オーストリアの歴代皇帝について語るスレ
- 1 :KYK:2006/01/28(土) 13:50:39 0
- 激動のヨーロッパにおいておよそ八百五十年の歴史を刻み、後世に様々な遺産を遺した一大帝国である神聖ローマ帝国の
衣鉢を継ぎ、ナポレオンの時代からヨーロッパにその歴史を築いて旧体制の象徴として一目置かれながらも、僅か百十数年で
その歴史に幕を降ろしたハプスブルク家の帝国・オーストリアの歴代の皇帝について語ろう!
- 735 :世界@名無史さん:2008/01/29(火) 17:23:07 0
- 俺用メモ続き
大文字はそれぞれ
Ä
Ö
Ü
もちろんエスツェットには大文字は無い
- 736 :世界@名無史さん:2008/01/29(火) 20:06:29 0
- >>734-735
参考になったd
- 737 :世界@名無史さん:2008/01/29(火) 22:27:19 0
- ÄËÏÖÜ
テスト、これで全部表示されればウムラウトもトレマもumlって事になると思うんで
- 738 :世界@名無史さん:2008/01/30(水) 09:03:04 0
- >>734-735,>>737
aeligとかoeligとかへの応用もきくぞ
æとかœってなる
- 739 :世界@名無史さん:2008/01/30(水) 09:16:41 0
- お前らオーストリアの話しろよ・・・
ゾフィ大公妃は俺の嫁
- 740 :世界@名無史さん:2008/01/30(水) 11:09:47 0
- じゃあシシィは俺の嫁
- 741 :世界@名無史さん:2008/01/30(水) 16:11:36 P
- だったら赤い皇女エリーザベトは俺の妾
- 742 :世界@名無史さん:2008/01/30(水) 16:47:52 0
- >>739-741
お前等全員チロルのマウルタッシュで我慢しとけ
- 743 :世界@名無史さん:2008/01/30(水) 18:53:20 0
- >>742
吹いた
- 744 :世界@名無史さん:2008/02/04(月) 16:52:34 0
- >>742
マウルタッシュって誰?と思って検索したら吹いた
- 745 :世界@名無史さん:2008/02/05(火) 16:54:04 0
- チロルの化け物か
- 746 :世界@名無史さん:2008/02/07(木) 17:00:48 0
- >>745
ていうかバケモノ女だな
- 747 :世界@名無史さん:2008/02/10(日) 23:38:09 0
- フランツ1世の前半生について、比較的詳しく記述のある本ご存知ありませんか。
評伝の類はamazonで探すとドイツ語しか出てこないようです。
あまり学術的な興味ではないので、読み物的なものでも構いません。
できれば日本語の本がいいです、ヘタレですみませんorz
よろしくお願いします。
- 748 :世界@名無史さん:2008/02/11(月) 18:01:17 0
- >>747
ハプスブルク系の書籍で和訳されてる物は非常に少ないし、
元々日本語で書かれているものは解説書や軽い読み物ばっかりで
れっきとした「資料」は殆ど皆無。諦めてドイツ語読め
- 749 :世界@名無史さん:2008/02/12(火) 23:05:07 0
- 日本語じゃないけど、意外と資料として役立つのがウィキペディア。
日本語版のウィキペディアにマイナー戦国武将がいるのと同様に、
ドイツ語版にはマイナーなオーストリアの皇帝や将軍、K.u.K.の軍自体についても結構詳しく載ってる。
探すコツは対象ページ(フランツならフランツのページ)の左下にある外国語版一覧から「Deutsch」を選び、
そこからジャンプ機能を駆使して日本語版には無いページに飛ぶこと。ウィキ見るまでベームエルモリとかアルヴィンツィすら知らなかった自分がいる
- 750 :世界@名無史さん:2008/02/13(水) 00:57:03 0
- >>748 >>749
感謝です。
完全に趣味の範疇なので、まずはネットからゆるゆる探してみます。
- 751 :世界@名無史さん:2008/02/13(水) 01:56:49 0
- >>750
詳しい日本語の資料があればベストなんだけど確かにそういうのはなかなか
お目にかかれないようなんで面倒かもしれないけど機械翻訳でも使ってのんびり
こつこつと翻訳作業をなさってください。ドイツ語翻訳のURL貼っときますんで。
ttp://translation.infoseek.co.jp/?ac=Text&lng=de
あと、オーストリア皇帝フランツ1世に関してならネット上なら例えばこういう
サイトもあります。彼のエピソードがコミカルに紹介されてて面白いですよ。
ttp://www.onyx.dti.ne.jp/sissi/episode-50.htm
- 752 :世界@名無史さん:2008/02/13(水) 18:11:15 0
- >>751
機械翻訳使うとかどんだけドイツ語読めないんだよwwwwwwwww
読めないにしても単語を一つずつ辞書で引いた方が正確だしwwwww
ていうかネタとかじゃなくマジで
「機械翻訳は使うな」と忠告しておく。そんな状態だと
いつまで経ってもドイツ語読めないままだぞ?
