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*** 森田療法の「あるがまま」って 4 ***

1 :没個性化されたレス↓:2009/08/05(水) 19:31:21
前スレが書込み不能となったので新スレを立てました

前スレ
*** 森田療法の「あるがまま」って 3 ***
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/psycho/1247904188/

572 :H,N:2009/11/08(日) 20:24:08
対人恐怖は対人の名人が自分の中には存在しているのですが、その事を
全て否定している姿です。教えて呉れる事柄も、自我意識と切り替わって対人
関係を引き受けて呉れる者も含めて全て否定して、自我意識ではどうしようも
なくなって打つ手がなくなった状態です。

書痙や吃音などにも言えます。自我意識だけでは人間は「体も心も」自由には
働かないように出来ているようです。話をする瞬間までは自我意識が体を支配
しているように見えます。話し始めた時には自我意識は関与していません。口が
勝手にしゃべっています。

眠る時にも言えます、意志の力「自我意識の力」で眠ろうと意識をしたなら誰も
眠りには入れません。本当に眠りに入るのは、意志の力「自我意識の力」を抜いて
無意識の自分にすべてを任せる処に在ります。そうすれば「意識」が無くなって
「無意識の自分が」勝手に眠りの世界に入ってゆく事になります。

神経症は「無意識」と仲たがいをしているという状態の事です。無意識にも一つの
人格が存在しています。お釈迦さまが「仏性」と云ったものです。誰の心にも存在
しています。この二つの心の矛盾を神経質な人は感じています。

不安は自我意識が仏性の言う事を聞かないために仏性が自我意識を助けようと
している事です。その事が分からないために「自我意識は」尚更拒み続けようとし
ます。是が症状は無くならないという事実を作っています。

573 :森田 ◆ThNqGvlLDI :2009/11/08(日) 20:27:12
テスト

574 :森田 ◆ThNqGvlLDI :2009/11/08(日) 20:36:10
H,Nさんトリップを使ってください。
私も今日初めて使いました(笑)
名前の欄に H,N#_________ #は半角で________の部分はあなたしか
知らない言葉で
ちなみに   名前の欄にH,N#うんこたれ と入力するとこうなります。

575 :H,N ◆YivWa5GZ62 :2009/11/08(日) 20:39:07
失礼しました(笑)

576 :H,N ◆ccqXAQxUxI :2009/11/08(日) 21:39:59
これからこの名前で書きます

577 :H,N ◆P1AWcg9OTs :2009/11/08(日) 22:19:27
>>574 ありがとうございます。このトリップを使います。
上の二つは偽者です。

578 :H,N ◆HsptrkZmYk :2009/11/09(月) 00:39:10
鈴木先生から教わった事は「神経症」とは自我意識と、仏性の確執と云う事
です。その事を言うために「ノイローゼは悟りを開かないと治らない」と云
う言葉になっています。

診療所での講話では殆どが悟りを開いた人の話、或いは悟りを開いた瞬間の
話、或いは悟りを開いた人の心持だったと思います。あの当時には何の話か
まるでちんぷんかんぷんと云うありさまでした。何の事かさえも理解出来ま
せんでした。

森田療法に付いては森田先生の本はまったく読んだ事は有りませんでした。
ひたすら自分の症状が自分の生活を脅かす事が無いようにしようとしていま
した。その症状を今振り返ってみた場合は一言で言うならば「生き難い」と
云う事でした、言葉を替えて言うならば「生きるのが辛い」と云う事です。

余りの辛さから「もう治らない」と勝手に思い込んでいました。治らなくと
も良いから「是以上は自分自身を圧迫をしないでほしい」と云うのが正直な
処でした。従って治そうとはしなかったと思います。

その経験から書いた場合に、治そうとしない方が近道になります、と云う事
を書いています。どのみち辛さからは逃れられませんでしたが、先生が言わ
れた事を「治そうとしないで」ただ実践しただけでした。

禅についてはただの興味から、本屋さんで鈴木大拙博士の小さな本を時々買
って読む事に努めました。先生の書庫に在ったのを横目で見ていたために羨
ましかったと云うのが本音です。

年をとってお金が自由になったころ、55歳くらいから全集を買い求めるよ
うになったと思います。今は忙しい中でも一日に1から2ページくらいは読
んでいます。読む事によって「心が落ち着く」ような気になります。

579 :没個性化されたレス↓:2009/11/09(月) 07:13:49
ややこしや

580 :H、N:2009/11/09(月) 08:59:31
みんな、違うじゃん。H,Nが大勢になりましたね?

