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んなクソ高いならコショウなんて食うなよ

1 :漬け物会長 ◆OXPhnMX7o2 :2007/11/17(土) 23:55:43 0
ケチャップで食ってもステーキ美味いやろうが!

2 :世界@名無史さん:2007/11/18(日) 00:14:30 0
ケチャップなんて新大陸からトマトが移入されるまで存在しねーだろアホが

3 :漬け物会長 ◆OXPhnMX7o2 :2007/11/18(日) 00:19:04 0
じゃあ塩だけで食え、塩で!
なかったら生肉でも食ってろや!!ファッキンローマ!

4 :世界@名無史さん:2007/11/18(日) 00:23:51 0
カルボナーラうめぇ

5 :世界@名無史さん:2007/11/18(日) 01:04:27 0
アルメニア商人が陸路で運んでくるから、ポーランドでは胡椒は比較的安かった。
庶民でも普通に使っていた。
そういうわけでポーランドでは胡椒を使った家庭料理が中世からある。

ポーランドから西欧に陸路で運ぶのに、運賃やらコミッションやらで段々高くなった。



6 :世界@名無史さん:2007/11/18(日) 01:17:56 0
値段もコーショー次第だったわけだ。

7 :世界@名無史さん:2007/11/18(日) 01:21:30 0
塩が基調の中世に、風味を格段に引き上げて、塩漬けの肉等の臭みを消す香辛料は素晴らしいモノだった
貴族達は舌がおかしくなるほど香辛料まみれの料理を食べたがってた
その需要を満たすのは西方から陸路で運ばれてくる少量だけ
インドや東南アジアでは掃いて捨てるほどあるのに、ありとあらゆる費用と中間搾取で西洋の市場で扱われる頃には同量の銀と取引されるほどに

現代の覚醒剤や麻薬より酷い

8 :世界@名無史さん:2007/11/18(日) 01:32:15 0
ぼったくりアラブのしわざ。

9 :世界@名無史さん:2007/11/18(日) 02:48:56 0
1603年に103万ポンドの胡椒を持ち帰ったが、
当時のイギリスの年間消費量は約25万ポンド。再輸出
をしたものの、価格は急落した。
東インド会社設立前、1ポンド3シリングだったものは、
1608年に18ペンスとなった。

10 :ぴちくま ◆pie/udH5yU :2007/11/18(日) 04:38:31 O
>>6
誰が上手いこと言えと(ry

11 :世界@名無史さん:2007/11/18(日) 08:14:59 0
そもそも肉なんか食べるのが悪い。

12 :世界@名無史さん:2007/11/18(日) 11:02:19 0
実は日本でも胡椒は江戸以前から普通に使われていた。


13 :世界@名無史さん:2007/11/18(日) 20:32:40 0
中国でも、胡椒を蓄えることが富の象徴だった時代があったな。
唐だっけか、官僚が蓄えてた胡椒の量がそのまま故事成語になった。
確か「胡椒○○×」って言葉で、○には数字が×に単位が入ったはず。

14 :だすやーぱん:2007/11/18(日) 22:42:01 0
>>1 議員・選挙板の変態会長か

15 :世界@名無史さん:2007/11/18(日) 23:41:07 0
いまだに香辛料はぼったくってるくらい高いのいっぱいある。日本でのサフランとか

16 :世界@名無史さん:2007/11/18(日) 23:45:57 0
まだ胡椒が大航海時代のきっかけをつくったという珍説を信じている奴がいるんだな

あれは航路による貿易と領土拡張のため
あとはスペインが世界帝国になる野心があったから

胡椒はまるで関係無い

17 :世界@名無史さん:2007/11/19(月) 00:55:15 0
アラブ人っていまでは石油でボッタしてるからな

18 :世界@名無史さん:2007/11/19(月) 03:49:28 0
>>15
ポルトガルもスペインも胡椒で必死ですがな。

ポルトガルとアジア(1)増田義郎
ttp://www.asia-u.ac.jp/kokusai/Kiyou.files/pdf.files/8-2/8-2-1.pdf