- 753 :世界@名無史さん:2008/02/13(水) 18:13:04 0
- あと追記だが、どうしても機械翻訳を使いたいなら
「独→日」だと不安定すぎて絶対意味を取り違えたり訳せなかったりするから
「独→英」の機械翻訳で翻訳して英文読んだほうがマシだよ、基本的に
- 754 :世界@名無史さん:2008/02/14(木) 13:50:07 0
- そうだなあ、ドイツ語を初級程度までかじったなら時間はかかるけど
辞書引きながら意訳した方が早い。それか英語ができるなら英語。
特に歴史関係は専門語が多くて機械翻訳では無理。
話をオーストリア皇帝に戻すと確かにフランツ1世の治世前半、
特にメッテルニヒが外相になる1809年以前、あるいはウィーン体制の
15年以前は日本語訳が少ないなあ。
まあ何をやっていたか、と言えばフランスに振り回されていただけなんだが。
その時代を考えてナポレオン関係からアプローチしてみたらどうだろう。
フリードリヒ2世やアレクサンデル1世なんかはオーストリア関連でも
見受けられるし同時代にメジャーな他国があれば日本語でさわることも
できるんじゃないかな、もちろん詳しくはないし偏ってもいるだろうけど。
フランツ1世は治世を通じて(ナポレオンとメッテルニヒのせいか)
影が薄いねえ。決して有能ではないが無能でもない皇帝だと思うのだが。
内政を金銭感覚のないメッテルニヒには委ねなかった男だしねえ。
まあ内政改革しなかったためにクリミアの悲劇を招いたわけだが。
- 755 :世界@名無史さん:2008/02/14(木) 17:16:08 0
- 国家や民族ってのは攻勢に出ているうちは何も問題無いんだが、
守勢に入ると途端に衰退するんだよな……これまで溜めた物で食い繋ぐと言うか、
モンゴル帝国や大明帝国なんかの退廃期から末期の様子を見たら分かりやすいと思う。
ハプスブルクの場合も中世の間にせっせと婚姻政策(と暗殺による乗っ取り?)で領土を広げ、
以後守勢に入ってからはタケノコ生活のように「損失を最小限に抑える」事に全力をかけてた感じ。
たまたま上手く立ち回って(放棄するタイミングとか)近代まで国体を維持する事だけは出来たけど、
本来なら英仏普露と肩を並べている事自体が時代錯誤なチグハグ国家だったと思うんだ(まあ露もだけど)
末端の各部は普通に機能しているように見えて、でも実は纏めてみると矛盾だらけだから統一出来ない、みたいな。
要するに「改革すれば国が内部から崩壊」「改革しなければ国が外部から崩壊」っていう超絶ジレンマ
- 756 :世界@名無史さん:2008/02/14(木) 17:43:39 0
- 1859年から67年までは改革期だと思うがな。
オーストリアが(実際は二流国ながらも)五列強の一にあった力は
オーストリアが国家である以上、その支配者が王朝以外にあり得なかったことか。
結局皇帝は誰にも権限を与えなかった。そうしなければ統一オーストリアはない。
ハンガリー人も悪く言われるが結局、不在地主(皇帝)の代理人以上ではなかったし
ドイツ人とチェコ人は帝国議会を混乱させ、ポーランド人はどんな政府でも支持し
スロベニア人はドイツ人を恐れて王朝を支持し、スロバキア人とルテニア人はただ支配され
ルーマニア人は支配者からドイツ系がいなくなっただけの昔ながらの生活、
イタリア人は特権階級、そしてクロアチア人は不在地主(ブダペスト)の代理人…
なんだかんだで一部のセルビア人以外の支配はうまくいっていた。
オーストリア問題の解決はオーストリア国家の終焉以外にあり得ないんだが
オーストリア国家の終焉は新しい民族問題を呼び…
ただオーストリア問題を解決させたのがほかならぬ王朝という皮肉。
王朝国家ゆえに列強オーストリアであったが、王朝国家ゆえに博打に出た、と。
ひとつ評価できるのはどの皇帝も保守的で、有能でなかったことだな。
そうでなければ一列強の外交・軍事でフリーハンドを一人が持つという爆弾国家は
1914年まで存続しなかっただろう。
最後のセルビア宣戦の決定もイニシアティヴは共通閣僚会議だしな。
- 757 :世界@名無史さん:2008/02/14(木) 17:50:11 0
- 戦後の「セルボ・クロアート・スロヴェーン王国」を見るに付け、オーストリアもほっとくいたら
「エスターライヒ・ウンガルン・ベーメン・クロアート・セルボ五重帝国」とかマジでやりそうで怖い、あの国はそういう国だ
- 758 :747:2008/02/14(木) 22:59:01 0
- >>751 >>752 >>754
ありがとうございます。
しつこくてすみません。皆さん色々書いて下さったので。
フランツ1世はエピソードとしては時々面白いものをみつけることもあるのですが
(>>751さんの紹介してくれたサイトや、ナポレオンがマリー・ルイーズを妻にしたがっていると聞いた時の話等)
ウィーン体制の前の治世についてや、皇帝になる前のフランツについて、殆ど読んだことがありません。
ちょっと気になっただけなのですが、少しずつ調べていければと思います。
それでは名無しに戻ります。
- 759 :世界@名無史さん:2008/02/14(木) 23:24:19 0
- オーストリア帝国のような多民族国家は常に民族間の関係に気を配っとかないと
いけないから大変だな。現代においても例えばベルギーのような北部と北部の
民族同士の諍いが絶えないような国は本当に大変だと思う。
そういう意味では、ほぼ単一民族国家と言える日本は本当に恵まれてるよな。
- 760 :759:2008/02/14(木) 23:29:26 0
- 間違えたorz
北部と北部じゃなくて北部と南部ね
- 761 :世界@名無史さん:2008/02/15(金) 08:46:31 0
- その代わり単一民族国家は他民族に対する調整や懐柔や恫喝に慣れてないから
他国との外交や在留外国人に対する扱いが壊滅的に下手な国が多いんだよな
日本とかドイツとか
- 762 :世界@名無史さん:2008/02/15(金) 12:19:26 0
- 朝鮮とポーランドって似てるんだよな
長期に渡る属国としての歴史を持ってるせいで異常に執念深く、
日本やドイツに戦後いつまでも謝罪と賠償を要求して(この辺がチェコや中共と違う)
特権貰っても満足せず、能力も無く努力もしないのに理想だけは異常に高い
唯一違うのは「ポーランドには伝統と歴史があるが、朝鮮にはそれが無い」事だけか
- 763 :世界@名無史さん:2008/02/15(金) 13:20:48 0
- 頼むからオーストリアの話をしてくれ
- 764 :世界@名無史さん:2008/02/15(金) 14:37:01 0
- クリミア戦争で対露最後通牒を突き付けたのは誰の責任なんだろうね?