581 :没個性化されたレス↓:2009/11/09(月) 09:12:38
笑www

582 :没個性化されたレス↓:2009/11/09(月) 09:21:25
いぱーいwwwww

583 :没個性化されたレス↓:2009/11/11(水) 06:23:45
H,Nさんは
反復されてやがて現代美術になる

584 :H,N:2009/11/12(木) 22:58:42
人間の心は不思議な働きが有ります、又人生の行方にも人の考えの及ばない事が沢山存在しています。それは「無功徳」と云うもので言い現わす事が出来ます。期待をした場合には裏切られるかも知れない、と云うものです。

又人生でお金を稼ぐと言う事にもあてはまります。お金を目的にしているうちはまだまだと言えます。お金の裏にある相手の気持ちを汲む事が出来たなら、お金を目的にしないのにお金は付いてきます。

欲しいと思ってやっているうちは、相手もその事に気が付いて自分の欲しいものを与えてはくれないかも知れません。

鈴木知準先生に初めてお会いして、診察を受けた時の事です。「、、君人間は見ようとすると見えないんだよ!見ようとしないで、すっと見る事だよ!」と云って一本の鉛筆を私の目の前に差し出しました。

貴方の書いた言葉「善か悪、右か左か・・・二元のやりくり。これがすべての悩みのルーツでしょう。
正義か不義かの追求より、健やかさの追求が大切だと感じます。 」

この事を例に挙げて話を進めてみます。


585 :H,N:2009/11/12(木) 23:01:05
精神疾患の原因は「健やかさの追求が大切だと感じます。 」と云う事を本当にやろうとする
ところから発生しています。健やかさを追求した場合には「健やかさが」分からなくなるか
も知れません。

人間の心は自分が思うようにはならないと心得た方が良いかも知れません。

人間の自我意識が「或る事を意識して」向上させようとした場合その「意識した事が」異
常に感じる場合が有ります。その感情をそのままにしておいた場合には何事もなく忘れ去りま
すが、意識した事をさらに意識をした場合に、心は「違和感或いは、心の異常感」と云おうも
のを体験する場合が有ります。

その時に、健やかさの追求をする事が神経症の引き金になる可能性が有ります。人間の心は生
きている限り良い時も悪い時もあるものだ。と云う事が分かっていたなら「健やかさの追求」
と云うものをしなくなります。

心をを病んでしまう原因は「健やかさの追求」をするところから始まっています。神経症の
完治とは「健やかさの追求」をしなくなった時の事です。自分の心が良かろうが悪かろうが
頓着しなくなった時の事です。言い方を替えたなら「心の状態が悪かったなら、悪いまま。
或いは良かったなら良かったまま」と云う事になります。是があるがままの本当の意味です。

その事が分かった時、人生が開けてきます。「お金が欲しい時はお金を欲しがらないで、只
働く事」「苦しい時は、楽を求めないで苦しいままに、苦しむだけです」何も期待しない生
き方の事です。何も期待しない生き方が出来た時に欲しいものが手に入ります。

健やかさの追求をしなくなった時に「本当の健やかさが」手に入ります。


586 :没個性化されたレス↓:2009/11/13(金) 01:44:07


 森 田 療 法 な ん か に 引 っ か か る 奴 っ て 、


 人 間 の ク ズ 、 社 会 の お 荷 物 ・ ゴ ミ ・ 無能・寄 生 虫 。




 マ ト モ な 人 に は 縁 の 無 い 療 法 で す よ ね 。





587 :H,N:2009/11/13(金) 06:32:32
森田療法を如何捉えるのかがカギになります。
症状を無くそうとして取り組むならXと云う事になります。

森田療法で症状を治そうとする事もXとなります。

症状は一生治りません。治らない事が分かる時が治る時です。

神経症の完治とは治らない事を受け入れた時の事です。

症状が在る事が悪いことだ!と云う思い込みを無くするためのものが
森田療法の取り組み方です。

症状があるから苦しいという思いも、症状が無くても苦しいと云う思いも、
楽を求めている心からです。楽を求めなくなった時に「同時に苦も無くな
ります」楽と苦は同じものです。

神経症は「楽」を求める心そのものです。妄想です。
神経症は「楽」を求める心が生み出した妄想です。
「楽」を求めなくなった時には消滅します。

それは「苦」を受け入れた時の事です。
それは「症状を」受け入れた時の事です。

「楽」も「苦」も共に人間の生み出した「妄想」です。
実体は何もないものです。

実体がないものに振り回されています。それは人間の分別のせいです。
好きと嫌いを云う心の事です。この心を捨ててしまえば、
「妄想は」ピタリと止みます。是が完治です。

