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【なぜ】サディズム・マゾヒズムの心理 3

1 :没個性化されたレス↓:2007/09/06(木) 05:13:45
サディズム・マゾヒズムの心の仕組みについて知りたい。

サディズム・マゾヒズムという造語は19世紀ドイツの精神医学者クラフト・エービングによる。
SMはいまや市民的に受け入れられる状態にまでなっているが、
ある者がSである、Mである、ということの仕組みはあまり問題にされない。
時によっては病的と思える嗜好にいたっているものもある。
SM板でも雑談・サロン板でもなく、学問板にこのスレが立っている事を念頭に、
SM心理の構造について考えがすすめばいいと思う。

【前スレ】『【なぜ】サディズム・マゾヒズムの心理 』
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/psycho/1077631933/
にくちゃんは閉鎖状態にあるが代わりに読めるURL↓
http://mimizun.com/search/perl/dattohtml.pl?http://mimizun.com:81/log/2ch/psycho/academy4.2ch.net/psycho/kako/1077/10776/1077631933.dat
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/psycho/1154843359/
【なぜ】サディズム・マゾヒズムの心理)2
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/psycho/1154843359/


※この板はIDがでないので、複数のレス書き込みを行う時は
コテをつけた方がわかりやすいです。

155 :咀嚼 【性の対立】:2008/01/19(土) 15:16:03
〔仮説〕 (いちいちつけるのはめんどくさいから今後はつけないがw)

女性器への関心を性的関心として受け入れられない場合、
性的な関心は、直接的な性交渉から逸らされる。
これが、ある種の性的嗜好異常に結びつく、という「可能性」

サディスムの場合、それは、女性器への嫌悪感を克服するための
儀式である「可能性」。

156 :没個性化されたレス↓:2008/01/19(土) 15:17:07
>すべての男に共通する

違います。
サディズム・マゾヒズムを得る男子の中の一部という意味です。


157 :咀嚼 【性の対立】:2008/01/19(土) 15:18:47
>>154 
最初の一行
→「フロイトの去勢コンプレックスを「性の対立」から考えてみる一例。」

158 :咀嚼 【性の対立】:2008/01/19(土) 15:27:11
>>156 
我々はすべてのサディストをひとりひとり検証するわけにいかない。
ひょっとしたら、サディストにいくつかの分類が必要になってくるかもしれない。
サド・マゾヒスト という範疇も俺はまだ捨ててない。
たとえ個々の事例にすぎないとしても手がかりが必要なのだよ。

159 :没個性化されたレス↓:2008/01/19(土) 15:31:06
>>157 既にこの時点で一部です。

160 :咀嚼 【性の対立】:2008/01/19(土) 15:35:23
>159 >158
サディズム全体を説明できる原理を持っているのなら傾聴する。 以上。

161 :没個性化されたレス↓:2008/01/19(土) 16:05:09
あるにはあるが、私の説ではないので書けません。

162 :没個性化されたレス↓:2008/01/19(土) 16:24:39
とりあえず、

<サディズム・マゾヒズム>
サディズム sadism というのは、
フランスの貴族であったサドに由来するもので、異性の相手を
虐げることによって性的快感を得ることである。

マゾヒズム(masochismのドイツ語読み) というのは、
異性の相手から身体的・精神的な苦痛を受けることによって
性的満足を得ることで、オーストリアの作家ザッヘル・マゾッホの
描く人物がその典型的なものであるとし、精神病学者エビングが
命名したものだとされている。

まではOKかな?

163 :咀嚼 :2008/01/19(土) 17:09:48
>>161
自説である必要はない。人の説なら誰の説かを書いて、紹介すればいい。
自分の中で消化できてるのなら自分の言葉に置き換えて語ればよい。
(すくなくとも俺はそうしてる。次にフーコーの説を紹介する予定だ。
 ここは議論の場ではない。なにがホントかを探り、考える場。そのヒントを求める場。
 そのよすがとなるなら、誰それの説として書き込み、疑問がでた時に
 それに対する答えがその人物の説の中にあるのなら紹介すればいいし、
 なければ、自分で推測を書けばいい。あるいは沈黙すればよい)

>>162 >>1
それと、いちいち人の相づちを求める必要はない。
(別におしゃべりがしたい訳じゃない。それがここの流儀だ。) 

164 :咀嚼 :2008/01/19(土) 17:16:49
ついでだが>>1に書いた通り、仮コテで充分だが、
複数レスを書き込む場合は一応コテ推奨ではある。(文脈が辿りやすくなる)

165 :没個性化されたレス↓:2008/01/19(土) 18:10:31
確か、コリン・ウィルソン(w)だったと思うが
サディズムは性行為への理由付けに過ぎないみたいな事を書いてた
子供の頃に、親父の本棚にあった本で学んだ知識だw

ゴールに性行為があると考えて、普通は通常の愛情表現のプロセスでゴールに届く。
しかし、何らかの理由で通常の愛情表現が苦手な人が、サディズムやマゾヒズムに走るのではないかと

ここで元実験屋の発想だが、SM好きと、そうじゃない人の性体験を比較して見ると面白いと思ってた
おそらくSM好きは、体験数が少なかったり、初体験が遅かったりする結果が出るのでは無いかと
通りすがりの、SM好きな童貞の意見です

166 :咀嚼 :2008/01/19(土) 18:36:09
>165
ここで、いろいろなことを考えてるとアンケートを取りたくなることが本当に多い。 
残念ながら、あまりにも参加人数がすくなすぎて、
充分な母数は得られそうもないがw 
(そのため、あちこちのブログを見て回ったり、コメントやメルの交換をしたりして、
 ある程度のデータを蓄積するようにはしている。別にそれが目的ではなく
 SMについて話し合うこと自体が楽しいということもあるがねw 
 したがって、この場ではあまりおしゃべりの必要を感じていない)

