【マイナー】メロヴィング朝フランク王国【移行期】
- 1 :世界@名無史さん :2006/06/22(木) 23:10:54 0
- 5世紀初頭のローマ支配崩壊から、751年のカロリング朝成立まで。
古代といっても中世といってもしっくりこない移行期王国。
世界史的にもマイナーですが、なんとか語りましょう。
参考文献は
「世界歴史大系 フランス史 1」(山川出版社)第2章・第3章
「メロヴィング王朝史話 上」(岩波文庫)
「メロヴィング王朝史話 下」(岩波文庫)
他にいい本あったら教えてください。
- 2 :漂泊の2ゲッター:2006/06/22(木) 23:50:10 0
- エ〜イ♪ ☆彡
/
``) ∧_∧ / 2 ゲット…
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;;;⌒`)≡≡ ⊂ く
;;⌒`)⌒`) ノ つつ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 3 :世界@名無史さん:2006/06/23(金) 04:52:43 0
- 妃「あなた〜ん、私の妹の相手、だれかいい人いないかしら〜」
王「ん、探しとく」
王「決めたぞ」
妃「ありがとうございます。で、どちらさまに?」
王「この国の第一の騎士にだ。」
妃「おお、そんなすばらしいお方が・・・え?それは王様ご自身てこと?」
- 4 :世界@名無史さん:2006/06/23(金) 10:27:32 0
- gはいはい イエスの後裔。
- 5 :世界@名無史さん:2006/06/23(金) 19:29:45 0
- 「メロヴィング王朝史話」を読んだんなら知ってると思うけど
「歴史十巻」の邦訳が東海大学出版会から出てる。
- 6 :世界@名無史さん:2006/06/24(土) 08:09:42 0
- メロヴィング朝の始祖メロヴェウスには海神の血が流れていると
思われていた。
- 7 :世界@名無史さん:2006/06/24(土) 10:38:14 0
- 中央公論版の「世界の歴史 中世ヨーロッパ」で
末期の王たちは12、13,14歳で父親になり、へい妾たちの遊びもの
となって夭折したなんて記述があったけど、
正直萌えた。
- 8 :世界@名無史さん :2006/06/24(土) 22:46:34 0
- 5世紀末成立したメロヴィング朝も、
7世紀半ばには幼王が即位したりして、グダグダ。
689年のテルトリイの戦い以降は、宮宰一族の完全な傀儡。
で、751年、最後の王が王位剥奪の上、修道院に追放。
カロリング朝が成立する。
>>7
傀儡としても、王の血統が必要だったから、早めに女あてがったのかな。
仕事はこづくりのみか。なんか、いい生活だね。
- 9 :世界@名無史さん:2006/06/24(土) 23:20:01 0
- 文庫クセジュから「クローヴィス」という本も出ています。
- 10 :世界@名無史さん:2006/06/25(日) 20:23:38 0
- クローヴィスの母バシナは、もともとテューリンギアの王妃で、夫を捨てて
シルデリック(クローヴィスの父)のもとに走ったといわれている。
- 11 :世界@名無史さん:2006/06/26(月) 19:52:05 0
- 傀儡化してからカロリング朝成立まで結構間があいている。
簒奪に教皇の権威を借りるぐらい簡単に思いつきそうなものだが
当初はキリスト教の権威もそれほどではなかったのだろうか。
- 12 :世界@名無史さん:2006/06/27(火) 22:31:38 0
- >>11
ものの本に「良心が咎めた」って出てたよ。
- 13 :勇者トンヌラ ◆CSZ6G0yP9Q :2006/06/28(水) 01:42:48 0
- 良心というよりは、メロヴィング家の王に宿ると考えられていた
霊威への信仰が非常に厚かったという事の方が大きかったかと思います。
メロヴィング家の最後の王の追放は、キリスト教の権威に頼るのではなく
王の霊力の源であると考えられた長い髪を切り取る事で行われました。
- 14 :世界@名無史さん :2006/06/28(水) 02:18:36 0
- >>13
それにしては、メロヴィング期は暗殺がやたら多かったな。
国王・宮宰がやたら暗殺され、そのたびに局面が変わる。
特に6世紀段階。
フランスもカロリング朝・カペー朝以降は
国王が殺されることはまず無いのにねえ。
- 15 :世界@名無史さん:2006/06/28(水) 02:27:21 0
- 王を殺すのは良いんだよ、メロヴィング家の血を引く者を引っ張ってこれば良い話。
メロヴィング家を丸ごと放逐するのとはワケが違う。
メロヴィング朝の継承方法では兄弟間の対立は必至だから、王が死ぬって事が
不自然に感じられなかったという事もあるんだろう。
- 16 :世界@名無史さん:2006/06/28(水) 03:13:25 0
- >>13
髪を切ったというのはそういう意味があったですか
- 17 :世界@名無史さん :2006/06/28(水) 14:28:07 0
- メロヴィングの王は長髪にしてたから、
髪を切るのは、まあ、象徴的な処罰・失権の烙印として、おこなわれていた。
宮宰でも、髪を切られ、修道院追放された者いるから、
長髪は当時のゲルマン王侯貴族の風習なのか??