症状が有ったままに「神経症が」治ったと言う事になります。

588 :H,N:2009/11/13(金) 19:14:17
このうまくゆかない状況を「もう一人の自分」が見ています。もう一人の自分に
任せた状態が「ここ一番と云う時に自我意識が出ない状態でもう一人の自分に任
せてゴルフの一打が打てた」と云う事になります。

他の場面なら、上がるかも知れない状態の時に、自我意識が出ないように対処する、
と云う事です。対人関係でも云えます。自我意識が出しゃばらないように出来た時が
健常者と言う事になります。

神経症は脳の狂いではありません。「心の使い方を」忘れた状態の事です。

この状態で(自我意識が単独でやろうとする事)の場合に不安感が出てきます。
この不安感は「もう一つの意識が」自分に任せてもらいたいと言うアピールを
していると言う事です。自我意識が出しゃばらなくなった時が「治りの時」です。

589 :没個性化されたレス↓:2009/11/13(金) 19:15:32
トリップつけてないから、これも偽者の悪意のコピペなんだろうな。

590 :没個性化されたレス↓:2009/11/14(土) 12:01:00
神経症の治し方ではなくて、
神経症についての定義の仕合いみたいになっている

591 :H,N:2009/11/15(日) 18:28:20
治そうとしないという事は、自分の心を加工しないという事です。
湧き上がった事がらは、湧き上がった事として受け止めるのみです。

湧き上がった感情をそのままにしておく、それは言葉を替えたなら
「あるがままに」と云う事と同じです。

感情や心を加工しないという事は、治そうとしないという事と=でつ
ながっています。湧き上がった雑念を相手にしないという事の一つの
表現方法です。

誰の心も同じように働くように出来ています。不安を邪魔者として
取り扱ったなら、不安を感じさせている者が「逆襲」してきます。
それがパニック障害の実態です。不安を受け入れたなら不安は大き
くはなりません。ついには忘れてしまうほどになります。

不安が無くならない背景には不安を受け入れられなくて、追い出そうという
心の働きが存在しています。現実を受け入れられなくて、現実から逃避して
いる姿と符号しています。

自我意識には分かり難い事ですが、自我意識を働らかそうとしている者が
存在しています。納期が近くなったらじっとしていられなくさせる者と云
う意味です。

恋人と久しぶりに会う時にわくわくさせる者の事です。

初対面の人に会う時に必要以上に緊張させる者の存在の事です。

神経症になったという事は、その感じさせる者と仲たがいをしている、
或いは連絡が取り難くなったという意味合いが有ります。もっと言う
ならば「教えて呉れる事がらの一部を」受け取ろうとしなくなってし
まう事にも相当します。


592 :H,N:2009/11/15(日) 22:32:18
590―神経症の治し方ではなくて、
神経症についての定義の仕合いみたいになっている。

この事は大事な意見だと思います。はっきり言うならば神経症の治す方法
は有りますが、神経症の症状を無くす方法は存在しないと言う事です。

症状を無くしたいと云う思いが「症状を固定させている」からです。
従って今書いた事が納得できた人には次のステップが有ります。

593 :没個性化されたレス↓:2009/11/16(月) 07:31:57
>>592
ぜひ次のステップをおしえて下さい。

594 :H,N:2009/11/16(月) 19:09:15
神経症は治り難いものです。治っているのにふと気が付くと又ぶり返して
います。その感じから又昔と同じ思考方法になっているものです。

神経症は心の使い方の誤りです、最も参考になるものがあるならば「幼子」
と云う事になります。幼子は疑う事を知りません。感じたものそのままです。

自分は誰かとは思いません。又不安であれ安心であれ「あるがままに」受け入
れています。又幼子は何も期待をしていません。明日の事を心配していません
、言葉を替えたなら、明日の事には期待をしていないと言う事になります。

明日がどうなるのかを考えてはいません。今を一生懸命に生きているためです。
大人であっても、今の事を一生懸命にやっている時には、全ての事を忘れている
筈です。貴方がもしも考え込むような事が有ったなら、貴方には「一生懸命さが
欠けています」今に自分の全身全霊を込めて生き抜くならば、再発している暇は
ない筈です。

貴方に足りないものがあるとするならば「子供のような」純粋な一生懸命さと云
う事が出来ると思います。仕事や物事の取り組み方、生きる態度の誤りが貴方の
神経症が治り難い原因の一つと思います。