外相?それとも皇帝?あるいは・・・?
- 765 :世界@名無史さん:2008/02/15(金) 16:04:50 0
- >>764
閣僚の殆ど全員がベルヒトルトを焚き付けて書いたんじゃね?
- 766 :世界@名無史さん:2008/02/15(金) 19:10:49 0
- >>765
いやいやクリミアの話でしょ。
ちなみにww1はベルヒトルトら外交当局は積極派で
消極的だったのはハンガリー政府くらいだったはずだが。
ベルヒトルトはバルカン戦争でのヨーロッパ列強協調の挫折から
過激派に「転向」したとみてよいと思う。
で、クリミア戦争だけど外相ブーオルの親西欧政策と
皇帝フランツ・ヨーゼフのロシアとの同盟関係からの自由を考えれば
この両者に責任を押し付けてよいと思う。
ただ、鉄道が整備されていないあの時代にドナウ河口および両海峡を
他の列強に支配されることが列強オーストリアの脅威であったことと
時代がメッテルニヒ流の正統主義から現実主義へと転換したことを
考えると単に個人の責任にして良いかどうかは疑問。
オーストリアにすれば「ニコライの野心が悪い」んだろうけどねえ…
まあメッテルニヒが築いたロシアとの同盟はそもそも無理があったってことかな。
ビスマルク外交が彼の手腕に拠るようにメッテルニヒ外交も個人の才能に拠ったものだ、と。
- 767 :世界@名無史さん:2008/02/16(土) 11:51:48 0
- 日本語ウィキ先生ほんと使えないな
戦争当時の内閣のメンバーを調べるだけで英語やドイツ語版使う必要があるってどうよ
- 768 :世界@名無史さん:2008/02/17(日) 02:11:09 O
- >>767
じゃあ、ドイツ語翻訳よろしく
- 769 :世界@名無史さん:2008/02/17(日) 03:21:41 0
- オーストリアの歴代閣僚でも百科事典クラスの大物って
メッテルニヒ、コッシュート、アンドラーシくらいじゃない?
コロヴラートは山川各国史にも出てこないしシュヴァルツェンベルク、バッハ、ティサ父子、
ボイスト、ターフェ、バデニ、エーレンタール、ベルヒトルト、コンラートなんかも
長い19世紀のオーストリア史では重要人物だけど「メッテルニヒ時代のオーストリア」とか
「オーストリア帝国の衰亡」とかの流れでまとめられてしまいそう。
ルエガあたりは微妙かな、レンナーはもちろんだがアードラーもww1後の扱いになるか。
世紀末転換期の非政治家はそこそこ取り上げられるのかな。
- 770 :世界@名無史さん:2008/02/17(日) 13:34:22 0
- >>768
読むのと翻訳するのは別だろ……語学なめんな
俺もドイツ語読めるが、無知な馬鹿の為に訳してやる気は無い
>>769
マジレスすると「メッテルニヒ」だけじゃね?
コシュートやアンドラーシはボイストやパデーニと大して変わらん知名度だよ
あとルエーガーは閣僚じゃないんじゃね?
- 771 :世界@名無史さん:2008/02/17(日) 16:27:31 0
- >>770
アンドラーシはアウスグライヒ、ベルリン会議、独墺二国同盟の
当事者だから閣僚級ではメッテルニヒに次ぐ高知名度かなあ、とは思う。
てかまあメッテルニヒがスバ抜けているんだな。
「ウィーン会議の」と言えば世界史やった人間ならみんな「ああ、会議は踊るの」と
反応してくれる時代を代表する外交官だからね。
ルエガは確かにウィーン市長だね。
- 772 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :2008/02/18(月) 11:18:54 0
- ルエガーはヒトラーに繋がる反ユダヤの系譜で取り上げられてたな。
シュヴァルツェンベルクは1848-49年のフランクフルト国民会議に絡んで、
プロイセン史の本の方でも出てきた。
「もし長生きしていたら、プロイセンによる統一は上手く行かなかったろう」的扱いで。
- 773 :世界@名無史さん:2008/02/18(月) 20:19:08 0
- >>769
メッテルニヒ>>>>>>>>>>アンドラーシ≧コッシュート≧
エーレンタール≧ボイスト≧バデーニ≧ターフェ≧ティサ≧ベルヒトルト≧
コンラート>>>>>>>>>>>バッハ=コロヴラート
くらいじゃね?
