしている。別にそれが目的ではなく
SMについて話し合うこと自体が楽しいということもあるがねw
したがって、この場ではあまりおしゃべりの必要を感じていない)
愛情表現が苦手というより、愛そのものが苦手という者もSM好きには多いかもしれない。
体験数がすくなかったり、遅かったりするのが、SM好きの結果なのか原因なのか、
考えどころではある。
性行為にいたるプロセスとしての儀式、というのはあり得る。
ただし、SMに沈殿してる者(あるいは時)には、性行為自体を忌避する傾向もでてくるようだ。
コリン・ウィルソンは殺人百科を読んだことがある。
なんだか、ものたりない人だ、という印象だw
- 167 :没個性化されたレス↓:2008/01/19(土) 20:20:48
- そのような本を読んだからと言って、読んだ人間が全てそのようになるとは限らない。
とすれば、そのような本を読んで影響を受ける人は、本の内容の『何か』?に共感できる部分をその人は持っていた事にならないか?
もしそうならば、持っていた共感できる部分はどこで身についたのか?
- 168 :没個性化されたレス↓:2008/01/19(土) 20:52:46
- たいていの場合、親との関係、
性的嗜好については特に幼児期(8歳くらい)までの
親を含む重要な他者との関係が大きく脳のマッピングに影響する
という説を読んだことがある。
- 169 :没個性化されたレス↓:2008/01/19(土) 22:40:01
- >>168 それ正解!
- 170 :没個性化されたレス↓:2008/01/20(日) 00:40:58
- 心理学には興味がある程度という通り掛かりの素人です
私は基本的にMですが
Mにもただ痛めつけられるのが好きなタイプと主人に尽くすのが好きなタイプがいると思います
これはSも同様に。
両者の性質は似て非なるものだと思っているのですがこの違いについてはどう思われますか?
私もSMとは母子・父子関係の再現だと思っています
>>165
16歳で処女を捨てたヤリマンは例外でしょうか
- 171 :没個性化されたレス↓:2008/01/20(日) 04:15:36
- 池田小事件の前には、テレビでよく精神病のヤラセ番組が報道されていた。
あれはエキストラによる演出なんです。
- 172 :没個性化されたレス↓:2008/01/20(日) 14:43:53
- >>170
尽くすかと痛めつけられるかは、
親からの仕打ち、親への渇望時のあなたの親に対して
いい子になって目を向けてもらったのか?
罵倒の中で目を向けてもらったのか?の関係の違いで
表現に違いが出ているだけだと思います。
- 173 :没個性化されたレス↓:2008/01/20(日) 14:50:46
- SM好きには性体験豊富というか誰でも良いという人も多いです。
- 174 :没個性化されたレス↓:2008/01/20(日) 15:56:11
- >>168
実際には自我の芽生える思春期直前までの年齢でしょうね。
多くのヒトの子供は、通常最初に母親の手によって育てられます。
ヒトの生まれ持った能力は、吸う・握るのみ。
それ以降の能力は、近場の人間を模倣して身につけて育ちますので、
最初に出会った母親の影響を一番大きく受ける事になります。
その影響を基本の1として、ヒトは試行錯誤して行動をとるのだと思います。
- 175 :咀嚼途上者:2008/01/20(日) 17:50:30
- >>174 説の原文を。大島清『性がここまでわかってきた』
「性心理発達にともなう脳への刻印を「ラブマップ」(性意識の脳地図)と呼んでいるが、
土台はもちろん胎内でつくられ、性欲中枢の形態的変化は四歳まで続き、
ラブマップはさらに八歳まで環境の修飾を受ける。
成長環境という文化的な因子が、脳の性分化という生物的な変化に影響を与えるのだ。
性の逸脱は、このラブマップの歪みに原因がある。
ゆがみの原因はなにか。
家族がバラバラの家庭崩壊、過保護、
お医者さんごっこに代表されるセックス・リハーサルを頭ごなしに押さえつける性抑圧的教育
――すべてラブマップを歪ませる。」
「SM・バラバラ殺人など異常な視覚刺激を与えるビデオ・テレビの氾濫」
「八歳までに刻印された刺激の強い視覚記憶は、消えることなく、性意識に暗い影を落とす」
(前スレで心理学初心者氏がことあるごとに、両親のセックスを見たこと、を
しきりに言っていたが、このあたりのことを指していたのかもしれない)
- 176 :咀嚼途上者:2008/01/20(日) 18:10:19
- >>170 苦痛系と奉仕系の違いが何に由来するか。
被虐のファンタジーが肉体的被虐ファンタジーなのか、精神的被虐ファンタジーなのか、
そういったファンタジーの違いはどこで分岐するのか。
残念ながら、まだ、そこまで網目を細かくして掬える説明原理を手に入れてないので
手探りで考えていくほか無い。
ストレスのありかたのような気もする。
具体的な環境ストレスを抱えてると(あるいは抱えた経歴があると)苦痛系のような
ドラスティックな刺激による忘却を求めやすくなる気もする。
精神的被虐願望は、イイ子と世間から見られている自分と
実際には性欲や欺瞞に満ちていると自己認識している部分のギャップをストレスとしている、とか。
あと、偶然かもしれないが、俺の知ってる苦痛系は酒飲みが多いw
肉体的にアルコールに強いことと、苦痛=快楽への脳内の再配置が容易になりやすいこと、とに
何か関係があるのか、ないのか。
それを調べることは俺の手には余る。ヒマと環境が整っている研究者の論文の種にでもして欲しいところだw
>私もSMとは母子・父子関係の再現だと思っています
これについてもうすこし、感じてることを語れないかい?
- 177 :没個性化されたレス↓:2008/01/20(日) 19:52:30
- >>175 両親のセックスというのは、他人のセックスを見るのと違う感情が背景にある事を押さえて考えるといいよ。
- 178 :没個性化されたレス↓:2008/01/20(日) 19:55:51
- >>175 誰もが皆、そのような刺激物を見て歪むわけではないよね?
歪むには、その土台が必要なんだよ?
その土台が何であるかが答えだ。
頑張ってね!
- 179 :没個性化されたレス↓:2008/01/20(日) 20:03:59
- >>175
>土台はもちろん胎内でつくられ、
もちろん胎内?(笑)
あなたは子供を産み育てたことがありますか?
子供はまっさらで生まれてくるんですよ。
- 180 :咀嚼途上者:2008/01/20(日) 21:28:36
- >>179 おまえは ともかく まず一行目を読む練習をから始めろ。
話にならん。
- 181 :没個性化されたレス↓:2008/01/20(日) 21:37:28
- 話にならんと思うあなた様がおかしいという事も大いにありえる
- 182 :咀嚼途上者:2008/01/20(日) 21:38:32
- M・フーコーのSMに関する発言。
前のスレッドでは、「マゾヒズムの発明」に引用されている文しか紹介できなかったが
大元の文章(対話)全体を見つけたので、差し挟んでおく。
引用するからといって、その文章に帰依しているわけでも
全面同意しているわけでもない。
ただ、考えるためのヒントを得るきっかけとして紹介している。
「文脈」を読む力もなく、その程度のことすらわからんバカがいるようなので、予め断っておく。
- 183 :咀嚼途上者:2008/01/20(日) 21:39:33
- フーコー:SMに関する発言の前提部分の引用
M・フーコー「フーコー・コレクション5(性・真理)」ちくま学芸文庫
「(西洋において)異性愛は、
少なくとも中世から、つねに二つの軸,,(男が女を誘惑する言い寄りの軸、そして性行為そのものの軸)
にそって捉えられてきました。
ところで、西洋世界の異性愛文学の本質は、もっぱら恋愛の言い寄り(cour)を,
すなわちまず第一に性行為そのものに先行するものをあつかってきました。
知的かつ文化的洗練の作品いっさい...は、つねに宮廷=言い寄り(クール)の方を向いていたのです。
このことは、そのものとしての性行為が、
文化的そして美的な観点から相対的に低く評価されているということを説明しているのです。」
- 184 :M・フーコー「フーコー・コレクション5(性・真理)」ちくま学芸文庫:2008/01/20(日) 21:40:45
- 「ギリシャ人にとって、男同士の言い寄りは、男女間の言い寄りよりも重要だったのです。
(ソクラテスとアルキビアデスを思い出してください)
しかし、キリスト教的西洋文化が同性愛を追放したために、
同性愛は全エネルギーを性行為そのものに集中してしまうのです。」
- 185 :M・フーコー「フーコー・コレクション5(性・真理)」ちくま学芸文庫:2008/01/20(日) 21:41:48
