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世界史に記されている超常現象

1 :世界@名無史さん:2006/09/02(土) 22:16:21 0
世界の歴史をあまねく知りえた諸兄諸姉ならば、
科学では説明できない超常現象にも、さぞかし造詣が深いことであろう。

ここでは、世界の史書に記録されている超常現象の逸話を存分に語っていただきたい。
そうしてこの世には科学では説明できない事柄が実際に起こっていることを証明していただきたい。

2 :世界@名無史さん:2006/09/02(土) 22:18:02 0
ツングースカの大爆発

隕石の落下
核爆発
宇宙船の墜落
記録の誤字・脱字による勘違い

3 :世界@名無史さん:2006/09/02(土) 22:19:48 0
ツングースカの大爆発は小型の彗星で片が付いてたんじゃネ?

4 :世界@名無史さん:2006/09/02(土) 22:21:03 0
いきなりで申し訳ないが、
ツングースカってなんですか?

5 :世界@名無史さん:2006/09/02(土) 22:25:31 0
将軍様のずば抜けた戦術を伝える『縮地法(引用者注:地を縮め数歩歩くだけで瞬時に、数百数千里を移動することができる術法)』に関する話も、
わが人民たちの中に広く伝わっています。いつの日であったか将軍様は『縮地法』でもって、東西南北を縮めて行き来したといいます。

ある時数多くの敵どもが将軍様に立ち向かいました。実に危険きわまりない瞬間でした。
この時、将軍様は付近にあった松の葉を取り、その葉を細かくちぎり冠っていた網笠の中に入れ、くるくる回した後、風にとばせました。
するとなんと、細かくちぎった松の葉がそれぞれ兵士に変わり、押し寄せた敵どもを全滅させました。

金(日成)大将は天下妖術を使い、東西南北を飛んで行き来する。

金日成将軍様を民族の太陽として、伝説的英雄として高く崇め奉り、
将軍様の意を得て闘おうとするわが人民の気勢は、天をも衝く勢いです。

                              〜朝鮮中級学校1年「金日成元帥革命活動」教科書〜

6 :世界@名無史さん:2006/09/02(土) 22:30:38 0
フィラデルフィア・エクスペリメントについて
実際のところなにがあったか?

トンでも理論なしで何があったか詳細ご存知の方居ます?

7 :世界@名無史さん:2006/09/02(土) 22:46:20 0
メンデルの実験

8 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 00:38:51 0
ブッシュが大統領になったこと。

9 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 19:51:22 0
死んだ人間が三日で生き返った。

紅海が二つに割れた。

角笛の音で城壁が崩れ落ちた。

10 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 20:17:58 0
大統領がプレッツェルを喉に詰まらせた。

11 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 23:54:53 0
シェイクスピアとセルバンテスが同じ日に死んでいる。

12 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 00:28:59 O
ハーメルンの笛吹き男

13 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 00:37:42 0
ロアノークの失踪事件

14 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 01:04:08 0
メンデルの実験と統計結果

15 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 02:29:53 0
竜脈を操って百姓が皇帝に変身。これぞ

   ヽ-=・=-′ヽ-=・=-′

  超  常  元  璋
  

16 :世界@名無史さん:2006/09/08(金) 00:00:08 0
マチュピチュ

17 :世界@名無史さん:2006/09/08(金) 23:04:36 0
>>15
紅巾賊のころですか?

18 :世界@名無史さん:2006/09/08(金) 23:08:12 O
神風ってありなのかな?
実際にあったかは知らんが

19 :世界@名無史さん:2006/09/08(金) 23:11:33 0
超常現象っていうよりただの台風じゃね?

20 :世界@名無史さん:2006/09/08(金) 23:28:22 O
ワロタ

21 :世界@名無史さん:2006/09/09(土) 00:42:55 0
時に第一次世界大戦勃発直後、大変な事が起きたのです。

1914年8月ドイツ軍と戦っていた連合軍はドイツ軍に圧倒され、
危機に陥っていました。この塹壕戦ではほんの数メートル前進した
だけで何千もの兵士達が死んでいきました。
とりわけフランスとベルギーの国境付近のモンスの戦いは過酷でし
た。ドイツ軍の数が連合軍のイギリス兵よりはるか勝っており、わ
ずか2連隊を残すのみの連合軍の敗北は決定的になっていました。