- 774 :世界@名無史さん:2008/02/18(月) 20:46:01 0
- オーストリア=ハンガリー帝国の重臣の知名度って全時代通じても
メッテルニヒとアンドラーシが突出してるような気がする。
まぁやっぱ一番は(というかダントツで)メッテルニヒだろうな。
- 775 :世界@名無史さん:2008/02/18(月) 21:31:47 0
- 英国やフランス、ドイツ帝国のように一流国でないオーストリアじゃあ
革命でもない限りこれら列強との外交でしか人物も評価されない、か。
メッテルニヒは、まあ傑物だなあ。
オーストリア史というよりヨーロッパ史の人物だわ。
しかもオーストリアにはウィーン会議の議長国たる力はあっても
ウィーン体制の議長国たる力はもはやなかったのに。
他国の指導者に「サタンの共犯者」「大陸最大の詐欺師であり嘘つき」と
言われながらもオーストリアを「ヨーロッパの必需品」と思い込ませた才覚はやはり
大したもんだ。
- 776 :世界@名無史さん:2008/02/18(月) 22:39:34 0
- >>775
外交官としては空前絶後の天才だが
内政・財政面ではガタガタ……「天は二物を与えず」ってホントだな
- 777 :世界@名無史さん:2008/02/19(火) 00:52:00 0
- メッテルニヒは君主にもいろんな意味で恵まれていたな。
フランツ1世は自分を大いに買ってくれてウィーン会議では
主宰を任され、数年後には帝国宰相の座にも就いた。
温厚で政治的な野心のないフェルディナント1世は終始自分の
後ろ盾(穿った言い方をすれば傀儡)に徹してくれたし。
- 778 :世界@名無史さん:2008/02/19(火) 17:17:34 0
- >>777
単にフランツとメッテルニヒの思考回路が同じだったんじゃね?
「外交」は言ってみれば騙し合いの極致、人間関係の究極形なわけだから
メッテルニヒの性格や思考回路も普通じゃなかったんだとは思う。良い意味でも、悪い意味でも。
ビスマルクなんかもそうだけど、政治家や外交官として優れてる人は大抵人格が常人離れしてるし、
きっと宮廷内の反メッテルニヒの人達はメッテルニヒの性格が個人的に嫌いだったんだろう
- 779 :世界@名無史さん:2008/02/19(火) 20:01:41 0
- 外交が天才的だっただけに内政面で失策が目立ったのは極めて残念だ。
あるいは外交手腕が際立っていたが故に内政のマイナス面がより強調
されたようなところもあるかもしれんが。
しかし19世紀オーストリアの数少ない大政治家だっただけに革命で失脚という
お粗末な退陣よりも、どうせなら民衆に惜しまれつつ勇退という形で政界を退いて
ほしかった。
- 780 :世界@名無史さん:2008/02/20(水) 14:21:41 0
- >>779
>民衆に惜しまれつつ勇退
常識的に考えて無理だろ……だってメッテルニヒって
フランツ二世と並ぶ程のガチガチ保守だったわけで
言ってみれば「有能なフランツ」だぞ
消極的な保守(フランツ)は無変化を望むから民衆の受けも良いが
積極的な保守(メッテルニヒ)は後退を望むから民衆には嫌われるし
- 781 :世界@名無史さん:2008/02/22(金) 20:46:21 0
- メッテルニヒの内政面での失敗ってなんだ?
イタリアとハンガリーはメッテルニヒ支配にあった。
そしてイタリアの行政制度は帝国で最も優れたものだった。
ハンガリーも四月法撤回まで目立った抵抗は見られない。
財政はコロヴラートに支配されたが警察はメッテルニヒの支配。
最低限のコストでありもしない「警察国家」のイメージを定着させた。
軍事はロシア頼み。まあこれは財政的に無理なんだが
「恒久平和のための軍備」と言われたオーストリア軍を使わないのは見事。
宮廷は…まあ掌握できてはいなかったな。
あえて失政を挙げれば絶対王政的な中央集権国家を築けなかったことかなあ。
これもフェルディナント即位時に大公連中の巻き返しがなかったら可能だったかも。
まあフランツ1世の保守主義がこれを阻んだ最大の要素だろうな。
17年の覚書が35年まで皇帝の引出しに眠っていたエピソードもあるし。
ヨーゼフ主義の効率的な全帝国規模の官僚制はメッテルニヒの理想だったのだろうけど
これは新絶対主義のバッハまで待たなきゃならんかったな。
逆に外交での失策もある。
関税同盟でプロイセンがドイツの主導権を握りつつあったことに抵抗できなかった。
クラクフ共和国の併合は正統主義者メッテルニヒの名声に傷をつけた。
>「有能なフランツ」
上手いこと言うなあ。ロシア大使曰く、
「オーストリアの政策はフランツの性格に基づき、メッテルニヒの気分で動いていた」
メッテルニヒは憎まれてこその人材だろう。
- 782 :世界@名無史さん:2008/02/23(土) 02:49:22 0
- 南スラブ主義やスロベニア人とクロアチア人の政治連合は誕生したのに、
チェコスロバキア主義が生まれなかったのは何故でしょうか?