愛情表現が苦手というより、愛そのものが苦手という者もSM好きには多いかもしれない。
体験数がすくなかったり、遅かったりするのが、SM好きの結果なのか原因なのか、
考えどころではある。
性行為にいたるプロセスとしての儀式、というのはあり得る。
ただし、SMに沈殿してる者(あるいは時)には、性行為自体を忌避する傾向もでてくるようだ。

コリン・ウィルソンは殺人百科を読んだことがある。
なんだか、ものたりない人だ、という印象だw 

167 :没個性化されたレス↓:2008/01/19(土) 20:20:48
そのような本を読んだからと言って、読んだ人間が全てそのようになるとは限らない。
とすれば、そのような本を読んで影響を受ける人は、本の内容の『何か』?に共感できる部分をその人は持っていた事にならないか?
もしそうならば、持っていた共感できる部分はどこで身についたのか?

168 :没個性化されたレス↓:2008/01/19(土) 20:52:46
たいていの場合、親との関係、
性的嗜好については特に幼児期(8歳くらい)までの
親を含む重要な他者との関係が大きく脳のマッピングに影響する
という説を読んだことがある。

169 :没個性化されたレス↓:2008/01/19(土) 22:40:01
>>168 それ正解!

170 :没個性化されたレス↓:2008/01/20(日) 00:40:58
心理学には興味がある程度という通り掛かりの素人です

私は基本的にMですが
Mにもただ痛めつけられるのが好きなタイプと主人に尽くすのが好きなタイプがいると思います
これはSも同様に。
両者の性質は似て非なるものだと思っているのですがこの違いについてはどう思われますか?
私もSMとは母子・父子関係の再現だと思っています

>>165
16歳で処女を捨てたヤリマンは例外でしょうか

171 :没個性化されたレス↓:2008/01/20(日) 04:15:36
池田小事件の前には、テレビでよく精神病のヤラセ番組が報道されていた。
あれはエキストラによる演出なんです。


172 :没個性化されたレス↓:2008/01/20(日) 14:43:53
>>170 
尽くすかと痛めつけられるかは、
親からの仕打ち、親への渇望時のあなたの親に対して
いい子になって目を向けてもらったのか?
罵倒の中で目を向けてもらったのか?の関係の違いで
表現に違いが出ているだけだと思います。

173 :没個性化されたレス↓:2008/01/20(日) 14:50:46
SM好きには性体験豊富というか誰でも良いという人も多いです。

174 :没個性化されたレス↓:2008/01/20(日) 15:56:11
>>168

実際には自我の芽生える思春期直前までの年齢でしょうね。
多くのヒトの子供は、通常最初に母親の手によって育てられます。
ヒトの生まれ持った能力は、吸う・握るのみ。
それ以降の能力は、近場の人間を模倣して身につけて育ちますので、
最初に出会った母親の影響を一番大きく受ける事になります。
その影響を基本の1として、ヒトは試行錯誤して行動をとるのだと思います。

175 :咀嚼途上者:2008/01/20(日) 17:50:30
>>174 説の原文を。大島清『性がここまでわかってきた』

「性心理発達にともなう脳への刻印を「ラブマップ」(性意識の脳地図)と呼んでいるが、
土台はもちろん胎内でつくられ、性欲中枢の形態的変化は四歳まで続き、
ラブマップはさらに八歳まで環境の修飾を受ける。
成長環境という文化的な因子が、脳の性分化という生物的な変化に影響を与えるのだ。
性の逸脱は、このラブマップの歪みに原因がある。

 ゆがみの原因はなにか。
家族がバラバラの家庭崩壊、過保護、
お医者さんごっこに代表されるセックス・リハーサルを頭ごなしに押さえつける性抑圧的教育
――すべてラブマップを歪ませる。」

「SM・バラバラ殺人など異常な視覚刺激を与えるビデオ・テレビの氾濫」
「八歳までに刻印された刺激の強い視覚記憶は、消えることなく、性意識に暗い影を落とす」
 (前スレで心理学初心者氏がことあるごとに、両親のセックスを見たこと、を
  しきりに言っていたが、このあたりのことを指していたのかもしれない)

176 :咀嚼途上者:2008/01/20(日) 18:10:19
>>170 苦痛系と奉仕系の違いが何に由来するか。
被虐のファンタジーが肉体的被虐ファンタジーなのか、精神的被虐ファンタジーなのか、
そういったファンタジーの違いはどこで分岐するのか。

残念ながら、まだ、そこまで網目を細かくして掬える説明原理を手に入れてないので
手探りで考えていくほか無い。
ストレスのありかたのような気もする。 
具体的な環境ストレスを抱えてると(あるいは抱えた経歴があると)苦痛系のような
ドラスティックな刺激による忘却を求めやすくなる気もする。
精神的被虐願望は、イイ子と世間から見られている自分と
実際には性欲や欺瞞に満ちていると自己認識している部分のギャップをストレスとしている、とか。

あと、偶然かもしれないが、俺の知ってる苦痛系は酒飲みが多いw
肉体的にアルコールに強いことと、苦痛=快楽への脳内の再配置が容易になりやすいこと、とに
何か関係があるのか、ないのか。
それを調べることは俺の手には余る。ヒマと環境が整っている研究者の論文の種にでもして欲しいところだw


>私もSMとは母子・父子関係の再現だと思っています

これについてもうすこし、感じてることを語れないかい?

