始皇帝の本当の姿 ――後世に捏造された悪評
- 1 :世界@名無史さん:2009/11/20(金) 17:08:35 0
- キングダムスレで本当は始皇帝の悪評は後世捏造されたものなんだと聞きました
阿房宮とか兵馬俑で民が疲弊したの言うのも捏造らしいのですが
誰が中心になってどうやってそれを行ったんでしょうか
捏造は歴史学が避けては通れない問題だと思います
- 2 :世界@名無史さん:2009/11/20(金) 17:13:57 0
- 兵馬俑が捏造って何
- 3 :世界@名無史さん:2009/11/20(金) 17:16:49 0
- 大規模な国政工事で秦の人民が疲弊して反乱に繋がったという説が捏造だという意味です
遺物自体の存在を否定するものではありません
- 4 :世界@名無史さん:2009/11/20(金) 17:18:34 0
- ちなみにキングダムは始皇帝と李信を扱ったヤングジャンプの歴史漫画です
200万部以上売れてます
- 5 :世界@名無史さん:2009/11/20(金) 17:41:02 0
- タイムマシンを準備してくれ。おれが調べに行ってくる。
- 6 :世界@名無史さん:2009/11/20(金) 18:43:04 0
- 史記は漢の人間が書いたかなり漢寄りの資料だからそれを元にすると秦が悪者になるのは仕方ない
- 7 :世界@名無史さん:2009/11/20(金) 19:30:49 O
- 当時の知識階級の有力な一派であり、
後世の知識階級の主流派である儒学者を弾圧したため
後世に残る書物がどうしても秦に批判的になると思う。
歴史書を書く人物はなんらかの儒教の影響はあるに違いないからな
- 8 :世界@名無史さん:2009/11/20(金) 19:38:09 0
- >>3
人民史観(虐げられる民衆は善、虐げる王侯貴族は悪)の偏見もあるかもね
>>7
西洋史と比較すると、
始皇帝=ネロ
儒家=キリスト教徒
って感じでおk?
- 9 :世界@名無史さん:2009/11/20(金) 20:26:18 O
- ネロに関してはキリスト教弾圧はネロ以外もやってるから、悪評の原因要素の一つに過ぎないと思う。
近衛隊の隊長はある程度覚悟をもって行動してるから、実際国政に好ましくない皇帝とされたのはあると思う。
しかし重大なのはエノパブルス一門とはいえアウグストウスの女系ながら続いた血統が絶えたこと。
正当なユリウス、クラウディウス一門の後継者カリグラが暗殺されたときもネロ暗殺の時にも、同じ近親相姦の非難や暴君との非難がある。
どうも同じ意図があったとしか考えられん。
帝位簒奪の正統性をもたせるための捏造もしくは誇張の可能性があるな。
近親相姦なんて暗殺の理由にはならんからな。
すまんスレチだった。
- 10 :世界@名無史さん:2009/11/20(金) 20:31:03 0
- でも始皇帝の悪評が捏造だとしたら
始皇帝死後に反乱が勃発しまくったのが説明つかないんじゃない?
結局秦はそれで倒されるわけだし
- 11 :世界@名無史さん:2009/11/20(金) 20:33:48 0
- 反乱=悪政とは限らないんじゃないの
- 12 :世界@名無史さん:2009/11/20(金) 20:39:51 0
- とすると?
中国で反乱が勃発しまくる背景には大抵悪政による不満ではないかな。
それも秦の場合、三国志初頭のような宗教団体による蜂起じゃなくて
帝国全土で火を噴くように反乱がおきたんだし。
- 13 :世界@名無史さん:2009/11/20(金) 21:01:54 O
- 封建制から中央集権を初めて全土へ広げる過程で不合理な事があったんだろ。
雨で遅れるという正当な理由があっても死罪なら反乱も起きるわ。
明らかに法の不備だ。
- 14 :世界@名無史さん:2009/11/20(金) 21:05:45 0
- 雨で遅れる云々自体が捏造臭い
- 15 :世界@名無史さん:2009/11/20(金) 23:14:09 0
- まったくの捏造だけではなかろう。
兵馬俑やら阿房宮の基壇跡やら、直道の痕跡と見られるものとか、残された
遺跡の規模がでかすぎる。同時代のほかのものと比べても圧倒的に。
これだけの大量動員をかけまくって、税金使いまくったら立派な暴君でしょ。
しかし、反乱が勃発したのは、悪政が原因というより旧六国側の反感でしょうね。
当時の秦は架空のたとえで言うと、チベット、ウィグル、モンゴル、ベトナム、
タイ等を征服した中華帝国みたいな存在だった。征服した箇所は外国でほとんど
植民地のような状況。トップがどうあろうと反乱が起きて当然。
まだ中国が一つの国じゃなかった時代。
- 16 :豚松 ◆4FfyOtW0fiF5 :2009/11/20(金) 23:21:46 O
- 文革が結果として珍しくまともなことをしたのは始皇帝再評価。
始皇帝はそれまでの中国では外道としか見なされていなかった。
ただし毛沢東は自分が始皇帝好きだという理由と
己を始皇帝と重ね合わせて「真の建国の父」とさせるためだけど、
文革後の中国ではその影響もあって始皇帝を客観的に研究する
ようになったらしい。毛沢東も一つだけ悪くはない影響を残したなw
- 17 :世界@名無史さん:2009/11/20(金) 23:53:15 0
- >>16
ちなみに毛沢東が再評価したもう一人の極悪人こと曹操は
好きだというと10の内9が目を丸くする位の嫌われ者だったりするけどね
- 18 :世界@名無史さん:2009/11/21(土) 00:14:05 0
- >>7
「坑儒」と言うけれど儒学者がことさら大きく言い立てだけで、儒学者だけを目の敵にしたもの
ではないらしいね。
- 19 :豚松 ◆4FfyOtW0fiF5 :2009/11/21(土) 06:04:35 O
- >>17
何せ江青が尊敬(政治利用大)する則天武后も文革期特に批林批孔時代には
もちろん江青の意向でもちあげあられていたそうですから。
歴史学とも民衆の伝統的意識とも無縁の無茶苦茶な評価の方が多かったですよ。
私が知る限り文革時代には話題にされなかったようですが、
李自成のことは毛沢東は最初はただのならず者の親玉としか見做していなかったのが
誰かか忘れましたが中共の学者の影響で1940年代前半に単なる匪賊とはしなく
なったらしいですが、その後も毛個人は高くは評価していなかったようです。
李自成の結果も結果でしょうが、彼の生き方が毛沢東のお気に召さなかったようで。
文革での始皇帝再評価も毛沢東の好き嫌いと政治利用が主因ですし、
歴史学としてはその再評価を高く評価は出来ないでしょうが、
それまでの始皇帝=ただの暴君、からより客観的な検証をする、
きっかけにはなったようです。
それにしても、毛沢東も始皇帝も劉邦も好きだったようですが、
私も劉邦同様「男ならああなりたいものだ」と底辺の隅っこから思いますよ(苦笑)
それより今年こそBIGで6億円、せめてジャンボで2億円当たらんかなぁ。
- 20 :世界@名無史さん:2009/11/21(土) 08:09:50 0
- せめてというには大きすぎる額ですなw
- 21 :豚松 ◆4FfyOtW0fiF5 :2009/11/21(土) 08:28:57 O
- >>20
こんな欲張りには百万円も当たりませんよね(苦笑)
- 22 :世界@名無史さん:2009/11/21(土) 09:05:49 0
- >>21
いやいや、「求めよ、さらば与えられん」と申します。
幸運があることを願っています。
- 23 :世界@名無史さん:2009/11/21(土) 13:40:43 0
- >>15
兵馬俑は始皇帝と無関係という説が有力
- 24 :世界@名無史さん:2009/11/21(土) 13:56:15 0
- >>18
儒学者だけを目の敵にしたものではなくとも
学者を弾圧したり、書物を焼き捨てたりするのは恐ろしいこと。
ハインリヒ・ハイネの「本を焼く国ではいずれ人を焼く」って言葉はマジ。
まあ、もちろん、そういうことをしたのは始皇帝だけではなく
言ってしまえばよくあることだけど。
まあ、だからと言って、歴史を捏造するのも野蛮なことだけど。
以前、どっかのスレで、イラクの博物館からメソポタミア文明の貴重な遺産が略奪されたことについて
『個人的にはユダヤ人虐殺なんかよりも非道いと思う』とか書かれていた。
さすがに同意することはできないけど、理解できる書き込みだと思った。
アレクサンドリアの大図書館もそうだし、モンゴル軍によるバグダッドの知恵の館の破壊も怖すぎ。
文明の発達が恐ろしく遅れた。ビブリオマニアな漏れはそう思う。
- 25 :世界@名無史さん:2009/11/21(土) 13:59:07 0
- >「本を焼く国ではいずれ人を焼く」
へー
- 26 :世界@名無史さん:2009/11/21(土) 14:02:57 0
- ヒョロメガネのガリベン君らしい薄っぺらい意見だな
- 27 :世界@名無史さん:2009/11/21(土) 14:19:22 0
- 兵馬俑の兵士達の人形を調べたところ、秦軍の兵士達の武装は革鎧が多いんだってね。
当時はすでに青銅を通り越して鉄の武具が普及してたと思うんだけど
秦の軍隊ってかなり後進的だったってことかな?
だとしたらなんで中国戦国時代で最強国として他国を圧倒し続け
中国統一まで至れたのか気になる
- 28 :世界@名無史さん:2009/11/21(土) 14:25:22 0
- ホロコーストもユダヤ人がことさら大きく言い立ててるけど、ユダヤ人だけが対象ではないらしいね。
一番多かったようではあるけれど。
全体としてはお前様の意見に同意です。
- 29 :世界@名無史さん:2009/11/21(土) 15:31:48 0
- >>28
「らしいね」って、常識だろw
- 30 :世界@名無史さん:2009/11/21(土) 17:20:27 0
- >>27
正直鉄の防具品はとんでもなく重い
そのため持久力が必要となる歩兵には本来不向きな上にアウトレンジ作戦の格好の的になる
また騎馬とかでも動きが制限されるから本来の得手である機敏な行動が取りにくくなる
だから寧ろ皮装備(これでもまだ重いんだけど)の方が実践向き
- 31 :世界@名無史さん:2009/11/21(土) 17:32:04 0
- >>30
な、なんですとーーー!
そうだったのか。
しかし古代ギリシャとかでも既に青銅装備、鉄装備の歩兵達が活躍していたはずでは。
秦は金属鎧による重装歩兵の防御力による利点をあえて捨てて
防御力には劣るけど動きやすい革鎧を選択した、って理解でいいのかな。
でもそれだといざ敵が金属鎧で来た時、防御力に明確な差がでるような…。
歩兵戦闘の時は大丈夫だったんだろうか。
- 32 :世界@名無史さん:2009/11/21(土) 18:36:59 O
- 中国は明時代でも革鎧普通にあるぞ。
鈍重に動くより素早く動いて攻撃したほうが安全な場合もあるんだろ。
- 33 :世界@名無史さん:2009/11/21(土) 18:46:55 0
- >>31
古代ギリシャでも青銅鎧と革鎧は並行して使われてたよ
青銅鎧を揃えられる都市でも、軽装の利を優先してあえて革鎧にしたりとかね
ただ、古代王政軍の徴用兵や都市国家の市民兵ら短期雇用の素人兵はともかく、
後期ローマ兵や中世騎士などの職業軍人となると鉄鎧を着こなせる訓練はしてるけどね
- 34 :世界@名無史さん:2009/11/21(土) 20:33:40 0
- まあ、金属製武具は高いしな…
市民兵だけで近場で小競り合いやってたギリシャや中世欧州と、
何万規模の兵卒をかき集めて遠征して戦うシナじゃあ
戦争にかかるコストが根底から違う
- 35 :世界@名無史さん:2009/11/21(土) 22:43:31 0
- 加えて秦の場合中心部は山がちの地形で南部は沼沢地帯
さらに侵略者である匈奴は高機動力・定住を好まない集団
必然的に防御力が高い代わりに行軍の負担が大きく機動力の低い重装備は好まれなかった
って所じゃないかな?