- 18 :世界@名無史さん:2006/06/28(水) 14:47:29 O
- まさか片ちょんまげのスエビ結びじゃないよね
- 19 :世界@名無史さん:2006/06/28(水) 15:00:58 0
- >>1 ところで、「移行期王国」ってなんだ?
- 20 :1 :2006/06/28(水) 18:56:43 0
- >>19
古代ローマの支配が崩壊してから、中世封建制が確立するまでの間、
の意味で「移行期王国」にしたんだけど…
メロヴィング期って、「中世」とか「封建制」とかいわないよね。
古代ローマ的基盤の上に、ゲルマン人王朝が乗っかってる感じ。
- 21 :世界@名無史さん:2006/06/28(水) 20:26:19 0
- >>17
トンヌラも言っているが、髪は霊力や権威の象徴と考えられていた。
- 22 :世界@名無史さん:2006/06/29(木) 01:06:57 0
- メロヴィング朝にゲルマン的イメージを与えるのに
グレゴリウス歴史十巻は大きく寄与しているとされる。
衣装とか見ると、5世紀のローマは既に中世っぽい装束だから、
グレゴリウスによって与えられたイメージがなければ、
5〜7世紀くらいは、同じようなローマ社会が見られたのかもね。
ただ、そもそも歴史映画などで大量に出回っているローマ帝国の
イメージが、2世紀以前のものだから、4,5世紀のローマの映像が
もっと出回れば、そもそも後期ローマ帝国のイメージが変わり、
より、「移行期王国」との連続性が印象上でも、見られるかもしれないね。
- 23 :世界@名無史さん :2006/06/29(木) 01:24:59 0
- >>22
逆に、ゲルマン的要素を、グレゴリウスがあれだけ強調してるのは、
6世紀段階でも、ローマ的基盤がしっかりしてたのでは。
グレゴリウスの感じだと、「ゲルマンの野蛮人風情が!!」
ってニュアンス濃厚。
所詮、ガリアに流入したゲルマン人は人口的に圧倒的少数派。
一種の征服王朝でしょ。
ちなみに、グレゴリウスのおかげで、メロヴィング諸王のイメージ、
かなり下落してるような。
- 24 :世界@名無史さん:2006/06/30(金) 19:41:38 0
- ギボンはシドニウス・アポリナリスを引き合いに出してグレゴリウスのことをなかなか手酷く批評してる。
彼のラテン語に文明の後退を感じざるを得なかったようだ。
- 25 :世界@名無史さん:2006/07/03(月) 20:38:44 0
- >>11
>当初はキリスト教の権威もそれほどではなかったのだろうか
中世初期のローマ教皇は、「キリストの代理人」ではなく「聖ペテロの代理人」
と名乗っていたぐらいだからな。
ローマ教皇が「キリストの代理人」を名乗るようになるのは、インノケンティウス
3世(在位1198年 - 1216年)の時代から。
- 26 :世界@名無史さん:2006/07/05(水) 10:29:47 0
- クローヴィスの孫の時代は兄弟間で戦争ばかりしてたのに、よく近隣から攻め込まれ
たりせず王朝がもったと思うよ。
当時の西ゴートなんかは国力弱かったのかな?
- 27 :世界@名無史さん:2006/07/05(水) 11:52:38 0
- >>26
政略結婚のおかげだろうか?
ジギベルト1世の妻は西ゴートの王女だったし。
- 28 :世界@名無史さん:2006/07/12(水) 02:04:05 0
- >>27
弟のキルペリックも真似をして西ゴートから王女を迎えたけど、あまり魅力のない
女だったせいか飽きて殺しちゃったんだよな。
- 29 :世界@名無史さん:2006/07/26(水) 15:00:05 0
- メロヴィング王朝の祖先ってキリスト様なの?
- 30 :世界@名無史さん:2006/07/26(水) 16:29:59 0
- 違う!
