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フランスの歴史 2

1 :世界@名無史さん:2007/10/08(月) 10:52:32 0
後継スレ建てました。引き続きどうぞ。

前スレ
フランスの歴史
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1030388227/


2 :世界@名無史さん:2007/10/08(月) 10:56:12 0
関連スレ
989 :世界@名無史さん:2007/10/08(月) 10:19:59 0

フランス革命はなぜ過大評価されるのか
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1167542943/
フランスのグランゼコールの歴史を語ろう
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1135653043/
ヴィシー・フランスについて語るスレ
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1177571355/
【ハイチ】フランス植民地帝国の歴史【インドシナ】
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1157899790/
◆フランスはなぜ近代に停滞したか◆
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1184663111/

3 ::2007/10/08(月) 11:13:47 0
関連スレ拾遺。
【後世に残る】ナポレオン・ボナパルト【名言集】 03/08/28-
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1062043403/
ヴァイキング 04/04/20-
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1082403774/
ヨーロッパ先住諸民族について語ろう! 2005/08/30-
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1125407545/
【マイナー】メロヴィング朝フランク王国【移行期】 2006/06/22-
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1150985454/
美男子サン=ジュスト4 2006/11/13-
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1163410413/
【カール大帝】シャルルマーニュ【西ローマ皇帝】 2007/10/07-
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1191742049/

4 :世界@名無史さん:2007/10/08(月) 11:30:38 0
関連スレ

ttp://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1056968799/l100
百年戦争について語りましょう
ttp://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1117464840/l100#tag673
†††十字軍の歴史†††

5 ::2007/10/08(月) 12:02:38 0
続関連スレ拾遺。
パリ万博〜第一次大戦くらいまでのパリについて 2006/12/23-
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1166873017/
もしワーテルローでナポレオンが…・ 2007/05/11-
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1178852038/
ナポレオン ロシア遠征〜徹底研究〜 2007/06/01-
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1180705319/
【ヨーロッパの】ナポレオンボナパルト【諸王の王】 2007/06/05-
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1181051960/
【対仏】ナポレオン戦争【大同盟】 2007/09/24-
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1190631524/

6 :世界@名無史さん:2007/10/08(月) 12:03:20 0
http://www.do-amenity.co.jp/tv/masako/masako_003.htm
ところで、ベルサイユ宮殿にはトイレがなかったというのは、誤解である。
ロジェ=アンリ・ゲランによれば、ルイ15世は寝室の隣に、上げ蓋式の便器を
備えた部屋をもっていたし、ルイ16世は水洗式のトイレを使用していた。
しかし、それ以外にトイレはなく、274脚の腰掛け式便器があったにすぎない。
そんな中で、夜ごと、伊達男と着飾った貴婦人たちの舞踏会が華麗に繰り広げ
られた。18世紀の貴族たちは、香をたいた携帯の便器を持参した、と記録にある。

フランス革命の時暴徒となった民衆がベルサイユ宮殿略奪して、そのときトイレまで持って行って、
それからしばらく荒れるがままに放置されていたが、アンシャンレジーム期に再建の話が出て、
それで現状の建物調べたらトイレが無い。んで、それが報道されてベルサイユ宮殿トイレ伝説が出来たらしいね。


7 :世界@名無史さん:2007/10/08(月) 12:05:09 0
http://www.news.janjan.jp/world/0511/0511285718/1.php
CAPの数回の「改革」にもかかわらず、毎年520億ドルを超える
補助金の5分の1はフランス農家が獲得する状況が続いている。このような
補助金支出はEU予算全体の4分の1を占めている。イギリスの支援団体
オックスファムは、フランスの15%の農業関連企業がEU補助金の60%を
獲得する一方、同国の小規模農家が受け取る額は17%に過ぎないと報告
している。
EUの中でもとりわけ仏政府は、このような補助金を必要かつ公平なものと
弁護する。前農業委員のハンス・フィシュラー氏は以前IPSの取材に応じ、
EUの農業補助金は「農業地帯の自然管理、生物多様性、地方自治体の
福祉促進に対する国の貢献」と語っている。しかし、これらの裕福な農家が
このような目的の遂行に果たす役割は疑問である。


8 ::2007/10/08(月) 12:13:02 0
前スレより。
956 :世界@名無史さん:2007/10/03(水) 19:11:48 0
そういえば、現在では、
北フランスでは、広々とした農地を所有し、大々的な農業
(穀物については機械化)
イングランドでは、比較的、小規模な農地・農業
だそうだけど
近代においては、逆だったのに、どうして?

976 :世界@名無史さん:2007/10/07(日) 14:59:49 0
>>957
>フランスとはキリスト教を受容した自称ラテン民族(隠れアラブ人)が
>少数派のケルト/ゲルマン系等を吸収して出来た国・・・
ラテン民族出自が通説の印欧語族でなく、セム族ってことですか?
スペイン人と同様に?

9 :世界@名無史さん:2007/10/08(月) 16:48:20 0
仏王家の筆頭継承者はインド人?=「ブルボン」名乗る一家が実在

 【パリ8日時事】太陽王ルイ14世らを生んだ欧州の代表的王家の一つ、フランス・ブルボン家の筆頭継承者が
インド人である可能性が浮上している。インド中部のボパール郊外に「ブルボン」を名乗る一家が実在するためで、
これを題材にした歴史小説「ル・ラジャ(ヒンディー語で王の意味)・ブルボン」が今、仏国内で3万5000部と
売れ行きを伸ばしている。

 この小説の著者で、自らもギリシャ王家の末裔(まつえい)であるパリ在住の歴史家ミシェル・ド・グレース氏(68)は
2005年11月にインドを訪れて一家と面会した。その結果、「一家はブルボンの子孫だと確信した」と話す。
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2007100800176

10 :世界@名無史さん:2007/10/08(月) 16:56:57 0
クロヴィスが洗礼を受けたとき、一羽の白い鳩が聖油の小瓶を口にくわえて天から
舞い降りてきたという伝説があるが、これにより彼の洗礼は「聖別」となり、
クロヴィスは「新しいキリスト」となった。「聖別」とは単に王が人民の代表として
即位するのではなく、塗油によって超自然的な力が王の身体に宿るとする儀礼である。
したがって戴冠は神によってなされる。
こうして西フランクの王権イデオロギーは、神意に立脚する王権というきわめて
宗教色の強いものとなり、さらに特別の使命を持つフランス国家という観念にもなる。

近代のフランス共和国で唱えられた「文明化の使命」という普遍主義的なイデオロギーも、
ひょっとしたら中世までその原型を遡れるのかもしれない。

11 :世界@名無史さん:2007/10/08(月) 17:14:35 0
1870〜80年代      1920年代〜40年代

右翼(正統王朝派)→→→?
中央(オルレアン派)→→?
中央左派(日和見主義者)→→→右翼、中央派(温和共和派)
左翼(急進共和派)→→→中央左派(社会共和党)、左翼(急進社会党)
極左(社会主義者)→→→左翼(社会党、共産党)

12 :世界@名無史さん:2007/10/08(月) 17:23:18 0
>>11
王政派やオルレアン派が右翼なのか、ってのも再定義が必要に思うけどな。
政策で見れば王政派は中道だしオルレアン派にいたっては左翼って言ってもいい。

13 :世界@名無史さん:2007/10/08(月) 17:58:12 0
地方自治体の首長が、議会の議長というシステムでは、
フランスとイギリスで同じようなものだよな

相違点は、国会議員と地方政治家の兼職禁止?

14 :世界@名無史さん:2007/10/08(月) 18:01:52 0
エリオとか第三共和制の政治家は、たいてい地元の首長と代議士の兼職だよな。

15 :世界@名無史さん:2007/10/08(月) 18:02:50 0
戦後、イギリスもフランスも、大企業の国有化の経験がある。

でも、イギリスではマイナスにしかならず、サッチャー以降大々的に
民営化された。

他方、フランスでは、ミッテラン政権初期には行き詰まって軌道修正したものの
現在も大半の大企業で、国が大株主のまま。

なぜフランスの方では、国有化がより定着し、円滑に動いているのだろうか?

16 :世界@名無史さん:2007/10/08(月) 18:07:11 0
>>15
> なぜフランスの方では、国有化がより定着し、円滑に動いているのだろうか?

定着したからと言って円滑に動いてるわけじゃ無い。未だに経営効率に悪さは問題になってる。

ただ、フランスは経済界も労働界も、元官僚によって支配されてるから、国営や半国営の方が
経営上都合がいい、と言うのはあるでしょうが。

17 :世界@名無史さん:2007/10/08(月) 18:12:25 0
フランスでコミューンの合併がなかなか進まない一因は、
おそらく自治体議員ら地方政治家の上下両院での発言権が大きいから

他にも今なお個々の集落が視覚的に独立して存在するから
  という意見もある。
でも、日本の入会権や財産区のような森林や山などの財産管理のみを、
かつての居住者の家族達(都市生活者)が、
「住民」と称して、行っているコミューンまである
(日本で言えば、廃村。アメリカで言えば、ゴーストタウン)
本当に、フランス国民全員が、不自然だと思っていないのか?

18 :世界@名無史さん:2007/10/08(月) 18:23:30 0
フランスと言う国は、共和派同士でも、王党派同士でも、
長らく分裂抗争を続けた歴史があるなあ
古代ガリア諸部族間でもそうだったという

第五共和制から、半世紀を経て、大体二大政党制に集約されてきた昨今の
方が嘘に思えてくるよ


19 :世界@名無史さん:2007/10/08(月) 18:28:14 0
そういえば、百年戦争以前は、フランスの王権は弱かった
その後も、フランス王家以外に、ブルボン家
そのブルボン家が王家になると、オルレアン家ともめた

もともと分裂してごちゃごちゃするのが好きで、
それで収拾つかない事態になると、
一転権威主義的な強権体制を敷く

他の欧州の国々と比べても、振り子の揺れが極端だ

20 :世界@名無史さん:2007/10/08(月) 20:01:30 0
>>19
王権が弱かったのはドイツのほうが甚だしかったと思うが。
東フランクでは伯が封ではなく官職の保持者であるとの観念と、
王が世襲ではなく選挙で選ばれるカロリング朝以来の慣例が続いた。
さらに王がカペー家のような確固とした基盤となる王領地を持たなかった。


21 :世界@名無史さん:2007/10/08(月) 20:33:53 0
モネの名画、若者が破損・仏オルセー美術館に侵入

【パリ8日共同】
フランスのアルバネル文化・通信相は7日、パリのオルセー美術館に同日未明、若者のグループが侵入し、フランス
印象派の代表的画家、クロード・モネ(1840―1926年)の絵画「アルジャントゥイユの橋」に傷を付けた後、
逃走したことを明らかにした。地元メディアが伝えた。

アルバネル氏によると、傷付けられた絵は評価額の算定が「困難」とされる名画。絵画に描かれた橋脚部分の下が
約10センチにわたって裂けており、こぶしで殴りつけた跡とみられるという。

監視カメラの映像から犯行グループは少年4人と少女1人の計5人組とみられ、酒に酔っていたもよう。美術館の
扉の一つから侵入、警報が作動して警備員が駆け付けたが、グループは逃走した。

絵画は縦60.5センチ、横80センチの油絵。モネが1870年代に居を構えたパリ郊外アルジャントゥイユで、セーヌ川
に浮かぶヨットと橋を描いた1874年の作品。同じ年に第1回印象派展が開かれたこともあり、美術史の上でも重要
な作品とされる。
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20071008STXKB002808102007.html

22 :世界@名無史さん:2007/10/08(月) 20:49:43 0
長文コピペ集積所にするな!!!


要約して、自分の言葉に直した上、ちゃんとコメントつけろ。


しかも、時事ネタで歴史じゃないだろが。

23 :世界@名無史さん:2007/10/08(月) 20:52:47 0
これで十分だろうに。
 ↓
モネの名画、若者が破損・仏オルセー美術館に侵入

パリのオルセー美術館に7日未明、若者のグループが侵入し、
印象派のクロード・モネの絵「アルジャントゥイユの橋」に傷を付けた後、
逃走した。


24 :世界@名無史さん:2007/10/08(月) 21:02:47 0
モネといえば、サンクルー駅とヴぇるノンになじみがあるよね?
彼晩年の睡蓮屋敷が観光名所だ

25 :世界@名無史さん:2007/10/08(月) 23:30:24 0
古代ローマ人によると、ガリア人は直情的で興奮すると何を始めるか分からない
人々であったそうでつ。
また、ガリア人はあきれるくらい扇動されやすくて、乗せられて反乱しては
すぐローマ人に謝罪、そして人質の提供というのを繰り返しているんだけど、
そんなガリア人だからどこかの部族が反乱したと聞くとすぐ連鎖的に挙兵して
しまうのだとか。

フランス革命の前にも、農民一揆や都市暴動は起きていた
19世紀にも成功した革命の何倍の暴動が起きていたことやら

26 :世界@名無史さん:2007/10/08(月) 23:41:50 0
パリなんてナポレオン3世のパリ大改造まで、道は汚物だらけセーヌ川はものすごい悪臭と死体がぷかぷか、
と言うのが日常だったそうね。
エデッイト・ピアフの母親もセーヌ川を死体で流れてったそうじゃん。
当のピアフは、母の遺体を引き上げて埋葬してやればと言われても
自分には母親はいなかったといって放置したらしいね。
ひどい母親だったらしいが、悲しい話でおじゃる。

無縁仏みたいにして埋葬されたんだろうな
1963年の本人の葬式には、わんさか群集が押しかけたそうな


27 :世界@名無史さん:2007/10/09(火) 15:12:17 0
>20
10世紀初期で比べるなら、ドイツ王権のが見た目強そうではあるけどね。
時代が下るにつれ、ドイツはグダグダになってく感じ。

選挙制の慣例が続いたのは、ドイツ諸侯にとって王権を牽制し対抗する為の
重要な政治手段として、譲れなかったのでしょう。
これはドイツ王権が諸侯に対してかなりの影響力を持っていた証でもあるかと。

諸侯にとってなんの影響も無い王位なら、しちめんどくさく、争いの種にもなる(金もかかる)
選挙制にこだわる必要はないでしょう。世襲でもなんでも王家の好きにすればいい
フランス王位が世襲化出来たのは、そんな感じじゃない?w

28 :世界@名無史さん:2007/10/09(火) 17:26:35 0
初期カペー朝の支配領域は、ロワール・ムーズ河間の狭い地域だけだったしね。


29 :世界@名無史さん:2007/10/09(火) 18:29:10 0
よく戦場で敵兵の喉元に短剣を突き付けて
「捕虜になるなら命は助けてやる」みたいなシーンを聞くけど、
具体的にその後の二人はどういう行動に出るの?
捕虜を得た側の陣地までその都度引っ張っていくんだろうか。

30 :世界@名無史さん:2007/10/09(火) 19:23:10 0
>>29
いつごろの時代設定かにもよる

31 :世界@名無史さん:2007/10/10(水) 16:44:16 0
日本はともかくフランスみたいな超重税国家で言われるがままに納税してたら
資産毟り尽くされるよ。ドMでもなきゃ、とてもじゃないが自営なんかやってられん。
アホ旅行者とアホ学生(在寮)にはわからんが、フランスはそういうダークな国。

日本でフランスマンセーしてる知恵遅れ爺うんこ製造機どもに騙されてはならない。


32 :世界@名無史さん:2007/10/10(水) 16:50:43 0
>>27
ブルゴーニュ公家やオルレアン家の方が、国王より力のある時代が
かなり長かったような

国王に選出された頃のパリ伯にしてからが、たいした諸侯でなかったような

33 :世界@名無史さん:2007/10/10(水) 19:12:01 O
今、テレビでフランス革命の番組見てんだけどさ
王妃が無駄遣いし過ぎるんだったら、全ての要求を通さなきゃ良かったのに…

34 :世界@名無史さん:2007/10/10(水) 20:53:51 0
フランスの街角から
http://www.worldtimes.co.jp/mem2/france/main.html


35 :世界@名無史さん:2007/10/10(水) 20:54:14 0
それが出来たらしてるだろ…

36 :世界@名無史さん:2007/10/10(水) 21:04:00 O
まわりが無能過ぎたんだね。

37 :世界@名無史さん:2007/10/10(水) 21:33:46 0
そういえば、ルイ十六世時代の財務総監って、すぐ解任されて
ころころ変わっている

あれは、国王の責任だろ?
どの総監も、結局同じ結論に到達。
僧侶や貴族にも課税するしかないってね

38 :世界@名無史さん:2007/10/10(水) 21:39:22 0
>>37
これを早めに実現していれば、フランス革命は起きなかったのでは?

