ハンガリーについて
- 1 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :2005/07/09(土) 18:04:03 0
- マイナーですが興味深いハンガリー史について語りましょう。
過去のスレッドはこちらご参照。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi/whis/998207834/
http://mentai.2ch.net/whis/kako/998/998207834.html
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1011292528/-100
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1056991758/924-925
- 2 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :2005/07/09(土) 18:09:40 0
- 旅行板のハンガリースレ
http://travel2.2ch.net/test/read.cgi/oversea/1075817919/l50
- 3 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 18:49:42 0
- ハンガリー人とウゴル系のハンティ人、マンシ人とでは今でもある程度は言葉が通じるんだろうか?
- 4 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 19:00:32 0
- 復活おめでとうございます。
先日、中公文庫のハプスブルク関係の本を読みました。
アウスグライヒの実験の話です。
@ナポレオン戦争後のクロアチア三位一体王国とハンガリーの関係
A1848年のクロアチア軍とハンガリー軍の戦い
に少しだけ言及してました。
興味深いところです。
- 5 :Buta:2005/07/09(土) 19:38:58 0
- >>4
中公新書だろ
- 6 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 19:46:38 0
- ここも元はツングース系でしょう、
しかしコーカソイドが支配的だったので
氏姓制度を踏襲してもツングースには
なりきれなかったのでは?
- 7 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 19:52:48 0
- >>6
マジャール人のことをいってるの?
フィン・ウゴル族はコーカソイドだろう。
ウゴル系はウラルの東からきたモンゴロイドと混血したらしいが。
- 8 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 19:57:54 0
- >>7
元はツングースでしょ、
氏姓制度を踏襲してツングースにするつもりが
白人が多い土地でそれが出来なかったのかも
なんせ、地名まで変える輩ですから・・
- 9 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 20:01:47 0
- 氏姓制度ってアルバニアにもあるじゃん 何いってんのかわかりませーんw
- 10 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 20:11:06 0
- >>8
だからマジャールはウラル語族のフィン=ウゴル語派だって。
ウラル・アルタイ語族を全部ツングースと呼んでるの?
- 11 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 20:26:39 0
- >>10
ツングースが入ってた人種なんじゃないのマジャールって
氏姓制度を踏襲したけど、白人系が比率として多かったので
あのような白人顔になったのでは
あれだけヨーロッパを蹂躙した種族は・・
それに、彼らもやはり白信仰があるのだろうか
- 12 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 20:33:10 0
- 江戸時代にハンガリーの人が日本に来ていた!
- 13 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 20:36:58 0
- 蝦夷(えぞ)=ツングース語
江戸(えど)と関係あり?
本来はヤマト言葉で
蝦夷(えみし)という。
- 14 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :2005/07/09(土) 20:50:41 0
- >12
ベニョフスキのことですか?
東洋文庫から彼の旅行記「ベニョフスキー航海記」が出ています。
- 15 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 20:58:51 0
- 北方モンゴロイド特有の酒が飲めない下戸遺伝子は
日本人 44%
ハンガリー人 2%
フィン人 0%
『科学朝日』 モンゴロイドの道 朝日選書 (523)
Gm血液型遺伝子から見れば、北方モンゴロイドの標識遺伝子である黄色のab3stは、
北ヨーロッパの森林ラップの4%がヨーロッパ人の最高値で、チェコ、スロバキア、
ルーマニア、ハンガリー、ジプシー、スペイン・カタロニア、ポルトガルなどで
極めて低い頻度であるが、この遺伝子が持ち込まれている。これならイラン人のほうが
ずっとモンゴロイドの遺伝子は濃い。
ハンガリー人やフィンランド人のフン族子孫説などとうに破綻しているのだ。
- 16 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :2005/07/09(土) 21:19:38 0
- 確かにハンガリー人はお酒が好きですし、酒豪が多いような気がします。
- 17 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 21:24:26 0
- 〜スキ(スキー)はポーランド民族だろ
- 18 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 21:31:03 0
- ヤマト人はこの辺に住んでたんじゃないだろうか?