- 「<2人の人間のあいだの関係の本質は、一方がもう一方に隷属するかどうかである>
と何世紀ものあいだ見なしてきた文化において、
双方の関心と好奇心、双方の大胆さと操作のいっさいは、相手に屈辱を強い、
ベッドに一緒に入るよう強いることにありました。
性的出会いがきわめて容易で頻繁になった今では(そしてこれは同性愛の場合でもあるわけですが)
複雑な事柄は事後的にしか生じないのです。
愛を交わしたのちにはじめて相手に対して,,,
「ところでお名前はなんでしたっけ?」と訊ねる自分に気づくわけです。」
- 186 :M・フーコー「フーコー・コレクション5(性・真理)」ちくま学芸文庫:2008/01/20(日) 21:43:09
- 「したがって、異性関係においては
言い寄りによってかくもみごとに誘導されていたエネルギーと想像力のすべてが
性行為そのものを強烈にするのに貢献すべく努めるような状況を、
われわれは前にしているのです。
今日、性的行動のあらゆる内的可能性を探索しようとする、
新しい性的実践の技法が発達しています。」
- 187 :没個性化されたレス↓:2008/01/20(日) 21:43:31
- >>182 相手に悟れって?甘えてますね。
- 188 :M・フーコー「フーコー・コレクション5(性・真理)」ちくま学芸文庫:2008/01/20(日) 21:44:32
- 「 同性愛者にとって、
性行為があまりにも容易で達成可能なものとなってしまったがゆえに、
それはたちまち退屈なものとなる危険をはらむようになってきました。
だからこそ、刷新するために、また
性行為がもたらす快楽の強度を高めるヴァリエーションを導入するために、
可能な限りのことをしているわけです。」
- 189 :没個性化されたレス↓:2008/01/20(日) 21:46:00
- 根本的に西洋の男女と日本の男女では違うので何のヒントにもなりません。↑
- 190 :咀嚼:2008/01/20(日) 21:47:10
- >>188の最後の部分が、
前スレで引用した「マゾヒズムの発明」の中のフーコー発言の一部。
続く、同性愛に関する部分のラストも、同じヴァリエーション。
- 191 :M・フーコー「フーコー・コレクション5(性・真理)」ちくま学芸文庫:2008/01/20(日) 21:48:45
- 「同性愛者にとって、
性行為があまりにも容易で達成可能なものとなってしまったがゆえに、
それはたちまち退屈なものとなる危険をはらむようになってきました。
だからこそ、刷新するために、また
性行為がもたらす快楽の強度を高めるヴァリエーションを導入するために、
可能な限りのことをしているわけです。」
- 192 :没個性化されたレス↓:2008/01/20(日) 21:49:34
- で、あなたは最終的に何が目的で心理学を?>咀嚼さん
- 193 :咀嚼途上者:2008/01/20(日) 21:50:31
- ここから先がSMに関する発言。
- 194 :M・フーコー「フーコー・コレクション5(性・真理)」ちくま学芸文庫:2008/01/20(日) 21:51:51
- 「私は一般に、サド・マゾ現象の方がはるかに驚くべきものだと思います。
なぜ驚くべきものかというと、
性的関係はもろもろの神話的関係を通じて練り上げられ、開発されているからです。
サド・マゾは、苦しむ男(女)と苦しませる男(女)とのあいだの関係ではなく、
主人と、その権威が行使される者との間の関係なのです。
サドマゾ実践者たちの興味をそそるのは、その関係がルールに従っていると同時に
開かれているということなのです。
一人が負け、他の一人が勝ちうるという意味で、それはチェスのゲームに似ています。
主人が被害者側の苦痛の欲求や欲望に応えられないことが明らかになった場合、
主人が負けることもあります。
同様に、奴隷が主人からの挑戦に応じられないとき、
あるいは挑戦に応じるのに耐えられないとき、奴隷が負けることもあります。」
- 195 :M・フーコー「フーコー・コレクション5(性・真理)」ちくま学芸文庫:2008/01/20(日) 21:52:55
- 「もろもろの規則と解放性とのこうした混合は、絶え間ない新しさを、絶え間ない緊張を
そして絶え間ない不確実性を導き入れることによって、
性的関係の強度を増大させる効果を持っているのです。
こうしたものは、たんなる性の消費には欠けているのですが。
こうしたことをする目的は、身体のすべての部分を性の道具として使う
ということでもあります。
実際には、それは「動物は交尾のあと悲しげである」という有名な文句につながっています。
同性愛においては性交がすぐにおこなわれるので、問題は次のようになります。
「悲しさの攻撃に対してなにができるのか」ということです。」
- 196 :咀嚼:2008/01/20(日) 21:54:20
- (以下は同性愛に関する考察が続くので略)
以上。
- 197 :没個性化されたレス↓:2008/01/20(日) 21:59:09
- セックスを中心に考えないほうがいいと思うよ。
セックスは単にあるものの代わりのアイテムの一つだと思うよ。
- 198 :没個性化されたレス↓:2008/01/21(月) 20:50:06
- >それは「動物は交尾のあと悲しげである」
↑これは、これを唱えた人の自分のセックスの投影だろうね。
実際、悲しいのではなくイタイ!顔だと思う。
動物の場合、無防備になるセックスは始終危険が伴うので短時間で確実に妊娠させるために、性交痛の刺激によって排卵がおきるのは有名な話。
- 199 :咀嚼:2008/01/26(土) 05:17:59
- >170
>私もSMとは母子・父子関係の再現だと思っています
近親相姦の禁止によって無意識下に抑圧された関係願望だけなら
サディズムやマゾヒズムという発現のしかたでなく
普通の甘えでいいことになりそうなものだ。
SやMとして発現するのなら(たとえばインナーマスター)
親子関係の再現は もともと
そのようなもの(支配・被支配)として親子関係が存在していたということになる。
- 200 :咀嚼:2008/01/26(土) 05:23:07
- 前スレで心理学のプロが繰り返し言っていたこと>「親の偽愛」
- 201 :咀嚼:2008/01/26(土) 05:35:28
- ただ、それだけでは網目が大きすぎる。
(網自体は全体をひっかける大きさを有していると思うが)
具体的な個々の性が、大きすぎる網目の間からこぼれおちてしまう。
それは、羊氏の劣等感コンプレックスという網もおなじことだ。
サディズム・マゾヒズムへの特殊化。
サディズム・マゾヒズムの間の分岐点。
せめてそれくらいは網目を縮めなければ、個々の具体的な場面が掬えない。
- 202 :咀嚼:2008/01/30(水) 06:18:59
- >SMとは母子・父子関係の再現
これがずっと心にひっかかっている
単純に無意識に潜り込んだ母子・父子関係の再現という事なら普通の恋愛でいい。
やはり、それは「歪んだ再現」なのではないのか、と思えてならない。
それはそれで本人達が安定するならかまわないのだが。
たいていの場合、Sの求める再現とMの求める再現はどこかですれ違う。
- 203 :咀嚼:2008/01/30(水) 06:20:13
- そもそも理想化(インナーマスター)自体、充たされなかった関係の残像なのだろう。
- 204 :没個性化されたレス↓:2008/01/30(水) 08:52:35
- hatenaでアンケートでもとったらどうですかー?
- 205 :咀嚼:2008/02/02(土) 15:44:41
- インナーミストレスはグレートマザーか。
では“サディスト”にとってグレートマザーとはなにか。
グレートマザーが抑圧者であると感受された時、
痛めつけ、屈辱を与え、屈服させ、疑似支配のクオリアが
ドーパンミンを誘発する。
バッキーの17年懲役者にとって女はそういう存在だったのだろう。
ロールプレイとしてのSMではあの後味の悪さは生まれない。
- 206 :咀嚼 :2008/02/02(土) 15:50:24
- 男児がある時期もつ残酷さは、心の理論に近い。
動物に向かうことが多いことがその近似性を表している。
母性的なるものからの性の分離と、その残酷衝動とは関係があるという想定。
- 207 :没個性化されたレス↓:2008/02/02(土) 15:51:18
- ☆
- 208 :咀嚼:2008/02/02(土) 15:56:49
- 直接的な肉体への暴力と言葉による暴力。
この間に、心の理論を置いてみることは興味深い。
第3者への暴力の誇示と、直接対象に向かう暴力との間の淵。
第3者への暴力の誇示は、幼児的な心の理論の乗り越えではある。
だからそれはなくならない。 その者にとって必要な過程だから。
- 209 :.:2008/02/07(木) 22:14:25
- .