- 36 :世界@名無史さん:2009/11/22(日) 15:56:25 0
- シヴィライゼーション4の中国部門の指導者は毛沢東と始皇帝
西洋では評価高い
- 37 :世界@名無史さん:2009/11/22(日) 18:08:40 0
- >>30
春秋戦国時代の中国は鉄鉱石を溶解して鉄を作っていた(鋳鉄)から、ようするに
できるのは鋳物で、炭素含有量が多すぎて硬いけど粘りがなくてもろい。
だから、鉄は農機具中心に使われ、武具は青銅製だった。
世界の他の地域は鉄鉱石を完全に溶解せず(できず?)、赤熱し柔らかくした状態でトンカチ
で打って不純物である鉄滓を除去しながら作っていた(鍛造)から、炭素も叩き出されていて
粘りがある鉄が作れた。
中国でも焼きなましの技法や、特に炒鋼法(おおまかに言えば、溶融鉄鉱石に脱炭材として
鉄鉱石粉と、鉄滓分離材としてカルシウムを含む鉱石を加え、さらに溶融鉄を木の棒でかき
混ぜて空気を入れ、炭素をCO2にして放出させる)が開発されて、ようやく実用に耐える
鉄製武器ができるようになった。炒鋼法が発明されたのは漢代なので、始皇帝の時代に
鉄で武器など作れません。作っても一撃もらえばすぐ割れちゃう程度のものしかできない。
- 38 :世界@名無史さん:2009/11/26(木) 18:00:33 0
- hu-nn
- 39 :世界@名無史さん:2009/11/27(金) 00:03:15 0
- 中国史は全て疑って読めばいいじゃん。大なり小なりいつも捏造してるよ。
- 40 :世界@名無史さん:2009/11/30(月) 01:41:09 0
- 始皇帝が活躍した戦国末期からかなり時代が下った頃でも、鉄製の鎧や武器は
それなりの訓練を受けた職業軍人集団の使用がほとんどだったらしい。
固まって突撃する騎馬軍(平地オンリー)何かが使用してたけど、一回落馬する
と装備が重くて身動き取れず、軽装備の歩兵に普通に討ち取られる事もあった
みたいだね。
- 41 :世界@名無史さん:2009/11/30(月) 19:07:02 0
- 中世騎士もそうだけど、落馬が死につながりやすいのは重装騎兵の宿命だね
- 42 :世界@名無史さん:2009/12/05(土) 21:10:00 0
- キングダムって糞つまらないよな
横山漫画見習え
- 43 :世界@名無史さん:2009/12/05(土) 22:21:36 0
- 教育水準や民度の低い民ばかりだった古代には、始皇帝のような強健の
独裁者でもないと大きな事業とかは営めなかっただろうな。
それが良いか悪いかは別として。
- 44 :世界@名無史さん:2009/12/06(日) 11:25:51 0
- 始皇帝もそうだけど秦は長平の戦いやらで累計
数百万の兵士を殺しているのだ。親の仇・子の仇と思っていたのは
王族だけじゃなくて農民もたくさんいたので、恨み辛みが多い
悪評が出ないほうが不思議
- 45 :世界@名無史さん:2009/12/06(日) 16:21:00 0
- 確かにそれはあるだろうな
統一っていっても当時の中国からしたら他国に征服されただけなわけで
- 46 :世界@名無史さん:2009/12/06(日) 17:07:59 O
- 言葉も違うしね。
- 47 :世界@名無史さん:2009/12/06(日) 20:09:30 0
- 六国の王たちは国が滅んだあとどうなったの?
斉王は松林だけの小領地に閉じ込められて死んでいるけど
他の王たちの記録はないと思う。
「虜にされた」だけ。
- 48 :世界@名無史さん:2009/12/06(日) 20:15:48 0
- >>1
実の父親が呂不韋ってのはウソだろ?
あとはわからんが
- 49 :世界@名無史さん:2009/12/06(日) 20:38:20 0
- >>47
その後の歴史に登場しないのは死んだ(殺された)からでしょ。
- 50 :世界@名無史さん:2009/12/06(日) 21:22:13 0
- でも漢楚戦争直前になると懐帝以下末裔だの支族だのが
ワラワラ出てきたのを考えるとそれ以降にありがちな徹底的な根絶まではやってないな
ただし燕の王族が自立したってのは聞いたことがないから燕だけは可能性があるけど
- 51 :世界@名無史さん:2009/12/06(日) 21:43:54 0
- >>50
燕には荊軻送り込んできた恨みが有るからな。
- 52 :世界@名無史さん:2009/12/06(日) 21:51:38 0
- ブチキレ族滅だな
- 53 :世界@名無史さん:2009/12/06(日) 22:35:15 0
- 項家のボンボン「敵ながらカッケー、俺も頑張るぞー
- 54 :世界@名無史さん:2009/12/07(月) 08:43:25 0
- こうだろ
項家のボンボン「あいつ殺せば俺も皇帝になれるのかなー」
- 55 :世界@名無史さん:2009/12/09(水) 01:40:21 0
- 項家など蛮族楚賊の酋長層
- 56 :世界@名無史さん:2009/12/09(水) 04:57:37 0
- 秦もよっぽど蛮族だけどな
- 57 :世界@名無史さん:2009/12/13(日) 04:09:51 O
- 焚書って書物を焼く
って書いてあるけどその時代に紙って普及してたの?
蔡倫とか出てくるまでもうちょっとかかるけど
- 58 :世界@名無史さん:2009/12/13(日) 04:31:14 0
- 木簡だろ
- 59 :世界@名無史さん:2009/12/13(日) 06:42:51 0
- 帛書もあるぞ
- 60 :世界@名無史さん:2009/12/13(日) 10:33:40 0
- 竹簡も有る。
- 61 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :2009/12/13(日) 15:58:10 0
- 始皇帝は後継者指名で失敗したのが悪評に繋がってると思う。
秦王朝があと十年続いていたら、もう少し違う評価だったろう。
彼の意中の後継者が本当は誰だったかは少し置くとして、
少なくとも胡亥じゃなかったろうし、
だとしたら彼の意図が歪められたことに違いはない。
仮に本当に胡亥を指名していたとしたら
五賢帝の最後のマルクス・アウレリウス以上に見る目がなかった。
- 62 :世界@名無史さん:2009/12/13(日) 16:21:58 0
- >>61
秦の余命が多少長かったとしても、明の洪武帝みたいな微妙な評価にしかならんのでは
土木工事やりすぎだよ
- 63 :世界@名無史さん:2009/12/13(日) 16:41:31 0
- 天下を統一して日が浅く、まだ民心が懐いてないのに大土木工事を繰り返してんだから悪政
以外の何ものでもないけどな。1は捏造と言ってるが後代の漢が悪く書いたであろう事と同様に
『キングダム』の作者は良く書くであろう事は明白。蒼天航路の曹操しかり。
- 64 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :2009/12/13(日) 17:38:51 0
- >>62
洪武帝でも今の始皇帝の評価に比べたら随分ましだと思う。
新皇帝が土木工事の速度を下げたり、規模を小さくしたりする可能性は
あったと思うんだよね。財政的な負担もあったろうから。
史記なんかだと扶蘇は始皇帝に批判的だったとされているし。
皇太子が声を上げたってことは、始皇帝に臣従していた人の間でも
その政治のやり方に批判的な勢力が一定数はいたってことだろうから。
- 65 :世界@名無史さん:2009/12/13(日) 18:27:12 0
- >>64
>その政治のやり方に批判的な勢力が一定数はいたってことだろうから。
そういう連中は良くて左遷、悪いと穴埋め(坑)。
財政負担は民衆から搾り取るつもりでいたろう。そうでなければもっと前に止めてるだろう。
- 66 :世界@名無史さん:2009/12/13(日) 23:17:39 0
- 始皇帝のやった土木事業↓
1.万里の長城
長城自体は戦国諸国がそれ以前から作っていたが、秦の長城はとてつもない
北方に長城を築く。後の歴代遊牧国家が領土とすることになるオルドス地方を
囲い込む無謀な延伸。輸送コスト等を考えると莫大な出費
あまりに北方に建設したので、匈奴を追い払いながらの工事だっと思われる。
2.馳道、直道の建設
道幅20〜30m以上の大規模な道路を帝国中に建設。直道の管理がなされていたこと
は発掘された当時の木簡文書からも裏付けあり。かつ、2000年後の現在でもいくつか
の道路の痕跡が航空写真で確認可能なほどの規模。
3.阿房宮の建設
でかすぎて未完に終わった王宮跡。現在は版築の基壇のみ確認できるが、紫禁城をかるく
超える面積の基壇跡が残されている。遠くから見ると小高い丘に見える。
4.始皇帝陵と兵馬俑などなど
説明不要。中国史上最大となった陵墓跡に、多分最大級であろう地下空間が
確認済。兵馬俑や銅馬車など副葬品も豪華すぎる。しかし、今や多数の観光客が
お金を落としていくので、唯一トータル収支が黒字となった事業かもしれない
ざっと数えてこれくらい。暴君でしょ。どう見ても。後継者がどうこうできる規模とも
思えない。
後世大いに役立った大運河を作って悪口言われた隋の煬帝の方がよっぽどマシ。
- 67 :世界@名無史さん:2009/12/13(日) 23:45:01 0
-
侵略者の台湾ゴキブリはとっとと日本から出ていけ!
http://www.youtube.com/watch?v=f7LXG9gqzbo
- 68 :世界@名無史さん:2009/12/14(月) 00:11:10 0
- 始皇帝陵の主体部分は全然発掘してないんだよね?
- 69 :世界@名無史さん:2009/12/14(月) 00:53:50 0
- 全部趙高が悪いんや!
- 70 :世界@名無史さん:2009/12/14(月) 03:11:08 0
- >>66
運河だって煬帝が作ったわけじゃない。
始皇帝の長城と同じだ。
- 71 :世界@名無史さん:2009/12/14(月) 09:46:00 0
- と、プロレタリア史観の労働者が申しております
- 72 :世界@名無史さん:2009/12/14(月) 13:19:33 O
- >>66
赤字云々を持ち出す時点でアホ丸出しだな。
- 73 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :2009/12/14(月) 14:00:03 0
- >>65
それは、始皇帝的な思想が彼の死後も続いた場合だよね。
そもそも胡亥以外の新皇帝の下で、始皇帝=李斯的な法家主義が
政権の主流思想として存続できたか? という問題があるわけで。
新皇帝の資質や思考次第だと思うし、史実では
「胡亥だったからああなった」部分はかなりあると思う。
始皇帝のやり過ぎな部分が胡亥以外の新皇帝の下で修正されて、
毛沢東・洪武帝的な「偉大だが過ちも犯した」的評価になっていた
可能性はあったと思う。
だから後継者指名で失敗したのが影響していると考えてるわけでね。
- 74 :世界@名無史さん:2009/12/14(月) 15:03:30 0
- >>73
>それは、始皇帝的な思想が彼の死後も続いた場合だよね。
いや、始皇帝が生きていた場合だ。死んだらあと10年続かない。既に天下に怨嗟の声が満ち
あふれている以上、軍事力で締め上げる以外の方法では崩壊を止められない。始皇帝の重し
が無くなっただけで崩壊する。崩壊しないためには始皇帝の代でなんとかしなきゃならん。
- 75 :世界@名無史さん:2009/12/18(金) 18:55:40 0
- 兵馬俑って秦の時代のものじゃないといわれてるよね
- 76 :世界@名無史さん:2009/12/18(金) 23:36:56 0
- じゃあ何時代?
- 77 :世界@名無史さん:2009/12/19(土) 12:33:00 0
- >>75
誰が言ってんの?
- 78 :世界@名無史さん:2009/12/19(土) 13:22:08 0
- オレオレ
- 79 :世界@名無史さん:2009/12/20(日) 04:02:05 0
- >>77
>>78
兵馬俑 定説巡り論争「始皇帝と無関係」研究者提起
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200812230094.html
ちょっとは調べようぜ害児ども
聞いてばかりじゃボクみたいに賢くなれないぞっと
- 80 :世界@名無史さん:2009/12/20(日) 05:44:39 0
- やっぱり秦の物じゃん。ただ五代も前にそんな金も技術も無いだろうと思うし、女性の副葬品には
似つかわしくないとも思う。
- 81 :世界@名無史さん:2009/12/20(日) 06:29:39 0
- いや場所じゃなくて時代の話でしょ
五代前ってことはただの戦国時代じゃん
- 82 :世界@名無史さん:2009/12/20(日) 13:53:08 O
- 新説は定説ではないよ
- 83 :世界@名無史さん:2009/12/20(日) 14:52:57 O
- あれだけの国を併合して、度量衡や文字の統一で文化も破壊し、
慣れない厳密な法を適用されたのでは反感があって当然だろう。
ただ、それは当時の話で、後世からすれば建国の父と言われても
おかしくはないだけの偉業を達成している。
始皇帝の悪評の根本的な原因は、やはり儒学じゃないかね?
- 84 :世界@名無史さん:2009/12/20(日) 17:06:12 0
- >>83
隋の楊堅なんかは混迷の時代を統一したのに悪評が多い
対して唐の李世民は兄弟を屠ったり煬帝レベルの遠征失敗してるのに評価が高い
寧ろ数百年も漢の治世が続いた事から起こった偏向と見た方が良いきがする
そもそも史記を司馬遷が記したときは漢の真っ只中だし
- 85 :世界@名無史さん:2009/12/20(日) 17:20:25 0
- 後に続けられないというのはそれだけでだめだろ
隋も煬帝で破滅
- 86 :世界@名無史さん:2009/12/20(日) 17:20:25 O
- 確かに統治期間の長短が影響しているのかな。
短命の王朝で評判が良いのってあまり見ないし。
- 87 :世界@名無史さん:2009/12/20(日) 17:27:48 0
- 煬帝が大失敗したのを太宗は見ているんだから、同じことをやるにしても
その失敗を繰り返さないようやりかたを工夫したと思うのが自然なんだが
- 88 :世界@名無史さん:2009/12/20(日) 17:51:13 0
- 高句麗も隋も次に繋がらなかったから
意外と太宗の失敗分、煬帝にふっかけてたりするかもしれんがな
- 89 :世界@名無史さん:2009/12/20(日) 18:21:49 0
- 隋代のことを書いた歴史書は煬帝を追い落として権力を握った連中が製作したんだから煬帝は悪く書かれていて当然なんじゃないの
- 90 :世界@名無史さん:2009/12/20(日) 18:35:26 0
- 隋の遠征第1回 612年
第2回 613年
第3回 614年
隋書の最初の編纂終了 636年
唐の高句麗遠征 太宗期 645年
高宗期 668年
- 91 :世界@名無史さん:2009/12/20(日) 20:44:59 0
- 全部趙高が悪い
- 92 :世界@名無史さん:2009/12/20(日) 20:48:32 0
- 始皇帝の墓を調べないのはなぜ?