595 :H,N:2009/11/16(月) 21:22:30
ぜひ次のステップをおしえて下さい。 と云う事なので書いてみます。
試行錯誤なので最良の方法では無いかも知れませんが、少なくとも
神経症の「罠」に落ち込んでいる悪循環から抜け出せないでいる人よりは
良い提案が出来るかも知れません。

神経症になる人とは「自分自身に敏感な人」の事です。子供時代から思春期
を迎えて、脳が発達してきた事を敏感に感じ取っている人の事です。

脳には働きが有ります、或いは機能と云う言い方でも良いと思います。自我意識は
学習してきた事をまとめる役目が有ります。学んでいない事には躊躇すると言う事
になります。

又自我意識は物事を明晰に論理的に計算して割り切ってゆく事が出来ます。
又自我意識にはしっかりとした意識が有ります。この事が論理的に生きてゆく事の
限界となってゆく場合が有ります。

この限界を神経質な人は感じています。つまり「割り切れない問題」を割り切る事
しか出来ない方の脳で考えて、問題を解こうとしていると言う事になります。

感情や、痛みや、苦しみや、永遠等の問題が「割り切ることしか出来ない機能を持つ
自我意識に振り向けられるからです」明日の事は分かりませんこの分からない事を条件
にして計算をしようとしている事になります。

神経症も、自律神経失調症も、精神疾患も、全て問題の前提が間違って違う脳に問題
を抱え込んだ事によります。頭の使い方を間違ったためにそうなっています。

今云った障害には「否定感」が付きまとう筈です。是は機能的に出来ないと自我意識が
判断をしたためです。ソフトが入っていないコンピュターにソフトが違う問題を打ち込
んだ状態になっています。是が心の病の完治が見付けられない、或いは出来ない理由です。

時間がないのでまた後日にします。

596 :H,N:2009/11/17(火) 06:42:51
ぜひ次のステップをおしえて下さい。 と云う事なので書いてみます。

2―この否定感が鬱やその他の心の病の元になっています。又この否定感が
体を支配した時には、心身症や自律神経失調症や、何処も悪くないのにも
拘らず、何処かに症状らしきものを作っています。

この否定感を忘れるために、或いは否定感を否定するために、薬を欲しがったり
薬が処方されていると言う事になっています。

この否定感は、問題の振り向けられる処が違っているためです。心が二つ
在る事を精神科医が知らないために、そのような扱いをしています。神経症
は「認識の誤り」と云う意味は此処にあります。

ではどうするのかと云う事になります。問題を(矛盾する問題を)如何捉え
たらよいのか?と云う事になります。分からない、解く事が出来ない問題に
突き当たった時には、問題を棚上げにして置く事が大事な事になります。

或いは立ち止まって考える事を辞める事が正解と言えます。何かをやりながら
他の事に取り組みながら考える事が大事な事になります。森田療法とはこの事
を追及しているからです。


597 :H,N:2009/11/17(火) 06:44:38
ぜひ次のステップをおしえて下さい。 と云う事なので書いてみます。

2の続き

他の事に夢中になる、神経症の症状を忘れる機会が増える事を見つけてゆく
と云う事が大事な事になります。無理に忘れると言う意味ではありません。

人間の心は、必ず自我意識ともう一つの意識が付いてきます。見たものに反応する
のは「自我意識に」そうさせる者が存在しているためです。

心は自我意識のみで働いている訳ではありません。自我意識を働かせているものが
存在しています。思わずに自分の体が動くと言う機会を作って下さい。自分自身が
自我意識のみで働いている訳ではない事に気が付いてください。

このもう一つの意識と自我意識が打ち解ける事が出来ない事が全ての障害を作って
います。或いは自我意識を働かせているものが教えている事を嫌っている事が「症状」
と云うものになっています。

それには、閉所恐怖症、高所恐怖症、対人恐怖、社会不安障害、神経症の症状名の後に
恐怖症と名が付くものが有ります。この恐怖とは自我意識に恐怖を抱かせているものの
存在があると言う事になります。「仏性」と云うものの存在の事です。

この存在は人間を本来守っているものです。仲良く付き合うならば人間の能力を伸ばす
筈のものです。自我意識が自分を忘れた時に働いている者の事です。オリンピックなどで
最高の動きをしている選手を働かせているものです。その選手は「自我意識」が出ない
状態で演技をしているはずです。