177 :没個性化されたレス↓:2008/01/20(日) 19:52:30
>>175 両親のセックスというのは、他人のセックスを見るのと違う感情が背景にある事を押さえて考えるといいよ。

178 :没個性化されたレス↓:2008/01/20(日) 19:55:51
>>175 誰もが皆、そのような刺激物を見て歪むわけではないよね?

歪むには、その土台が必要なんだよ?
その土台が何であるかが答えだ。
頑張ってね!

179 :没個性化されたレス↓:2008/01/20(日) 20:03:59
>>175
>土台はもちろん胎内でつくられ、

もちろん胎内?(笑)

あなたは子供を産み育てたことがありますか?
子供はまっさらで生まれてくるんですよ。

180 :咀嚼途上者:2008/01/20(日) 21:28:36
>>179 おまえは ともかく まず一行目を読む練習をから始めろ。 
     話にならん。 

181 :没個性化されたレス↓:2008/01/20(日) 21:37:28
話にならんと思うあなた様がおかしいという事も大いにありえる

182 :咀嚼途上者:2008/01/20(日) 21:38:32
M・フーコーのSMに関する発言。

前のスレッドでは、「マゾヒズムの発明」に引用されている文しか紹介できなかったが
大元の文章(対話)全体を見つけたので、差し挟んでおく。

引用するからといって、その文章に帰依しているわけでも
全面同意しているわけでもない。
ただ、考えるためのヒントを得るきっかけとして紹介している。
「文脈」を読む力もなく、その程度のことすらわからんバカがいるようなので、予め断っておく。

183 :咀嚼途上者:2008/01/20(日) 21:39:33
  フーコー:SMに関する発言の前提部分の引用
M・フーコー「フーコー・コレクション5(性・真理)」ちくま学芸文庫 

「(西洋において)異性愛は、
少なくとも中世から、つねに二つの軸,,(男が女を誘惑する言い寄りの軸、そして性行為そのものの軸)
 にそって捉えられてきました。
 ところで、西洋世界の異性愛文学の本質は、もっぱら恋愛の言い寄り(cour)を,
すなわちまず第一に性行為そのものに先行するものをあつかってきました。
知的かつ文化的洗練の作品いっさい...は、つねに宮廷=言い寄り(クール)の方を向いていたのです。
 このことは、そのものとしての性行為が、
 文化的そして美的な観点から相対的に低く評価されているということを説明しているのです。」

184 :M・フーコー「フーコー・コレクション5(性・真理)」ちくま学芸文庫:2008/01/20(日) 21:40:45
「ギリシャ人にとって、男同士の言い寄りは、男女間の言い寄りよりも重要だったのです。
(ソクラテスとアルキビアデスを思い出してください)
しかし、キリスト教的西洋文化が同性愛を追放したために、
同性愛は全エネルギーを性行為そのものに集中してしまうのです。」

185 :M・フーコー「フーコー・コレクション5(性・真理)」ちくま学芸文庫:2008/01/20(日) 21:41:48
「<2人の人間のあいだの関係の本質は、一方がもう一方に隷属するかどうかである>
と何世紀ものあいだ見なしてきた文化において、
双方の関心と好奇心、双方の大胆さと操作のいっさいは、相手に屈辱を強い、
ベッドに一緒に入るよう強いることにありました。
性的出会いがきわめて容易で頻繁になった今では(そしてこれは同性愛の場合でもあるわけですが)
複雑な事柄は事後的にしか生じないのです。
愛を交わしたのちにはじめて相手に対して,,,
「ところでお名前はなんでしたっけ?」と訊ねる自分に気づくわけです。」

186 :M・フーコー「フーコー・コレクション5(性・真理)」ちくま学芸文庫:2008/01/20(日) 21:43:09
「したがって、異性関係においては
言い寄りによってかくもみごとに誘導されていたエネルギーと想像力のすべてが
性行為そのものを強烈にするのに貢献すべく努めるような状況を、
われわれは前にしているのです。
今日、性的行動のあらゆる内的可能性を探索しようとする、
新しい性的実践の技法が発達しています。」

187 :没個性化されたレス↓:2008/01/20(日) 21:43:31
>>182 相手に悟れって?甘えてますね。

188 :M・フーコー「フーコー・コレクション5(性・真理)」ちくま学芸文庫:2008/01/20(日) 21:44:32
「 同性愛者にとって、
性行為があまりにも容易で達成可能なものとなってしまったがゆえに、
 それはたちまち退屈なものとなる危険をはらむようになってきました。
 だからこそ、刷新するために、また
 性行為がもたらす快楽の強度を高めるヴァリエーションを導入するために、
 可能な限りのことをしているわけです。」

189 :没個性化されたレス↓:2008/01/20(日) 21:46:00
根本的に西洋の男女と日本の男女では違うので何のヒントにもなりません。↑

190 :咀嚼:2008/01/20(日) 21:47:10
>>188の最後の部分が、
前スレで引用した「マゾヒズムの発明」の中のフーコー発言の一部。
続く、同性愛に関する部分のラストも、同じヴァリエーション。

191 :M・フーコー「フーコー・コレクション5(性・真理)」ちくま学芸文庫:2008/01/20(日) 21:48:45
「同性愛者にとって、
性行為があまりにも容易で達成可能なものとなってしまったがゆえに、
それはたちまち退屈なものとなる危険をはらむようになってきました。
だからこそ、刷新するために、また
性行為がもたらす快楽の強度を高めるヴァリエーションを導入するために、
可能な限りのことをしているわけです。」

