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海の千年王国【ヴェネチア】

1 :バルバリーゴ:2009/11/12(木) 18:15:46 O
塩婆の文庫本も出たことだし、今後の日本も見据えて語ろうではないか。

2 :世界@名無史さん:2009/11/12(木) 18:20:41 0
町全体がドブ臭い事でも有名

3 :世界@名無史さん:2009/11/12(木) 18:40:08 0
塩野またベネチアの本出したのか

4 :世界@名無史さん:2009/11/12(木) 18:43:07 0
イタリア一住み難い町として有名。

5 :世界@名無史さん:2009/11/12(木) 18:47:00 0
夏場は瘴気と呼んでいいほどのすさまじい臭気に包まれるので、
まともな市民は街の外にある別荘に逃げ、ベネチア市街は物好きな観光客と
それ目当ての商売人しか居なくなる。

6 :バルバリーゴ:2009/11/12(木) 19:16:48 O
それはかつてのヴェネチアの水路管理が活かされていないからだよ。
水路こそがヴェネチアの血管だ。

7 :世界@名無史さん:2009/11/12(木) 19:54:15 O
いまのヴェネツィアはポンプを止めた水槽みたいなもん
運河を埋めて流れが変わったから水が淀んで腐るし、
抵抗を受けて基礎が浸食沈下を起こしてる
あの街は“ヴェネツィア人”でなければ生かせない街だった

8 :世界@名無史さん:2009/11/12(木) 20:39:58 O
ローマ帝国とのつながりはふかいの?

9 :バルバリーゴ:2009/11/12(木) 20:46:59 O
ローマ化したガリア人の都市だろう。
ローマ化してからはローマの地方都市や農村だったのでは?
ゲルマンの侵入からはラグーナで孤立化したのだから、ゲルマンの影響は少ないはず。
民族的にも文化的にもローマ化したガリア人だろう。


10 :世界@名無史さん:2009/11/12(木) 21:13:50 0
ヴェネチア人は何故昔ながらの水路維持をやめたの?

11 :世界@名無史さん:2009/11/12(木) 21:22:22 0
ヴェネチア人はイリュリア系だとも聞いたことがあるが

12 :世界@名無史さん:2009/11/12(木) 21:45:22 0
少なくとも一般的なラテン人とは一線を画した大柄が特徴だった

>>10
フランスやオーストリアに支配されてたから
自治行政も変化して専門官がいなくなった


13 :世界@名無史さん:2009/11/12(木) 22:49:26 0
>>1
よくヴェネチア共和国は日本と対比されるけど、どうだろうな
確かに環境は似ていなくもないけど、肝心の中の人の性質が違いすぎる
日本人はどうやったってあそこまで合理的にはなれない
あの政治能力はうらやましいけどねえ

14 :世界@名無史さん:2009/11/12(木) 23:00:49 0
例えば十人委員会のように、共和政体の政治的決断の緩慢さを解決する
強大な権限を持った緊急システムが現在の日本にはない
それが昨今の、経済危機下にありながらいつまでも政治混乱が続く結果になってるわけだけど、
じゃあそういった機関を導入しようなんて言ったって、絶対にうまくいかない
ひとまず主義主張は脇へやって、与野党一致結束して難局を乗り切ろうなんて発想さえ出てこない

これが戦前の日本なら、勅命を利用するのが最適だったんだけど、もう使えないしな
こればかりはつくづく残念に思う

15 :世界@名無史さん:2009/11/12(木) 23:02:15 0
表記の仕方に迷う外国固有名詞の一つ
ベネチアなのかヴェネチアなのかヴェネツィアなのかはっきりしろと

16 :世界@名無史さん:2009/11/13(金) 00:19:24 0
>>14
戦前の日本の勅命には、ろくでもない方向のものがいくらでも
あるだろう?
大体、
> それが昨今の、経済危機下にありながらいつまでも政治混乱が続く結果になってるわけだけど、
なんて書いているが、強大な権限を持った緊急システムとやら
がまっとうな方向で機能するという保証は、全く無いよ。
戒厳令を自派の権益拡大に利用した連中のように、危機を
自分たちの私服を肥やすために使おうという者はいつの時
代にもいるわけだからね。

ところで、>1の「文庫本も出たことだし」だが、新潮版の帯を
見て、「自分の手元にある『中公文庫版』は文庫ではなかった
のか」と思ったね。

17 :世界@名無史さん:2009/11/13(金) 01:25:52 O
戦前の勅命をそのまま使えなんて言ってない、制度的なやりようはいくらでもある
例えば米大統領には議会に対して相当に強力な権限が与えられてるし、
ローマの独裁官は執政官2人と元老院の要請が必要な上に任期も短い

