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古代ハザール王国について語ろう

1 :世界@名無史さん:2009/08/08(土) 15:52:46 0
ユダヤ教を信仰したハザール人、彼らはどこに消えたのか?

2 :山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte :2009/08/08(土) 16:01:21 0
ハザールって古代ですかね。

3 :豚松 ◆4FfyOtW0fiF5 :2009/08/08(土) 16:57:24 O
>>1
ユダヤ教を信仰していたのは王侯と貴族。
一般民衆は多神教、イスラム教、キリスト教と雑多だったし、
民族もスラヴ系、フィン系、カフカス系と雑多。
ただ、貴族ではなくてもユダヤ教を信仰していた
人たちが少数ながらいたようで、クリミア半島が
ハザール領でなくなってからも同地に居住し、
その内カライ派を信仰していた人々は後にリトアニアや
ポーランドに移住した。
今でもリトアニアのある地方(地名を失念)には
同じく兵士などとして招かれたタタール人の末裔と共に
居住しているよ。イスラエルにもいる。
クリミアにはクリムチャクと呼ばれた、
テュルク系言語を話すユダヤ教徒たちもいたが、
彼らがハザールと関係があったかどうかは不明。

4 :世界@名無史さん:2009/08/08(土) 18:51:08 0
>>1
ロシア南部に普通にいる
政商ベレゾフスキーとかハザール人の典型

5 :世界@名無史さん:2009/08/09(日) 15:32:51 0
東ヨーロッパのユダヤ人の大部分が、ハザール系なのは、事実なのか?
それならば、イスラエル建国の神話的内容も意味がなくなる。
元々の故郷が、カスピ海なんだから・・・
ロシアに、ホーム・ランドを作ればいい。(プーチンが怒る。)
因みに、現在のイスラエルの新移民は、多くがユダヤ系ロシア人。

ハザール人・・・ロシア、東ヨーロッパのユダヤ人・・・イスラエル人
(カスピ海)      (東ヨーロッパ)      (パレスチナ )
                         本来はカスピ海沿岸

6 :世界@名無史さん:2009/08/09(日) 18:32:08 0
だから第十三支族の本はユダヤ、イスラム、キリスト教の多くの国で発禁本指定

7 :ハザールでござーる:2009/08/09(日) 19:04:52 0
ハザールでござーる

8 :世界@名無史さん:2009/08/09(日) 19:16:37 0
>>7
NEC乙

9 :世界@名無史さん:2009/08/09(日) 19:19:05 0
汗がユダヤ教に改宗したことに反発した
一部のハザールの貴族が反乱を起こして、多くが敵であったキエフやクマンに逃亡したという。
ハザールがユダヤ教国家としての体裁を整えるに至ったのかどうかは極めて疑問。


10 :世界@名無史さん:2009/08/09(日) 23:56:39 0
元々、「ユダヤ人」とは、何かという設問になる。
ハザールも重要なキーワードには、違いない。

11 :豚松 ◆4FfyOtW0fiF5 :2009/08/10(月) 11:59:00 O
ハザールはさほど重要には思えんがなぁ。
俺はユダヤ教に入信したのは王侯と貴族だけと書いたが、
貴族はユダヤ教に入信したのは少数だったようだし、平民は尚更。
大半の東欧ユダヤ人の先祖がハザール王族末裔なんてありえん。
東欧ユダヤ人はラインラントら西欧でのユダヤ人虐殺・追放に
よってポーランド、ハンガリーなどに大挙して逃れてきて、
ポーランド・リトアニア王やハンガリー王は彼らを歓迎。
彼らは中欧東部・東欧各地に拡散し、西欧と違ってゲットーに
閉じ込められることもなければ、人頭税をかけられることも
なかったため自然と人口大増殖。
おまけにスペイン・ポルトガルからスファルディも来たし、
その前にはビザンティン帝国からロマニオットが、
さらに少数ながらイスラム圏から現在のイスラエルで言う
ミズラヒーも西アジアから移住してきたし、
そりゃ中欧東部・東欧にユダヤ人が増えたわけだ罠。

12 :世界@名無史さん:2009/08/10(月) 22:26:19 0
イディッシュの起源になったドイツ語は、ラインラントじゃなくて、バイエルン、オーストリア方言。
そのうえ、東部ドイツには長らくユダヤ人がいなかった

だいたいラインラントのユダヤ人は、十字軍が来ると、司教や領主のところに逃げ込むだけで、
遠方に逃げた記録もない
おまけに、コミュニティの人口も少なかった

13 :世界@名無史さん:2009/08/10(月) 22:28:24 0
現在のイスラエルは、インドから改宗部族を移住させようとするくらいだから、
白人はどんどん欧州や新大陸などに流出しているんだろ

14 :世界@名無史さん:2009/08/10(月) 22:31:27 0
>>5
ドイツのアルフレート・デーブリーンのポーランド旅行記を読むと
第二次大戦前のポーランド国内では大別して西のユダヤ人と東のユダヤ人とで互いに激しく反目している
西のユダヤ人は世俗的で開放的な企業家が多くポーランド市民として積極的に社会貢献しているのに対し、
東のユダヤ人は原理主義的で閉鎖的で神秘主義的な後進的な人々で嫌われている
おそらく後者の東のユダヤ人(俗にリトアニアのユダヤ人と呼ばれている)がハザール系だろ