192 :没個性化されたレス↓:2008/01/20(日) 21:49:34
で、あなたは最終的に何が目的で心理学を?>咀嚼さん

193 :咀嚼途上者:2008/01/20(日) 21:50:31
ここから先がSMに関する発言。

194 :M・フーコー「フーコー・コレクション5(性・真理)」ちくま学芸文庫:2008/01/20(日) 21:51:51
「私は一般に、サド・マゾ現象の方がはるかに驚くべきものだと思います。
 なぜ驚くべきものかというと、
 性的関係はもろもろの神話的関係を通じて練り上げられ、開発されているからです。

 サド・マゾは、苦しむ男(女)と苦しませる男(女)とのあいだの関係ではなく、
 主人と、その権威が行使される者との間の関係なのです。
 サドマゾ実践者たちの興味をそそるのは、その関係がルールに従っていると同時に
 開かれているということなのです。
 
 一人が負け、他の一人が勝ちうるという意味で、それはチェスのゲームに似ています。 
 主人が被害者側の苦痛の欲求や欲望に応えられないことが明らかになった場合、
 主人が負けることもあります。

 同様に、奴隷が主人からの挑戦に応じられないとき、
 あるいは挑戦に応じるのに耐えられないとき、奴隷が負けることもあります。」

195 :M・フーコー「フーコー・コレクション5(性・真理)」ちくま学芸文庫:2008/01/20(日) 21:52:55
「もろもろの規則と解放性とのこうした混合は、絶え間ない新しさを、絶え間ない緊張を
そして絶え間ない不確実性を導き入れることによって、
 性的関係の強度を増大させる効果を持っているのです。
 こうしたものは、たんなる性の消費には欠けているのですが。   

 こうしたことをする目的は、身体のすべての部分を性の道具として使う
 ということでもあります。

 実際には、それは「動物は交尾のあと悲しげである」という有名な文句につながっています。
 同性愛においては性交がすぐにおこなわれるので、問題は次のようになります。
 「悲しさの攻撃に対してなにができるのか」ということです。」
 

196 :咀嚼:2008/01/20(日) 21:54:20
(以下は同性愛に関する考察が続くので略)
以上。

197 :没個性化されたレス↓:2008/01/20(日) 21:59:09
セックスを中心に考えないほうがいいと思うよ。
セックスは単にあるものの代わりのアイテムの一つだと思うよ。

198 :没個性化されたレス↓:2008/01/21(月) 20:50:06
>それは「動物は交尾のあと悲しげである」

↑これは、これを唱えた人の自分のセックスの投影だろうね。

実際、悲しいのではなくイタイ!顔だと思う。
動物の場合、無防備になるセックスは始終危険が伴うので短時間で確実に妊娠させるために、性交痛の刺激によって排卵がおきるのは有名な話。


199 :咀嚼:2008/01/26(土) 05:17:59
>170
>私もSMとは母子・父子関係の再現だと思っています

近親相姦の禁止によって無意識下に抑圧された関係願望だけなら
サディズムやマゾヒズムという発現のしかたでなく
普通の甘えでいいことになりそうなものだ。
SやMとして発現するのなら(たとえばインナーマスター)
親子関係の再現は もともと
そのようなもの(支配・被支配)として親子関係が存在していたということになる。

200 :咀嚼:2008/01/26(土) 05:23:07
前スレで心理学のプロが繰り返し言っていたこと>「親の偽愛」

201 :咀嚼:2008/01/26(土) 05:35:28
ただ、それだけでは網目が大きすぎる。
(網自体は全体をひっかける大きさを有していると思うが)
具体的な個々の性が、大きすぎる網目の間からこぼれおちてしまう。

それは、羊氏の劣等感コンプレックスという網もおなじことだ。
サディズム・マゾヒズムへの特殊化。
サディズム・マゾヒズムの間の分岐点。 
せめてそれくらいは網目を縮めなければ、個々の具体的な場面が掬えない。

202 :咀嚼:2008/01/30(水) 06:18:59
>SMとは母子・父子関係の再現 
これがずっと心にひっかかっている
単純に無意識に潜り込んだ母子・父子関係の再現という事なら普通の恋愛でいい。
やはり、それは「歪んだ再現」なのではないのか、と思えてならない。
それはそれで本人達が安定するならかまわないのだが。
たいていの場合、Sの求める再現とMの求める再現はどこかですれ違う。

203 :咀嚼:2008/01/30(水) 06:20:13
そもそも理想化(インナーマスター)自体、充たされなかった関係の残像なのだろう。

204 :没個性化されたレス↓:2008/01/30(水) 08:52:35
hatenaでアンケートでもとったらどうですかー?

205 :咀嚼:2008/02/02(土) 15:44:41
インナーミストレスはグレートマザーか。

では“サディスト”にとってグレートマザーとはなにか。
グレートマザーが抑圧者であると感受された時、
痛めつけ、屈辱を与え、屈服させ、疑似支配のクオリアが
ドーパンミンを誘発する。

バッキーの17年懲役者にとって女はそういう存在だったのだろう。
ロールプレイとしてのSMではあの後味の悪さは生まれない。

206 :咀嚼 :2008/02/02(土) 15:50:24
男児がある時期もつ残酷さは、心の理論に近い。
動物に向かうことが多いことがその近似性を表している。
母性的なるものからの性の分離と、その残酷衝動とは関係があるという想定。

207 :没個性化されたレス↓:2008/02/02(土) 15:51:18


208 :咀嚼:2008/02/02(土) 15:56:49
直接的な肉体への暴力と言葉による暴力。
この間に、心の理論を置いてみることは興味深い。

第3者への暴力の誇示と、直接対象に向かう暴力との間の淵。
第3者への暴力の誇示は、幼児的な心の理論の乗り越えではある。
だからそれはなくならない。 その者にとって必要な過程だから。

209 :.:2008/02/07(木) 22:14:25
.