最大の阻害要因は王国と帝国に分かれていたためでしょうか。
- 783 :世界@名無史さん:2008/02/23(土) 10:40:08 0
- * 、-'ヾ'''ヾ`"''','、、 , _____
_-'" `;ミ、 /:::::::::::::::::::::::::\〜
_-"ミ;ノリ人ノノヘ/リ; `゛゛ ミ /::::::::::::::::::::::::::::::::::::::\〜
>ミ/ 'γ、` ミ |:::::::::::::;;;;;;|_|_|_|_|〜
了| "~`、 "~"` {,',; ;} 。 |;;;;;;;;;;ノ∪ \,) ,,/ ヽ〜
"7 `⌒` ⌒ }ミ:. { |::( 6∪ ー─◎─◎ )〜
'| / レリ* |ノ (∵∴ ( o o)∴)〜
+ i ( }ィ' |∪< ∵∵ 3 ∵> ハァハァ
` ー--- /|` + \ ⌒ ノ
ヽ  ̄ / |__ \_____/
`i、-- '´ |ソ:
↑ ↑
種派 Vガン厨
- 784 :世界@名無史さん:2008/02/24(日) 00:35:08 0
- >>782
その辺は難しいな。
南スラヴよりもチェコの方が進歩的であったのは事実なんだが
結局チェコ人は歴史的なボヘミア(聖ヴァーツラフ王冠の領邦)にこだわったのも事実。
つまりチェコ人は民族主義も重要だが対ドイツ人のために領邦主義が重要だったわけだ。
そういう意味では帝国(ライタ以西)と王国に壁があった。
スロヴァキアは歴史的にハンガリーとは不可分の領土だったわけだし。
更にチェコ人(及びドイツ人)でもボヘミアとモラヴィアで温度差はあった。
逆に帝国史においてはスロヴェニアとクロアティアの連合の方が不可思議だが
(なにせ南スラヴといってもクロアティア・ジェントリはセルビア人を支配したわけだから)
両者がドイツ人、ハンガリー人(あるいはイタリア人)という支配民族に抵抗するという点で
利害は一致しているな。
クロアティア人が帝国・王国にまたがって分布していたのも大きな要因かと。
かといってクロアティアに領邦主義がないわけでもなし、ナポレオンのイリリアが遠因なのかなあ。
南スラヴ主義は帝国史においては大したことではないこと。
仮に三重王国になってもその支配民族は自作農のクロアティア人と地主のムスリムで
小作人のセルビア人との連合は階級的に困難。
言語としては同一民族としてもカトリック・親王朝のクロアティアと有産階級のムスリムとが
内的要因だけでセルビア人と連合するメリットはない。
実際、ナゴドバ以降はハンガリー王国でスロヴェニア、ルーマニアに対してマジャール化が進んだのと同様に
クロアティア王国でもセルビアに対してクロアティア化が進んでいるわけだし。
- 785 :世界@名無史さん:2008/02/29(金) 09:38:54 0
- コソボ・・・・・
- 786 :世界@名無史さん:2008/02/29(金) 13:04:23 0
- * 、-'ヾ'''ヾ`"''','、、 , _____
_-'" `;ミ、 /:::::::::::::::::::::::::\〜
_-"ミ;ノリ人ノノヘ/リ; `゛゛ ミ /::::::::::::::::::::::::::::::::::::::\〜
>ミ/ 'γ、` ミ |:::::::::::::;;;;;;|_|_|_|_|〜
了| "~`、 "~"` {,',; ;} 。 |;;;;;;;;;;ノ∪ \,) ,,/ ヽ〜
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'| / レリ* |ノ (∵∴ ( o o)∴)〜
+ i ( }ィ' |∪< ∵∵ 3 ∵> ハァハァ
` ー--- /|` + \ ⌒ ノ
ヽ  ̄ / |__ \_____/
`i、-- '´ |ソ:
↑ ↑
コソヴォ セルビア
- 787 :世界@名無史さん:2008/02/29(金) 22:11:53 0
- * 、-'ヾ'''ヾ`"''','、、 , _____
_-'" `;ミ、 /:::::::::::::::::::::::::\〜
_-"ミ;ノリ人ノノヘ/リ; `゛゛ ミ /::::::::::::::::::::::::::::::::::::::\〜
>ミ/ 'γ、` ミ |:::::::::::::;;;;;;|_|_|_|_|〜
了| "~`、 "~"` {,',; ;} 。 |;;;;;;;;;;ノ∪ \,) ,,/ ヽ〜
"7 `⌒` ⌒ }ミ:. { |::( 6∪ ー─◎─◎ )〜
'| / レリ* |ノ (∵∴ ( o o)∴)〜
+ i ( }ィ' |∪< ∵∵ 3 ∵> ハァハァ
` ー--- /|` + \ ⌒ ノ
ヽ  ̄ / |__ \_____/
`i、-- '´ |ソ:
↑ ↑
セルビア アルバニア
- 788 :世界@名無史さん:2008/03/01(土) 00:27:34 0
- まあコソヴォは「歴史的」にセルビア人が領土を主張するのは分からんでもないが…
このスレとして悲しいのはコソヴォ(既にセルビア領)ではなく
帝国の体力の限界が、アルバニア独立ということ「だけ」だったことか。
意地でもセルビアにだけは海港を与えない、アドリア海の勢力均衡というのが
帝国の基本方針だが、どうもボスニア併合以来の外交は(クリミアから普墺戦争までと
同じくらい)疑問符の連続だよなあ。
- 789 :世界@名無史さん:2008/03/01(土) 09:15:42 0
- >>788
エーレンタールやベルヒトルトやヘッツェンドルフなんかを筆頭に、
いろんな意味で「極端な」考えを持った閣僚ばっかりだった気がする
国内の官僚が殆ど同じ利害関係に基づいて行動してた英仏独露と違って
墺には一貫した「国策」が無かった気がする。植民地持たない事にしたのもそういう理由じゃね?
- 790 :世界@名無史さん:2008/03/01(土) 12:22:52 0
- そういや何でオーストリアって植民地持ってなかったの?
あのイタリアですら持ってたのに
- 791 :世界@名無史さん:2008/03/01(土) 14:23:42 0
- セルビア王国の首都って本当にベオグラードなの?
オーストリア=ハンガリーとの国境地域にあるんだが…
(サヴァ川の西側(現在のノヴィベオグラードとか)はクロアティア=
スラヴォニアでドナウ川の北がハンガリー)
戦争が起こったらソウル以上にやばい
>>573
セルビアがニダーなのが笑える
- 792 :世界@名無史さん:2008/03/01(土) 14:51:57 0
- ポーランドとハンガリーもニダーになってるしなw
- 793 :世界@名無史さん:2008/03/01(土) 15:01:22 0
- >>788
あんたの感覚では、ハルビンは歴史的に朝鮮・韓国の一部なのかい?