39 :世界@名無史さん:2007/10/10(水) 21:41:26 0
>>38
フランス革命の最初は、課税を嫌った貴族や僧侶層反王政運動から始まったワケで。

40 :世界@名無史さん:2007/10/10(水) 21:48:36 0
>>32
日本でも国の体裁ができて殆どの時期、臣下の方がエンペラーよりも力のある状態
だったじゃんよ。
藤原氏とか徳川氏とかのように結構長い期間強い場合もあったし。

41 :世界@名無史さん:2007/10/10(水) 22:14:23 0
>>40
藤原氏は天皇家の「外戚」としての力だし(独立して強大だったわけではない)、徳川家にいたっては
武家政権なんだから体制からして比べられる物じゃ無い。

42 :世界@名無史さん:2007/10/10(水) 23:39:43 0
>>38
できりゃな。問題はどうやってそれをするかってとこ。

43 :世界@名無史さん:2007/10/10(水) 23:45:10 0
富裕税の創設とその終末
http://www.ntc.nta.go.jp/kenkyu/ronsou/15/130/hajimeni.html

個人所得課税強化で「富裕税」が復活する?
http://www.taxcom.co.jp/news/zeimu/2003/2003_07/zeimu2003_07_09_001.htm

ロンドン家賃と日本法人税とフランス富裕税/メルマガ
http://www.bird-net.co.jp/rp/MM070302.html

44 :世界@名無史さん:2007/10/11(木) 09:33:48 0
中世のフランスには、国王が病人に触れると瘰癧が治るという「ロイヤル・タッチ」
の儀式があったが、
ブルターニュでは19世紀になっても、貴族の呪いを受ければ病気が治るという
迷信が残っていた。貴族の中には病人の額に唾で十字を書いてやったりして
生計を支える者もいた。


45 :世界@名無史さん:2007/10/11(木) 09:48:43 0
>>44
かっこいいー。
魔法使いじゃん。

46 :世界@名無史さん:2007/10/11(木) 10:02:30 0
ttp://dolmeke.blog11.fc2.com/blog-entry-325.html
ともかく、国王が患者の体に手を置いて、十字のしるしを描くとたちどころに
治ってしまうのだから、周囲はもう奇跡奇跡の大騒ぎ。
そして、噂を聞きつけた国民たちが、国中からわれもわれもと病人たちが
押し寄せてくることになった。
といっても、王にいつでもロイヤルタッチが発現したわけでなく、一番
効果があったのは、即位の聖油を受けたあとか、教会のミサに出席した
直後だったという。

47 :世界@名無史さん:2007/10/11(木) 16:47:22 O
フランス革命のときになんでネッケルはルイ16世に罷免されたのですか?

48 :世界@名無史さん:2007/10/11(木) 16:51:19 0
>>47
フランス革命スレで聞いたほうが早いかも。

49 :世界@名無史さん:2007/10/11(木) 21:10:13 0
>>45
魔法・魔術でなく、呪術だろ、>>44のは。オカルト板に出張る
までもなく、世界史板にも呪術スレがあったよ。
魔法・呪術の歴史
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1128689923/

50 :世界@名無史さん:2007/10/12(金) 05:47:01 0
魔術と呪術の違いって何?

51 :世界@名無史さん:2007/10/12(金) 05:48:41 0
>>50
宗教とかじゃない?

52 :世界@名無史さん:2007/10/12(金) 07:51:50 0
もし百年戦争がなかったら、フランスの国家統一はあれほどスムーズに
いかなかったんじゃないのかね。
ドイツみたいに分裂していたかも。


53 :世界@名無史さん:2007/10/12(金) 10:47:52 0
いや百年戦争自体フランス統一の過程で発生したアキテーヌ公の反乱でしかないわけで。
噛み付く余力もなく併合されてればそのままずるずると統一が進んでたと思われ。

54 :世界@名無史さん:2007/10/12(金) 20:57:40 0
フランス国民だからって、現在のフランスの諸制度に不満感じていないわけじゃないんだよね?

現在の司法制度を「時代遅れ」などの理由で不満を感じるものが7割以上。

ルモンド紙が、元老院(上院)の存在意義に疑問を投げかけてみたり。



55 :世界@名無史さん:2007/10/12(金) 21:01:53 0
エナルクの特権を打ち破ろうとするサルコジが、大統領に当選したし

56 :世界@名無史さん:2007/10/12(金) 21:05:01 0
>>54
でもそう言う制度上の不満を、いわゆる「革命」までほったらかしにしちゃうのもフランス国民だな。

57 :世界@名無史さん:2007/10/12(金) 21:29:06 0
「セックスの前にシャワーなんて」

 フランス人なら、そういう。

 日本人のように“事”の前にきれいさっぱり、身を清めてから、という感覚は「理解に苦しむ」とも。
つまり、汗こそが体臭の源。フェロモンに他ならない。欲情をそそるために人間が持ち合わせている自然の妙薬を、
みすみす水で洗い落としてしまったら“その気”にもなれない。「もったいない」というわけだ。

かのナポレオンも凱旋前に、長く離れていた愛妻ジョゼフィーヌに「もうすぐ帰る。風呂には入らぬように」と書き送ったという。
それは、身も心もセクシーな気持ちで満たす最高の“ラブレター”だったに他ならない。

 実際、フランスでは毎日風呂に入る習慣はない。周りに聞いてみても「1週間に3日程度」という友人が多い。
もっとも、適度に体臭を留めおくためだけでなく、1人ずつ湯を張り替える風呂事情でかさむ水道代節約もあってのことだろう。

http://www.ohmynews.co.jp/news/20070506/10787

でも、トイレで大をすませて、手を洗わない男性が、50%越すのは、どうなんだろ?

香水の弊害だな。他の欧州人も、文句言わないのか?

58 :世界@名無史さん:2007/10/12(金) 21:30:58 0
フランスって、現在でも借家人多いの?
パリでは、19世紀には、金持ちでも借家住まいが多かったというけど

59 :世界@名無史さん:2007/10/12(金) 21:45:36 0
>>58
パリはそりゃ今でも借家が多いだろ。東京でもニューヨークでもロンドンでも借家が多いのと同じように。

60 :世界@名無史さん:2007/10/13(土) 09:10:37 0
パリの移民史記念館、ひっそり開館 工事遅れで政権交代

http://www.asahi.com/international/update/1011/TKY200710110443.html




61 :世界@名無史さん:2007/10/13(土) 20:59:38 0
>>52
ドイツ総合史スレって、昔からないね。イタリア総合史スレは何処へ逝ったの?
姉妹スレ、近隣国総合史スレ。
【GREAT】イギリス史総合スレ【BRITAIN】
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1144413850/
スペイン・ポルトガル史総合スレッド
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1111428680/

62 :世界@名無史さん:2007/10/13(土) 21:26:53 0
>>61
ドイツ史総合スレはナチオタが集まってきて周辺国の誹謗中傷と妄想史観と陰謀論を垂れ流すだけだからなあ。

63 :世界@名無史さん:2007/10/13(土) 22:56:41 0
>>61
イタリアスレは、新スレを立てる人がいなかった

64 :世界@名無史さん:2007/10/14(日) 09:27:50 0
イングランドでは貴族も課税対象になったが、フランスでは国王が貴族懐柔の
ために平民にだけ課税したな。

65 :世界@名無史さん:2007/10/14(日) 18:14:52 0
革命後のフランスを支配したエリートは、ナポレオンの意識的な政策に
多くを負っているが、基本的には地主と高級官僚の貴族たちであり、
これに、法律家、商人、製造業者の代表が―数と影響力の双方において
より小規模ながら―付け加わった。エリートは新参の家系からと同様、
古い貴族の家系からも出ていて、富、教育、家同士のつながり、ローカルな
影響力、政治権力において、融合が成功したのである。彼らは法的な特権は
持たず、出自にもたいした重きを置かずに、能力を基準とした官僚エリート
であると自らを見なした。


66 :世界@名無史さん:2007/10/14(日) 18:34:31 0
フランスの地主層が没落し始めたのは、いつごろ?

19世紀末には、王党派貴族はほとんど影響力を失っていたそうだけど・・

67 :世界@名無史さん:2007/10/14(日) 23:52:12 0
>>65
その階層が、一元的に行政権を握っているというのが、
「偉大なる行政権至上国家」フランスの特色だよな。日本ほどの緊張も無い。


68 :世界@名無史さん:2007/10/15(月) 05:08:18 0
>>67
コピペじゃなくて自分の言葉で語れ。

69 :世界@名無史さん:2007/10/15(月) 07:40:03 0
ユグノー戦争の頃はプロテスタントどれぐらいいたの?
ユグノー戦争によって殆どのプロテスタントが国外へ追い出されたんだよね?

70 :世界@名無史さん:2007/10/15(月) 08:15:17 0
>>69
プロテスタントの数が激減したのは、ルイ14世がナントの勅令を廃止
して、ユグノーが多数国外へ逃れたときなのでは?

71 :世界@名無史さん:2007/10/15(月) 08:31:13 0
>>70
なるほど。そのときなんですね。
最盛期はフランス全土の何%ぐらい占めていたかわかりますかね?
結構大きな勢力だったんでしょうか
今はたった2%しかいないようですが

72 :世界@名無史さん:2007/10/15(月) 13:02:12 0
ttp://jp.encarta.msn.com/encyclopedia_761567036/content.html
1540年代になると、ジュネーブを中心に活躍していた、フランス人神学者
カルバンの、信仰生活における規律や訓練を重視する教えがフランスに普及し、
フランスの改革派の大部分がカルバン派になった。47年にアンリ2世が即位すると、
パリ高等法院には火刑法廷が設置されて、カルバン派信徒は異端として火刑に
処せられた。しかし、59年にパリでひらかれた第1回全国改革派教会会議に参加
した教会はわずか15だったが、2年後の第2回会議は2000以上にものぼった。

73 :世界@名無史さん:2007/10/15(月) 13:04:29 0
ttp://dolmeke.blog11.fc2.com/blog-entry-364.html
●ユグノーの抑圧
ユグノーとは、フランスに広まったカルヴァン派の新教徒のことで、当時
フランスの人口の3−5%はユグノーに改宗したといわれている。

74 :世界@名無史さん:2007/10/15(月) 13:05:49 0
フランス革命はなぜ過大評価されるのかスレで
後半、革命と全然関係ない話で一人で埋めてたやつがこんなレスしてるヨ
こんな過疎板の毒にも薬もならないスレで何の工作だか

996 :世界@名無史さん:2007/10/15(月) 12:05:55 0
後継スレ
ttp://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1191808352/l100#tag67
フランスの歴史 2
ttp://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1190631524/l100#tag32
【対仏】ナポレオン戦争【大同盟】


75 :世界@名無史さん:2007/10/15(月) 13:07:40 0
>>72>>73
おお。
現在から最大3%増えたぐらいなんですね。
一生懸命ググってても見つからず困っていたので助かりました。
どうもありがとうございました。

76 :世界@名無史さん:2007/10/15(月) 14:55:07 0
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%8C%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%81%AE%E5%8B%85%E4%BB%A4
ttp://en.wikipedia.org/wiki/Edict_of_Fontainebleau
を読んでみても、具体的な数字はわからないなぁ。

当時3〜5%、今は2%ということは、改宗者のことをまったく考えなければ
人口の3%が逃げていったということかな?

まあ、そこまで逃げるはずがないだろうけど、国外に逃げることができるぐらいの
裕福な層が大量に逃げたのは確かだろうから、大打撃ですな。

77 :世界@名無史さん:2007/10/15(月) 16:40:28 0
『世界の歴史17 ヨーロッパ近世の開花』(中央公論社)には、国外に亡命した
ユグノーの数を約20万と書いている。
フランス経済自体が受けた打撃はそれほど大きくはなかったが、亡命先の国々
(スイス、ドイツ、イギリス、オランダ、新大陸)を富ますことになったと。

78 :世界@名無史さん:2007/10/15(月) 22:06:09 0
>>76
>>77
なるほど。参考になりました。
どうもありがとうございました。

79 :世界@名無史さん:2007/10/16(火) 14:17:17 0
革命直前にフランス国内をひろく旅行したイギリス人アーサー・ヤングは、

「イギリス貴族は好んで自分の領地に居住して、これを立派にしようとするが、
フランス貴族は宮廷から追放されたときだけ、いやいやそうする」

と書いている。

80 :世界@名無史さん:2007/10/16(火) 15:42:59 0
485 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2007/10/15(月) 04:23:57 ID:0r9bQ3+4
サルコジが離婚するかどうかなんて、どうでもいい話。タブロイドじゃ
あるまいし。
プーチンとサルコジのイランの核開発疑惑についての見解の相違の方が
よっぽど重要。サルコジのロシア訪問がシカトになっているのは驚いた。

今、ラグビーワールドカップ一色になっているフランス、18日にはスト突入?
今年の年末あたりにはフランスがまた危ない状況に陥る可能性も高いか?