- 93 :世界@名無史さん:2009/12/21(月) 06:23:14 0
- 水銀中毒になりかねないから?
- 94 :世界@名無史さん:2009/12/21(月) 21:23:55 0
- >>66
>道路の痕跡が航空写真で確認可能
>紫禁城をかるく超える面積の基壇跡が残されている
これマジ?地味に凄くないか
- 95 :世界@名無史さん:2009/12/23(水) 07:27:59 0
- >>66
>匈奴を追い払いながらの工事だっと思われる
西方のパンノニアや黒海沿岸の騎馬民族らの様に、おそらくオルドスで
半農半牧だった匈奴らを、陰山山脈の北の荒野へ追い払い、より完全な
遊牧民にしてしまった事は、大きな誤算だったのではないだろうか?
匈奴を中国にとってより危険な存在にしてしまったと想像される。
冒頓単于の統一以前、東胡、匈奴、月氏など、ゴビ砂漠の南側の諸族らは、
中国と接触があったとされるが、冒頓単于の統一以降、匈奴の戦力として
ゴビ砂漠の北側の諸族らも、中国の脅威となったとされる。
- 96 :世界@名無史さん:2009/12/25(金) 00:07:51 0
- 史記は漢代に描かれた書物だから信用できないんだよな
官製の歴史書が意図的に昔の王朝の人物の悪行を捏造するのは中国じゃ当たり前だからね
- 97 :世界@名無史さん:2009/12/25(金) 00:17:18 0
- >>95
確かに漢成立ごろから突然北方遊牧民族が強力になった感じはある。
戦国時代まではわりと普通な感じだが。
- 98 :世界@名無史さん:2009/12/25(金) 00:46:43 0
- >>96
史記は司馬遷が個人的に書いた物だから官製じゃない。それに武帝に取って都合の悪い事が
書いてあるために世に出さずに隠したらしいな。司馬遷にとっての武帝は理不尽な権力者だった。
史記の中には権力者を憚らずに正しい歴史を記録しようとした史官の話もある。
- 99 :世界@名無史さん:2009/12/25(金) 01:01:22 0
- >>98
最近の説では官製という認識がされてるが
信憑性はかなり薄いのは常識だし
- 100 :世界@名無史さん:2009/12/25(金) 01:33:04 0
- >>99
俺は専門家じゃないから議論はしようがないが、wikipediaで見る限りではその説を提唱してる
平勢隆郎氏自体への批判も多いようだ。
もちろん史記が全部正しいと思ってる人はいないだろう。記述に矛盾や齟齬があるんだし。
でも信憑性が薄いとまで言うのは聞いた事が無い。
- 101 :世界@名無史さん:2009/12/25(金) 01:35:53 0
- wikipediaキーター!
ダメだこりゃ
世界史板よりキングダムスレのが詳しい奴が多いのな
専門板の割りに無知ばっかで笑える
- 102 :世界@名無史さん:2009/12/25(金) 08:30:49 0
- 結果的というか間接的に漢は秦を放伐して生まれた国であり
かつ漢が国として存在している時代に作られたものだからある程度はしょうがないだろう
- 103 :世界@名無史さん:2009/12/27(日) 10:22:05 0
- 儒教が国教化された国で始皇帝がどんな風に言われるかはご存知の通り
世界史上でもトップクラスの名君なんだがね
- 104 :世界@名無史さん:2009/12/27(日) 13:33:36 O
- Wikipediaは信用できんが
Wikipediaだから間違いという脊髄反射反応はいかにも頭が悪いな。
こいつ自分で考えないタイプだな
知識も足らないだろうが基本的に知恵がない
- 105 :世界@名無史さん:2009/12/27(日) 13:54:43 0
- 反論できないから意味の分からない詭弁に走る糞携帯害児乙
史記みたいな糞小説崇拝してる池沼は消えろ
- 106 :世界@名無史さん:2009/12/27(日) 23:26:09 0
- ソースはキングダム(キリッ
- 107 :世界@名無史さん:2009/12/27(日) 23:38:40 0
- ログ読む限り、こうだったから荒れてるんだろw
○⌒\
ミ'""""'ミ
./( ´・ω・`) シングルベールシングルベール
//\ ̄ ̄旦~
// ※.\___\
\\※ ※ ※ ※ ※ヽ
\`ー──────ヽ
────────
- 108 :世界@名無史さん:2009/12/28(月) 02:37:12 0
- 事実なのは焚書坑儒ぐらいだろうな
そのおかげで儒者に恨まれ暴君扱いと
どう考えても中国史トップの名君なのに
- 109 :世界@名無史さん:2009/12/28(月) 20:28:38 0
- 土木工事やりすぎ+無用な北征と南征で国を傾けたことは無視ですか?
- 110 :世界@名無史さん:2009/12/28(月) 20:41:24 0
- >>109
国が傾いたという証拠は?
- 111 :世界@名無史さん:2009/12/28(月) 21:29:38 0
- 始皇帝再評価というと文化大革命が思い浮かぶ
- 112 :世界@名無史さん:2009/12/28(月) 21:38:54 0
- 毛沢東は偉大でしょ
俺は彼の思想は好きだな
- 113 :世界@名無史さん:2009/12/29(火) 16:46:16 0
- >>110
証拠もなにも、反乱で滅ってんじゃんw
- 114 :世界@名無史さん:2009/12/29(火) 20:14:24 0
- 土木工事じゃなくて趙高の悪政が原因じゃね
- 115 :世界@名無史さん:2009/12/29(火) 21:19:01 0
- 融通のきかない法律
- 116 :世界@名無史さん:2009/12/29(火) 21:22:45 0
- 六国の王たちをどう処遇したんだろ。
史記に「虜にされた」後の王たちの記録が無いことから
その後は殺されたのだろう、って説を以前読んだけど
「汝、燕王よ。今より汝の罪を問う!」とか言って
文武百官の前で糾問してから処刑したんだろうか。
- 117 :世界@名無史さん:2009/12/29(火) 21:28:11 0
- よくある
幽閉→憤死or暗殺
のコンボじゃね
- 118 :世界@名無史さん:2009/12/30(水) 00:05:12 0
- >>116
史記には書いてないけど、俺の読んでない戦国策には斉王が餓死した事が書いてあるらしい。
自ら食を断ったのか刑死なのかは不明。
六国じゃないけど衛君は二世皇帝の時代まで生きてたようだ。
- 119 :世界@名無史さん:2009/12/30(水) 05:12:59 0
- ただ歴史書は儒者の立場から捏造された可能性があるからなあ
焚書坑儒を恨まれてるんだよね始皇帝は
- 120 :世界@名無史さん:2009/12/30(水) 14:03:22 0
- 中国史ってのはジョークみたいなもんだからな
曹操の墓を捏造してる件と良い全く信用できない
始皇帝もかなりの賢帝だったんじゃないかなあ
- 121 :世界@名無史さん:2009/12/30(水) 15:54:59 0
- >>119
その前に『坑儒』自体が儒者がことさら大きく騒いでるだけで、儒者だけが殺された訳ではない。
実際には儒者で有る無しに関わらず、政策に反対する者は皆殺された。のちに儒家が主流に
なってからその事件を『坑儒』と呼ぶ事にした。つまり怨んでるのは儒者だけではない。みんなに
怨まれてるのに名君か?
- 122 :世界@名無史さん:2009/12/30(水) 17:18:02 0
- >>121
お前は綺麗ごとだけの皇帝が名君だと思ってるのか?
舞妓の子供ながら若くして呂不韋を退ける怪物政治力
六国をアッサリ滅ぼす軍事的判断力
全てが人間離れした怪物
始皇帝の果たした役割は中国史上でもダントツだぞ
そんな綺麗綺麗な善人君主が好きなら劉秀や超教員でも必死に崇拝してろカス
- 123 :世界@名無史さん:2009/12/30(水) 18:15:11 0
- まあ趙匡胤はともかく光武帝は超長期王朝だから
実際のところは綺麗綺麗君主ではないと思うけどね
悪く言われるのは短命政権の宿命さ
- 124 :世界@名無史さん:2009/12/30(水) 20:43:36 0
- 洪武帝は?
- 125 :世界@名無史さん:2009/12/30(水) 21:33:44 0
- 変態のホモで、病気で狂い死にした
- 126 :世界@名無史さん:2009/12/30(水) 22:12:02 0
- >>3
陳勝・呉広の乱はなかったという説?
- 127 :世界@名無史さん:2009/12/30(水) 23:16:08 0
- >>122
むろん綺麗ごとだけでは済まない。しかし本人が死んだとたんに反乱が頻発して王朝が倒れるなんて
名君とは言えないだろ。
- 128 :世界@名無史さん:2009/12/31(木) 00:05:27 0
- >>122
良い例があった。春秋五覇の一人目に数えられる斉の桓公は名宰相管仲のアドバイスに従ってるうちは
天下に覇を唱える勢いだったが管仲が死んだあとは、その遺言に従わず佞臣を近づけて末節を汚した。
死後も後継者争いで弔いが行われずに遺体からウジが湧いたと言う。その為に名君とはあまり言われず、
物笑いの種になる事すら有る。
- 129 :世界@名無史さん:2009/12/31(木) 00:49:34 0
- 晩節を汚した典型例といえば南北朝梁の武帝(簫衍)
蒙昧化した後だと碌なエピソードが無いから確かにそうかも
- 130 :世界@名無史さん:2009/12/31(木) 01:57:33 0
- >>127
始皇帝本人生きてる間の反乱はほぼ完全に押さえ込んでる
端的に言うと始皇帝は自身が有能で勤勉過ぎたが故に
後継者が無能で怠惰である可能性を考慮しなかった
日に30kgの書類を決裁し、統一後も各地を精力的に行幸して治安維持に努めた
本来、秦のシステムはもっと小さい国しか統治できないものだったのに
始皇帝個人があまりにも有能だったがために、中華統一なんてしてしまった
だから怠惰で無能な二世皇帝が即位すると統治システム、治安維持システムが即座に破綻する
本人が死んだ途端の反乱続発王朝滅亡ってのは始皇帝の場合、本人の有能さの証明にしかならんのよ
- 131 :世界@名無史さん:2009/12/31(木) 03:11:14 0
- 周とか秦とかの時代、書類は専ら木簡やら竹簡で、毛筆で書いてある。
カマボコ板2枚分くらいの大きさのものに30文字くらいが1枚、ざっと130グラムぐらいだ。
30kgで250枚、文字数7500文字。
和文は漢文の字数のおよそ2.5倍だから、2万文字弱。
今の書類、1枚に1200文字くらい平気で書いてあるから、我々の感覚で80枚相当くらいか。
中小企業の社長でも100枚くらいは読んでるよ。
- 132 :世界@名無史さん:2009/12/31(木) 03:44:19 0
- >>131
それだけでなく車での全国行脚もしてる
統一からの10年で5回だから相当距離移動してる
読むだけでなくそれら一つ一つが重要な案件に対する承認や指示
現代人の文字数ばっか多い文書とは違うし、簡単に比べられるもんじゃない
- 133 :世界@名無史さん:2009/12/31(木) 06:28:47 0
- そもそも漢文と日本語の文章の文字数を同列に比較してる時点で明らかに釣り
じゃないとキチガイかよほどのバカ
始皇帝をどうしても暴君にしたいバカって多いんだな
イメージってこわいね
- 134 :世界@名無史さん:2009/12/31(木) 08:27:34 0
- >>130
反乱が頻発する事自体が治世が不安定な事を示している。始皇帝が有能だったのは認めるが、
有能と名君は違う。民心を安定させる事は名君・賢帝の必要条件の一つ。
後継者の事を考えなかったと言うが、劉邦のような成り上りならともかく始皇帝は何代も続いてきた
秦の王としてお粗末。そういう先例もたくさんあるけど名君とは呼ばれない。
統治システムの件は始皇帝のお気に入りの韓非の理論が救ってくれる筈だったが李斯の献言で
殺してしまったのは始皇帝。
- 135 :世界@名無史さん:2009/12/31(木) 08:31:33 0
- 木簡・竹簡ばかりではなく、絹紙もあったよ
- 136 :世界@名無史さん:2009/12/31(木) 17:50:59 0
- >>134
何代も続いてきた秦の王だからこそ「君主ならこのくらい出来て当然」という思いに囚われる
そのように育てられて来たし、後継者と目される息子はそのように躾けて来てる
二世皇帝となった胡亥はともかく、長子嫡男の扶蘇は対北方民族の防衛に当たりミスもせずしっかりこなしてる
史記では「怒りを買って僻地に飛ばされた」という風にしたいようだが
その時代、そこは秦にとって最大の懸案事項
むしろ後継者だからこそ北方民族対応を任せているわけだ
始皇帝は「後継者が無能」なことは考えていなかったし
始皇帝生前に想定された後継者は「有能だった」
- 137 :世界@名無史さん:2009/12/31(木) 19:13:02 0
- 僻地に飛ばすなら蜀へ飛ばすだろう
リョフイは蜀への追放を命じられて自刃した所だ
項羽も劉邦を蜀へ左遷したな
もし左遷なら、わざわざ数十万の兵力を置いた所へ派遣しないよ
>>70
始皇帝も世界最古級とも言われる運河を作っている
長江と西江を結んで、今も使われている運河で霊渠という
- 138 :世界@名無史さん:2009/12/31(木) 22:03:58 0
- >>136-137
扶蘇を後継者と考えていた事には同意。でも「最大の懸案事項だから」という点は同意できない。
その後の歴史を見れば最大の懸案事項が国内の民心の安定に有った事は明らか。まぁ、始皇帝
はそう考えていない、というか武力で押さえつけて済むと考えていたように思われる。(-20点)
扶蘇が北方に有るとき始皇帝が死んだら、春秋戦国の歴史から見て都に有る胡亥に帝位を奪わ
れるのは明らかなのに何の対策もしていない。扶蘇を守り立てて胡亥と決戦すべき武官も献策すべ
き文官も居ない。蒙恬は居ても役に立ってない。(-20点)
まぁ、はっきり言えば趙高が悪いんだけど佞臣を近づけた上、専横を許したのは始皇帝の不明。(-10点)
韓非子ちゃんと読まなかったのが敗因。[韓非子の中で君主がやってはいけないと書かれている事を
いくつもやっている。]
- 139 :世界@名無史さん:2009/12/31(木) 23:22:15 P
- >>135
高価な絹布で何キロもの書面を書かせるなんて、とんでもない暗君だな。
実際に、明や清末はそういうエンペラーばっかしだったが。
どのみち、チャンコロのいう数量分量なんてものはマユツバもの。
分量を真に受けて検証するだけ無意味。
さておき、文字、税制、度量衡、通貨制度の統一というだけで、ほかに
無い堅君だな。
近いところは蒙古王朝のフビライ皇帝くらいか。
- 140 :世界@名無史さん:2010/01/01(金) 00:59:31 0
- フビライはダメだろう
兄モンケが統一維持のために諸侯の粛清を強行したにもかかわらず、フビライの時にモンゴル帝国の分裂を確定してしまった
しかも中央アジアのハイドゥの乱を生きている間に鎮圧できなかった
- 141 :世界@名無史さん:2010/01/01(金) 01:38:00 P
- 韃靼人のようなのの政権で、内部分裂のなかったのは、オスマン王朝くらいだろ。
ムガル王朝だって一度は分裂し、安定は韃靼色が薄まってインド色にどっぷり染まってからだし。
- 142 :世界@名無史さん:2010/01/01(金) 12:06:05 0
- >>139
絹紙ってのは絹布になれない屑繭からつくる。
ただ、虫に食われやすく、劣化しやすく、墨の乗りが悪いのでメモや下書き用。
- 143 :世界@名無史さん:2010/01/01(金) 18:12:16 0
- >>138
正直趙高も胡亥も始皇帝の生前には楊堅に対する煬帝のように
かなり大人しくしてたから全く警戒されてなかったんじゃないかな?