15 :世界@名無史さん:2009/08/10(月) 22:33:33 0
>>12
イディッシュが南部ドイツ方言の派生ならば、それは彼らがガリツィアに住んでいたからでは?
ここは14世紀にカジミェシュ3世が西欧からのユダヤ難民を受け入れて以来、ユダヤ人が多い土地柄


16 :世界@名無史さん:2009/08/10(月) 22:35:35 0
東のユダヤ人にグリーンがいて、つまりはシオニスト運動の中心だった

たとえば西のユダヤ人には戦場のピアニストのシュピルマンがいて、
当時彼はポップ音楽の作曲者としてポーランド国民全体に人気があった


17 :世界@名無史さん:2009/08/10(月) 22:35:42 0
>>9
キエフは、「キエフ文書」が遺されてるくらい、
ハザールの前線基地だった都市

ハザールという国自体、モンゴル帝国以前に、
イスラム帝国の中央アジア侵攻を食い止めた重要な国
その後が気になるところではある

18 :世界@名無史さん:2009/08/10(月) 22:36:58 0
>>17
地理的に前線基地というのはおかしい
ハザール系のユダヤ人口の集中居住地の一つだったということでは?


19 :世界@名無史さん:2009/08/10(月) 22:41:18 0
>>16訂正
×東のユダヤ人にグリーンがいて、
○東のユダヤ人にグリューンがいて、

ベングリオンのこと

20 :世界@名無史さん:2009/08/10(月) 22:41:44 0
久しぶりのハザールスレですねえ。これまでのスレとしては↓

ハザールの謎 (503スレ・最長)
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1094492570/
アシュケナージはハザール人である! (52スレ)
http://mentai.2ch.net/whis/kako/947/947498176.html
謎のハザール帝国 (25スレ)
http://mentai.2ch.net/whis/kako/964/964000708.html
ハザール国に付いて (13スレ)
http://mentai.2ch.net/whis/kako/977/977197517.html
ハザールについての諸々のこと (148スレ)
http://mentai.2ch.net/whis/kako/992/992621247.html
あとこんなスレも。
「ユダヤ人」の定義を (50スレ)
http://mentai.2ch.net/min/kako/948/948822238.html


21 :世界@名無史さん:2009/08/10(月) 22:42:53 0
>>20
陰謀論めいたカルトっぽいノリは要らない
どうせここもいずれキチガイが湧いてきてそうなると思うが

22 :20:2009/08/10(月) 22:43:35 0
スレじゃなくてレスやな…

23 :豚松 ◆4FfyOtW0fiF5 :2009/08/11(火) 00:16:39 O
>>12
バイエルンなど南ドイツ地域は長い間ユダヤ人追放令が
出ていたところが多いし、南ドイツから逃れてきたユダヤ人の
言葉がイディッシュ語の基礎になったのかもね。
ラインラントでは中世にユダヤ人共同体襲撃が断続的に起きたから、
一斉にポーランド等に移住したってわけじゃない。
記録が無いのは記録しなかったか、30年戦争を始め大規模な
戦乱が多くあったから消失したのかもしれない。
第一、ラインラントとは限定していない。
フランドルもそうだし、北フランスからも
ユダヤ人は追放されているし、少なくとも一部はポーランドや
ハンガリーに向かったはず。
中世、中部ドイツ・東部ドイツにユダヤ人が
少なかったのは田舎だったことと、同じ田舎でも
当時のポーランドと違ってユダヤ人を歓迎しなかったから。
ただし、13世紀頃もプラハにはユダヤ人街があったはず。

24 :豚松 ◆4FfyOtW0fiF5 :2009/08/11(火) 00:20:02 O
訂正
○>後に起きた30年戦争
×>30年戦争

25 :世界@名無史さん:2009/08/11(火) 01:18:01 0
ポーランド伝統の独特の寛容主義が強く影響している。
実際、今も寛容主義の伝統はあるんだがユダヤ人の一部は反ポーランド主義のプロパガンダをやる。
ポーランドの寛容主義が広く知られてはいけない、という考えがある。
知られないほうが都合がいいからだ。

最近も戦前のポーランドについてのこういう悪質なプロパガンダを読んだ。
ピウスツキ時代のポーランド共和国はユダヤ人に特別な所得税を掛けたというものだ。
この主張はアメリカのイディッシュ語系のユダヤ人団体から出されたものだ。
あきらかに眉唾なので調べてみたら、当時は中所得層のホワイトカラーと自営業者に対するの所得税率が
高めだったということが判明した。
つまりこの所得税率に関してユダヤ教徒かキリスト教徒かの違いはまったくなかった。
単にユダヤ人は都市住民が多く、ホワイトカラーや自営業者が多かったのでそういう結果になったというだけだ。
キリスト教徒も同じ税率が適用された。そもそも宗教は関係ないのだから。
いまだにユダヤ人の一部団体は反ポーランド主義のプロパガンダをやっている。

もちろん全てのユダヤ人がこうというわけではない。
ユダヤ人でもやたらと徒党を組まない人々はこういう変なプロパガンダをやらない。

スレとかけ離れた余談ではあるが、まあ暇だったので書いておいた。

26 :世界@名無史さん:2009/08/14(金) 12:47:53 0
あちこちの国を貶めるプロパガンダをするユダヤ人集団やユダヤ人いるけど、
あれはクセ?それとも、ジャーナリストで食ってる人が多いから?