もはや絶体絶命と思ったその時でした。金の髪をなびかせ、黄金の
鎧を身につけ、白馬にまたがった、大天使ミカエルのような光の霊
的存在が連合軍の上空に現れたのです。兵士達のほとんどがその光
体を目撃したと証言しています。そしてそれは、聖ミカエル、もし
くはフランスの守護聖人ジャンヌ・ダルク、イギリスの守護聖人ジ
ョージだったと言われています。
この金色の髪をなびかせた大天使は光の天使の軍団を引き連れ、連
合軍を助けたといいます。ドイツ軍の兵士の乗る馬は天使達を見て
前進するのを嫌がり、戦場から逃げ去ってしまいました。そしてこ
れが転換点となり、彼等の命を救う事になったのでした。
連合軍、ドイツ軍双方の兵士達は世間の嘲笑を恐れずこの出来事を
報告したのでした。そして多くの兵士達が、聖ミカエルや聖女ジャ
ンヌ・ダルクの絵を求めたといいます。多くの人間が同じ不思議な
光景を目にした事は今も謎のままです。
この事件は「モンスの天使」として教皇庁でも研究が続けられてい
ます。

22 :世界@名無史さん:2006/09/09(土) 00:57:02 0
ボヤーイが、図書館に行った時に、たまたま
「ユークリッド原論」が開いておいてあった。

23 :世界@名無史さん:2006/09/09(土) 02:33:14 0
>>6
フィラデルフィア・エクスペリメントは、当時進行中だった
マンハッタン計画から人々の目をそらすために
米国が意図的に流した大法螺、っつう話を聞いたことがあるな。

24 :世界@名無史さん:2006/09/09(土) 03:17:14 0
ライト兄弟の飛行機

25 :世界@名無史さん:2006/09/09(土) 07:41:40 0
第一次大戦というとトルコで行軍中の200名以上の英軍が山上の怪しい雲(よくわからん)にはいったきり
二度と出てこなかったという事件もあったという話だな
消えたノーフォーク大隊だっけ?

26 :世界@名無史さん:2006/09/09(土) 12:08:54 0
>>21
>>23
実は神々は積極的にいままで世界の歴史に介入していたのか?

日本でも神武東征で”三本足の金属の烏”が目撃されたと記述があるし、
家康が天下を取る前に現れた”肉人”という神の存在。
英仏戦争のジャンヌ・ダークの神勅と奇跡は非常に有名だし、第二次大
戦開戦初期にロサンゼルスを襲った”日本軍夜間空襲事件”のように説
明のつかない事件は実は歴史の謎につつまれている。




27 :世界@名無史さん:2006/09/09(土) 12:15:04 0
ファティマの予言だよ。WWT以降、神々は人類に警鐘を鳴らしているのだ。
今もイギリスに出現するミステリーサークルはその一つ。

28 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/09/09(土) 14:03:22 0
>>25
確か日中戦争中に、3000人の中国兵が消えたという話もありましたね。
もっともあの国の場合、何かのはずみですぐ人が集まったり散ったりしそう
なので、真相はお粗末な気がしますが。

>>26
>家康が天下を取る前に現れた”肉人”という神の存在。
「肉人」が出たのは慶長14年(1609)の駿府城です。

956年 空を飛んで来た船の碇がアイルランドの教会の屋根にひっかかる。
     奇妙な姿をした乗組員たちは綱を切って逃亡。
     ヨーロッパには、マゴニアという空中の国の伝説がある。

29 :世界@名無史さん:2006/09/09(土) 15:15:52 0
南極で発生した未曾有の地球規模災害

30 :世界@名無史さん:2006/09/09(土) 15:59:31 0
それまでしがない軍人に過ぎなかったナポレオン・ボナパルトは1798年に
にエジプト遠征に従軍しますが、その時にギザの大ピラミットの中で一晩を過
ごし、神秘体験をした事を従者が記しています。
エジプトの海戦ではフランスは敗れますが、彼は見事に脱出し、帰国した翌年
にはフランス第一統領の要職に就き、1804年には皇帝の座に就く訳ですが、
これにはフリーメーソンが関わっているとか、ピラミットパワーの片鱗だとか
言われています。
世界的な偉人には、多かれ少なかれこのような神秘体験のエピソードがあるも
のです。

31 :世界@名無史さん:2006/09/09(土) 16:07:23 0
今まで、大河ドラマで家康はたくさん出てくるが、肉人の話はないね。

32 :世界@名無史さん:2006/09/09(土) 17:09:37 O
WW2で何とかの森でポーランド将兵4500人が虐殺された話
結局やったのはソ連?独?