事実それまで噂程度を除くと主だった行動は起こしていないし
まあそれでも李斯の性質の欠点を見抜けなかった不明はあるけど
- 144 :世界@名無史さん:2010/01/01(金) 23:22:25 0
- >>138
始皇帝は国内の文字、単位なんかの統一に取り組んでるし
国内の安定を図ってたのは事実
さらに南越を平定して南海貿易のための交易路を確保
経済的な安定も齎してる
遺書捏造の対策は大臣
大臣が裏切ったのでしくじっただけ
李斯も趙高も「空前の統一帝国を動かす」という欲望に始皇帝生前とは違う性質がでても
それは始皇帝のせいじゃないというか、同じ状況に出くわせば大抵の奴はそうなるしそれを生前に見抜けってのも無茶
始皇帝は上でも書いたように「秦王国」の統治システムで「秦帝国」を運営しているわけで
帝国の運営に不向きだった事に気付けなかったというのはトライアンドエラーの繰り返しだった人類史の中では普通のこと
とりたてて咎める点ではないし、この始皇帝の失敗があったからこそ漢高祖が次代に成功できたとも言える
- 145 :138:2010/01/02(土) 05:02:05 0
- >>143-144
冷静な反応でうれしいね。頭ごなしに賢帝だって言うから、138も含めてわざと辛口で批評してるんで、
実際にそこまで低く評価してる訳でもないです。ちゃんとしたレスを書くにはまだ時間が掛かるんで他の
人も参加してきて欲しいですね。
- 146 :世界@名無史さん:2010/01/02(土) 21:12:21 0
- >>144
道徳で統治してないから始皇帝が死んだあとは
李斯に限らず裏切りが多発してるね
国が危うい時は命をかけて奉公するのが忠臣だが
儒教を否定したツケが回ってきた感じ
- 147 :世界@名無史さん:2010/01/02(土) 21:18:24 0
- >>146
そもそも儒教が前漢の武帝前後から一般化したってのに
それを軽視するとかマジ意味わからん
秦の時代の儒教って帝政ローマ初期のキリスト教同様、物凄いマイノリティだよ
その後にマジョリティになって、マイノリティ時代に弾圧した人が悪く書かれるのはお約束
- 148 :世界@名無史さん:2010/01/02(土) 21:43:22 0
- 韓非子も主君への忠義は否定してはいない。
ただ、主君は臣下の忠誠心に依存するな、人間信用ならんから、とは説いているね。
それと一応胡亥も李斯も
忠孝の観念は心得ているよ。史記のやり取りで分かる。
でも裏切ってしまった。
- 149 :世界@名無史さん:2010/01/02(土) 21:45:08 0
- 胡亥には後に漢朝の礼儀を大成する
叔孫通が仕えているけど、儒学を軽んじた秦の朝廷で
一体どういう役回りを演じていたんだろう?
- 150 :世界@名無史さん:2010/01/03(日) 02:21:11 0
- 朝起きて儒者仲間と話してそのまま昼飯食って一緒に昼寝して一緒に晩飯食って風呂入って寝る
- 151 :138:2010/01/03(日) 23:46:50 0
- 引き延ばしたけど結局まとまらなかった。一応史記は読み返した。思いつくままに書いてみる。
まず趙高に関して。本来死罪に当たる罪を犯したけれど秦王政は仕事熱心だったからと赦した
という事だが、それは法の権威を揺るがすのでよろしくない。しかもその際に蒙恬の弟の蒙毅に
諮って死刑の回答を得た上で赦免した。このため趙高が蒙家を怨む事になった。赦免に決めて
んなら誰にも諮るべきではなかった。
そんな趙高に最後は玉璽を管理させてんだからやっぱまずいね。
次に李斯。まさに『亢龍悔い有り』。位人臣を極め、峻厳な法家の政策で怨まれてるから始皇帝
が死ねば自分も死ぬしかないのは判り切っている。呉起や商鞅など法家の最期は悲惨と決まっ
ている。そうならない為には范蠡や范雎のようにある程度の時期で身を引くべきであった。それが
判っていても難しいんだけどね。
趙高に一応はノーと言ってるけど、乗る以外に道はなかった。
- 152 :138:2010/01/04(月) 08:10:46 0
- 扶蘇の件。どう考えても扶蘇の死に方はあっさりし過ぎだ。扶蘇が生きていれば胡亥に対抗する事も
出来た可能性も有るけど、あんなあっさり死んでしまっては誰にもどうする事も出来ない。蒙恬がちゃん
と止めるべきだったのにホント役立たず。
趙高の悪巧みがうまく行ってしまった一因は公子たちを封建して一定の武力を持たせておかなかった事
だな。その点、漢はちゃんと学習してる。(呉楚七国の乱も起きてるけど。)
一般に『天下統一したから始皇帝スゲー』って事になってるけど、即位した時点で既に一強六弱の状態で、
余程のボンクラでなければ統一できる状態だった。統一後の反乱の鎮圧には始皇帝のカリスマが必要だっ
たと思うけど。
その後の文字や度量衡の統一などの政策は李斯の発案であろう。郡県制もそうだし。始皇帝の発案は
『皇帝』の号くらい?
以前、焚書について読んだ時に「愚民政策じゃね?」って思った事が有った。韓非子にも老子の思想を
換骨奪胎して愚民政策として読み解いて利用してる箇所が有る。当時の法家に共通の思考なのか?
- 153 :世界@名無史さん:2010/01/04(月) 15:15:43 0
- >>152
「秦」という国が統一できたとしても「秦王政」が統一できたかはわからない
そういう意味で、始皇帝ってのは稀有な統率能力で秦をガッチリと纏め上げてたし
ボンクラじゃチンコ芸人とビッチ太后にぶっ殺されてただろうさ
それに、一強皆弱でも信陵君の時のように連合組まれたらどうしようもないわけで
ちゃんと配下を使って謀略戦で勝ってるから実戦でも勝てる
始皇帝の統一事業はそんな楽な道のりじゃないよ
- 154 :世界@名無史さん:2010/01/04(月) 17:00:47 0
- 春秋五覇だって過去にいたけど天下取れなかった
実際李牧や項燕や春申君に苦戦しており、その道は容易ではない
漢の封建制はむしろ失敗ではないか
結局内戦や緊張関係のもとになってるだけ
- 155 :世界@名無史さん:2010/01/04(月) 17:43:08 0
- でも漢は呂氏が専横しても劉邦が言った通り陳平や周勃の活躍によって倒れなかった
呉楚七国の乱が起こっても逆にフルボッコにして、結局漢は倒れなかった
武帝の時代には匈奴をゴビ砂漠へと追い返した
一方秦は農民が反乱を起こしただけでガタガタになり、たった一人の奸臣により内部は崩壊
あっさり倒れた
しかも劉邦は戦場を駆け回り矢が刺さっても逆に兵士を心配させないよう平気なふり
一方始皇帝は荊軻にビビッて逃げ回り、法律のせいで誰も助けてくれず、医者の機転に救われる始末
しかも戦咸陽でぬくぬくしてただけで、老臣の意見を聞かずに李信に20万だけ持たせて惨敗
そしたら「秦が滅んじゃうよー」とビビりまくり、頭を下げて将軍に復帰するよう頼む始末
しかも信用されてないから、「褒美の催促しとけばいいんじゃね?」、と舐められてる
王者ではあっても為政者ではなかったのさ
- 156 :世界@名無史さん:2010/01/04(月) 17:46:27 0
- >>155
20万だけ持たせて惨敗しても全然気にせず60万出せる秦の国力にびびるところだろ、そこ
- 157 :世界@名無史さん:2010/01/04(月) 18:00:01 0
- >>156
60万はほぼ秦の全兵力だよ
むしろめっちゃ国力を気にしてたから出せなかった
兵士百万戦車千両と言われる楚を相手に
いかに精鋭とはいえ20万でいけると思ったところはろくに戦場に出てない軍事の素人でしかない
- 158 :世界@名無史さん:2010/01/04(月) 18:40:04 0
- いや20万が崩壊して即座に60万動員できる国力に驚けよ
ある程度ケチったというところから見てただの乱脈経営じゃないし
ちゃんと財布の紐を締めることを知っていたということだ
- 159 :世界@名無史さん:2010/01/04(月) 18:55:36 0
- >>155
呂后が死んだおかげでしょ
そもそも天下統一してから内戦続きって結果オーライなだけじゃん
- 160 :世界@名無史さん:2010/01/04(月) 19:54:35 0
- >>157
キチガイと喧嘩してもダメだよ
こいつは人の言うことが理解できないから
彼の頭の中国史では始皇帝は人類史上最高の名君で統率100・武勇100・知力100・政治100なんだから
- 161 :世界@名無史さん:2010/01/04(月) 21:17:22 0
- 少し失敗したからと言って全否定するほうがおかしい
完璧な天下人とかいるの?
短絡的なガキみたいだなwww
- 162 :真人:2010/01/04(月) 21:28:39 0
- >>155
>>160
キチガイはあなた達ですよ
始皇帝はおろか中国史もろくに知らないのに知ったかで語って
最新の研究ではあなたたちの知ってる始皇帝の生涯は全部後世の捏造、というより創作によるものなのですから
始皇帝はこれまでの功績あるオウセンに孫武や白起ですらできなかった楚平定の名誉を与えようとして60万を用意していたが、
オウセンは病気だったんで将軍を辞めて、代わりに李信が将軍になった
李信はオウセンより名を上げたくて、20万で攻めてしまって負けた
ただこれは若かった李信を鍛えるための始皇帝の優しさだったんだけどね
で、人類史上最高の戦略家・始皇帝はこれを予想していたから、60万の軍勢を用意していたのさ
で、これで大義名分を持ってオウセンに楚征伐を頼める、とすごく狼狽したふりで頑固なオウセンを説き伏せたのさ
もちろんオウセンは褒美の確認なんてしてない、これは始皇帝を貶めるための捏造
荊軻はその勇気に感動してあえて斬らなかっただけ
完璧超人の始皇帝は武勇にも優れてるから、荊軻ごときなんて瞬殺だったに決まってる
だから部下の兵士は空気を読んで助けに行かなかった
でも医者はKYだったから思わず薬を投げちゃって、それで始皇帝は荊軻を斬らざるを得なかった
始皇帝は優しいからせめてもの償いに荊軻の友人で盲目だった高漸離に仕事を与えたのに、
逆恨みされて暗殺されかけて、しかも目を潰したって濡れ衣を後世に捏造された
こんなことも知らないなんてとても日本の高等教育を受けた人間とは思えない
あなたたちは神国日本に寄生する卑しい在日朝鮮人か創価の手先、もしくは売国奴のミンス信者ではありませんか?
- 163 :世界@名無史さん:2010/01/04(月) 21:52:37 0
- さすがに釣り
- 164 :世界@名無史さん:2010/01/04(月) 21:52:53 0
- 釣り師か?