トロイア人だ!!
- 31 :世界@名無史さん:2006/07/26(水) 16:31:19 0
- 違う!
トロイア人だ!!
- 32 :世界@名無史さん:2006/07/26(水) 19:55:49 0
- >29
ポセイドンです。
- 33 :世界@名無史さん:2006/07/27(木) 20:30:35 0
- 映画「マトリックス」シリーズにメロヴィンジアンていうのがいたね
- 34 :世界@名無史さん:2006/07/29(土) 17:21:59 0
- 最後の王様キルデリック酸性って修道院に入れられた後結局どうなったの?
それと彼は子供を残して後に子孫が続いたって事無いの?
- 35 :世界@名無史さん:2006/08/08(火) 14:58:04 0
- >>23
南部にはゲルマン人はあまりいなかったが
北部は相当数いたらしい
ゲルマン人はローマ時代もあわせて1000年かけて北仏に移住してきたからね
実際、仏語単語の15%はフランク語起源といわれる、しかも基本語や生活関係語が多いことから
ゲルマン人がラテン化したことを示す
- 36 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 15:41:55 0
- あげ
- 37 :世界@名無史さん:2006/09/08(金) 16:47:08 0
- 私的にメロヴィング朝は古代末期〜初期中世にまたがるというイメージだが。
- 38 :世界@名無史さん:2006/09/10(日) 16:52:04 0
- つかフランク王国すれないんだからメロヴィングって限定しない方が良かったんジャマイカ?
【メロヴィング】フランク王国【カロリング】みたいな感じにしてさ。
- 39 :世界@名無史さん:2006/09/10(日) 19:05:36 0
- あげ
- 40 :世界@名無史さん:2006/09/16(土) 21:11:42 0
- age!
- 41 :世界@名無史さん:2006/09/18(月) 12:43:31 0
- トゥールのグレゴリウスの『歴史十巻』に「ソワソンの甕の話」というのが
出てくるね。
クローヴィスがまだキリスト教に改宗する前、略奪品の中で壷を分け前に
くれるように戦士達に言ったところ、一人が「籤が正当にあなたに当たえる
もの以外に、あなたはここから何も取ってはいけません」と叫んで戦斧を
壷に突き当てた。
国王といえども、略奪品を自分の好き勝手にはできなかったという話。
- 42 :世界@名無史さん:2006/09/18(月) 13:54:00 0
- 高校で習うのは
【人物】クローヴィス→カール・マルテル→ピピン→カール1世→→→オットー1世
【出来事】クローヴィスの洗礼→トゥール・ポワティエ間の戦い(イスラム撃退)→カロリング朝開始→
→アヴァール人撃破→マジャール人撃破→オットー神聖ローマ皇帝へ・・・
[ぅゃむゃ]
クローヴィス洗礼したの誰だ?ローマ法王?アタナシウス派にしたんだろ?
カール戴冠の時の教皇はレオ1世だっけ?歴史上レオ1世多すぎ。レオン1世とかもいるし。
大学でフランク王国学びたいと思ってるんですが、良い大学はありませんか??
- 43 :世界@名無史さん:2006/09/22(金) 01:26:21 0
- >>41
でそのあとしばらくして、
閲兵中にその戦士に手入れがなっていないと難癖をつけて武器を叩き落とし、そいつが拾おうとしてかがみこんだ瞬間に斧で一撃して曰く
「ソワソンではこんなかんじで壷に一撃食らわせたよなw」
その壷というのが掠奪先の修道院長からそれだけは返してくれと頼まれたので分け前として要求。
それを知ってた他の部下はおkと言ったのに、そいつが原則論を振り回したせいでクローヴィスの面子が潰れることになった。
いつの時代にも空気の読めないバカはいるということか。
- 44 :世界@名無史さん:2006/09/22(金) 22:54:00 0
- >>42
名古屋大学の佐藤彰一先生がこの分野では日本の第一人者かと。
- 45 :世界@名無史さん:2006/09/23(土) 02:55:07 0
- >>43
それは王の根回し不足が原因だったのに逆恨みしただけの様な…
というか、一度正当に配分してからでも、代価を払って返還させれば済んだことを
王権を振りかざして特別扱いを押し通そうとしたことが問題なのでは?