27 :世界@名無史さん:2009/08/14(金) 12:53:19 0
>>23なんでユダヤってあちこちの国に居座ってるの?

28 :世界@名無史さん:2009/08/14(金) 12:56:34 0
>>27

というより、なぜ欧州に居座ったか?だ

イスラム圏の方が差別少ないから、そちらに移住すればいいのに
インドや中国への移住者が少ないのも不思議

29 :世界@名無史さん:2009/08/14(金) 13:01:06 0
>>26
貶すのも、そういうユダヤ人団体はみな「自分たちユダヤ人が絶対的な被害者」という論調をとる
悪質な同和団体が同じようなことやるのと似てる手口っぽい

こういう活動のに関わらないユダヤ人や同和の人たちが、上記の連中の行動のせいで迷惑している


30 :世界@名無史さん:2009/08/14(金) 13:03:05 0
>>28
ローマ時代に旧ローマ帝国領内のあちこちに移住した
イスラムよりもずっと前の話だ

ヨーロッパ人がユダヤ人を迫害するようになったのは帝国秩序が消滅し教会秩序に置き換わった中世から


31 :世界@名無史さん:2009/08/14(金) 13:05:22 0
>>28おそらくモンゴル帝国やオスマン帝国が隆盛してるときにイスラム知識人に
負けたからでしょう。そして18世紀あたりに徐々に世界の富が欧州帝国に移り行く中で
金融などで「あんたっちゃぶる」だった欧州のユダヤ教徒が金貸しや軍事物資の
売買などで急激に勢力を拡大し今に至るというところでは?

32 :世界@名無史さん:2009/08/14(金) 13:09:18 0
>>31
ちがうよ
ユダヤ人は帝政ローマ時代にすでにラインラントやバイエルンやパンノニアまでは進出して盛んに商売してるよ
その先行くと国境越えちゃうから極端に活動が減っている
当時、北ドイツやポーランドに相当する地域ではほとんどユダヤ人の拠点がない
現在のポーランドのカリシアは帝国外最も大きな商業都市だったから、もしかしたらユダヤ人がいたかもしれない

33 :世界@名無史さん:2009/08/14(金) 13:10:07 0
>>28
インド・中国は欧州・中東に比べてパレスチナから遠い。
欧州のユダヤ人は人口爆発したが、中東は乾燥地帯が多かったせいか爆発しなかった。
イスラエルが建国されてイスラム諸国と対立するとイスラム諸国のユダヤ人は大半が
イスラエルへ流れていった。
イスラエル内で人口爆発が起こり、旧欧州系と旧中東系は同じぐらいの人口となった。

34 :ty270410:2009/08/14(金) 23:19:22 0
ハザール王国に関する史料集のようなものはないのでしょうか?
ご存じの方,教えてください.

35 :世界@名無史さん:2009/08/14(金) 23:35:16 0
>>32
紀元前から地中海又にかけて商売してたし
ギリシアにゃ劣るけど商業に長けた海洋民族だったからなぁ>ユダヤ人

今は嘆きの壁になってるけどキリスト生まれた頃にエルサレムで建設してたユダヤ教の神殿は
当時世界最大の石造建築物だったって話だしな。財力は昔からあるのれす

36 :世界@名無史さん:2009/08/15(土) 06:59:15 0
アーサー・ケストラー
『ユダヤ人とは誰か』
1990 三交社
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0946.html

37 :世界@名無史さん:2009/08/15(土) 08:46:58 0
モンゴル軍が黒海北岸に達すると黒海沿岸で交易に従事していたユダヤ人は逃げ出し、
ベネチアへと落ち延びたという。黒死病のお土産つきで。


38 :世界@名無史さん:2009/08/15(土) 10:28:11 0
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%8F%E3%82%B6%E3%83%BC%E3%83%AB-%E8%AC%8E%E3%81%AE%E5%B8%9D%E5%9B%BD-S-%E3%83%97%E3%83%AA%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%8B%E3%82%A7%E3%83%B4%E3%82%A1/dp/4105323016
日本語の本としては「ハザール 謎の帝国」がある。

39 :世界@名無史さん:2009/08/15(土) 11:42:39 0
文学作品ですがミロラド・パヴィチの「ハザール辞典」は読んでますか?