>マヌエル王やその側近たちに,この重大な決定をなさしめた決定的な要因
は,ガマがインドからもたらした情報であると思われる.『航海記』の末尾に
は「カレクーの南方にある王国の名前とその産物,及び各々の産物の値段」と
いう簡単な説明が付せられている.実際にはもっと詳細な報告が国王に対して
なされたものと考えられるが,この説明書を読んだだけでも,インド,東南ア
ジアの貿易の最新情報や,香料の価格が一目でわかるようになっている.イン
ド洋=南シナ海の商品の豊かさ,とくに,ヨーロッパ市場におけるものより桁
違いに安い香料の現地価格が,ポルトガル人を強く刺激したのであろう......

>ガマの第2回航海では,1780トンの香料がもたらされ,その大部分がコ
ショウだったという.......マヌエル王はこれでインド貿易の画期的な意義を認識
し,国力をあげてインド洋に乗り込むことを決心したのであろう.そこで,
1505年には,フランシスコ・デ・アルメイダに22隻の大艦隊を指揮させてイ
ンドに派遣した.

19 :世界@名無史さん:2007/11/19(月) 03:50:40 0
>マヌエル王は,たえず隣国スペインの動向に注意していたが,1504年まで
は,ポルトガルのほうが先手を取っていることを確信していた.そして,スペ
インは,まだ東アジア大陸の東端の多島海のなかに根拠地を作ったにすぎず,
インド洋にはいることはできないでいる,と考えていた.ところが,1502年
に新しい動きがおこった.ほかでもないコロンが,香料諸島に行くために,目
の前の障害となっている東アジア大陸,実はアメリカ大陸のどこかに,インド
洋に抜ける海峡を求めて,中米ホンジュラスからパナマ地峡までの第4回航海
をおこなったのである.これはコロンのまったく独創的なアイディアだった
が,ポルトガルに遅れをとって焦りを感じていたスペイン王室を刺激したらしい.

>しかしコロンブスが海峡を発見できずに帰国すると,彼が将来さらに探険を
おこなって海峡を発見し,香料諸島に行くことを恐れ,まだコロンの生前の1505年に,
彼を抜きにして,ロドリゲス・デ・フォンセカ,アメリゴ・ヴェスプッチなどをトロに
集め,会議を開いて検討させた.そして,もしそのような海峡が発見されれ
ば,ポルトガルに先んじて香料諸島に到達する可能性は十分あるから,王室の
費用負担によって探険をおこなわせようという結論に達した.コロンの
1502―1504年の航海,およびトロ会議の情報は,すぐマヌエル王の耳には
いった.ポルトガル王もスペイン王も互いにスパイを放って相手の動向をうか
がっていたのである.もしスペインが海峡を発見したら一大事である.

アンカー間違えた。>>15>>16

20 :世界@名無史さん:2007/11/19(月) 07:17:19 O
ヨーロッパ人が海へと溢れ出してゆくことになる直接の契機としては、やはり東ローマの滅亡を挙げないわけにはいかないでしょう。
これによって東方貿易のルートをほぼ完全に失ったわけだから。

21 :世界@名無史さん:2007/11/19(月) 08:46:56 0
ルートが狭まったことは確かだが、完全に失ったわけではない。
>>5のようなタタール・アルメニア商人の陸上ルートがあった。
現在のウクライナのリヴィウ(当時はポーランドのルヴフ)がそれで栄えた。