法によって統治するというのが合理的で公平で現代的
儒教で治める、要は宗教で治めるだろ?おかしいに決まってる
- 165 :真人:2010/01/04(月) 22:00:10 0
- >>164
釣りじゃないです
このスレを読み、あなたの理にかなった知的な論破のおかげで始皇帝の真実を知ったものです
>法によって統治するというのが合理的で公平で現代的
>儒教で治める、要は宗教で治めるだろ?おかしいに決まってる
まさにそれですよ
創価信者の始皇帝アンチにはそれが我慢できないようです
ローマを見ればわかるように、法律こそが真の最強国家を作る
始皇帝はそれをわかってたから、敵国人である韓非子を尊敬しその教えを学んだんですよね
で、国籍にとらわれず有能な者を登用していったその姿勢が秦をより強くしていった
これはローマと全く同じです
むしろ時代的にローマが真似したんですね
ローマ人が始皇帝の業績を知ってその真似をしてあれほどの大帝国を築いた
漢のせいで失われた始皇帝の遺産がはるかかなたのローマを作った
始皇帝こそを中華並びに古代ローマ・ヨーロッパの父であると世界中に広めるべきですよね
- 166 :世界@名無史さん:2010/01/04(月) 22:02:55 0
- >>164
儒教は徳で治めんの。宗教ではないです。『法治も一種の宗教』と捉えるならば徳治も宗教になるけど。
- 167 :世界@名無史さん:2010/01/04(月) 22:11:40 0
- >>165
ローマを強くしたのは五賢帝時代の血縁を無視して能力の有る者に位を譲る慣習だと思うけどね。
あと始皇帝自身は韓非子を尊敬してないし、教えを学んでも無いです。著書の一部を読んで会い
たいと願い、でも実際には会わずに殺し、本もちゃんと読まずに李斯任せです。ちゃんと学んでれば
あんな晩年はあり得ません。
国籍を気にしないのは秦の伝統。秦王政はそれを一度罷めようとして李斯に止められてやっと気が
ついた。
- 168 :真人:2010/01/04(月) 22:16:43 0
- >>167
それは後世の捏造です
あなたはいったいこのスレを最初から読んだのですか?
始皇帝を名君にしたくない儒学者がそうしたに決まってます
ついでに能力のあるもの位を譲るのは五帝の禅譲の影響ですね
これも始皇帝はしたかったのですが、残念ながら彼に匹敵するものがいなかったためにやむなく不老不死を求めたのです
古代ローマ人もこれを知っていたのですね
- 169 :世界@名無史さん:2010/01/04(月) 22:18:34 0
- 儒教は宗教とみなすか否かは学問の世界でも議論が分かれている
法治主義が宗教という議論は学問の世界でありません
- 170 :世界@名無史さん:2010/01/04(月) 22:21:30 0
- 道教は宗教という感じがあるなあ
儒教はどうなんだろう
- 171 :世界@名無史さん:2010/01/04(月) 22:29:29 0
- >>168
>始皇帝を名君にしたくない儒学者がそうしたに決まってます
韓非子の件?儒者は韓非子大嫌いで闇に葬り去ったのに?
>>169
『民主主義という宗教』と混同した。この件は荒れる元になるので触れないでおいてくれ。済まん。
- 172 :真人:2010/01/04(月) 22:32:58 0
- まったくこのスレを最初から読めばいかに始皇帝が優れた君主であるかわかるはずなのに
いまだにそれを認めたくない愚か者が多いですね
たった独りでそうした無学な偏見の塊と戦うのは始皇帝と同じくらい孤独だったはず
でもこれからは私がともに啓蒙していこうと思います
もう一人じゃありませんよ
今年から仕事が忙しくてたまにしか2ちゃんは覗けませんが、それでもいつか始皇帝の素晴らしさを皆に理解してもらうために私は戦うつもりです
それでは明日早いのでおやすみなさい
追伸
こうして私が去った後であれこれ難癖つけるのでしょうが、それは負け犬の遠吠え
なんのダメージにもなりませんよ
- 173 :世界@名無史さん:2010/01/04(月) 22:48:29 0
- 真人将軍の健闘をたたえて捧げ筒!!撃て!!
- 174 :世界@名無史さん:2010/01/04(月) 23:07:10 0
- 始皇帝の隠れた業績を広めよう
・戦国時代に各国が河川を操って敵国を苦しめようとしていた堤防を
始皇帝が壊し、そのことを石碑に刻ませた
・世界最古ともいわれる運河霊渠を築いた
・琅邪の港町に12年間の免税を提示して3万戸移住させた
・始皇帝が即位してから死ぬまで内戦がなかった(劉邦と大違い)
・王家や蒙家などの功臣を粛清せず重用した(劉邦と大違い)
- 175 :世界@名無史さん:2010/01/04(月) 23:21:11 0
- >>174
>・始皇帝が即位してから死ぬまで内戦がなかった
その分次の世代で荒れ放題。
>・王家や蒙家などの功臣を粛清せず重用した
その分次の世代で粛清し放題。
懸案を先送りしただけ。じぶんでやれ!!
- 176 :世界@名無史さん:2010/01/04(月) 23:52:08 0
- >>175
内戦つーか反乱討伐は始皇帝の間もずっとやってたよ
次の世代に荒れたのは討伐できなかうなったから
懸案を先送りにしたんじゃなくて二世皇帝が無能で統治機構が機能しなかった
二世皇帝の粛清祭りは完全に内訌で狂ったから
判ってる範囲の秦のシステムだと別段、処刑する必要なかった
- 177 :世界@名無史さん:2010/01/05(火) 00:49:35 0
- 始皇帝が即位してから死ぬまで誰が反乱や謀反を起こしたんだ?
粛清を先送りってあほか?先送りも何も必要ないだろ
- 178 :世界@名無史さん:2010/01/06(水) 00:31:56 0
- 反乱や謀反というか、越族討伐とか言って南方の山岳地帯に遠征軍送ってたな。
相手は国家じゃねーのに、勝利条件がはっきりしないなかうだうだ戦いが続いていた
ような。アフガンに遠征かました旧ソ連みたいだな。
蒙恬とともに北方へ送った30万の軍勢も、始皇帝が死ぬまで帰ってこれんかったろ。
多分、匈奴相手にダラダラと戦争し続けてたんだろう。
「兵は拙速を聞くも、未だ巧久を見ざるなり」の孫子から見れば、延々と長期戦やってた
始皇帝は失格皇帝。
- 179 :世界@名無史さん:2010/01/06(水) 00:37:18 0
- >>178
いや短期戦で異民族を追いやるとか無理だし
先にガツンと叩いといてあと地道にコツコツって手段じゃん
- 180 :世界@名無史さん:2010/01/06(水) 00:53:04 0
- >>179
で、長期戦により国は確実に衰退していくと。
人類の歴史上最強国家であるアメリカ様ですら長期戦には耐えられないのだが。
ベトナムではどうなったか。
- 181 :世界@名無史さん:2010/01/06(水) 00:59:25 0
- >>180
そういう長期戦ができなくなった時、中華王朝が終わってくわけだから間違っちゃいないが
漢武とかもそうだけど対異民族で色々やると一気に左前になったしな
ただ始皇帝の場合、だらだらやって国家が疲弊したと言う話は聞かない
むしろ南海貿易を確立させてプラスだったぽいよ
- 182 :世界@名無史さん:2010/01/06(水) 06:59:46 0
- その理屈で言うと、国境警備隊は国を滅ぼすもとということか?
- 183 :世界@名無史さん:2010/01/06(水) 08:54:31 0
- >>182
国境警備隊に大軍を長期間配備しなけりゃ略奪に遭った時代の話だから常に適用できるもんでもないと思うがね
- 184 :世界@名無史さん:2010/01/06(水) 12:38:35 0
- 南越は始皇帝死後に派遣官吏が独立したぐらいだから
蛮族の力は弱かったんじゃね
蒙恬がオルドスを平定してから大きな戦いは起きていない
- 185 :世界@名無史さん:2010/01/06(水) 20:38:38 0
- 外征が失敗して国が滅んだのは煬帝
- 186 :世界@名無史さん:2010/01/06(水) 22:26:38 0
- >>184
オルドスを平定したというか、常時30万の軍勢を張り付けておかねば
ならなかったんだから平定ではないような。イラクやアフガンを一応
は統治してはいるが、いつまでたっても撤兵できない今のアメリカ状態
だったんではあるまいか。
そもそもオルドスまで遠征する必要はなかったと思われる。農業経営が
当時の技術ではまず無理な土地柄なんだから。
- 187 :世界@名無史さん:2010/01/06(水) 22:54:47 0
- >>186
叩いておかないと常に略奪に来る連中だから、遠征の是非は是でいいと思うよ
領土的な遠征じゃないから領土確保のためにマンパワー取られて国力が磨り減るってわけでもないしね
- 188 :世界@名無史さん:2010/01/08(金) 18:31:19 0
- こいつだけじゃない
劉邦も李世民も朱元璋も毛沢東も
みんな横暴なマジキチ君主
- 189 :世界@名無史さん:2010/01/08(金) 21:02:48 0
- >>187
始皇帝は、月氏や丁零らと同盟して、匈奴の退路を断つべきだったのでは?
包囲しなかったので、匈奴を捕捉出来ず取り逃がす事となってしまった。
かのペルシアのダレイオス1世のスキタイ遠征と類似の状況だった思われる。
ダレイオス1世は、サウロマタイらと同盟したのならば、東西からの挟撃で、
スキタイを捕捉出来たであろう。
いわゆる遠交近攻であり、この時代の常識だったはずなのだが、始皇帝は何故
単独で仕掛けたのだろうか?
おそらく、丁零はばらばらの部族だったと想像されるが、月氏は王国であったと
されかなり有効な戦力になりえたと思われる。
- 190 :世界@名無史さん:2010/01/08(金) 22:37:49 0
- そいつらとの連携は遠すぎて有効じゃない
- 191 :世界@名無史さん:2010/01/09(土) 14:07:30 0
- >>189
巴蜀西方のローファン族とは提携してなかったっけ?
- 192 :世界@名無史さん:2010/01/09(土) 16:14:42 0
- キングダムの始皇帝像はかなり斬新だが
史記よりリアリティがあるというふしぎ
まあ漢代の史書だから当然か
- 193 :世界@名無史さん:2010/01/09(土) 17:58:05 0
- そうか?俺はキングダムの登場人物なんて全くリアリティを感じられないわ
- 194 :世界@名無史さん:2010/01/09(土) 18:07:43 0
- 登場人物とか描写は確かに漫画的だが
始皇帝という存在感はただの悪人とか暴君というイメージよりキングダムの方が納得いくかな
だって始めて中国を統一した人間だぜ?
- 195 :世界@名無史さん:2010/01/09(土) 18:41:01 0
- いやそんな悪人だの暴君だのって横山史記ですら否定されてる人物像を持ち出されても…
- 196 :世界@名無史さん:2010/01/09(土) 18:52:02 0
- 史記はかなりマヌケな感じに描写してたでしょうw
ああいうのが偏向や捏造だと感じるんだよね
- 197 :世界@名無史さん:2010/01/09(土) 18:59:08 0
- 横山史記は原作と違って始皇帝を物凄く計算高い男として描いてるけどな
- 198 :世界@名無史さん:2010/01/09(土) 19:01:19 0
- まあ、儒者に恨みを買ったのは痛かったってことだろうな
ネロと同じ
特に中国史は捏造の度合いが世界でもトップだから酷いことになってる
暴君ネタが捏造されすぎw
- 199 :世界@名無史さん:2010/01/09(土) 19:09:50 0
- 史記はその中でも捏造やら俗説やら舞台脚本やら矛盾やら記述ミスやら
中国でもっとも突っ込み入れやすい歴史書だからねえ
- 200 :世界@名無史さん:2010/01/09(土) 19:33:03 0
- 計算高いに決まってる
斉を骨抜きの役立たずにした所はもっと褒められていいw
- 201 :世界@名無史さん:2010/01/10(日) 03:02:05 0
- >>186
始皇帝は、単なる領土拡大ではなく、国土を建築のように考えていた点で、
ローマのアウグストゥスに共通しており、また先んじていたとされる。
始皇帝とアウグストゥスは、敢て寒冷なオルドスやゲルマニアを併合したが、
それは国境線の短縮して防衛し易い国土の建設する為であったとされる。
さらに、共に早過ぎた征服であった事もまた共通であったようである。
オルドス併合は、始皇帝の治世より後、匈奴が陰山の辺に定住した頃
ならば、以後永続したであろう。
ローマ場合、アウグストゥスの治世当時、まだガリアも人口希薄であり、
ゲルマニアを併合してもかの地を開拓する人的資源に欠いていたとされる。
人口増大の五賢帝時代ならば、ゲルマニア開拓も現実的であったとされる。
残念ながら、アウグストゥスの後継者の多くは、国防よりもペルシャの富に
幻惑されていたようである。第二のカエサルとなるよりも第二のアレクサン
ドロス大王となる事が皇帝らのステータスとなり、ローマは自滅したとされる。
アウグストゥスの意図は、実に800年後のフランクのカール1世により、ようやく
実現したとされる。
始皇帝とアウグストゥス、ともに意図した事は最終的に正しかったのだろうが、
両者ともタイミングが最悪であった・・・
- 202 :世界@名無史さん:2010/01/10(日) 07:00:32 0
- 政治という言葉の語源が始皇帝なんだよな
それぐらいの政治能力
- 203 :世界@名無史さん:2010/01/10(日) 09:05:39 0
- 民を富ませば王の国となり、武人を富ませば覇者の国となる。
官僚を富ませば存続するだけの国、王を富ませれば滅亡の国となる。
始皇帝の政治、軍事の師といわれる尉遼子の一節。
- 204 :世界@名無史さん:2010/01/11(月) 09:20:35 0
- キングダムの始皇帝は幼少期の複雑な生い立ちから緻密に描写しつつ政という存在がいかに特別であったか如実に表現さててる
歴史系の漫画でここまで人間の中身に茶雲したのを俺は知らない
というか小説でも多分無いでしょ少なくとも中国の時代物はね
- 205 :世界@名無史さん:2010/01/11(月) 11:24:52 0
- 小説ならうんこ じゃなかった 雲霞の如くあるけど
北方三国志とかひたすら幼少期はこうで、ああで、それからそうして、今こうなりましたってのを新らしいメインキャラ出るたびにやってる
- 206 :世界@名無史さん:2010/01/11(月) 18:24:32 0
- >>203
建前としてはいつの時代の、どこの、何国の人であろうと同じこと言ってるよ。
珍しくもないし、陳腐と言っていい。
中国はもちろん、インドでも、中近東でも、地中海でも同じことを言ってる。
王様ぜいたくしまくりでもいいぜ!イェー、なんて前衛思想家は見たことないな。
言うだけなら誰でも同じことを言うが、現実にできるかどうかが政治。
大抵のやつは現実にできない。
始皇帝は民を使いまくりだったイメージがあるが。
- 207 :世界@名無史さん:2010/01/11(月) 20:01:08 0
- そのイメージが捏造だったんじゃないの?