40 :世界@名無史さん:2009/08/16(日) 11:58:05 0
ユダヤ人は、ローマへの反乱に敗れた後も、エルサレムを追われただけで、
普通にパレスチナにも居住していた。
離散は、単に経済的な理由からではないかな。

マホメット登場の時代には、アラビア半島のメッカ、メジナにも勢力築いていたし、
半島南部のイエメンにもコミュニティーを作っていた。



41 :世界@名無史さん:2009/08/16(日) 22:07:49 0
>>31

宝石職人になれても、社会での比重が小さかったのですね。

しかし、欧州でも、金貸しと肥料商人、東欧では酒屋?
ロシアでも、ほかに農耕していた程度なのに、よくあれだけの人口になれたものです。

ガリシアでは、売春婦になる女性が多かったくらい貧しかった

42 :世界@名無史さん:2009/08/16(日) 22:37:53 0
ガリツィアではロシア領ガリツィア(ウクライナ西部)のユダヤ人は、
みんなポーランドのガリツィア(当時はオーストリア領)へ行きたがった

「屋根の上のヴァイオリン弾き」ではロシアの苛烈な反ユダヤ政策から逃れるため
物語の最後では家族たちがクラクフ(クラクフ地方=ポーランドのガリツィア)へ移住する



43 :世界@名無史さん:2009/08/17(月) 20:18:43 0
クラヴ・マガの勇ましさは、長らくなかったものなのか

44 :世界@名無史さん:2009/08/18(火) 04:57:11 O
>>42
そりゃオーストリア・ハンガリー帝国時代の話で
別にガリツィアだけでなくウィーンでもブタペストでも行きたがってたわ

第一次大戦後のガリツィアだったらありえんよ
逆に地獄行きだわ
当時のポーランドは国際連盟の再三の少数民族保護の勧告も無視していたんだから
よっぽど革命後のソ連にいた方が千倍マシ

45 :世界@名無史さん:2009/08/18(火) 07:27:42 0
イスラエル人=テュルク人説か

そもそもパレスチナ人こそ真の古代ユダヤ人

46 :世界@名無史さん:2009/08/18(火) 07:38:57 0
>当時のポーランドは国際連盟の再三の少数民族保護の勧告も無視していたんだから 
>よっぽど革命後のソ連にいた方が千倍マシ 

ソ連のほうがマシ?それはないわw
ポーランドが勧告を受けていたのは、ドイツ人とリトアニア人とルテニア人に関してであって、
この3民族はポーランド社会に同化しようとしなかったからなんだが、
いつのまにこれがユダヤ人に関してであるかのように宣伝されるようになったんだ?
反対する勢力もいたがそれでもユダヤ人はポーランド社会への同化が進んでいて、
本人たちもユダヤ教徒のポーランド人という考えだったんだが

47 :世界@名無史さん:2009/08/18(火) 07:40:18 0
ウィーンはともかく、本当の地獄はユダヤ人殺しが日常茶飯事に頻発していたブダペストだろ


48 :世界@名無史さん:2009/08/18(火) 20:56:27 O
>>46
釣りだと思ってわざと引っ掛かってみたが、やっぱりお前か

こいつスラブとかポーランドの事(それもくだらん事ばっか)しか知らんくせに
全く関係ないスレでスラブやらポーランドのことを問答無用にレスる
そしていざ釣りに引っ掛かるとスレageして
相手の反応があろうとなかろうと常軌を逸したぐらいに断続的にレスったり自演してスレ潰しする
これがこいつのスレ潰しの常套手段
こいつのために幾つのスレ潰されたか

おそらくこいつハザールのことはユダヤ教に関係あること以外何も知らんぞ
あとはwiki見て知ったかするぐらい
他スレでもそうだが、こいつの話からまともな遺跡や遺物の話すら出たことないからな
(スラブにあたかも関連あるように無理矢理こじつけること以外w)
しかもこいつの自説に不利な出典をこちらが出すとその著者を平然と誹謗中傷するから悪質極まりない

49 :世界@名無史さん:2009/08/18(火) 21:24:51 0
>>48
横だけど、ポーランド関係のスレに下品なAA貼って片っ端から潰してるっての、おまえだろ。


50 :世界@名無史さん:2009/08/18(火) 21:50:07 0
46=キチガイポーランドヲタか。もう7〜8年間も世界史板のみならず、2chのたくさんの板で
粘着し続けておるなぁ。

51 :梵阿弥:2009/08/21(金) 16:46:23 0
>>3
>今でもリトアニアのある地方(地名を失念)には
トラカイですか

52 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2009/08/30(日) 19:59:09 0
それにしても、例の鉤鼻は、いったいどこから来たんだ?