22 :世界@名無史さん:2007/11/19(月) 22:55:13 0
カルボナーラうめぇ

23 :世界@名無史さん:2007/11/21(水) 00:09:57 0
        ───―――
   /\       ヾ、-=====─-丶\`'‐ .,_ ___ _、ニミ 三.、/
 、.ヾ 丶丶----;‐ゝ、 -:==;─- .,∠ i.丶   /_.、 -‐''` `'‐.,
 } |  ⌒l l‐┬‐'-r.| .,(_Y_) __`' ``{ .二}ゝb'ソ_ ̄ ̄ | ̄
  丶 ⌒! !ニ!    l|   ̄ ̄  '''' 、d/ ̄リ`‐゙--    |     ・・・・やはりそうか>>21の言ってることが正しいとすると
  丶.ノ(ゞ     \,_     _.、/  ..:;;ソ        |
   \'‐\i       ̄ ̄ ̄ 、..   .,__)`'‐--==ー          ロシアの発展経緯は、シベリア開発によるものでなく
    |::\_、l            `  ̄ 、ト:::.       i
    |    :|                           !          香辛料貿易の裏街道を占めていた事実によるもの
    、ト  ::!          ⊂ニニニ:==‐ー     /  
                                        と理解できる

24 :世界@名無史さん:2007/11/22(木) 17:17:39 0
>>23
いや、まだその時代はロシア人の勢力は香辛料の陸上ルート(黒海沿岸)には及んでなくて
この地域はずっとポーランド=リトアニア連邦の勢力圏になってる
http://www.euratlas.com/history_europe/europe_map_1400.html
http://www.euratlas.com/history_europe/europe_map_1500.html
http://www.euratlas.com/history_europe/europe_map_1600.html

その後新大陸からの穀物輸入の増加でポーランド=リトアニア連邦産の穀物価格が下がり、連邦の経済状態が悪くなるんだが、
それに伴ってロシアが南や東へと伸張している
http://www.euratlas.com/history_europe/europe_map_1700.html


25 :世界@名無史さん:2007/11/22(木) 23:44:00 0
当時のロシア人って北の本当に寒いところだけに住んでたんだな。食い物とかどうしたんだろ。

26 :世界@名無史さん:2007/11/23(金) 00:25:43 0
ウォッカ飲んでハラショー!とかウラー!とか叫んでテンション上げてたんだろ

27 :世界@名無史さん:2007/11/23(金) 09:11:08 0
>タタール・アルメニア商人

アルメニア教会の典礼までキプチャク・トルコ語でやっていたという人達ですね。

28 :世界@名無史さん:2007/11/28(水) 18:44:41 0
会長のスレはたまに正常運行(真面目に議論する方向)に進むから困る

29 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2007/12/02(日) 17:21:20 0
>>12
戦国時代に来日した宣教師が胡椒と引き換えに物資を入手していましたし、
朝鮮に行った宗家の家臣が楽師や妓女たちにばらまいていますね。
元禄時代の名古屋で起きた事件に、胡椒のつまった袋を頭からかぶせて、そ
の隙に財布を抜き取って逃げたというものがありました。
日本では料理ではなく、古代から薬として使われたようですが。
利用の歴史自体は、ヨーロッパ人に負けず劣らず古い。

30 :自転車小僧 ◆IBmI/K76EY :2007/12/02(日) 23:32:10 0
江戸時代の蕎麦屋やうどん屋も唐辛子ではなく胡椒をかけて食べていたと言うし、
日本じゃ一般庶民でも買おうと思えば買えるものだった。

31 :世界@名無史さん:2007/12/03(月) 06:24:12 0
>あれは航路による貿易と領土拡張のため
>あとはスペインが世界帝国になる野心があったから
ソース出せボケ

32 :世界@名無史さん:2007/12/03(月) 06:36:47 0
マツタケは戦前までは庶民でも食える秋の味覚で、全然高級食材じゃなかったらしいね。

33 :漬け物会長 ◆OXPhnMX7o2 :2007/12/11(火) 00:33:58 0
最近でいうと、カズノコの親のにしんが居なくなった的なものなのかな?

34 :世界@名無史さん:2007/12/11(火) 01:57:14 0
松茸は糞!

35 :世界@名無史さん:2007/12/11(火) 19:10:14 O
>>32
それは地域による。どこかの藩の侍の日記に、大坂の蔵屋敷勤務の
時はよく松茸を食べたが、江戸の藩邸に転勤したら、松茸が高くて
とても買えないとあった。

36 :世界@名無史さん:2007/12/12(水) 22:35:28 O
秋に家畜屠殺

春まで肉を保存しようとする

途中で腐って臭くなる

臭いを誤魔化すために胡椒を使用

イスラム商人から買う

高いから産地を直接押さえよう

大航海時代

こんな感じですか?