昨日、2005年に炎上した地域にはじめて足を踏み入れ、唖然。なんて恐ろしい
所得格差なんだ。アメリカの都市のCBDと郊外の格差を見て、酷いもんだと
思っていたが、フランスもどっこい似たようなもんだな。フランスの福祉制度
は恵まれない国民の飼い殺しみたいな部分もあり、恐ろしい。繰り返しに
なるが、泣き止まない赤ん坊にアメを与えて一時的に泣き止めさせるような
まねをしたところで、再爆発は時間の問題だろう。多分誰にもこの格差の
是正は出来ない、そんな気さえしてしまう。
ただ、パリの中心部とかには波及しないだろうから、観光ぐらいなら安心して
来て大丈夫。ド・ゴール空港からRER−Bで来る場合は、各駅停車に乗らず、
パリ直行便に乗るべし。土曜日の夕方は頑なにこれを守るべし。

81 :世界@名無史さん:2007/10/16(火) 20:25:35 0
>>80
> ただ、パリの中心部とかには波及しないだろうから、観光ぐらいなら安心して
> 来て大丈夫。ド・ゴール空港からRER−Bで来る場合は、各駅停車に乗らず、
> パリ直行便に乗るべし。土曜日の夕方は頑なにこれを守るべし。

昔のNYみたいだな。

82 :世界@名無史さん:2007/10/16(火) 21:27:00 0
オースマン知事の大改造以来、パリはブルジョワが住む地域と労働者が住む地域に
くっきり分かれてしまったからな。最近では移民ごとに固まって住んでいる
地域もある。なんだか中世のユダヤ人街みたい。

83 :世界@名無史さん:2007/10/17(水) 02:41:20 O
6千円くらいの「フランス史」みたいのが出てたけど…
語られた?

84 :世界@名無史さん:2007/10/17(水) 14:23:16 0
http://www.labornetjp.org/news/2005/20051123m3
社会から排除されるのが移民系の若者たちだけでないことは、パリの街を歩けば
(高級ブティック街以外では)ホームレスを必ず見かけることからもわかる。
そのほとんどは「白人」で、近年とみに若者や女性が増えてきた。フランスには
住居を持たない人が約20万人(路上生活者は10万人)いると推定されている。
パリの路上には常時1万〜1万5000人が生活し、2万〜3万人は一時宿泊施設に
寝泊まりしている。アルコールや麻薬中毒、精神的障害を抱える人も多い。
今年フランスでは2件、小児性愛犯罪の大きな裁判があった(1件は現在再審議中)。
いずれも地方都市郊外の貧しい団地が舞台で、幼児・乳児相手の近親相姦が中心の
集団暴行・レイプだ。加害者の圧倒的多数は読み書きや弁論が不自由な「白人」で、
失業者や臨時雇いなど社会から排除された人々だったが、テレビとポルノビデオは
持っていて彼らの生活で大きな位置を占めていた。こうした事件にも、消費者と
して以外には不要になった(でも、思うように消費できない)者の暴力が、
もっとも身近な弱い者に向けられる図式が見えないだろうか?


85 :世界@名無史さん:2007/10/17(水) 18:51:23 0
アンシャンレジームでのフランス貴族(封建領主)には免税特権があったが、
同時期の日本の大名は公儀のお手伝い普請とか参勤交代とか勅使饗応役その他、
事実上の課税(中央政権に対する財政負担)があったな。
一般武士の半知借上げとかも、藩士の家禄に対する課税みたいなものだ。

86 :世界@名無史さん:2007/10/17(水) 19:12:18 0
幕臣でも無役の小普請組は、工事人足を提供する代わりに人足代を納める義務があった。
これも武士に対する課税だな。

87 :世界@名無史さん:2007/10/17(水) 21:43:00 0
むしろ徳川時代は商工業に対する課税がほぼゼロだった(大商人はたまに幕府に上納金は求められたものの)

身分階級として下に置かれていた、特権階級でもなんでもないのに課税無しという権利を享受した。

88 :世界@名無史さん:2007/10/17(水) 22:51:06 0
>>58-59
「門番」って、19世紀の小説から、20世紀にドイツ占領下でも、登場するな

89 :世界@名無史さん:2007/10/17(水) 23:01:39 0
アパルトマンの1階は管理人の住まい。

90 :世界@名無史さん:2007/10/17(水) 23:09:16 0
アパルトマンの管理人に付け届けをしたりして気にいってもらわないと、何かあったとき悪い噂流されて
酷い目に合わされる事も多い。

91 :世界@名無史さん:2007/10/17(水) 23:54:07 0
オペラ・ガルニエは19世紀ブルジョワの成金趣味の象徴。
彼らは音楽を格別に愛していたからオペラ座に行ったのではなく、かつての
貴族のように燕尾服やイヴニング・ドレスでめかしこんで、豪華な馬車を
仕立ててシャンデリアの輝く劇場に乗りつけることがステータスシンボル
だからオペラ座に通った。

92 :世界@名無史さん:2007/10/18(木) 00:04:42 0
19世紀において、オペラ座通いと並ぶステータスシンボルだったのが、ピアノ
である。
この時代には、ピアノは上流階級に必須の家具のひとつであり、「良き家庭」
の象徴そのものであった。
居間にとびきり高価なグランドピアノを置き、娘にそれを習わせない上流家庭は
皆無だったといってもいい。
特に耳が肥えているわけでもなく、とびきり音楽を愛しているわけでもないが
夕食後は必ず居間の安楽椅子に腰をかけ、葉巻をくゆらせながら娘が弾くピアノに
耳を傾けて悦に入るというタイプの音楽愛好家が登場した。


93 :世界@名無史さん:2007/10/18(木) 20:05:04 0
そういえば、日本でもある時期まで、ピアノが売れてたな

でも、ロシア=旧ソ連の某有名音楽家が、電子オルガン褒めた途端、
日本のピアノ産業は崩壊したという

94 :世界@名無史さん:2007/10/18(木) 20:17:39 0
>>91-92
対する、映画は、当初から、大衆向けの娯楽だったのですか?

売春宿にも、20世紀の早い時期から、ブルーフィルムがおいてあったという・・

95 :世界@名無史さん:2007/10/18(木) 20:34:40 0
>>92
現代のフランスでは、かなり裕福な家庭でも、電子オルガンで間に合わせているかもな

いざとなったら、金銭に換えるなり、鋳潰して使うなりする
銀食器の伝統の方が根強く残っていそう



96 :世界@名無史さん:2007/10/18(木) 20:37:02 0
>>94
そうでつ。

ついでに述べておくと、19世紀半ばのヨーロッパでは、写真の普及も
手伝って、かつて街角の公共ギャラリー的な役割を果たしていた版画店の
中にはポルノまがいの品を並べる連中も現れた。
しかも印紙税や紙税が廃止されると出版にかかるコストが大幅に下がり、
猥褻図書が大量に生み出されるようになった。

97 :世界@名無史さん:2007/10/18(木) 20:50:32 0
フランスでは1830年代にカフェ・コンセール(食事や飲み物をとりながら、
歌・音楽演奏・ヴァラエティ・曲芸などが楽しめる娯楽場)が誕生し、
70年代におおいに流行した。
基本的にステージは屋内にあったが、夏の夜は屋外に舞台を設置するものも
多かった。照明にはアーク灯が使われた。(アーク灯はパリでは1844年に
はじめてコンコルド広場に設置されたが、夜の楽しみの拡大とともに
70年代に急速に普及した)

98 :世界@名無史さん:2007/10/18(木) 21:00:06 0
>>96
江戸時代から春画流通してた日本に比べると遅れてるな

99 :世界@名無史さん:2007/10/18(木) 22:33:21 0
>>97
誕生してから普及するのに40年以上かかった。
1830年代の時点では、大衆娯楽を楽しむ経済的に余裕のある層が、
まだまだ少なかったということか・・

やはり、過渡期としての第二帝政は、内政面での地味な功績が偉大だ。

100 :世界@名無史さん:2007/10/18(木) 22:42:36 0
>>97の続き

カフェ・コンセールの隆盛を支えていたのはパリの人々のショー好きである。
拡大する中産階級は自分たちの娯楽を求め、それらは大衆にまで広がった。
大衆的な綱渡り芸からバレエ、オペラ、コメディ・フランセーズまで
ジャンルは多様で、1860年には278の劇場がオープンしたということから
その熱中ぶりを推測することができる。
ちなみにカフェ・コンセールはダンサーや歌手、娼婦たちと客との男女の
交渉の場という一面も持っていた。
またドイツ系のビアハウスから発展したカフェ・コンセールでは、シャンパン・
ブランデー・ビール・ワイン・アブサンなどが飲まれていた。
アブサンはニガヨモギで香りをつけた緑色のリキュールで、安価であったため、
労働者階級の飲み物として愛飲されていた。

101 :世界@名無史さん:2007/10/18(木) 22:46:58 0
>>100
それだけの数の劇場が存在したということは
庶民のための見世物小屋的な安劇場も多かった?

102 :世界@名無史さん:2007/10/18(木) 22:52:51 0
>>100-101

怪盗ルパン・シリーズに、安劇場の女優が登場するね
当時のフランスの芸人の人口は、現在の10倍以上だったのかも

サーカス興行や大道芸人も健在だったから
(売春などのいかがわしい行為もしていたが)

103 :世界@名無史さん:2007/10/18(木) 22:54:26 0
>>101
Yes.

ttp://www.nationalgallery.org.uk/WebMedia/Images/38/NG3858/eNG3858.jpg
庶民的なカフェ・コンセールを描いた絵。
ttp://cgfa.sunsite.dk/manet/manet18.jpg
高級なカフェ・コンセール。背景に豪華なシャンデリアや二階席から
オペラグラスを覗く観客が描きこまれている。

104 :世界@名無史さん:2007/10/18(木) 23:06:56 0
産業革命による労働者の流入により、1846年に105万人だったパリの人口は
66年には180万人にふくれあがった。人口増加だけではなく、ほぼ10年ごとに
開かれる万国博覧会がパリの市街整備を促進させたといっていい。
要人をはじめ、おびただしい外国人客がパリを訪れた。55年の博覧会入場者数は
516万人、67年には1100万人の入場者数が記録されている。
オースマン男爵のパリ改造計画により、オペラ座付近の「グラン・ブールヴァール」
は、パリでもっとも豪華な地区となり、劇場やオペラ、ヴォードビル(歌わない
ドタバタ風の軽い喜劇)、カフェ・コンセール、カフェ、レストラン、サーカス、
ダンス場などさまざまな娯楽と快楽の施設がつくられた。
パリのこの変化は、鉄道の発達によるフランス全土の近代的な組織化とも
並行していた。またパリの市民も、その生活圏に鉄道で容易に行ける郊外を
取り込んだ。
この時代の印象派の絵画には郊外で行われる競馬、ピクニック、ボート遊び
などを描いたものが多い。

105 :世界@名無史さん:2007/10/19(金) 07:51:32 0
いまだ日本では離婚を悪とする愚かな風潮が存在する。しかし断言しよう。離婚は悪ではない。
好きでなくなったのに一緒にいることこそ悪なのだ。むしろ愛がなくなったならば別れる方が善であろう。
結局のところ、永遠の愛など幻想であり、科学的にも恋愛感情は長くて5・6年しか持たないという
データがある。当事者たちの意図を無視して夫婦関係を強いるのは精神への冒涜であり、嫌に
なったら別れて再婚を繰り返していく方が精神の自由を謳う近代自由主義の要請にも合致するであろう。

しかし読者のなかには、離婚者(バツイチ)、ましてや子連れの人々にとって再婚は容易いものではない
と反論する者もいるだろう。しかしこうした離婚者の不利性もひとえに離婚を悪とする風潮に端を発する
ものであり、離婚が至極当然のものと見なされる社会となれば、こうした離婚者に対する偏見もなくなって
いくであろう。例えば、離婚権がひろく認められているドイツや北欧諸国の家庭を覗いてみよう。
ある家庭に3人の子があるとする。一人は夫の連れ子、もう一人は妻の連れ子そして最後の末っ子が
いまの夫婦の子、こうした家族構成はこうした国々では普通のことである。

ちなみにカトリックのフランスや南欧では離婚を戒める考えが未だ残っているが、こうした国ではそのために
不倫が大きな問題になっている。フランスが政治家の不倫スキャンダルに寛容なのは、離婚がダメなら
不倫もやむなしという風潮が支配している故である。結局、離婚をいくら戒めても人は移り気してしまう
生き物なのである。思うに、こうした不倫を生みだし、私生児などの問題を顕在化させてしまう離婚禁止主義
よりも、さっさと離婚できる社会の方がよっぽど健全ではないだろうか?

恋愛感情の継続のみを結婚の要件とするあり方こそ、真の自由恋愛・自由結婚といえよう。そしてこうした
結婚観はおのずと恋愛と結婚との境界の消滅、つまり結婚制度の廃止へとつながっていくこととなろう。
ともかく、その前段階としての離婚自由化は、その先にある真の精神的自由を尊重する社会への道程
として、日本で次第に高まっていくことであろう。


106 :世界@名無史さん:2007/10/19(金) 08:07:14 0
【国際】フランス・サルコジ大統領夫妻が離婚
http://news22.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1192718517/l50
しかし、この嫁さんはわからん人だなぁ。8月ごろだったか、 400人だかの子供をエイズ感染させた罪で、
死刑宣告されていたブルガリア人看護婦を助けるために リビアへ乗り込んでカダフィ大佐と交渉したのも
セシリア・サルコジだったはずだが。
こういう仕事はできても、 大統領夫人としての仕事はやりたくないのか。
ただ奔放で気まぐれな人間というだけでなくて、 バックにサルコとは別系統の人脈があるということなんじゃないか?