わし鼻は、地中海の諸国民、シリア人、イタリア人にも多くて、
まだわかるが

イエスの時代のユダヤ人でも、あんな鼻してないかったし

53 :世界@名無史さん:2009/08/31(月) 09:01:50 0
鉤鼻は単なるキリスト教徒の偏見だろ

54 :世界@名無史さん:2009/08/31(月) 09:43:59 0
>>52
鉤鼻はモンゴロイドとの混血だろう
平坦な顔に鼻だけとってつけたような鉤鼻
北米インディアンや 特に南米メスチーソに多い

55 :世界@名無史さん:2009/09/02(水) 10:30:35 0
ハプスブルク家も鉤鼻

56 :世界@名無史さん:2009/09/02(水) 12:11:16 0
ハザール⇒東欧ユダヤ説は、嘘。もし、そうなら、キプチャク汗国にはまとまったハザール残存部族もしくはユダヤ教徒コミュニティ人口が居ないといけなかった。
キプチャク汗国がまとまった人口のハザール残存部族もしくはユダヤ教徒コミュニティを征服した・支配したという記録はない。


57 :世界@名無史さん:2009/09/02(水) 12:12:41 0
ハザール王国の大半の庶民の子孫はいまのウクライナ人


58 :世界@名無史さん:2009/09/02(水) 12:29:07 0
>>56
ハザール王国の首都イティルの遺跡
http://inri.client.jp/hexagon/img/khazaria_photo.jpg

ロシアのユダヤ人は全部、ハザール人

ロシア系ユダヤ人、デーブ・スペクターも認めている


59 :世界@名無史さん:2009/09/02(水) 12:38:00 0
ラインラント系のユダヤ人の友達がいて、
いま欧米では自分の先祖や縁戚を探すのが流行っていて彼もやってるんだが
自分の家系を調べたところ先祖の親戚の多くはポーランド王国のユダヤ人保護政策で
ラインラントからいまのポーランドやロシアへ移住したって言ってるんだが


60 :世界@名無史さん:2009/09/02(水) 12:39:30 0
そして先祖はラインラントに定住する前は
中東から北アフリカを経てジブラルタルを渡ってスペインからヨーロッパにやってきたと言ってる

61 :世界@名無史さん:2009/09/02(水) 15:30:32 0
やっぱりこのスレだと当然の如くユダヤ人の起源探しになるか
自分は西突厥のトン=ヤブグからのアシナの王族の歴史や
事実上支配していたベグ達の歴史とか知りたかったもんだが

62 :世界@名無史さん:2009/09/02(水) 19:07:20 0
モンゴル軍が黒海北岸に押し寄せつつあるという知らせに
黒海の交易に従事していたユダヤ人商人は一斉に地中海方面へ逃げ出したという。
で、このユダヤ人商人たちは黒死病に感染していて、
ベネチアなどからヨーロッパ全域へと黒死病が蔓延したという。


63 :世界@名無史さん:2009/09/28(月) 05:29:18 0
>61
アシナ氏の系譜は気になっていますよ
支配層には唐の血を引く人もいたんだろうな

64 :世界@名無史さん:2009/10/25(日) 13:45:24 0
文献も遺されてるのによくわからん国だね

65 :世界@名無史さん:2009/10/25(日) 17:48:23 0
黒海、カスピ海(ハザールの海)のハザール人は、東ヨーロッパに
広がったのは自然。経済圏だし、交易、通婚等様々であろう。
イベリア半島経由のユダヤ人が、中世末期のユダヤ人迫害で、東に
移動したことも事実。貿易を通じてこれらがネットワークを組んでいた
可能性がある。どちらも、商売人だから。
よく、中世ユダヤ人には、土地所有等が認められず、迫害されていたから
卑しめられていた「商売」にしか従事できなかったと言う説があるが嘘。
また、「ベニスの商人」は、差別小説だというのも嘘。
全て事実に立脚している。
ユダヤ人は、当初から金融業に従事しており、お金の本質をよく知っていた。
ディズレーリの帝国主義政策は、イギリス帝国主義の本質を示しているが、
これがユダヤ的金融資本主義のモデル。
「シオンの議定書」ではないが、ハザール的商業主義が資本主義の原点
だと考えられる。
マックス・ウエーバーの「プロテスタンティズム(カルバン主義)」は、
資本主義的精神の主流ではない。
少なくとも、金融資本主義はユダヤ(ハザール)的精神。
逆に、キリスト教的精神はかえって、社会主義の理念となった。


66 :世界@名無史さん:2009/10/25(日) 18:06:53 0
現状の金融資本の行動原理を考えると、やはりユダヤ的原理、と言うより
ハザール的原理に到達する。
ハザール的原理の原点は、イラン系ソクド人の商業原理にある。
唐の史書によれば、彼らの手には「生まれつきニカワが付いており」、一度
手にした利益を絶対に手放すことはなかった、と伝えられる。
では、ソクド人のシルクロードにおける商業原理は、どこから来たのか。
これは、アラム人に依拠している。
アラム人は、古代ペルシャ帝国の金庫番であったし、交易の管理者、
「王の道」の担当者であった。
この点、フェニキアは、航海術をもつ貿易従事者にすぎない。
アラム人の商業原理にはかなわない。
つまり、アラム人・・・ソクド人・・・ハザール人・・・ユダヤ人
・・・資本主義・・・金融独占資本主義の成立
資本主義の起源は、やはりアジア文明なんです。ヨーロッパみたいな
辺境から、世界的原理は生まれません。

67 :世界@名無史さん:2009/10/25(日) 19:47:49 0
>>63
至る文典や歴史書からもハザールが西突厥のアシナの王族から来てるのはほぼ間違いないけど
アシナの直流なのか傍流なのかその辺不勉強でイマイチ分かってなかったりする
ただどちらにせよ有る意味西突厥の後継の国で有るのは間違いないんだよな