- 210 :.:2008/02/17(日) 12:50:29
- フーコーは徹底してフロイト的な方法を拒否して性を考える
- 211 :咀:2008/03/01(土) 09:02:08
- ●フーコーの私的要約
同性愛がバリエーションを求めて常に「新しい快楽の開発」を求めるのと比して
SMの場合、
権威とその権威を行使されるもの
(必ずしも最初から「服従する」もの、とされていないことにフーコーの理解度が示されている)
サディズム側からの要求とマゾヒズム側の欲求の緊張感のある勝負の中で
新しい責めと可変なルールの緊張感の中で、
神話のなかの犠牲者のようにマゾヒストは「身体のすべての部分を」性の道具として差し出す。
身体のすべての部分を性の道具として使う(差し出す)のは
同性愛的な「新しい快楽の開発」よりも
性的関係の強度を増大させ、性的関係を「神話的関係“化”を通じて練り上げ開発」するため。
(ちょっと読み損なうと、>>195の「身体のすべての部分を性の道具として使う」が「新しい快感の開発」と結びついて
フーコーがSMをただの快楽主義と言ってるように誤解してしまう畏れがある)
- 212 :咀:2008/03/01(土) 09:26:24
- 神話的な関係とはなにか。
フーコーが同性愛について語った「友愛」とは対極にある非人間的な関係、
つまり絶対的な神(権威)と神の恣意(権威の行使)を受けるもの という
疑似神話としての性的な関係。
いつものごとく、フーコーはきちんと押さえるべき処は押さえているように思える。
そしていつものごとく、押さえただけで通り過ぎていく。
なぜ、男と女は神話的関係を求めるのか。
フロイトを避けたいフーコーのモチーフは俺にはない。
母子(父子)関係の不全の揺り戻しとして神話的な強度を求めるのではないのか?
- 213 :咀:2008/03/01(土) 09:29:53
- 乳児にとって生存に必要な栄養を与える者として絶対的な位置をもつ母(母代理)と
幼児期に、道徳権威を代行する不可解な他者として父。
このふたつのいずれか、あるいは両者とも、との関係が不全なまま
思春期の性器期を迎えた時、親を充分に卒業しきれず、
満たされなかった絶対者への信頼を、性的対象となる者の中に求める、とするのは
あまりに単純すぎるだろうか。
すくなくとも、指標的な仮説の一つとして使えなくはないだろう。
- 214 :【性の対立】:2008/03/07(金) 19:52:21
- フロイトにおいては 能動性=男性 受動性=女性
中期フロイトが述べている他の対立としては 愛と憎しみ の対立がある。
憎しみの起源は 自己の恒常的な安定状態に対する外部の刺激に対する防御意識がある。
愛は、快感を与える対象の受け入れ・同一化。
愛→憎しみは、
受け入れた(同一化した)対象が自己内部を攪乱しはじめ、不快をもたらす時に起きる。
憎しみが愛に先行するのは、同一化して内部に取り込むことへの畏れ。
(対象を受け入れ同一化までしてしまったあとで、それらが不快をもたらすようになると
それらを再び、外部へ追い出すには大量の心的エネルギーを要する。
したがって、愛 の予感をもたらすものへは、用心深く、憎しみが先行する場合が多い)
サディズムのスイッチを入れるということは、いったん愛を棚上げにすることだ。
- 215 :没個性化されたレス↓:2008/03/08(土) 20:29:29
- SMは退行への教育のように感じる。
教育が、
導き手が自立を目指して子供を導いていく
のに対し、SMは、
導き手が依存を目指してMを導いていく。
要は自立したくないんだと思う。
- 216 :没個性化されたレス↓:2008/03/08(土) 20:38:00
- Sは万能感を得ようとしてMを殺していくわけか。
- 217 :咀:2008/03/09(日) 15:18:34
- >>215 はえす氏の言う「教師型S」
自立したくない または 自立に疲れている
依存はSMに限らず、普通の愛情関係でも
たとえば「独占」を通じて起きるような希ガス。そして恋愛依存が生じる。
>>216はえす氏の言う「暴君型S」
Mの「独立心」を殺していくんだろうな。
- 218 :咀:2008/03/10(月) 22:15:55
- (マゾヒストが本来持っているはずのサディズムの行方に関する思いつきだが)
サディズムは昇華しやすいのではないだろうか。
攻撃性・征服欲・同情なき能動性は、表現や勉学や競争に転化するのが、
受動性・被虐欲より容易に思える。
充分にサディズムを非性的活動に昇華したあと
マゾヒズム欲動のみが残る、という仕組み。
マゾヒズムの昇華というのは、なかなか思いうかべにくい。
良き臣下となることだろうか。奉仕職に就いて尽くすということだろうか。
マゾヒストの多さは、
マゾヒズムの性エネルギーの昇華が行われにくい事の証左ではないか。
- 219 :没個性化されたレス↓:2008/03/20(木) 01:06:37
- マゾとは、「真曽」が語源であります。
「真曽」とは、木曽義仲のことであり、
真に木曽義仲であるという意味です。
負けるに決まってるのに、なんで、
義経の味方するんだよ。ということから、
「真曽」がマゾとなり、海外で広まったのであります。
次に、サドですが、これは実に簡単であります。
「佐渡」ですからね。
「佐渡」とは、あの新潟県に属する「佐渡島」であります。
ここには、過去、流刑者が多く流されました。
攻撃的な血を持つ野郎共であります。
攻撃的な性行動であります。
そこから、「サド」という言葉ができたのです。
ちなみに、マルキドサドとは、
丸木戸佐渡という佐渡島にかつていた日本人の名であります。
- 220 :没個性化されたレス↓:2008/03/29(土) 05:47:01
- 膳場貴子さんに浣腸したい
http://life9.2ch.net/test/read.cgi/alone/1187298875/l50
- 221 :咀 【脱昇華】:2008/03/30(日) 18:38:06
- <比喩>的思弁
服は自己保存欲動からすれば寒冷への対処であるが、現代では文化でもある。
つまり文化としての服は性欲動の昇華でもある。
われわれは性交時、脱衣する。
おなじように、いったん性欲動の昇華から 再度脱衣するように性欲動へ戻る運動を
仮に『脱昇華』と呼んでみる。
よくいわれるスイッチがこれに相当する。
成人にとってはむしろ脱昇華のほうが重要かもしれない。
- 222 :咀:2008/04/13(日) 13:07:13
- 愛は性欲の昇華か それとも特定の対象への性的ファンタジーの固定か
- 223 :咀:2008/04/20(日) 07:05:55
- 性倒錯の発生は履歴をさかのぼれるとしても
性倒錯の持続は脱昇華(昇華の遡及)過程になる。
つまり性欲の幼児帰りだ。
- 224 :咀:2008/05/06(火) 18:14:49
- フロイトがサディズムについて触れるときには
そのサディズムの内容は
「支配欲」「残忍欲」「攻撃性(能動性)」 の関数として表される。
「性欲」
を加え
この四つの中の何と何の関数なのかで サディズムの性格は変わる。
- 225 :没個性化されたレス↓:2008/05/06(火) 18:18:10
- 小学校2年生の俺から言わせてもらえば
SEX自体SMっす
- 226 :没個性化されたレス↓:2008/05/15(木) 13:24:19
- ,
- 227 :没個性化されたレス↓:2008/05/15(木) 17:56:51
- 精神医学とは。フロイト信者とは何か。
その実態は非科学にしてドンデモかつ狂信的カルト宗教である。
ある種の病的神話を現実のものである信じる教団である。
実証実験を目的に信者間でマインドコントロールと洗脳実験を繰り返し、フリーセックスに病んでいる教団である。
- 228 :咀:2008/05/16(金) 19:43:35
- 精神医学に限らず医学は
経験的な知識の集成を土台にした実践「学」であって科学ではない。
(なかには自分を科学者だと勘違いしてる医者もいるようだが)
フロイトは、経験的な観察から
「心には構造がある」という認識を得て、ひとつの「仮説体系」を作ろうとした。
サディズムマゾヒズムの問題を考えるにあたってそれは「参照」すべき価値がある。
他にもサロン談義レベルを超えて
参考になる考えを披瀝している者がいるのなら大いに参考にするし、
今までもそうしてきた。
残念ながらいまのところ脳生理学は
「座」のおおざっぱな指定にしか到達していないように見受けられる。
死の本能やエスの問題は、細胞学と無関係ではないので
多少の勉強はしているが、直接的にサディズムマゾヒズムとつなげるには
まだ無理がある。
(以上。 コピペにマジレスカコワルイ w)
- 229 :咀:2008/05/16(金) 19:51:40
- フロイトは後期に