フランスの新聞ではdivorceという言葉使ってるので サルコジの場合は結婚してたんでしょ。
まあ事実婚でも子どもがいると別れるのは大変だけどね。
離婚が完全合意の上で争い事がなくても、 弁護士と公証人は不可欠なので金も時間もかかる。
でも金持ちはそれでも離婚する。

サルコジとセシリアはもともと連れ子2人ずつ連れて 結婚して、さらに自分たちの子どももつくってる人たち
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/america/78031/slideshow/
(写真の解説に注目)
しかもフランスの離婚は、離婚したあとも子どもを 別れたほうの親にあわせる義務が付きまとうし、
それを守らないと裁判し直しもありうるから大変よ。
サルコジみたいな家庭の場合、学校のバカンス(やたら多い)や
週末は、セシリアは前夫との子2人を前夫にあわせ、 サルコジは前妻との子2人を前妻にあわせ、またひきとる。
それでも離婚するタフなフランス人たち。
貧乏人は結婚もあまりしないけどいったん結婚してしまうと
なかなか離婚しない傾向にある。貧乏人は金がないし 弁護士だの裁判所だのに慣れてないので怖がる。
国選弁護士で離婚する手もあるが、延々とマタされるし、 結局ドタンバになって金を請求され、払わないと法廷に
出ないといわれるケースも多々ある。




107 :世界@名無史さん:2007/10/19(金) 22:26:58 0
【SNCF】フランスの鉄道
http://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/ice/1171458399/l50

108 :世界@名無史さん:2007/10/19(金) 23:05:24 0
>>104
ロートレックなんて、伯爵家の出だけど、そういう娯楽施設のポスターを描いて、
美術史に名を残しているものね



109 :世界@名無史さん:2007/10/19(金) 23:22:15 0
 【パリ19日時事】フランスのサルコジ大統領と離婚したセシリアさん(49)は19日付の仏紙エスト・レピュブリカンとの
インタビューに応じ、ほかの男性と浮気していた事実を認めた。
 セシリアさんは「2005年にわたしはある人と会い、恋に落ちて出奔した」と明言した。


出奔かよ。

110 :世界@名無史さん:2007/10/19(金) 23:27:45 0
>>109
そういう話は国際情勢板でどうぞ。

111 :世界@名無史さん:2007/10/20(土) 00:00:56 0
18世紀にはシノワズリーが、19世紀後半にはジャポニズムが流行したな。
1889年のパリ万博で聴いたジャワや中国の音楽は、ドビュッシーに強い影響を
与えているし、絵画でもゴーギャンは南の島を描いた。

112 :世界@名無史さん:2007/10/20(土) 07:20:18 0
フランス人って年とるの早いらしいよ

113 :世界@名無史さん:2007/10/20(土) 08:05:42 0
>>109-110
そういうゴシップ・ネタは、パリ社交界華やかなりし頃は、
巷に広まっていたんだろうね
第二帝政期とか・・

114 :世界@名無史さん:2007/10/20(土) 09:11:44 0
>>111
この頃は、外国語の語彙使用禁止なんて、アホなことしていなかったよな

115 :世界@名無史さん:2007/10/20(土) 09:21:35 0
フランスには、政治高等法院(現在では共和国法院も)という、
元首と大臣の職務上の犯罪のみ裁く古いタイプの特別刑事法廷がある。
なんと憲法に明記sれています

フランス国内でも、法の下の平等に反する、との批判が強い

116 :世界@名無史さん:2007/10/20(土) 09:22:53 0
>>113
社交界といえばドミ・モンド(高級娼婦)。
この時代は紳士のたしなみのひとつとして、「ドミ・モンデーヌのパトロン」
があり、全財産を使い果たすことは「モダン」であったのだから驚く。

プチ・ブルジョワ、体面を保てないブルジョワ、バレリーナ、オペラ歌手、
離婚した女性などが、服飾、装飾の商人たちの口利きで、ドミ・モンドに
デビューをした。

117 :世界@名無史さん:2007/10/20(土) 09:23:03 0
>>112
まだ小さい頃から、胸のある女の子が多いからな

ドイツ人やオランダ人の女性は筋張ってるけど

118 :世界@名無史さん:2007/10/20(土) 09:46:16 0
>>116
バルザックの『ゴリオ爺さん』読んだら、憤慨するよ
19世紀前半の貴婦人ってのは、夫がいながら、愛人に貢ぐためだけに、
老いた親から借金する日々だったというんだから

119 :世界@名無史さん:2007/10/20(土) 10:00:13 0
まぁ女性は貞淑を求められた日本じゃありえないよね。
村に行けば集団SEXとかは当たり前だったみたいだけどわざわざ貢いでまで、ってのは
殆ど無いし。
むしろ富裕層に買い上げられる方だったからな、女は。

120 :世界@名無史さん:2007/10/20(土) 15:39:22 0
毒殺が横行したのって離婚できないからだっけ?トファーナ水とかで

121 :世界@名無史さん:2007/10/20(土) 16:16:28 0
>>120
カトリックだからね。

>>118
上流階級の女性が慈善バザーに行くと称して、実は男の愛人のところに
通っていたなんてこともあったらすぃ。


122 :世界@名無史さん:2007/10/20(土) 18:49:23 0
【フランス】大規模交通ストが2日間延長へ ─政府は年金改革を強行する構え[07/10/20]
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news5plus/1192864803/l50

フランスの鉄道ストは、20世紀初頭にも見られたが、
たしか鉄道労働者を予備役召集して鎮圧したんだっけ?

それにしても、75%参加とは、日本と違って組織率高いな
裏では、エナルクが操って抵抗勢力になっているのかな?

123 :世界@名無史さん:2007/10/20(土) 19:51:20 0
>>121
いんちき慈善事業も多かったろうな

124 :世界@名無史さん:2007/10/21(日) 00:20:09 0
フランスでは1936年に、人民戦線のレオン・ブルム内閣がCGT(労働総同盟)
の代表らと二週間の有給休暇や週40時間労働制を定めたマティニョン協定を結んだ。
(それまでバカンスは金持ちや軍人、一部の役人、銀行員だけのものだった)

車は贅沢品だったので、大半の国民は自転車でバカンスに出発した。1936年に
約52万台だったフランス国内の自転車台数は37年には800万台に跳ね上がる。
自転車には家族や荷物を乗せる付属車がつけられた。
バカンス用に40〜50%の列車割引も実施され、パリから南部に向かう列車の
出発駅であるリヨン駅からは同年8月、20万人が出発した。

125 :世界@名無史さん:2007/10/21(日) 07:14:15 0
貴族は政略結婚だから愛人づくりが古くから当たり前になっていた

126 :世界@名無史さん:2007/10/21(日) 09:01:13 0
>>110
ていうか、こんなゴシップネタ、一昔前のフランスの政治報道では、取り上げられなかったのに・・

127 :世界@名無史さん:2007/10/21(日) 09:09:20 0
>>124
昨今も、自転車通勤奨励されてるけど、あれって、どういう意図から?

石油の輸入を減らすため?

128 :世界@名無史さん:2007/10/21(日) 10:01:29 0
>>127
それもあるけど基本的には渋滞解消と環境への配慮でしょ。

129 :世界@名無史さん:2007/10/21(日) 18:49:12 0
>>79
七月王政以降、そうもしていられなくはなっただろう
貴族に対して支給された「年金」が停止され、免税特権もなくなれば、
農場しか収入源はない。

130 :世界@名無史さん:2007/10/21(日) 20:18:11 0
アンリ・ド・サン=シモン伯爵というのは変わった人物だ。

名門貴族の家に生まれ、アメリカ独立戦争に参加し、捕虜となってジャマイカ
での収容序暮らしを経験したり、大西洋と太平洋をニカラグア湖を経由する
運河で結ぶという計画を立ててみたり。
フランス革命のさなかには、国外に逃亡した貴族や、ギロチンで処刑された
貴族の家屋敷を買い取って一財産を築く。さらに大英帝国外務省の諜報員
として過ごした時期もあったらしい。
後年、暗殺教唆という身に覚えのない嫌疑をかけられて、精神病者を収容する
私設病院で数年間を送った。

131 :世界@名無史さん:2007/10/21(日) 22:20:03 0
>>130
サド侯爵もそうだが、ある種の犯罪嫌疑ある者を、精神病院に放り込むのが、
当時の欧州の習わしだったようで・・

132 :世界@名無史さん:2007/10/22(月) 22:09:52 0
フランスに「さすべえ」を輸出

133 :世界@名無史さん:2007/10/22(月) 22:15:11 0
シトロエンの名車「2CV」はバカンスのおかげで発達した。
またパンタロンやTシャツ、セーターなどのリゾート・ウェアが大衆化した。

ちなみにバカンスの期間は1956年に三週間、69年に四週間、81年には五週間に
延長されている。

134 :世界@名無史さん:2007/10/23(火) 23:11:33 0
>>133
当時から、宿屋かホテルに泊まっていたの?

それとも、テント暮らし?

135 :世界@名無史さん:2007/10/24(水) 00:14:21 0
>>134
そこまではわからん。スマソ。

136 :世界@名無史さん:2007/10/24(水) 00:31:04 0
フランスの女性の理想像は、昔からサロンを主催する女性。
イタリアの女性の理想像がマンマ(母)なのとはえらく違っている。

137 :世界@名無史さん:2007/10/24(水) 10:48:06 0
中世盛期、叙任したての若い騎士が修行という名目で旅に出て
各地の試合や領主に仕えながら生活をしていたという話をよく聞くけれど、
そういう騎士は従者もなしに一人で馬に乗って旅をしていたんだろうか?
この辺の詳しい記述のある本なんかがあれば教えて欲しい。

138 :世界@名無史さん:2007/10/24(水) 10:55:49 0
>>137
騎士ってのは最低でも4,5人の家臣や従者とセットだよ。
今の戦車みたいなものだからね。修行でもそれは一緒。

139 :世界@名無史さん:2007/10/24(水) 12:03:26 0
>>136
フランス人は虚栄心と見てくれ偏重だと、
スタンダールが、恋愛論で書いています

140 :世界@名無史さん:2007/10/24(水) 12:51:32 0
フランス人 猜疑心と弱者慈愛が同居

141 :世界@名無史さん:2007/10/24(水) 14:58:36 0
67 名前:世界@名無史さん[sage] 投稿日:2007/10/22(月) 23:30:00 0
幕末期にはトロイを発掘する前のハシュリーマンがぶらり横浜にきて、
東海道の幅員について「十一メートル幅」で、
「念入りに管理されていた」と「中国と日本の現状」の中で書いている。

訪れた「江戸の街のすべての道はパリの大通りのように砂利で舗装されている。
最も狭い道でも幅七メートルはあり、商業地域の平均的な道幅は十四メートルぐらい。
大名たちの屋敷町の道幅は二十から四十メートルもある」。

ここで比較に出されたパリの道は、そのわずか三十年前、
ナポレオン三世の時代に大改造したばかりで、
それまでは「建物のほとんどは立ち小便や汚水で根腐れを起こして傾き、
泥道はいつもぬかるんで」
ルイ九世だったかはセーヌ川のシテ島の辺りの泥道で落馬して窒息死している。

142 :世界@名無史さん:2007/10/24(水) 15:17:51 0
なんとも 世の流れは 早ひものであり
 先日私が 書き込んだ文章を
  早くも コピペで見れるとは
   なんともいえず 恥ずかしいような気持ちであり 
    さういえば このコピペされた文章も どこか巷の文章から
     拝借した事を思ひ出し ますます 
      じっとはしていられない 心境になるのであった

143 :世界@名無史さん:2007/10/24(水) 16:15:44 0
>>141
>ルイ九世だったかはセーヌ川のシテ島の辺りの泥道で落馬して窒息死している。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%A49%E4%B8%96_(%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E7%8E%8B)#.E7.AC.AC8.E5.9B.9E.E5.8D.81.E5.AD.97.E8.BB.8D
イスラム教国であるチュニジアを攻撃したが、飲み水の劣化や熱さにより病気がはびこり、ルイ9世も現地で病没した。

144 :世界@名無史さん:2007/10/24(水) 16:49:28 0
http://www.sakura-inc.net/iroiro/france02.html
 ↓
色壁=フランス壁?
大体において黄色。
青色なんてまず見ないけどな。
たまに、緑色や赤色を部分的に使用しているけど。

フランス人は、黄色を「太陽の色」と思うそうだ。

145 :世界@名無史さん:2007/10/24(水) 17:28:59 0
憲兵隊と警察の統合って、前々から叫ばれているのに、いまだに実現できないのは、なぜ?

146 :世界@名無史さん:2007/10/24(水) 17:50:19 0

憲兵といえば、軍隊内警察だと思っていたが、なんでフランスでは地方警察みたいなことをやっているのでしょう。

147 :世界@名無史さん:2007/10/24(水) 17:57:13 0
>>146
歴史の上では、警察よりも古い時代から、フランスの治安を担ってきたらしい

とはいえ、いまだに警察組織に統合されず、管轄が国防省というのは不自然
田舎の駐在を軍人身分というのもなあw

148 :世界@名無史さん:2007/10/24(水) 18:01:39 0
大統領の職務上の反逆罪のみを裁く政治高等法院という憲法上の制度も存続しています。

あからさまに法の下の平等に反していると思う

149 :世界@名無史さん:2007/10/25(木) 04:48:38 0
イタリアだってカラビニエリが地方警察やってるじゃない
ラテンアメリカ諸国でも普通だよ

150 :世界@名無史さん:2007/10/25(木) 05:16:58 0
ラテンの特徴なのか?

151 :世界@名無史さん:2007/10/25(木) 07:30:19 0
憲兵には野戦憲兵と国家憲兵があって、>>146の言ってるのは前者。米軍のMP。
ジャンダルムリやカラビニエリは後者。
ラテン以外でもオーストリアやオランダなどにもある。
フランスやイタリアのは準軍事組織だがオーストリアのは完全に警察組織。

日本の警察制度はイギリスにならってる。イギリスには国家憲兵はない。
恐らく英連邦諸国の大半は国家憲兵を持たないのでは。
欧州諸国や中南米はフランスに倣ったのだろう。

152 :世界@名無史さん:2007/10/25(木) 08:06:16 0
>>151
日本の警察制度はフランスに習ったものだぞ・川路利良はフランスで警察制度を学んで警視庁を作っておる。

153 :世界@名無史さん:2007/10/25(木) 12:33:51 0
へー × 8

154 :世界@名無史さん:2007/10/25(木) 20:29:40 0
>>124
自営業者にも、バカンスなんてあるの?