んで西突厥も大体が西に移ってハザールになったのも有るけど、逆に東に大きく移動して
その後中国の歴史に大きく関わった沙陀突厥なんかの例も有るんだよな
文典だと西突厥とは言ってもかなり東端の方に居たのでそのまま東側に移動したみたいだけど

つまり西突厥の後継は大きく分けて2つで
更に西に行ったのがハザール、逆に東に行ったのが五代十国のうちの四代に渡る沙陀王朝なんだな

唐の血を引くと言うか可能性としては多いに有るかも

68 :世界@名無史さん:2009/10/26(月) 20:12:44 0
ハザールは王族だけを考えてもダメ。
ハザールの持った東西貿易の役割が大事。
その後の激変で彼らがユダヤ教を軸に(最初は王族のみか?)
民族的系譜を守りながら西に順次、拡大、移動したと推論することが
地政学的に順当。

69 :世界@名無史さん:2009/10/28(水) 20:47:30 O
>>4
嘘。
金儲けで評判の悪い非ユダヤの人間をユダヤ人と結びつけるために、そうした人物を隠れユダヤ人にするためによく使われているユダヤ陰謀論や反ユダヤ主義のデマ。

70 :世界@名無史さん:2009/10/28(水) 20:49:19 O
>>66
何ら裏付けのない勝手な憶測でトンデモにすぎない。

71 :世界@名無史さん:2009/10/28(水) 22:51:07 0
アラム人とユダヤ人は、いたって紛らわしいね。
実際、イエスの時代に両者の区別って、どうしていたんでしょ

72 :世界@名無史さん:2009/10/29(木) 09:07:52 O
>>62
具体的ソースは?
なんか嘘臭いんだよね。
ハザールに関するネット上の話題は単に反ユダヤ主義のデマを流そうという意図を感じる書き込みが妙に多い。

73 :世界@名無史さん:2009/10/29(木) 09:27:14 O
>よく、中世ユダヤ人には、土地所有等が認められず、迫害されていたから
>卑しめられていた「商売」にしか従事できなかったと言う説があるが嘘。

当時のカトリックの教義上、キリスト教徒同士で利子をとることを禁止していたので異教徒のユダヤ人が金融業担う羽目になった。
さらに土地所有も認められた場合もいつ取り上げられるか分からなかった。


>また、「ベニスの商人」は、差別小説だというのも嘘。
>全て事実に立脚している。

フィクションだし、シャイロックにしても幼稚なくらいかなりステレオタイプに描かれている。
当時でもありえないようなことを悪役として強調するために大袈裟に描かれている。
今日でもフィクションは現実を反映していない描写はいっぱいあるが本気にしているの?

>マックス・ウエーバーの「プロテスタンティズム(カルバン主義)」は、
資本主義的精神の主流ではない。
>少なくとも、金融資本主義はユダヤ(ハザール)的精神。

これもおかしい。
ならば、プロテスタンティズム台頭以降にキリスト教徒が金融業や商業に積極的に進出し近代資本主義が確立した理由が説明できない。
でなければそれ以降も金融業や商業の担い手はユダヤ人だらけのはずだ。
まさか近代資本主義の担い手のプロテスタント達は隠れユダヤ人達だったとでも?
それにハザール人の全てがユダヤ教徒ではなかったし、そもそも具体的な根拠がないじゃないか。

>逆に、キリスト教的精神はかえって、社会主義の理念となった。

なんか昔欧州にいた反ユダヤ的社会民主主義者のセリフみたいだな。

74 :世界@名無史さん:2009/11/21(土) 02:40:28 0
>>37
>モンゴル軍が黒海北岸に達すると黒海沿岸で交易に従事していたユダヤ人は逃げ出し、
>ベネチアへと落ち延びたという。黒死病のお土産つきで。

黒死病はモンゴルがあの辺にやってきた100年後だが。しかもヴェネチアでなく
ジェノヴァ植民地のカッファ経由で。

75 :世界@名無史さん:2009/12/02(水) 22:45:28 0
ユダヤ人は「ユダヤ教を信じる者」といわれる。
民族を自然発生的な地縁・血縁等によって結合した人間集団とみるのではなく、
信仰によってユダヤ人と非ユダヤ人を判別しようというのである。

この例に従えば、イスラム教徒十数億人をイスラム人、キリスト教徒二十数億人
をキリスト人、ヒンズー教徒10億人をヒンズー人、仏教徒4億人を仏教人、
道教徒数億人を道教人といわねばならぬ。

この血縁・地縁で形成された氏族・部族・民族という観念ではなく、
ユダヤ教信者を「ユダヤ人とみなす」という意味において、ユダヤ人は世界に
例をみない特異な存在になっている。

なぜ、彼らは「自然発生的な氏族・部族又は民族」を捨て伝統社会の呪縛から
自らを解放したのか?なぜ、彼らは「グローバル経済」と「共産主義」を吹聴して
回るのか?なぜ、彼らは「自由社会の実現」と大言壮語してベトナム戦争や
アフガン・イラク戦争を行うのか?彼らの美しきスローガン「世界は等しく人権が
尊重される社会であらねばならない」のか?それ以外の在り方は許容して
もらえないのか?以下、彼らの歴史を追って推察してみよう。