使いまくりと言っても工事は戦争に参加してた兵士たちの雇用対策という前衛的行為だし
太平の世ではそれぐらいしないと国内が荒れるという状態
- 208 :世界@名無史さん:2010/01/11(月) 23:35:48 0
- いや確か刑徒を動員してる。文献にもそう書いてるし、始皇帝陵の近くで労務者の墓が
発掘されているが、足枷とかされたまま埋められてたり、刑徒が使われていたことが証明
されてる。
それにね、始皇帝に関わる遺跡だけ異様に規模がでかすぎると思わんか?
始皇帝以後に匹敵する規模の遺跡を残せた皇帝は一人もいないと思うぞ。
おかげで海外では始皇帝だけが異様に有名になってる。張り合えるのはチンギス・ハンだけ
- 209 :世界@名無史さん:2010/01/11(月) 23:48:34 0
- >>203
民を富ませば兵が弱くなり、武人を富ませば主君に反乱を起こし
官僚を富ませば国家の風紀が乱れ、王を富ませれば滅亡の国となる。
が現実なような・・
- 210 :世界@名無史さん:2010/01/12(火) 00:28:06 0
- >>208
洪武帝は始皇帝並の建築してるよ
まあ万里の長城だけど
- 211 :世界@名無史さん:2010/01/12(火) 01:00:26 0
- 不老不死もバカにされちゃうけど
あの張良も漢の武帝もやってるんだよね
- 212 :世界@名無史さん:2010/01/12(火) 01:22:05 0
- >>210
洪武帝の代では長城はあんまし作って無ぇんでは。
明の後期に防御的な考えで作ったかと。
- 213 :世界@名無史さん:2010/01/12(火) 04:11:52 0
- 元対策じゃなかったっけか
勘違いしてたみたいだな
- 214 :世界@名無史さん:2010/01/12(火) 04:40:16 0
- >>208
刑徒だけじゃないだろさすがにw
捏造乙
- 215 :世界@名無史さん:2010/01/12(火) 06:18:33 0
- >>208
乾陵もでっけぇぞ
- 216 :世界@名無史さん:2010/01/12(火) 06:23:14 0
- >>214
刑徒だけじゃないにしろ、『戦争に参加してた兵士たちの雇用対策という前衛的行為だし』
ではないだろ。捏造はどっちだ。
- 217 :世界@名無史さん:2010/01/12(火) 18:47:17 0
- ふつう徐福みたいな詐欺師を簡単に信用するか?しかも二回も。馬鹿だろ。
- 218 :世界@名無史さん:2010/01/12(火) 20:48:05 0
- >>215
たしかに乾陵もでかいけど、基本は自然の山を利用して盛り土はしてない。
どっちが豪華かと言えば、総合的に見ればだんとつで始皇帝陵の方だと思う。乾陵のほぼ千年前だというのに。
しかも、始皇帝が残した巨大遺跡は墓だけじゃない。どれを取っても空前絶後の規模。
民衆の負担は否定できないと思うけど。(考古学者から見ればとてつもなく偉大かも?)
>>217
いやー、中国で錬金術に凝った皇帝は山ほどいるので、それだけは始皇帝だけを
責められない。唐代末期の皇帝なんてほとんどが丹薬の飲み過ぎで健康不良だったと
いうから。漢の武帝も錬金術に凝って呪術に凝って太子反乱事件まで起こした。
始皇帝はあれでもましな方かも。
- 219 :世界@名無史さん:2010/01/12(火) 21:22:19 0
- >>218
判ってて書いてるかもしれんけど、中国のは錬丹術であって錬金術ではない。
- 220 :世界@名無史さん:2010/01/18(月) 21:12:47 0
- 司馬遷はクズ
- 221 :世界@名無史さん:2010/01/19(火) 05:17:01 0
- 諸葛孔明も葛
- 222 :世界@名無史さん:2010/01/19(火) 14:59:03 0
- なんちゃって君は、三国志の武将だけ何故か字で呼び出すから困る
- 223 :世界@名無史さん:2010/01/19(火) 19:10:06 0
- 項羽とか管仲を姓名で呼ぶなんちゃって君は少ないと思う
- 224 :世界@名無史さん:2010/01/19(火) 19:26:52 0
- 項羽の名前なんて、そのたびにググらないと出てこない。
いまだに覚えられないぜ...
- 225 :世界@名無史さん:2010/01/19(火) 19:56:43 0
- >>156 >>157
チャンコロのいう数量は鵜呑みにするな。
大幅な水増しだ。
- 226 :世界@名無史さん:2010/01/19(火) 20:00:47 0
- 中国に限らず水増しなんていくらでもあると思うが
低学歴ネトウヨはこの高尚なスレに立ち寄るなよ
- 227 :世界@名無史さん:2010/01/19(火) 21:10:32 0
- >>224
籍だ。そんなに難しくはない。でもつい項羽って書いちゃうな。管夷吾は流石に全然出てこない。
字で呼ぶのは普通って結論で良いか?
- 228 :世界@名無史さん:2010/01/19(火) 21:10:44 0
- >>225
当時は人数さえいりゃいいと言う感じでどうでもいい民衆まで引っ張って軍規模を大きくしてるから
強ち間違いとは言えない人数だけどな
軍が整理されて小規模かつ精鋭を集める傾向のある三国時代になっても最終的には20万とか動員してる
戸籍人口から計算しても無理のない数字だわ
一時は戸籍人口が1/10まで落ちた時代ですらこんなもんだし
法律で産めよ増やせよ、さもないとぶっ殺すって言ってた秦なら60万くらい動員してもそれ程驚かない
- 229 :世界@名無史さん:2010/01/19(火) 21:20:54 0
- >>227
そういうことを言いたいわけじゃない
- 230 :世界@名無史さん:2010/01/19(火) 22:46:14 0
- 管仲夷吾、項籍羽は、有名だから知ってる人はそれなりに多いと思うが……
- 231 :世界@名無史さん:2010/01/20(水) 02:31:43 0
- >>230
何で字と名を並べて書くの?w
- 232 :世界@名無史さん:2010/01/20(水) 11:07:08 0
- にわかだからでしょw
- 233 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 00:04:08 0
- >>232
ってことは史書で氏名字を並べてる史家もニワカってことですね
結構いるよ?そういう書き方する史家
- 234 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 00:11:19 0
- ニワカが発狂してる
さっさと始皇帝の話しろよ害児
- 235 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 00:14:46 0
- 姓は諸葛、名は亮、字は孔明、って書き方は良いの。説明だから。これを諸葛亮孔明とか書くのはダメ。
そういう使い方はしないから。
- 236 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 00:17:44 0
- 台湾人の描いた始皇って漫画読んだけど明らかにキングダムの方が上だな
台湾の方の漫画はありきたりな悪人にしかかけていないのに対してキングダムは万能の名君として始皇帝を描いている
非常に説得的で斬新
戦争描写も迫力満点だしな
- 237 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 00:22:57 0
- >>236
>キングダムは万能の名君として始皇帝を描いている
蒼天航路の悪夢が思い出される。あれもあそこまで曹操を超人にしなきゃ良いのに。
- 238 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 00:25:42 0
- >>237
まあキングダムは始皇帝主人公じゃないしあそこまで痛い感じにはならないと思うぞ
- 239 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 01:20:34 0
- >>235
正史三国志で陳寿が「徐庶元直」と書いてたりするんだが
陳寿はダメ史家ってこと?んなわけあるかボケナス
希少例ながら、氏名字の連続表記は間違いじゃないぞ
名前の代わりに呼ぶ為の名前だから口語で続けたらただのタコだが
文章表記上続けるなというのもやっぱりタコだ
お前タコな
- 240 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 01:37:38 0
- 三国志厨の害児はさっさと消えろ
統一すら出来なかったゴミが政様のスレで暴れてんじゃねえボケ
- 241 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 01:38:34 0
- 訂正
→統一すら出来なかったゴミどもの信者が
- 242 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 02:03:30 0
- >>240
ちゃんとフルネームで書いてやれよ
名前オンリーって当時は呪詛の意味があったりして失礼に当たるぜ
- 243 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 02:12:24 0
- >>242
それを言うならイミナ出すだけでアウツだろww
- 244 :始皇帝:2010/01/21(木) 02:13:20 0
- こいつの無礼は許してある
- 245 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 02:52:51 0
- おまえら田中芳樹かよw
- 246 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 03:50:36 0
- >>243
お前無知すぎてフルネームで書けないだけだろ
- 247 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 04:04:19 0
- >>246
アホ?ググればすぐ出るような基本情報に無知も糞もないっつーの
頭悪すぎ
- 248 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 08:19:00 0
- ぐぐっても出ないよ?
始皇帝で検索かけて真っ先に出てくるwikipediaの基本情報とか間違ってるし
- 249 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 09:39:04 0
- >>233
なんて人の、なんて本or論文?wwwww
- 250 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 09:53:59 0
- 始皇帝のフルネームを探すのに、「始皇帝」でしか検索かけないとかgoogleすら使いこなせてないやんw
素直に「始皇帝 フルネーム」でググれる知能があれば、10秒で辿り着けるぞ
- 251 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 10:35:21 0
- >>250
ああ、それで出てくるの1ページ目だけ見ると間違ったのだけだから
- 252 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 12:44:07 0
- 三国志オタクのキチガイが粘着してるのか?w
- 253 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 12:47:21 0
- 間違ってるならさっさと訂正して来いよ
使えないバカだな
- 254 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 13:34:45 0
- >>253
つまりぐぐってもすぐに出るような情報じゃないってことさ
>>247で言うすぐにわかる基本情報じゃないんだからフルネームでちゃんと表記してみな?
できないんだろ?
- 255 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 16:53:10 0
- >>251
横から済まんけど、それで出てくる?(えい)政もwikipediaの趙政も違うってんなら何が正しいの?
- 256 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 16:53:41 0
- 三国志オタクのキチガイは大人しく三国志スレに篭っとけよ
始皇帝のフルネームなんて常識レベルの知識で何調子こいてんだこの害児
- 257 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 21:51:16 0
- >>255
趙政が正しいのだけどもwikipediaは趙政じゃなくてエイ政という表記になってる
何故趙政が正しいのかと言うと、表記は氏の無い人物以外、氏+名or字というのが上古辺りの男性名表記としてベーシックなものだから
姓+名or字という形式は氏のない周王やその関係者、他氏の無い人などの例外(というには多過ぎかもしれんが)
氏名字を続けて書く事自体は希少例ながら文語表現上それなりに見られる事だが
氏がある人物を姓名という形式で書くのは、俺は記憶にないな
あるならむしろ教えて欲しいわ
氏姓や名前表記のルールを考えなおす材料になるから
- 258 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 21:56:10 0
- 結局思い切りwikipediaに乗ってるレベルの知識だったという糞残念なオチ
- 259 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 22:08:02 0
- 氏姓表記のルールとかwikipediaは滅茶苦茶だよ
姓名表記多すぎる
史書でそんな表記してないのになぁ
- 260 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 22:09:16 0
- で、結局真実は何だったの?まさか誰でも知ってる趙政のことじゃないよね
wikipediaにも他のサイトにもいくらでも思いっきり載ってるし
早く教えてくれ
- 261 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 22:54:04 0
- >>260
wikipediaに趙政表記はないよ
- 262 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 22:59:25 0
- 思いっきり氏が趙で名が政って書いてるじゃん
ネットで検索しても趙政表記なんていっぱい出てくるな
ぐぐっても出てこないとか言ってたキミのレアな真実を早く教えてくれ
そして表記を訂正させるんだ
- 263 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 23:47:52 0
- >>262
しかし何故か右の表みたいなところは「姓名」ということになってるだろ
wikipediaは趙政表記じゃなくてエイ政表記なんだよ
- 264 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 23:54:14 0
- >>257
とりあえず答えてくれてありがとう。wikipediaの本文では「姓は嬴(えい)、氏は趙(ちょう)、諱は政(せい)」となってるが、
囲みの中の「姓・諱 嬴政」の事を言ってるのね。了解。
- 265 :世界@名無史さん:2010/01/21(木) 23:55:04 0
- 普通に有名でwikipediaにも載ってる知識でしたってことで良いかな?