要するに、ちんたら議論してる場合じゃない時に
迅速な決断が下せる機構は絶対に必要ということだ

18 :世界@名無史さん:2009/11/13(金) 02:04:07 O
というかな、現行憲法はしょせん旧憲法を手直ししたものにすぎないが、
議員内閣制はそもそも、究極の決定権として勅命があることを前提としてるんだよ
いまの憲法は、そこから頭を雑にむしりとった欠陥品だ
終戦当時の政治家もそれを理解していたから、
55年体制なんてものを作って事実上の寡頭政体へもっていったんだ
そうしなければこの国が機能しないことは、ここ数年の政治状況が証明してる
外国を真似て二大政党時代なんて言ってるが、大統領もいない二大政党なんてものは
単なる国論分裂にすぎない
非常時になっても延々と、水掛け論と非難合戦を続けるだけだ
そうして滅んだ国は歴史上山ほどある

結局、この民主プロセスに反する現実を認めて、かつ
過度の独裁に陥らないシステムを構築し運用できるかどうかが、
その民族の政治的センスってことだろう

19 :世界@名無史さん:2009/11/13(金) 11:29:19 0
お前らヴェネツィアの話しろw

とりあえず塩と魚の街から東地中海の支配者までのし上がったのはすげぇよな。

20 :世界@名無史さん:2009/11/13(金) 19:09:23 0
東地中海の覇者で海のことなら任せてくれだったのに
資源豊かな国が大航海時代に乗り出すともうついて行けなかったんだな・・・
日本もそうなるんだろうか

21 :世界@名無史さん:2009/11/13(金) 19:46:45 0
イタリアの都市国家は質より量の時代になると対応できなくなった。
そしてヨーロッパ諸国も、20世紀にアメリカとロシア(ソ連)が台頭してくると
影がうすくなったわけだが。

22 :世界@名無史さん:2009/11/13(金) 20:13:29 0
同じ商いの民だけど、その点、ユダヤは異質だな。
ヴェネチアと同じく閉鎖的ネットワークで利益をあげていながら
覇者にもならなければ衰退もしない。

23 :世界@名無史さん:2009/11/13(金) 20:21:53 0
>>22
それはユダヤの中にもいろいろな集団が居て、それぞれに栄枯盛衰があるのに、
それを一括した「ユダヤ」というカテゴリの中に押し込めるから、常に衰退していないように見えるだけだ。

まるで西欧社会全体を「キリスト教」と言うカテゴリで見るようなもの。

24 :世界@名無史さん:2009/11/13(金) 21:49:19 0
>>13
ヴェネツィア共和国は、日本よりもイギリスと共通点が多いと思うんだが。

25 :世界@名無史さん:2009/11/13(金) 23:19:06 0
というかイギリスがヴェネツィアを参考にしまくったんだけどね、ローマにしたのと同じように
結局歴史的成果としては、両者の劣化コピーの域は出なかったけど

26 :世界@名無史さん:2009/11/14(土) 00:49:25 0
国家としてはこれ以上ないくらいよくできてると思うけど、
真似できるかといったら無理
全て商売のためと言い切ってしまうのは簡単だけど、
イデオロギーに走ることもなしにここまで矛盾なく
利益主義の現実主義で通すのは人間にできることじゃない
理屈抜きで嫌いなものやりたくないものがあるのが普通の人間だもの

27 :世界@名無史さん:2009/11/14(土) 02:25:05 0
カーニバルの時期はパドヴァでもホテルは取りにくい

28 :世界@名無史さん:2009/11/14(土) 09:03:10 0
ハロルド・ニコルソンが『外交』で、

ローマ帝国後期にその権力政策が衰退したとき、ビザンティン体制のもとで、
外交はもっとも非建設的な形で復活した。外交は、人間の貪欲や愚行の解毒剤と
なるよりも、むしろ刺セン剤となった。協力の代わりに分裂が、統一の
代わりに崩壊が、理性の代わりに狡知がみられた。そして道徳的諸原則の
代わりに小器用さが支配した。外交にたいするこのビザンティン流の考え方は
ただちにヴェニスへ伝えられ、ついでその臭気紛々たる沼地から、イタリア半島
全土に拡がるにいたった。

と書いているが、ヴェネツィア人も英国人にそんなこと言われたくねーだろw
中東での三枚舌外交とかw


29 :世界@名無史さん:2009/11/14(土) 10:09:43 0
臭気ならロンドンも負けてないよな、いろんな意味で

まあ、ニコルソンの生きた時代を考えれば
外交による勢力均衡に限界を感じて覇権的統合を夢見るのも無理はないかもしれないけど
てか、いまのEUを見たらなんて言うかね

30 :世界@名無史さん:2009/11/14(土) 14:51:04 0
パリだって

31 :世界@名無史さん:2009/11/15(日) 11:14:33 0
古代およびビザンツ帝国では、船を建造する際、まず板と板を固く結合し、水の
入らない船体を作ってから、肋骨と支柱を入れて船体を強化した。
しかしヴェネツィア人は、まず竜骨を置き、次いで肋骨を作って骨組みを作った後、
板を張るという、近代的な造船技術の創始者になった。

これにはヴェネツィアが囲い込まれた潟という川と海の中間的存在を持っていたために
実験が可能だったという事情もあるのかもしれない。

32 :世界@名無史さん:2009/11/19(木) 07:50:51 0
建国以来、人口が減りながらも発展していったんだよね。
猿の様に、少子化対策とか騒いでるどっかの国も見習った方がいい。