- 46 :世界@名無史さん:2006/09/25(月) 00:16:20 0
- 特例をちょっとづつ既成化して王権を伸長させていく地味な王様萌え
- 47 :世界@名無史さん :2006/10/02(月) 13:57:53 0
- >>38
カロリングとメロヴィングじゃ、だいぶ、雰囲気違うような。
まあ、イメージの問題だけど。
カロリングも、カール大帝が有名な割には、マイナーですな。
>>43
なんか、同類の話あったよね。戦時には、王といえでも、
勝手な処罰できないので、戦争終結して、みんなが集落に帰還した頃に、
問題人物あぶりだして、処罰したとか。
- 48 :世界@名無史さん:2006/10/02(月) 23:05:36 0
- >>47
それ話が逆。戦時罰令権の通常時への伸張がメロヴィング朝の王権確立に繋がったの。
>>43は閲兵式という軍事罰令権の及ぶ場で復讐を果したって事。
- 49 :世界@名無史さん:2006/10/02(月) 23:29:08 0
- >>38
それより西ローマ帝国滅亡後のゲルマン人王国全部OK、とか。
- 50 :世界@名無史さん:2006/10/05(木) 23:17:22 0
- 50ゲット
- 51 :世界@名無史さん:2006/10/06(金) 14:59:04 0
- クローヴィスはキリスト教に改宗した後、キリストの受難と死の話をきいて、
「わが勇敢なフランク軍を率いて、おれがその場に居合わせたら、キリストの
お受けになった危害に復讐せずにはいなかったろうに」
と叫んだ。
- 52 :世界@名無史さん:2006/10/06(金) 21:02:37 0
- >>51
いいですね。素朴な感情を発していて。
- 53 :世界@名無史さん :2006/10/07(土) 17:44:53 0
- メロヴィング朝って、現代フランスだと、どういう扱いなんだろ??
クローヴィス以外の王の名前なんて、フランス人は知ってるのか??
- 54 :世界@名無史さん:2006/10/08(日) 10:21:49 0
- >>52
人気取りのための建前だがな
- 55 :世界@名無史さん:2006/10/16(月) 14:50:03 0
- クローヴィスが父の死によりサリ族の指揮権を継いだとき、その支配領域は、
バタウィア(ライン河下流とその分流ワール河との間に挟まれた地域)と、
トゥールネイとアラスの二つの古代からの教区だけに限られており、
彼がカトリックの洗礼を受けたとき、戦士の数は5000を越えなかった。
現在のベルギーにあたる地域、スケルト、ムーズ、モーゼル、ライン等の
流域に根を据えていたフランク族にゆかりの各部族は、それぞれメロヴィング
系に属する独立した王に統治されていた。
クローヴィスは彼らを束ねてアエギディウスの子シアグリウス、アレマンニ族、
アルモリカ族、ブルグンド族、西ゴート族などを破ってフランク王国の版図を
広げ、東ローマ皇帝アナスタシウスからローマ執政官の称号を授けられる。
- 56 :世界@名無史さん:2006/10/25(水) 00:58:44 0
- おめーら死ぬほど詳しいな。。ウラヤマシス
- 57 :世界@名無史さん:2006/10/25(水) 11:22:07 0
- なあに。>1の岩波文庫本で結構詳しくなれる。
- 58 :世界@名無史さん:2006/11/11(土) 13:21:27 0
- シャルルマーニュは、ラテン語の読み書きは出来なかったけど、
話す方は不自由なかったらしいね(違ってたらゴメン)。
クローヴィスはラテン語は全くダメなんだっけ?自民族語のゲルマン語だけだったっけ?
- 59 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 01:01:46 0
- 197 :世界@名無史さん :2005/10/19(水) 19:47:46 0
カールはドイツ語話してた
西ゲルマン語の東フランク方言を話してた可能性がたかいらしい
俗ラテン語とラテン語は理解できたが
文字は読めなかった
フランスは中世から強国だったけど
圧倒的に強かったのは17世紀だけだな
- 60 :世界@名無史さん:2006/11/18(土) 13:11:29 0
- メロヴィング王朝史読んでるけど、自分の先祖を夷狄呼ばわりしてバカにしてるのは何か妙な感じだな。
- 61 :世界@名無史さん:2006/11/27(月) 14:05:41 0
- 王族だけにロン毛が許される風習っていつまで続いたの?