そろそろウザイよ
- 266 :世界@名無史さん:2010/01/22(金) 00:02:25 0
- 自演と思ったの?質問して答えてもらった礼を言っただけじゃん。
- 267 :世界@名無史さん:2010/01/22(金) 00:04:34 0
- は?お前に言ってないんだけど
被害妄想きつすぎ
- 268 :世界@名無史さん:2010/01/22(金) 00:52:46 0
- >>267
被害妄想って・・・。お前顔真っ赤だぞ。
- 269 :世界@名無史さん:2010/01/22(金) 01:40:21 0
- 誰も自演だなんて言ってない普通の流れで、何故か自演扱いされたと勘違いしてるのは被害妄想じゃなくて何なんでしょうか
具体的回答ができるならどうぞ
- 270 :世界@名無史さん:2010/01/22(金) 04:50:29 0
- 始皇帝って一代で六国も滅ぼしたけど
この侵攻がもうちょっと緩やかなら統一期間は長かっただろうか
まあ、その場合は始皇帝という名前も無いんだろうが
- 271 :世界@名無史さん:2010/01/22(金) 08:40:15 0
- >>270
始皇帝の3代くらい前から既にもう緩やかな統一前状態だったもんで
1代で〜という言い方はどうかと
戦国七雄の六国だけでなく周とかも含めるともうちょい幾つか滅ぼしてる
- 272 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 12:18:02 0
- >>257
ところで太公望の姜子牙って表記は呂って氏が有った上での姓+字だけど、どうなの?
出典が封神演義(明代)なんでアレだけど。
- 273 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 15:26:26 0
- 一人のキチガイのせいで一気に荒れたな
名前の表記だけでここまで粘着できる幼稚さに乾杯
趙政なんてこのスレに居るやつは全員知ってます
- 274 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 15:48:42 0
- >>272
あれはそもそも道教神やら仏教神やらごちゃ混ぜにした挙句
武成「王」とか皇帝もいない周王朝に二人の王を登場させたりしてて称号、ネーミング、他キャラ設定が
面白ければどうでもいいのだ精神で適当に混ぜて危険な状態になってるので、参考にすらできないレベル
- 275 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 16:09:01 0
- 結局荒らした奴は謝罪もせずに消えたのか。
- 276 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 16:38:55 0
- 荒らした奴ってのは表記のルールも知らないで名前と字を続けて書いたらいけないとか言った
>>231みたいなバカのことだよね?
史書にもそういう表記あるって指摘されただけで他人を害児扱いするなんて酷い奴だったね
- 277 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 16:40:29 0
- >>276
ん?そいつはいけないとは言ってなくね?
つーかお前どんだけ粘着してるの?
- 278 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 16:42:16 0
- 君が本人だったら聞きたいんだけど
マジで回答教えてくれ
ネットを探しても出てこない真の本名とやらは一体なんだったのか
もし趙政だというなら、「ネットでもwikipediaでも出て来る情報なのに嘘言ってました」って正直に話せばそれで済むことじゃん…
君ってプライドが本当に高いよね、無駄に
- 279 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 16:43:18 0
- ずっと粘りつつageてるバカが何言っても説得力ないんじゃね?
age続けてる奴って一人だと思うんだよ
- 280 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 16:44:02 0
- >>279
逃げずに早く>>278に回答してくれ
ずーっと逃げてるじゃん
- 281 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 16:46:36 0
- 始皇帝の本名の正式な呼び方を知ってるってことが本当に誇らしくてたまらないんだろうけど
クイズのように隠してじらした挙句「wikipedia載ってました」ってそりゃ無いだろさすがに…
間違いを間違いと認められない人間は大成できないぞ
- 282 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 16:48:26 0
- >>278
>>263で述べた
読めないなら読めないでしょうがない
始皇帝の名前を表記するとき姓+名の形ではなく氏+名の形で表記するのが正しいのであるが
そう表記しているものはそうそう出会えない
ぐぐって1ページ目に出るようなサイトじゃそうそうわからないだろう?
だからネットで即座に調べられるものでもないよ、とそう述べた
- 283 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 16:52:16 0
- 本来なら「エイ政って呼んでる奴も多いけど、趙政が正しい呼び方なんだぜ」って一言書き込めば済むことだった
これが普通の人間のやること
それを下らないクイズ形式にした挙句「wikipediaにも載ってないしぐぐっても出てこない」って言うんだもん
俺だって趙政だろって答えたかったよ
でもそれ言ったら「ホラやっぱり間違ったw」とか言って本当に知らない名前出してきそうだから黙ってたっつーのに
最終的に出てきた答えが「趙政」で激しく落胆したんだよ
しょぼい知識でガッカリさせんなよ
- 284 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 16:53:21 0
- >>282
>>248で「ぐぐっても出ないよ?」と言っているが
この主張は誤りである
ということは認めるかな?
- 285 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 16:57:17 0
- もしクイズとして完成させたいなら後からグダグダ誤情報撒き散らすべきじゃなかったんだよ
そこまで答えて欲しくなかったのかよって思っちゃうね
器の小さい人間としてのクズっぷりを感じる
- 286 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:02:06 0
- >>284
全く誤りではないな
「すぐ出るような基本情報に」というレスに対しての反論なので
すぎに、が省略されているが、ちゃんと文章を読めばわかることだ
- 287 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:06:57 0
- >>286
「始皇帝 本名」でぐぐったら一ページ目に趙政の表記があるんだけど
お前にとっての「すぐ」って何?
考えてもそんな言い訳しか出来ないの?
頭の回転が死ぬほど遅い人なんだなあ
>李広、 李陵の先祖。 秦王政. 秦の始皇帝。本名趙政。漢の時代には呂政などと
- 288 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:09:30 0
- 何が言いたいんだこいつ
i'm feeling lucky以外はグーグル非ずってか?
ネットの検索機能を一ミリぐらいしか活用できない糞頭の悪いお前を前提で考えるなよ
- 289 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:11:44 0
- >>287
始皇帝 名前
始皇帝 氏名
始皇帝 姓名
で検索かけたけど出てこなかったから気付かなかったわ
んで、そのダブルワード検索は「すぐに」ではないと思うんだが
上で「始皇帝 フルネーム」で検索かければ10秒で辿り着く、も嘘だったしな
- 290 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:12:42 0
- つまり、北条時宗、足利尊氏、徳川家康、と書くのは間違いで
正しくは、平時宗、 源尊氏、 源家康、と書くべきだというようなものか
- 291 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:16:31 0
- >>289
まだ言い訳してるんだ…
キーワード検索しかできないIQの低い君に良いことを教えてやろうか?
もしエイ以外の結果を知りたいと思うならエイを-で外すことができるんだよ
だから「始皇帝 政 -?」
これで検索したらエイ以外の政が出ると考えられるだろ?理解できるかな?
小学生以下の君にはちょっとむつかしいかもねー
URLを代わりに出してあげるから見てみようか
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&client=opera&rls=ja&q=%E5%A7%8B%E7%9A%87%E5%B8%9D+-%E5%AC%B4%E3%80%80%E6%94%BF&btnG=%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=&aq=f&oq=
> 始皇帝烈伝 登場人物. 趙政(ちょうせい)/贏政(えいせい)
はいすぐに出たよぉー?w
他にも色々やり方はあると思うけど出来損ない相手にネットの使い方説明するなんて無料じゃ割りに合わないから勘弁してよね
- 292 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:19:11 0
- ぐぐっても出ないって表現は明らかに異常
大体「すぐ」じゃないから大丈夫って主観に頼った発想が幼稚
- 293 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:22:36 0
- >>290
違う
日本の氏姓とは全く性質を異にする
平朝臣信長のような表記が日本では残ってるけど
中国の場合、史書において「姓」+「名」の形で残ってるのは氏のない例外な人らばかり
氏姓が共存してる時代は基本的に氏名で表記
>>291
そりゃすぐに、とは言わないわ
オプション検索ってのは常識ではないよ
だから「オプション」なのだし
>>292
ネットは広いし情報量も膨大だから「すぐ」でなければ色々わかるさ
史記原文ですらネットには落ちてる
- 294 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:24:14 0
- あと今気付いたが>>291のサイトのエイの字まちがってんのな
まあどっちも読みはエイだけど
- 295 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:24:45 0
- さっきも言ったが最初から「趙政なんだぜ」って一言で本来なら終わる話
爽やかスポーツマンなら間違いなくそうする
イケメンでもそうするだろう
それを気色悪いクイズ形式にして知らない奴を馬鹿にしようって痛い根性見せるからこういうことになる
結果当てられた挙句突っ込まれて言い訳まみれと
- 296 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:27:40 0
- >>293
既に指摘してるようにその主観への逃げってのが自分から負けを宣言してるに等しいって何で分からないの?
「俺の拙いネット検索能力と回転の遅い頭を使ったけど、すぐには結果は出なかった」って言ってくれないと
俺は一般人の能力を前提に考えてるから
極端な話、始皇帝でぐぐって一番目に明白に結果が出てないから「すぐ」じゃないって言ってるのと同じなんだよ
- 297 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:28:35 0
- >>296
誰しもがお前と検索感覚を共有してるという主観も何とかしてもらいたいもんだな
- 298 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:29:58 0
- Googleが出現する遥か前からネット検索ではnot検索の選択なんてあったんだからさ
何でお前みたいになバカを前提に考えなきゃいけないんだよマジで
- 299 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:31:02 0
- >>297
論理的に反論して欲しいの?じゃあ質問に答えてね
君は「ぐぐってもすぐには出てこない」と主張した
まずこれは良いかな?逃げずにさっさと答えてね?
- 300 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:32:09 0
- >>299
その前にぐぐればすぐに出ると主張した人の主観は何故問わない?
主観に頼った云々言うならばそちらからではないか?
- 301 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:32:50 0
- >>300
はい俺の予告通り逃げたw
頭の回転で俺に負けてるのそろそろ自覚してきたのか?
- 302 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:33:57 0
- こいつには勝てないって思ってるの?
別に勝てなくても良いじゃん
そうやって負けから逃げて言い訳ばっかしてるから、お前は弱いんだよ
- 303 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:34:37 0
- >>301
逃げも何も他人の使った言葉に対する反論をしてるだけなのに
それが最初に発されたものではなく俺の責任になるからおかしいぞ、と指摘してるだけだが?
- 304 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:36:38 0
- >>303
だから逃げずに答えろよ雑魚
客観的論理的に潰してやるからさ
- 305 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:37:23 0
- 何が「その前に」だボケ
逃げるなって言ったろうが
女なのか?チンコついててこんだけヘタレってマジで生きてる意味ねえだろw
- 306 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:40:31 0
- >>304
論理的に
「すぐに」と最初に言ったのは俺ではない
そいつの主観を否定する形でレスした俺に何故「主観に頼った」となるのか
まずすぐにと言ったものの主観を問うべきであってそれが出来ないのならば、それを否定する形でレスした俺に問うのはお門違いと言うものだ
- 307 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:43:45 0
- >>306
だから一発で結果が出てくるのをなぜか「すぐ」じゃないと否定してるお前を否定してるだけなんだが
何お門違いのこと言ってるの?
マジで害児だなお前
- 308 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:47:29 0
- 今詰め将棋の段階なんだから、もっとテンポよく回答してくれよ
どう答えようがもう終わってるんだから
でも現実の将棋と同じでバカは詰んでることに気付けないんだよな
だから最後まで説明してあげると
何度も何度もこういうやりとりやってる俺には分かる
こういう頭の糞悪い部類の奴はそうやらないと負けを認めないんだよ
- 309 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:48:04 0
- >>307
すぐにではない、主観だ、というのであればその前に主観を持ち出した奴を批判すべきであって
その矛先を俺に向けるべきではないよ?
- 310 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:49:17 0
- >>309
つーかぐぐるってどういう意味なの?
- 311 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:50:36 0
- このバカは「主観に頼った」という言葉が読めないらしい
何でこんな幼稚園児並みの理屈も理解できないのか
- 312 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:52:14 0
- >>311
主観に頼ったすぐにという単語を最初に用いた人物に向けてくれ
- 313 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:53:49 0
- >>312
それのどこが頼ってるの?
論理的に説明してくれ
逃げずに
- 314 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 17:57:27 0
- >>313
逃げてないし、君は俺以外に問う相手がいるでしょ
主観だから大丈夫云々というなら最初にその「すぐ」という単語を使った人を批判すべき
- 315 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 18:00:02 0
- >>314
で、ぐぐるってどういう意味?