ここにスキタイが入ってきて一部が中国の方に逃れてきたとも
考えられる。
- 19 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :2005/07/09(土) 21:49:21 0
- >17
ベニョフスキの家系はスロバキア系ですよ。
シゲトヴァールでオスマン帝国軍を相手に奮戦して玉砕したクロアチア太守
のズリーニ・ミクラーシュもクロアチア名はニコラ・シュービッチ・ズリン
スキーといいます。
- 20 :オーストリア=ハンガリー帝国陸軍中佐:2005/07/09(土) 22:07:00 0
- sage
- 21 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 11:47:10 0
- ツングースがどうとかいってる人はツラニストの宣伝を真に受けてるのか
- 22 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :2005/07/10(日) 23:02:41 0
- ttp://nng.nikkeibp.co.jp/nng/feature/0506/index4.shtml
ナショナルジオグラフィックにチャンゴー人の記事が出ているそうです。
ご興味のある方はどうぞ。
- 23 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 16:39:47 0
- 「モルドヴァのチャーンゴー人」を書いた人はルーマニアの警察に捕まったり色々ひどい目にあったとか。
- 24 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 17:08:01 0
- >>18
スキタイ人は古代スラブ人だよ。
- 25 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 17:10:40 0
- >>24
農耕スキタイはそうかも知れんが遊牧・王族スキタイは違うんじゃない
- 26 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 17:14:11 0
- これには爆笑したよ。
ttp://www.japaneseinfo.org/jiro_diary/0305/030501_01.htm
- 27 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 20:49:51 0
- マジャーロルサーク
- 28 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :2005/07/12(火) 23:11:31 0
- >23
チャウシェスク政権当時はトランシルバニアのシク村あたりに調査に行っても
捕まったと聞いたことがあります。
「モルドヴァのチャンゴー人」良い本ですね。
- 29 :カウニッツ:2005/07/13(水) 12:35:38 0
- ハンガリー・スレ復活おめでとうございます。
記念カキコ。
- 30 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 18:02:45 0
- ハンガリーで一番有名な日本人は室伏か?
- 31 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :2005/07/13(水) 21:38:57 0
- >カウニッツ殿
ようこそ、いらっしゃいませ。よしなにお願いいたします。
>30
どうでしょう。指揮者の小林研一郎先生が著名なのはよく聞くところですが。
- 32 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 23:00:34 0
- ,. -‐-‐ "´゙ヽ、
ノ; ; *; ; ; ; ; ; ;.゙`ヽ、
. ri!; ; ; ; ; ; ; ; ; ;*; ; ; ; ヽ
{ ; ; ; ; ; ;;; ; ; ; ; ; ; ; ; ; *ヽ
{; ; ;.,,..ノ,' ,,,、; ; ; ; ; ; ; ; ; ; ; ヽ
ヽ { `ヽ; ; ; ; ; ; ; ; ; ;.}
',{、__ _ ヽ; ; ; ; ; ; ; *`}
}. "忝` }; ; ; ; ; ; ; ; ; ノ
| ,' (::::) ); ; ; ; ; ;} <ハンガリーは私も大好きよ!
', ヽ-゙ ノ‐'; ; ; ;*; ;',
', `== ノ ,'; ; ; ; ; ; ; ; ;.',
ヽ , '´ }; ; ; ; ; ; ; ; ; ; ;}
`T ̄ 。 。-‐',; ; ; ; ; ; ; ; ; ;{
/ 。 ゚ ー=', ; ; *; ; ; ; ;}
/。 ゚ ヽ; ; ; ; ; ; ; ;{
{;;)゚,. "´ ', ; ; ; ; ; ; ; ',
/ ', ; ; ; ; ; ; ; ;',
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/ ', ゙}; ; ; ; ; ; ; ;.ノ
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ヽ.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:',.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:|||.:.ii |
- 33 :消印所沢 ◆z3kTlzXTZk :2005/07/19(火) 20:34:23 0
- 遅れ馳せながら,新スレ立てお疲れ様です.
当方は最近,ハンガリー語版のgoogleやらwikipediaやらを
眺めていたり眺めていなかったり.