7世紀頃、カスピ海北方、つまりロシア南部からカザフスタンにかけての
ヴォルガ川とウラル川流域一帯で王国を築いていたハザール族がいた。
約1000年前、ハザール族が築いた王国は西方の東ローマ帝国と南方の
イスラム帝国に挟撃され滅亡の危機に瀕した。キリスト教を国教とする
東ローマ帝国のビザンチン、イスラム教を国教とするバクダッドが対峙し、
ハザール族は双方から繰り返しそれぞれの宗教を強要された。

東ローマ帝国のキリスト教を採用し属領となればイスラム帝国の敵となる。
イスラム帝国のイスラム教を採用し属領となれば東ローマ帝国から敵視される。
賢明なハザール族の王は「二者択一」ではなく、キリスト教とイスラム教と
同一ではないが、双方の教義の源流となっているユダヤ教を採用した。
結果、ハザール族はユダヤ人(アシュケナージ)となった。

76 :世界@名無史さん:2009/12/02(水) 22:46:19 0
大帝国に挟撃されて干渉を受けている弱小部族は、常に存亡の危機を意識
せざるを得ない。併合されるか?戦って全滅するか?の瀬戸際に立たされている。
世界史は、大国による弱小国の分割と併合の歴史といっても過言ではない。
弱小国家又は部族は大国の属領となるか、非同盟中立を目指す他はない。

約1000年前のハザール族は民族滅亡の緊急避難策として「ユダヤ教への改宗」
に踏み切った。ハザール族は部族の伝統文化を否定しユダヤ教に帰依した。
部族古来の伝統を自らの手で投げ捨てユダヤ教に改宗した。

ハザール族がユダヤ教に改宗し、東ローマ帝国とイスラム帝国の圧力を緩和
してまもなく、モンゴル騎馬軍団がユーラシア大陸を席捲した。ユダヤ教は
モンゴル騎馬軍団の前では無力だ。守り神とはなってくれない。かくして、
ハザール族は民族が誕生したカスピ海北部の温暖かつ豊穣な土地を捨て、
寒冷なポーランドほかの東欧に避難した。その後、故あってドイツ他の西欧に
移動したとされる。金融帝国を築いたロスチャイルド一族やエマニュエル・トッド
の先祖もこの集団にいた。彼らは「アシュケナージ(ユダヤ人)」と呼ばれる。

民族の伝統を捨て、民族発祥の土地を離脱せざるを得なかったハザール族の
「祖先殺し」の体験がアシュケナージの肉体に深く刻印された。自らの手で
割拠すべき領土も、部族の伝統文化を捨てたハザール族は「徹底したコスモ
ポリタン」に成る他なかったといえるのではなかろうか。こうして、すべての因習に
囚われないが、しかし金銭への異常なる執着を持つアシュケナージが誕生した。

アシュケナージ(ハザール族)の「祖先殺し」は忘れることのできない原罪となった。
彼らは、「祖先殺し」という大罪を粉飾・糊塗するための心理的合理化を行った。
大罪を背負ってつつましく生きるのではなく、部族の伝統を復活するのでもなく、
他民族や他部族にも「祖先殺しの大罪を犯させる」ことで、彼らの遠い先祖が
行った「祖先殺し」の正当化を図った。共犯者が多ければ多いほど罪の意識が
癒される。「赤信号、皆で渡れば、怖くない」路線だ。

77 :世界@名無史さん:2009/12/02(水) 23:01:24 0
現代の世界を支配している金融帝国の覇者アシュケナージ。米国歴代政権を
支えた著名な経済学者や政治家、マスコミ人が多数いる。事実上、アメリカは
「ロスチャイルドとロックフェラーが支配している」と言われるほど権勢を誇っている。
ロシアでもアシュケナージはエリツィン時代に政財界を支配したと言われた。

アシュケナージと称するハザール族の末裔は、17世紀の産業革命頃
「ユダヤ・アングロサクソン同盟」を締結し、七つの海を制した大英帝国の覇権
に協力した。彼らはパックス・ブリタニカとパックス・アメリカーナを支え、かつ
支配した。また、ソ連を建国・支援し、資本主義陣営と共産主義陣営の対立を
演出して世界を支配した。アシュケナージが最も輝いていた時代の話である。

国民国家は過去のものとなり、移民政策や多文化主義が持て囃され、
金銭至上主義が蔓延し、伝統的価値観は悉く廃棄される事と成り、
世界政府の設立が理想の目標とされた。

だが、それも長くは続かなかった。
プーチンのロシアは「ロシア正教会」を再興し、スラブ民族の伝統文化を復活
させた。ヨーロッパ各国で極右政党が躍進し「反国家・反民族」の社会民主
主義政党を圧倒しつつある。オバマの米国は「白人でも黒人でもないアメリカ人
のアメリカ」という言葉を乱発し、国家に対する国民の帰属意識を煽っている。