210 :.:2008/02/17(日) 12:50:29
フーコーは徹底してフロイト的な方法を拒否して性を考える

211 ::2008/03/01(土) 09:02:08
●フーコーの私的要約

同性愛がバリエーションを求めて常に「新しい快楽の開発」を求めるのと比して
SMの場合、
権威とその権威を行使されるもの
(必ずしも最初から「服従する」もの、とされていないことにフーコーの理解度が示されている)
サディズム側からの要求とマゾヒズム側の欲求の緊張感のある勝負の中で
新しい責めと可変なルールの緊張感の中で、
神話のなかの犠牲者のようにマゾヒストは「身体のすべての部分を」性の道具として差し出す。

身体のすべての部分を性の道具として使う(差し出す)のは
同性愛的な「新しい快楽の開発」よりも
性的関係の強度を増大させ、性的関係を「神話的関係“化”を通じて練り上げ開発」するため。


(ちょっと読み損なうと、>>195の「身体のすべての部分を性の道具として使う」が「新しい快感の開発」と結びついて
 フーコーがSMをただの快楽主義と言ってるように誤解してしまう畏れがある)

212 ::2008/03/01(土) 09:26:24
神話的な関係とはなにか。

フーコーが同性愛について語った「友愛」とは対極にある非人間的な関係、
つまり絶対的な神(権威)と神の恣意(権威の行使)を受けるもの という
疑似神話としての性的な関係。

いつものごとく、フーコーはきちんと押さえるべき処は押さえているように思える。
そしていつものごとく、押さえただけで通り過ぎていく。

なぜ、男と女は神話的関係を求めるのか。

フロイトを避けたいフーコーのモチーフは俺にはない。
母子(父子)関係の不全の揺り戻しとして神話的な強度を求めるのではないのか?


213 ::2008/03/01(土) 09:29:53
乳児にとって生存に必要な栄養を与える者として絶対的な位置をもつ母(母代理)と
幼児期に、道徳権威を代行する不可解な他者として父。
このふたつのいずれか、あるいは両者とも、との関係が不全なまま
思春期の性器期を迎えた時、親を充分に卒業しきれず、
満たされなかった絶対者への信頼を、性的対象となる者の中に求める、とするのは
あまりに単純すぎるだろうか。

すくなくとも、指標的な仮説の一つとして使えなくはないだろう。

214 :【性の対立】:2008/03/07(金) 19:52:21
フロイトにおいては 能動性=男性  受動性=女性

中期フロイトが述べている他の対立としては 愛と憎しみ の対立がある。
憎しみの起源は 自己の恒常的な安定状態に対する外部の刺激に対する防御意識がある。
愛は、快感を与える対象の受け入れ・同一化。

愛→憎しみは、
受け入れた(同一化した)対象が自己内部を攪乱しはじめ、不快をもたらす時に起きる。
憎しみが愛に先行するのは、同一化して内部に取り込むことへの畏れ。
(対象を受け入れ同一化までしてしまったあとで、それらが不快をもたらすようになると
 それらを再び、外部へ追い出すには大量の心的エネルギーを要する。
 したがって、愛 の予感をもたらすものへは、用心深く、憎しみが先行する場合が多い)

サディズムのスイッチを入れるということは、いったん愛を棚上げにすることだ。

215 :没個性化されたレス↓:2008/03/08(土) 20:29:29
SMは退行への教育のように感じる。

教育が、
導き手が自立を目指して子供を導いていく
のに対し、SMは、
導き手が依存を目指してMを導いていく。

要は自立したくないんだと思う。

216 :没個性化されたレス↓:2008/03/08(土) 20:38:00
Sは万能感を得ようとしてMを殺していくわけか。

217 ::2008/03/09(日) 15:18:34
>>215 はえす氏の言う「教師型S」  
自立したくない  または 自立に疲れている 
依存はSMに限らず、普通の愛情関係でも
たとえば「独占」を通じて起きるような希ガス。そして恋愛依存が生じる。

>>216はえす氏の言う「暴君型S」
Mの「独立心」を殺していくんだろうな。  

218 ::2008/03/10(月) 22:15:55
(マゾヒストが本来持っているはずのサディズムの行方に関する思いつきだが)
サディズムは昇華しやすいのではないだろうか。
攻撃性・征服欲・同情なき能動性は、表現や勉学や競争に転化するのが、
受動性・被虐欲より容易に思える。

充分にサディズムを非性的活動に昇華したあと
マゾヒズム欲動のみが残る、という仕組み。

マゾヒズムの昇華というのは、なかなか思いうかべにくい。
良き臣下となることだろうか。奉仕職に就いて尽くすということだろうか。

マゾヒストの多さは、
マゾヒズムの性エネルギーの昇華が行われにくい事の証左ではないか。

219 :没個性化されたレス↓:2008/03/20(木) 01:06:37
マゾとは、「真曽」が語源であります。
「真曽」とは、木曽義仲のことであり、
真に木曽義仲であるという意味です。
負けるに決まってるのに、なんで、
義経の味方するんだよ。ということから、
「真曽」がマゾとなり、海外で広まったのであります。
次に、サドですが、これは実に簡単であります。
「佐渡」ですからね。
「佐渡」とは、あの新潟県に属する「佐渡島」であります。
ここには、過去、流刑者が多く流されました。
攻撃的な血を持つ野郎共であります。
攻撃的な性行動であります。
そこから、「サド」という言葉ができたのです。
ちなみに、マルキドサドとは、
丸木戸佐渡という佐渡島にかつていた日本人の名であります。