- 34 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :2005/07/28(木) 01:29:38 0
- 消印所沢さま
wikipediaのハンガリー語版・・面白そうですが、読めない・・。
- 35 :世界@名無史さん:2005/07/28(木) 15:04:17 0
- ハンガリーでは異端審問や魔女狩りは盛んだったんでしょうか?
- 36 :世界@名無史さん:2005/07/29(金) 19:36:42 0
- >>35
ハンガリーで魔女というと「タールトシュ」がわりと有名かな。
- 37 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :2005/07/30(土) 00:22:34 0
- >35
隣国のボヘミアでフス戦争が行われていた当時に、ハンガリー国内で
も異端審問があったと聞きました。
その後のハンガリーでどうだったのかは、私は不勉強でわかりません。
>36
タルトーシュというのはハンガリーの在来宗教の予言者・司祭の類らしいですね。
以前に「しい坊さま」がアミニズムの予言者と書いておられましたね。
- 38 :世界@名無史さん:2005/07/31(日) 22:25:32 0
- Táltosはマジャール人のシャーマニズムのなごりとか言われてるけど
バルカンやイタリアにも共通した異能者の信仰があるそうで。
(ネタ元:カルロ・ギンズブルグ「闇の歴史」)
魔女といえば、ゴート族のフィリマール王が砂漠に追放した「アリオルムナス」
という魔女の一群が魔神と交わってフン、アヴァール、マジャールが生まれたと
いう伝説があるそうですが、掘り下げてみると面白いかも知れませんね。
まあハンガリー人がすでに書いてそうだけど・・・
- 39 :世界@名無史さん:2005/08/02(火) 21:51:21 0
- ハンガリーの貴族階級は18世紀まで話す言葉がドイツ語かラテン語?
- 40 :世界@名無史さん:2005/08/09(火) 05:38:16 0
- 日常会話レベルでラテンはないでしょ
- 41 :世界@名無史さん:2005/08/18(木) 00:32:37 0
- モンゴル語やトルコ語だったらイヤだなあ
- 42 :消印所沢 ◆z3kTlzXTZk :2005/08/19(金) 21:00:57 0
- >>34
当方もあまり読めていませんが,日本に関する項目などは,なんとなーく
分かるし,おもろいでっせ.
NHKでホロコーストに関する連続ものを放送していますが,矢十字党時代の
ハンガリーは出てこなさそうだなあ…….
- 43 :42 ◆z3kTlzXTZk :2005/08/20(土) 23:48:32 0
- ……と思っていたら,最終回が冒頭からハンガリーのユダヤ人の話でしたとさ.
ホルティ時代から既に一部では移送が行われていたんですね.がっくし.
- 44 :世界@名無史さん:2005/08/29(月) 23:05:52 0
- ハンガリーのユダヤ人って、最古のはマジャールと一緒に入ってきたハザールの部族?
- 45 :世界@名無史さん:2005/08/30(火) 02:17:21 0
- 中世ポーランドやハンガリーのユダヤ人は財務官僚として活躍してたようだが
- 46 :世界@名無史さん:2005/09/01(木) 16:13:06 0
- 第一次大戦後にハンガリー王位が空位になったとき
日本の皇室から新王を招聘することが検討されたって本当ですか?
- 47 :世界@名無史さん:2005/09/01(木) 18:46:13 0
- >>46
それってトゥラン主義者か何かが働きかけたんだろうか?
- 48 :世界@名無史さん:2005/09/04(日) 07:50:39 0
- ハンガリーって、そこだけマジャール人の国がぽかっと浮いてるように存在してるけど、歴史的に周辺国との関係はどうだったのでしょう。
オーストリア・ハプスブルクやオスマントルコは言うまでもないですが、ルーマニア、チェコ、スロバキアなんかとは友好関係結んでいたのでしょうか?
- 49 :世界@名無史さん:2005/09/04(日) 09:05:19 0
- ハンガリーって、そこだけマジャール人の国がぽかっと浮いてるように存在してるけど、歴史的に周辺国との関係はどうだったのでしょう。
侵略しにいったりしなかったのかな?