世界中が、アシュケナージ(ハザール族)が推進してきた「反国家・反民族」とは
逆の方向で動き出した。金融資本主義と共産主義・社会民主主義は、これまで
民族意識を敵視し、国境を消滅させ、個人を国家・企業・団体・地域共同体から
切り離し孤立化させる政策を強行してきたが、今や潮の流れが変わった。

アトムに分解された個人は、ようやく家族や親族、町内会や自治会、労働組合
や職場コンペ等の集まりに関心を抱くようになった。これを恐れる左翼系メディアや、
アシュケナージが支配する米国政財界、中国共産党を初めとする勢力が必死に
なってダムの決壊防止を行っている。しかし、時の流れを止めることはできない。

78 :世界@名無史さん:2009/12/03(木) 10:53:50 O
そういう陰謀論って「金を持ってるから国家元首でさえ言いなりにできるに違いない!」という単純さが推論の前提にあって
具体的にどうやって政治的な影響力を持ったのかの説明がいつもないんだけど

79 :世界@名無史さん:2009/12/03(木) 17:54:29 0
結局ユダヤ陰謀論吐き捨てスレか

80 :世界@名無史さん:2009/12/06(日) 13:24:29 0
ヴォルガ・ブルガールの王ってハザールが滅びた後もイリテベルの称号使ってたんですか

81 :世界@名無史さん:2009/12/06(日) 19:01:53 0
ミロラド・パヴィチ死去

82 :世界@名無史さん:2010/01/01(金) 00:50:30 0
 最近日本で出版された『ポーランド・ウクライナ・バルト史』(山川 新版世界各国史20 1998年)
のキエフ・ルーシ(ウクライナ史)においては、この考え方が強く反映されています。
実際、ここで述べられているキエフ・ルーシ論は、多少なりともこの時代に触れたことのある人なら驚くべき内容になっている、
と言えるほどです。
 それによれば、ルーシは元来フランス南部からこの地に進出してきた商人団の名称で、
それが9世紀に至ってハザール可汗の家系とつながり、いわばハザール国家の後継者としての地位を得て
南ロシアの覇権を獲得した、とのことです。
上記のごとくルーシの公がいくつかの史料で「可汗」と呼ばれているのもこれで説明できる、
というわけです。尚、都市キエフの起源そのものもハザールの砦から発展したものとされています。

ハザール人自身の手になる数少ない史料の中に「ヨセフの手紙」があります。
これは10世紀の中頃に可汗であったと見られるヨセフが、
西の果てスペインに住むハスダイ・イブン・シャプルトというユダヤ人からはるばる送られてきた手紙に答えたもので、
ハザールの支配者が自国の情勢について語った貴重な史料になっています。
 ヨセフの語るところによれば、
ハザールはヴォルガを下って攻めてくるルーシその他の民族と勇敢に戦い続けており、
それによってイスラム世界全体が荒らされるのを防いでいる、のだそうです。
これは、手紙の受取人であるハスダイがイスラム王朝(後ウマイヤ朝)の廷臣だったことから、
「我々はイスラムの側に立っている」という一種のアピールであったとも考えられます。
しかしそうした点を割り引いても、
ハザール自身が(現代のヨーロッパの研究者と逆に)
「西からの攻撃に対して東を護っている」と述べているのは皮肉なことだと言えます。
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad/5870/hosetu13.html


83 :世界@名無史さん:2010/01/12(火) 21:13:52 0
保守

84 :世界@名無史さん:2010/02/02(火) 16:50:53 0
ジェッザー・パシャの右側(画像向かって左側)にいる人物は見にくいのですが、
右目に眼帯をして鼻をそがれています。この人は、シリアのユダヤ人ハイーム・ファールヒー。
彼は三人の総督に仕え、最初の主人となったのがジェッザーでした。

ある時のこと、激情にかられたジェッザーはファールヒーの右目をえぐり、鼻をそぐように命令します。
しかしその後でファールヒーに対する態度を和らげ、もとの地位に戻しました。
ファールヒーは、ジェッザーの側近として重用され、
フランス軍によるアクル包囲の際にも活躍したようです。
ちなみに彼は三人目の主人となったアブドッラー・パシャによって処刑され、
遺骸は海中に投じられました。
http://grandearmee.web.fc2.com/jazzar.htm


85 :世界@名無史さん:2010/02/10(水) 19:04:13 0
こんな話も

http://richardkoshimizu.at.webry.info/201002/article_31.html

86 :世界@名無史さん:2010/04/01(木) 07:45:54 0
結局ハザールって最後どうなったの?
確かモヒカン頭の露助に滅ぼされたんだっけ、

87 :世界@名無史さん:2010/04/01(木) 20:54:42 0
>>86
スヴャトスラフの遠征で大打撃は受けたけど、残党みたいのはモンゴルがやって来る頃までいたらしい。
黒海の東にユダヤ系の公国があったそうだがハザールとか関係なかったような。

88 :世界@名無史さん:2010/04/06(火) 10:09:47 0
シュロモー・サンドの著作に言及している人が一人もいないな。

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