まさか知らないのに使ってたわけじゃないだろ
- 316 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 18:00:56 0
- スラングだから人によって意味がマチマチなものを問われても困るよ
それこそ主観でどうとでもなる言葉だし
- 317 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 18:03:18 0
- >>248で彼は「ぐぐっても趙政という結果は出ない」と言っている。
しかし、ぐぐれば趙政という結果は当たり前のように出力される。
それを指摘された彼は>>286で「すぐには出ない」という意味だと弁解。
「趙政という結果はぐぐってもすぐには出ないのだ」と主張している。
では「すぐには出ない」というのは真実なのか。
まず、この「すぐ」という言葉は時間の短さを表現する言葉である。
ぐぐった時点から趙政という文字が出る時点までが短ければ「すぐ」にあたる。
1ページ目の出力結果がその「すぐ」に当たるのは自明である。
なぜならば理論上1ページ目の結果より短い時間で得られる検索結果はありえないからだ。
しかし、「始皇帝 本名」でぐぐると一ページ目に「趙政」という単語が出て来る。
これはどういうことだろうか。
これが「すぐ」に当たらないなら一体何が「すぐ」だというのか。
全くもって理解不能である。
- 318 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 18:04:34 0
- IQ低い君のために順序を分かりやすく直してみました
- 319 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 18:07:51 0
- 彼の主張
「趙政という結果はぐぐってもすぐには出ない」
ぐぐる→Googleで検索する
すぐ→短時間
出ない→出力されない
-事実-
「始皇帝 本名」を"Googleで検索する"と"最短時間"で趙政という結果が"出力される"。
ゆえに彼の主張は誤りである。
- 320 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 18:09:30 0
- 複数ワードによる検索はそれ程「すぐに」ではないけどな
単語パターンを幾つか試してもたまたまその組み合わせでないと出ない場合あるし
- 321 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 18:09:56 0
- >>320
すぐは時間の短さを示す表現ですよ?
単語の多さを表す表現じゃない
はい論破
- 322 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 18:11:48 0
- 日本語読解能力も低ければ論理的思考力も低い
理系にも文系にも使えないゴミの糞オタクだなこいつって
- 323 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 18:17:33 0
- >>274
レベルが低いのは知ってるから「アレ」って書いたんだけど、武成王については号のようなものと解釈してた。
覇王項羽みたいな。
- 324 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 18:35:20 0
- >>321
「すぐに」の原義は「まっすぐな様子」、それが転じて「時間的に短い様」を表す意味も持つだけで
複雑さのない様子、簡潔な様子、それから素直な様子を指し示す言葉でもある
単語が多くなり複雑化した場合、それは時間的に短かったとしても「すぐに」という言葉の持つ意味合いとは微妙にずれるよ
気にしない人多いけどね
>>323
レベルは低くない
訳本しか読んでないけど面白かったと言い切れるし
氏姓の関係や、称号その他諸々を話す材料としては全く役に立たないというだけでね
ただ姜子牙という呼称そのものは封神演義が初出でなく、唐代成立の史記正義などにも顔を出しており
唐代の人も既に氏姓を気にしてなかったっぽいことが判る
- 325 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 18:38:47 0
- >>324
「ぐぐればすぐに出て来る」
という表現の「すぐに」がかかっているのは「出て来る」に対して
つまり検索した後の出て来る様が「時間的に短い」もしくは「単純である」必要はあるが
「ぐぐる」という行為、とりわけ単語数が単純である必要は無い
よって君の主張は的外れ
じっくり考えて、それか?w
レス遅い上に頭悪すぎ
- 326 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 18:39:41 0
- >>248で彼は「ぐぐっても趙政という結果は出ない」と言っている。
しかし、ぐぐれば趙政という結果は当たり前のように出力される。
それを指摘された彼は>>286で「すぐには出ない」という意味だと弁解。
「趙政という結果はぐぐってもすぐには出ないのだ」と主張している。
では「すぐには出ない」というのは真実なのか。
まず、この「すぐ」という言葉は時間の短さを表現する言葉である。
ぐぐった時点から趙政という文字が出る時点までが短ければ「すぐ」にあたる。
1ページ目の出力結果がその「すぐ」に当たるのは自明である。
なぜならば理論上1ページ目の結果より短い時間で得られる検索結果はありえないからだ。
しかし、「始皇帝 本名」でぐぐると一ページ目に「趙政」という単語が出て来る。
これはどういうことだろうか。
これが「すぐ」に当たらないなら一体何が「すぐ」だというのか。
全くもって理解不能である。
これを簡略化して示してみよう
彼の主張
「趙政という結果はぐぐってもすぐには出ない」
ぐぐる→Googleで検索する
すぐ→短時間
出ない→出力されない
-事実-
「始皇帝 本名」を"Googleで検索する"と"最短時間"で趙政という結果が"出力される"。
ゆえに彼の主張は誤りである。
- 327 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 18:41:57 0
- 「飯を食ったらすぐに行くよ」と言って食後に急いで出て行った人間に対し
飯の品数が多い場合は「すぐに」には当たらない
って言ってるバカ
っていうと分かりやすいかな?
- 328 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 18:43:23 0
- しっかしこいつなんで抵抗してるんだ?
王セン率いる60万の秦軍 vs 虫一匹
みたいな感じになってるんだけど
- 329 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 18:44:24 0
-
日本語読解能力が
幼稚園児より低いね
この人
- 330 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 18:44:50 0
- >>325
それはお前がそう解釈しただけのことだろ
すぐに、が即座と受け取るのは自由だが日本語はそれだけじゃない意味がある
- 331 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 18:47:56 0
- >>330
IQ低いなあ
その様子じゃ両親もかなり低学歴で知能低いでしょ
論理的客観的文法的に間違ってるんだって君は
- 332 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 18:52:28 0
- 普段の生活でここまで頭悪い奴と関わることって本当に無いわ
中学生のヒキコモリってところかな
- 333 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 18:58:54 0
- >>331
意味合いってのは複雑玄妙でね
直ぐ、即座、間もなく、直ちに、等など時間的な猶予のあまりない様子に関して
それぞれの言葉にそれぞれの微妙な意味の差がある
それを「すぐに」=時間的な短さとしたのは短慮だったね
- 334 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 19:05:37 0
- こんだけ知能低いと人生糞つまらないんだろうな
とりあえず神に感謝だわ
- 335 :世界@名無史さん:2010/01/24(日) 21:07:42 0
- >>324
低くないつっても四大奇書とは比べ物にならないって酷評されてるし。俺も安能超訳版しか読んでないんで
語る資格は無いけど、面白いとは思わない。
- 336 :世界@名無史さん:2010/01/25(月) 03:30:26 0
- なんだこの流れ
両方とも知能低杉w
- 337 :世界@名無史さん:2010/01/25(月) 14:50:12 0
- Q
始皇帝の本名はなーんだ?
ヒント
ネットじゃすぐには見つからない
A
趙政(キリッ
- 338 :世界@名無史さん:2010/01/27(水) 12:23:47 0
- もうそれ以上いじめてやるなよw
- 339 :梵阿弥:2010/01/27(水) 17:15:35 0
- >>1
捏造は、いけない事ですね
- 340 :世界@名無史さん:2010/01/28(木) 17:59:39 0
- >>337
まとめ乙w
- 341 :世界@名無史さん:2010/01/29(金) 11:50:06 0
- ネットじゃすぐには見つからない(キリッ
>検索オプション
>
>
> ウェブ全体から検索 日本語のページを検索
>ウェブ検索ツールを閉じる検索ツールを表示 始皇帝 の検索結果 約 3,270,000 件中 1 - 10 件目 (0.25 秒)
>
>他のキーワード: 始皇帝陵 始皇帝烈伝 始皇帝 李信 始皇帝 不老不死 始皇帝 将軍
>
>検索結果始皇帝 - Wikipedia
>始皇帝
>出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
>移動: ナビゲーション, 検索
>この項目では、秦の始皇帝について記述しています。デービーソフトから発売された麻雀ゲームについては「始皇帝 (麻雀ゲーム)」をご覧ください。
>この項目には、一部のコンピュータや一部の閲覧ソフトで表示できない文字が含まれています(詳細)。
>始皇帝
>秦
>初代皇帝
>
>王朝 秦
>在位期間 前246年 - 前210年7月
>都城 咸陽
>姓・諱 ?政
>生年 前259年1月
>没年 前210年7月
>父 荘襄王
>陵墓 始皇帝陵
>始皇帝(しこうてい)は秦朝の皇帝。姓は?(えい)、氏は趙(ちょう)、諱は政(せい)[1]。現代中国語では、始皇帝(シーホワンディー、Sh? Huangdi)または秦始皇(チンシーホワン、Qin Sh? Huang)と称される。
- 342 :世界@名無史さん:2010/01/29(金) 20:04:51 0
- ワードを選べば瞬殺の単語だからな
結局出題者の検索能力が幼児並だったというだけの話
- 343 :世界@名無史さん:2010/01/29(金) 22:01:36 0
- ワード選べば確かに瞬殺だな
前提として「調べるべき単語を調べる前から知ってる」というアンビバレンツな状態が必要になるけど
- 344 :世界@名無史さん:2010/01/30(土) 07:13:19 0
- 必要にならないよ
というか、まだ居るのかこの人
住人にケチつけるためだけクイズ出して、自分が間違ってたらそれを擁護するために粘着か
- 345 :世界@名無史さん:2010/01/30(土) 18:03:44 0
- >>341の検索ワードは“始皇帝”
- 346 :世界@名無史さん:2010/01/31(日) 00:03:06 0
- >始皇帝 の検索結果 約 3,270,000 件中 1 - 10 件目 (0.25 秒)
の最初の候補(=wiki)にモロ載りしてるもんな
- 347 :世界@名無史さん:2010/01/31(日) 23:45:55 0
- いや姓名で書いてあるでしょ
氏名の例ってあらかじめ趙政であることを知ってないと色々検索に工夫が必要だぞ
- 348 :世界@名無史さん:2010/02/01(月) 08:11:46 0
- >氏は趙(ちょう)
>氏は趙(ちょう)
>氏は趙(ちょう)
バカが粘ってるみたいだけど、この話題もう終了してますから
- 349 :世界@名無史さん:2010/02/01(月) 08:45:06 0
- >>348
バカはお前だろ
「氏名」という形式での書き方はwikipediaには載ってないよ
- 350 :世界@名無史さん:2010/02/01(月) 08:53:01 0
- この幼稚園児どうにかしてくれ
中国史に関する表面的知識しか誇れるものがないからこんな必死なんだろうが
その時点で人間としては終わってるから
- 351 :世界@名無史さん:2010/02/01(月) 10:28:15 0
- フルネーム=姓名、略さない名前
- 352 :世界@名無史さん:2010/02/01(月) 19:57:52 0
- 姓名では表記しないってーの
- 353 :世界@名無史さん:2010/02/01(月) 23:35:19 0
- 始皇帝のフルネーム=?政
始皇帝の氏名=趙政
- 354 :世界@名無史さん:2010/02/01(月) 23:36:13 0
- 文字化けしやがった
始皇帝のフルネーム=えい政
始皇帝の氏名=趙政
- 355 :世界@名無史さん:2010/02/02(火) 07:50:51 0
- こいつまだ居るのか。
何度論破されれば気が済むのやら。
ぐぐったらすぐ出て来る情報だってのはもう何度も証明されてるのに。
- 356 :世界@名無史さん:2010/02/02(火) 08:50:16 0
- >>353
フルネームは「氏名」で表記するのが正しいんだよ?
姓名表記は特例を除いて間違い
- 357 :世界@名無史さん:2010/02/02(火) 10:04:43 0
- ぐぐったらすぐに出て来る情報で偉そうにしてた馬鹿。
- 358 :世界@名無史さん:2010/02/02(火) 11:35:34 0
- 辞書切り替え: 大辞泉 | 大辞林
フル‐ネーム【full name】
「ふるねーむ」を大辞林でも検索する
姓名。また、省略しない正式名。
[類語] 名前
[ 大辞泉 提供:JapanKnowledge ]
- 359 :世界@名無史さん:2010/02/02(火) 11:36:29 0
- どんどんボロが出るw
- 360 :世界@名無史さん:2010/02/02(火) 15:06:58 0
- こんだけいじめられてもへこたれないってのはかなりのマゾだろうな
- 361 :世界@名無史さん:2010/02/02(火) 23:21:11 0
- >>358
現代日本語の感覚で上古代中国を語られてもな
始皇帝の個人名を正しく表記する時は姓名じゃなくて氏名で書くもんだよ
エイ政表記を真っ当な史料でしてるならともかく、二次史料の史記で趙政表記以外ないのに何で姓名に拘るんだ?
- 362 :世界@名無史さん:2010/02/03(水) 11:55:15 0
- 逆だろ
絶対ダメだと拘ってるのがお前
まあどっちにしろ趙政表記がすぐに出て来る時点で意味が無いんだけど
- 363 :世界@名無史さん:2010/02/03(水) 18:17:41 0
- フルネーム(full name)は古代中国語(キリッ
- 364 :世界@名無史さん:2010/02/03(水) 18:29:25 0
- 何度論理破綻すれば気が済むんだろうなこの人
これで自分が間違ってることを自覚して無いなら相当頭悪いよ
- 365 :世界@名無史さん:2010/02/04(木) 07:56:26 0
- フルネームなんか中学英語だろw
フルネーム=姓名なのは当然
英語圏で氏名のやつなんていたの?
- 366 :世界@名無史さん:2010/02/04(木) 15:03:01 0
- 暴れてる奴のあだ名は趙政君で良いか?
- 367 :世界@名無史さん:2010/02/05(金) 10:30:39 0
- 始皇帝に失礼だから
チョン政でいいよ
- 368 :世界@名無史さん:2010/02/05(金) 13:11:39 0
- >>363
誰もそんなことは言ってないんだが…
上古の人名表記ルールを現代日本語を基準に考えられても困る、という話だ
氏姓を両方持った人間で姓名表記になってるまともな史料でも出してくれよ
氏姓の区別が失われて久しい唐代の史料とか出されても困るよ
- 369 :世界@名無史さん:2010/02/05(金) 17:00:47 0
- >>367
ワロタそれで良いなw
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