37 :世界@名無史さん:2007/12/13(木) 00:42:59 0
>>36
差別的表現がみられるのでしかるべき機関に通報しました。
IPも保存されているので覚悟してください。

38 :世界@名無史さん:2007/12/14(金) 21:34:43 0
IP抜くには令状がいるだろ
差別語で逮捕なんて聞いたことないなw

39 :世界@名無史さん:2007/12/17(月) 19:24:24 O
というか、どこに差別語が(´・ω・`)

40 :世界@名無史さん:2007/12/17(月) 22:49:53 0
つられるなよ

41 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2007/12/19(水) 19:51:57 0
>>32
戦時中は飽きるほど食べさせられたという話もありますが、一応中世後期に
は平茸に代わって贈答に用いられているので、それなりに品格を備えたもの
として扱われてはいたようです。
2世代ほど前まで地方ではありふれた食材であったのは事実ですが、それま
では地元民と地元から送られてきたものを贈っていた階層にした口にされて
いなかったものが、「日本人」の食材となって、品薄になったのでしょう。

42 :世界@名無史さん:2008/02/17(日) 17:59:49 0
山野がスレストになるとは

43 :世界@名無史さん:2008/02/25(月) 22:54:39 0
しょせん現代人に胡椒の有り難さは分からぬ、ということか。

44 :世界@名無史さん:2008/02/25(月) 22:56:57 0
現代日本ではマツタケと同じようなものだろうな

45 :世界@名無史さん:2008/02/25(月) 23:13:09 0
>>35
京阪神圏の丘陵地帯は花崗岩質で、関東はローム層(玄武岩質の火山灰)だから
松茸の生えやすさが違う。

46 :世界@名無史さん:2008/02/28(木) 14:16:28 0
>>45
というか戦後杉の人工林ばかりにしちゃったから松茸が減ったんだよ。


47 :世界@名無史さん:2008/02/28(木) 15:11:40 0
赤松はほかの木が育ちにくい痩せた土地でも育つ
  ↓
日本ではずっと野や林の下草を刈り、木の下枝を落としてそれを燃料にしていた
また、枯れた木があればすぐに倒して燃料にしていた
  ↓
戦後、石油燃料が普及する
  ↓
赤松林の下草刈り・枝打ちをやらなくなる、枯れた木も利用しなくなる
  ↓
下草により土地が肥える
  ↓
肥えた土地を好む樹勢の強い木が育ち、負けた赤松は衰え枯れる
  ↓
赤松に寄生する松茸も採れなくなる

48 :世界@名無史さん:2008/02/28(木) 17:47:14 O
冷蔵庫もなけりゃクール宅急便もない

49 :世界@名無史さん:2008/02/28(木) 18:18:55 0
アフォーもいなければバカーンもいない

50 :世界@名無史さん:2008/02/29(金) 21:08:11 0
値段が高いことに意味がある

51 :世界@名無史さん:2008/04/16(水) 04:53:16 0
香辛料の歴史。。。
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1078557888/l50
重複終了
こいつは糞スレを立てまくるスレッドを立てて全レス削除をくらうという珍記録を打ち立てたリアルキチガイです。
http://f13.aaa.livedoor.jp/~ncffcgak/log/entrance2/1027659137.html
6年以上もこんな事を続けているキチガイを相手にしないで下さい。
http://qb3.2ch.net/sec2ch/kako/1021/10211/1021104272.html

52 :世界@名無史さん:2008/04/20(日) 12:42:18 0
ケチャップでステーキなんて初めて聞いた
DQN家庭では標準的な食べ方なのだろうか
そういえば、目玉焼きにケチャップで食べる奴も居るらしいな
死んで欲しいわ。
共に同じ天を戴きたくない。

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