コソボが歴史的にセルビア領とかいうのも、600年前にキリスト教連合軍が
オスマン帝国にズタボロに負けた敗戦交渉の場で、セルビアの出した交渉役の
貴族たちがオスマン皇帝を暗殺したことだよ。
その前も後にもセルビアなりスラブ人の国だったことはまったく無くて、
20世紀に入ってからの取り合いでたまたまアルバニア人の領域なものを手に
しただけというのが実情。
- 794 :世界@名無史さん:2008/03/01(土) 15:22:38 0
- >>791
うん、当時のオーストリアから目と鼻の先
だから第一次世界大戦の時は南に遷都して、その上で武装を解いて
「ベオグラードは非武装都市!」って全世界にアピールしたんだけど
既にブチ切れてたオーストリアを止められる筈も無く砲撃を受けて壊滅した
とか聞いた事ある
- 795 :世界@名無史さん:2008/03/01(土) 15:26:44 0
- >>793
スラブ人の凄い所は
全てのスラブ系民族が「俺がスラブのリーダーになる!」って言ってた事なんだよな……
しかも汎スラブに興味無い民族は二重帝国内だけ、という物凄さ
- 796 :世界@名無史さん:2008/03/01(土) 16:31:49 0
- >>791
オスマン帝国の属国だった頃
ハンガリーと戦って奪還したときに首都に定めた、らしい
- 797 :世界@名無史さん:2008/03/01(土) 19:21:27 0
- >>794,>>796
「極限までイスラム圏から遠ざけた」せいで
「極限までカトリック圏に近づいた」わけか
皮肉だな
- 798 :世界@名無史さん:2008/03/02(日) 00:26:55 0
- >>789
マジャール至上主義の突き上げを食らうハンガリーと
帝国議会の混乱で共通法も確定できないオーストリアと
帝国官房との三者の共通の意思を一致させるべき人間(皇帝)が
ビスマルク体制ならば列強と呼ばれるにふさわしい外交権と軍事権の行使に
充分な歳入を得て満足していたのだから…
まあ他の列強もベルリン体制崩壊(欧州の五列強均衡の崩壊)の後の諸政策は
疑問符が付くものが多いんだけど。
>>790
税金が5倍になって役人が100倍に増えて
三つの民族の政治的・経済的・社会的対立を煽って
飾りだけの州議会すら制限選挙でしかも共通蔵相が絶対的拒否権を有した
ボスニア・ヘルツェゴヴィナが植民地でなくて何が植民地なのだ?
まあ、ハプスブルク帝国そのものが植民地主義という学者もいたから
何ともいえないけれど。
>>793
非常に表現が悪かった。
ただ、近代に形成されたセルビア・ナショナリズムにおいてコソヴォは
後の大セルビア主義者の要求よりは重要度の高い民族の土地と
少なくとも彼らは思っていたのでは?
中世にセルビア人がアルバニア人を追放して占拠した「輝かしい神話の土地」なんだし。
アルバニア人にすればたまったもんではないがね、
オスマンに忠実なアルバニアのナショナリズムの形成時期が遅かったこと、
コソヴォとアルバニア本土とでは列強(墺伊)の関心が異なったことが問題なんだし。
- 799 :世界@名無史さん:2008/03/02(日) 15:37:39 0
- >>798
>三つの民族の政治的・経済的・社会的対立を煽って
(゚Д゚)ハァ?
- 800 :世界@名無史さん:2008/03/02(日) 21:05:41 0
- 800get!
- 801 :世界@名無史さん:2008/03/03(月) 05:29:08 0
- >>799
オーストリア政府(というより帝国官房)は
セルビア(主に小作農)とクロアティア(主に自作農)を張り合わせ
クロアティアとイスラム教徒(主に地主層)が協力するよう仕向けた。
またボスニア・ヘルツェゴヴィナに限ってオーストリアにもハンガリーにもない
特殊な民族統計(宗教をもって民族を区分する)を用いた。
大規模な軍隊が駐留し、人民を代表する議会はなく、土地改革は為されず
帝国の内政上の問題で経済的・社会的進歩は制限された。
セルビア人は人口の42%を占めながら大官僚制度と税制の犠牲におかれた
(少なくとも、中間搾取がある以上ムスリムやクロアティア人以上に)。
こういうのは英国の植民地支配とほとんど同じだ。
結局、帝国は国外の大セルビア主義者以外に脅威を感じられないまでに
ボスニアにおいて「理想的な」植民地経営を行った。
分割して統治する、これが帝国の植民地経営の実態で民族間対立を煽った事実は否定できまい。
ただ、ちょい本題からずれるけど
当時列強(特にトルコ保全政策を採る英独やバルカンで対立する露)から
警戒されていたようなマケドニアの中心都市サロニキへの進出の野心はなかったと思われる。
ボスニア・ヘルツェゴヴィナ占領如きでアンドラーシの辞任につながった帝国世論を考えれば
軍事的・外交的には可能であっても二重制を採る以上、ハンガリーの帝国における特権が
損なわれるスラヴ人地域への領土拡大は共通閣僚会議の合意が得られないだろう。
ww1開戦のハンガリー首相の条件はセルビアから領土を割譲しないこと、だからなあ。
これがオーストリア帝国主義の限界かな、と個人的には思う。
- 802 :世界@名無史さん:2008/03/03(月) 13:25:03 0
- それ、「民族の対立を煽る」というより
「民族の対立を最小限に抑える」政策じゃないか?