598 :没個性化されたレス↓:2009/11/17(火) 08:29:48
面白い! もっとやれ 
 
たいていの人間はこんな掲示板など何ヵ月に一度位もあるかどうか、それも覚えていたら見る程度 
 
いつもいるのはひとりか多くて3人  
 


599 :H,N:2009/11/17(火) 09:00:49
ぜひ次のステップをおしえて下さい。 と云う事なので書いてみます。

続き

鬱の場合にもあてはまります。自我意識単独で心の状態を保って行く事は
「否定感や、孤独感」に苛まれると言う事になります。何故ならばもう一つ
の意識が圧迫を加えてくるからです。

心に感じる圧迫感、罪悪感、違和感、不安感、恐怖感等は大抵が「もう一人
の自分」が加えているものです。薬を飲んでも治らないのは今云った理由か
らです。

自我意識が不安を受け入れた時に不安は安心に変わります。

今の医療の考え方は不可能な事をしているように見えます。不安を悪い者と
しているからです。不安の対処の仕方が間違っていないならば、不安は安心
に変わらないといけません。

不安心即安心になる事が「本当の心に対する」医療でなくてはなりません。
分かって見たなら複雑な事ではありません。自分自身の心の持ち方の問題と
言えます。ただ難しいのは誰も、何処でもこの事を教えて呉れないという事
情が有ります。

この事について大いに発信してゆきたいと思います。

600 :H,N:2009/11/18(水) 06:50:38
いつもアドバイス頂きまして有難うございます。努力をしても何にもならない
と言う意味ですが、努力をして力を出しきったことで 人間の成長があるので
はないでしょうか? またそう考えていること自体 自意識と意識が対立して
いるのでしょうか? 要は自分には 何も必要ないと無意識的に理解したこと
で 努力もお金もいらなくなり それから自然に入ってくるのでしょうか?
 結局は やはりほしい心を捨てきれないようです。


601 :H,N:2009/11/18(水) 06:53:01
今回はかなり難しい話になります。今は分からないようでしたら、そのままに
して読んでおくだけで良いと思います。神経症になった人なら何時か分かる時
が来ると思うからです。この話に合点がゆくようならもう神経症から抜け出し
ているはずです。

人生に救いを求めている状態が神経症です。救いのない人生と分かっていなが
ら、人生に救いを求めています。是が心の矛盾です。心の矛盾の解決が神経症
の完治です。

神経症の完治とは救いのない人生に「やはり救いが無かったと」体得する事で
す。救いがないのに救いを求めた状態が神経症です、或いは迷いです、或いは
悩みです。

二つの心の矛盾を「症状として、或いは苦しみとして、或いは悩みとして、
或いは不安や恐怖感として」受け取っています。心の矛盾の解決とは、自我
意識の分別を捨てる処にに在ります。その捨てた姿が「無功徳」期待しない
心と云う事になります。

例えば人の話を聞くと言う場面です。神経症の人は「聞こう」と云う意識が
先になって話を聞くはずです。その時に心は「聞こうと意識している自分」と
「聞いている自分」とに分かれてしまいます。そのために「聞いている事が」
ちんぷんかんぷんになって、理解出来ない事が有ります。「聞こうと意識を
しないで、ただ耳を傾ける」が正解です。自我意識の出しゃばる暇がないよ
うにする事が正解です。何も計らわないで、期待をしないで只聞くと言う事
です。


602 :H,N:2009/11/18(水) 06:55:47
今回はかなり難しい話になります。今は分からないようでしたら、そのままに
して読んでおくだけで良いと思います。神経症になった人なら何時か分かる時
が来ると思うからです。この話に合点がゆくようならもう神経症から抜け出し
ているはずです。

人生に救いを求めている状態が神経症です。救いのない人生と分かっていなが
ら、人生に救いを求めています。是が心の矛盾です。心の矛盾の解決が神経症
の完治です。

神経症の完治とは救いのない人生に「やはり救いが無かったと」体得する事で
す。救いがないのに救いを求めた状態が神経症です、或いは迷いです、或いは
悩みです。

二つの心の矛盾を「症状として、或いは苦しみとして、或いは悩みとして、
或いは不安や恐怖感として」受け取っています。心の矛盾の解決とは、自
我意識の分別を捨てる処にに在ります。その捨てた姿が「無功徳」期待し
ない心と云う事になります。