33 :世界@名無史さん:2006/09/09(土) 18:20:27 0
ソ連。しかも超常現象じゃない。

34 :世界@名無史さん:2006/09/09(土) 20:13:14 0
ツングースカの大爆発でしょう。

35 :世界@名無史さん:2006/09/09(土) 22:35:52 0
>>28
自分の推測が事実かwやはりコテにはろくな知能の奴はいないなw
第一発見者が来た時はまだ焚き火が燃えており、銃や大砲なんかも残されていた。
それどころか、周囲を捜索しても足跡ひとつ見つからなかった。

話は戻るが、失踪事件といえばやはり、「マリー・セレスト号の怪異」だろうな。あれだけはガチ

36 :世界@名無史さん:2006/09/09(土) 22:44:46 0
>>35

本当に足跡もなかったの?
元々将兵の質の良くない軍で「日本鬼子来了!」の報を聞いて
全軍パニックに陥って何もかも捨てて逃げ出した
とかじゃないの?

37 :世界@名無史さん:2006/09/09(土) 22:55:07 0
>>36
どこのサイトを回ってみても、同じような内容と「足跡がない」ということが記載されている。
そもそも、その部隊に所属していた人間が一人でも見つかってないようだ。
見つかっていたら、何かが記録として残っているはず。

38 :世界@名無史さん:2006/09/09(土) 23:27:28 0
国の恥だから、党指導部の命令でもみ消されたのでは?>見つかっていたら、何かが記録として残っているはず。

39 :世界@名無史さん:2006/09/10(日) 00:06:05 0
1764年から1767年にかけてラングドック=ルシヨン地方ロゼール県に魔獣が出没した。
この獣は1764年の6月、農作業中の少女に目撃されて以来、16歳以下の男性を39人、女
性79人、性別不明12人を殺害したとされている(成人男性の犠牲者は報告されていな
い)。
目撃者たちの証言によると、牛ほどの大きさで俊敏に動き、全身が剛毛で覆われた狼
のような外観で、鋭い鉤爪とライオンのような尾を持ち、口からは大きくはみ出た牙
があり、面立ちはグレイハウンド犬のようであったとされ「ベート」と呼ばれた。
この噂はフランス全土に伝わり、パリで「ジェヴォーダンの獣」と称された。
時の国王ルイ15世は何度か討伐隊を派遣し、1765年に派遣されたアントワーヌ・ドゥ
・ヴォーテルヌが一匹の狼を仕留め、これこそがジェヴォーダンの獣とされたものの、
その後も殺戮は止まなかった。
しかし12月2日、ムーシェ山の南東の斜面にあるオンテス・オー部落で、7歳の少
年がベートに食い殺された。事件を目撃した14歳のジャック・ドゥニ少年によれば、
ベートは背中に1本の縞が走り、脇腹には黒と焦げ茶の斑点があって、狼では無いと
強く主張した。その後もベートは多くの人々、特に女・子供を食い殺しました。

1767年6月19日の山狩りには、漁師と勢子300人が参加した。
その日、地元の猟師ジャン・シャステルは、オーヴェールのソーニュに位置を構え、
彼が聖マリア連祷をしていると、ベートが不意に姿を現した。彼は冷静に鉛のマリ
ア像から作った弾丸でついにこれを仕留めたという。しかしジェヴォーダンの獣の
正体については未だに不明である。

ttp://2.csx.jp/~smx/x-113.JPG
ttp://2.csx.jp/~smx/x-113-2.JPG

40 :世界@名無史さん:2006/09/10(日) 00:11:27 0
没後も相次ぐプレスリー目撃談の数々w

41 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/09/10(日) 00:17:57 0
>>35
>推測が事実か
矛盾しておりますよ。推測は推測。事実とは=ではない。
その辺りの区別はついているつもりで、個人的な感想を述べただけです。
それに、貴方が閲覧されたサイトもあてになるのかどうか。
無論、どんな事にでも可能性はありますが、「3000人が原因不明の消失」
よりは、「各自ばらばらに逐電」の方がまだ常識的にはありそうな話です。
オカルト的現象がこの世にないなどと明言するつもりはありませんが、すぐ
に受け入れる気にもなれません。

>メアリー・セレスト号事件
一応の説明(あくまでも一説ですが)が、英国のオカルト研究家スペンサー
夫妻の著書に載っていたので、書架を探してみましたが、もう売ってしまっ
たのか、見当たりませんでした(↓に絡んだ沈没誤認説でした)。
救命ボートは無くなっていたと言いますから、何かの異変を感じて逃げたと
ころで遭難したのでしょうが、さて何を危ぶんだのやら。