サディズムを死の本能と結びつけている。
死の本能自体は、細胞のアポトーシスに結びついてエス化する、と考えれば、
フロイトが考えていたほど「沈黙」はしていないのかもしれない。
フロイトのサディズムは、支配欲と破壊欲の2本立てになっている。
しかし、死の本能で、破壊欲、あるいは征服欲で説明できるかもしれないが
支配欲を死の本能から直接導き出すには、なんらかのバイアスが必要になる。
(あるいは説明できない)
- 230 :咀:2008/05/16(金) 19:52:40
- 征服欲で→ 征服欲を
- 231 :咀:2008/05/17(土) 07:05:41
- 支配欲は対象を大なり小なりモノ視する傾向を生む。
ここでサディズムとフェチの通底する生地が生まれる。
この針が振れすぎると、対象のモノ化に特化されて
サディズムからフェティシズムへの移行が生じる。
フェティシズムにおける破壊は対象をモノとしてしか見ないから生じるのであって
支配欲や征服欲から破壊が生じるわけではないように思える。
- 232 :没個性化されたレス↓:2008/05/17(土) 23:32:09
- 僕は女性が性的本能を剝き出しにして動物へと変貌させることが好きなのです。
だから女性を辱めて魂の解放を導くのか、
僕を辱めさせることによって女性の魂を解放するか、
それが好きなのです。
- 233 :咀:2008/05/18(日) 11:26:15
- >>232 「欲望とは 他者の欲望への欲望だ」
J・ラカンという人の有名な言葉だがそういう感覚だろうか。
魂を解放するため辱めが必要になるのはなぜだろう。
- 234 :没個性化されたレス↓:2008/05/20(火) 16:59:43
- >>咀
使い古された言葉だが。
「ここはお前の日記帳じゃないんだ、チラシの裏にでも書いてろ、な?」
という感じ。チラシの裏とは言わないまでm、自分でHP作ってそこで書いとけばいいじゃん、って感じ。
他スレと比べて、なぜこのスレでは貴方以外の書き込みが極端に少ないのか。少しは考えてね。
- 235 :没個性化されたレス↓:2008/05/20(火) 18:52:29
- 自分はこのスレを2からROMってますが、
保守してくれるのでありがたいと思ってます。
プロ氏やさ氏などの書き込みを待っているんですがねえ。
- 236 :没個性化されたレス↓:2008/05/22(木) 21:23:57
- >234
面白くなければ見なければいいじゃん。
ただ、それだけのこと。
俺は咀嚼氏の考察は貴重だと思う。
プロ氏やえす氏の書き込みにもインスパイヤーされてるけどね。
- 237 :咀:2008/05/25(日) 17:06:02
- 「心理学初心者」氏「305」氏「羊」氏 からも俺はインスパイアされてる。
「プロ」氏はおととしいっぱいでレスをやめた。
年度を区切ってレスを停止したやり方から考えて復帰する可能性はないだろうと俺は思ってる。
マゾヒスムに関して言いたいことは全部言い切ったんじゃないだろうか。
最後のあたりはマゾヒズムについて語ることに飽きたので
自由と日本社会について書いている、と俺は感じた。
親の偽愛によって傷つけられた自己、という主題はマゾヒズムによく適合していたけれど
その裏返しとしてのサディズムというのは、十全な説明ではなかった気がする。
俺がやっているのは保守というより
主役(たち)が去ったスレで、主役(たち)がつみ残した事の残務処理に近い。
- 238 :咀嚼 【チラ裏はGLのどこにも抵触しない】:2008/05/25(日) 17:24:56
- 考えてみると「他者の欲望を欲望する」というのは
フェティシズムの場合、そのままでは当てはまらないのではないだろうか。
(解説本しか読んでないのでラカン本人がどう言ってるかは知らないのだが)
どういう文脈で言われたにせよ
「他者の欲望(へ)の欲望」とフレーズそのものはかなり多くの場面に適合すると感じられる。
特にサディズムとフェティシズムを切り分けるとき、
これのあるなしが基準のひとつにできそうな気がする。
- 239 :咀 [プロ氏回想]:2008/06/07(土) 23:24:12
- 個人的に一番強く印象に残ったのは彼が最初に書いた
「親の放任・過保護」がサディズム・マゾヒズムを生み出す、という部分だ。
過保護(そして虐待)が種々の心理的問題を作り出すというのはよく聞くが
放任というのは不勉強にしてはじめて聞いた。
父親の放任・母親の過保護。というのは(程度問題だが)わりとよくある環境な気がする。
(逆は父親の性的虐待・母親のネグレクトということになり、こちらは一般的とはいえない)
それがどうやってサディズム・マゾヒズムに結びつくのか。
プロ氏によれば、まずそれは自己評価の低さとなり、それがあらゆる問題を引き起こすという
説明だったと理解している。
過保護とは、母親ができなかったことを子供に押し付ける偽愛であり、
子供はそれを敏感に無意識で感じ取り、ほうとうに愛されているという実感を持たずに育つ。
そのため媚を売ったり服従したりすることでなんとか生存していこうと勤める。
その結果、自己評価が低くなる。
自己評価の低いものは、性的な状態としてはマゾヒズムということになる。
- 240 :咀 [プロ氏回想]:2008/06/07(土) 23:32:04
- 放任は、俺の理解ではサディズムを生み出す。
父親は最初の抑圧であり、超自我の原型をなす。
(母親の「禁止」は倫理や自己審判というより、もっと生命に近いところ、つまりエスに食い込む)
父親という最初の敵対者(ある意味で社会)・権威が不在であれば、自分でルールを作っていくほか無い。
「俺ルール」に対する制限がない(薄い)状態で野放しであれば
性的にはサディズムという形に近くなる。
- 241 :咀 [プロ氏回想]:2008/06/07(土) 23:34:17
- 興味深いのはフェティシズムだ。
これは放任のなかで、
遊び相手が人ではなくモノだったり動物だったりしたことの残滓ではないだろうか。
- 242 :咀 :2008/06/07(土) 23:42:33
- このスレのdat落ちを見届けた時点で俺は去る。(次スレを立てる気はない)
なにか思いつけば書き込める間は書き込む。
むろん何か「サディズム・マゾヒズムに関する考え」があるのなら誰が何を書こうと勝手だが。
- 243 :咀 [プロ氏回想]:2008/06/07(土) 23:53:36
- プロ氏でわかりにくかったのは「自己」と「偽愛」だ。
彼の「自己」は、あるときは自己実現の自己であり
あるときは、ユング的な自己だった。
つまり「自己」というひとつの単語に複数のニュアンスをもたせていたので
そのとき、そのときで「自己」の内容が微妙に違っていた。
同様に、偽愛 というのもわかるようんでわかりにくかった。
それでは「ほんとうの愛」とは何か、ということをしつこく聞いたが
やんわりと無視されたため、ニュアンスで受け取るほかなかった。
- 244 :咀 [プロ氏回想]:2008/06/07(土) 23:56:46
- そういったわかりにくさにもかかわらず皆が惹かれたのは
それらの考えが血肉化されていて、彼の中でよく通っていたからだろう。
彼のなかには何かに対する怒りがあった。 おそらくは親だと思うが。
- 245 :咀 [プロ氏回想]:2008/06/08(日) 00:01:25
- あの時期、彼はほかのスレにも書き込みをしていた。
(記憶では嫉妬関係のスレだ)
だが、見事に無視されていた。
彼の考えは背後にある種のふくらみがあるため、
単発レスではわかりにくかったせいだろう。
- 246 :咀:2008/06/08(日) 14:54:47
- 一般に サディストは念と理が結びつきやすく
マゾヒストは情と快が結びつきやすい
これはそれぞれ、放任と過保護からやってくる。と考えれば筋は通りやすい。
ちなみに、フェティストは情と行動が結びつきやすい。
- 247 :没個性化されたレス↓:2008/06/15(日) 03:27:44
- スレ違いでしたらすみません。質問です。
SとMが互いに身近に存在・意識しなければSかMであるという事は定義されないのでしょうか?(精神面の話です)
私の知人にもの凄く悲観的で自虐的な思考の人がいます。一つの悩みがでたとすればその先の先まで悪いほうに妄想し出口のない状態で自分を苦しめています。そしてそれを口にだしアピールしてきます。
アドバイスをしても彼女は全く理解できないようです。私も悲観的な方なのですが、そこまで意味のない出口のない思考を繰り返し不幸だとアピールする彼女の事が理解できません。
前にどこかで自分を苦しめる思考をする人はMだと聞いた事があります。しかし彼女はそんな事を意識していないと思いますし、他者にS的なものを求めているわけでもないです。(真相心理はわかりませんが)
どう思いますか?
