ササン朝滅亡〜モンゴル侵入前夜のイラン
- 1 :世界@名無史さん:2006/08/11(金) 00:44:52 0
- カリフの権威が蔓延ったイラン史
アッバース朝、ブワイ朝、セルジューク朝、ホラズムシャー朝
このへんすかね?
- 78 :世界@名無史さん:2007/08/30(木) 02:16:52 0
- マムルーク朝のバイバルスがモンゴルへ送った書簡では
「イラクをアッバース朝のカリフに返還してホラーサーンへ引き上げろ」
とか書いてたな。
- 79 :世界@名無史さん:2007/09/08(土) 20:54:11 0
- たまたま見つけたんだが、ウマル・ハイヤームの映画が
あったとはびっくらこいた。それもアメリカ映画で冒険活劇って・・・。
いったいどんな出来だったのか???
ジョン・ウェインの「ジンギス・カン」みたいなんだろか?
(これもスチールしか見たことないが)
「勇者カイヤム」(1957年、日本公開1958年)
ttp://www.asahi-net.or.jp/~ia6t-tkhs/heiwacinema.htm
街の映画チラシ 平和シネマ
- 80 :世界@名無史さん:2007/09/08(土) 21:10:32 0
- 「シンドバットの冒険」みたいな感じでは
- 81 :世界@名無史さん:2007/09/09(日) 00:33:42 0
- 詳細な解説がありますね
ttp://www.weblio.jp/content/%E5%8B%87%E8%80%85%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%A0
- 82 :世界@名無史さん:2007/09/09(日) 01:02:05 0
- このへんの歴史ってよくわからんのだけど
ササン朝ペルシャの後がイル汗国なのか
で、それから今のイランまでの間は何なの?
- 83 :世界@名無史さん:2007/09/09(日) 05:06:35 0
- ササン朝ームスリムの支配ーウマイヤ朝ーアッバース朝ーターヒル朝ーサーマン朝
ーブワイフ朝ーセルジューク朝ーイル汗国
チムール朝ー白羊朝ーサファヴィー朝ーアフシャール朝ーゼンド朝ー
ガージャル朝ーパフレヴィー朝ーイスラム革命ーいまのイラン
- 84 :世界@名無史さん:2007/09/24(月) 17:21:07 0
- 兎に角長い歴史がある、と
- 85 :世界@名無史さん:2007/10/15(月) 22:57:17 0
- 当時の12イマーム派の扱いはどうだったんでしょう?
国教化されるのはサファビー朝からだし
でもスーフィーは浸透していた様だし
- 86 :世界@名無史さん:2007/10/16(火) 22:18:39 0
- 「シーア派イスラーム」を読むべきでは。
ttp://www.amazon.co.jp/%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%82%A2%E6%B4%BE%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%A0%E2%80%95%E7%A5%9E%E8%A9%B1%E3%81%A8%E6%AD%B4%E5%8F%B2-%E5%AD%A6%E8%A1%93%E9%81%B8%E6%9B%B8-23-%E5%B6%8B%E6%9C%AC-%E9%9A%86%E5%85%89/dp/4876988234
これ読んだら、イランの夜明けは遠いとおもちゃったよ。
シーア派イマームやウラマーにも開明リベラル派はいるとはいえ。
- 87 :世界@名無史さん:2007/10/16(火) 22:40:58 0
- サファヴィー朝成立以前の現在のイランの領域に確たる12イマーム派の信徒ってそんなにいたのか?
サファヴィー教団にしても、もともとシーア派に宗旨替えする前にはスンナ派の教団だったし。
イルハン朝時代の今のイラク南部ではムハッキク・ヒッリーやアッラーマ・ヒッリーなど、
12イマーム派の有力なウラマーが活躍してたとはいえ。
- 88 :世界@名無史さん:2007/10/18(木) 22:10:06 0
- マズダク教やマニ教はあったんだろうか?
ゾロアスター教やアッシリア教やユダヤ教などは一応今でも残っているけど
- 89 :世界@名無史さん:2007/11/05(月) 22:22:29 0
- スンニーも5イマーム派や7イマーム派も普通に
- 90 :世界@名無史さん:2007/11/19(月) 22:52:54 0
- ゾロアスター教の文学ってさ、
イスラム支配下になっても意外に盛んだったような気がするな。
サーサーン朝の枠組みが無くなって逆に自由に創作できるようになったのかな。
- 91 :世界@名無史さん:2007/11/20(火) 21:51:17 0
- 盛んになったのは、アラビア文字になったからでは?。
- 92 :世界@名無史さん:2007/11/21(水) 23:40:17 0
- 記録すると言う事自体が重要視されていなかったのはインドと一緒
アラム文字(とその派生のパフラヴィー文字)もイランの言語と合致して居なかったと言うのも
- 93 :世界@名無史さん:2007/11/22(木) 01:30:17 0
- 姉貴の親友の旦那がイラン人でユダヤ教徒。
テヘランにある実家は豪邸とのこと。
- 94 :世界@名無史さん:2007/11/24(土) 19:15:12 0
- 【モンゴル】伝統の乳製品「馬乳酒」
http://news.ameba.jp/hl/2007/11/8237.html
- 95 :世界@名無史さん:2007/11/29(木) 23:11:10 0
- 当時の世界の先進地域
衰退はやはりモンゴル侵入なのだろうか?