42 :世界@名無史さん:2006/09/10(日) 00:29:27 0
バミューダトライアングル

43 :世界@名無史さん:2006/09/10(日) 05:50:02 0
世界史板ならではの・・・

亜熱帯のゴアの教会に安置されながらも未だに腐らない
フランシスコ・ザビエルのナマ片腕。
 
もちろんフスマおじさんやミラクルマオちゃんと違って冷凍すらしていないのに。

44 :世界@名無史さん:2006/09/10(日) 08:01:05 0
消えたノーフォーク大隊事件とは、第1次大戦中総勢266名の将兵で構成される
イギリス軍の一大隊が、トルコの防衛線に向かって進行中、山上で静止していたピ
ンク色の異様な形の雲というか霧塊の中へ行進していき、それきり姿を消したとい
う事件だ。
イギリス軍は戦後、トルコに対して捕虜の返還を求めたが、不思議なことにその中
にノーフォーク大隊の姿はなかった。
1965年、イギリスが機密事項として伏せていたイギリス王立委員会の報告書が
期限切れで公開された。なんと、そこには戦後ガリポリ半島を調査したイギリス軍
が122名のノーフォーク兵の遺体を発見したことが記されている。しかし、残り
半数以上の145人の遺体は確認できなかったらしい。

この事件には、後日談がある。この出来事から50年ほどたった頃、一部始終を目
撃していたニュージーランド兵が現れ、次のように証言している。
ノーフォーク大隊が雲の中に入ったあと、『雲』は地面からゆっくりと浮き上がり、
風に逆らうようにして移動していった、と。

45 :世界@名無史さん:2006/09/10(日) 08:20:08 0
ニオス湖の事件も現代だから判明できたが、
現代以前なら謎の死として扱われたのだろう。

46 :世界@名無史さん:2006/09/10(日) 08:32:00 0
空からおびただしい魚やカエルが降ったという現象はこれまで、世界の至る
ところで記録されている。魚だけでなく、オタマジャクシ、ナマズ、カエル、
鳥、肉片、果ては、奇妙な結晶のような小石までその内容は実に多種多様に
渡っている。
今から30年程前、南フランスで何万匹とも知れぬヒキガエルが降ったとタイ
ム誌が伝えている。それによると、快晴空に突如、奇妙な暗雲がみるみる広
がっていき、大勢の人の目の前で無数のヒキガエルが降り出したという。
最初はポツポツだったが、そのうちものすごい数のヒキガエルが勢いよく降
り出してきた。それは2日間降り続け、街路はヒキガエルの大群で埋め尽くさ
れてしまった。中には、カエルが家屋にまで侵入してきたりで、人々はパニ
ックに陥ってしまったとある。

1861年にはシンガポールで魚のどしゃぶりが起った。魚はこの地方特産のナマ
ズで、水たまりが干上がるとあたり一面はおびただしいナマズの死骸で埋め尽
くされた。住民たちは魚は雨と一緒に空から降ってきたと主張した。
魚が雨のように降ったとされる記録はオーストラリアだけでも53件の報告がさ
れている。



47 :世界@名無史さん:2006/09/10(日) 08:34:11 0
空から降ってくるのは魚やカエルだけではない。16世紀のノルウェーでは黄色
い野ネズミの大群が雨あられのごとく降ったと記録されている。
また、100年前、ルイジアナ州では数百羽の鳥が降ってきたこともあった。その
時、空は風もなく快晴だった。鳥はすべて死んでおり、野ガモを含め、この地方
には見なれない種類も混じっていたという。
この他にも、氷付けになった海がめが山間部に降ってきたり、全く、その地方に
は育たないはずの植物の種子が大量に降ってきた事もある。

また食用肉のコマ切れが落ちてきたり、ゼリー状の粘着性物質が五、六分にわた
りザアザアと音をたてて降ったこともある。それはバターのような泥とも言える
もので、思い切って目撃者の一人が食べてみると羊肉のような味がしたと言われ
ている。
15世紀ではイスラエル人がこのような天から降ってきたバターを神々からの恵み
もの「マナ」として珍重していたという記述が見られ、荒野で祈り求めたことが
記されている。旧約聖書で、エジプト軍に追われた2百万ものイスラエル人がモ
ーゼに率いられた際、この天からの恵み物をマナと称して食料問題を解決したこ
とが記述されている。これは、密のように甘い樹脂状の物質で、夜明け前に多数
発生したという。彼らは、朝ごとにそれらを集めてスープにしたのである。
マナは、日によっては、一人で2キロ近くも集めることが出来たようで、これは成
人の一日分の食料に匹敵するものであった。マナは、この地方特有の樹木から出
る分泌物で、したたり落ちて結晶化したものだという説もある。