33 :世界@名無史さん:2009/11/19(木) 21:19:28 0
人口は繁栄と同調するようにして増えたよ
市民権取得の条件はそこそこ高かったから移民も少なかったのと、
未婚や子供を作らない世帯がそれなりにあったこと(現代の先進国と似たような現象)、
そしてとくにオスマンと戦争状態に入ってからは戦死が多かった

34 :世界@名無史さん:2009/11/19(木) 21:22:30 0
ついでに言えば、ヴェネツィア本国の人口の少なさは狭さゆえの「やむをえないこと」でもある
人口が少ないことが何の問題にもならなかったわけではない
特に戦争では終始ネックになった
もっとも、効率的で合理性の高い国家運営ができたのも人口の少なさゆえと言えるかもしれないが

35 :世界@名無史さん:2009/11/20(金) 00:53:56 0
地中海レベルでなら狭い国土に少ない人口でも高度な維持が可能だったけど
外洋へ出てお宝ぶんどり合う時代が来た時、なす術も無く没落したね

36 :世界@名無史さん:2009/11/20(金) 02:51:56 0
なすすべ無くというよりも、新航路が発見された当初は、
東地中海航路でヴェネチアは十分に潤ってたから、
新航路というリスクを取る必要がなかった。
外洋での争いに敗れたというより、最初から参加していない印象かな。


37 :世界@名無史さん:2009/11/20(金) 06:36:17 0
経済変動より対オスマンの総力戦が直接の衰退の原因だし

まあ、新大陸で植民地経営やるだけの人数もいなかったし
ジブラルタル抜けて新大陸と交易するとなると、
スペインと競合になって確実に戦争になる
東からオスマンがガンガンきてる状況で二正面は無理
結局、それまで助けられてきた地理的条件が逆にアダになった

38 :世界@名無史さん:2009/11/20(金) 20:15:35 0
>>37
でもオランダは東インド、カリブ海の島、南アフリカを植民地化した。
ヴェネツィアと同じく人口の少ない小国なのにな。

39 :世界@名無史さん:2009/11/20(金) 20:26:24 0
ネーデルラントは資金豊富な上にスペインとの競争意識もあったせいじゃね?

そもそも他国が新海路開拓したのは、オスマンが一番の原因ではあるけど
ヴェネツィアとかジェノヴァみたいのが地中海を牛耳ってたからでは?
それに安住して気づいたら巻き返し不能になっていたヴェネツィア…

40 :世界@名無史さん:2009/11/20(金) 21:24:16 0
ヴェネツィア経済はべつに、インド行き新航路や新大陸植民地に敗れたわけじゃない
スペインのころはヴェネツィアが優勢だったし、英蘭の台頭はヴェネツィアがすでに交易国としては衰退した後だ
ヴェネツィアの交易はあくまでオスマン帝国に制海権を奪われたことにより不可能になったのであり、
そこから国内手工業へ経済基盤を転換したんだが
転換した後もまだヴェネツィア経済そのものは縮小していない

41 :世界@名無史さん:2009/11/20(金) 22:07:14 0
ヴェネツィア経済が決定的に没落したのはいつ?

42 :世界@名無史さん:2009/11/20(金) 22:36:15 0
18世紀だなあ
毛織物とかの競争力がだいぶ落ちたのがその頃だし
ただ、他国に比べて貧しくなったわけではなく
それまで突出してた経済力が目立たなくなったって感じだけど

ただ、17世紀後半まで総力戦をやってたクレタが陥落した時点で
国家の勢いは完全になくなった

43 :世界@名無史さん:2009/11/21(土) 00:19:19 0
ヴェネチアの繁栄と衰退は地理要因に大きく左右されてるんだね
商業都市の運命って感じだ

44 :世界@名無史さん:2009/11/21(土) 09:36:19 0
ビザンツ=アメリカ合衆国
ヴェネツィア=日本 
西欧=アジア

45 :世界@名無史さん:2009/11/21(土) 11:34:39 0
全然違う
ビザンツ+ヴェネツィアがアメリカだな
日本はヴェネツィアの基地領に経済力をプラスした感じだ

46 :世界@名無史さん:2009/11/21(土) 16:18:38 0
ヴェネツィア―ビザンツ―西欧というのは、一種の三角貿易だったのかな?

三角貿易というともっぱら大西洋三角貿易が有名だけれど。

47 :世界@名無史さん:2009/11/21(土) 17:29:59 0
経済的にはビザンツはボスポラスをおさえて関税を取ってたにすぎない
あそこを通らないと黒海から向こうと貿易ができなかったから

48 :バルバリーゴ:2009/11/26(木) 20:52:19 O
ガレアッツァについて。

49 :世界@名無史さん:2009/12/11(金) 16:52:15 0
衰退期のヴェネツィアでは結婚せずに独身で通す男性が急増したんだが、
今の日本を見ているみたいだな。

経済が発展を止めたので生活水準を維持するために子孫を増やすことをやめ、
リスクの大きい通商を避け、安定したと力の収入に頼るようになった。

この国の歴史は近代を先取りしたようなところがある。

50 :世界@名無史さん:2009/12/11(金) 19:54:42 0
それは衰退期に始まったわけじゃない

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