例えば人の話を聞くと言う場面です。神経症の人は「聞こう」と云う意識
が先になって話を聞くはずです。その時に心は「聞こうと意識している自
分」と「聞いている自分」とに分かれてしまいます。そのために「聞いて
いる事が」ちんぷんかんぷんになって、理解出来ない事が有ります。「聞
こうと意識をしないで、ただ耳を傾ける」が正解です。自我意識の出しゃ
ばる暇がないようにする事が正解です。何も計らわないで、期待をしない
で只聞くと言う事です。


603 :H,N:2009/11/18(水) 06:57:14
例えば人と話をする場面です。只話をするが正解です。何も期待をしないで、
何も計らわないで、何のためとか、努力をしても何にもならないとかの分別
をしない事が大事となります。分別をしないとは、分別脳が出しゃばらない
と云う意味になります。分別脳が出しゃばらない姿が「無功徳」と云う事に
なります。

何をやるのにも論理立てて、期待をして、期待通りにする、と云う事は当て
が外れるかも知れません。世の中は自分の思い通りにゆくか、ゆかないかは
誰にもわかりません。そういう人生で、思い通りにやってる人と、何もかも
思い通りにゆかなくて否定的になっている人がいます。

その違いが「無功徳」と云うものの効用を知っているか知らないかです。何
にもならない事を知っている人は思い通りに生きてゆけます。何故ならば計
らいが無いからです。計らいは自我意識の産物だからです。無功徳はもう一
つの意識の産物だからです。


604 :H,N:2009/11/18(水) 06:59:42
お金を欲しがらないですっと手に入れると言う事にもあてはまります。好きな
人をゲットすると言う事にも言えます。意識が先になった場合には大抵がうま
くゆかないからです。その意識性の表れが神経症と云うものです。自我意識が
主導権を握ってにっちもさっちもゆかなくなっている状態が神経症です。

もう一つの意識に自我意識が従ってゆく時に「神の思し召しのままに」或いは
「無功徳」と云う言葉になります。自我意識が主導権を握って思い通りにしよ
うとする事がうまくゆかなくなっている原因です。計らいをする事を辞めた状
態が「無功徳」と云う事になります。

お金が欲しかったなら、只働くと言う事になります。お金を欲しいという意識
(心)を捨てて働くと言う意味です。地位や名誉が欲しいならその欲しいと言
う心を捨てて手に入れろと言う事になります。神経症を治したいと思うなら
「治したいと言う心を捨てて」治しなさいと云う表現になります。言い方を替
えたなら治す事を諦めた時に神経症は治っています、という事になります。


605 :没個性化されたレス↓:2009/11/18(水) 09:14:37
私は森田療法を勉強して会食恐怖、電車恐怖などを克服してきました。

しかし、恐怖を感じる場所をひとつ克服すれば、
今まで平気だった違う場所に恐怖を感じるようになるのです。

その繰り返しで、恐怖の対象が次から次へと変わっていきます。
もう嫌です。疲れました。

606 :H,N:2009/11/18(水) 18:25:09
対人恐怖は対人の名人が自分の中には存在しているのですが、その事を
全て否定している姿です。教えて呉れる事柄も、自我意識と切り替わって対人
関係を引き受けて呉れる者も含めて全て否定して、自我意識ではどうしようも
なくなって打つ手がなくなった状態です。

書痙や吃音などにも言えます。自我意識だけでは人間は「体も心も」自由には
働かないように出来ているようです。話をする瞬間までは自我意識が体を支配
しているように見えます。話し始めた時には自我意識は関与していません。口が
勝手にしゃべっています。

眠る時にも言えます、意志の力「自我意識の力」で眠ろうと意識をしたなら誰も
眠りには入れません。本当に眠りに入るのは、意志の力「自我意識の力」を抜いて
無意識の自分にすべてを任せる処に在ります。そうすれば「意識」が無くなって
「無意識の自分が」勝手に眠りの世界に入ってゆく事になります。

神経症は「無意識」と仲たがいをしているという状態の事です。無意識にも一つの
人格が存在しています。お釈迦さまが「仏性」と云ったものです。誰の心にも存在
しています。この二つの心の矛盾を神経質な人は感じています。

不安は自我意識が仏性の言う事を聞かないために仏性が自我意識を助けようと
している事です。その事が分からないために「自我意識は」尚更拒み続けようとし
ます。是が症状は無くならないという事実を作っています。

607 :没個性化されたレス↓:2009/11/18(水) 21:39:13
まーいっか

忘れてることはそのまま忘れちゃおう

虎馬とか下手にサルベージしたくないし…

608 :H,N:2009/11/20(金) 23:50:19
森田療法を如何捉えるのかがカギになります。
症状を無くそうとして取り組むならXと云う事になります。