オーストリア・ハプスブルクやオスマントルコは言うまでもないですが、ルーマニア、チェコ、スロバキアなんかとは友好関係保っていたのでしょうか。。
- 50 :世界@名無史さん:2005/09/05(月) 22:32:44 0
- >>49
スロヴァキア:
かつては「上ハンガリー」と呼ばれてた。中世以来第1次大戦終了まで
ほぼ一貫してハンガリー領。隣国じゃなくて、支配下。
ルーマニア:
ルーマニアという国ができてからは、仲が悪い時期が圧倒的に長い。
前身のワラキア侯国・モルダヴィア侯国時代は、両国はしばしば
ハンガリーの主権下に置かれてた。
チェコ
よく知らんので誰か補足よろ
- 51 :世界@名無史さん:2005/09/09(金) 16:10:20 0
- ハンガリーとルーマニアの関係は複雑で説明するのが難しい。
ワラキア・モルダヴィアはルーマニア語を話す正教徒の国だが
そもそもトランシルヴァニアからカソリックの圧迫を逃れて
カルパチア山脈の東側に移住してきた。
そこに居ついてからはハンガリーをステップ遊牧民から守る
防波堤みたいに利用された。
昔そこにいたドイツ騎士団のように。
- 52 :ジョーカー@ケータイ:2005/09/09(金) 16:17:51 O
- かつてエステルハージ家の領地だったブルゲンラント(オーストリアのブルゲンラント州)のマジャル人はハンガリーのマジャル人−とはいっても様々な容姿の人がいますが−とは容姿が異なる人が多いのでしょうか?
- 53 :ジョーカー@ケータイ:2005/09/09(金) 16:21:00 O
- あとハンガリー領ですがショプロンなど北西部(ショプロンは北西部というより西部かな?)がオスマン・トルコの支配を免れたことは知っていますが、モンゴルの侵攻も免れたのでしょうか?
- 54 :世界@名無史さん:2005/09/09(金) 17:04:01 0
- >>53
あの辺てウィーンへ向かう通り道?
アールパード朝時代の村だそうで。
天幕と家畜囲いしかないのか。
ttp://web.axelero.hu/visegradmuz/visegrad/eng/ar24_7.htm
- 55 :世界@名無史さん:2005/09/09(金) 20:45:09 0
- ちなみにルーマニア人はトランシルヴァニアが歴史上ずっと
ルーマニア民族の土地だったと主張してる。
歴史上のトランシルヴァニアではザクセン人やセーケイ人より
政治的にもマイノリティだったのに・・・
- 56 : ◆z3kTlzXTZk :2005/09/17(土) 21:00:08 0
- ttp://dict.sztaki.hu/english-hungarian
おや? Sztaki辞書がちょっとだけリニューアルしてる.
- 57 :世界@名無史さん:2005/09/18(日) 21:55:38 0
- ギシュクラさんは、今どこで何をしているんだろう?
いろいろと忙しいのかな?
- 58 : ◆z3kTlzXTZk :2005/09/19(月) 22:26:47 0
- ギシュクラ・ウールはタルマーチ選手の応援に行っておられるのかも.
- 59 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :2005/10/06(木) 00:42:41 0
- >44
いつ入ってきたのか、私にはわかりません。
ハザール=東欧のユダヤ人というのはアーサー・ケストラーの言い出した話ですね。
>45
マーチャーシュ王の財務官僚に改宗したユダヤ人がいたそうです。
>46
その話、何度か耳にしたことがあるのですが、本当なのですか?
一応「使徒王国」を自称するハンガリー王国の国王に日本人という
のは、にわかには信じられないのですが。
>50
スロバキア・ルーマニアとは決して関係が良くないですね。
特にルーマニアとはトランシルバニアの問題があるので・・。
チェコとは特に関係が悪いと聞いたことはないのですが、
以前、チェコ人はハンガリーが嫌いなので、ハンガリーの話は
しない方が良いという忠告を受けたことがあります。
>52
ジョーカーさま
ブルゲンラントの方々が特に容姿が違うという話は聞いたことがありませんが・・。
一度、知人に聞いてみます。
モンゴル軍はヴィーナーノイシュタットあたりまで侵攻してますので、襲撃を喰らった
のでは?モンゴル軍はオスマン帝国軍みたいに居座ってはいないですので、印象が違う
でしょうが・・。
>57
申し訳ありません。いろいろドタバタしております。
>58
モテギまで行ってきました。残念ながらリタイアしちゃいましたが・・。
- 60 :世界@名無史さん:2005/10/07(金) 23:52:05 0
- マジャール以前にもフンやアヴァールなどステップ遊牧民がパンノニアを
拠点とする例はあったが、たいてい政治的に分裂して消えてしまった。
ハンガリーがマジャールの部族連合体制を脱却して王国になれたのは、
レヒフェルドの戦いで大族長たちが大勢死んで王の権威が相対的に上昇
したからだと物の本に書いてあった。
- 61 :世界@名無史さん:2005/10/10(月) 11:51:26 0
- 傭兵隊長氏帰還?