220 :没個性化されたレス↓:2008/03/29(土) 05:47:01
    膳場貴子さんに浣腸したい    
http://life9.2ch.net/test/read.cgi/alone/1187298875/l50

221 :咀 【脱昇華】:2008/03/30(日) 18:38:06
<比喩>的思弁

服は自己保存欲動からすれば寒冷への対処であるが、現代では文化でもある。 
つまり文化としての服は性欲動の昇華でもある。
われわれは性交時、脱衣する。
おなじように、いったん性欲動の昇華から 再度脱衣するように性欲動へ戻る運動を
仮に『脱昇華』と呼んでみる。
よくいわれるスイッチがこれに相当する。
成人にとってはむしろ脱昇華のほうが重要かもしれない。

222 ::2008/04/13(日) 13:07:13
愛は性欲の昇華か それとも特定の対象への性的ファンタジーの固定か  

223 ::2008/04/20(日) 07:05:55
性倒錯の発生は履歴をさかのぼれるとしても
性倒錯の持続は脱昇華(昇華の遡及)過程になる。
つまり性欲の幼児帰りだ。

224 ::2008/05/06(火) 18:14:49
フロイトがサディズムについて触れるときには
そのサディズムの内容は
「支配欲」「残忍欲」「攻撃性(能動性)」 の関数として表される。
「性欲」
を加え
この四つの中の何と何の関数なのかで サディズムの性格は変わる。    

225 :没個性化されたレス↓:2008/05/06(火) 18:18:10
小学校2年生の俺から言わせてもらえば
SEX自体SMっす

226 :没個性化されたレス↓:2008/05/15(木) 13:24:19
,

227 :没個性化されたレス↓:2008/05/15(木) 17:56:51
精神医学とは。フロイト信者とは何か。
その実態は非科学にしてドンデモかつ狂信的カルト宗教である。
ある種の病的神話を現実のものである信じる教団である。
実証実験を目的に信者間でマインドコントロールと洗脳実験を繰り返し、フリーセックスに病んでいる教団である。

228 ::2008/05/16(金) 19:43:35
精神医学に限らず医学は
経験的な知識の集成を土台にした実践「学」であって科学ではない。
(なかには自分を科学者だと勘違いしてる医者もいるようだが)

フロイトは、経験的な観察から
「心には構造がある」という認識を得て、ひとつの「仮説体系」を作ろうとした。
サディズムマゾヒズムの問題を考えるにあたってそれは「参照」すべき価値がある。
他にもサロン談義レベルを超えて
参考になる考えを披瀝している者がいるのなら大いに参考にするし、
今までもそうしてきた。

残念ながらいまのところ脳生理学は
「座」のおおざっぱな指定にしか到達していないように見受けられる。
死の本能やエスの問題は、細胞学と無関係ではないので
多少の勉強はしているが、直接的にサディズムマゾヒズムとつなげるには
まだ無理がある。

(以上。 コピペにマジレスカコワルイ w)

229 ::2008/05/16(金) 19:51:40
フロイトは後期に
サディズムを死の本能と結びつけている。
死の本能自体は、細胞のアポトーシスに結びついてエス化する、と考えれば、
フロイトが考えていたほど「沈黙」はしていないのかもしれない。

フロイトのサディズムは、支配欲と破壊欲の2本立てになっている。
しかし、死の本能で、破壊欲、あるいは征服欲で説明できるかもしれないが
支配欲を死の本能から直接導き出すには、なんらかのバイアスが必要になる。
(あるいは説明できない)

230 ::2008/05/16(金) 19:52:40
征服欲で→ 征服欲を

231 ::2008/05/17(土) 07:05:41
支配欲は対象を大なり小なりモノ視する傾向を生む。
ここでサディズムとフェチの通底する生地が生まれる。
この針が振れすぎると、対象のモノ化に特化されて
サディズムからフェティシズムへの移行が生じる。
フェティシズムにおける破壊は対象をモノとしてしか見ないから生じるのであって
支配欲や征服欲から破壊が生じるわけではないように思える。

232 :没個性化されたレス↓:2008/05/17(土) 23:32:09
僕は女性が性的本能を剝き出しにして動物へと変貌させることが好きなのです。
だから女性を辱めて魂の解放を導くのか、
僕を辱めさせることによって女性の魂を解放するか、
それが好きなのです。

233 ::2008/05/18(日) 11:26:15
>>232  「欲望とは 他者の欲望への欲望だ」 

J・ラカンという人の有名な言葉だがそういう感覚だろうか。
魂を解放するため辱めが必要になるのはなぜだろう。

234 :没個性化されたレス↓:2008/05/20(火) 16:59:43
>>咀

使い古された言葉だが。

「ここはお前の日記帳じゃないんだ、チラシの裏にでも書いてろ、な?」

という感じ。チラシの裏とは言わないまでm、自分でHP作ってそこで書いとけばいいじゃん、って感じ。

他スレと比べて、なぜこのスレでは貴方以外の書き込みが極端に少ないのか。少しは考えてね。

235 :没個性化されたレス↓:2008/05/20(火) 18:52:29
自分はこのスレを2からROMってますが、
保守してくれるのでありがたいと思ってます。
プロ氏やさ氏などの書き込みを待っているんですがねえ。