- 96 :世界@名無史さん:2007/11/30(金) 08:41:41 0
- モンゴル侵攻前から荒廃が進んでいたと
杉山正明は言っている。
しかしペルシア史専門のデヴィッド・モーガンも
モンゴル軍がカナートなどを破壊したと
言っているが・・・
- 97 :世界@名無史さん:2007/11/30(金) 23:02:25 0
- カナート破壊したのアフガンだけじゃなかったのか
- 98 :世界@名無史さん:2007/12/01(土) 21:42:51 0
- モンゴルでゲームばかりしてるニート急増中!
http://news.ameba.jp/internews/2007/12/9033.html
- 99 :世界@名無史さん:2008/01/02(水) 22:39:01 0
- この時代の西アジアが発展してたのは
ローマとの抗争が無くなったからでは?
エジプト、シリア、ペルシア、トルキスタンと一気通貫
で、もちっとすると、ヨーロッパや中国も含むようになって
単なる一地域に転落すると
- 100 :世界@名無史さん:2008/01/27(日) 10:26:01 0
- イラン人の心のよりどころはイスラムになるのか
- 101 :世界@名無史さん:2008/01/27(日) 15:58:22 0
- ゾロアスター教って古代からイラン系民族しか入信できなかったんですか?
- 102 :世界@名無史さん:2008/01/27(日) 16:27:17 0
- >>96
セルジューク朝の成立により農地などの荒廃が進んだのであろうか?
マムルークは城に住んでいたそうだが、トルクメンやカンクリは遊牧民であり
続けたそうで、その為に農地が放牧地へ転用される事があったそうだ。
- 103 :世界@名無史さん:2008/01/27(日) 18:12:49 0
- セルジューク朝自身は、ニザームル=ムルクあたりが検地や土地制度の整備なんかを
やっていたおかげで、王家が分立傾向にあっても各々の王家自体が地方政権化して
引き続き土地の整備は保持されていたみたい。
問題は、サンジャルが西遼の耶律大石に大敗したことで、これで旗下のオグズ諸部族
の統制が全く取れなくなり、12世紀の後半にはイラン東部から南部全体がはオグズの
侵入で掠奪やら都市や農村が襲撃されるやらで滅茶苦茶な状態になった。
(ケルマーン・セルジューク朝が瓦解したのもオグズの首領マリク・ディーナールとかの所為)
最後はホラズムシャー朝のテキシュがオグズ諸部族を鎮定し、ついでにセルジューク朝も
滅ぼしちゃうけど、色々着手する前に死亡。息子のアラーウッディーン・ムハンマドとかが
徐々に回復させようとしていたらしいけど、本拠地はマーワラーアンナフルだったので
割拠状態のイラン本土東部の諸都市はあんまり回復していない上、都市部では中央からの統制が
及ばなくなったことで、シャーフィイー法学派とハナフィー法学派の権力闘争で市街地が瓦解する
ぐらい酷いことになっていたそうだ。(場所にもよるらしいけど)
しかもトゥグリル・ベク以来繁栄したホラーサーンの中心都市ニーシャープールは、1200年頃に
地震で都市全体が崩壊し、住民の殆どが犠牲になるという終末的有り様。
有名なイブン・アル=アスィールの『完史』やジューズジャーニーの『ナースィル史記』、
ナサウィーの『ジャラールッディーン伝』その他モンゴル軍の悪逆非道の数々を非難するけど
ホラズムシャー朝にしてもアラーウッディーンやジャラールッディーンもモンゴル軍と同じく
言うことの聞かない都市は掠奪や殺戮とかやって北西イランのアタベク政権やらアイユーブ家の
王族やらからかなり恨まれてもいたりする。1200年代からフレグがやってくる60年代までの
イラン東部の状況って意外と良く分からなかったりするんだよね。
- 104 :世界@名無史さん:2008/01/28(月) 09:42:58 0
- はあ、杉山正明さんの本でよく書いてある「イランではモンゴル軍の破壊より
それ以前の内乱等が云々」てのはそういうことだったんですねえ・・・>>102じゃないけどサンクス
(あの先生の本肝心なところで説明が短いような)
- 105 :世界@名無史さん:2008/01/28(月) 18:18:16 0
- >>103
ニザーム・アル・ムルクが、多くのトルクメンらをアナトリアへ誘導した事により、
イランは救われたと言う事の様ですな。
マンジケルトの勝利がなければ、アナトリアではなく、おそらくイランがトルコ化
していたのでしょうな。
ところで、モンゴル襲来以前に、ニシャプールが崩壊していた事が事実であるならば、
多くの本で描写されてきたニジャプールの攻防は、全くのフィクションなのだろうか?
- 106 :世界@名無史さん:2008/02/02(土) 22:42:11 0
- アゼルバイジャンのトルコ化はどーなの?