155 :世界@名無史さん:2007/10/25(木) 21:24:09 0
>>152
戦後から現代の警察制度は英米系の影響だと思うが。

156 :世界@名無史さん:2007/10/26(金) 07:51:18 0
>>155

でも、アメリカのような、都市と田舎で警察組織が違う、ということはないからな

157 :世界@名無史さん:2007/10/26(金) 20:55:12 0
1954年の警察法大改正で英米式の自治体警察は、戦前型に近い国家警察に戻った。
形式上は都道府県警察だが、人事・予算・組織の面で完全に中央集権的な国家警察だ。

158 :世界@名無史さん:2007/10/27(土) 06:02:09 0
自治体の財政力では警察の面倒を見切れなかったのです

159 :世界@名無史さん:2007/10/27(土) 09:34:28 0
>>157-158
戦争直後の破綻した経済、財政で、もともと無理だったということ

160 :世界@名無史さん:2007/10/27(土) 10:56:19 0
戦争直後ならイギリスの財政も似たり寄ったりでしたがな。

161 :世界@名無史さん:2007/10/27(土) 11:42:00 0
戦前日本の内務省警察というのは、どこと比べてもシンプルなものだったんだな。

162 :世界@名無史さん:2007/10/27(土) 12:18:34 0
ロシアの警察はどうだったん?

163 :世界@名無史さん:2007/10/27(土) 18:07:05 0
ロシアも内務省軍という準軍事組織があったような。

164 :世界@名無史さん:2007/10/27(土) 18:38:38 0
ってか、警察と軍とを区別する方が変だよ。

165 :世界@名無史さん:2007/10/27(土) 20:18:56 0
そう言えばロシアは石油企業とかに、武力を持った準軍隊と言うか警察と言うか、そう言うものを
持たせられるようにしたらしいね。
ストロガノフ家かよw

166 :世界@名無史さん:2007/10/27(土) 21:05:49 0
>>164-165
まるで南アフリカ・・

もっとも、以前からKGB出身者の警備会社が暗躍していたけど

167 :世界@名無史さん:2007/10/28(日) 01:19:46 0
>>140
レミゼラブルの作者とかな


168 :世界@名無史さん:2007/10/28(日) 19:27:07 0
ユゴーって政治的には変節漢だよ。
青年時代は正統王党派で、ブルボン家の王政を賛美するような詩を書いてた。
その後、七月王政下ではルイ・フィリップ王に接近して上院議員に取り立てられ、
二月革命のときにはルイ・フィリップの孫の王位継承を支持した。

それが晩年には共和主義者。
死ぬまで正統王党派だったシャトーブリアンの爪の垢を煎じて飲ませたい。

169 :世界@名無史さん:2007/10/28(日) 20:23:25 0
>>168
刑法の改正とか死刑廃止論とか世界平和論とか、一応ずっと人道主義者っぽい活動は
続けている

170 :世界@名無史さん:2007/10/28(日) 20:33:03 0
>>169

主張が、いまいち論理的じゃないのが、あれだけどな


171 :世界@名無史さん:2007/10/28(日) 20:49:10 0
>>168
機を見るに敏というか、そのときどきのトレンドや勝ち組に乗り換えてる感じだな。
第二帝政だけには加担しなかったが、ナポレオン3世がよほど胡散臭かったのか?w

172 :世界@名無史さん:2007/10/28(日) 20:54:49 0
>>171

第二帝政のおかげで、フランスの貧乏人の生活が、どれだけ改善されたかわからないのに

173 :世界@名無史さん:2007/10/28(日) 20:57:51 0
>>171
三世のフランス語のドイツ訛りと容姿が気に入らなかったとかじゃね?

174 :世界@名無史さん:2007/10/29(月) 00:49:32 0
ttp://page8.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/h49099164
アンドレ・モロワ『フランス史』が出品されていますね

175 :世界@名無史さん:2007/10/29(月) 13:42:51 0
ルイ14世はフロンドの乱の記憶のせいで、一生パリが嫌いだったんだよな。

176 :世界@名無史さん:2007/10/29(月) 15:06:42 0
フランスは三十年戦争のさなかの1635年にスペインに宣戦していたが、1648年の
ウェストファリア条約でも両国は講和していなかった。
フランスはスペインのカタルーニャ地方への反乱を続け、スペインはフロンドの
乱において反乱貴族軍に協力していた。
フロンドの乱の終盤には、スペイン領ネーデルラントはフランスに大軍を
送り込むようになっている。

177 :世界@名無史さん:2007/10/29(月) 21:29:01 0
19世紀前半まで、貧民は裸足がざらだったのが、凄い

田舎はまだしも街中では悲惨だったろうな
おまけに北フランスの冬の寒さは札幌並み

178 :世界@名無史さん:2007/10/29(月) 21:55:21 0
>>128
レジ袋有料化  環境が目的は大ウソ
http://money6.2ch.net/test/read.cgi/eco/1118925115/115-215

私の住んでる所は、半透明の袋ならゴミを出す時にゴミ袋として使ってもいい
だからレジ袋はゴミ出しの袋として使ってる
生ゴミ出す時には汚水が漏れないようにレジ袋に入れてから可燃ゴミの袋に入れたりね
よほどビリビリに破けたりでもしない限り、不要なものとして捨てたりしないんだけどなあ
レジ袋が有料化されたらマイバッグを持つだろうけど
ゴミ出し用には別にビニール袋やゴミ袋を買わなきゃいけない
だからレジ袋を使わなくなってもゴミは減らない

レジ袋こそリサイクルの優等生ですぞ。
石油精製後の廃棄物から作られる
旅行カバンには欠かせない必需品、特に成人女性。
紙おむつの処理には必需品、匂いのきつい夏場は2枚重ねでよろしく。
そしてゴミ袋として天寿をまっとうする。
焼却炉の中では釜の温度を素早く上昇させるために活躍。
誤解を受けているレジ袋は不憫でならない。


179 :世界@名無史さん:2007/10/29(月) 21:57:52 0
>>178
児童ポルノサイトの閲覧者狩も、
米国で新たに発足した、国家安全保障省の新しい仕事つくりという
お役所の尾家事情が発端

エコ・ビジネスも胡散臭い

180 :世界@名無史さん:2007/10/30(火) 03:00:09 0
もともとフランスのナショナリズムは左翼(ジャコバン派)の主張だったし、
インターナショナルな性格を帯びていたが、普仏戦争後、かつて王室の姻戚
関係によるインターナショナルなネットワークにのり、国境を越えて活躍していた
王党派が国民国家的ナショナリズムにのめりこむようになった。

一方、左翼の普遍的ナショナリズムは、一部は右翼と同じ対独報復へ、もうひとつは
海外領土獲得を目指す植民地帝国主義へ、そして残りは社会主義へと分化していく。


181 :世界@名無史さん:2007/10/30(火) 10:35:44 0
□フランスの哲学者「ハリー・ポッター作品はサッチャー批判」

【10月29日 AFP】「ハリー・ポッター(Harry Potter)は左派で、同シリーズはマーガレット・サッチャー
(Margaret Thatcher)政権時代の英国に対する痛烈な非難だ」−同シリーズ第7巻のフランス語版が発売された26日、
パリ大学で言語学を教えるフランス人哲学者ジャン=クロード・ミルネール(Jean-Claude Milner)氏が
仏左派系紙リベラシオン(Liberation)に語った。

「ハリー・ポッターは始めからとても政治的な内容で、現在の英国について描いている。読み進めていくと、
J・K・ローリング(J.K. Rowling)が他の英国の文化人のように、“サッチャー革命”というのは大失敗で、
文化は神秘学として生き残るしかないと信じていることが分かる」とMilner氏は語った。

 ミルネール氏によれば、ハリーの魔法の世界、特にホグワーツ(Hogwarts)魔法学校というエリート校の設定は、
小説中でマグル(Muggle)と呼ばれる非魔法使いに象徴された中流階級の勝利に対する抵抗を示しているという。

「マグルだったハリーの叔母夫婦は、同じ形の家が建ち並ぶ地域の小さな家で、サッチャー時代の英雄のように暮らしている。
現代の英国は、サッチャーからブレア(Tony Blair)時代にかけて、マグルが権力を握った世界、つまり中流階級が
思うままに行動することができる世界だと言うことができるだろう」

 『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人(Harry Potter and the Prisoner of Azkaban)』で、ハリーの
おばさんが風船のように飛ばされるシーンは、サッチャー元首相に対する風刺だという。

「ここに『チャップリンの独裁者(The Great Dictator)』との類似点を見ることができる。そしてこのおばは、
マージ(Marge)と呼ばれていることを忘れてはなりません。サッチャー前首相のことをほのめかしているのです」
http://www.afpbb.com/article/life-culture/culture-arts/2304490/2293992


意味が解りません。

182 :世界@名無史さん:2007/10/30(火) 14:27:48 0
ttp://www.geocities.jp/a5ama/e058.html
ジャガイモがフランスへ入ったのは、他のヨーロッパ諸国に比べて幾分遅く、
田舎の貧民の食物として使われた外は、主として貴族の間だけで珍重され、
17世紀初めのルイ13世時代でも、宴会での珍しい食べ物として試食された
程度でした。17世紀末のルイ14世のころになっても、一般大衆からは嫌われ、
貴族階級の美食の対象にとどまっていたようです。
ところで、ジャガイモがなぜこんなに一般大衆から嫌われたのでしょうか。
もと小樽商科大学の加茂儀一氏は、この原因について次の4つを上げていました。
第1にはジャガイモにはサツマイモのような甘味がないため、煮て塩をつけるか、
あるいは油でいためなければ食べれません。したがって、味のもの足りない
ジャガイモは、高価な薬味をつけたり、フライにして食べることができる階級に
よってのみ、美味なものとして食卓を飾ることができたわけです。言いかえると
肉食を十分にとるほど余裕のある家庭では、たっぷり肉の味がしみついたジャガイモを
美味なものとして賞味できたのです。しかし、貧しい人達は、薬味や肉類をまったく
手に入れることができなかったばかりか、パンをも買うことができなかったので、
味の淡いジャガイモをそのまま食べざるを得なかったのです。

183 :世界@名無史さん:2007/10/30(火) 14:29:09 0
第2に、当時のヨーロッパでは、ジャガイモをおいしく料理する方法を知らなかったこと。
とくに、19世紀に入ってイギリスで考案されたシチューのように、肉とジャガイモを
一緒に料理する方法がなかったうえ、安い肉を自由に手に入れることが難しかったことも
大きく影響していたようです。
一般に、当時のアイルランド人は煮ること、フランス人はフライにすることが調理の
主流であり、この習慣はそれぞれの国で根強く残っていて、調理法を安易に変えることは
非常に困難であったのです。このため、それ以外の方法でジャガイモを料理することは、
考えられませんでした。このこともジャガイモの普及を妨げました。
第三に、ジャガイモを完全にパンの代用品とすることができなかったことです。
これはジャガイモの普及にとってかなり致命的な障害になったわけです。
第四に、ジャガイモの普及を最も遅らせた原因として、イモ(塊茎)の形状に
ちなんだ迷信があったのです。

184 :世界@名無史さん:2007/10/30(火) 14:30:10 0
人間の知識がまだ進歩していなかった時代ほど、人々は迷信に左右されやすかったようです。
たとえば、濃厚な赤色のワインを飲むと血液の動きを活発にするという迷信がありました。
また、赤い砂糖ダイコン(シュガー・ビート)の汁は貧血の女に効きめがあるとか、
黄色いクサノオウは黄だんの治療剤である・・・、と思われていました。
同じように、ジャガイモについても、有毒であり、そのコブ状の形かららい病など
流行病の原因になると信じられていた時代があったのです。
1748年に、フランスで出版された『スープの学校』という本の中でも、
「おおかたの意見によると、ジャガイモはあらゆる野菜のうちでも最も悪質な
ものである。しかし人類の最も多数を占める庶民はこれを食べている」と、
軽蔑的に記述していました。

185 :世界@名無史さん:2007/10/30(火) 21:35:49 0
>>184
ジャガイモって、植えるとほかの作物が育たなくならない?
寒冷地のアイルランドなら仕方ないけど・・

ところで、北イタリアの農業は豊かなのに、なぜ同じ地中海沿岸の南フランスでは
農業貧しかったのでしょうか?

186 :世界@名無史さん:2007/10/30(火) 21:54:50 0
アルビジョワ十字軍以来、なんか南は虐められっぱなしですね。

187 :世界@名無史さん:2007/10/30(火) 22:44:27 0
>>185
南フランスは乾燥した石灰質のやせた土地で耕作に適さない。おおむね山がちな地形。
農業は牧畜(羊・山羊)と果樹(ブドウなど)・オリーブ栽培。

188 :世界@名無史さん:2007/10/31(水) 00:41:09 0
1271年8月21日トゥールーズ伯アルフォンス・ド・ポワティエが死去したことに
よって、トゥールーズ伯領はフランス王領へ編入されることになった。
南フランスに位置するトゥールーズ伯領は、13世紀以前にはイル・ド・フランスに
拠点を置くフランス・カペー王権の影響を受けることはほとんどなかったが、
13世紀初めのアルビジョワ十字軍の開始とともに、徐々にフランス王権によって
管理された政治組織へと組み込まれていくことになる。

フランス王権は、ローマ法の慣行を持っていた南フランス諸都市を支配に組み込んだ
ことが契機となって、王権と都市との間に「対話」が持たれ、そこで都市行政の
ノウハウが国王行政に伝えられた結果、国家形成が果たされていく。

189 :世界@名無史さん:2007/10/31(水) 15:16:12 0
>>188
>王権と都市との間に「対話」が持たれ、そこで都市行政の
>ノウハウが国王行政に伝えられた結果、国家形成が果たされていく。

地元から王の臣下に取り立てられた者がいたのかも
地味な政治行政情勢の推移だから、バイオリン発明者同様、
記録でも発見されないと誰なのかはわからんが


190 :世界@名無史さん:2007/10/31(水) 15:17:49 0
>>185-187

よくそんな貧しい地域をフランス領に組み込んだものだ
それとも、地中海の太陽に憧れた?