- 62 :世界@名無史さん:2006/12/01(金) 23:16:30 0
- メロヴィング王朝はイエスキリストとマグダラのマリアの間の
子のユダの血を引くというふかしをきいたことがある。
それゆえフランスの真の王家はメロヴィング王朝のみなのだとかいう・・
もしもフランク王国が分割相続されずにメロヴィング王朝が残ってたら
この王朝は日本の天皇家のような代物になったんではないかと
思えてしょうがない逸話だった。
- 63 :世界@名無史さん:2006/12/02(土) 12:54:16 0
- イエス裔であるメロヴィング王朝→テンプル騎士団→レンヌ・ル・シャトー→カタリ派の
流れは西欧オカルティズムの背骨だよ。
- 64 :世界@名無史さん:2006/12/02(土) 20:52:19 0
- >>63
あまりその手の話には詳しくないんですけど
テンプル騎士団の後にカタリ派が来るのは変じゃないですか?
- 65 :63:2006/12/08(金) 15:17:47 0
- >>64
ごめん。私も詳しくないんでテキトーだった。
- 66 :世界@名無史さん:2006/12/13(水) 02:09:58 O
- メロヴィング朝フランク…
惹かれる時代だ
どんどんやってくれ
- 67 :世界@名無史さん:2006/12/13(水) 10:28:54 0
- だいたい8世紀ぐらいまでロワール川以北は
ゲルマン人とガリア人が別々の言葉話して生活していて
言語のモザイク状態だったらしい
カペー家の祖先は記録の上ではサクソン族まで遡るみたいだ
- 68 :世界@名無史さん:2006/12/16(土) 01:41:06 0
- 曲者age
- 69 :世界@名無史さん:2006/12/16(土) 01:51:38 0
- メロヴィング時代の人名で今も残ってるのって
クローヴィス(ルイス)、クロタール(ルーサー)くらい?
女性名のガルスヴィンタとか、ブルンヒルドなんて見る影も無く残ってないね。
- 70 :世界@名無史さん:2006/12/16(土) 08:10:19 0
- いまどき「ピピン」なんて名前付けたら冗談にしか思われない。
- 71 :世界@名無史さん:2006/12/16(土) 08:32:14 O
- >>70
かわいいじゃないか
- 72 :世界@名無史さん:2006/12/16(土) 13:36:15 0
- >>70
謝れ!
バンダイに謝れ!
- 73 :世界@名無史さん:2006/12/26(火) 19:47:15 0
- 長靴下のピピンって知ってるか?
- 74 :世界@名無史さん:2006/12/27(水) 16:50:45 O
- この時代に興味あるんだけど
欧州では日本の大河ドラマみたいなのはあるんだろうか。
大河でなくても映像作品で風俗とか見てみたいんだが…。
- 75 :世界@名無史さん:2006/12/27(水) 20:39:24 0
- 日本でも飛鳥や奈良時代の大河ドラマってあったっけ?
大体、源平以降だろう
- 76 :世界@名無史さん:2006/12/29(金) 16:47:29 0
- >>69
以前サッカーの選手でチルデベルトって名前をみかけたが、ひょっとして
あのチルデベルトの子孫?。。。まさかね
- 77 :世界@名無史さん:2006/12/29(金) 17:22:21 0
- サッカー選手はチラベルト(CHILAVERT)だ。
- 78 :世界@名無史さん:2006/12/30(土) 14:11:04 0
- メロヴィング期の後半ってどの史料が詳しいの?
前半はグレゴリウスの著作に詳しいようだけど、後半に詳しいのってあまりみない。
- 79 :世界@名無史さん:2007/01/01(月) 04:06:45 0
- >78
『山川世界歴史大系 フランス史1』に佐藤彰一先生が書いてた「フランク史」
には、エブロインとかバルティルドとか後半についてもけっこう詳しく載ってた気が。
しかし一次資料は何でしょうねえ。
語学が得意な人ならこういうの↓使えるのでは。出典も細かく挙がってるみたいだし。
ttp://www.mittelalter-genealogie.de/mittelalter/koenige/frankenreich/koenige_des_frankenreichs.html
- 80 :世界@名無史さん:2007/01/09(火) 12:21:58 0
- >>75
確かに日本の大河でも一番古いもので平将門(十世紀)どまりだからなあ。
メロヴィング朝はちょっと時代が古すぎるのだろうか。
「メロヴィング王朝史話」、「ピピンーカール・マルテルーピピンのカロリング三代記」、
カロリング朝になってしまうが「カール大帝」(←単発ドラマならありそうだ)、
などをやったら面白そうだと思った。
- 81 :世界@名無史さん:2007/01/20(土) 20:29:23 0
- メロヴィング朝はタブーだからやれないような気がする。
- 82 :世界@名無史さん:2007/01/20(土) 21:01:49 0
- >>81
何でタブーなの?