- 248 :没個性化されたレス↓:2008/06/15(日) 18:03:41
- 私は特別詳しくないので正しいかわかりませんが。
SかMかということはおいておいて、自虐的な思考は癖になるみたいです。
誰でもそう癖つけられたらそうなってしまうような気がします。
彼女がアピールするのは、そうやって不安を解消するパターンになってしまっているからではないでしょうか。
- 249 :咀:2008/06/22(日) 16:35:50
- 悲観主義も楽天主義もS/Mと直接関係はない。
ペシミズムというのは、自虐というより自己防衛の一種ではないだろうか。
期待を手痛く裏切られた経験から来るのか、親を見ていてそうなったのか解らないが。
無責任な楽天主義に比べれば罪は軽い気もするが
周囲にとっては鬱陶しいかもしれない。
社会というのは行動が歯車をまわすので、
無責任な楽天主義者の方が、被害を撒き散らしたとしても、重宝される。
- 250 :咀 【同意について】:2008/06/22(日) 17:03:34
- マゾヒズムにとって「同意」は本質的だ、それが暗黙的であっても。
奴隷契約というのはたとえ両者の合意があっても
現代日本で法的な有効性を持たないが(事故が起きたとき情状酌量の参考程度にはなる)
マゾヒズムの儀式としては高い意味を持つ。
たとえば特攻といったものと比較すればよくわかる。
特攻兵士は権力から自死を要求された。
そのとき彼らは自分の死の意味(意義)を改めて自らの心のうちで構築せざるを得なかった。
それは積極的な同意とはまったく異なる。
マゾヒズムは、自身で自身を責める代わりに他者に自身を責めさせる。
この「他者」の引き込みが、自虐とマゾヒズムの境界をなす。
外国のボンデージでも広く受け入れられている日本の「縛り」は
マゾヒスト側が受け入れておとなしくしていない限り不可能な儀式だ。
マゾヒストはおとなしく縛られている段階で無言の同意を与えている。
- 251 :咀 【同意について 2】:2008/06/22(日) 17:12:32
- サディズムにとって相手の同意が本質的であるかどうかは微妙だ。
屈服させ、支配する、という幻想にとって、同意が本質的に重要かどうかは別の話になる。
実際にことを行うにあたっての安全性(法的な意味でも、実際上の意味でも)の保障・担保としての同意、
自分の攻撃性をどこまで受け入れるか、というゲームの賞品としての同意、ということになるのではないか。
SMという文化・プレイで、同意は必要条件だろう。
それがなければSMは単なる虐待や傷害に過ぎなくなる。
実際に、サディズムという言葉は、虐待や障害と同義に使われることが多い。
今回の秋葉の加藤の行為ですら報道でサディズムという言葉を使っている解説者がいた。
残念ながら、今の俺のレベルではこれを完全に否定しさるサディズムの本質定義がうまく作れていない。
- 252 :咀 【同意について 3】:2008/06/22(日) 17:27:22
- もちろん加藤の行為をサディズムとはまったく思わない。
しかし、それをテレビで解説していた椰子(誰かは忘れた)に対して
どのくらい説得できるかというと、なんとも情けないことになる。
その解説者も被害者がマゾヒストであるなどという馬鹿なことはさすがに言うまい。
そこには同意など微塵も存在していない。
だがサディズムにとって相手がマゾヒストであるかどうかは一時的な問題ではない。
(だからこそ「調教」という言葉がある)
SMという文化・プレイの範囲内で話をすませるのなら事は簡単なのだが。
「相互の同意」(暗黙的であれ明示的であれ)のないものは
文化・プレイとしてのSMとは呼ばないから。
- 253 :咀:2008/06/22(日) 17:29:15
- 一時的(×) 一次的(○)
- 254 :没個性化されたレス↓:2008/06/22(日) 20:10:19
- いつも妄想で満足しつつ、時々現実のパートナーがほしいと考えるM女です。
Mの私にとって、そこに同意があるという時点で幻想は崩壊する。
「自分が求めてるからこそ、相手は合わせてくれてるのではないか」
という疑いを持つようになる。
自分は常に逃げようとする側でありながら、
相手が自分を逃がそうとしない瞬間に感動と癒しを得る。
現実は寂しい。
誰も自分に強い興味をもたず、私自身も誰にも強い興味を持たない。
なぜなら環境は流動的で、誰しも「その場限り」の付き合いだから。
自由で孤独。
自信も確固とした信念もないままガードレールも標識もない道をふらふらと歩いてるみたい。
その反動で「執着」と「師」は私にとってとても大きな魅力を持つ。
それでも、現実の恋愛では同意がなければどうにもならない。
だから、現実ではあえてSM要素のない相手とともに
もたれかけあう喜びを味わってみたいと思う。
- 255 :咀:2008/06/23(月) 00:33:52
- >>254 妄想の中の他者は現実の他者ではなく、幻想の他者=自分(の願望)だから
妄想の内容と無関係に、妄想に興奮する時点で自身が同意していることになる。
SM空間でのパートナーとの関係は、
フーコーの引用にあったように一種のゲーム(ロールプレイ)だ。
Mが覚めればSの負け。 そこにリアルプレイでの相性というものが発生する。
相性が合わなければ、孤独は増幅する。それが怖くて夢想に収まるのではないか。
- 256 :没個性化されたレス↓:2008/06/27(金) 07:57:00
- テスト
- 257 :没個性化されたレス↓:2008/06/27(金) 21:16:58
- >>256 チャット利用する気なら 断る
- 258 :没個性化されたレス↓:2008/06/28(土) 08:09:09
- >>254
>自分は常に逃げようとする側でありながら、
>相手が自分を逃がそうとしない瞬間に感動と癒しを得る。
自分もこういう場面に興奮します。現実でやられたら頭にきますが。MでもSでも。
- 259 :没個性化されたレス↓:2008/07/02(水) 05:13:49
- 加藤の話はやめようよ。
- 260 :没個性化されたレス↓:2008/07/02(水) 06:13:19
- >>259 なんで?
- 261 :あぼーん:あぼーん
- あぼーん
- 262 :没個性化されたレス↓:2008/07/03(木) 06:01:55
- 浣腸が好きです。
- 263 :没個性化されたレス↓:2008/07/03(木) 19:53:23
- 条件付の愛情や受け入れ
→本来の自己を抑制し、かなり低い自己評価 感情の抑制や鬱積
行動が受容される 自己の存在の受け入れ 自己抑制の開放 感情開放
行動を束縛される 極限状況という免罪符 自己抑制の開放 感情開放
感情を吐き出すことを許される環境を設定
自己束縛からの解放 鬱積した感情の開放
自己をそのまま受け入れられる喜び
→カウンセリング等
sは能動的に自己解放、mに設定した環境が受け入れられる喜び、mに必要とされる喜び
mは受動的に自己解放、sが設定した環境で自己解放できる喜び、sに必要とされる喜び
設定によって自己解放を目指す
自己の体験した開放感を味わってもらいたいと思えばmがsに
受動的自己解放を望めばsがmとなる可能性も
- 264 :没個性化されたレス↓:2008/07/03(木) 20:43:26
- サド、マゾと破滅願望は生育歴に大きく関係があると思う。
- 265 :没個性化されたレス↓:2008/07/05(土) 06:28:29
- 浣腸されて興奮する人。
浣腸する人間が設定した環境で自己解放できて喜んでる?
浣腸する人間に必要とされて喜んでる?
- 266 :没個性化されたレス↓:2008/07/06(日) 06:19:56
- >>264
サドはいじめられっ子
マゾはいじめっ子
- 267 :没個性化されたレス↓:2008/07/06(日) 06:50:02
- 次から次と破滅的行動を取る人って、マゾなの?
一見破壊していてサドっぽいが、実は自分を破滅させたいマゾなのかなと思って
- 268 :没個性化されたレス↓:2008/07/07(月) 15:30:10
- 必要とされたいからM女なのかもしれない。
自分を支配する絶対的なSという存在によって安心するというか。
支配しているのはマゾのほうかもしれないけど。
- 269 :没個性化されたレス↓:2008/07/07(月) 15:56:48
- 浣腸されて脱糞するところ見られて喜ぶ人。
何でなの?
人間として一番恥ずかしい姿を見られてるわけだろ?
何で?????
- 270 :305:2008/07/08(火) 00:09:22
- こんばんは。
お久しぶりです……とすら言えないほどにご無沙汰しておりました。
サディズムはマゾヒズムより昇華しやすい(愛情によって満たされる)というのを、今、身をもって体験しています。
私の主は少年期に母親との接点が薄かったと聴いておりますので、
サディストの原因が親の放任によるものであるというのは、やはり正しい(多い)事例なのでしょうね。
(ちなみに私の母は過保護でした)
- 271 :305:2008/07/08(火) 00:21:51
- >>268さん
M女は自身に対する認識が不安定なので、故にそれを固定する存在を求めるのでしょう。
マゾヒズムが手段であるというニュアンスで受け取ってしまうと、違和感を感じます。
でも、支配、というかたちで強烈に求められることによって
安寧を得るというのは、間違いないでしょうね。
- 272 :なつ:2008/07/09(水) 02:10:53
- >>咀さん。
まだいたんですね。ある意味感動です、懐かしい故郷に戻ってきたみたいな。
でももう過去には戻れないですけど。
時には視点を変えて物を見てみるのもいいかもしれません。
物を観察するとき右から見たり、左から見たり、上から見たり下から見たりしますが、
「時間を越えて」見てみるのもいいかもしれません。過去から見たり、未来から見たり、です。
たくさんの書物を読んで、知識を仕入れ、とても謙虚で真摯な方だと思う。
ただ、知識って大事だけれど、自分自身の直感や身体で感じる「何か」をわかりづらくしてしまうときもある。
「SMの心の仕組みについて”理性的な”答えをだしたい」という望みが叶うかどうか、私にはわからないけれど、
咀さん自身の答えを見つけ出すことはできると思います。
一つだけ言っておくと、世の中の有名な心理学者と言われてる人たち(文学者とかでも)あまり深く掘り下げ過ぎなくてもいいと思う。
私は心理学は科学ではないと思っているし、
様々な著作物はそれを書いた著作者たちの「個人的な」エピソードから逃れられないので、
ある意味、著作物は著作者たちの自己満足と思い込みと屁理屈の塊なのです。
それを一つ一つしらみつぶしに読んで、「何を言いたいのか」「どういう意味なのか」解析する事には、
どれだけの意味があると思う?