191 :世界@名無史さん:2007/10/31(水) 19:45:37 0
フランス王権は13世紀初めにはノルマンディ公領を獲得しているな。

192 :世界@名無史さん:2007/10/31(水) 19:55:22 0
第一期(1229〜1249年)

アルビジョワ十字軍の終結時に結ばれたパリ和約の規定によって、伯領の東半分は
王権に譲渡され、伯レーモン7世の唯一の相続人である娘ジャンヌと国王ルイ9世の
弟アルフォンス・ド・ポワティエとの結婚が取り決められた。王権に忠誠を誓った
レーモン7世は、残された伯領の集権化を徐々に進めていくことになる。ただし
この時期には、王権との関わりはそれほど強いものではなかった。



193 :世界@名無史さん:2007/10/31(水) 19:57:44 0
第二期(1249〜1271年)

レーモン7世が結局男子相続人を残すことなく1249年に死亡したため、その娘
ジャンヌの夫としてアルフォンス・ド・ポワティエが伯領を継承した。この
アルフォンスの治世は、伯領と王権とが関わりを深めていく時期にあたる。


194 :世界@名無史さん:2007/10/31(水) 20:01:01 0
第三期(1271年〜)

そして、さらにそのアルフォンスとジャンヌも子供を残すことなく、1271年に
相次いで死去したために、伯領の王権への帰属が決定的になる。こうして伯領は
王領に編入され、フィリップ3世以降の国王による統治の時代がはじまることになる。


195 :世界@名無史さん:2007/10/31(水) 21:07:53 0
北フランスの場合、王権に対する抵抗勢力が強かったせいで、
慣習法が根強く残った

ナポレオン法典も、ドイツ民法典ほど、ローマ法色は強くない

196 :世界@名無史さん:2007/10/31(水) 21:34:54 0
北フランス:ゲルマン系慣習法、法定・均分相続、単婚家族、分益小作と
馬を用いた三圃制・定額小作

南フランス:ラテン系成文法、遺言・長子相続、多婚・拡大家族、牛主体の
二圃制



197 :世界@名無史さん:2007/11/01(木) 00:13:37 0
ソーヌ川とローヌ川が交わる場所に位置するリヨンは、美食の街として有名。
15世紀前半から定期市が開催され、ヨーロッパ中の物資が集まった。
15世紀後半には、イタリアから絹織物工業の技術が伝えられて急成長し、
商業都市の地位を確立する。
同じ頃、活版印刷技術が導入されて、国内で最初のフランス語の本が出版された。
それを機にリヨンは出版業の中心地となる。

198 :世界@名無史さん:2007/11/01(木) 01:03:34 0
ブルターニュが正式にフランス王国に統合されたのは、1532年のことなんだよな…



199 :世界@名無史さん:2007/11/01(木) 05:39:42 0
>>154
>自営業者にも、バカンスなんてあるの?

ttp://chelseaavenue.blog60.fc2.com/blog-date-20070630.html
2000年には就労者10人に1人が年間5週間以上の年次休暇を持っていた。週35時間
労働が導入されると管理職などの特定のカテゴリーで休暇期間が延び、多くの
人が週の超過勤務の代償として2週間の追加休暇を得るようになった。こうして、
年間合計8週間<銀行など特定の部門では10週間>の休暇が見られるようになった。
2005年5月の段階では、年休が4週間未満の人は主に自営業者(農民・商人・職人・
自由業)で、割合は10人に1人である!彼らの年間平均休暇は18日で、そのような
職業の人達は、労働時間削減から取り残されてしまっている。

200 :世界@名無史さん:2007/11/01(木) 19:26:54 0
>>199
床屋さんも・・

201 :世界@名無史さん:2007/11/01(木) 19:31:24 0
>>198
それ以前には、ブリトン語が公用語だった?

202 :世界@名無史さん:2007/11/01(木) 19:37:40 0
1852年にブーシコーがパリに開店したオ・ボンマルシェが、フランスに
おける本格的なデパートの始まり。
(それ以前から大型総合小売店は少しずつ姿を現していた)

19世紀前半までのフランスの商店では、入店自由の原則がなかったばかりか、
出店自由の原則もなかった。つまり、いったん商店の敷居を跨いだら最後、
何も商品を買わずに出てくるということは許されなかったのである。
おまけに、商品には値段がついていなかったから、客は、できるかぎり
高く売りつけようとする商人と渡りあって、値段の交渉までしなければ
ならなかった。

しかしブーシコーは、ウィンドーショッピング・薄利多売方式・バーゲンセール・
展覧会・カタログによる通信販売といった現代まで続いている方法を考案した。


203 :世界@名無史さん:2007/11/01(木) 19:44:48 0
>>201
フランス革命まで公式文書などを除けばブルトン(ブレイス)語が話されていたのでは。

1790〜94年に行われた調査では、当時の人口2800万人のうち、フランス語(中世
北フランスのオイル語を起源とする)を正しく話せるのは300万人に満たず、正確に
書けるのはそれよりはるかに少ないという結果が報告されている。


204 :世界@名無史さん:2007/11/01(木) 19:56:25 0
>>203
1割前後!
イタリアのトスカーナ方言以下の普及率だったかも


もっとも、日本語にしても、明治時代に文部省が、
江戸の武家言葉をベースに標準語を作ったんだけど



205 :世界@名無史さん:2007/11/01(木) 21:55:13 0
ttp://www.asahi.com/international/update/1031/TKY200710310292.html
パリのオペラ座、スト突入 公演キャンセル相次ぐ

パリのオペラ座のスタッフが仏サルコジ政権の年金改革への反発からストに
突入し、公演が相次いでキャンセルされている。オペラ座職員が17世紀から
享受してきた手厚い年金制度が危機に直面している、との理由からだ。ただ、
日本などから訪れたファンらはがっかりしているようだ。
パリジャン紙によると、パリにあるガルニエ、バスチーユの二つのオペラ座の
職員は、1698年にルイ14世によって創設されたといわれる年金制度に
守られてきた。バレエ団のダンサーは40歳、合唱団は50歳、技術職の
スタッフは55歳での定年を認められる。ただ、現政権の年金改革で特例が
廃止されると考えた音響係、照明係らが26日にストに突入。日曜日の28日を
除き、公演への参加を拒否した。


>ルイ14世によって創設されたといわれる年金制度に守られてきた。
( ゜д゜)

206 :世界@名無史さん:2007/11/01(木) 21:59:23 0
>>205
既得権もいいところだなw
たとえば今の日本で、歌舞伎座が徳川幕府から得た特許状を盾に何か要求するようなものか。
いくらなんでも時代錯誤過ぎるわ。

207 :世界@名無史さん:2007/11/01(木) 22:59:29 0
>>205
>ルイ14世によって創設されたといわれる年金制度に守られてきた。

貴族の「年金」(恩給?国債?)は、前世紀には跡形もない


とはいえ、大革命以前には、労働者の争議行為は結構あって、
労働裁判所の前身になる制度まであったらしい

208 :世界@名無史さん:2007/11/01(木) 23:10:19 0
初歩的な質問なのですが、

フランスは人口がありながらなぜパリ以外まともな(怒られる?)
都市が無いのでしょうか?

隣のドイツ・イタリアなら地方の中核都市みたいなのがあり、100万〜50万
くらいの都市がありますが、ドイツイタリアは分裂していた歴史が長いのは
あると思いますが、周りのイギリスやスペインとかを見てもフランスは
パリ一極集中だと感じます。王制が長かったりしてパリ=中心という期間
が長すぎて遷都ができなかったのでしょうか?

フランスはパリ以外はマルセイユ、リヨンくらいで本当に6000万も人口
がいるのか地図帳みても疑問に感じます?

首都が何度も占領されているので国防や地方振興の点から
ヌーベルパリ?のような遷都の計画ってなかったのでしょうか?


209 :世界@名無史さん:2007/11/01(木) 23:14:44 0
>>208
パリ近郊のヴェルサイユが関の山。

それでも、80年代以降、分都というか、官庁を地方に分散してきてはいる。
ENAも、ストラスブールに移転させたはず。

210 :世界@名無史さん:2007/11/01(木) 23:28:18 0
フランス中部の保養地ヴィシーは鉱泉の町として有名である。
ローマ時代から鉱泉が出る町として知られ、16〜17世紀にかけてアンリ4世の
ころに町として発達し、ナポレオンが1810年にパルク・デ・ソルス(鉱泉公園)
を建設したことで飛躍的に発展する。
鉱泉はリューマチや肝臓病に効くといわれ、ナポレオン3世時代にはワインや
ご馳走に疲れた金持ちたちが重炭酸塩や炭酸が豊富な鉱泉を飲みに競ってやってきた。
1940年夏にフランス政府がここに移動した理由のひとつに、ホテルの数が多く、
官庁をはじめ行政機関を収容するのに便利だというのがあった。

211 :世界@名無史さん:2007/11/01(木) 23:29:56 0
>>208
>周りのイギリスやスペインとかを見ても

イギリスも、ロンドンに匹敵する都市はなさそうだけど

212 :世界@名無史さん:2007/11/01(木) 23:41:45 0
>>208
パリ圏(パリとイル・ド・ フランス)の人口は約1000万人。
しかも、都市圏人口は964万人。まさに一極集中ですね。
第2位以下の都市は、順にマルセイユ(80万人)、
リヨン(47万人)、トゥールーズ(43万人)、ニース(34万人)。

フランス自体、日本と比べ、国土面積は約1.5倍、
人口は約半分の6400万人、人口密度は1/3。
4つの海外県と、複数の海外領土の人口はわかりまぬ。
まぁ、パリ圏以外は、広い平地に中小都市が
点々点々としている感じでしょうか

フランス革命以前から続く、中央集権への意識がかなり影響しているような…。
ヨーロッパは、得てしてそういうもんなのかもしれませんが。
1970年ぐらいからは、政府が「パリへの一極集中排除と地域間格差の是正」のための
施策に力を入れているらしいです。

213 :世界@名無史さん:2007/11/02(金) 07:13:48 0
>203
 実際18世紀位からじわじわとブレゾン領域が半島の西へ西へと狭まってくんだよね。
 ここへきて復活の狼煙を上げようとしてるけど。
 海峡を越えた先のウェールズ語みたいに曲がりなりにも公用語になるってのがあり得なさそう(事実上バイリンガルな標識はあっても)ってのはきつそう。

>204
 日本語と簡単に比較しない方がいいかもしれないよ。
 特にブルターニュやらバスクなんてのはフランス語や南フランス諸語と言ったもの(これも既に方言のレベルじゃないけど)と言ったラテン系と言われる言葉じゃなくてケルト系だったり(ここまでは一応印欧語だけど)、バスクは系統不明だし。

 フランス王権の確立とフランス革命と第2次大戦の対独抵抗運動と3回フランス語に!って力が働いたって事かねぇ?

 

214 :世界@名無史さん:2007/11/02(金) 14:17:21 0
ドイツにおいてローマ法継受が進展していった15世紀末から16世紀にかけて
フランスでは王権のイニシアティブによって全国の慣習法が成文化されていった。
この成文化された慣習法にもとづいて、慣習法研究が進展しフランス法が形成
されてゆき、17世紀には大学にもフランス法講座が置かれるようになる。

215 :世界@名無史さん:2007/11/02(金) 16:25:17 0
>>214
成文法主義といっても、初めに慣習法ありき
その方が抵抗感ないものね
芸術や文学じゃない
社会規範は、広く社会の人々に受け入れられないと、無意味

明治日本でも、入会権とかは、村落共同体の名残

216 :世界@名無史さん:2007/11/02(金) 16:31:36 0
>>213
本来、ドイツどころかスペインと比べても、バラバラに分解しても不思議ではない

スペインの場合、標準スペイン語とカタルーニャ語、ガリシア語は、
ある程度兄弟言語
系統違うのはバスク語だけ


217 :世界@名無史さん:2007/11/02(金) 16:40:03 0
>>211
フランスと比べて、イギリスの方が無理なく
イングランドが他地方を英語化した感じかな?

イングランドと他地方じゃ、人口も経済規模も圧倒的に違いすぎる

>>212
フランスの平野、農場は広々していますね

産業的には、農業や工業はパリじゃなかろうに、人間は首都圏に集中

地中海の島でも、サルディーニャは人口100万超えてるのに、
コルシカは26万
設立されたコルシカ国立大学も、中国人ばかり

218 :世界@名無史さん:2007/11/02(金) 16:48:28 0
一極集中のパリも古めかしい建物ばかりだし、時代遅れに見えるのに、
ノーベル賞なんか、しょっちゅう取っていて、たまに取って大騒ぎする
日本と差がありますね。
よく解からない国です。

219 :世界@名無史さん:2007/11/02(金) 16:57:17 0
それにしても100万都市が無さ過ぎる
パリが戦争や災害で全滅したら
フランス国家はどうするんだろうか?



220 :世界@名無史さん:2007/11/02(金) 18:09:06 0
>>218
ノーベル賞は基本欧米人のためのものだ。

221 :世界@名無史さん:2007/11/03(土) 02:34:12 0
ブルゴーニュ公国は領地が南北に分断されていたため、その領国経営のために
君主は移動を余儀なくされた。
本領地ブルゴーニュからの移動はなかなか大旅行であった。

たとえば、1435年4月にディジョンからアラスを経由してリールまで、フィリップ
善良公とイザベルは1ヶ月を費やし、72台の馬車を連ねて旅をした。
この馬車は、公の宝石類、タピスリー類、礼拝堂用の飾り物、楽器、大砲、
調理用品、パン係り用品、酒係り用品、妃の衣装ケース、1歳半の公太子
シャロレ伯の荷を運んだ。

222 :世界@名無史さん:2007/11/03(土) 09:08:59 0
そういえばフランク王国の時代は、王様は街から街へ渡り鳥みたいに季節ごとに、宮廷ごと移動するのが常態だったな。

223 :世界@名無史さん:2007/11/03(土) 11:42:40 0
中世から近世のヨーロッパでは国王が宮廷を引き連れてあちこち移動するのが
普通だったようで。

で、行く先で地方三部会を招集して課税を要求したり、逆に陳情をきいたり
している。

224 :世界@名無史さん:2007/11/03(土) 12:05:59 0
 第二次大戦後、左翼政党が初めて分権化を重要な課題として取り上げたとき、その関心は、
専ら県とコミューンの自治拡大に向けられていたとされる。
左翼は、「共和政的合法性」への復帰に伴い、ヴィシー政権による統治の象徴の一つであったレジオンを否定するに急で、
分権化の方法についての精密な議論を欠落したままジャコバン的伝統を保持したのである(32)。
しかし、「レジョン」を否定するという点では左翼のジャコバン的立場は不変であったが、
早くも第二次大戦後の第四共和政憲法制定過程では、分権化をめぐる従来の左翼と右翼の立場に、
逆転が確認できるとされる(33)。そしてこれは、
分権化が新たな政治的対抗関係のなかに置かれたことを示すものであった。
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/97-1/nakata.htm


225 :世界@名無史さん:2007/11/03(土) 13:17:56 0
ナヴァール(ナバーラ)王国の場合、ピレネー山脈の南側がスペインに、北側が
フランスに属することになってしまったな。

ナヴァール女王ジャンヌ・ダルブレがブルボン家のヴァンドーム公アントワーヌ
と結婚し、二人の間に生まれたナヴァール王アンリが後にフランス国王アンリ4世となる。
このときにナヴァールとベアルヌはフランスの州として統合。

226 :世界@名無史さん:2007/11/04(日) 00:06:44 0
>>219
ドイツと違って、内戦を経験しているのに
国境から大して離れていない地理的位置に首都をおくのが
「慣習憲法」と憲法裁判所に認定された、どこぞの国よりは
マシな位置にあるとは思う

227 :世界@名無史さん:2007/11/04(日) 00:15:46 0
>>225
ガスゴーニュ人といえば、三銃士のダルタニアン
あの容姿でも、英雄で豪傑だから、恋人もできたんだな

228 :世界@名無史さん:2007/11/04(日) 08:21:08 0
ガスコンはロマンス諸語でナヴァラはどっちかつーとバスクでね?