>セルビア人は人口の42%を占めながら大官僚制度と税制の犠牲におかれた
戦後のセルビア人がクロアチア人を弾圧したのも、そういう理由があるのかな
- 803 :世界@名無史さん:2008/03/04(火) 19:21:29 0
- 帝国のライタ以西では諸民族と諸階級の妥協が図られ
ハンガリー王国ではマジャール人とクロアティア人のジェントリ支配という
およその民族政策が見られたがボスニアはどうも意図して
バラバラに置いたような気がしないでもないんだがなあ。
もちろん>>802のような見方(対立を抑える)もあるだろうけど
ボスニアを管理する共通蔵相が二代続けてマジャール人だった影響を考えると
ムスリムとクロアティア人を結ばせてセルビア人を抑圧した、とも思える。
- 804 :世界@名無史さん:2008/03/04(火) 22:22:37 0
- 度重なるハンガリーの尽力でオーストリアが近代国家として国体を維持できてた反面、
度重なるハンガリーの我侭と自己中思考にオーストリアが振り回されっぱなしだったんだよな
ハンガリーの他民族抑圧政策に至っては西欧諸国の植民地支配と大して変わらんし
- 805 :世界@名無史さん:2008/03/05(水) 00:10:07 0
- まあハンガリー(クロアティア除く)の影響力は認めるけれど
ハンガリーの他民族抑圧ってのは微妙なところかなあ。
正確にはハンガリー・ジェントリによるすべての被支配層の抑圧。
マジャール至上主義による他民族の抑圧に加え
階級によって多数のマジャール人(農民、労働者)も抑圧を受けた。
これでもハンガリーの有権者は列強(普通選挙以前のライタ以西含む)よりも
多いわけだが、その有権者(ジェントリ)は民族的にも階級的にも
その他のすべての人民を抑圧している。
これは歴史的背景、つまり「ハンガリー国民」すなわち「マジャール人ジェントリ」
だったことに繋がるのかねえ。
正確には「ハンガリー国民」はマジャール人エリートとドイツ系ユダヤ系ブルジョアか。
要は彼ら以外にマジャール人たることを強制したくせに「ハンガリー国民」たるに
ふさわしい財産資格を与えなかったエリート主義の閉鎖性に問題があるってことか。
ハンガリー王国の諸問題は支配層による民族と階級とへの一貫した抑圧にある。
これは植民地支配というより中世社会の残滓かと自分は思う。
ハンガリー・ナショナリズムの形成の担い手がマジャール人エリートだから仕方ないんだが。
- 806 :世界@名無史さん:2008/03/05(水) 05:53:28 0
- ポーランドもそんな感じじゃなかった?
- 807 :世界@名無史さん:2008/03/06(木) 16:47:34 0
- ポーランド貴族はハンガリー貴族と違って
・無駄にプライド高い
・無駄に被害妄想癖がある
・無駄に差別意識
の三拍子揃った奴等だからな……
ポーランド貴族と話をする時は、どんな状況であれ相手を「小さい」とか
相手の妻や娘に対して「広い」とかは使ってはいけないそうだ。暗殺されるらしい。
かつて「奥方様の牧場は広い」って褒めたフランスの外交官が次の日に心臓麻痺で死んだりしてる
ポーランド分割で手に入れた地域が比較的狭かったのは救いかもな
ハンガリー以上に面倒臭い地域になりかねなかった
- 808 :世界@名無史さん:2008/03/06(木) 18:01:43 0
- 貴殿の国のソーセージは小ぶり、とか言おうものなら大変な事になるな
- 809 :世界@名無史さん:2008/03/07(金) 02:04:39 0
- >>807
ポーランド貴族は農民蜂起の後遺症かツァーリズムの脅威か知らんが
アウスグライヒ直後には懐柔されているね。
ドイツ人の少ない地域の支配だからチェコ問題のようなものが
起こりえなかっただけだろうけど。
ポーランドとハンガリーは貴族人口の多さや民族・階級意識の高さは似ている気がするが
ハンガリーのジェントリの方が現実に存在する歴史的大ハンガリーの支配階級として
反ウィーン姿勢が強かったような。
ポーランド貴族は帝国議会じゃあ常に与党、下駄の雪だからなあ。
オーストリアのポーランド統治の成功はドイツとロシアとの比較かねえ。
- 810 :世界@名無史さん:2008/03/07(金) 12:48:06 0
- ポーランドは朝鮮人に似すぎるほどに似てる。
自国で少数派なら無理な反抗や要求は最小限に抑え、
いつか復讐の機会が来たら極悪非道になるのがポーランド人だ
- 811 :世界@名無史さん:2008/03/07(金) 14:07:31 0
- >>810
無理矢理韓国と似せるな
- 812 :世界@名無史さん:2008/03/07(金) 14:46:20 0
- でも言われてみれば結構似てるな、性格とか歴史とかwww
これ以上やると馬鹿が騒ぎ出すから言わんが
- 813 :世界@名無史さん:2008/03/07(金) 15:23:14 0
- 韓国にポーランド=リトアニア連合期みたいに繁栄した時代が一瞬でもあったのか?
- 814 :世界@名無史さん:2008/03/07(金) 17:23:14 0
- >>813
確かに「栄光の歴史」は持ってないなwwwww
まあ結構したたかだし、衛星国としてなら結構発展してるんだが
ポーランドみたいにリトアニア脅して大王国築くのは無理だろ
結論:ハンガリー>ポーランド>>>>>半島
- 815 :世界@名無史さん:2008/03/07(金) 18:32:19 0
- どうしても
半島の話題に持ってきたがる奴がいるな
- 816 :世界@名無史さん:2008/03/07(金) 18:34:34 0
- だって世界史板だし
- 817 :世界@名無史さん:2008/03/07(金) 22:08:34 0
- >>815
きっと某半島が好きなんだろうなw
- 818 :世界@名無史さん:2008/03/09(日) 10:02:51 0
- 世界史板は嫌韓厨(自称)の巣窟だからな
- 819 :世界@名無史さん:2008/03/12(水) 11:26:33 0
- しかしオーストリアのスレに「韓国」って単語は違和感ありまくりだな
- 820 :世界@名無史さん:2008/03/12(水) 15:08:13 0
- 日本における知名度が
モーツァルト>>>ウィーン>>>マリー・アントワネット>>>>>>>>>>>>>オーストリア
なのは泣ける
- 821 :世界@名無史さん:2008/03/12(水) 18:08:13 0
- むしろ
モーツァルト>>>ウィーン>>>マリー・アントワネット>>>>>>>>>>>>>オースト「ラ」リア
オーストリア?何それ?