48 :世界@名無史さん:2006/09/10(日) 08:34:59 0
美しい幾何学的模様の盤状の石が降ってきたという話も世界中で記録されている。
それは十字の形をしていたり、文字のような記号が刻まれていたり、彩り鮮やか
な粒状の玉だったりするらしい。
ttp://members.jcom.home.ne.jp/invader/image_1/drop_3.jpg

これらの落下現象の原因は何によるものだろうか? 理由づけに苦しんだ学者た
ちは竜巻きによるものとして譲らないが、この竜巻説ではすべてを説明すること
は到底出来るものではない。
どうして他の小石、泥、雑草といったものを除いて同じ種類の小生物のみを降ら
せることが可能なのかということ。
次に、静かな快晴の空から、突如降ったりする場合や二日も三日も同じ土地に繰
り返し降り続けるケースもあり、到底、竜巻きが原因で起こるとは考えられない
のである。
あるいは、まだ知られていない自然現象によるもの、物体のテレポートによるも
の、果ては宇宙人による仕業であるとする荒唐無稽な説まであるが今のところ合
理的な説明は存在しない。まさに神々のなせる悪戯としか考えられないのである。


49 :世界@名無史さん:2006/09/10(日) 08:41:45 0
気象現象で、気象台が、BFOを予想したりしているが

50 :世界@名無史さん:2006/09/10(日) 12:35:29 0
旧約聖書・出エジプト記で、飢えたモーゼ一行の頭上から雨のように
降り注いだ「食べられる物質」マナの正体は一体?

雷の放電により空気中でアミノ酸が生成されて云々、という説を見かけたことがあるが
はてさて。

51 :世界@名無史さん:2006/09/10(日) 13:09:58 0
インドラーの矢

52 :世界@名無史さん:2006/09/10(日) 13:24:46 0
宗教がらみの話は眉唾だろうね。

53 :世界@名無史さん:2006/09/10(日) 13:31:29 0
白頭山の頂上の山小屋に一筋の閃光が(ry

54 :世界@名無史さん:2006/09/10(日) 16:28:08 0
ドイツ、ハンブルグで、カエルの身体がとつぜん膨張し、謎の爆死を遂げるとい
う事件が相次いでいる。
調べにあたった動物保護局員らの報告によれば、数日でおよそ数千匹のカエルが
膨張して大爆発し、内蔵が数メートルに渡って飛び散るという原因不明の事件だ。

「まるでSF映画の世界です。カエルが道路を歩いているかと思うと、突然身体が
膨張して大爆発するんです。」事件が続くハンブルグの動物保護局員、ワーナー
・スモルニク氏は語った。氏によれば、爆発したカエルはいずれも通常の3.5倍
近くまで身体が膨張していたという。
また地元獣医のオット・ハースト氏はこのようなカエルの大爆発は全く見たこと
がない、と首をかしげている。

現地では相次ぐカエルの爆死から、今では「死の池」とも呼ばれる(カエルが生
息する)池周辺を一時的に封鎖し、爆発がピークに達するとされる午前2:00から
3:00頃に獣医らが訪れ、調査を行っている。
これまでのところ何らかのウィルスやカビが湖を汚染したのではないかという推
測もなされているが、原因は依然として全く不明であるとのこと。



55 :世界@名無史さん:2006/09/10(日) 17:46:54 0
あれは、謎中の謎だ。確かに。

56 :世界@名無史さん:2006/09/12(火) 18:36:27 O
age

57 :世界@名無史さん:2006/09/12(火) 20:52:49 O
>>46
シャステル(あるいは司教)が啓蒙主義に浸る王への警句として
獣使って人民殺しまくり神と地方教会の復権を図ったって説もあるよね
元々ロゼール近辺の教区はカトリック優勢の土地柄だし

58 :世界@名無史さん:2006/09/12(火) 20:53:38 O
>>46じゃなくて>>39

59 :世界@名無史さん:2006/09/12(火) 20:59:15 0
ジェヴォーダンの獣は当時の死骸解剖図から
オオカミとイヌの混血ってことで決着ついた筈だよ。
だいぶ前にテレビで放送してた。