229 :世界@名無史さん:2007/11/04(日) 08:21:53 0
>>227
実在するダルタニアンのほうは結婚したの四十代で既に実質的に銃士隊の幹部まで昇進してたがな。


230 :世界@名無史さん:2007/11/04(日) 10:57:01 0
《ガスコーニュの歴史》

5世紀       西ゴート族によって征服される。
6世紀       フランク族によって征服される。
580年頃     フランク王国の領域であったこの地域に、バスコン人Vascons
         (バスク人basqueに由来)が西ゴート王に追われピレネーを
         越えて移住してくる。

(この移住民がその呼称にもかかわらず実際にバスク人であったかについては
異論もある。)

         ガロンヌ川以南に広く定住。フランク王国の権威に抵抗し、
         その実質的な支配を許さなかった。

231 :世界@名無史さん:2007/11/04(日) 10:58:25 0
[メロヴィング朝期(486〜751)、ガスコーニュ公国の国境は西ゴート族、
フランク族、アラブ人との戦いよって変動。]

601(602?)年   バスコン人によりガスコーニュ公国が建設される。
9世紀初頭     スカンディナビア人によって侵略され無政府状態となり
         小国、小領地に分裂する。
1036(1052?)年  10世紀にはギヨーム・サンジュの公国がこの地域を統一
         するが、程なく血統が絶え、低地ナバラとベアランを除く
         地域がポアチエ・アキテーヌ家に移りアキテーヌ公国に合併する。

[この頃から大小の諸候領が形成され、その間に絶え間のない抗争がくりひろげ
られる。とりわけ中世後期にはこの地方諸侯の争いに仏英両王の戦いがからみ、
複雑な様相を呈する。]

232 :世界@名無史さん:2007/11/04(日) 11:00:48 0
1154年      イングランド王ヘンリー2世がアキテーヌ公領を相続したため
         イングランド王領として経営されることになった。
1337‐1453年   百年戦争の主な戦場となる。
1453(1454?)年   カスティヨンの戦でイギリス軍を制したシャルル7世により
         フランス王領に編入された。フランスにより完全復興された。
         これらの土地の大半はアルマニャック伯爵、フォア伯爵、
         アルブル卿の手に渡った。これらの地域はすべて結婚と
         相続によりナバラのアンリ(1589年アンリ4世として
         フランス王になった)のものとなった。

233 :世界@名無史さん:2007/11/04(日) 23:00:52 0
フランス生まれのフランス人にとって
アメリカ的なビジネスの夢をフランスでは抱けにくい国
フランスは...とりあえずスタージュ、あぁ就職難、やっと就職出来た、ひとまず安泰(この時点で
思考停止)な人の割合が高い
無許可のネットショップが今話題になってるけど、あれもショップやろうとした人が
許可を取ると、売れた売れないにかかわらず、すごい税金かcotisation?を
定期的に払わねばならず、軌道に乗る前に閉店してしまう
ベンチャービジネスとかも少なそうだし、なにかと大手が牛耳っている。
個人がのし上がれないシステム。一部のエリートが上について、後は登る事も望む事なく安定して(?)使われる人生を
送り、そのことに疑問はない社会になってる

けど会社設立から2年は国からわずかながらもお金が貰えるし税金払う必要ない
移民がやってるケバブ屋なんかもこの仕組みを使って、作っては壊し身内に権利を譲渡し...で回し
てると。とにかく複雑な仕組みらしいですが。


234 :世界@名無史さん:2007/11/05(月) 11:44:21 O
あら 起業するにも
腰が引けちゃいますね。

235 :世界@名無史さん:2007/11/05(月) 12:36:25 0
16世紀フランスの国王たちは、王族をはじめとしてきらびやかな大勢の廷臣たちを
従え、大法官府が保管する国王の印璽や大切な文書・王室の宝物の類、身辺に置く
書物まで携え、さらにフランス駐在各国大使を引き連れて巡幸した。
こうした宮廷の一行は、近衛兵に守られ、日々の必要を満たす手職の者や
それぞれの従者も擁していたので、あたかもひとつの都市が移動するかの観があった。
この時代は戦乱が相次いだこともあって物資の搬送が容易でなく、規模増大する
宮廷を養うのに、消費者が供給地へ移動するという意味合いも移動宮廷という
特殊な現象を説明することになるだろう。
また。衛生上の理由から、一箇所の滞在を短期間にとどめるという配慮が、
頻繁な移動の原因となったと考えられている。

236 :世界@名無史さん:2007/11/05(月) 13:49:51 0
が、ラガルデールは一代成り上がりなんだよな

237 :世界@名無史さん:2007/11/05(月) 16:09:20 0
ttp://www.fr-dr.com/paris/archives/2005/03/15031340.php
ちなみに、日本でも雑誌を次々吸収しているアシェット社の親会社は、
ラガルデールという巨大軍需企業だったりします。
ラガルデール・グループは2002年時点でフランスの書籍流通の70%(!)
を牛耳ってるそうです。ペンと武器の両方持ってるわけですよ。なんか
怖いですね〜。さらに出版だけでなく、テレビもラジオも映画ももってます。
ホリエモンじゃないですが、フランス第二のインターネット・プロバイダー
もすでにもってます。音楽のVirginメガトスアもフランスはラガデールの
傘下です。
なんと、教科書はラガルデールが国内シェア8割だそうです。フランスって、
すごくない?

238 :世界@名無史さん:2007/11/05(月) 17:29:40 0
>>237
凄いと言うか、典型的な財閥に支配された国と言うか…。

239 :世界@名無史さん:2007/11/05(月) 17:59:57 0
シュネーデル、ダッソー、シュルンベルジュ、ジレ、アルノー、シトロエン…


240 :世界@名無史さん:2007/11/06(火) 00:22:01 0
>>239
その経営トップはほとんどが天下りですなw

241 :世界@名無史さん:2007/11/06(火) 06:44:18 0
>>238
いまやロスチャイルドより有力ですな
どういう政治的コネがあるのやら

242 :世界@名無史さん:2007/11/06(火) 06:57:49 0
フランスでは中国人援交が爆発的に急増しているみたいだけど、やる気はしない。
前に話が出てた在仏の人みたいに何十万もつかう財力ないし、そもそもガリガリ巨人は好きじゃない。
パリのモデルなんて餓死寸前みたいな感じ。
エスコート高過ぎ、さらに好みのタイプの子が来るとも限らないし、フィーリングのあう子じゃなきゃ満足度極めて低い。
しかも個人的に偽乳が完全NGなのでそれも事前にはわからない。


よってやっぱFKKがいい。
でもFKKでも、50人いても論外5人、ルックスNG15人、偽乳NG15人って感じで引き算したら
せいぜい5人くらいしか残らないけどね。でもFKKがいい。多国籍だし。たまーに純朴な子がいても短期間で完全な売女に変貌するのも刺激的でいい。


243 :世界@名無史さん:2007/11/06(火) 09:51:44 0
塗油って何て読むの?

244 :世界@名無史さん:2007/11/06(火) 13:45:25 0
ttp://www.lequatriemeroimage.com/blog/index.php?2007/10/14
航空、防衛、自動車、通信などを幅広く扱った マトラ社 を母体に、先代の
ジャンリュック・ラガルデールが築き上げた、航空・宇宙産業(現在のEADS
のフランス側母体)、メディアグループ(アシェットなど)。現経営者のアルノ・
ラガルデールは先代の息子であり、ニコラ・サルコジ大統領と盟友関係にある。
(父親が生前、将来有望と見たサルコジに息子の世話を頼んだと伝えられている。)

245 :世界@名無史さん:2007/11/06(火) 14:03:39 0
>>243
とゆ です

246 :世界@名無史さん:2007/11/06(火) 14:54:45 0
>>244
航空宇宙産業ってイギリスにもあるけど、儲かるの?

247 :世界@名無史さん:2007/11/06(火) 14:57:39 0
>>246
上手く契約すれば研究開発費の名目で、国から無制限に資金引き出せるからね。

248 :世界@名無史さん:2007/11/06(火) 15:30:53 0
エアバスとアリアンスペースはかなり儲かっているはず。ダッソーはラファールが
売れていないからなぁ。

249 :世界@名無史さん:2007/11/06(火) 15:53:09 0
エアバスはA380で結構やばいことになってた気がするが

250 :世界@名無史さん:2007/11/06(火) 16:03:37 0
A380はなんのかんのでけっこう受注来ている様だが。

251 :世界@名無史さん:2007/11/07(水) 04:01:45 0
次世代機はメーカーや機種問わずどれも等しくヤバいことになってるのでw

252 :世界@名無史さん:2007/11/07(水) 15:48:55 0
★チャド子ども誘拐未遂事件、子どもたちの今

フランスの援助団体「ゾエの箱舟(Arche de Zoe)」がチャドからフランスに連れ出そうとする
ところを保護された子どもたち103人が収容されているチャド東部アバチェ(Abeche)の孤児院では、
サッカーで遊ぶ男の子たちの元気な声がひびく。

(中略

■フランス人メンバー6人の裁判は「チャドで」と州知事
事件では「ゾエの箱舟」のフランス人メンバー6人とフランス人ジャーナリスト3人、スペイン人客室
乗務員4人を含む欧州人17人が、103人の子どもをチャドからフランスへ密出国させようとしたとして
拘束され、誘拐罪と共謀罪で起訴された。

その後、フランス人ジャーナリスト3人とスペイン人客室乗務員4人については不起訴処分となり、
4日に釈放されて帰国したものの、残り10人は首都ヌジャメナ(N’Djamena)で拘束されたままだ。

起訴されたフランス人メンバー6人について、ウアダイ(Ouaddai)州の州知事は、「事件はチャドで
起こったのだから」フランスではなくチャドで裁かれると強調した。また、この事件でチャドとフランスの
関係が悪化したかとの問いには「ノー」と答え、「悪意のあるあの組織とチャド人の間の問題だ」と語った。
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2307949/2318300

こいつらフランス本国じゃどんなバックがあって、どんな活動してる連中なんだろ?

253 :世界@名無史さん:2007/11/07(水) 22:29:48 0
ルイ・パストゥールが低音殺菌法を開発したことは、フランス・ワインの生産
発展に大きく寄与した。

254 :世界@名無史さん:2007/11/08(木) 04:28:06 0
>>252
ただのよくある国際人身売買組織では?

255 :世界@名無史さん:2007/11/08(木) 20:17:56 0
>>254

人身売買じゃないけど、旧市街のアパートの地上げをしていた
米国本籍の企業も、詳細不明

後日談希望

256 :世界@名無史さん:2007/11/08(木) 20:18:35 0
>>255
パリの旧市街

257 :世界@名無史さん:2007/11/09(金) 23:44:47 0
20世紀初頭までに、フランスの農村では役場が中心になって道路の整備や、
きれいな上水道の確保に取り組んだ。
農家は、瓦や石の屋根を備えるようになってゆき、二階建てで地下倉庫を備える
ことも例外ではなくなっていった。室内も、ふみかためた土ではなく、石や煉瓦が
しきつめられるようになった。
台所と寝室と居間とが別になり、家具の数も増える。石壁の表面には漆喰が塗られる
ようになった。
このような変化には地域差や経済力の差があって、一般には北フランスの豊かな、
都市にも近い農村地帯で先行的に展開したものとみなされている。


258 :世界@名無史さん:2007/11/12(月) 11:22:55 0
ここからも 南北格差問題が・・・

259 :世界@名無史さん:2007/11/15(木) 00:31:10 0
107 名前:世界@名無史さん :2007/11/12(月) 04:14:58 0
基本的に世界中の農産地帯での嫁不足がある、農産地の嫁不足は日本だけじゃなく世界中が同じ。
フランスなんかでも同じで誰も嫁に来ない、そのため経済的に貧しくても田舎暮らしでも耐えられるアジア園からの嫁などが多くなる。
他にもロシアやキューバなどから嫁を呼んだりしてる。


そういえば、マヂソン郡の橋の農婦は、第二次大戦直後のイタリアから呼ばれたんだっけ?


260 :世界@名無史さん:2007/11/15(木) 00:41:36 0
農村なんてどこの国もDQNばかりなんだから以後は独身者だけで農業したらいいんじゃね?

261 :世界@名無史さん:2007/11/15(木) 05:43:05 0
途上国人の低賃金労働でおk

262 :世界@名無史さん:2007/11/15(木) 11:01:30 0
>>261
マヂでアメリカの農業はヒスパニックの不法就労で成り立っているものなぁ

263 :世界@名無史さん:2007/11/15(木) 15:12:06 0
>>262
フランスやイタリアの農業も、北アフリカからの低賃金不法就労者で成り立っています。

264 :世界@名無史さん:2007/11/15(木) 15:20:48 0
>>262
マヂでアメリカの農業はヒスパニックの不法就労で成り立っているものなぁ
>>263
フランスやイタリアの農業も、北アフリカからの低賃金不法就労者で成り立っています。

へー、ほんと?

265 :世界@名無史さん:2007/11/15(木) 16:38:25 0
>>264
アメリカ 農場 不法就労でぐぐって出直せ。

266 :世界@名無史さん:2007/11/15(木) 17:24:19 0
かしこまりました

267 :世界@名無史さん:2007/11/15(木) 20:52:02 0
>>263
現在では、ルーマニア人など東欧の労働者が多いそうだ

268 :世界@名無史さん:2007/11/16(金) 20:51:49 0
>>257
現在の北仏の穀倉地帯では、市街地から通勤する農業者が、
一人で広い小麦畑をトラクターで耕作しているそうな

農村の集落は、郵便局さえないゴーストタウン

269 :世界@名無史さん:2007/11/16(金) 21:04:21 0
フランスも含めヨーロッパの地方に行くと解るが、日本の、商店街のシャッター街化なぞ全然甘いってことがよく解る。
西欧では地方の小商店なぞほぼ壊滅してて、普段の買い物するには郊外型の巨大スーパーしか存在しない。

270 :世界@名無史さん:2007/11/16(金) 21:16:49 0
>>269
自営業しようにも、理髪師かシェフくらいしか残っていない?