前スレで勇爵(Vitez)というのが話題になってたけど
Vitezはセルビアでは「騎士」という意味だとか?
南スラヴ語なのか知らん。
- 62 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2005/10/15(土) 01:36:50 0
- >60
王の地位というより、後にハンガリーの王家となるアールパード家が、
元々の権力者、例えば騙まし討ちに倒れた「ケンデ」(最高位であっ
たらしい)のクルサーン、レヒフェルトで敗戦後、捕らわれ処刑され
た「ホルカ」のブルツたちの所領を簒奪していったのだと思います。
そしてゲーザの代にキリスト教を受容しドイツからの攻撃を回避、ゲ
ーザの死に際しては、旧来の一族の最年長者が支配者の地位を継承す
るという習慣を廃してしまい、これに反対する叔父のコッパニュを
敗死させて、長子ヴァイク(後のイシュトヴァーン1世)が
王となり、その後も強力な族長アイトニュ、トランシルバニアの支
配者ジュラを破ってその地位を固めています。
また、皇帝から王に認められるのではなく、ローマ教皇から授か
った王冠で戴冠することによって神聖ローマ帝国の一部となることを
も防いだあたり、誰かの知恵なのか巧みだと思います。
>61
私ではわからないので、友人に聞きました。
確かにスラブ語起源の言葉ですが、かなり昔に受容さ
れた言葉のようです。
意味は勇者というような意味で、例えば農民反乱に荷担
して処刑されたドージャ・ジョルジはかつての対トルコ
戦での軍功で「ヴィテーズ」(勇者)と呼ばれていまし
たし、マーチャーシュ王の家庭教師で人文学者として
名高いヴィテーズ・ヤーノシュのように姓に使っている
人もいました。
セルボ・クロアチア語での意味はおっしゃるとおり
勇者とか騎士の意味です。
チェコ語にもこれに類する言葉があるそうで、南スラブ
の言葉と言い切っていいのか私にはわかりません。
- 63 :世界@名無史さん:2005/10/15(土) 03:00:43 O
- >>44
中欧・「東欧」のアシュケナジーの大半もハザール起源にあらず。
十字軍や暴民による虐殺から逃れてラインラントなど西部ドイツや
フランドル・北フランスからポーランドやハンガリーに
大挙移住していった人たちの末裔が大半。
- 64 :世界@名無史さん:2005/10/15(土) 13:55:30 0
- >>50
スロバキアってハンガリーに約1000年も支配されてたのかよ・・・
1000年以上も他国・他民族に支配されるだなんて耐えられない。
- 65 :世界@名無史さん:2005/10/15(土) 14:03:32 0
- 東欧でそういう近代的な国民意識が生まれたのは19世紀ごろからだよ。
というかあの辺の連中のそういうゴタゴタは聞いててかなりうんざりしてくる。
- 66 :世界@名無史さん:2005/10/15(土) 18:14:42 0
- そんなこといったらセーケイ人とか国すらない連中はどうすればいいんだ
- 67 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2005/10/15(土) 23:37:23 0
- >64
その当時、スロバキア人という概念があったのでしょうか。
スロバキア人の農民とマジャール人の農民で顕著な扱いの差があったのでしょうか?