60 :世界@名無史さん:2006/09/12(火) 20:59:34 0
>メアリー・セレスト号事件
>救命ボートは無くなっていたと

確かドイルが救命ボートも船に残されたままだった、
事実と違うように発表したせいで、いよいよ不可解な事件として有名になったんだっけ。

61 :世界@名無史さん:2006/09/12(火) 23:57:11 0
ライト兄弟のフライヤー号の謎。

62 :世界@名無史さん:2006/09/13(水) 00:42:01 0
『浮遊する謎の球体はナチスの新型航空兵器。』
1944年12月14日付のニューヨークタイムズ紙はフーファイターについて、
こう報じています。軍指令部の発表によれば、西部戦線において、ドイツ領空域
に単体、もしくは群れを成して現れる銀色の球体は、恐らくドイツの新型防空兵
器で、稀に半透明になって出現する事もあり、クリスマスツリーに飾る巨大なガ
ラス球の様であるという。
ttp://page.freett.com/Umania/pic.170.jpg

ちなみにルフトバッフェではその形状から「亀」と呼ばれていた。
ttp://page.freett.com/dateiwao/foofighter111.htm


1942年2月25日、ロサンゼルス大空襲事件の際に撮影された「日本軍機」
ttp://page.freett.com/Umania/pic.24.jpg

63 :世界@名無史さん:2006/09/22(金) 00:01:51 0
あば

64 :世界@名無史さん:2006/09/22(金) 22:26:26 0
あの911のちょっと前、
北海道で「白虹」が出たという週刊誌記事を読んだ記憶あり

65 :世界@名無史さん:2006/09/23(土) 19:05:31 0
パットンは、北アフリカでロンメル将軍率いるドイツ軍戦車部隊と戦ったことで有名であるが、
捕虜になったドイツ軍士官のF・フォン・ワーゲンハイム中佐によれば、パットンは戦車・歩
兵部隊の最良の指揮者だったばかりでなく、前線においてもっとも恐れられた将軍だったとい
う。パットンの部下の情報将校は、「パットンは“心霊感知器”を使って、陸軍情報部よりは
るかに先んじていた」と語っている。
事実、パットンは行ったこともないはずのドイツやフランスの地を詳細に知っていた。
「パットンが三個師団を率い、コブレンツ近くでモーゼル川を渡り、南へと歩を進めている時、
突如、彼は前進をやめ部隊を集結させた。順調に行進が続く中、なぜパットンは止まったのか、
と私の率いる第12部隊の参謀の幾人かが驚きいぶかった。しかし、戦場におけるパットンの
『感覚』を知っていた私は、我々の持っている情報からは判断できなくとも、きっと彼の行動
には理由があるに違いないと皆に説いた。そして、それはまさにその通りだった。翌日、彼ら
は強烈な攻撃を受けたのだ。しかし彼は行進を止め隊列を整えていたので、それを撃退するこ
とができたのである。」
パットンの伝記を書いた甥のフレデリック・エアは、空想物語めいたことや神秘的な色合いを
帯びたことは、おじにとってたいへん現実的なことだった、と述べている。甥によれば、パッ
トンは超感覚的知覚(ESP)をかたく信じており、テレパシー、既視感(デジャヴュ)、予
言、生まれ変わりなどはみな、全体でひとつをなすものの一部分らしいと確信していたという。



66 :世界@名無史さん:2006/09/23(土) 19:06:30 0
彼によれば、パットンは自分がかつてトロイア戦争で戦ったことがあり、またシーザーの第十
軍団で戦い、さらに時が下ってステュワート王朝のためにも戦ったと信じていたという。
(ちなみに、映画『パットン大戦車軍団』に、パットンが古代の戦場跡にたたずみ、「ここで
何百年も以前に戦があった。私には解る。私はここにいたのだ……」と物思いに耽るシーンが
ある)
パットンは、1944年に書いた詩『鏡を通しておぼろげに』の中で、戦士だった自分のさま
ざまな前世を時代順に描いている。
最初、幻はぼんやりとしたものだったと彼は述懐している。そして戦争の名も定かではなかっ
た。しかし後には、よろいかぶとに身をかためたギリシアの装甲歩兵の鮮やかな幻が見えた─
─戦列がペルシアのキュロス王と向かいあったとき、彼はよろいを伝う金属くさい汗や、じっ
とり湿った槍のなまなましい感触を味わったのである。彼はもう一度ギリシア人として、アレ
キサンダー大王と共にティルスの城壁にいたことがある。また別の戦士に生まれ変わった彼の
姿がいくつか描写され、最後はナポレオンの陸軍元帥のミュラとともに馬を走らせている一将
軍の姿で終わり最後に「ふたたび私は戦士として生まれるだろう」と結んでいる。