あなたがこれからも、様々な書物を読んで自分なりに考えをまとめたいと言うなら、それはそれでかまわないと思う。
- 273 :なつ:2008/07/09(水) 02:11:30
- だけれど、例えば「加藤なんとか」って心理学者、彼は存命なのかどうかわからないけれど、著作はうんこみたいなものです。
個人的な恨み節が根底にあって、その思い込みとエネルギーが強すぎて怖いくらいです。
そのために、人々の共感を呼ぶのかもしれませんが、そんなちっぽけな爪の垢みたいな思想に惑わされるのはやめましょう。
「プロ」って人もしかりです。お子様です。
文章の見せ掛けの整合性にだまされないで。
あなたは、なぜこのスレッドにいるの?
人の文章を解析するのも十分したし、これからは「なぜ自分がここにいるのか」、「なぜSMについてそんなに固執するのか、これから何をしたいのか」
自分の頭で考えてみたら?
人の事は解らないけれど、自分のことは自分が一番知っているはずです。
自分自身の声に耳を傾けないから、変な理屈を求めたくなります。
- 274 :没個性化されたレス↓:2008/07/09(水) 18:28:12
- >272-273 なにえらそうに人に指図してんの? ウザ
- 275 :没個性化されたレス↓:2008/07/10(木) 12:11:23
- 最近は知らないけど、アメリカのエリートはジョギング好きだそうな。
ジョギングでは、肉体酷使によって脳内麻薬が分泌されるそうな。
ただ、個人差があるらしい。
マゾヒストって、エリートに多いイメージがあるけど、
肉体酷使のみならず頭脳酷使が、心地よいんだと思う。
実は俺もエリートだけど・・・マラソンは嫌いだが、
ぶっちゃけ頭脳酷使が好きなマゾヒストだ。肩凝るけど。
縛られて鞭で打たれて、顔面を踏みつぶされると屈辱感で、
何故か興奮する。
でも、同時にサディストでもある。彼女を目隠しし、
浣腸して、必死に耐える表情を見ながらヤルと興奮する。
俺がイク前に彼女が漏らすハプニングがあると、
彼女の羞恥に満ちた表情は最高!
また、この際、何故か彼女の便は汚いとは思わない。禁忌の世界に
浸っている悦びか、愛情か、不明だが。
- 276 :没個性化されたレス↓:2008/07/11(金) 16:54:00
- >>275
続きだけど、まとめると、マゾヒストの快感は、肉体的にも精神的にも、
苦しみによって、脳内麻薬が放出されるためだと思う。
先祖がサルだった頃から、絶えず飢えの苦しみ等に苛まされ、
身に付いてしまった習性じゃない?
サディストの喜びは単純に「支配欲」「征服欲」だと思う。
人間もサルの頃から、群れの中で「ボス」の地位を目指していた
から、当然だと思う。
- 277 :没個性化されたレス↓:2008/07/12(土) 07:41:16
- 昨日若いナースに浣腸されて勃起した。
惨めな自分に興奮した。
- 278 :没個性化されたレス↓:2008/07/13(日) 06:58:31
- 支配欲=Sですか?
ならば支配欲とはどこからどこまでを言うのでしょうか。
- 279 :咀:2008/07/13(日) 15:25:57
- >>270 こんにちわ お久しぶり。
確かに愛が苦手なSというのは多い。
だからそういう意味での昇華という現象が逆に起こりやすいような。
結婚した知り合いのSMカップルでは、S男の方がいつのまにかMもやるようになってた。
心理学的な意味での昇華(性欲の脱性化された文化行動)では
Sは、直接的な表現になりやすい傾向があるように思う。
最近話題の日本画家・松井冬子の絵もそういう昇華の匂いを感じる。
知り合いのSがやってる小説サイトや、以前紹介したS女の妄想小説も
残酷妄想がかなり直接的に表現された昇華物になってる。(まぁ筆頭はサドだがw)
Mの作品は、もっとニュアンスが複雑な印象だ。
- 280 :咀:2008/07/13(日) 15:41:15
- >>267 そういうのをフロイトは「道徳的マゾヒズム」と分類してる。
( 「マゾヒズムの経済的問題」(「自我論」ちくま文庫) )
- 281 :没個性化されたレス↓:2008/07/15(火) 08:07:42
- >>278
「支配欲=S」・・・?かぁ…。俺個人は、肉体酷使・頭脳酷使で、
何とも堪らない充実感を得るので、脳内麻薬分泌型マゾヒスト、と自覚してる。
でも、彼女の両手を後ろ縛りして膝立てうつぶせにして、大反対の悲鳴の中で
浣腸する行為は「苛メッ子」の楽しみを感じる。しかも、人体の恥部の象徴を
犯すことで「征服感(支配感?)」がある。また、一般常識でも「変態行為の
シンボル」だけに、禁忌を侵している悦びがある(中学生が敢えてタバコを吸う等、
校則を破る痛快さ、みたいな?)。
意外と興味深い現実だけど、彼女と「浣腸プレイ」迄行うようになると・・・、
彼女内部では大革命ながらも、羞恥心に酔って、ハマる女性が大多数なんだよねー。
- 282 :没個性化されたレス↓:2008/07/15(火) 21:09:33
- それにしてもこのスレは難しいね。
誰かわかりやすくまとめてほしいものだ。
- 283 :没個性化されたレス↓:2008/07/16(水) 16:01:17
- >>278
女に浣腸されて喜ぶ男は?
征服されて喜んでるってこと?
支配されて喜んでるのかな?
- 284 :没個性化されたレス↓:2008/07/17(木) 13:42:27
- >>278
看護婦に浣腸されて、出したウンコ見られて勃起する男は?
- 285 :没個性化されたレス↓:2008/07/19(土) 06:57:16
- 若い美人ナースよりも、不細工な婆ナースに浣腸される方が勃起するのはなぜ?
- 286 :305=澪子:2008/07/19(土) 18:50:30
- >>279
愛が苦手、とは、
甘えたり、受け止められることに不慣れということでしょうか。
SはMに対してこれでもかと与えるのに
その逆は?
Mはすべてのベクトルが自分へ向いてしまうのに。
サディズムは愛情を確認する行為であるから、
激しくなるほど複雑化するのではなく、程度が増すのだと思います。
目的が、どこまで受け入れて貰えるかということだから。
- 287 :澪子:2008/07/19(土) 18:56:48
- サディズムはサド、マゾヒズムは谷崎くらいしか思い付かないのですが
後者に死の匂いをつよく感じます。
Mにとってそれは終着であり、Sにとっては
生命の結果である印象…。
- 288 :没個性化されたレス↓:2008/07/20(日) 14:10:20
- 谷崎は、破滅型の典型的マゾヒストだね。
俺も一時期谷崎を読みまくったよ。
SでもMでもある俺としては・・・、
複雑だけど、性欲満々でMな気分のときは、
平常心では「絶対に嫌なこと」を敢えてされたくなる「破滅願望」がある。
俺はホモじゃないが、ガキの頃変質者にケツの穴をいじられたトラウマがある。
そのせいか、三島由紀夫の世界で「ゲイM」に衝動的に魅力を感じることがある。
- 289 :没個性化されたレス↓:2008/07/21(月) 05:08:38
- ホモSMと言えば
小説「007カジノロワイヤル」。
- 290 :没個性化されたレス↓:2008/07/23(水) 12:02:05
- 自分よりもずっと年下の女に甘えたい
http://life9.2ch.net/test/read.cgi/alone/1216697441/l50
- 291 :澪子:2008/07/23(水) 22:03:31
- >>288
こんばんは。初めまして。
谷崎といえば、そして美に対する傾倒と、絶対的な崇拝・でしょうか。
彼の作品に登場する支配者(その役周り)にとって、美は手段と口実でしかなく
弱者・服従するものにとっては美こそ本質。
姿形に対する過度な称賛は、逆にSを不在にしてしまうようにも思われます。
破滅を望むのはMの性でしょうね。
過去のトラウマを繰り返し、甘美なものとして認識することで
乗り越えようとするのでしょうか…。
- 292 :没個性化されたレス↓:2008/07/25(金) 15:16:43
- 夏休みなので、来週から一か月間ヨーロッパをバックパック旅行に逝きます。
SМ大国ってったら、ドイツ、スイス、オランダだと思うので、余裕があれば
冷やかしてみます。フランクフルトのレーバーバーンとか。
でも、あっちのSМの、「肉感」「残酷」なイメージは、殺されそうでキモいです。
日本的な「精神的屈辱感(浣腸プレイ等)」をテーマに、ヒマだったらサーチしますね。
- 293 :咀:2008/07/31(木) 21:52:21
- >>286 たぶん俺と貴女で愛のイメージが違う
愛は2体間で無防備(性も含めて)に近づくことを含むので
元来、用心深く、心を開くのに時間がかかるSには苦手な者が多いと思う。
(ただしS女にこれがあてはまるかどうか自信がない。
S女とS男は同じ構造ではないと思っているので)
- 294 :いちm女:2008/08/18(月) 22:29:47
- 私は誰にも愛されずに育った。
これだけならいくらでもとまでは言わないまでも、
それなりにたくさんいるし、全員がMになるわけじゃない。
私がMになったのは、自分を見てくれる「視線」への渇望から。
幼い頃母は自分可哀想の人で、常に私からの同情を欲した。
私は大きくなってから、自分をかまってくれる人がほしくなった。
「誰も私などいらない」この固定概念で
いつも相手の懐に飛び込めない。
今はよくしてくれてるけど、これは私が相手を必要としてるからで
私が遠慮したら、あるいは私に失望したらすぐに相手は離れていくだろう。
だから私が嫌がっても、泣いても逃げても捕まえててくれる人がほしい。
私を離れていかず、捕まえててくれる人がいたらどんなにいいだろう
- 295 :いちm女:2008/08/18(月) 22:33:32
- 私のすべてを知ってほしい。
きっと逃げてくと自分を見せるのをおそれる私のうわっつらを
強制的にはがしてほしい。
安心させてほしい。
でもこんなこと言えない。
きっとみんなそう思ってる。
私だって、男からこんなこと要求されたら激しく萎える。
きっと男からみたって同じだろう。
だから言えない。
- 296 :いちm女:2008/08/18(月) 22:40:10
- しつけられたい。
小さい女の子みたいに、ペットみたいに、
あるいは所有物みたいに扱われたい。
対等なんてリアルだけでおなかいっぱい。
対等でいなきゃいけないなら男なんていらない。
どんな風にしつけられたいか。
普通の親が子供にするみたいに「自立へ向かう躾」じゃなくて
「依存へ向かう躾」がされたい。
「お前は僕に媚びることだけ考えていればいいんだよ」って言われたい。
そう、私は依存がしたい。
依存したくてしたくてたまらない。
でも相手も私に依存したいと思ってるかもしれない。
私が思ってるんだから、相手も思ってるだろう。
そしたら私同様、相手も相当うざいと思うだろうな。
だから言えない。
自分から言えないなら強制的に依存させてほしい。
拘束して、躾て、依存しないならお仕置きしてほしい。
- 297 :いちm女:2008/08/18(月) 22:44:37
- なぜ依存したいか?