236 :没個性化されたレス↓:2008/05/22(木) 21:23:57
>234

面白くなければ見なければいいじゃん。
ただ、それだけのこと。

俺は咀嚼氏の考察は貴重だと思う。
プロ氏やえす氏の書き込みにもインスパイヤーされてるけどね。


237 ::2008/05/25(日) 17:06:02
「心理学初心者」氏「305」氏「羊」氏 からも俺はインスパイアされてる。

「プロ」氏はおととしいっぱいでレスをやめた。
年度を区切ってレスを停止したやり方から考えて復帰する可能性はないだろうと俺は思ってる。
マゾヒスムに関して言いたいことは全部言い切ったんじゃないだろうか。
最後のあたりはマゾヒズムについて語ることに飽きたので
自由と日本社会について書いている、と俺は感じた。

親の偽愛によって傷つけられた自己、という主題はマゾヒズムによく適合していたけれど
その裏返しとしてのサディズムというのは、十全な説明ではなかった気がする。

俺がやっているのは保守というより
主役(たち)が去ったスレで、主役(たち)がつみ残した事の残務処理に近い。

238 :咀嚼 【チラ裏はGLのどこにも抵触しない】:2008/05/25(日) 17:24:56
考えてみると「他者の欲望を欲望する」というのは
フェティシズムの場合、そのままでは当てはまらないのではないだろうか。
(解説本しか読んでないのでラカン本人がどう言ってるかは知らないのだが)

どういう文脈で言われたにせよ
「他者の欲望(へ)の欲望」とフレーズそのものはかなり多くの場面に適合すると感じられる。
特にサディズムとフェティシズムを切り分けるとき、
これのあるなしが基準のひとつにできそうな気がする。

239 :咀 [プロ氏回想]:2008/06/07(土) 23:24:12
個人的に一番強く印象に残ったのは彼が最初に書いた
「親の放任・過保護」がサディズム・マゾヒズムを生み出す、という部分だ。
過保護(そして虐待)が種々の心理的問題を作り出すというのはよく聞くが
放任というのは不勉強にしてはじめて聞いた。

父親の放任・母親の過保護。というのは(程度問題だが)わりとよくある環境な気がする。
(逆は父親の性的虐待・母親のネグレクトということになり、こちらは一般的とはいえない)

それがどうやってサディズム・マゾヒズムに結びつくのか。
プロ氏によれば、まずそれは自己評価の低さとなり、それがあらゆる問題を引き起こすという
説明だったと理解している。
過保護とは、母親ができなかったことを子供に押し付ける偽愛であり、
子供はそれを敏感に無意識で感じ取り、ほうとうに愛されているという実感を持たずに育つ。
そのため媚を売ったり服従したりすることでなんとか生存していこうと勤める。
その結果、自己評価が低くなる。 
自己評価の低いものは、性的な状態としてはマゾヒズムということになる。

240 :咀 [プロ氏回想]:2008/06/07(土) 23:32:04
放任は、俺の理解ではサディズムを生み出す。
父親は最初の抑圧であり、超自我の原型をなす。
(母親の「禁止」は倫理や自己審判というより、もっと生命に近いところ、つまりエスに食い込む)
父親という最初の敵対者(ある意味で社会)・権威が不在であれば、自分でルールを作っていくほか無い。
「俺ルール」に対する制限がない(薄い)状態で野放しであれば
性的にはサディズムという形に近くなる。


241 :咀 [プロ氏回想]:2008/06/07(土) 23:34:17
興味深いのはフェティシズムだ。
これは放任のなかで、
遊び相手が人ではなくモノだったり動物だったりしたことの残滓ではないだろうか。

242 :咀 :2008/06/07(土) 23:42:33
このスレのdat落ちを見届けた時点で俺は去る。(次スレを立てる気はない) 
なにか思いつけば書き込める間は書き込む。 
むろん何か「サディズム・マゾヒズムに関する考え」があるのなら誰が何を書こうと勝手だが。

243 :咀 [プロ氏回想]:2008/06/07(土) 23:53:36
プロ氏でわかりにくかったのは「自己」と「偽愛」だ。
彼の「自己」は、あるときは自己実現の自己であり
あるときは、ユング的な自己だった。
つまり「自己」というひとつの単語に複数のニュアンスをもたせていたので
そのとき、そのときで「自己」の内容が微妙に違っていた。

同様に、偽愛 というのもわかるようんでわかりにくかった。
それでは「ほんとうの愛」とは何か、ということをしつこく聞いたが
やんわりと無視されたため、ニュアンスで受け取るほかなかった。

244 :咀 [プロ氏回想]:2008/06/07(土) 23:56:46
そういったわかりにくさにもかかわらず皆が惹かれたのは
それらの考えが血肉化されていて、彼の中でよく通っていたからだろう。
彼のなかには何かに対する怒りがあった。 おそらくは親だと思うが。

245 :咀 [プロ氏回想]:2008/06/08(日) 00:01:25
あの時期、彼はほかのスレにも書き込みをしていた。
(記憶では嫉妬関係のスレだ)
だが、見事に無視されていた。 
彼の考えは背後にある種のふくらみがあるため、
単発レスではわかりにくかったせいだろう。

246 ::2008/06/08(日) 14:54:47
一般に サディストは念と理が結びつきやすく
      マゾヒストは情と快が結びつきやすい
     
これはそれぞれ、放任と過保護からやってくる。と考えれば筋は通りやすい。

ちなみに、フェティストは情と行動が結びつきやすい。 

247 :没個性化されたレス↓:2008/06/15(日) 03:27:44
スレ違いでしたらすみません。質問です。
SとMが互いに身近に存在・意識しなければSかMであるという事は定義されないのでしょうか?(精神面の話です)
私の知人にもの凄く悲観的で自虐的な思考の人がいます。一つの悩みがでたとすればその先の先まで悪いほうに妄想し出口のない状態で自分を苦しめています。そしてそれを口にだしアピールしてきます。
アドバイスをしても彼女は全く理解できないようです。私も悲観的な方なのですが、そこまで意味のない出口のない思考を繰り返し不幸だとアピールする彼女の事が理解できません。
前にどこかで自分を苦しめる思考をする人はMだと聞いた事があります。しかし彼女はそんな事を意識していないと思いますし、他者にS的なものを求めているわけでもないです。(真相心理はわかりませんが)
どう思いますか?