67 :世界@名無史さん:2006/09/24(日) 09:57:43 0
>>54
爆発カエルはNATO軍の秘密生体兵器が逃げ出したんじゃ・・・

68 :世界@名無史さん:2006/09/30(土) 10:19:40 0
第19飛行隊は、5機のアベンジャー雷撃機からなる飛行隊で、フロリダのラ
ウダデール基地から通常訓練飛行に出ていた。
快晴に恵まれ、熟練した飛行隊長の指揮下にあったにも関らず、飛行隊は完
全に行方不明になってしまった。
地上通信士によると、とぎれとぎれながら隊長機から通信が届き、方位磁針
がぐるぐる回って、機首を太陽に向けようとしていると伝えてきたらしい
(時刻から考えて西方と思われる)。その後の通信から、隊長機が完全にど
こへいるのか分からなくなった様子が伺える。最後の記録は、彼らが見知ら
ぬ土地を通過した直前に途切れている。


69 :世界@名無史さん:2006/10/01(日) 09:27:50 0
HMSウォースパイトは、イギリス海軍戦艦でクイーン・エリザベス級の2番艦。
1915年に就役し、1945年に退役した大英帝国海軍において最も有名で魅力的
な戦艦で「オールド・レディ」と親しみを持って英国民に呼ばれた。

第一次世界大戦ではジュトランド沖海戦に参加、改装を経て第二次世界大戦
でもナルヴィク沖海戦、地中海のカラブリア沖海戦、マタパン岬沖海戦、ク
レタ攻防戦、ハスキー作戦、ノルマンディー上陸作戦にも参加し歴戦の名艦
だった。インド洋にも派遣され日本軍とも戦った。
しかしこの艦は当初から「じゃじゃ馬」で有名で、舵を切っても勝手にダン
スを踊るといわれた。オールド"レディ"の所以である。
訓練中にWWI前には姉妹艦のバーラムと、WWI後にはヴァリアントと衝突事件
を起こし大破しているし、件のジェトランド海戦でもヴァリアントと衝突を
避けるため急旋回した際に舵が故障し、居並ぶドイツの大艦隊の目前で2回
も円運動でワルツを踊った。しかし強運で集中砲火を免れている。
またメッシーナ海峡では修理の為の曳航を嫌ったのか荒天でもないのに曳航
線が2本とも千切れ自由漂流。1947年にも退役後の解体の為、曳航されたが、
嵐のため錨が外れ、プロシア入り江でまたも自由漂流し座礁。50年にようや
く解体された。


70 :世界@名無史さん:2006/10/01(日) 09:29:01 0
よく似た例としてもう一つ。
アメリカ海軍の航空母艦ミッドウェーは1990年代初頭まで就役し、太平洋戦争で
日本との戦いに投入するため計画建造されたが、完成は戦争終結直後で戦争には
まにあわなかった。その後、ジェット機に対応するために改造され、朝鮮戦争、
ベトナム戦争に参加。1973年にアメリカの戦略で空母を海外展開する方針より、
ミッドウェーが乗組員の家族共々、横須賀に配置された。
配備当時、ミッドウェーは改装を重ねていたとはいえ、かなりの老朽艦だった。
しかし母港である横須賀基地には旧日本海軍以来の技術力が、この老朽艦を蘇ら
せその後18年も現役に残ることができた。

退役後、ミッドウェーはアメリカ本土で最後の時を待っていたが、博物館として
の第2の人生をサンディエゴでおくることになった。ミッドウェーをサンディエ
ゴに曳航中に不思議な事がおこった。舵は固定していたはずなのに、ミッドウェ
ーが曳き舟を無視するように進路を西に向け漂流を始め、数時間にわたり西進し
たのである。まるで日本に向かうように。かつての敵であり第2の故郷である日
本へ。


71 :世界@名無史さん:2006/10/02(月) 03:25:57 0
と学会の本を読むと、一応納得できる説明がされていることが多いね。

72 :世界@名無史さん:2006/10/07(土) 13:37:28 0
古来、宝石という物は人々を魅了してきたものだが、中でも一際大きな宝石には
奇妙な話や恐ろしい噂が付き物である。そんな妖しげな宝石の中でも最も有名な
物の一つが、ホープ・ダイヤモンドである。
この宝石が初めて登場するのは17世紀のことである。フランスの貿易商のジャン
・パプティスト・タヴェルニェという人物が、インドから持ち帰った。それはブ
ルー・ダイヤモンドで、112.50カラットもあったというから、かなり巨大な物で
ある。噂では彼はその宝石をマンダレー近郊のラーマ・シータ寺院にある像の目
から盗んだのだ、と言われている。もしそうだとしたら、(その像が隻眼でない
限り)宝石はもう一つありそうなものだが、そういった話はない。ともかくこの
宝石にまつわる呪いは、この一人の貿易商の罰当たりな行為が原因ではないか、
ともいわれている。
タヴェルニェはそのダイヤを当時の国王ルイ14世に売った。これほどの宝石とな
ると国王くらいしか買い取るのは不可能だったからだ。かなりの金を手に入れて
たと思われるタヴェルニェだが、不思議なことにその後ひどい財政難になり、ロ
シアへの途上で死んだという。これがこの宝石の最初の犠牲者ということになる。