トランシルバニアの場合、マジャール人・セーケイ人・ザクセン人に比べてルーマニ
ア人は議会に代表を送れないとか、一段悪い扱いを受けていたと聞いたことがありま
すが・・・。
>65
聞いてうんざりもそうなんですが、いまだゴタゴタしていて、両国に友人がいたりす
ると時々、愉快ならざる思いをする時があります。
>66
セーケイとかクマンとかパローツとか・・。あと、セルビアやクロアチア人の集落が
あったり、ザクセン人が住んでいたり・・。いろんな連中がごちゃごちゃ住んでいる
のが中欧世界というように思っています。
- 68 :世界@名無史さん:2005/10/16(日) 01:40:43 0
- ハンガリーの歴史は全く詳しくないが19世紀末のハンガリーはすごく興味がある。
オーストリアとの同君連合だが、版図が広い。文化・芸術もパリやウィーンと同格。
欧州大陸初の地下鉄ももってて 大国中の大国だ。
もっと注目していいと思うんだが、なぜか激しくマイナーな国だ。
- 69 :世界@名無史さん:2005/10/16(日) 12:20:03 0
- 二重帝国が共和国になった経緯、それは勿論大戦だけど、細かなトコが昔不思議だったのを思い出した。
誰か教えてください。
- 70 :世界@名無史さん:2005/10/16(日) 12:33:23 0
- ハンガリーが共和国になったのは第二次大戦後。
それまでは二重帝国以前も以後もずっと王国。
- 71 :世界@名無史さん:2005/10/16(日) 12:38:07 0
- とはいえ、完全独立後のハンガリー王国には国王がいなかったのよね。
オーストリア=ハンガリー海軍の艦隊司令官だったホルティ・ミクローシュが
「摂政」として独裁、ハプスブルク家の国王の復位を認めなかった。
- 72 :世界@名無史さん:2005/10/16(日) 12:47:42 0
- 成蹊人、熊ン人。
- 73 :世界@名無史さん:2005/10/16(日) 19:30:29 0
- ホルティ
http://nl.wikipedia.org/wiki/Afbeelding:HorthyHitler.jpg
1938年ドイツ訪問時の時のものだと思う。
「提督」は何を思ったのか(wwww
- 74 :世界@名無史さん:2005/10/16(日) 23:25:02 0
- クン クマン人の子孫
パローツ ポロヴェツ人の子孫(クマンとどう違うの?)
ヤース アラン人の子孫
セーケイ トルコ系集団(ブルガール?)の子孫
チャーンゴー 逆に(カルパチア盆地から)出て行った人々
マチョー ??
- 75 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2005/10/17(月) 00:23:04 0
- >71
晩年にオットー大公に許しを乞うたそうですね。
彼の回想録に「若く優秀なハプスブルク家の君主がドナウ連邦に
君臨するのを再び見たい」とか書いているそうで。
>73
かつては巡洋艦部隊を率いて実戦も経験し、後には二重帝国の最
後の海軍司令官だった人物ですからねぇ。やっぱり血が騒いだん
じゃないですか。彼自身はヒトラーよりもイギリスにシンパシー
を感じていたそうです。
>74
判りやすく整理してくださってありがとうございます。
パローツとクマンですか・・。入ってきた時期が違うとか、
あと、彼ら自身の認識の問題もあるのでは。
- 76 :世界@名無史さん:2005/10/17(月) 09:54:24 0
- 歴史と関係ないような話題でシツレイ。
チャルダッシュという曲が最近リバイバルかなにかで話題になったのか
それともそういう名のグループでも出たんですか?