- 822 :世界@名無史さん:2008/03/12(水) 19:06:45 0
- さすがに「オーストラリアじゃない方の」とか
「ウィーン少年合唱団の」とかちょっと世界史知ってる人なら
「サラエボ事件の」とか言えば分ってくれるけど
オーストリア単独の知名度は低いよなあ。
こっちも分っているかどうか失礼じゃないように確認したくなるもの。
- 823 :世界@名無史さん:2008/03/12(水) 21:44:47 0
- >サラエボ事件の
「オーストリアの皇太子」って書かれてる事が多いせいで
フランツ・フェルディンナントを「皇帝の息子」って勘違いしてる人も多そうだな
- 824 :世界@名無史さん:2008/03/12(水) 23:43:34 0
- >>820-822
手話ちゃんが「私の祖国にはコアラもカンガルーもいない」と
言ったとか言わなかったとかいう話があるが、しょっちゅう
オーストラリアと混同される方としてはやはり複雑だろうなあ。
オーストリア大使館が「オーストリー」への呼称変更を
はたらきかけてきたのも気持ちはなんとなくわかるような気がする。
- 825 :世界@名無史さん:2008/03/13(木) 12:26:37 0
- 誰が見ても「オーストリア行ってきたよ」って分かるようなお土産って
「モーツァルトチョコレート」くらいしか無いよな
つーかこれは常々気になるんだが、「ヴィーン」じゃなくて「ウィーン」なのは
オーストリアの方言でWienをウィーンって読むからだよな?
で、確か「ザルツブルク」も方言で読むと「サルツブルク」だったと思うんだが、
なんでウィーンは方言でザルツブルクは標準ドイツ語なんだろうか
それともWやSが濁らないのはウィーン訛りだけなのか?
- 826 :世界@名無史さん:2008/03/13(木) 18:22:36 0
- 手持ちの辞書じゃあ「ヴィーン」で「ザルツブルク」なんだが
これは標準ドイツ語なんだろうな。でも「ウィーン」表記の地図でも
「ヴィナー・ノイ・シュタット」と濁るんだよねえ。
ウィーン訛り(中部バイエルン方言)と南部バイエルン方言の
差なのかなあ。以下、外務省の資料から引用
「一般の会話はすべてドイツ語であるが、オーストリア地方独特の
方言があり、とくにウィーンではこの方言が強い」
ザルツブルクがオーストリア世襲領じゃないことも大きいかも…
信頼できるか知らんがウィキペディアを載せておく
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E8%AA%9E
- 827 :世界@名無史さん:2008/03/14(金) 14:52:51 0
- 単にザルツブルクがオーストリア方言の範囲外なんじゃね?
高地ドイツ語を日本の「標準語」として、
低地はゲルマン系の音が色濃く残ってギザギザした発音と端的な表現を好み(→東北弁)
高地はラテン系の影響を受けて軟らかく滑らかな音と婉曲な言い回しを好む(→関西弁)
って聞いたことあるな。いや今の話題とは関係ないけど。
- 828 :世界@名無史さん:2008/03/15(土) 05:07:19 0
- 単純に首都であるウィーンだけ現地発音が定着して、
他の街は標準ドイツ語発音が後になって定着しただけじゃない?
逆パターンだけど、デンマークとかルーマニアとかポルトガルの首都は英語発音で定着してたから、
昨今の現地語表記傾向の中で他のマイナー都市は現地語なのに首都だけ英語で呼ばれてる。
- 829 :世界@名無史さん:2008/04/01(火) 12:26:17 0
- おいお前等、ハプスブルク家が帝国再興するってよ
オーストリア議会も全会一致で帝政への移行を決定したそうだ
- 830 :世界@名無史さん:2008/04/01(火) 12:46:33 0
- 四月馬鹿
- 831 :世界@名無史さん:2008/04/01(火) 17:12:46 0
- >>830
不粋な奴だな
- 832 :世界@名無史さん:2008/04/01(火) 17:26:44 0
- あまりにありえない嘘は面白くないんだよ
- 833 :世界@名無史さん:2008/04/01(火) 20:51:46 0
- 最初は面白くないネタでも、周囲の反応で
流れとして面白くなっていくもんだろ?
- 834 :世界@名無史さん:2008/04/02(水) 00:17:40 0
- 帝政復古はもちろんネタだけどオーストリアは歴史を大事にするなあ、とは思う。
大津留さんなんかの本でよく見る民族問題に関するオーストリア憲法19条、
じつはまだ現行法だからな。
日本もそうだが「朕は帝国議会の協賛を云々」という前文がのこる法律が
いまだ憲法律として残っているのは2度も滅んだオーストリアの歴史を考えると
凄いなあ、と思ってしまう。
- 835 :世界@名無史さん:2008/04/02(水) 11:25:12 0
- まあ実際、日本みたいに”国家の象徴”としてハプスブルクの皇帝を復位させても
別段違和感の無い国だよな、国際的な印象を考えると無理な話だろうけど
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