73 :世界@名無史さん:2006/10/07(土) 13:38:28 0
新たにフランス王家の宝となったこの宝石は、ハート型にカットされてフレンチ
・ブルーと名付けられた。その後幾人かの王家の人々を経て、宝石はルイ16世の
手に渡った。そして王はそれは愛するマリー・アントワネットに贈った。この宝
石の呪いか否かはわからないが、王も王妃もフランス革命で処刑された。また、
この宝石を王妃から時々借りていたというプリンセス・ド・ランバルは、無残に
も暴徒に八つ裂きにされてしまったという。
フランス革命のどさくさに紛れて盗まれてしまう。その後いくつかにカットされ
たその宝石の一つがロンドンへと上陸した。44.50カラットとかなり小ぶりになっ
てしまったそれを、ヘンリー・トマス・ホープという銀行家が買い取った。この
時からこの宝石はホープ・ダイヤモンドと呼ばれるようになった。ここでもホー
プ当人は特に不幸に見舞われることはなかったらしい。分割されたため魔力が弱
まったのか、彼の死後その宝石を所有して不幸な目にあったと主張しているのは、
フランシス・ホープ卿と結婚した歌手のメイ・ヨーだけである。彼女はその後夫
と離婚し貧困のうちに死んだのだが、日頃から「自分が不幸なのはあのダイヤの
せいだ」と言っていたという。だがこの頃にはとっくにホープ・ダイヤモンドは、
ホープ家のものではなくなっていた。


74 :世界@名無史さん:2006/10/07(土) 13:39:06 0
1901年、ある宝石商の手に渡るがその宝石商は破産し、次の宝石商は拳銃で自殺
した。次の所有者はロシアの貴族だったが、愛人だったコーラスガールをその出
演中に射殺し、自らはロシア革命党員に刺殺された。さらにギリシアの宝石商は
崖から転落死し、今度はトルコのスルタン、アブドゥル・ハートの物となった。
トルコ帝国はすでに崩壊寸前で彼はダイヤに呪われたアブドゥルと呼ばれた。結
局彼は退位に追い込まれ、幾人かの人間を経て有名なフランスの宝石商、ピエー
ル・カルティエの手に渡った。そしてカルティエはアメリカの大新聞社の跡取り
息子のエドワード・B・マクリーンとその妻エヴァリンに売った。
<禍々しき煌き>
この宝石が最もその呪いの力を発揮したのはこの時からである。
まず、ダイヤを購入してまもなく、マクリーンの母親が死んだ。その後、召使い
が二人死亡。さらに息子ヴィンソン(10歳)交通事故で死んだ。こういったこと
もあったため、二人の結婚生活は破綻し、エドワードとエヴァリンは結局離婚し
た。その後エドワードは酒と心労のためか精神病院に入りそこで死んだ。それか
ら1946年には、一人娘が睡眠薬の多量摂取で死んだ。
夫のエドワードはこの宝石を警戒していたようだが、妻のエヴァリンは一目見た
時から心を奪われ、ネックレスにそのダイヤを嵌め込んで身に着けていたという。
 マクリーン家に起きた悲劇の中でも、息子ヴィンソンの死は当時も相当話題に
なったようだ。生まれながらにして多額の財産を相続することを運命付けられ、
一億ドルベイビーなどと言われていたこの少年は、当然のことながら厳重な保護
下に置かれていた。ところが召使いたちがほんの一瞬目を放した隙に、少年は自
宅前の通りに飛び出し車に轢かれて死んでしまったのだ。
また娘が死んだ時も、五年前の結婚式でホープ・ダイヤモンドを身に着けたと、
新聞はこぞって書き立てた。
エヴァリンはといえば、娘の死の一年後に息を引き取ったが、かなり高齢であっ
たし、特筆するような異常なことは何も起こらなかった。彼女は最後の最後まで
呪いのことを頑なに否定し続けたという。

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