- 83 :世界@名無史さん:2007/02/01(木) 23:40:57 O
- age
- 84 :世界@名無史さん:2007/02/02(金) 06:25:09 0
- >>75
大河じゃないが、スペシャルドラマで聖徳太子があったな
- 85 :世界@名無史さん:2007/02/03(土) 07:39:06 O
- >>82
教皇庁からクレームが付いたトンデモ本と映画じゃまいか?
- 86 :世界@名無史さん:2007/03/11(日) 12:34:47 0
- メロビンジアンというとマトリックスを連想する漏れ・・・
- 87 :世界@名無史さん:2007/03/13(火) 19:42:36 0
- >>85
ダビンチコードの元になったといわれるレンヌ・ル・シャトーがどうこう言う本のこと?
- 88 :世界@名無史さん:2007/03/29(木) 11:06:15 0
- テレビは知らないけど映画ではよく古代中世ものやってない?
- 89 :世界@名無史さん:2007/04/07(土) 08:41:06 0
- ローマはよくやってる
- 90 :世界@名無史さん:2007/04/09(月) 01:54:23 O
- そうそう、ローマはよくやってる。
十字軍時代もよく映像化される。
間が抜けてる感じ。
- 91 :世界@名無史さん:2007/04/09(月) 07:06:47 0
- クローウィスが受洗時に「過去の男色関係を告白した」
という記録は、何という文献に出ていたのでしたか?
- 92 :世界@名無史さん:2007/05/14(月) 13:12:56 0
- クローヴィスはローマ教からカトリックに改宗したってあるけど、
この時期にローマ教なんて、しかもローマ以外の異民族が何で信仰してたの?
- 93 :世界@名無史さん:2007/05/14(月) 13:56:59 0
- >>92 それはどの記述から? ローマ教なんて初耳だが。
「ローマ多神教」とは言うけど。
- 94 :世界@名無史さん:2007/05/14(月) 14:48:33 0
- ローマ多神教の意味です
- 95 :世界@名無史さん:2007/05/14(月) 23:41:14 0
- クローヴィスは普通にゲルマン神話のオーディンとかトールとか信仰してたんじゃないか
その当時ローマですた衰退してたローマの多神教を
ローマから離れたゲルマン文化圏のクローヴィスが信じてたなんてありえるのか
どこの文献がソースよ
- 96 :世界@名無史さん:2007/05/17(木) 00:26:14 0
- クローヴィスなら、アリウス派から鞍替えしたんでなかったか?
- 97 :世界@名無史さん:2007/05/18(金) 09:11:17 0
- >>96
違う。
他のゲルマン諸族のうちキリスト教に改宗するといえばアリウス派だったのが、
それに対してクロヴィスはローマ・カトリックに改宗した、という対比。
クロヴィスの改宗前の信仰については>>95が正解。
- 98 :92:2007/05/18(金) 10:55:05 0
- 書いてあった書名忘れたので明日図書館で調べてきます
- 99 :世界@名無史さん:2007/06/01(金) 16:16:42 O
- 教科書読んでも書いてなくてわからないんですけど、フランク王国の発展の原因って何なんですか?
- 100 :世界@名無史さん:2007/06/01(金) 16:23:50 0
- 運
- 101 :世界@名無史さん:2007/06/02(土) 00:44:11 0
- カトリックに改宗して教会の支持を得た
故地からあまり動かず
ゲルマン部族の人口率が高いところで組織をじっくり練り上げ強固な核を作った
ローマ世界に隣接して先進文化との接触もあった
こんなとこじゃないかな
- 102 :世界@名無史さん:2007/06/02(土) 04:12:14 0
- 周囲に強敵がいなかったってのも大きいな。
ビザンツやイスラムから適度に離れていた。
- 103 :世界@名無史さん:2007/06/02(土) 13:30:20 0
- フランク王国メロビング朝は宮宰小ピピンによって廃され、カロリング朝に、
と中学で習いましたが、小ピピンは、そのカロリング朝の王の血を少しも
ひいていないのですか?
- 104 :世界@名無史さん:2007/06/02(土) 20:06:17 0
- >>70 サッカーの選手にパパンてのならいた。
Pipin
- 105 :世界@名無史さん:2007/07/12(木) 03:18:18 0
- ピッペンは関係ない?
- 106 :世界@名無史さん:2007/07/12(木) 07:21:56 0
- http://www.mittelalter-genealogie.de/mittelalter/koenige/frankenreich/koenige_des_frankenreichs.html
- 107 :世界@名無史さん:2007/07/12(木) 07:26:04 0
- メロヴィング朝後期、とりわけ8世紀に入ってからの
諸王の歴史・伝記を読みたいのですが、邦訳書ないし英書で
適切な書物はありませんか?