- 77 :世界@名無史さん:2005/10/17(月) 18:51:01 0
- ちょっと前にタラフ・ドゥ・ハイドゥークスってジプシーの楽団が話題になってたな。
日本にも来てた。
- 78 :世界@名無史さん:2005/10/17(月) 20:31:40 0
- Taraful Haiducilor(仏語Taraf de Haidouks)はワラキアのグループ。
ルーマニアですよん。来月来日します。
ttp://www.plankton.co.jp/taraf/
ハンガリーのロマのグループなら、ムジカーシュ(Muzsikas)/
シェベスチェーン・マールタ(Sebestyen Marta) あたりが大御所。
アンソニー・ミンゲラ「イングリッシュ・ペイシェント」、宮崎駿「おもひで
ぽろぽろ」などの映画に登場するし、CDも日本で何枚か出ている。
ttp://www.muzsikas.hu/
- 79 :69:2005/10/17(月) 21:10:22 0
- お〜みなさんありがとうございます。
第一次大戦後、オーストリア共和国、ハンガリー王国だったのが不思議だったんですね。
高校レベルの文献では分からなかったし・・。
訊いてよかった。
- 80 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2005/10/17(月) 22:56:38 0
- >76
チャールダーシュとは、ハンガリーの民族舞踊の一つです。
そんなに最近お聞きになる機会があるのですか。
>78
タラフ来日ですか・・バイオリンのお爺さんがご健在の頃
ライブに行ったことがありました。
ムジカーシュは良いですね。私も好きです。
- 81 :世界@名無史さん:2005/10/17(月) 23:01:18 0
- すまん、>>78のムジカーシュやシェベスチェーン・マールタはロマじゃないっす。
間違いました。
>>75
今のハプスブルク家当主は、ハンガリー王位継承権を放棄したんだっけ?
- 82 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2005/10/17(月) 23:45:33 0
- >81
オットー大公は今でも「ハンガリー王位継承権者」という肩書きをお持ちだと
聞きました。1999年に来日されて、東海大学で講演された折のご紹介は、
上記のとおりであったと記憶いたしております。
- 83 :世界@名無史さん:2005/10/18(火) 04:41:23 0
- 放棄したのはオーストリア帝位継承権じゃなかったか
- 84 :世界@名無史さん:2005/10/18(火) 18:43:40 0
- ハイドゥークってハンガリーの盗賊かと思ってたけど、ルーマニアにもいたのかな。
- 85 :消印所沢 ◆z3kTlzXTZk :2005/10/18(火) 20:29:33 0
- まあ,まかり間違えば日本の皇室がマジャール王継承権を持つことになっていたかも(笑).
- 86 :世界@名無史さん:2005/10/18(火) 22:12:21 0
- ハンガリー国王が即位するためには、ハンガリー国王から
伯爵だか侯爵だかの爵位を受けた某所の大司教による戴冠を経ないと
国王になれない、という規則があって、現在ではこの大司教座には
爵位が無くなってしまっているため、ハンガリー国民による承認以前に
オットー大公は法的な構造上ハンガリー国王になれない、という嘘か
本当か分からぬ話を聞いたことが・・・
- 87 :世界@名無史さん:2005/10/18(火) 22:28:13 0
- 故司馬遼太郎氏が訪問を切望しながら果たせなかった国だね。
- 88 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2005/10/19(水) 00:13:00 0
- >84
ハンガリーではハイドゥ、ルーマニアではハイドゥク。
盗賊という言葉の語源が一緒なのではないでしょうか。
消印所沢さま
それは時々聞く話ですが、本当ですか?
- 89 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2005/10/19(水) 00:13:55 0
- >86
確か前々スレで「しい坊」さまが書いておられた
お話ですね。
以下はそのコピーです。ご参考までに
ミンツェンティ枢機卿が死亡した時が名実ともにハンガリー王国が
消滅した時期だとも言えると思います。
ハンガリーは“使途王国”という特権を持ったカトリック
王国でした、通常はヨーロッパの国王は国王となるためには
ローマ法王の認証を得なければならなかったのです。しかし、
使途王国であったハンガリー王国の場合は、その特権により、
国王をローマ法王の代理人であるハンガリーの主座大司教公
(herceg prímás) が認証することができたのです。
で、ハンガリーの主座大司教公はハンガリー国王が任命するこ
とができました。要するにハンガリー国内で互選制を取ってい
たのですね。で、戦後の新憲法でハンガリーは共和国となりま
したが、ミンツェンティ枢機卿が存命中は教会法上彼がハンガ
リー国王を任命することができたわけです。しかし、彼は国王
を任命することなく、亡くなってしまいました。ところが、ハ
ンガリーにはもはや主座大司教公を任命する国王がいないの
で、主座大司教公を任命することもできなくなってしまったわ
けです。実際に、ミンツェンティ亡き後ヴァチカンが任命した
ハンガリーの主座大司教には「公」の称号は付いておりません
でした。よってこれをもってハンガリー王国は歴史から消滅し
たと考えることもできるでしょう (^^)。
>87
司馬先生の「街道を行く」ハンガリー編を読んでみたかった
です。
- 90 :世界@名無史さん:2005/10/19(水) 00:35:51 0
- >67
遅レスですが、ルーマニア人がセーケイ人やザクセン人とはちがって
冷遇されたのには何か理由とかはあるんですか?