- 107 :世界@名無史さん:2008/02/21(木) 23:12:34 0
- セルジューク朝を研究しようと思ったんだが、
トルコ語・アラビア語・ペルシア語を勉強しなきゃならんぞって言われた。トホホ・・・・・^^
- 108 :世界@名無史さん:2008/02/22(金) 21:41:48 0
- 当方素人だが、「アム河からミスルまで」とその周辺のイスラム王朝はたいていそんな感じでは・・・
- 109 :世界@名無史さん:2008/03/01(土) 22:22:25 0
- ニザーミーヤ学院で勉強だ!
- 110 :世界@名無史さん:2008/03/13(木) 22:35:57 0
- age
- 111 :世界@名無史さん:2008/03/15(土) 20:04:53 0
- >>105
20年あったら日干し煉瓦の都市はそれなりに復興すんじゃない?
その気があったらだけど。
- 112 :世界@名無史さん:2008/03/15(土) 20:28:50 0
- >>111
復興するまでの間に通商ルートとか変わっちゃったらアウトだろ。
- 113 :世界@名無史さん:2008/03/18(火) 01:19:05 0
- アゼルバイジャンは完全にトルコ化されたね、他民族からは住民は今でもトルコ人呼ばわり。
でもアゼル人が多数移住して急成長したテヘランでは逆にあっと言う間にみんなペルシャ化。
この変わり身の早さはさすがにイラン人だな。
- 114 :世界@名無史さん:2008/03/18(火) 08:24:06 0
- そういえばオスプレイの「ササン朝のエリート騎兵」では
「クルド人やテュルク系アゼルバイジャーニーはメディア人の子孫」とか書いてあったがマジ?
- 115 :世界@名無史さん:2008/03/18(火) 17:13:04 0
- >>114
間違いでは無いんだろうけど、完全に正しいと言うわけでもないかと。
- 116 :世界@名無史さん:2008/03/19(水) 01:24:21 0
- とりあえず今のクルド人の伝説としてはメディアが祖先となってて
メディアのアッシリアからの独立を祝ったりしてるそうだけど。
まーシュメールの記録にもなんかクルドっぽい名前の民族が
あったりするらしいけど。
- 117 :世界@名無史さん:2008/03/19(水) 23:16:50 0
- >とりあえず今のクルド人の伝説としてはメディアが祖先となってて
>メディアのアッシリアからの独立を祝ったりしてるそうだけど。
よくある近代になってからナショナリストが言い出したとか
そういう話だったら残念だなあ
- 118 :世界@名無史さん:2008/03/21(金) 01:28:27 0
- そういえばクルド独立派は自分達がペルシア帝国の末裔だとして、ゾロアスターも祭っているらしいな。
- 119 :世界@名無史さん:2008/04/09(水) 21:46:10 0
- >>113-114
全然関係ない満州人スレで話題になってたが、どうなんでしょうね。
150 名前: 世界@名無史さん [sage] 投稿日: 2008/04/06(日) 21:52:20 0
>>148
例えばイランの場合だとテュルクに同化されたアゼル人とペルシャ人とは完全に別の人種。
言語だけでなく、文化も食習慣も行事も見た目も全く違う。
原住民の言葉を完全に塗り替えてるのに、他の文化は失ったなんてそんな事ある訳ないしね。
実際には原住民との融合って感じだろう、それもかなりテュルクの文化が優位に立ってる。
152 名前: 世界@名無史さん 投稿日: 2008/04/07(月) 02:14:26 0
例えばイランの場合だとテュルクに同化されたアゼル人とペルシャ人とは完全に別の人種。
言語だけでなく、文化も食習慣も行事も見た目も全く違う。
↑?うそだろうが!シーア派であるところの、イランのアゼル人はイラン全土で完全に溶け込んでいる。
- 120 :世界@名無史さん:2008/05/02(金) 23:33:08 0
- で、アゼルバイジャンのトルコ化もセルジューク朝のころなんでしょうか?
- 121 :世界@名無史さん:2008/05/04(日) 19:20:38 0
- あげとこう
- 122 :黒崎恵:2008/05/17(土) 14:43:22 0
-
- 123 :世界@名無史さん:2008/05/17(土) 20:55:10 0
- ただ色んなスレ唐揚げ保守しまくってる↑は何なの?
- 124 :世界@名無史さん:2008/06/13(金) 00:26:24 0
- アゼルバイジャンだけでなく
現トルクメンのあたりもトルコ化しただけなの?
それともセルジューク族が南下して定住したの
- 125 :世界@名無史さん:2008/07/05(土) 22:10:46 0
- >>119
ガージャール朝の第5代目のモザッファロッディーン・シャーは、1896年に即位するに当たり
皇太子時代に住んでいたタブリーズから多数のアゼリ人官僚をテヘランに招き寄せたんだが、
これが、テヘランの人間たちにはかなり不評だったらしい。
- 126 :世界@名無史さん:2008/07/06(日) 01:27:12 0
- >>123
下のスレで女神降臨中
- 127 :月読:2008/07/11(金) 16:11:18 0
- 日光よろしく!
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