- 108 :世界@名無史さん:2007/08/18(土) 14:27:57 0
- メロビン朝でいいじゃない
- 109 :世界@名無史さん:2007/10/10(水) 16:51:44 0
- hosyu
- 110 :世界@名無史さん:2007/10/11(木) 16:27:56 0
- 誰か「フランク史一〇巻の歴史 」って読んだ人いる?
買おうかどうか検討してるんだけど。
- 111 :世界@名無史さん:2007/10/14(日) 22:33:31 0
- 何でこの時代って人気ないの?結構面白そうな時代だと思うんだけど。
- 112 :世界@名無史さん:2007/10/14(日) 23:09:42 0
- >>111
調べれば調べるほど野蛮な事この上ないから、特に欧米の白人には見たくない世界なんでしょ。
- 113 :世界@名無史さん:2007/10/15(月) 01:32:28 0
- ヨーロッパの歴史に、一度たりとも野蛮でない時代など在ったかね?
- 114 :世界@名無史さん:2007/10/15(月) 01:49:15 0
- 野蛮さの意味が違うわな。この時代は動物的な意味で野蛮。文化の香りなぞ薬にもしたくないほど。
- 115 :世界@名無史さん:2007/11/27(火) 13:42:19 0
- >>110
図書館で借りて読んでるところ。読み終わらなくて3回延長。
いつになってもクローヴィス出てこねぇ!と思ったら表記が「クロドヴェクス」だった。
文章そのものはわかりやすいんだけどイマイチ頭に入ってこない…
澁澤龍彦の悪女本に「フランク史」の引用があったけどその人物すら探せない。
誰か詳しい人、Help。
- 116 :世界@名無史さん:2007/11/28(水) 10:47:00 0
- >>115
尼損で半値近い中古を手に入れたけど、対訳の東海大学版よりもかなり読みやすいね。
一般に知られてるのが英語かゲルマン語、この本がラテン語、澁澤本がフランス語
だよね。
ブルンヒルド→ブルニキルディス→ブリュヌオー
フレデグンド→フレデグンディス→フレデゴンド
みたいな感じでしょ。
- 117 :世界@名無史さん:2007/11/30(金) 09:17:08 0
- >>116
おお、サンクス。
学術上致し方ないのかも知れないけれど
人物名はせめてフランス語か知られてる名前で統一して欲しかったな。
○○○ス ばっかりで区別がつかない…恐竜じゃないだから。
最もこんなところでつまづいてる自分にこの本は無理なのかも。
- 118 :世界@名無史さん:2007/12/14(金) 18:21:29 O
- 東海大学版読んでるがな…ラテン語の知識があれば読みやすいかも?
ただ、時系列に?整理されてないからなぁ…
- 119 :世界@名無史さん:2007/12/14(金) 20:22:54 0
- >「フランク史一〇巻の歴史 」
なんつか「仁義なき戦い」みたいやったね。
身内同士で念入りに殺しあっとる。
- 120 :ダゴベルト:2007/12/14(金) 22:01:36 O
- コテハンつけました。
二つ上のもんです。
- 121 :世界@名無史さん:2007/12/15(土) 11:34:44 0
- 「フランク史」では悪人には必ず天罰が下るという描写が多数見られるが、
グレゴリウスが「我々の時代のヘロデ、ネロ」と呼んで嫌悪していた
キルペリックの子孫が一番最後まで残ったのは歴史の皮肉だな。
- 122 :世界@名無史さん:2007/12/16(日) 00:42:10 0
- キルペリクは文化人からしたら嫌なやつだったかもしれんが
ゲルマン人からしたらそれ程でもなかったんじゃないかな
- 123 :世界@名無史さん:2007/12/16(日) 11:25:31 O
- ばあちゃんになってから引きずり殺されたくないわぁ
- 124 :ダゴベルト:2007/12/16(日) 12:44:35 O
- 車裂きの刑
- 125 :世界@名無史さん:2007/12/20(木) 10:03:07 0
- >>123
ブルンヒルドの末路だろ。この話って元ネタはどこからきてるの?
- 126 :世界@名無史さん:2007/12/21(金) 08:22:38 0
- クローウィスが受洗時に「過去の男色関係を告白した」
という記録は、何という文献に出ていたのでしたか?