森田療法で症状を治そうとする事もXとなります。

症状は一生治りません。治らない事が分かる時が治る時です。

神経症の完治とは治らない事を受け入れた時の事です。

症状が在る事が悪いことだ!と云う思い込みを無くするためのものが
森田療法の取り組み方です。

症状があるから苦しいという思いも、症状が無くても苦しいと云う思いも、
楽を求めている心からです。楽を求めなくなった時に「同時に苦も無くな
ります」楽と苦は同じものです。

神経症は「楽」を求める心そのものです。妄想です。
神経症は「楽」を求める心が生み出した妄想です。
「楽」を求めなくなった時には消滅します。

それは「苦」を受け入れた時の事です。
それは「症状を」受け入れた時の事です。

「楽」も「苦」も共に人間の生み出した「妄想」です。
実体は何もないものです。

実体がないものに振り回されています。それは人間の分別のせいです。
好きと嫌いを云う心の事です。この心を捨ててしまえば、
「妄想は」ピタリと止みます。是が完治です。

症状が有ったままに「神経症が」治ったと言う事になります。


609 :H,N:2009/11/21(土) 07:06:51
この言葉に続く言葉が在るなら。

実体がないものに振り回されています。それは人間の分別のせいです。
好きと嫌いを云う心の事です。この心を捨ててしまえば、
「妄想は」ピタリと止みます。是が完治です。

この事を「道に至る」=つまり「達道」したと言う事になります。
お金を儲けると言う事も分かります。

人生において手にしたいと思うものが、全てとは言えなくて、
かなり手にできやすくなります。

610 :没個性化されたレス↓:2009/11/21(土) 11:07:16
>この心を捨ててしまえば、

だから、これが不可能なんだって。

611 :H,N:2009/11/21(土) 12:19:28
不可能か・可能か?是がカギになります。

この一点で治るのか?治らないか?

辛い気持は「この一点」を受け止めるために発信されています。
「我」では生きてゆく難いと言う事が分かる時に、分かる筈です。

612 :H,N:2009/11/21(土) 13:43:03
このうまくゆかない状況を「もう一人の自分」が見ています。もう一人の自分に
任せた状態が「ここ一番と云う時に自我意識が出ない状態でもう一人の自分に任
せてゴルフの一打が打てた」と云う事になります。

他の場面なら、上がるかも知れない状態の時に、自我意識が出ないように対処する、
と云う事です。対人関係でも云えます。自我意識が出しゃばらないように出来た時が
健常者と言う事になります。

神経症は脳の狂いではありません。「心の使い方を」忘れた状態の事です。

この状態で(自我意識が単独でやろうとする事)の場合に不安感が出てきます。
この不安感は「もう一つの意識が」自分に任せてもらいたいと言うアピールを
していると言う事です。自我意識が出しゃばらなくなった時が「治りの時」です。


613 :没個性化されたレス↓:2009/11/21(土) 23:55:11
いつのまにか私的なHPになった(笑) 
 
次スレは要るまい 


614 :没個性化されたレス↓:2009/11/22(日) 12:09:35
自我意識がでないようにする事は相当難しいと思います。
なにかコツはありますか?

615 :H,N:2009/11/22(日) 17:31:01
その訓練方法が森田療法家の腕と云えます。或いは禅の師匠の手腕と云う事に
なります。

それは、言葉の無い世界で遊ぶ事です。言葉はどうしても分別脳が働き出す事
になるからです。

例えば足の裏で考える、或いは「靴の底が平らに減る様に歩く」或いは今やっ
ている事を只やってゆくだけでは無くて、四方八方に気を散らせてやってゆく
と云う事が有効と思います。

自分の自我意識が出たとしても、同時に他の事も考えると言う事です。

例えば、歩く事をしっかりやりながら、同時に靴の底が平らに大地につ
いているかを確認しながら歩くと言う事になります。同時に神経症の症
状も「辛い」と思う事です。同時に、他に考える事が在ったら考えると
言う事です。

二つ以上の事を同時にやっている時には「症状の事は」忘れているはず
です。この状態が続くような生活の繰り返しが「森田療法の真実」と
云えます。症状の事をいつも思っていて、しかも忘れている時が少しずつ
長くなる生活の事です。

そのうちに生活が忙しくなってきて、症状そのものを忘れてしまう時が在
ります。その時に知らないうちに神経症から抜け出していた。と云う風に
なります。

616 :H,N:2009/11/22(日) 18:30:51
鈴木先生から教わった事は「神経症」とは自我意識と、仏性の確執と云う事
です。その事を言うために「ノイローゼは悟りを開かないと治らない」と云
う言葉になっています。