248 :没個性化されたレス↓:2008/06/15(日) 18:03:41
私は特別詳しくないので正しいかわかりませんが。
SかMかということはおいておいて、自虐的な思考は癖になるみたいです。
誰でもそう癖つけられたらそうなってしまうような気がします。
彼女がアピールするのは、そうやって不安を解消するパターンになってしまっているからではないでしょうか。

249 ::2008/06/22(日) 16:35:50
悲観主義も楽天主義もS/Mと直接関係はない。
ペシミズムというのは、自虐というより自己防衛の一種ではないだろうか。
期待を手痛く裏切られた経験から来るのか、親を見ていてそうなったのか解らないが。

無責任な楽天主義に比べれば罪は軽い気もするが
周囲にとっては鬱陶しいかもしれない。 

社会というのは行動が歯車をまわすので、
無責任な楽天主義者の方が、被害を撒き散らしたとしても、重宝される。

250 :咀 【同意について】:2008/06/22(日) 17:03:34
マゾヒズムにとって「同意」は本質的だ、それが暗黙的であっても。
奴隷契約というのはたとえ両者の合意があっても
現代日本で法的な有効性を持たないが(事故が起きたとき情状酌量の参考程度にはなる)
マゾヒズムの儀式としては高い意味を持つ。

たとえば特攻といったものと比較すればよくわかる。
特攻兵士は権力から自死を要求された。
そのとき彼らは自分の死の意味(意義)を改めて自らの心のうちで構築せざるを得なかった。
それは積極的な同意とはまったく異なる。

マゾヒズムは、自身で自身を責める代わりに他者に自身を責めさせる。
この「他者」の引き込みが、自虐とマゾヒズムの境界をなす。

外国のボンデージでも広く受け入れられている日本の「縛り」は
マゾヒスト側が受け入れておとなしくしていない限り不可能な儀式だ。
マゾヒストはおとなしく縛られている段階で無言の同意を与えている。

251 :咀 【同意について 2】:2008/06/22(日) 17:12:32
サディズムにとって相手の同意が本質的であるかどうかは微妙だ。

屈服させ、支配する、という幻想にとって、同意が本質的に重要かどうかは別の話になる。
実際にことを行うにあたっての安全性(法的な意味でも、実際上の意味でも)の保障・担保としての同意、
自分の攻撃性をどこまで受け入れるか、というゲームの賞品としての同意、ということになるのではないか。

SMという文化・プレイで、同意は必要条件だろう。
それがなければSMは単なる虐待や傷害に過ぎなくなる。
実際に、サディズムという言葉は、虐待や障害と同義に使われることが多い。
今回の秋葉の加藤の行為ですら報道でサディズムという言葉を使っている解説者がいた。

残念ながら、今の俺のレベルではこれを完全に否定しさるサディズムの本質定義がうまく作れていない。

252 :咀 【同意について 3】:2008/06/22(日) 17:27:22
もちろん加藤の行為をサディズムとはまったく思わない。
しかし、それをテレビで解説していた椰子(誰かは忘れた)に対して
どのくらい説得できるかというと、なんとも情けないことになる。
その解説者も被害者がマゾヒストであるなどという馬鹿なことはさすがに言うまい。
そこには同意など微塵も存在していない。

だがサディズムにとって相手がマゾヒストであるかどうかは一時的な問題ではない。
(だからこそ「調教」という言葉がある)
SMという文化・プレイの範囲内で話をすませるのなら事は簡単なのだが。
「相互の同意」(暗黙的であれ明示的であれ)のないものは
文化・プレイとしてのSMとは呼ばないから。

253 ::2008/06/22(日) 17:29:15
一時的(×) 一次的(○)

254 :没個性化されたレス↓:2008/06/22(日) 20:10:19
いつも妄想で満足しつつ、時々現実のパートナーがほしいと考えるM女です。

Mの私にとって、そこに同意があるという時点で幻想は崩壊する。
「自分が求めてるからこそ、相手は合わせてくれてるのではないか」
という疑いを持つようになる。

自分は常に逃げようとする側でありながら、
相手が自分を逃がそうとしない瞬間に感動と癒しを得る。

現実は寂しい。
誰も自分に強い興味をもたず、私自身も誰にも強い興味を持たない。
なぜなら環境は流動的で、誰しも「その場限り」の付き合いだから。
自由で孤独。
自信も確固とした信念もないままガードレールも標識もない道をふらふらと歩いてるみたい。
その反動で「執着」と「師」は私にとってとても大きな魅力を持つ。

それでも、現実の恋愛では同意がなければどうにもならない。
だから、現実ではあえてSM要素のない相手とともに
もたれかけあう喜びを味わってみたいと思う。


255 ::2008/06/23(月) 00:33:52
>>254 妄想の中の他者は現実の他者ではなく、幻想の他者=自分(の願望)だから
    妄想の内容と無関係に、妄想に興奮する時点で自身が同意していることになる。

SM空間でのパートナーとの関係は、
フーコーの引用にあったように一種のゲーム(ロールプレイ)だ。
Mが覚めればSの負け。 そこにリアルプレイでの相性というものが発生する。
相性が合わなければ、孤独は増幅する。それが怖くて夢想に収まるのではないか。

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取りに行ったけどなかった。次は一時間後に取りに行くです。
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