第三共和制時代には、農民と小商人の国と呼ばれていたのにな
急進社会党の支持基盤だった

農民にしても、隣国からの農産物やワインを焼き討ちする連中がいるし、
何がなにやら・・

271 :世界@名無史さん:2007/11/16(金) 21:57:51 0
>>269
> 西欧では地方の小商店なぞほぼ壊滅してて、
> 普段の買い物するには郊外型の巨大スーパーしか存在しない。

そういえば、地方を周ったとき、日本のような商店街ってなかったかもです

>>270
> 農民にしても、隣国からの農産物やワインを焼き討ちする連中がいるし

すごい国民だー  オソロシス  www


272 :世界@名無史さん:2007/11/16(金) 22:31:19 0
>>271
> そういえば、地方を周ったとき、日本のような商店街ってなかったかもです

それが流通、サービス業における「効率化」と言われているんだから皮肉な話だよね。
生産性の国際比較で日本ではまだ中小の商店などが多くて、これが効率化していないということで順位が下がる。

273 :世界@名無史さん:2007/11/17(土) 00:30:11 0
>>272
うさんくさい基準ですな

274 :世界@名無史さん:2007/11/17(土) 04:26:34 0
そうか?
中心商店街が廃れるのは結局競争で負けてるから=消費者にとって魅力がないからだろ
わざわざ大型SC潰した馬鹿な自治体もあったが、結局10km離れたSCに客が流れただけだった

275 :世界@名無史さん:2007/11/17(土) 09:32:01 0
>>274
個人の家電屋でも、衛星放送の受信装置などの備え付けや、
家電の修理の出来る人は、まだ生き延びてたりする。

職人芸や目玉商品、特化されたものを持っているか、かな

276 :世界@名無史さん:2007/11/17(土) 16:29:45 0
>>273-274

80年代前半の西欧の商店は、貧相だったというからね
今日のフランスの売り子も無愛想だという

277 :世界@名無史さん:2007/11/17(土) 16:33:32 0
>>276
今でも恐ろしく無愛想なんだが。
しかも支払いに高額紙幣なんか出そうものなら

店員「細かいの無いの?」
客「これしかないよ」
店員「おつり無いからそれ売れないわ。よそ行って」

こんなのがザラにある。
商売する気があるのか?w

278 :世界@名無史さん:2007/11/17(土) 16:40:04 0
>>277
まるで、旧共産主義国の店員だな
民間企業でも準国有が多いうえに、
管理職でない労働者の士気がすごく低い

279 :世界@名無史さん:2007/11/17(土) 17:20:50 0
>>277
店員はそんなかんじですよねw

とある大きめの雑貨店、レジに行列ができた時の、若い女性店員が一人で対応している風景(↓)
・他の店員の姿は見えるが、ヘルプ無し(他のコは、商品整理やら発注やら棚掃除やら…)、
・突然、友達がレジ脇に来て、退勤後の夜の予定について話し始める(手も休みがち)、
・遠くに交代のコが来たのが見えたらしく、とっとと休憩にでる(少しの間レジ無人)

軽くカルチャーショックでしたw

農業1流、製造業2流、サービス業3流、とは良く言ったものです
オフィスで働く人間も、少しでも早く帰ることや、
責任を回避することに一生懸命という感じですが

280 :世界@名無史さん:2007/11/17(土) 17:30:50 0
☆★☆内務省☆★☆
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1078574873/l50

フランスの内務省がお手本らしい

フランスで内務大臣って、ナポレオン1世の時代には、なかったような・・・
(フーシェは警察大臣)


281 :世界@名無史さん:2007/11/17(土) 18:58:00 0
フランスは王朝時代から王様、大統領の妻は、民事においても
免責特権を有する元首には離婚を申し出られない
(子供ができない理由でナポレオンは妻ジョセフィーヌと離婚)。
http://www.ilyfunet.com/ovni/2007/620/apropo.php


282 :世界@名無史さん:2007/11/18(日) 00:54:47 0
カルチャーショックというかなんというか、うちの会社で上司が
インドネシアに行ったとき現地人で採用するときに学力テストを
やってそれから実家に行って身元調査をやるという話をしていた(前科ないか)
フランスは移民が多いというけど、アフリカ系やアジア系が求職にきても
土着のフランス人はいやらしく?面接するんだろうか。

日本だったらどこの地方にお店を作っても、パートやアルバイトを雇っても
全員が日本語を読めて、計算ができるというのはある意味、国として
もっとも大切な財産だろうな・・・・・逆にお客も全員が文字が読めるし・・



283 :世界@名無史さん:2007/11/18(日) 03:57:51 0
東京の夜間バイトは日本語の怪しい外国人店員ばっかりだぞ

284 :世界@名無史さん:2007/11/18(日) 03:58:25 0
って俺の日本語が怪しかったw

東京の夜間バイトは日本語の怪しい外国人ばっかりだぞ

285 :世界@名無史さん:2007/11/18(日) 22:28:25 0
フランスには「労働者代表」という制度があります。
フランス憲法は、労働組合の「企業運営への参加権」まで保障しており、これを受けて、
労働法は従業員11人以上の企業に「労働者代表」という制度を義務づけています。
労働者に選ばれた代表が企業に要求を提出することになっており、
50人以上の企業では労働者代表はナショナルセンターを指名します。
この制度を通じて労働組合は組織率以上の力を持っています。
 協約の効力も絶大です。拡張適用により、組合未加入にも協約が適用されることは前回のべましたが
「省令化」というシステムもあります。
協約の中心部分は労働省令により全国に適用され「第2の労働法」となることで、全企業を拘束します。
ここでも組合の権威は強まります。
http://www.saitama-doken.or.jp/nakama/news_file/1106_1.html


286 :世界@名無史さん:2007/11/18(日) 22:38:38 0
フランス人資産家がフランス政府が導入しました『連帯富裕税』を嫌って、スイス等へ逃げだしており社会問題になりつつあると報じられていますが、
この資産家向け特別税を嫌って逃げ出した資産家は、2003年(368人)、2004年(568人)、2005年(649人)となっており、

この課税は、資産額1億2,000万円以上保有する資産家への特別課税となっており、
すでに海外に疎開された資産はなんと<5兆円:320億ユーロ>とも言われています。

動かせない金融資産や不動産といった固定資産で資産の大半を保有する資産家は課税の強化に従うしか道はない
金(延べ板等)ではない、流動資産を常日頃から保有しておいた資産家だけが“見事に”課税強化から逃れた
http://www.collectors-japan.com/nevada/main/m_070315_1.html

287 :世界@名無史さん:2007/11/19(月) 01:30:23 O
あ 埼玉土建

288 :世界@名無史さん:2007/11/19(月) 10:13:16 0
パリの下水道


パリの下水道

パリの町は、穴ぼこだらけです。 (それは東京もおんなじか)
パリは、地下から石を採掘して建物を造って出来た街だからです。
その穴ぼこは、「ノートルダムのせむし男」などでも知られるように浮浪者が住み着いたりしていましたが、
下水道に使われるようになりました。
中世までのパリは、道の真中に掘られた溝を下水が流れてセーヌに垂れ流し状態だったので、
その悪臭はすさまじいものがあったそーです。
とにもかくにも、下水道の整備によってパリ市民がは悪臭から解放されたのは、
じつに19世紀に入ってからのことです。
http://www.monberu.com/html/travel/egout.htm

289 :世界@名無史さん:2007/11/19(月) 11:44:06 O
また臭ってきましたね
でも、この臭い好きです
そう、パリの臭いが好きなンです

290 :世界@名無史さん:2007/11/19(月) 14:29:41 0
>>270
>農民にしても、隣国からの農産物やワインを焼き討ちする連中がいるし、
>何がなにやら・・

やっぱ農耕民族って利己的、攻撃的で気性が荒いよね。

291 :世界@名無史さん:2007/11/19(月) 15:34:02 0
フランスの農村では、伝統的にスープとパンを主体にした食事がとられていたが、
世紀末になると、農村でも砂糖やコーヒーなどが出回るようになり、
パンや肉などをあつかう店が出現した。
都市に労働者として出稼ぎに行ったり、家事使用人として働いて戻ってきた者、
あるいは兵役で別の食生活を体験した者が、そうした食生活の変化を
いっそううながす要因をなした。

292 :世界@名無史さん:2007/11/19(月) 18:14:11 0
>>291
アルザスで生まれ育った
シュバイツァー博士の少年時代、村で肉を食えるのは、そこそこ豊かな層だけだったそうな

にしても、とうもろこしは、スープの素材として普及していたのでしょうか?

293 :世界@名無史さん:2007/11/20(火) 03:45:33 0
日本でも兵役は食生活に大きな変化をもたらしたな
特に戦後

294 :世界@名無史さん:2007/11/20(火) 22:05:46 0
普仏戦争のときは鉄道と電信を使い・・・・というのがあるけれども

鉄道の終点から野戦軍への補給はまったくもって上手く行かず(内燃機関がないので)
現地調達に頼っていた。それもでもプロシア軍が勝てたのは、フランスが略奪しても
大丈夫なほど豊かだったらしい。



295 :世界@名無史さん:2007/11/21(水) 13:46:38 0
>>294
フランスの豊かさは、第二帝政時代の経済発展のおかげ?

296 :世界@名無史さん:2007/11/21(水) 14:15:52 0
物質的な豊かさが  多くのことに変容をもたらした
あの第二帝政時代からなのかどうか・・・

297 :世界@名無史さん:2007/11/21(水) 17:28:21 0
>>295
革命やら騒乱ばっかりやってて投資も手控えられ政策的にも保護主義一辺倒で完全に停滞していた
フランス経済を成長軌道に持っていったのは間違い無く第二帝政。

298 :世界@名無史さん:2007/11/21(水) 18:04:08 0
【フランス】仏労組が無期限スト突入 「サルコジ改革」正念場[11/14]
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news5plus/1194986310/

299 :世界@名無史さん:2007/11/21(水) 19:02:18 0
>>297
ナポレオン3世のおかげでまともな国になれたわけだ

300 :世界@名無史さん:2007/11/21(水) 19:03:22 0
54 :七つの海の名無しさん:2007/11/21(水) 17:38:04 ID:qI04/l7C
フランスの食料自給率のトリックをまだ知らない馬鹿がいるのか…

フランスは一見食料自給率が高いが、実は畜産物の飼料を完全に輸入に頼っている。
この飼料に使われる穀物をフランス産でまかなおうとすると、たちまち国内自給率は
ガタガタに下がる。フランスの農産物でフランス国民は養えない事になるのだ。
ところが「外国産飼料」で生産した蓄獣は、何故か「自給食物」の中に入れられてしまう。

こう言う数字のトリックがあった上での高自給率だと言うことくらい理解しておけ。


ちなみにフランスの農業は、貧しい北アフリカや東欧からの不法な季節労働者による低賃金労働で
かろうじて成り立っている事も付け加えておく。


301 :世界@名無史さん:2007/11/21(水) 19:08:25 0
13 :七つの海の名無しさん:2007/11/14(水) 22:02:06 ID:s1ix4YTJ
フランスが、公共部門がこんなストしちゃうようなしょうもない国なのに財政赤字が無いのは
日本よりかなり税金が高いのと、移民という奴隷がいるから。
こういうストの影に、大きな矛盾を抱えている奥に事情があるんだよ。
社民主義の終焉ともいえるサルコジの政策。
大半の国民は支持しているという点も忘れてはならない。フランス人もこのままじゃやばいと思ってる。




302 :世界@名無史さん:2007/11/21(水) 19:09:43 0
>>301
なんでも、学校教員の購買力は、10年前より30%減少

管理職の購買力も減少中

303 :世界@名無史さん:2007/11/21(水) 19:09:50 0
あれ・・・?

供給熱量総合自給率 = 家畜の飼料なども含めた自給率
供給熱量総合自給率(2002年)= オーストラリア230%、フランス130%、
                カナダ120%、アメリカ119%

畜産物の飼料分を計算しても、完全に自給できているようですが・・・。

304 :世界@名無史さん:2007/11/21(水) 19:19:23 0
なんでニュース国際+の書き込みがこっちにコピペされてるんだ?

305 :世界@名無史さん:2007/11/21(水) 19:31:48 0
アンドレ・マルローの人生

高卒→エロ本屋→カンボジアで墓泥棒して逮捕→共産党員→スペイン内戦→レジスタンスの英雄
→ドゴール将軍の知遇を得る→ドゴール派の文化大臣

306 :世界@名無史さん:2007/11/21(水) 19:36:55 0
マルローに限らず、この国の政治家は左右の振幅が大きい。

20世紀前半のミルラン、クレマンソー、ラバルもマルロー同様に左翼から保守になったし、
逆に戦後のミッテランは極右からレジスタンスを経て中道左派、そして最後は社会党に。

307 :世界@名無史さん:2007/11/21(水) 20:03:23 0
クレマンソーって、一応死ぬまで急進党員だったので、保守になったとは言いがたいのでは?
急進党ってジャコバンの後継者で、自らを「左翼」と定義してるし。

308 :世界@名無史さん:2007/11/21(水) 20:08:32 0
>>305-307

戦後の急進党は「右翼」の位置づけだったような・・

そういえば、ドゴール将軍は、どっちの位置づけ?
戦後のフランス経済って、国有・準国有の大企業がリードしてきたはず
そういう政策を推進したという点では、共産党・社会党もドゴールも同じだったはず

309 :世界@名無史さん:2007/11/21(水) 20:22:16 0
ドゴール将軍自身は右でも左でもない。
ただし、カトリックの王党派の家庭の出身。

政治勢力としてのドゴール派は戦前からの右派=穏健共和派とはちがうが、
ビシー政権を支持していたような右翼や元ファシストの受け皿にはなった。
一方で元左翼のマルローなんかもいてややこしいw

戦後の急進党は第五共和制の成立時、エドガー・フォールら右派がドゴール派に協力。
さらに、その他の穏健共和派と一緒に仏民主連合(中道右派)を結成した。

310 :世界@名無史さん:2007/11/21(水) 20:45:57 0
あぁっ ややこしい
左の赤尾敏、右の小田実、想像できん

311 :世界@名無史さん:2007/11/21(水) 20:46:46 0
>>310
そうか?容易に想像できるが。

312 :