- 127 :ダゴベルト:2008/01/11(金) 17:00:00 O
- あげとくか
- 128 :世界@名無史さん:2008/02/06(水) 19:26:16 0
- 「フレデガリウス年代記」って日本語訳あるのかなあ。
- 129 :世界@名無史さん:2008/02/06(水) 21:59:25 0
- 俺も欲しくて調べたけど、なかった。
- 130 :ダゴチャン:2008/02/07(木) 21:49:51 O
- 訳せばよかろう。
- 131 :世界@名無史さん:2008/02/08(金) 19:55:40 0
- >>130
じゃあ訳してくれ。
- 132 :世界@名無史さん:2008/02/09(土) 02:36:50 0
- >>131
おまえ依頼するなら翻訳費用払ってやれよw
- 133 :ダゴチャン:2008/02/10(日) 00:15:25 O
- 原典うぷよろ!
- 134 :世界@名無史さん:2008/02/10(日) 22:22:03 0
- よろ
ttp://www.thelatinlibrary.com/fredegarius.html
- 135 :世界@名無史さん:2008/02/18(月) 21:20:26 0
- >>134
ラテン語だから翻訳ソフトがつかえないお。
- 136 :世界@名無史さん:2008/03/09(日) 07:49:50 0
- >>11
その当時には、借りるという教皇の権威自体が未樹立だったろ。
ローマ教皇が周囲の世俗王権に関与し出したのは、レオ9世あたり
からだろ?
- 137 :世界@名無史さん:2008/04/06(日) 11:35:19 0
- >>1
「ヨーロッパの暗黒時代」(河出書房新社)
「歴史書を読む」(山川出版)
両方ともグレゴリウス本の解説
- 138 :世界@名無史さん:2008/04/28(月) 20:32:46 0
- 関連後発スレ?
【カール大帝】シャルルマーニュ【西ローマ皇帝】 2007/10/07-
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1191742049/
ゲルマンはアーリアよりもスキタイに近い? 2007/08/14-
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1187059575/
ワロリング朝 2007/06/05-
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1180975472/
- 139 :世界@名無史さん:2008/06/28(土) 17:25:48 0
- この時代の人々にとっては、
東ローマが文明の中心なのかな?
- 140 :世界@名無史さん:2008/06/29(日) 20:15:53 0
- >>139
カール大帝がローマ皇帝に即位するまで
東ローマ皇帝のみが唯一の「ローマ皇帝」だったし、
地中海世界の経済や文化の中心もコンスタンティノープルにあったから
そうなんじゃね?
- 141 :世界@名無史さん:2008/08/10(日) 08:32:03 0
- >>139
いえいえ、文明の中心はフランク王国の首都アーヘンですね。
- 142 :世界@名無史さん:2008/08/12(火) 09:23:53 0
- >>51
その改宗したキリスト教とは、アリウス派のですか?
10 :世界@名無史さん:2007/10/08(月) 16:56:57 0
クロヴィスが洗礼を受けたとき、一羽の白い鳩が聖油の小瓶を口にくわえて天から
舞い降りてきたという伝説があるが、これにより彼の洗礼は「聖別」となり、
クロヴィスは「新しいキリスト」となった。「聖別」とは単に王が人民の代表として
即位するのではなく、塗油によって超自然的な力が王の身体に宿るとする儀礼である。
したがって戴冠は神によってなされる。
こうして西フランクの王権イデオロギーは、神意に立脚する王権というきわめて
宗教色の強いものとなり、さらに特別の使命を持つフランス国家という観念にもなる。
近代のフランス共和国で唱えられた「文明化の使命」という普遍主義的なイデオロギーも、
ひょっとしたら中世までその原型を遡れるのかもしれない。
フランスの歴史 2
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1191808352/10
- 143 :世界@名無史さん:2008/10/07(火) 09:42:04 0
- あげ
- 144 :ファラモン:2008/10/09(木) 00:03:34 O
- ガロ・ローマ人がどれだけローマの美徳を体現していたのかは疑問!
グレゴリウス・トゥルネンシスがガリア貴族だったのは事実。
それを差し引いてフランク史を読まないと。
- 145 :世界@名無史さん:2008/10/10(金) 21:55:34 0
- age
- 146 :ファラモン:2008/10/11(土) 23:26:15 O
- グレオリウスがヴェルチンジェトリクスと同じオーベルニュ出身な件について…
- 147 :ファラモン:2008/11/16(日) 22:23:59 O
- グレゴリウス司教がヴェルチンジェトリクスと血縁関係があるかもしれないとアゲテミル。
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