一人じゃ生きられないから。
なぜ一人じゃ生きられないか?
自分の見識、決断に自信がないから。
努力さえも承認無しじゃ出来ない。
「無駄な努力して…迷惑だな、早く辞めてくれないかな」と思われてる気がして。
絶望的なまでの自信のなさ。
結局幼少時の環境にいきつく。
私は親からいつもけなされ、学校でも恥ばかりかかされた。
- 298 :いちm女:2008/08/18(月) 22:48:04
- どうすれば回復する?
やはり欲望を満たすこと。
満ちたい。満ちれば回復していくはず。
しかしそれはSMが回復に導くのではない。
いや、SMが導くには導くが、導く本質は愛だ。
承認され、必要とし必要とされることが
いつも一人じゃないと、私を手放さないでくれる人がいると思えることが
心の傷をうめていくのだ。
- 299 :没個性化されたレス↓:2008/08/19(火) 00:39:20
- う〜む深いですねぇ
でもんなんとなくわかるような気がするよ
今の社会は甘えを許さない社会だからねぇ皆甘えたいんだよ
支えあいたいんだよきっと。絶望なまでの自信のなさrってのは
俺もだなぁ、あきらめたいよ。そっちの方がらくだから
俺はそんなに簡単に割り切れるほど大人じゃない。が社会はそれを
周りはそれを必要としないんだよね
いちm女さんも甘えたいんでしょそういう場面に本当に素直になれる
場面がすくなかったんじゃないかなぁ俺はそうだよ
だから、甘えたいんだそしてそれを受け入れてくれる人が
欲しい。おとこは引っ張るものなんていってる奴がいるけど
毎回そんなんじゃおとこも疲れるよ
ほんとに愛してくれる人みつかればいいね
でもその前にあなたも人を愛さなきゃね!!
俺もししてた奴には散々裏切られたから、今では何も信じれないよ
綺麗な友情もドラマみたいな愛情もいまでは何も感じない
むしろ否定的 でも信じたいけどね
- 300 :没個性化されたレス↓:2008/09/01(月) 06:13:54
- M女ですが、プレイの最中は常に冷静です。
どんな辱めを受けても、もう一人の自分が第三者の目から見ているような感じです。
自己愛のあまりの強さゆえだと思いますが、酷いことをされてる自分が好きなんです。
痛みが快楽につながるわけではありませんし、Sという自分を支配する絶対的な存在に依存したりもありません。
しかしそこに愛があることが大前提ですのでSMと実生活を混同してただのDVになることはありません。プレイはプレイとして、です。
ただ酷いことをされてる自分が可哀想でなおかつ美しいと感じるんです。
異常なまでの自己愛のせいですが、決してM女になったことを後悔はしていません。
- 301 :没個性化されたレス↓:2008/09/05(金) 00:01:35
- >>300
そういう人もいるんですね。珍しいのか普通なのかは自分にはわからないですが。
>>292
何か収穫があったら教えてください。
- 302 :没個性化されたレス↓:2008/09/10(水) 21:25:17
- いちM女さんの素晴らしく整理された発言に感動。観念論を脱したリアルかつ
本質的内容が素晴らしい。SMの本質に対する考察が、SやMの幸福に繋がら
なければ、ただの知識自慢か議論したい人間の自慰くらいにしかならない。
いちM女さんの発言は、SやMの幸福につながる確かな希望を含んでいると思いました。
- 303 :没個性化されたレス↓:2008/09/11(木) 05:24:47
- なんでやねんwww
- 304 :没個性化されたレス↓:2008/09/14(日) 06:30:10
- >>302 知識や探求を否定するなら学問板にいる必要なし。
相談板かSM板でも逝けやヴォケ
- 305 :没個性化されたレス↓:2008/09/18(木) 04:02:50
- 女性有名人に浣腸したい
http://set.bbspink.com/test/read.cgi/ogefin/1140426334/l50
青山祐子アナに浣腸したい
http://set.bbspink.com/test/read.cgi/ogefin/1171251349/l50
- 306 :没個性化されたレス↓:2008/09/21(日) 05:34:12
- http://bubble6.2ch.net/test/read.cgi/cafe30/1157531119/l50
- 307 :咀嚼者:2008/10/19(日) 14:45:00
- サディズムは超自我の問題だ。
超自我の過剰が自らをもて余して性の場面に侵入しサディズムとなる。
むろん超自我の内容は人によって異なる。
したがって、どのような超自我が、どのような性的幻想を抱くかは異なる。
ただし、超自我は、別に脳機能に本来備わっているものではなく
後天的に獲得されるものであるから、文化と深く関係する。
従って、同一文化で生存しているものに
同じパターンの幻想が強く訴えかけることは充分あり得る。
逆に言うと、文化的なパターンがサディズム幻想を触発する。
サディズムは学習されて獲得される。
アシュレイ・モンターギュが「暴力の起源」で主張しているとおり
攻撃性は文化的学習によって得られる。
攻撃本能というものはない。
幼児が一見残酷な振る舞いをしたとしてもそれは攻撃本能ではなく
単に同情心の未発達−共感幻想の未獲得に由来する。
彼は好奇心に駆られて虫の羽をちぎる。
生命や他者は彼・彼女の自体的な意識の中で価値を得ていない。
それはサディズムとは異なる。
- 308 :咀嚼者 【サディズム=超自我】:2008/10/19(日) 14:49:55
- 超自我は後天的に文化の中で個の中に刷り込まれる。
親・身近な他者・テレビドラマや漫画、小説など。
超自我の獲得の元が高級な文化である必要などまったくない。
むしろ低俗、通俗的なほうが、未熟な精神には入り込みやすく
また根付きやすい。そしてそれはきわめて強固に個に取り憑き支配する。
- 309 :咀嚼者 【サディズム=超自我】:2008/10/19(日) 14:59:14
- 「自己評価が低い」とは何か?
そもそも、どの自己がどの自己を「評価」するのだ?