また、そういった差別はスロバキア人やクロアチア人などの
領内の他の異民族に対してもあったんでしょうか?
あと、かつては上ハンガリーと呼ばれた現在のスロバキアの領土は
もともとスラブ人が多数派で、第一次大戦後に民族自決に基づいて
スラブ人の分布通りに決められたものなのでしょうか?
それとも、上ハンガリーではスラブ人は少数派だったけど、敗戦後の
どさくさにまぎれてハンガリーからこの地域をハンガリー人多数派地域ごと
奪い取ったものなのでしょうか?
- 91 :世界@名無史さん:2005/10/19(水) 07:17:20 0
- ローマ教皇が戴冠させることは出来ないのか。
- 92 :世界@名無史さん:2005/10/19(水) 08:01:44 0
- >>90
上ハンガリーではもともとスロヴァキア人が多数派で、二重帝国の時代にも
マジャール人はスロヴァキア人との間でアウスグライヒに似た協定を
結んでいたという。チェコスロヴァキア成立時の国境についても、チェコ側は
従前の歴史的国境・州境に基づき、スロヴァキア側は民族分布に基づく
ということだったらしい。
- 93 :世界@名無史さん:2005/10/20(木) 01:55:05 0
- >92
なるほど、ありがとうございます。
- 94 :消印所沢 ◆z3kTlzXTZk :2005/10/20(木) 04:48:33 0
- >ギシュクラ・ウール
>それは時々聞く話ですが、本当ですか?
トゥラニストがそんな画策をしていたというのは,どうやら本当らしいのですが,
確証がイマイチ…….
ps. しい坊氏のサイト,なくなってしまったようですね.
- 95 :世界@名無史さん:2005/10/20(木) 10:05:09 0
- >消印所沢さん
しい坊さんのWebページ、今は見れます。
ブログ(旧しい坊のひとりごと)も久しぶりの更新です。
誰も徹底的にコメントをしていないブログですが。
- 96 :世界@名無史さん:2005/10/20(木) 21:23:59 0
- >>89
レス有難うございます。しい坊先生の解説が元ネタだったんですね。
記憶があやふやだったのでとてもすっきりしました。
なるほど、ハンガリーの「主座大司教公」だったんですね。
カトリック教圏の東方に対する防波堤として「使徒王国」という特権を
ローマ教皇から与えられていた、という話をされていたことを覚えています。
要は国内での互選制だという説明に納得しました。
ハンガリーも90年代以降、例の王冠付きの国章が巷でよく見られるように
なったそうですが、ハンガリー国内としては「ハンガリー王国復活」みたいな
願望というか期待のようなものを漠然と持っているのだろうかと思ったりも
しましたが・・・ どうなんでしょう。
ハンガリー国内にオットー大公が即位するような状況があるという話は聞かれ
ませんが、もし即位するとなるとローマ教皇と一緒になってよほど曲芸じみた
手続きをしてでもないとと実現できない感じですね。
- 97 :世界@名無史さん:2005/10/20(木) 21:46:37 0
- 東欧やバルカン、北欧の新興の王国と同じ要領で立ち上げ直せば良い。
- 98 :世界@名無史さん:2005/10/20(木) 23:35:54 0
- 「チャルダッシュ」は十二楽坊の演奏がヒットした。
- 99 :世界@名無史さん:2005/10/21(金) 00:03:49 0
- DVD「ロマンチック エナジー」の17番
ttp://www.platia-ent.co.jp/artists/joshi/disco.html
- 100 :消印所沢 ◆z3kTlzXTZk :2005/10/22(土) 22:19:36 0
- >>95
当方のPCのブックマークのURL
ttp://bosei.cc.u-tokai.ac.jp/~hukaya_s/index.html
では,何度ページを開こうとしてもダメなんですが,もしかしてURLが変わりました?
305 KB
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