診療所での講話では殆どが悟りを開いた人の話、或いは悟りを開いた瞬間の
話、或いは悟りを開いた人の心持だったと思います。あの当時には何の話か
まるでちんぷんかんぷんと云うありさまでした。何の事かさえも理解出来ま
せんでした。

森田療法に付いては森田先生の本はまったく読んだ事は有りませんでした。
ひたすら自分の症状が自分の生活を脅かす事が無いようにしようとしていま
した。その症状を今振り返ってみた場合は一言で言うならば「生き難い」と
云う事でした、言葉を替えて言うならば「生きるのが辛い」と云う事です。

余りの辛さから「もう治らない」と勝手に思い込んでいました。治らなくと
も良いから「是以上は自分自身を圧迫をしないでほしい」と云うのが正直な
処でした。従って治そうとはしなかったと思います。

その経験から書いた場合に、治そうとしない方が近道になります、と云う事
を書いています。どのみち辛さからは逃れられませんでしたが、先生が言わ
れた事を「治そうとしないで」ただ実践しただけでした。

禅についてはただの興味から、本屋さんで鈴木大拙博士の小さな本を時々買
って読む事に努めました。先生の書庫に在ったのを横目で見ていたために羨
ましかったと云うのが本音です。

年をとってお金が自由になったころ、55歳くらいから全集を買い求めるよ
うになったと思います。今は忙しい中でも一日に1から2ページくらいは読
んでいます。読む事によって「心が落ち着く」ような気になります。

617 :没個性化されたレス↓:2009/11/22(日) 22:23:22
>>615
2つのことを同時にやるのって慣れるまで難しそうですが、ぜひやってみたいと思います!

618 :H,N:2009/11/23(月) 06:15:47
神経症は能力の無駄使いと云えます。人間には二つの事を同時にやってゆく
能力が在ります。処がその能力同士がけんかをしています。それは「心の争
い」です。

二つの心が手を携えて、或いは協調して生きてゆく時に「心は安定」します。
歩きながら鼻歌を歌う時の事です、歩きながら考えている時です、対人する
時に相手を思いやる事です。

対人する時に対人する事を忘れている時対人恐怖は忘れています。

歩く時に鼻歌を歌っています。歩く事を忘れている時に、しっかり
歩く事が出来ています。

字を書く時に字を書く事だけを意識します。字が書けなくなります。
字を書く時に、何を書くかで心がいっぱいになります、字を書く事を
忘れています。字は書けています。

不安で何も出来ないと思っています、不安でも出来る事が在ります、
出来る事を始めます。出来る事をやりながら、欲張って幾つもの事に手を
出してゆきます、出来ない事が出来ています。

この繰り返しで生きてゆきます。自分の人生を少しでも前に進めると言う事
他に何が在ると言うのでしょうか?

619 :没個性化されたレス↓:2009/11/23(月) 14:59:34
2つのことを同時にしてみたんですが、長続きしません。
神経質な性格のため、1つのことにどうしても集中してしまいます。
やはり繰り返し練習が必要ですよね……。

620 :H,N:2009/11/23(月) 20:02:22
そう難しく考えないで下さい。歩く時に症状が在って辛いと言う事を思うの
です、そうして同時に足の裏に平らに体重がかかっているか、或いは靴の底
が平らに減っているかと云う事だけです。靴の底を時々点検して下さい。

この事を毎日やってゆくなら、面白いと思います。或いは歩きながら鼻歌を
歌う事でも良いと思います。

症状が在る事を意識をする、歩く事を意識をする、鼻歌を歌う事を意識する
と言う事です。同時には一つしか意識出来ない筈ですが、歩く事は出来てい
るはずです。鼻歌を歌う事も出来ているはずです。症状が在って辛いと言う
事も意識しているはずですが、他の事に気を使っている間は「症状の事を」
忘れているはずです。

神経症は生きてゆく事に気を使わなくなってしまって、自分の内面「症状」
だけを意識してしまう事です。歩きながら他の事に気を使うと言う事、その
他にも言えます。心の使い方の誤りからそうなっています。

何かをする時に当然必要な気配りが在ります。処が症状に気を取られてその
気配りをおろそかにしています。是が「生活態度の誤り」と云う事になります。

621 :没個性化されたレス↓:2009/11/24(火) 00:44:42
作為的でさらに囚われを増やす結果になりそうな…

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