超自我が自我を、自我の振る舞いを、あるいは自我の無為を評価するのだ。
「心理学のプロ」は自己評価には「普通」と「低い」しかなく
「高い」はない、と言った。
超自我は減点方式だからだ。
それは罰するのみで報償は与えない。
倫理や美意識は、全うされているときには沈黙し(というより遂行の原点座標となり)
欠如した時にのみ厳しくイエローやレッドを出す。
これが、過剰な超自我の様態だ。
超自我は個の社会的判断基準となるため、
それが弱いものは従属者として他者の判断をもって自らの判断を代行させる。
サディストは特に超自我が強い。
- 310 :咀嚼者 【サディズム=超自我】:2008/10/19(日) 15:06:05
- サディズムが自虐を含むというのは
己の自我を超自我が罰するということは
強すぎる超自我に自ら疲れ、
自我の側に立って休息するということだ。
罰を受ければ超自我はひとまず判定の過程を終了する。
だが、他者がサディストの超自我を代行することは
強すぎるサディストの超自我にとってかなり強い抵抗をもたらす。
自己を自我のみの存在と見なし、超自我を他者に預けるマゾヒズムは
明らかに別のステップを必要とする。
- 311 :咀嚼者 【サディズム=超自我】:2008/10/19(日) 15:10:02
- 過剰な超自我という言い方は
厳格な超自我という言い方に変えてもよい。
それはある意味、その個自体にとってもやっかいな負担でもある。
自我と超自我が不調和であること。
サディストに欝になる者が多いのはそのせいだ。
- 312 :咀嚼者 【サディズム=超自我】:2008/10/19(日) 15:13:09
- それでは、マゾヒズムは「自我の過剰」なのか?
それについてはまだなんら考え(確信)を得ていないが
その可能性はある、とだけは言える。
- 313 :咀嚼者 【サディズム=超自我】:2008/10/19(日) 15:17:30
- 愛は、防御の解除だ。
しかし、すべての人間に対して防御を解けば
そのものは社会的な損失を被る一方になるだけだ。
そこで、「特定の相手」にのみ防御を解除する(防御の過程に入る)。
防御とは超自我の監視を外すということに等しい。
だから、超自我の強いサディストは愛が苦手なのだ。
- 314 :咀嚼者 【サディズム=超自我】:2008/10/19(日) 15:22:17
- さて、超自我の内容、超自我の質、というものは
社会的淘汰にも関わる。
通俗文化が刷り込んでくる倫理は、
そのまま、社会的淘汰の武器となる。
強すぎる超自我を持てあまし、あるいは
強すぎる超自我に疲れ、
超自我を色情化することによって休息を得ようとするサディズムが
反倫理的な幻想を好むのは当然ということになる。
それはある意味、人工的な淘汰に対する反撥や抵抗を含む。
だが、それもまた、彼の超自我となる。 やれやれ…。
- 315 :咀嚼者 【超自我からの見晴らし】:2008/10/19(日) 18:11:32
- 超自我という観点からサディズムを見れば
多くのことが解けることはわかった。
マゾヒズムの依存は、
超自我を他者に預けることで自我だけが残ることが要因となる。
ナルシシズムの問題はまだ不明な部分が多い。
今回の文脈からするとナルシズムは、高い自己評価、ということになる。
いままで書いたことと相容れない。
(仮の考えとして)
ナルシズムは
超自我が自我に喰われた状態かもしれない。
超自我が自我と溶融し、他者への関心が縮小することで
倫理基準、社会的美意識も縮小し(あるいは発展せず)
ナルシストは自己だけの世界へと進む。
- 316 :咀嚼者:2008/10/19(日) 18:21:05
- ふむ。>>313 (防御の過程に入る)→(防御解除の過程に入る)
- 317 :咀嚼者:2008/10/19(日) 18:37:48
- 愛の関係は、
対がそれぞれの扉から武装を解いてひとつの部屋に入り
(という幻想を共有し)後ろ手で扉を閉めて完成する。
基本的に閉鎖的なものだ。
特定の対象を選択し、無防備を突き出す。
誰にでもこれをやれば、傷だらけになる。
イエス・キリストのように。
愛は閉じた扉を再び世界に向かって開き、
相手を防御的攻撃(あるいは攻撃的暴挙)することで終わる。
- 318 :咀嚼者:2008/10/19(日) 18:39:06
- 愛は自我だ。
超自我を阻害しなければ成立しない。
- 319 :咀嚼者:2008/10/19(日) 18:41:42
- (言葉が足りないな)
愛の担い手は自我だ。
脳に愛の座はない。 好き嫌いは防御であり、愛とは異なる。
- 320 :咀嚼者:2008/10/19(日) 18:57:14
- キリストは余計だったな…
キリストの(キリスト教の)説く愛は、自我の愛ではなく
倫理化された愛であり、超自我化された擬愛だ。
あるいは、受け身を絶対化したマゾヒスト的な愛、かもしれない。
いずれにせよ、今回の文脈の「愛」は
キリスト(教)的な「愛」概念とは別のものだ。
- 321 :没個性化されたレス↓:2008/10/26(日) 01:53:26
- サドに鬱が多いのは確かでしょう。
一応Mの私は、S側の人に対して一種の同情心みたいなものを感じます。
孤独に見えるから、救いたい。なんだか信用されてない気がする。
私だけじゃなく、誰も信用していないような。
目に見える形で拘束されて、相手が私を信用できるなら、私にとってもそれは
この上ない幸せのように見えて、憧れています。
昔関係を持ったSの方は、「人を監禁することでその人の心まで動かせるか」
といった題材の映画にとても興味を持っていたようです。
彼もまた、自分が普通ではないと自覚して、それについて悩んでいるような人でした。
- 322 :没個性化されたレス↓:2008/10/29(水) 12:36:46
- 今日初めてこのスレ見つけて、いきなり流れ読まずに書き込みます。
サディズムは治るのでしょうか?
もういい加減子供を生まなきゃいけない年齢なのに、普通の性行為が出来なくて、少しずつ真剣に悩み始めました。
私はサドですが、とりあえず>>321の言うサドの定義には一つも当てはまってません。
楽観主義、平和主義ですし、人の心を束縛したい訳でもありません。
苦痛の声、表情を見たいだけであり、対象は老若男女問わず。動物でもいいんです。
そんな自分が嫌でたまりません。
普通の女として、性行為を子供産んで育てて、普通の幸せを掴みたいです。
治るものならどうか教えて下さい。
- 323 :没個性化されたレス↓:2008/11/03(月) 08:00:09
- >>322
なぜ自分は苦痛の声、表情を見たいのか、を考えてみたら?
- 324 :没個性化されたレス↓:2008/11/10(月) 04:17:46
- マゾについてwikiで調べてたのですが
自分を過度に抑圧して生きてきて「ここは自分が我慢をすればいい」というような場面が多くあったから、こういうマゾ的性質になるらしいのですが
しかし性に結びつく関係性がわかりません
なぜ? なぜ性的に?
このマゾ性質になる多くの人が、ちょうど性について興味を示す時期までに、体験したから? あるいは重なるから?
だれか教えてください
- 325 :没個性化されたレス↓:2008/11/16(日) 15:50:48
- 単なる脳細胞と伝達物質の
関係で決定されているものでしょうね。
SMに限らず精神病と言われてるもの全般は。
そしてそれらの大元は遺伝子工学的な話できまるもの。
心だとか精神だとか言っても、所詮は脳の話であり、
脳の設計は遺伝子に記述されてますので。
夢を壊してごめんなさいw
サドマゾヒズム的な親からはサドマゾヒズム的な子供が生まれるっつー、
古典的なお話が、実は科学的に証明されつつあるのが現代です。
幼少期の経験等も脳細胞の構築や伝達物質の分泌と無関係でわありませんが、
根本原因は大元の設計図です。それによって形状や量が決まりますので。
- 326 :没個性化されたレス↓:2008/11/16(日) 15:53:18
- 具体例:
脳内物質セロトニンを体質的(脳質的?)に多く分泌する人は鬱になりにくい。
セロトニン伝達能力の高い脳構造の人は鬱になりにくい。
- 327 :没個性化されたレス↓:2008/11/18(火) 07:49:55
- >>325
具体的に脳の何野でどういう伝達物質によって
サド・マゾが決まるか、説明してみろよ。
- 328 :没個性化されたレス↓:2008/11/20(木) 14:24:07
- >>326
いい加減なでたらめレスする前にWikiぐらい見れば?
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%86%E3%81%A4%E7%97%85
- 329 :没個性化されたレス↓:2008/11/22(土) 04:33:06
- >>322
http://set.bbspink.com/test/read.cgi/sm/1191880555/
- 330 :没個性化されたレス↓:2008/12/05(金) 00:26:57
- >>327>>328
ん?
wikiを見る限り、>>325の言ってることが正しいと思うぞ・・・
おまえら、もしかして心や精神と脳が別物だと思ってんのか?
どんどん遺伝子工学や脳機能学が発展していくと、確実に遺伝子レベルでの
差別が始まるだろうね。
ま、痛いとこつかれて悔しいんだろうけどな。
- 331 :没個性化されたレス↓:2008/12/05(金) 02:10:48
-
わたしSMに目覚めちゃったんです(*´o`〜
http://yayaya1.com/
- 332 :没個性化されたレス↓:2008/12/05(金) 02:35:38
- たぶんおんなじ脳みそでも生い立ち(記憶)で性癖は変わる
- 333 :没個性化されたレス↓:2008/12/05(金) 02:38:08
- >>325それはしつけの怒り方とか、後天的な物だと思う。
虐待児の親が虐待されてた的な
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取りに行ったけどなかった。次は一時間後に取りに行くです。新着レスの表示
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